その18 ヴェルディのレクイエム ヴォーティフ教会にて

2001.10.14 20:00〜
 場所:ヴォーティフ教会(Votivkirche)
 楽団:Orchester Musici del Teatro
 合唱:Chor der Stadt Bratislava
 指揮:Dusan Stefanek
 ソリスト:Adriana Kohutkova;Sopran
      Hana Stolfova-Bandova;Mezzosopran
      Jozef Kundlak;Tenor
      Jan Galla;Bass
 曲目:ジュゼッペ・ヴェルディ(Giuseppe Verdi)
     レクイエム(Messa da Requiem)

 今日の演奏会場ヴォーティフ教会は、ウィーン大学のすぐそばにある。ゴシック様式の左右対称の尖塔とファザードが見事で「どこから見ても美しい」という形容がぴったりの教会だ。毎日のように横を通り過ぎてはいたが、いつも扉は閉ざされているため一度も足を踏み入れたことはなかった。そのヴォーティフ教会のコンサートでヴェルディのレクイエムを聞けるのだ。教会前にバスが2台停まっている。スロベニアのバスだ。演奏者を乗せてきたのだろう。ヴォーティフ教会改修のためのチャリティーコンサートとのことで一律450シリング、席は自由席だ。運良く真ん中あたりの席が空いていた。

 曲の出だしはチェロによる下降分散和音。pp(ピアニッシモ)で演奏される。教会はコンサートホールに比べ残響時間が長い。E,C,A(ミ、ド、ラ)と順に弾かれた音が、それに続く休符の間も重なって聞こえている。その響きがまだ消えないうちに AGFE と1音ずつさらに下降し、最後のEが長く伸ばされる。サワサワした残響が拡散しところに、チェロ、ヴィオラ、第2ヴァイオリンによるACEA(ラドミラ)の和音に支えられて、第1ヴァイオリンが先程のチェロと同じ下降分散和音を弾く。チェロより2オクターブ高いヴァイオリンの音はまっすぐに響き、続く合唱の囁き声「Requiem」を際立たせる。冒頭の pp の響きはオペラ座、コンツェルトハウスで聞いた pp のように静寂を感じさせるものではなかった。逆に、休符で聞こえる残響は、聴衆を周りから音で包み込む。教会の石壁に囲まれていることが、教会という空間の中にいることが音によって感じられる。

 教会の音響効果は、曲の随所で現れる。あの有名な「ディレス・イレ(怒りの日)」の不思議なラッパの音。最後の審判への召喚のラッパが、全世界に鳴り響く。ヴェルディはトランペットの配置を変えることで方々からこだまする「不思議なラッパ」の音を作り出した。4本のトランペットがオーケストラから離されて配置され、オーケストラの中のトランペットと掛け合いを演じる。今回の演奏では、トランペットの音がどこから聞こえるのか全然わからなかった。壁や天井からの反響音によってまさに四方八方からトランペットの響きが聞こえてくるのだ。

 高音は天井からの反響音がよく聞こえる。特に「オッフェルトリウム(奉献文)」ではピッコロとフルートのアルペッジョは他の音の中から浮き出して、天井から降ってくるかのように聞こえた。ここはソリスト4人が「旗手聖ミカエルが、彼らを聖なる光へ導かんことを」と歌う場面。まるで天の雲間から差す光のきらめきが「見える」かのようだった。

 ヴェルディがこうした教会の音響効果を意図して作曲たかどうかはわからないが、少なくとも彼は教会での音の響き方を経験値としてよく知っていたはずだ。オペラ作曲家としてその名を知られるヴェルディだが、彼は7歳の時から聖ミケーレ教会のオルガニストに師事しはじめ、12歳で礼拝堂のオルガニストを勤めた経歴がある。ヴェルディはこの曲を崇敬していた詩人アレサンドロ・マンツォーニへのレクイエムとして完成し、ミラノの聖マルコ教会で選び抜かれた120人の合唱、100人のオーケストラ、4人のソリストとともに自らの指揮で奏した。

 劇場で音楽を通して聴衆の心をつかむ方法を磨き上げてきたヴェルディが、ミサ作法の中でも人々の共感を引きだすすべを見つけだした。今回のヴォーティフ教会での演奏は、オーケストラも合唱も人数こそ少なかったが、そのようなヴェルディのレクイエムの真髄を聞かせてくれた気がする。