(3)現代ベトナムの農業金融

3-1. 農業銀行
3-2. 社会政策銀行(旧貧民銀行)
3-3. 人民信用基金
3-4. 農業金融機関の今後の課題


3-1. 農業銀行

 ベトナム農村で活動している金融機関は主に三つある(第1表参照)。このうちで最も大きな地位を占めるのが、農業銀行(注1)である。農業銀行はドイモイ政策のもとで、中央銀行であるベトナム国家銀行(
Ngân hàng Nhà nước)から1988年に独立した。第2表に見られるように、農業銀行は近年資金総調達額・貸付総額とも年々上昇しており順調な発展を遂げている。99年現在、貸付金額の総計は30兆8560億ベトナムドンと圧倒的シェアを占め、そのうち20兆ドンが600万世帯の個人顧客への貸付となった。なお、産業別にみた貸付金額は、57%が農林業である。農業銀行は23000人の従業員と1200の支店を擁する。ベトナム全国を網羅している支店はその多くが県レベルであり農民にとって利用を容易にはしていないが、最近では県の下の社(行政村)のレベルを担当する支店も増えてきた。


(注1)正式名称はベトナム農業農村開発銀行(ベトナム語ではNgân hàng Nông nghiệp và phát triển nông thôn Việt Nam)であるが、『だより』内の表記は農業銀行とする。


3-2. 社会政策銀行(旧貧民銀行)

 また、農業銀行の貸付を受けられない貧困世帯への政策的低利貸付を目的に貧民銀行(
Ngân hàng phục vụ người nghèo Việt Nam)が設立され貸付が96年から開始された。1999年には、234万の貧困世帯に総計3兆8940億の貸付がなされた。金額では農業銀行には遠く及ばないが、伸び率では農業銀行をしのいでおり、農村の貧困世帯にも資金需要が旺盛であることがわかる(第2表参照)。産業別では、金額の90%が農林業である。貧民銀行は地方においては自らの支店をもたず、農業銀行の支店に業務を委託している。また農業銀行の副支店長が貧民銀行の支店長を兼任している。貧民銀行からの貸付には担保は必要でない。1996年に制定された貧民銀行定款第8条2項には貧民銀行が貸付の対象とする「貧民」の基準は、労働・傷病兵・社会省(Bộ Lao động thương binh và xã hội)の基準(注2)による、とある。貧民銀行業務が農業銀行にとって財務的に負担になっていることもあり、貧民銀行は2002年に社会政策銀行(Ngân hàng Chính sách Xã hội)に改組され2003年から業務が開始された。社会政策銀行はこれまでの貧困世帯に加え離島あるいは山岳地の生産者等への政策的な融資を行い、学生への奨学金も手がける。


(注2)労働・傷病兵・社会省による1996〜2000年の期間の「貧民」の基準は、山地離島がコメ15kg/人/月(55000ドン換算)以下の収入、農村デルタ地帯が20 kg/人/月(70000ドン換算)以下の収入、都市部が25 kg/人/月(90000ドン換算)以下の収入である。この基準は物価等を考慮して改訂され、2001年から2003年現在に至る基準は、山地離島が80000ドン人/月以下の収入、農村デルタ地帯が100000ドン人/月以下の収入、都市部が150000ドン人/月以下の収入である。


3-3. 人民信用基金

 これらの政府系農村金融機関のほかに、1993年には人民信用基金(
Quỹ Tín Dụng Nhân Dân)という民間の信用組合がカナダの信用組合をモデルにして設立された。人民信用基金は、県(郡)の下の行政単位の社(行政村)を単位としており原則として各基礎基金(Quỹ Tín Dụng Nhân Dân Cơ sở,単位組合)ごとに独立採算である。なお省ごとの連合会として地域人民信用基金(Quỹ Tín Dụng Nhân Dân Khu vực)があり国レベルで中央人民信用基金(Quỹ Tín Dụng Nhân Dân Trung Ương)が存在したが、経営の効率を図るために2001年末までにすべての地域人民信用基金が中央人民信用基金の支店に改組された。産業別では、1996年から2001年までの累計で金額の60%が農業であるが、各基礎基金の存在する地域の個性に応じてに多様性がある。人民信用基金は預金のできない低所得者は借入が困難である(注3)。また貸出金利も農業銀行や貧民銀行に比べて高利であるが、1件あたりの貸付金額も大きい。2000年現在でまだわずか959組合しか存在していない(注4)。基本的に各基礎基金は独立採算制のため、人民信用基金が活動できるのは現金収入源ががあり市場経済化が進んでいるところのみと言っていい。


(注3)各人民信用基金から融資を受ける事が出来るのは、1)組合員・2)組合員ではないが当該基礎基金に預金している者(日本で言う准組合員に相当)・3)当該基礎基金の存在する社(行政村)に居住する貧民、となっており3)は総貸出額の10%を超えない範囲とされている。しかし各基礎基金が独立採算であることから、回収リスクの大きい貧困世帯への貸付は実際には10%より遙かに少ないであろうと推測される。

(注4)ベトナム全土で社の数は2000年現在8930である。


第1表 現代ベトナムの農業金融機関

 2003年より業務を開始した社会政策銀行は現時点でわかっている部分のみ青地で記し、その他は前身の貧民銀行についての情報を記す。

 

