妖華−女神館の住人達
 
 
 
 
 
第百十話:姉は躰を求め妹は命を求める
 
 
 
 
 
「なあ、マリア…」
「何?」
「やっぱりよ…あたい、出ていった方がいいんじゃねえかな…」
「……」
 出てきた食事に手も付けず――それ自体ある意味一大事なのだが――俯いているカンナにマリアは複雑な視線を向けた。
「なぜそう思うの」
「なぜって、帰って早々いきなり闘えと言われたし…あたいに勝ち目なんかこれっぽっちもないの分かってるじゃねえか…。遠回しに言わないではっきり言ってくれりゃいいのによ…」
「…別に、シンジはそんな事考えてはいないわ。私がいるからあのバカはあんな事言っただけよ」
 シンジと書いてバカと読む、それを本人に知られて無傷で済む女は、おそらくこのマリアタチバナ以外には誰もいるまい。いや、いたとしてもなおかつシンジが笑って済まさせる女と来ては、誰一人としていないと断定できる。
「あれでカンナと二人きりなら、あんな事は言ってないわ。突っ込むのがいるから口にしただけよ。なによりも」
「な、なにより?」
「シンジは根に持つ性格じゃないの。もしも許す気が最初から無いのなら、病院へ行ったのは肋骨の折れたカンナではなくて、五体が跡を留めていないカンナの破片だったはずよ」
「!?」
 すっと顔から血の気の退いたカンナに、
「正直に言えばね、確かに余計なお世話なのよ。たとえ…私がどう取り乱しても、別にカンナの事ではないのだから。シンジはそんな事言ってなかった?」
「き、訊いたのかよ?」
「それくらいすぐに分かるわ。そんな事より、シンジは桐島カンナも花組構想の中に入れてるわよ」
「え?」
「用事あって邪魔だから館内にいるなとシンジは言ったのよ。部屋でなにやらするなら私達はいても構わない――魔法陣でも描く気かもしれないけれどカンナ、あなたが邪魔なら帰ってくるなと言っているわ。それに、機体を減らしたなんて話は聞いてない。別に心配する事はないわ」
「マリアおめえ…」
 カンナが不思議そうな顔でマリアを見た。
「何?」
「なんでそんなに、大将の事分かるんだ?」
「大将ってシンジ?そうね…」
 傾いたグラスの中で氷が小さく音を立てた。
「水着もどきの代物のせいよ、きっと」
「み、水着もどき?」
「なんでもないわ。それより、食べないと折角の料理が冷めるわよ」
 促されてやっと手を伸ばしたカンナから視線を逸らし、マリアは窓の外を見た。
 シンジのバカ、後ろからいきなりそう言ったらどんな顔をするかと思いながら、マリアは一気にグラスを空けたが、氷をバリバリとかみ砕くのは止めておいた。
 自分はカンナではないのだから。
 そう――たとえ氷の中にシンジの顔が浮かんでいたような気がしたとしても、だ。
 
 
 
 
 
