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第3話 やいまの空気 その2

(前回のあらすじ)
 まったりのんびり昼下がり。西の浜へ遊びに来た私とヘルパーふみちゃん(仮名)は、津波警報発令の知らせにすぐさま浜を後にする。しかし、うっかり波打ち際にカメラを置いてきた事に気付く私。さぁ、どうする?

 往復したら15分はかかる場所にカメラはある。しかも、これから津波が襲わんとする波打ち際だ。中には大切な想い出の詰まったフィルム。カメラより何よりフィルムが大事と、浜へ引き返そうといる私をふみちゃんが引き止め、「邦夫さんが心配してるから、いったん帰ろう。カメラは後で取りに来よう。」
と冷静になだめてくれた。

 後ろ髪引かれる思いをなんとかこらえて、フルスピードで家路を急ぐ。−-−到着−-−イリムティヤのテレビの前には邦夫さんとさおりん(仮名・ヘルパー)。テレビの画面には眉をしかめたアナウンサーが繰り返し繰り返し警告を促している。本土の天気予報では必ずと言っていいほど省略される先島諸島の全図が、でかでかと画面に映り、本土ではさぞかし多くの人々が八重山の存在とその位置を確認したことだろう。島々の海岸線は真っ赤に点滅し、どこに高波が打ち寄せてもおかしくない情況のようである。よく見ると、どうやら津波予想到達時刻は、私達がちょうど邦夫コールを受けた時刻のようであり、ゆうに15分は経過していた。「予想到達時刻はあくまで予想です。到達時刻を過ぎても、津波が遅れて押し寄せる危険性は充分にあります」と、何度も何度もアナウンサーは訴える。すると、今までテレビに釘付けだった邦夫氏が、すっくと立ち上がり、「ちょっと、舟を見てくる」とだけ言い残し、ふらりと出掛けて行った。

 警告はまだまだ続く。
NHKの全国版「それでは八重山諸島の中心地石垣島の石垣港の様子をお伝えします。中継の○○さん、そちらの港の様子はどうですか?」
八重山のリポーター「はい、こちらは石垣島の離島桟橋です。津波予想到達時刻をとうに過ぎましたが、港の中は穏やかで、高波が到着した様子は見られません。時おり・・・・・」

 そして、石垣警察署の防災担当者につながった。
全国アナ「えー石垣警察の○○さん。津波に対する対策や住民の避難の状況はどうなっていますか!」
 アナウンサーは事の重大さに声を張りつめ、必死の形相で尋ねている。質問された石垣警察の担当者は、うちなーイントネーションでのんびり返答する。
石垣警察「はい。えー防災無線と広報車で海沿いの住民に何度か警告しています。」
全国アナ「警告の他に津波対策はどうしていますか?住民の避難の状況はどのように進んでいますか?」
石垣警察「あ〜パトカーで海沿いを巡回しているところですかね。何度か警戒を訴えてまわってはいますがね・・・」
全国アナ「住民の避難は?」
石垣警察「はい、え〜自主的に公民館に避難している人がちらほらいますかねー。」
全国アナ「そうですか・・・引き続きこれからも警戒を続けて下さい。では・・・・・」
 警告以外の対策を求めようとするアナウンサーと津波なんか大したことないさと思いながらも、全国ネットでかしこまっている石垣警察。
 離島桟橋の様子を映しながら、そんな2人のアンバランスな会話が続いている。船着き場のエメラルド色の海面は、至って穏やかに見える。それを証明するかのように、桟橋の縁をおおきなリュックを背負って歩く旅人や島人の姿もちらちら映る。NHKのアナウンサーと島の住民の事態の認識の違いが、こうも露わに描き出されると、なんだかおもしろ嬉しくなって、こらえきれない笑いがぷぷぷぷー。

 会話の極めつけはこれだ。
全国アナ「石垣港の映像の中に港を歩く住民の姿が見受けられますが、海沿いは大変危険です!ただちに高いところへ避難して下さい!繰り返します。海沿いは・・・」
 相変わらず眉間にしわを寄せて真剣に訴え続けるアナウンサーの声も、港をのんびり歩く島人たちには届かないだろうに‥‥‥
 世間を流れる空気と八重山に流れる空気の違いを感じ、思わずアナウンサーの仕事ぶりに同情してしまう。

 警戒警報は津波到達予想時刻から30分以上経過してからやっと解除された。カメラを思い出した私は、ひとり自転車に跨って、西の浜へ向かうことにした。道の途中の原っぱの木陰には、何事もなかったかのように子どもたちが遊んでいる。浜についてカメラを探した時も、海はいつも通り静かに波を寄せ、問題のカメラも同じ場所にポツンと一人待っていてくれた。水滴ひとつついていない。ほっと胸をなでおろし、『この島は何も変わらないんだなぁ』とひとりでこくんと頷いた。


津波?! うそ、うそ。これは小浜から西表を眺めた所


これが黒島の空気


抹茶ムースポッキーを食べる邦夫。

 あっそうだ、邦夫さん。ふらりと帰ってきました。
 邦夫「津波来なかったよーーー」

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続イリムティヤ
......まだまだつづく......

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