各ページへは上のタブボタンで移動して下さい

第4話 ありがとう 黒島

 私はイリムティヤで春休み、ヘルパーをする予定だ。読んでくれた人は分かったと思うけれど、私はおいちゃんが、イリムティヤが、黒島が、八重山が、本当に好きになってしまったからだ。それに、おいちゃんはどうやら肺が悪いらしい。タバコをよく吸うし、八重泉も毎日飲んでいる(おいちゃんは薬だと言う)。時々、病院から電話がかかってくるけれど、「呼ばれるようなことはなんもないさ」と、おいちゃんは軽く流している。すごく心配だ。本当は今すぐにでも飛んで行きたいくらい。

 言い忘れたけど、アネックス(別館)にある洗面台やトイレを使うとき、注意してもらいたいことが1つある。それは、おいちゃんが入浴している最中は別館に近寄ってはならない、という事だ。なぜならおいちゃんは、ひとっ風呂あびた後は、タオルを肩にかけ、すっぽんぽんであがってくるからだ。私はうかつにも、ちらっと目撃してしまった。風呂の扉をガラッと開け、邦夫はゆうゆうと登場し、アネックスの自分の部屋まで行った後、やっとパンツ(トランクス)をはいていた。

 三日目、黒島を発つ日、私はおいちゃんの散髪をしてあげた。アネックスのはたき場の椅子に座ってもらって、タオルを首に巻き、ちょきちょきちょきっとハサミを入れた。おいちゃんの白髪まじりのふさふさした髪の毛が、掌の中でくすぐったい。髪の毛がチクチク痛くないように、ごみ袋も首にまいたのでおいちゃんは汗をかいている。なるべく早く終わらせてあげなくちゃと、ハサミのスピードを早くした。
 ほとんど仕上がった所で、ちょうどヘルパーのえりぃちゃんが来た。「これでどうかな?」と言うと「いいんじゃない 邦夫さんはやっぱり短めの方が似合うね」と言ってくれた。毛がチクチクするので、おいちゃんは上半身裸になって、パタパタはたいている。私はゆうかちゃんに写真を撮ってもらった。
「おいちゃん、腕組んでいーい?」と尋ねると、おいちゃんは「ちゅーしてくれたらいいよ」(笑)。そして邦夫さんは髪の毛を流すため、風呂に入った。その時だ。私があのすっぽんぽんのおいちゃんを目撃してしまったのは・・・・・・(笑)。

 海人邦夫は黒島の海を知りつくしている。2人きりのドライブの時も、道なき道(本当は実用的な道なのだろうけれど、対向車来たら大変なことになるような道)を、見事なハンドルさばきで突き進み、あらゆる角度から見る黒島の海を披露してくれた。そういえば・・・千葉の街なかにいる時には言わずにはいられなかった「暑いっ!暑ーい!!」という言葉が、島にいる時は全く出なかった。そこ(八重山)が、念願かなって行けた土地だったからかもしれないけれど、それだけじゃないと思う。本当に、島にはわずらわしいものが何もないのだ。千葉ではうっとおしく感じる30度以上の猛暑も、島では夏を感じさせる必要不可欠な要素になる。

 どこの浜だったか・・・・・・一カ所だけ、護岸工事によりコンクリートで固められてしまった浜があった。そのせいで潮の流れが変わり、魚が獲れなくなってしまったと、おいちゃんが悲しそうに語っていた。

 夜のドライブの時、その浜から花火を見た。ちょうど西表島で「南ぬ風まつり(パイヌカジまつり)」が行われていたので、運よく打ち上げ花火に出くわしたのだ。エリィちゃんとおいちゃんと3人で見ていると、おいちゃんがぽそっとつぶやいた。「ゆうかちゃんもいたら良かったねぇ」イリムティヤでお留守番をしているゆうかちゃんが、花火を見たがっていた事を思い出し、おいちゃんは始終気にしていた。おいちゃんはいつもそう。私達の事を本当に大事に思ってくれる。夜の散歩だって、先頭を歩きながらも、さりげなく後ろにライトをあてて、私達の足元を照らしてくれていた。車から降りる時だって、足元がしっかりしている所にわざわざ止め直してくれたり、蚊にさされたら薬草をとってきてくれたり・・・・・・。邦夫さんは私達のことをあたたかく見守ってくれるお父さんであり、みんなの恋人でもあるのだ。


偶然同じ日に泊まっただけなんだけど、みんな家族みたいに仲良しさ。
☆ゆうかちゃん撮影☆

 私は黒島を発つ船便を1本遅らせた。帰りたくなかった。ゆうかちゃんとエリィちゃんとおいちゃんのいる、このイリムティヤを離れたくなかった。でも心を決めて「おいちゃん・・・1時の船で行くね。」と言った。すると・・・「本当に帰っちゃうの?」とおいちゃん。涙が出そうになった。「うん・・・でも絶対に2月にまた戻ってくるからね」と言った。そう言っても「ホントに来てくれるぅ?」とか「早く帰ってきて」と念を押すおいちゃんを見るたび、本当にせつなくなった。おいちゃんの気持ちが嬉しくて嬉しくて、それでもって悲しくて仕方なかった。

 とうとう船の時間が近づいてしまう。3人とも、私の見送りの為に車に乗りこんでくれた。帰りの車はさびしくて、ずっとだまっていた。港に着く。もう安栄観光の船がついている。エリィちゃんとゆうかちゃんに「本当にありがとうね。また来るからね、ありがとう」と別れを言った。おいちゃんにも「おいちゃん・・・おいちゃん・・・また絶対ぜったい戻ってくるからね。ありがとう」と言った。船に乗りこむと船は私の気持ちを無視して、すぐに動き出した。急いで甲板に移動し、ゆうかちゃん達を探す。おいちゃんはトラックを港の桟橋の先へ移動させている。ゆうかちゃんとエリィちゃは船の動きに合わせて手を振りながら桟橋の先へ歩いている。私もありがとうの気持ちをこめて、手をぶんぶん振った。涙が止めどなく流れる。おいちゃんも車を降りて両手を振っているのが見えたけれど、涙でぼんやりしてしまう。「おいちゃーん ゆーかちゃーん エリィちゃーん! またねーー! ありがとーー! また来るからねーー」叫び声はモーターの音にかき消されて3人には届かない。でも私は3人の姿が豆粒みたいに小さくなるまで手を振り叫び続けた。


おいちゃん! また絶対行くからまっててよぉ。

 その後は・・・・・・狂ったようにわんわん声を上げて泣いた。今まで19年間生きてきた中で、たったの3日間で、こんなにもたくさんの優しさを受けた事がなかったから。見ず知らずの私にも・・・黒島は本当に優しかった。牛も、魚も、海も、木々も、花も、空も風も・・・・・・そして人も・・・。

...... 完 ......

 黒島編終わり。でも八重山のいい所はこれだけじゃない。そのうちまた、他の島のこと書いてみたいと思うので、また是非見てくださいね。読んでくれてありがとうございました。

Copyright 2001 YAMAGUCHI Reiko /All rights reserved