「何時来ても重いとこだ。でもそれがいい」
 朝があり昼があり、そして夜がある。
 慈愛と灼熱の光を注ぐ太陽もあり、ひっそりと冷たい笑みを見せている月もある。
 だが違う。地球を管理する事すら出来ぬ人間達が、我が物顔で闊歩する世界とは明らかに違う。
 空気が重いのだ。
 同じ闇でも数時間だけできたそれと、底知れぬ深みに出来た闇のそれとが本質的に違うように。
 シンジは無論人間であって両生類ではないから、空気の成分を体内で変換する事など出来ない。それは必要ないから、構成成分自体は人間界のそれと同じなのだ。
 しかしシンジも、最初に来た時は空気すら別物かと感じたくらいである。
 隣を歩くベイ将軍が前を向いたまま、
「お前がくるのは戸山町の地下からのみと思っていたが、何しに来た?」
「夜香の所から来ると麗香の貞操が危ないんだよ。しようがないからこっちから来たけど、それよりあんたは何で出てきたんだ?」
「わしか?決まっているだろうが」
 不意にその足が止まった。
「お前がようやくわしの稚児になる気になったというのに、あの女などに渡してなるものか」
「何でそうなるんだよ」
 嫌そうに言うとさっさとシンジが歩き出し、鋼鉄の武人がその後を追った――若造の後を、それもどこか愉しげに。
「お前にその気が無ければ夜香の家から来るだろうが。あんな場所に出入り口を作るなど、わしの物になる決心がついた以外に何がある?」
「……」
 黙って歩くシンジの横顔に、ふとベイ将軍の足が止まった。
「何故否定せぬ。いや、お前何を考えている?」
「あんたは将軍だ。百万の兵を失っても百万と一人の敵を倒せばいい。それが将軍の役目だ。でも俺は違う。目下の計画の為に、一人として滅する事無く千の敵を片づけにゃならないんだ」
「下らんことを」
 吐き捨てるような台詞だが、口調は少し異なっていた。
「いつから育成の愛好家に宗旨変えした?」
「ついこの間から。面白い事を見つけたぞ」
「面白い事だと」
「今来てるのは帝都を落とそうとしてる連中だ。おまけに、前に一度かました相手と来てるからやる気が出ない事この上ない。なにより、倒すと帝都守って正義の味方になっちゃうらしい。正義とか熱血なんて、死ぬほど似合わない俺なのに」
 何故か稚児になる気になったかと言われた時より嫌そうな表情を、シンジは見せた。
 よほど正義が気に入らないらしい。
「だったら最初からその気で、しかも燃えてる娘達に任せとけばいい」
「それでここへ来たか。だがなぜわしの所へ来た?わしには関係あるまい」
「守ってやってくれない?」
「わしに小娘の番をしろと言うのか、碇シンジよ」
「女には頼めない」
 シンジは短く言った。
「頼めるのは夜香しかいないが、人間の小娘の番など吸血鬼の当主にはさせられない」
「それでわしの所へ来る気になったか」
 無礼な発言にも、魔界の大将軍の表情に怒りの色はなかった。
 代わりにその顔へ浮かんだのは――欲情であった。
「お前は絶対にわしの物にはならぬ。だがそれが小娘ごときの守であっても、その気になったのなら構わぬ。そうだな、一晩でよかろう。一晩はわしの物になるがいい、そうすればその願い叶えてやる。どうせお前のこと、ぎりぎりの線での守護を望んでいるのであろうが」
「考え中」
「何?」
「元々俺はノーマルじゃないか。なんでこんな所でホモに走らなきゃならないんだ」
「別に走る必要はあるまい」
 口元に危険な笑みを浮かべた知り合いに、シンジは不審者でも見るような視線を向けた。
「半裸のまま、一晩足を崩して座っておればそれで良い」
「……」
 無言のままくるりと身を翻したシンジを見て、
「待て、まだ交渉は終わっておらん。そもそもシンジよ、どこまでならば、される気で来たのだ?」
「どこまでされるって俺は変態じゃない。だから考え中だって言っただろ。でもよく考えたら、あんたに頼んでもホモとかそっち系の頼みしか来ない。やっぱり自分でやる」
「それで良いのか」
 シンジの背後から飛んだ声は、全てを見透かしたような口調を伴っていた。
「なんとなく程度なら、最初からお前が来てはいまい。のこのこ顔を出した以上、それなりにせっぱ詰まってであろうが。お前の考える事程度ならわかる――おおよそ、自分の力を見せたくないとかそんな理由ではないのか」
