その11 ムッター、バシュメットとウィーンフィル

2001.4.16 19:30〜
 場所:楽友協会大ホール
 楽団:ウィーンフィルハーモニー
 ソリスト:アンネ・ゾフィー・ムッター(Anne-Sophie Mutter); Violin
      ユリ・バシュメット(Yuri Bashmet); Viola
 曲目:ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart)
     ヴァイオリン協奏曲 D-Dur, KV 218
     ヴァイオリン協奏曲 A-Dur, KV 219
     協奏交響曲 Ea-Dur, KV 364

 今日のチケットは、私がウィーンに来る前に母が取っておいてくれたもの。パールテールの前から4列目の真ん中という最高の席である。プログラムを買って席に着き、プログラムを開く。・・・やはりない。どこを探しても指揮者の名前がないのである。舞台の上には、ちゃんと指揮台が用意されているのだが。

 舞台にウィーンフィルのメンバーが出揃い、それに続いてソリスト、アンネ・ゾフィー・ムッターが登場。ムッターは指揮者用譜面台に用意されているスコアの1ページ目を広げ、手にしたハンカチをポンとその上に載せた。調弦後、ざっとオーケストラの団員を眺め渡す。ヴァイオリン協奏曲ニ長調の前奏が、ヴァイオリンを構えたムッターのアインザッツで始まった。音楽の流れが決まると、ムッターは弾くのをやめ、後はオーケストラに任せる。音楽はコンサートマスターであるキュッヒルのリードで進む。少しテンポが速くなったかな、思った瞬間、ちろっとムッターがコンマスの顔を見た。しかし、心配ご無用。ソロが入る前にきちんともとのテンポに戻った。

 ムッターは茶目っ気たっぷり、しかしとても一本気な音を出す。オーケストラの団員達は、皆にニコニコと、穏やかな表情だ。指揮者と対する時とはまるで違った雰囲気なのが面白い。ムッターが音を外しかけて一瞬ヒヤッとした時など、団員全員がヒヤッとした様子。なんとか切り抜けると、観客を含めて皆が胸をなで下ろす。常連の多いムジークフェラインでのウィーンフィルの演奏会、観客にもどこか「見守っている」といったような空気が感じられる。

 休憩を挟んで、後半はシンフォニーコンツェルト。ヴィオラのバシュメットも登場。舞台中央には譜面台が置かれている。ムッターは、それを無造作に横にどけた。ヴァイオリンコンチェルトの場合と同じく、ムッターがザッツを出して前奏が始まる。ムッターが弾きやめると、しばらくしてバシュメットが弾く。2人とも、オーケストラの各パートの面々と見交わす。さて、どちらが主導権を握るのか。ソロはヴァイオリンから。ムッターの音は、やる気満々といった様子。対するバシュメットは、落ち着いた様子。ヴァイオリンとヴィオラという楽器の音色と性格が、ぴったりそのまま両者の性格に一致するようだ。私は何か貴重な場面に立ち合っているような気がした。

 天性の音楽家2人の天性の音楽の共演。ウィーンフィルの音楽がそこに重なる。どこに指揮者の入る余地があろうか。先日聴いたシンフォニカーのシンフォニーコンツェルトは指揮者が入っていた。指揮者はどちらかというとヴァイオリンに重きを置いている様子で、ヴィオラがそれに対抗するような図式になっていた。今回の演奏は、完全にヴァイオリンとヴィオラとオーケストラ三者のコンツェルトだ。バシュメットは始終周りに目を配る。自分のソロが始まる場面では、必ずムッターの顔を見る。しかしムッターは決して彼を見ようとはしない。まるで、「あなたが私に合わせてね!」とでも言っているかのようだ。

 第1楽章が終わって、間を取る。調弦をしたあと、バシュメットが「熱いね。」とでも言ったのだろう。ムッターが自分のハンカチで扇いであげる、などという微笑ましい場面がみられた。しかし、ムッターとの目配せで第2楽章が始まると、ムッターの表情は数秒前とはまるで違ったものとなる。ぱっと曲に入り込む。第3楽章では、1度だけムッターがバシュメットの目配せに応じて彼を見た。ほんの一瞬、ちらっと。ヴァイオリンとヴィオラが対抗するわけでもなく、ヴィオラがヴァイオリンに譲るというわけでもない。それぞれが自分の音楽を提示し、互いを認めあっている。最後の山場、ムッターはふと気を抜いたのか、それとも気合いが入りすぎたのか(多分後者だろう)音の出だしで弓を引っかけてしまった。全員がヒヤッとした。思わずムッターは「やっちゃった!」とバシュメットを見た。ぺろっと舌を出すんじゃないかと思うような表情だった。

 曲が終わり、拍手喝采。2度目のカーテンコールで年輩の男性が(日本だと大抵若い女性の役目だが)花束を持って舞台に現れた。真っ赤な薔薇の花束をムッターに渡す。バシュメットには1輪の薔薇を。引き上げ際に、バシュメットはまるでいたずらっ子の顔で、その薔薇をムッターの花束の真ん中に刺した。オーケストラが退場しても拍手は止まず、もう一度ソリスト2人が登場して拍手に応えた。