■【正論】日本大学教授 百地章 「ご親拝中止は戦犯合祀が原因」の虚構

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 再開の道は首相の靖国参拝定着

 

≪発端は朝日新聞の記事か≫

 昭和五十年を最後に昭和天皇の靖国神社ご親拝が途絶えたのは、いわゆる「A級戦犯」の合祀(ごうし)が原因である−このような話がまことしやかに語られている。

 

 共同通信の配信記事によれば、野中広務・元自民党幹事長は七月二十七日、松山市で「A級戦犯が合祀されて以来、天皇は靖国神社にお参りすることをやめた」と述べている。

 

 また、御厨貴・東京大学教授と評論家の松本健一氏も、中央公論八月号の座談会で次のように語っている。

 

 御厨「しかし、A級戦犯の合祀の結果、天皇が参拝しなくなったことは予想外だったかもしれない」

 

 松本「合祀後は天皇の名代も参拝していない。第一、靖国側がA級戦犯の合祀の際、名簿を天皇に見せたら、天皇はえらく不機嫌で、横を向いたという」

 

 野中氏らは一体何を根拠に、このような発言をされたのであろうか。

 

 朝日新聞に「A級戦犯合祀で天皇参拝は途絶えた」との記事が掲載されたのは、平成十三年八月十五日のことである。この記事の信憑(しんぴょう)性については、以前、拙著『靖国と憲法』(成文堂選書)で疑問を提起したことがあるが、補足して言えば、次のとおりである。

 

 第一に、朝日新聞は「A級戦犯」合祀がご親拝の途絶えた原因であるとしているが、果たしてその証明は可能だろうか。

 

 このご親拝の中断は、むしろ昭和五十年、当時の三木首相が八月十五日にいわゆる「私的参拝」を行い、このことが国会でも取り上げられ政治問題化したことによるものと考えられる。その結果、五十年のご親拝を境に、このような政治的混乱に巻き込まれることを未然に回避されるようになったのではないか。

 

 第二に、昭和五十一年以降も毎年、春秋の例大祭の折には、勅使の参向が続けられていることである。勅使は天皇のお使いであり、もし陛下が「A級戦犯」合祀に反対され、ご親拝が中止になったとすれば、勅使など差し遣わされるはずがないではないか。

 

≪「天皇の政治利用」を排す≫

 

 第三に、昭和天皇がマッカーサーに対して、全責任は自分にあるとされたあのご会見からして、陛下が臣下の責任を云々されるとは思われない。ましてA級だB級だなどといわれるはずはないし、「A級戦犯」の合祀に反対されるはずもなかろう。

 

 現に、昭和天皇は昭和二十年十二月七日、戦犯(A級)容疑者として逮捕状が出た木戸内大臣について、「米国より見れば犯罪人ならんも、我国にとりては功労者なり」と語っておられる(『木戸幸一日記』)。

 

 また、東条英機・元首相についても、逮捕後、「元来東条と云ふ人物は、話せば良く判る(略)。東条は一生懸命仕事をやるし、平素云つてゐることも思慮周密で中々良い処があつた」「私は東条に同情してゐる」とまで発言しておられる(『昭和天皇独白録』)。

 

 これが陛下の率直なお気持ちである。それがなぜ、「A級戦犯」合祀反対に繋がるのであろうか。

 

 第四に、昭和五十三年秋の「A級戦犯」合祀の際にも、陛下には事前に上奏がなされ、「A級戦犯」の合祀は昭和天皇のご了解のもとに行われている。したがってその合祀を理由に、陛下がご親拝を中止されるなどということは考えられない。

 

 ちなみに、「名簿を天皇に見せたら、天皇はえらく不機嫌で、横を向いた」などという事実は存在しない。これは靖国神社関係者の証言から明らかである。

 

 とすれば、朝日新聞の記事は一体何だったのか。これこそ日頃、同紙が批判してやまない「天皇の政治利用」そのものではないのか。

 

≪ことしこそ公約の実現を≫

 

 ご親拝中断の原因が政治の混乱にあるとすれば、天皇陛下の靖国神社ご親拝を実現するための方途はただ一つ、首相の参拝を定着させ、環境を整備することである。

 

 つまり、首相が中韓両国の内政干渉に屈したり、右顧左眄(うこさべん)したりすることなく堂々と靖国神社への参拝を続けることが、解決の鍵である。

 

 その意味でも、小泉首相は終戦六十年の今年こそ、ご遺族や戦友、さらに多数国民の期待に応えて、公約どおり八月十五日参拝を断行すべきである。

 

 それとともに、国民がこぞって靖国神社に参拝し、わが国における戦没者慰霊の中心施設は靖国神社をおいて他にないことを内外にはっきり示すことが肝要ではなかろうか。

 

 (ももち あきら)