 ぴくっとシンジの肩が動いた。
「なんで分かった?」
 鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で振り向いたシンジに、ベイ将軍は男臭い笑みを見せた。
「お前の考える事は理解できん。だが思考を想像するのは難しい事ではない。何よりも女同士の争いを避けてわしの所へ来たのならば、あやつに会わずに済ませる為だ。お前がそんな事をする理由など、自分が全面に出たくないから以外に何がある」
「別にあの二人が仲悪すぎるのは俺が原因じゃない。第一、俺が見た事も会った事も触った事も無い時からだ」
「一応はな」
「なんだその曖昧な嫌がらせは」
「聞きたいか?」
「結構毛だらけ猫灰だらけ」
「灰だらけ?」
 怪訝な表情になったベイ将軍に、
「こっちの話だ。俺が出たくない、と言うより一緒に来てるとどうしても甘えが出るから嫌だったが、ホモの道に引っ張り込まれるよりはましだ。あの子達には後ろ盾無しで何とかしてもらう事にしよう。邪魔した」
 さっさと歩き出したシンジだが、なぜか鋼鉄の武人は追ってこない。
 よし今の内だと足を速めようとした途端、その歩みが止まった。
 目の前に一人の少女が立ったのである。
「碇シンジ、何しに来た」
 李紅蘭と同じ中国服でも、美貌では紅蘭など遥か及ばぬ位置にあり、人形娘といい勝負だろう。
 身の丈はさほどないがその肢体は既に大人、いや過ぎる程に豊かな肢体であった。
 こんな娘を連れて歩いていたら、さぞ周囲の視線を浴びるだろうと思われるような娘だが、見る者が吸い込まれそうな黒瞳には、殺意すら含んだような敵意はたっぷり湛えられているが、好意の類は微塵もない。
 シンジにそれがないだけに尚更である。
「ベイ将軍に、ホモの道へ引きずり込まれそうになったから逃げるとこ。じゃあね」
 すっと横を通り抜けようとしたが、まったく気配を感じさせずに娘が動き、シンジの道を塞いだ。
「ならば願いを叶えて差し上げるがいい。そうすれば二度と姉上に近づこうなどとは思うまい」
「だからそれ誤解だってば。別に俺が興味ある訳じゃ――っ」
 団子状になった髪を纏めているのは金属製の櫛だったが、それが静かに唸りを上げてシンジを襲ったのである。
 ひょい、と上体を逸らした五秒後、またブーメランみたいに戻ってきた。
「血の気が多いんだから」
 表情を変えぬままこんな小娘の攻撃を受けているシンジなど、そうそう見られるものではない。
 だが飛翔しようとしてその身体が止まった。
 足が動かないのだ。
「粘土の上を人間がひょいひょい歩こうなんて、少し無謀だとは思いません?」
 人形娘みたいな口調で言った娘の表情には笑みがあった――獲物を仕留めたという笑みが。
 それが不意に凍り付いた。
 空を切って飛来した黒い紐状のものが、まさにシンジを仕留めんとする寸前の櫛を叩き落としたのである。
 鈍い音を立てて地に落ちたそれを見つめる娘の表情は、蒼白に変わっていた。
「いい度胸じゃない」
 甘い露みたいな声だが、含まれているのは氷の刃だ。
「妹の分際で、いつから姉の恋人を殺害できるようになったのかしら?秀蘭」
「あ、姉上…」
 秀蘭と呼ばれた娘は俯いたまま顔も上げられない。シンジ殺害に張り切っていたつい今し方までとは大違いである。
「助けてもらってといてなんだが…お前の恋人になった記憶はないんだけど」
「どうしてそう、いつもいつも冷たい事言うの?他の者なら即座に永劫の闇送りよ――このモリガン=アースランドにつれなくするなんて」
 実の妹に向けた研ぎ澄まされた刃のそれとは違い、シンジへの口調は思わず背中がかゆくなりそうな程甘いものであった。
「つもる話もあるし、城でゆっくりしましょ――あんなホモ将軍のところを優先した事も含めて、ね?」
 黒翼を羽ばたかせて一瞬で距離を縮めると、足が抜けずにじたばたしているシンジをいとも簡単に引き上げて腕の中に抱き取った。
「あれから少しは鍛えたのよ…簡単にはいかないように」
 硬直している妹には目もくれず、腕の中のシンジに囁いた声は、まぎれもなく欲情の響きを伴っていた。
 