農業銀行

貧民銀行
(社会政策銀行)

人民信用基金

融資対象者

農村の全ての世帯

貧困世帯
(貧困世帯に加えて各種政策対象者)

各基礎基金の組合員

本店と支店網の構造

ハノイに本店。
各地に支店。

ハノイに本店。地方は農業銀行に業務委託。
(各地に独自の支店網を築く予定)

社ごとに1基礎基金。
国レベルに中央会。

主な資金源

預金・公社債

政府による補助

各組合員からの預金

99年の農家世帯向け1件あたり貸付金額(百万VND)

3.3

1.7

6.0
96年から2001年の平均)

98年の個人向け貸出金利(%/月)

1.2

0.8

1.35(上限)

個人による借入時の担保の必要性

1000万VNDまで不要

不要

必要

 

出典; Ngân hàng phục vụ người nghèo Việt Nam (2000) Báo cáo thường niên 1999

Ngân hàng Nông nghiệp và phát triển nông thôn Việt Nam (1999) Báo cáo thường niên 1998

Ngân hàng Nông nghiệp và phát triển nông thôn Việt Nam (2000) Báo cáo thường niên  1999

Quỹ Tín Dụng Nhân Dân Trung Ương(2002) Báo cáo thường niên 2001


第2表 各農業金融機関の最近の貸付総額(十億VND)

 

1996

1997

1998

1999

農業銀行

17,690

20,799

25,453

30,856

貧民銀行

1,767

2,257

3,100

3,894

人民信用基金
(全国合計)

2,135

2,578

3,160

3,617

 

出典; Ngân hàng phục vụ người nghèo Việt Nam (2000) Báo cáo thường niên 1999

Ngân hàng Nông nghiệp và phát triển nông thôn Việt Nam (1999) Báo cáo thường niên 1998

Ngân hàng Nông nghiệp và phát triển nông thôn Việt Nam (2000) Báo cáo thường niên  1999

Quỹ Tín Dụng Nhân Dân Trung Ương(2002) Báo cáo thường niên 2001


 

3-4. 農業金融機関の今後の課題

 
上記の三つの金融機関は、農業生産への投資のための貸付は行っているが、災害・不作時などに備えた保険業務は行っていない。しかし、災害発生地域と認定された地域の農家世帯は政府から直接的な援助を受け、銀行からの借入に関しても債務繰り延べまたは帳消しの処置が行われる。

 農村金融機関の発展は、ベトナム人の家計にわずかではあるが変化をもたらしている。第3表は、経済階層別にみた各世帯の貯蓄形態(1993年および98年)である。93年から98年への際だった変化は、比較的貧困な層(階層1〜3)は「コメ、籾」の貯蓄(青色の文字)を、比較的富裕な層(階層4・5)は米ドル及び金(きん)の貯蓄(茶色の文字)を減らし、その分すべての階層でベトナムドンの貯蓄(赤色の文字)が増えていることである。おそらくこれは、もはやハイパーインフレーションやデノミの危険性(注5)がなくなったと信じられるようになったため、自国通貨に対する国民の信用が増大したからであろう。だが、銀行預金に関しては、それまでまったく銀行に口座を持っていなかった最貧困層(階層1)と市場経済化のためにさらに裕福になった最富裕層(階層5)しか預金を増やしていない(白抜きの文字)


(注5)ドイモイ開始時の1986年のインフレ率は774%だったが、その後沈静化した。なお、98年の消費者物価上昇率は9.2%、2000年は-0.6%である。


第3表 経済階層別の貯蓄形態 (単位:%)

経済階層

合計


(最貧困層)


(貧困層)


(中間層)


(富裕層)


(最富裕層)

1993

1998

1993

1998

1993

1998

1993

1998

1993

1998

1993

1998

銀行預金

7.9

18.48

1.09

5.68

4.6

2.57

12.04

1.8

7.7

7.27

7.93

25.47

ベトナムドン

1

26.27

15.66

39.06

14.49

36.56

17.3

28.74

13.49

30.8

8.62

23.36

米ドル

3.69

2.26

0

0

0.35

0.07

0.2

0.03

2.49

0.4

4.39

3.3

金(きん)

44.01

28.82

16.29

29.46

27.96

31.9

32.99

36.33

51.13

33.13

45.25

26.46

コメ,籾

3.04

0.22

28.01

0.48

14.43

0.72

7.00

0.31

6.15

0.54

1.1

0.07

合計

100

100

100

100

100

100

100

100

100

100

100

100

 標本調査された世帯は全世帯数の20%の数ごとに5つの経済階層に分類されている。

出典; Tổng Cục Thống Kê (1994), Khảo sát Mức sống dân cư Việt Nam 1992-1993, Nhà Xuất Bản Thống Kê
Tổng Cục Thống Kê (2000), Khảo sát Mức sống dân cư Việt Nam 1997-1998, Nhà Xuất Bản Thống Kê


 

  ベトナムの実際の農村において、農業銀行等の金融機関がどのように農民を貸し付けを行っているかを知りたい方は下記の論文を参照して下さい。

岡江恭史,「ベトナム農村金融における集落の役割」,『農林水産政策研究』第6号,p23-49 ,農林水産政策研究所,2004年3月発行(ここをクリックして全文ダウンロード可能。サイズは約10MB)



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