その23 ロストロポーヴィチ指揮 ウィーンフィル

2001.5.28 19:30〜
 場所:楽友協会大ホール(Parterre 右24列9番)
 楽団:ウィーナー・フィルハーモニカー
 指揮:ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ
    (Mustislaw Rostropowitsch)
 曲目:ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー
    (Perer Iljtsch Tschaikowskij)
     交響曲第5番 e-Moll, op.64
    ドミトリー・ショスタコーヴィチ(Dmitrij Schostakowitsch)
     交響曲第10番 e-Moll, op.93

 チャイコフスキー、交響曲第5番。第1楽章が始まる。何かが違う。まず最初にそう思った。何が違うのだろう。ロストロポーヴィチは、4拍子なら4拍子を、2拍子なら2拍子をきちんと振る。故に、ロストロポーヴィチが感じるテンポが少しでも変わると、それがダイレクトにオーケストラに伝わる。曲想は、左手の指示とちょっとした拍の刻み方の違いで表わされる。彼の頭の中には、「壮大な、熱きロシアの音」が鳴り響いているのだろう。ウィーンフィルが、いつもとは違う深みのある、厚い音を出している。
 第2楽章。かすかに聞こえるヴィオラの音。その音はとても小さいが、しっかりと芯のある音だ。ロストロポーヴィチは指揮棒を置いていた。何も持たない手が、静かに拍を刻む。そしてホルンのソロ。緊張していたのだろうか?最初の音の出だしが一瞬淀んだ。しかし、その後完全に吹ききった。澄み通った音だった。ロストロポーヴィチはまるで優しく見守るように指揮をする。
 第3楽章。いつものウィーンフィルのウィーナーワルツは面影もない。正確な3拍子を刻んでいる。やはりロストポービッチが正確に3拍子を振っているからだ。
 第4楽章。壮大なドラマが目の前で繰り広げられる。指揮者もオーケストラもまさに真剣勝負である。まるで互いの限界を試すかのように音楽を高めていく。チャイコフスキーの音楽が会場全体に響きわたり、骨の髄まで震わせる。
 万雷の拍手の中で、ふと気付く。これはまだ演奏会前半。休憩の後は、ショスタコーヴィッチだ。オーケストラに、もう一つ交響曲を弾ききるだけの余力は残っているのだろうか。

 ショスタコーヴィッチ、交響曲第10番。ロシアの寒い大地に住む人々は、胸の内にどれほど熱い思いを抱えているのだろう。ウィーンフィルの初めて見るような激しい演奏。「余力」どころではない。先程のチャイコフスキーを優に上回るテンションの高さだ。この曲はスターリン死後の「雪解け」の時期に書かれたものだ。しかし、この交響曲が、そしてこのウィーンフィルの演奏が「雪解け」を表しているのだとすれば、その「雪解け」は「雪解け」という言葉の穏やかさとは全くかけ離れたものだったに違いない。そこに表された感情はなんだったのか?歓びでも悲しみでも、激しい感情は一度に放出されると時に混乱を来す。顔を真っ赤にしたトランペット、足を踏みならさんばかりのヴァイオリン、隣人に突き刺さりそうな勢いのコントラバスの弓。ロストロポーヴィチの中の何かが、ウィーンフィルの団員達をこうした激しい感情の表出へと駆り立てていたのだろうか。そんなことを感じさせる演奏だった。