 
 
 
 
 戸山町にある長老の屋敷では、いつも通り主は深い眠りに就いており、その代わりに孫二人が目覚めている。
 昼夜の区別すら無意味と言える屋敷の地下に、妹を従えて青銅製の螺旋階段を下りる夜香の姿があった。漆黒の闇も真昼と同じであり、その手に無粋な灯りなどはない。
 翼を使えばもっと早かったろうが、なぜか翼を使う事はせず、ただ自分の足だけで二人は歩いていく。既に歩き出してから三十分近く経っており、それはすなわちそれだけ地中深くに目的があるという事になるのだが、こんな地下に一体何があるというのだろうか。
 それから十分ほど歩くと階段は終わり、平坦な場所に出た。
 だがそこで夜香が奇妙な行動を取った。
 何もない場所の筈だが、空間に向かって手を伸ばしたのである。まるでそこに扉でもあるかのように。
 変化はなかったが、二人は少し歩いた。
 またそれを繰り返す。
 数度それを繰り返すと、不意に景色が変わった。部屋の広さは十畳ほどだろうが、何もないはずの空間からいきなりここに入ったところを見ると、やはり不可視の扉があったと見るのが正解だろう。
 それにしても、そこは奇妙な造りの部屋であった。部屋の中央には人が三人くらいは入れそうな棺があるのだが、部屋そのものはどう見てもそんな物を置く部屋には見えない。むしろ、若いカップルが同棲でもしているような内観であり、これほど棺を置くに相応しくない部屋も珍しいだろう。
 しかも壁に沿って数十を超える蝋燭が灯されているとなれば。
 そしてそれが、蝋燭のくせにまったく減っている様子が無いと来れば、尚更である。
 二人は棺の傍らに立った。
 夜香が棺の端に触れると、かすかな機械音がして蓋が開いた。正確には蓋ではなく、覆いが開いたのだ。夜行性の動物を飼っておくケージのように、二重構造になっているらしい。
 中に収められているのは若い男女であり、その手はしっかりと握り合わされている。
 この部屋の主は、元々この二人だったと言えば誰もが頷くに違いない。密封された棺だから無論死んでいるはずだが、なぜかその顔も身体も瑞々しく、身体を揺すれば目を擦りながら起きそうだ。
 そしてきっと、起きてから握り合っている手に気付き、揃って顔を赤らめるに違いない。
「兄上」
 麗香が控えめに呼んだ。
「何か」
「モリガンから連絡は」
「無い」
 夜香は短く答えた。
「だが放って置いても向こうから来る。とは言え、今の時期はあまり顔を見せてもらいたくはないが。碇さんが絡むと街が戦場になる」
 降魔の大群でさえ、夜香の目から見れば動く藁人形と同然であり、そんなものがこの街を騒がす事さえ無理だ――シンジが真面目ならば。
 その夜香をして、この街を戦場になどとは穏やかではない。
 一体何を指していると言うのか?
 
 
 
 
 
