その14 ウィーンに来たモーツァルテウム管弦楽団

2001.4.22  19:30〜
 場所:楽友協会大ホール(Stehplatz)
 楽団:モーツァルテウム・オーケストラ・サルツブルク
    (Mozarteum Orchester Salzburg)
 指揮:ヒューベルト・ソウダント(Hubert Soudant)
 ソリスト:リディア・バイヒ(Lidia Baich);Violine
 曲目:ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven 1770-1827)
     序曲「エグモント」op.84 《Egmont》
    フェリックス・メンデルスゾーン・バーソルディ
    (Ferix Menderssohn Bartholdy 1809-1847)
     ヴァイオリン協奏曲 e-Moll, op.64
    ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン
     交響曲第7番 A-Dur, op.92

 開演1時間前にムジークフェライン到着。当日券を買う予定で早めに来てみたが、まだ入口の扉は開いていない。一応チケット売り場に足を運んでみるが、日曜日なので窓口は閉まっている。ラストミニッツの券は建物の中で販売するはずだ。仕方がないので入口に引き返す。途中、年輩の女性が声をかけてきた。「チケット欲しいの?」「はい。」「余ってるんだけど。」「おいくらですか?」「450シリング。」「ごめんなさい。私には高すぎます。」残念だが、手持ちは260シリングしかない。ひたすら開場を待つ。玄関前の小さな広場は駐車場にもなっている。「Salzburg」と書かれた大型バスが停まっている。オーケストラの団員が乗ってきたのだろう。玄関前にはだんだん人が増えてくるが、扉が開く気配はない。そろそろ40分前くらいかな、という頃、1台のバスが玄関前に入ってきた。車体には「Italia」の文字が見える。団体客が玄関前まで乗り付けるとは・・・。ところが、バスからは楽器を持った人が次々と降りてくる。どうやら団員半分が到着していなかったようである。と、バス側面のトランクが開けられ、中にはなんとティンパニが。それを団員とおぼしき人が横にして無造作に引っ張り出す。これから舞台に運んでチューニングして・・・そんなに慌ただしくてよいのだろうか。それより、楽器の扱いあんなでいいのかなぁ。見ている私がはらはらしてしまった。
 開演30分前を過ぎて、ようやく扉が開いた。中の残券窓口へ急ぐ。どうやら、立ち見席はまだまだ余裕がある様子。「Stehplatzください。」「50シリングです。」なんと、先程のチケットの9分の1。先程のチケットでも横の席だと言っていたから、さらに高い席もたくさんあるということだ。コートを預けて階段前に並ぶ。しばらくすると、係のお兄さんが皆を先導して大ホール入り口まで連れて行ってくれる。しかし、まだ中には入れない。お兄さんがちょっと中を覗いた途端に、ジャーン、おっと、7番の冒頭である。どうやらまだリハーサル中の様子。時計を持っていなかったので定かではないが、中に入れたのは開演20分前を切っていただろう。

 1曲目、エグモント。この曲は10年近く前に地元のオーケストラで弾いたことがある。さて、出だしの重々しい弦の響き。ムジークフェラインの低音を満喫できる。クラリネットの憂いを含んだ美しい旋律。その旋律を飲み込むようにして短いモチーフの繰り返しが折り重なっていく。テンポが上がり音楽の動きが増すにつれて、オーケストラが作り出す明るい音色が表面に現れてきた。さすがモーツァルトの作品を数多く演奏しているモーツァルテウム・オーケストラ。リズムの刻みも軽やかである。ウィーンフィルのある意味ルーズな軽さとは、また違ったものだ。

 メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲。ソリストのリディア・バイヒは、プログラムで見るところ美人のようである。登場した彼女は、金髪を一つに束ね、空色のドレスに身を包んでいた。その美しさに、思わずうっとり。さて、演奏の方は・・・出だし、少し緊張気味なのか、音が弱めな気がする。なにせオーケストラがそろったのが開演30分前なのだから、当然ステージ・リハーサルもほとんどなしだろう。なかなかオーケストラとの調子が合わなかったのかも知れない。カデンツに入り、それまでとは比べものにならないほど、音量も表現力も増した。それで調子を取り戻したようである。そこから先は、音楽が流れ出した。第2楽章はゆったりとしたテンポで、とても澄んだ音。そして第3楽章。何よりそのテンポに驚いた。そんな速さで弾けるのか?と、思わず心配になったが、最後までテンポを緩めることなく弾ききった。

 ベートーヴェンの第7番は過去に2回演奏したことがある。この曲はリヒャルト・ワーグナーが「舞踏の聖化」と呼んだとおり、舞踏のリズムがとても美しい。勢いを失わずに、きれいな音色を作る事が、オーケストラの大きな課題となる。自分が苦労した経験から、どうしても第1音目のヴァイオリンの響きが気になる。私の好みから言えば、もう少し長めに響かせた方がきれいだと思うが、なかなか思いきりの良い出だしだった。ベートーヴェンになると、先程のエグモントの時と同様に、弦の刻みの軽やかさが際立つ。モーツァルテウムの弦の音は、粒立ちがはっきりしていている。そのため非常に軽い音に聞こえるのだ。管の音色も明るい。彼らの演奏するモーツァルトを是非とも聞いてみたい。 拍手に混じり、ブラボーの声が飛ぶ。指揮者が2度目に舞台袖に退いたところで、なにやら団員達が動き出した。楽譜を用意しているようである。指揮者がもう一度指揮台に立ち、オケの方を向く。そして始まったのはモーツァルトの曲。曲名はわからない。弦楽の、とても可愛らしい曲だった。モーツァルテウムの弦楽器の音色は、やはりモーツァルトにぴったりだった。

 今回の演奏会は、アマチュアの私が全て演奏経験があるほどポピュラーな曲目だった。ウィーンフィルやシンフォニカーの演奏会では、必ずと言っていいほど1曲は現代曲や、普段あまり演奏されない曲が入る。地方オーケストラの引っ越し公演では、やはり集客のためにポピュラーな選曲をするのだろうか。しかし曲目にモーツァルトを入れずにベートーヴェンを並べるあたり、自信の現れとみてもいいだろう。イースター休暇の終わりに慌ただしくやって来たモーツァルテウム管弦楽団、サルツブルクまでの帰路には、いったい何時間かかることやら。