国際協力(誌)10月号 / 特集 地域の魅力を探す |
![]() |
一村一品 人の繋がりが生む力
地域おこしは人のつながりと地域の魅力のあわせ技。どちらが欠けても成功しない。フィリピンからの現地ルポと大分県の国際協力から、地域づくりと国際協力のつながりを紹介する。 ●Chapter 01 貧困を克服する町おこしって? ●Chapter 02 大分の経験、世界の視点 (2002.10 「国際協力」より) Chapter 01 現地ルポ from Philippines 貧困を克服する町おこしって? 文=さとう あけみ text by Sato Akemi 写真=堀内 孝 photos by Horiuchi Takashi
「フィリピンのセブで今、日本の国際協力が行われている」と聞いて、瞬間耳を疑った。セブは一般に、高級ホテルが立ち並ぶ一大リゾート・タウンとして世界に知られる。魅力的なダイビングスポットがあり、マリンスポーツの拠点として、日本をはじめ、世界中から観光客が押し寄せる。 現地で実施されている協力とは、セブ州北部地域開発プロジェクト、通称セブ・シードCEBU SEEDと呼ばれ、セブ州政府とセブ島北部の20町を対象に1999年にスタートした5年にわたる活動である。 経験を共有する
フィリピンでは1991年に地方自治体法が制定され、翌年から地方分権化が実施された。しかし、長い間の中央集権型体制によって、地方自治体の長期的視野に立った事業の立案、計画などの行政能力が未成熟なままにあるのが実状だという。リゾートで有名なセブ州もその例外ではなかった。実際、一歩北部に足を踏み入れてみて分かったが、給水や汚水処理、医療や教育に関する基本的な行政サービスもこころもとない。 そこでセブ・シードでは、生活基盤整備と住民参加型の生活向上事業を行いつつ、州政府と町村の行政能力の向上を支援するという協力を行っている。バランスのとれた地域開発を行っていくためには、地域おこしに必要な組織づくりや資源の有効利用のためのノウハウの蓄積が、必要であるからだ。
自立へのサポートがセブ・シードの役割
「顔をつきあわせることで問題点が見えてくる」 スタート当初からプロジェクトに携わる日本人専門家チームのリーダー、清家政信国際協力専門員はこう話す。セブ・シードで活動する日本人専門家たちは、セブ州政府の企画開発局職員と常に行動をともにし、町を訪ねる時は町役場職員が加わり、場合によっては地元NGOや住民組織がメンバーに加わるなどすべてをフィリピン・サイドと協力して活動を行ってきた。 「行政だけでは地域の人々の関係づくりはなかなかできないし、地域住民にとって州政府は遠い存在です。中央政府機関、町、村、NGO、地域住民のそれぞれの間をつなぐ役割を州政府と、私たちが果たしています」。清家氏は、町との調整役を果たし、広域的な視点を持って判断できる人材を育てることが地域開発の重要なポイントだと語る。 海草養殖で暮らし向上
もともとこの漁村は、6月と12月、隣町のサトウキビ刈りを手伝いわずかばかりの収入を得て暮らしている零細漁民が多い。漁獲量の減少に悩む漁民が、ダイナマイトや毒物漁法などを使う違法漁業を行うためにサンゴ礁が破壊され、魚もいなくなり、さらに貧困に追い込まれるという悪循環に陥っていた。そこで考えだされたのが、海の力を生かす海草養殖だったのだ。 セブ・シードは、住民側と話し合い、1つの循環ルールを考え出した。まずセブ・シードが23世帯の漁民に対し、網やロープなどの海草養殖を始めるための資材を提供し養殖活動を始める。資材代金が町の農業事務所に返済されると、今度はそれをまた別の世帯の海草養殖のための資材購入資金にあてるというものだ。村の自立という息の長い取り組みのために始められた活動の一つである。 本格的な活動が始められたのは昨年の7月。当初の予定では9カ月後に、配られた資材分の代金を返済する予定になっていたが、売上金が少なく、訪問した時点では全額返済には至っていなかった。 住民の話では「昨年11月の台風で網が流されたり、海草の成長が遅かったりと、天候の影響が大きかった」そうだ。それでも、農業事務所のエドワード・バリン氏は、養殖を始めてからの住民についてこう話してくれた。 「これまでトランプ遊びなど、ぶらぶらして時間を過ごす人が多かったけれど、仕事ができたことで自信が持てたという気がします。魚を捕ったり、養殖エリアから網を運んでくるのは男の仕事ですが、陸で網から海草を外したり、干す仕事は女性が手伝います。女性に役割ができたことで、家庭での女性の地位もあがりました。売り上げで子どもたちも学校へ行けるようになったのですよ」 緑色の食べられる海草はセブ市の市場へとまわる。