「ふーん、そゆ事ね」
 上半身だけ起こしてシンジを見たモリガンは、上はほとんど覆っておらず、乳房が誘うように揺れている。
 しかし、二人ともグラスを傾けてはいるが、シンジの方はジュースであり、この状況にもさしたる感慨は無さそうに見える。
 それどころか、同じピンクでも妖しく色香を放っている乳首より、グラスの中身に興味が注がれているのは明らかだ。
 とはいえ、こんなのは元々分かっているしと、
「で、どうして私を差し置いてホモ将軍のところへ行ったのかしら?」
「お前とシビウが会うと街が壊れるから」
 無論シンジは、夜香が似たような事を屋敷の遥か地下で口にしたことなど、知るよしもない。
「何より、物騒な妹に狙われたくない。あの娘はどうした」
「さあね。放っておけばその内帰ってくるわよ」
「それにしても、お前の妹に何かした記憶なんてないんだけど、どうしていつもいつもいつもいつも命を狙われるんだ」
 ご丁寧に四回繰り返したシンジに、モリガンは後ろから腕を巻き付けた。シンジの背で豊かに張った胸が潰れる。
「ごめんね、きっと私の教育が悪いせいよ」
 あまり思って無さそうな口調で言うと、ふうっと息を吹きかけた。
「身体揺らすと中身がこぼれるから止めて。だいたい、敏感すぎる躰は治ったの?」
 からかうような口調にモリガンの眉が上がり、
「訓練したって言ったでしょ。いつまでも同じ私と思わない事ね」
「ふーん」
 さして関心の無さそうなシンジに、
「ね、取り引きしない?」
「取引〜?」
「その子達、私が面倒見てあげてもいいわよ。今回だけ浮気は多めに――あん」
「浮気の定義をもう一回勉強してこい。何が浮気だ」
 シンジの指が伸びて、異性になどろくに触れさせた事のない乳房を指でむにゅっと押したのだ。
「ま、まあその定義は別として――この私が付いているなら絶対に間違いはないわ。あなたがしたい所まででセーブしてあげる」
「……」
「まだ満足できないの?もう、我が儘なんだから」
 ふふっと笑い――すぐ真顔になった。
「今度だけは争わないであげるわ――シビウと。これでいいでしょう」
「いや、そう言う事でなく」
「何よ、まだ不満があるの」
「ううん」
「じゃあ何」
「交換条件って何さ」
「…」
 宇宙人でも見るような視線を向けてから、
「女に言わせる気?」
「うん」
 当然みたいに頷いてから、
「モリガンって十秒保たないじゃない。まさかそっちじゃないよね?」
 人外の美貌が、まるで初な小娘のごとく、かあっと朱を掃いたように赤くなり、
「だ、だから鍛えたって言ったでしょうっ、こ、この間は初めてだったから…す、すぐに感じやすかったけどそうは来ないんだからねっ」
 途中から何を言ってるか、自分でも分かってないモリガンに、
「あっそ、分かった」
 シンジは頷いた。
「そこまで言うなら見せてもらおうじゃないさ。膣内がどれだけ感度良くなるのか見てくれる」
「ちょ、ちょっと感度良くなんて――」
 言いかけたモリガンを片腕一本で抱き取るとそのまま立ち上がった。
 どさっとベッドの上に放り出したモリガンの下肢に指を這わすと、あっさり衣服は落ちた。
 緑色の髪と同じ色の淫毛は、元から濃い方ではないが逆三角形を小さく描いており、これなら際どい水着でもはみ出す事はまずあるまい。
 きゅっと目を閉じたモリガンの秘所に軽く指で触れ、
「もう濡れてる…お漏らしの癖でもできた?」
「こ、これはその…あ、あのときの…」
「俺がぜんっぜん満足してないのに、勝手にいった時の事?」
 淫唇を指の腹で押すようにして動かしながら、顔を近づけていく。啄むようにして柔らかい唇の感触を愉しんだ後、舌を軽く差し入れるとすぐに絡めてきた。
 静まりかえった室内に舌を絡め合う音と――程なくすると、そこにわずかながら水音が加わった。
 次々に出てくる愛液がシンジの指を濡らし、うっすらと茂った淫毛がたっぷりと愛液を吸って肌にまとわりつく。
「はっ…あ、やあっ」
 シンジが顔を離した途端、耐えきれなくなったようにモリガンが喘いだ。依然として股間への指は止まらぬまま、シンジの唇がゆっくりと降りていく。
「ひゃうっ!?」
 喉元から鎖骨へ掛かるかと思われたそれが、いきなり上へ上がって耳たぶを軽く噛んだのだ。
 下へ這っていく唇を予想していたのが、急に思わぬところに甘く歯を立てられ、モリガンの四肢がぶるぶるっと震えた。
 それと同時にどくっと溢れた蜜がシンジの手を濡らす。
「思ってないところって効くでしょ?」
 どこにこんな声が、と思われるような声でシンジが囁くと、モリガンはこくっと頷いた。
 住人でさえほとんど聞いた事のない声だが、ただ一人いる。
 マユミだ。
