号外6

   ウィーンのシルベスター

 12月31日。午後、雪がちらつく中、Rathaus(市庁舎)前に出掛けた。冷たい風が吹く中、たくさんの人が市庁舎前広場に集まっている。広場には、クリスマス市に引き続き仮設の小店舗が並んでいる。Punsch やWurstを売る店、帽子屋。そして豚の置物やぬいぐるみを売る店。この年越しの時期、豚は縁起物とされるからだ。
 広場の奥には、仮設舞台が作られている。スピーカーからは Wienerwalz(ウィーナー・ワルツ)とともに司会者の「ein, zwei, drei(123)」と言うかけ声が流れ、向かい合ったたくさんのカップルが、音楽に合わせてステップを踏んでいる。暖かそうなコートに帽子やマフラーといういでたちの彼らは、ドレスとタキシードに身を包んだ男女が踊るBallの優雅さにはほど遠いが、みな本当に楽しそうだ。私も一緒に踊る予定だったのだが・・・なかなか現れない相棒に電話したところ「今起きた」とのことで、見るだけで我慢。寒くなったのでPunschを買いに行ったところ、突然ポップ・ミュージックが聞こえてきた。なにかと思って急いで戻ると、ワルツの前にリズムのわかりやすい曲で新しいステップの練習をしていたのだ。これには本当に驚いた。おじいちゃん、おばあちゃんもポップ・ミュージックに合わせて踊っている光景が、実に印象的だった。

 さて、ウィーンで大晦日恒例といえばオペレッタ「Die Fledermaus(コウモリ)」だ。この日は Staatsoper(国立オペラ座)でも公演があるが、やはりオペレッタはVolksoper(フォルクス・オパー)がいい。前日もフォルクス・オパーで「DieZauberfloete(魔笛)」を観たので、2日続きだ。31日は昼と夜2回公演だが、夜の回は値段が高く設定してある。私が買ったParterreの立ち見席は普段の倍で60シリング。高いと言っても日本円にすると約500円。2階席の張り出しの下になるため音の響きは Parterre 中央より劣るが、柱の後ろを避けて場所をとれば舞台全体が見渡せる。有名な序曲「コウモリ」が流れ、幕が開く。お屋敷の1室。そして、現れる歌手達は「Die lustige Witwe(メリー・ウィドー)」でもおなじみの面々だ。壁に掛けられた12月31日のカレンダーをめくると、日付は32日、という毎年恒例なのであろう冗談。フライングの笑い声に Vielen Dank!と役者が礼を言う。笑いのタイミングというのは、どこの国でも同じものだろうか、とふと気になった。

 夜の町をウィーン大学前の Schottentor から Stephansplatz へと徒歩で向かった。あちらこちらから爆竹の音が聞こえる。家族連れとすれ違った。息子がゴミ箱に爆竹を放り込む。バンッ!とものすごい音。しかし、今日に限っては彼が怒られることはない。父親が Schoenes neues Jahre!と言って通り過ぎる。「今日は Silvester だから許してやってね」とでもいうように。
 Stephansdom(シュテファン大聖堂)に近づくにつれて、人が多くなっていく。Grabenstrasse まで来ると、もう、身動きができないほどの人人人。人の流れにのって、少しずつシュテファンの方へ進む。人の話し声と、爆竹の音と、スピーカーから大音量で流れる音楽で、感覚がだんだん麻痺してくる。時たますぐ足音でも爆竹がはじけたりするが、もう気にしていられない。突然、すぐ前を行く人からフランス語で話しかけられた。「Dom はこっちでいいの?」
 大聖堂前の広場は、戦場と化していた。たくさんの人に囲まれた人のいないスペースに、点火された爆竹が次々と投げ込まれる。爆竹の音はとぎれることなく鳴り続け、あたりには火薬のにおいが立ちこめている。時々ドンッ!と爆竹とは思えないような低音も響く。多くの人がブーブー笛を口にくわえ、吹き鳴らしている。もはや Grabenstrasse の音楽の音さえ聞こえないほどの騒音だ。今まで、ウィーンは静かな町だと思っていた。普段は、この日のためにエネルギーを蓄えているのだろうか。そして、人の多さも尋常ではない。友人と待ち合わせをしていたのだが、とうてい会えそうにない。時たまネズミ花火が地を這い、そこここでロケット花火や打ち上げ花火が上がる。年明け1分前になっても、あたりが静まる様子はない。そして、2002年1月1日0時0分。勢いよく振られたシャンパンが、次々と開栓される。シャンパンの泡をかぶらないように気をつけながら、それでもシャンパンの雨に濡れながら Schwedenplatz へと向かった。本当は Rathaus の様子も見たかったのだが、あの人混みを抜けるのはもう懲り懲り。
 大晦日から新年にかけては、日本と同じく電車が終日運行している。地下鉄の駅に降りた所で、気持ち悪そうに地面にうずくまる男性と、それを介抱している女性達に出会った。日本では気にも留めないような光景だが、普段、ウィーンでそうした光景を目にすることはほとんどない。本当に1年にこの日だけ、思いっきり羽目を外すようだ。
 次の日、町はいつも通りの静けさに戻っていた。時々思い出したように爆竹の音が聞こえる。昨日残った爆竹を、子供達が鳴らして遊んでいるのだろうか。さて、11時からは Neujahrskonzert。友人は抽選に当たって立ち見券を買えたそうだが、私は日本にいるときと同じくテレビで鑑賞した。

ニューイヤー・コンサートのウィーンの新聞評はこちら。
http://www.a4j.at/music/report.html