茶色の海草は乾燥させて仲買人に売る。その後、工場で粉末に加工された海草は海外、実はかなりの部分が日本へ輸出され、歯磨き粉やペットフード、おむつの吸着シートなどとなって日本の家庭で利用されている。 各機関と協力しあって 別の町では、ロープの材料に使われる竜舌蘭(マゲイ)の繊維生産事業が行われていた。 この事業は、セブ・シードと、セブ州の繊維工業開発局、技術開発局の共同事業として行われているものの一つ。従来住民は、葉を1週間海水に浸して葉脈を取り出していたが、機械を導入すれば、この部分を省略できるようになり、増産の可能性があることが分かった。やせた土地に自生するマゲイを利用するため、売り上げの1/4はその土地の持ち主に、3/4は労働者に収入として入る仕組みが作られた。こうしたルールも、セブ・シードが農民組織を作り、住民と一緒に作り上げていく。 家畜を保険に
農民が事故や病気で働けなくなり、農作業ができなくなった時や食糧が不足し食べ物がなくなった時、その家畜を売ることで家族の暮らしを立て直すチャンスを作ることができる。つまり家畜が"保険"の代わりとなる。"家畜銀行"とも呼べるものだ。 さらに家畜の病気に備えるために、家畜衛生管理ボランティアや獣医補助員が養成されている。各村の代表者を対象に研修は行われ、家畜の病気やケガに適切に対処できるように、診察器具も提供される。これまでは治療できずに死なせてしまうケースが多かったためで、家畜の健康を守ることも所得向上につながるのだ。 ほかの地域でも"家畜銀行"の試みは行われている。地鶏や山羊、豚など家畜の種類や数は地域ごとに検討されるが、現物を村の住民組織に返納し、それがまた次の農家へ提供され村全体へ広がるように工夫されている。 これまで、働き手を失った家族は土地を離れて都会へ働きに出るしかなかったが、よい職を見つけられずに家族の離散を招くことがしばしばあった。少ないコストで重要な経済活動となるため、貧困対策事業としてあちこちで成果をあげている。 専門知識、技術を身につける 一時的ではなく持続的な経済活動を続けていくためには、住民自らが自立して事業経営のノウハウや専門技術を身につけることが不可欠だ。セブ・シードでは専門知識と技術の習得にも力を入れている。
セブ・シードの支援活動の目標 地方開発行政を強化し、住民やNGOと協同しながら開発資源を持続的かつ効果的に利用する地方開発メカニズムが構築されること。ひいては、地方分権制度が定着し、セブ州地方部の社会経済開発が促進されること。 トウモロコシがよく育つわけ 最初のスタートをセブ・シードが支援し、後は地域内で活動するスタイルは農業でも同じように行われている。 ダーンバンタヤン町の集会場で行われている農業実施研修を訪ねると、トウモロコシにつく害虫についての講義が行われていた。約4カ月にわたり、収穫量を増やすためのさまざまな工夫が伝えられる。この研修を受講した生産者には、セブ・シードからトウモロコシの種子、肥料、天敵虫(害虫を食べる虫)が現物で提供され、提供された組合員は収穫後の売り上げからそれにみあう現金を住民組合に返金し、そのお金は次にトウモロコシ生産を始める農民のための資金に使われる。
実習畑では、24名の参加者が5班に分かれ、それぞれ違った方法で栽培する。班長はフィールドでの成果を持ち帰って、みんなの前で発表し合う。疑問点が出ればこの場で解消される。
地域のリーダーが生まれる また別のダボゴン町では、傾斜地を利用した農業についての研修をのぞいた。朝7時から夕刻5時まで3日間にわたり行われる研修会だ。参加者の前で身振り手振りを加え、"肥料と土壌管理"について話す若い男性講師は、かつてセーブ・シードがNGOと連携して行った農業研修の卒業生だ。こうして農民の中から新しくリーダーが生まれ、さらにほかの参加農民の前で講義している。自分の学んだ知識を人に伝える楽しさがあるのだろう。この若いリーダーの眼は輝いていた。 また、この町ではセブ・シードにより職業訓練センターが造られ、昨年11月から研修生を受け入れている。 「仕事を求めて都市へ行きますが、零細農民が仕事に就くのは難しい。技術を身につければ就職しやすくなります」と訓練センターのマリオ・ガルシア氏は話す。都市へ出稼ぎに行っても、手に職がないために就職できず、スラムの住人になったり結局村へ舞い戻って来るのが現実だ。