 甘味責めにした時も、これと似たような言葉でマユミを落とし、あまつさえその痴態をビデオに収めているのだ。だとすると、シンジのこの声はろくでもない事にのみ、発動されると言っていいのかも知れない。
 聞いた事がない、と言えば無論モリガンの啜り泣くような嬌声とて、同じであろう。
 人間の下で全身を染めて喘いでいるこの女が、魔界に君臨する女王だなどとは、誰も信じないに違いない。
 ましてそれが、自分より強くない者など論外だが、しばらく前までは男すら知らなかったとなれば尚更である。
 まだシンジは挿入しておらず、指さえも入り口でウロウロしているのみである。身体の下に手を入れると、器用にくるっとひっくり返して俯せにさせた。
「そ、そんな格好いやあっ…」
 ぷりっとした尻を丸出しにする格好になったモリガンが、羞恥からか動こうとするのを許さず、小淫唇を指で掻き分けると中へ人差し指を侵入させた。
「ふああ…はあっ」
 既に濡れきった膣口はぬるぬるしており、受け入れる準備は完全に出来ている。
 一本差し込むと、すぐに受け入れた。
「んく…ん、あふうんッ」
 二本目も入ったが、第二関節から先は急激に締め付ける力が増してくる。
 まだ処女のミサトとは違うが、並の男ならこれだけでも達するに違いない。
「モリガン、お尻上げて」
「ふえっ?」
 言われるままにモリガンが尻を掲げるとシンジは後ろに回った。
 はふっ。
「ああんっ!?」
 既に愛液が垂れて、そこの入り口も湿っているアヌスに、シンジが息を吹きかけたのである。
 身悶えした途端尻が触れ、飲み込まれたままのシンジの指が膣内で蠢く。
「あッ、ううンッ…ねえ、もう…来て…」
 割れ目からは誘うように蜜が溢れ続け、ひそやかに色づいたそこは男を引きずり込むようにひくひくと息づいている。
「少し足開いといて」
 足を拡げたモリガンだが、シンジの両手が尻に掛かった途端、
「ちょ、ちょっとなにをっ」
 慌てた表情で振り返った。
「なにをって、後ろからしようかなって。前からだけじゃ飽きるでしょ」
「そ、そっちは駄目っ、ぜんぶ見えちゃ――あああんっ!」
「大丈夫、モリガンのここ綺麗だから」
 意味不明な台詞に一瞬力が緩んだ隙を突いて、シンジは一気に根本まで突き入れた。
「はああっ…あ、あああっ…」
 突き入れただけで四肢をぷるぷる震わせているモリガンに、
「生娘みたいに正常位しか無理?無理しなくてもいいけど」
「だ、大丈夫よっ、あふっ…ま、前で後ろでも横でも…は、はああっ」
「じゃ、遠慮無く」
 シンジの場合、女性経験は豊富だが、別に人数が多いわけではない。単なる数で言えばこのモリガンを含めて五指に収まってしまうし、フェンリルと身体を重ねる事はこの世の終焉を望まぬ限りあり得ない。
 人数より、内容が半端ではないのだ。そもそも百度の交わりを要求、それも人間の青年にさせるなど世界を探してもシビウくらいのものであろう。
 ましてそれが、相手を殺す気でも枯渇させる気でもないのならなおさらだ。
 とまれ、それはシンジに取って一種の荒療治となり、シンジは性に関してがらっと変貌した。
 最初は文字通り嬲られるだけだったシビウが、今では芯から感じて喘いでいるのもその証だし、シンジが女体験は初めてだと思って身体を合わせたらとんでもなかった、と言うのはミサト一人ではない。
 そんな男相手に、この間までは処女であり、男との交わりに関しては小娘と言えるモリガンが太刀打ちできるわけもなく、腰が引かれ、そして押しつけられる度にあられもなく身悶えした。
 初めてシンジに身を任せた時、いとも簡単に絶頂に達してしまい、いたくプライドが傷付きはしたものの、予防はあくまで正常位のみを想定しており、こんな後ろから激しく突かれることなどまったく考えていなかったのだ。
「ああっ、ふはあっ…あああああっ」
 足を突っ張らせた途端に力が抜け、シンジに支えられるまでに、実に数分も掛からなかったのである。
 無論シンジはまだ射精しても達してもいない。
 力の抜けた女体を引き寄せると、後ろ向きのまま抱え上げた。
「な、なにを…?」
「抱き上げた姿勢で挿れてあげる。下から突き上げられるのってイイらしい」
「や、止めてぇ…も、もうこれ以上されたら私…」
 弱々しく首を振るモリガンに、
「ん、分かった」
 シンジはあっさりと解放した。分身は当然天を仰いで不平を洩らしているが、
「無理して膣がおかしくなってもいとこに怒られそうだ。シャワーどっち?」
「向こうよ…きゃっ」
「膣に入れないとは言ったが解放するとは言ってない。さ、行くぞ」
「ちょ、ちょっとやめて…ひゃんっ!?」
 小脇に抱えられ、なんとか抵抗しようとするも、かたくしこった乳首をきゅっと指でつままれ、ふにゃふにゃと力が抜けてしまった。
 ぐったりと弛緩した女体を肩に担ぎ、シンジはそのまま歩き出した。
 
