対等な発言できてこその日中友好

相手にすり寄る国内勢力の奇観

問題はむしろ細田発言

一党独裁の国と民主主義の国の争いで後者はこれほど弱いのかを改めて
感じているところだ。自由な国の政治家には志と鉄の意思がなければ
太刀打ちできない。

舞台裏でどのようなやり取りが行われているのか知る由もないが、
去る4月に中国で発生した反日デモのケジメはどうなったのか。
謝罪は一切せずに、デモの原因は日本側にあると中国要人は
公言してきた。

小泉純一郎首相との会談予定を中国の呉儀副首相は直前に
一方的に取り消したが、中国政府は「日本が約束違反をしたからだ」と
居丈高になっている。一言気合を入れられるごとに永田町の政治家には
動揺が走り、右往左往するものが出る。

「愛国心」に白い目を向ける政治家も少なくないこの国の国会議員に
「外交は水際まで」などと説く野暮は承知の上だが、中国が弱点と見て、
容赦なく衝いてくる靖国問題で小泉首相は孤立しないだろうか。
民主党の岡田克也代表、公明党の神崎武法代表、共産党の志位和夫委員長、
社民党の福島瑞穂党首らは、それぞれ発言に濃淡はあっても、首相の
姿勢には全員が距離を置いている。

厚生労働政務官の森岡正宏衆院議員が自民党の代議士会で「極東国際
軍事裁判は平和や人道に関する罪を勝手に作った一方的な裁判だ。
A級戦犯でありながら首相になったり、外相になった方もいる。
遺族には年金をもらっていただいており、日本国内ではA級戦犯は
罪人ではない」と述べたことがなぜか問題となった。
国際法を無視し、勝者が敗者を裁いた茶番劇は森岡氏ならずとも
受け入れられない。

細田博之官房長官は「事実関係には種々誤りが含まれており、論評する
必要はない。極東軍事裁判などは政府として受け入れている」と批判したが、
細田発言の方が問題ではないか。

サンフランシスコ講和条約第11条は「日本国は裁判を受諾し」と訳されているが、
「裁判の判決(the judgements)を受諾し」の単純な誤訳で、青山学院大学の
佐藤和男名誉教授は、この条項が「日本政府による『刑の執行の停止』を
阻止することを狙ったものにすぎない」と解釈している。

反米が連合国判決を擁護

朝日新聞は5月28日付の社説「世界に向けて言えるのか」で、戦後の日本は
東京裁判の決着から出発したのであって森岡発言はその土台を否定すると
批判した。しかし、このふざけた裁判の取材に当たった良心的、愛国的な
当時の朝日新聞法廷記者団は「東京裁判」上中下の大冊で日本の正義の
声を内外にペンで訴えたことを忘れてはいけない。

与党の公明党のほか野党が森岡発言を問題にしようとしているようだが、
米国を中心とする連合国が押し付けた東京裁判を、反米的な野党が
こぞって擁護しているのは同じ野党の護憲運動とともに天下の
奇観と言うほかほかない。

由々しい事態は首相に近いと称される政治家の間に「落としどころ」を
公然と口にする向きが目立ってきた事実であろう。山崎拓・前首相補佐官は
意味ありげな訪中をし、靖国神社に接触している。
中川秀直・自民党国会対策委員長はテレビで、A級戦犯の分祀を口にし、
与謝野馨政調会長は政治的解決の必要性を説いている。
与謝野氏はともかく、首相に近い、山崎、中川両氏は小泉首相と無関係な
言動をしているのかどうか。

毅然とした対応こそ重要

米国のアーミテージ前国務副長官は去る5月28日に学習院大学で講演し、
日本がこれまでにない毅然とした対応を中国に示したからこそ、中国に
動揺を引き起こしたと述べた。呉副首相の小泉首相との会談キャンセルなど、
中国側の「異常」は日本の正しい対応によって生じているのだ、と
日本外交に拍手を送ってくれている。

アーミテージ氏の目に中国ににじり寄ろうとしている日本の政治家の言動は
どう映るだろうか。

小泉首相の外交にはいくつかの疑念があるが、国民の支持を受けている
大きな要因は、靖国神社参拝の基本姿勢だけは崩さず、小手先の
弥縫策などは歯牙にもかけないだろうとする信頼感である。

国民の圧倒的多数がこの5、6年間で学んだ日中友好のためには
日本政府の発言が中国政府と対等でなければならぬとの単純な教訓だ。
民主主義国の世論は急激には変わらないが、ゆっくりした正常化は
元に戻りにくい。いい加減な政治家をいずれ見放すだろう。

杏林大学客員教授 田久保忠衛(たくぼ ただえ)

2005.6.2 産経新聞より

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