「現在、講師は職業訓練学校から招いていますが、いずれはこの町で訓練士を養成して自立していきたいと思っています」。 希望へとつながるヒント これまで州政府は行政情報を、市町村や一般住民へ伝える手段を持っていなかった。このため、州政府職員や議員がコネ社会を形成しやすく、公平性を欠く弊害が生じていた。プロジェクトの成果を生かしてもらうためには、情報の共有化が欠かせない。 コミュニティー誌の発行 セブ・シードでは情報の共有化を進めるために、コミュニティー誌が必要ではないかと考えた。そして州政府に働きかけた結果生まれたのが、セブ語と英語で書かれたタブロイド版の広報誌『スグボ(セブの旧称)』だ。
さらに印刷物としてマニュアルを残すだけではなく、いつでも誰でもが閲覧できるウェブサイトを作成しようという計画もある。フィリピンは比較的IT技術が発達している国。作りあげたウェブサイトに州政府が新たな開発経験を書き加え、NGOや市町村、住民がインターネットでアクセスできるようなものにしたいと考えているという。 セブの自立へ向けて 最後にセブ・シードとの共同事業の成果と展望を、セブ州企画開発局のエンギアドルフォ・キロガ氏に聞いてみた。「日本人とフィリピン人が、常に行動を共にしてきた成果なのでしょう、効率的な仕事ができるようになったと思う。日本人専門家と一緒に現場に足を運ぶ努力をしてきたことで多くを学び、職員の仕事の遂行能力も高まりました。そして、日本の一村一品の村おこしの研修に参加して得た知識を、フィリピンの環境に置き換え、フィリピンのコンセプトに合った方法で実現できるかどうか、これから私たち自身で真剣に取り組んでいかなければと思っています」 実際、このときセブ・シードはプロジェクトとして終盤にさしかかり、フィリピン人職員だけで事業を遂行するという課題に挑戦するため、残り6つの町の担当者を決めたところだった。 また、キロガ氏は住民の生活向上に関する事業というのは長い期間を要するとして、「事業のモニタリングをしっかりやり、それに対する評価をきちんと実行していきたい。成功に導いた要因、失敗の原因は教訓として残したい」と話す。 セブ・シードは、セブ州北部20町のあちこちに、さまざまな種をまいてきた。彼らは協力活動が終わった後も、現地の人々(州・町職員や地域住民)自らが生活向上の努力が続けられる仕組み作りや、地域資源の利用法を考案したり草の根レベルの事業を行ってきた。自分たちの住む地域をもう一度見直し、直面する貧困を乗り越えるための方法を一緒に考える。そこから可能性を引き出し、具体的な計画を立てて実行する「参加型プロジェクト」だ。 生活の糧を得て暮らしが改善され、経済的に自立できるとき、自信が芽ばえ、将来への希望が生まれてくる。その希望へつながるヒントをセブ・シートはみせていた。住民同士の協力がやがては地域の、そして町の活性化につながっていく。そこには共に生きようとする、たくさんの人と人とのつながりがあった。 コラム 森を守りながら練炭作り
練炭作りは、まず住民組織を生み、雇用をつくり、かつ森の保全に貢献することにつながった。「練炭を作ることで森が管理できます。違法に森林を伐採する人も来なくなります。私はいわば森の番人なのですよ」と住民のリーダーは笑う。 コラム 日本の紙すきの手法で古紙再生 ボゴ町中央小学校では、古紙を利用した再生紙作りが始まっていた。 「毎週月曜が家庭から古紙を持って来る日です。4、5、6年の家庭科の授業の中で再生紙にしたり紙粘土として工作に使ったりしています。子どもが古紙を集めることで、親の意識にも変化が見られ、いい影響を与えているようです」と校長先生。授業では、紙の薄さを競うゲームをしながら日本の紙すきの手法を用いて再生紙が作られる。 再生紙作りを支援するきっかけは、専門家として活動する千頭聡氏が耳にした情報だった。日本に留学経験を持つフィリピン大学セブ校の教授が、環境教育に力を入れて再生紙作りをしている、と聞き付けたのだ。自立心の育成に役立ち、セブ・シードの狙いに合うと感じた千頭氏は、さっそくパートナーの州政府職員と一緒にその教授を訪ねて行ったのだ。 日本人専門家たちは、州や町の職員、地元住民の雑談にも耳を傾け、必要な情報をキャッチすべく普段からアンテナを張っている。いきなり生活向上に関する具体的プランを聞き出そうとしても、「〜がない、〜がほしい」といった直接的な要求や要望になりがちで、長期的視点に立った暮らしの向上に関するプランはなかなかでてこないからだ。 再生紙作りは、今のところメモ用紙くらいにしかならないし、生徒全員へノートとして配るだけの量もない。現在は試験的に行われているだけで、商品化もまだまだ遠い道のりのようだ。しかし、ゴミとして処理される古紙を再利用するということは身近な資源を生かすことだし、商品化できれば、それが収益に結びつく。手作りのノートができれば、市販のノートを買わずにすむ。何より環境教育の観点でも申し分ない。再生紙作りが、身近な資源を利用して経済活動につながるヒントになればよい。 |