 
 言葉通り、もう挿入しようとはしなかった。
 その代わり、まるで欲求不満をぶつけるみたいに、舌で嬲られ指でいじられ、もはや自力では歩く事すら出来なくなったモリガンをシンジはソファに横たえた。
「ひどい…こ、こんなに私をしておいて…」
 浴場で更に溢れた愛液も水分と一緒に拭き取られ、既に身体は乾いている。うっすらと上気した身体全体と、まだしこったままの乳首を別にすれば、もう痕跡はない。
 恨みと甘えを三対七くらいの割合でこめた視線を向けるモリガンに、グラスに入ったジュースを一口飲んでから、
「飲む?」
 と訊いた。
 頷いて手を伸ばしたモリガンだったが、手の代わりに顔がにゅっと近づいてきた。
「ちょ、ちょっと…んむっ、んむむ…っ」
 口移し。
 咥内に甘い液体が流れ込んでくる――口移しという手段が、余計にそう思わせたのかもしれない。
 一滴も残すまいと言うように嚥下したモリガンを見て、シンジはすっくと立ち上がった。
「帝都へやって来た降魔共、単に倒すだけなら俺とフェンリルだけで十二分に事は足りる。だがそんな事はまったく意味がない。帝都防衛に燃える娘達が倒してこそ、意味はある んだ。そのためには、内に秘めた能力を最大限まで引き出す事が必要になる――例え手段が強引であったとしても、だ。モリガン、任せたよ」
「ええ、分かっているわ」
 気怠げに身を起こしながらモリガンが頷いた。
「みょーにサービス過剰だった気がするけど、その代金と言う事でいいのかしら?」
「無論」
 ろくでもない返答にも、その顔に嫉妬の色はまったく見られなかった。
 あるいは、シンジが娘達に手を出していないと、女の直感で見抜いていたのかもしれない。
「じゃ、俺はこれで」
 軽く手を上げて歩き出した足が止まり、
「あれでも、姉の貞操を本気で心配してる妹だ。妙なモンに襲われる前にほどいてやってくれ」
「逃げちゃったわよ」
「?」
「さっき後ろから突き入れられた時、力が緩んで逃げ出したの。自分の命を狙われても心配するなんて…妙な優しさは命取りになるわよ」
「秀蘭に何かあると、姫もライバルが減って面白くない。それだけだよ」
 平和主義の人形娘だが、モリガンの妹秀蘭とだけはライバル関係にあり、またお互いへのライバル心も強い。
 あるいは、似たような美貌の持ち主と言う事も関係しているのかもしれないが、そんな事を気にするのまた、シンジらしいと言えよう。
 シンジの姿が消え去ってから、モリガンはどさっと身を投げ出した。
 何とか気力で姿勢を持たせていたのだが、糸が切れてしまったのだ。
「正常位なら保つと思ったのに、まさか後ろから来るなんて…」
 はああ、と熱い吐息を漏らしてから、
「後ろから突き入れて…さて、何を使えば強くなるかしらね」
 幾分上気した顔のまま、にっと笑った顔はまぎれもなく魔界の女王のものであった。
 
 
 
 
 
(つづく)

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