妖華−女神館の住人達
 
 
 
 
 
第八十四話:碇シンジ的秘密保持
 
 
 
 
 
「黒木、お前のとこ、暇人多い?」
「ええ、多いですよ」
 この街が、文字通り数えるのが困難な数の顔を持つようになったのは、降魔戦争以降であり、この魔道省もまたそれ以降だが、霊障に関する依頼をこなしていた者はその遙か前からいる。
 もっとも、八百万の神々とか言うくせに、結婚式は教会、葬式は坊主を呼んでポクポクと言う不埒な者達が増えたせいで、神や霊が本来あるべき位置から堕ちてしまっている。従って神も仏も悪魔も信じないと言う、地獄の三丁目を巡るツアーに参加すべき者が多くなってしまい、それに伴って霊障も堂々たる依頼では無くなってきた。
 魔道省が設立され、いわばそう言った類が公の物と認定されるに従い、依頼も増えたがこなす方も増えた。
 要するに闇である。
 魔道省が登録制、それもとてつもないレベルを要求されるのは、そう言った多少本を読んで看板を上げるだけのまがい物と、その連中による被害を防ぐためだ。ど素人であっても、ちょっと本を読んで数日の間念を集中させれば、地縛霊を解き放って暴走させる位はしてのけるのだから。
 結果、レベルは世界でもトップと言って差し支えないが、全体的な数は極めて減少した。一頃は、コンビニの店舗数位はいたのである。
 少数精鋭−と言うより化けの皮が剥がれた者が多すぎた訳だが、ひっきりなしに舞い込んでくる業務や依頼で、超高給プラス超多忙がここ魔道省では当然であり、週休二日などと言ったら即座に首である。
 そう、週五日勤務で九時五時が勤務条件と謳ってあったとしても、だ。
 そこへやってきて暇人いるか、とは札を貼り付けられて不死人にされても文句は言えないが、黒木はあっさりと頷いた。
「碇中隊ならすぐ空きますが」
 かつて魏の曹操は、南方に呉国を攻めた時、七十万を総数百万と号して威風堂々南下した。
 碇中隊、とは黒木が勝手に付けた名称だが、シンジのためなら水火問わない、しかも選りすぐりが九十人ほどいる。
 通称百人隊と呼ばれるそれだが、全員に集合がかかったのは、今までに一度きりである。
「じゃ、呼んで」
 ジンジャーエールをちゅちゅーっと吸い上げてから、シンジは顔を上げた。
 十分と経たずに面々は集まったが、顔ぶれは取りあえず女神館の住人達には見せられないものである−そう、半数以上が若い娘で構成されているこの顔ぶれは。
「手が油で汚れても構わない人」
 何故、とも何のために、との質問もなく、全員の手がすっと一斉に上がった。これだけの手が挙がりながら、まったく気配を感じさせない。
「じゃ、決まり。夕方五時には労働も終わるし、マニキュアするまでには手もきれいになる。四百五十号」
「はい」
 一歩前に出て、すっと恭しく一礼したのは、まだ二十歳を少し回ったばかりの娘であった。
 コードネーム、と言うわけではないが、ここにもシンジの思考が出ている。
「名前を覚えるのは面倒だな」
 ある日、ふとシンジが言いだした。
「かといってニューナンブ松田とか、お札の小松とか言うのもあれだし−あっそうだ番号にしよう」
「番号?」
「全員が好きな番号を付けていいや。番号なら覚えるから」
 がしかし、今四百五十号と呼ばれたのは、本名を佑亜と言う。
 名字は聞いてない。濡れた唇と目許、それにスレンダーな本体に不釣り合いな程のバストが妖しく揺れているが、専門は夢である。
 悪夢は獏に食わせるものと決まっているが、人の夢を操り、それをネタに脅迫するタイプもいる。
 夢だけに始末に負えず、これは扱える人間が少ないのだが、佑亜はそっちのエキスパートである。どんなに上手く人の夢に侵入する者でも、佑亜が入り込めば忽ち、抜き身を引っ提げた乙女の待ち伏せに遭うのだった。
 シンジに言われて、最初に数字を持ってきたのがこの佑亜であり、
「若、決めました」
「うん」
「四百五十号にしますわ。よろしいですか?」
「四百五十?」
「数に制限は無いのでしょう」
 十人中七人、いや九人までは絶対勘違いする流し目を向け、小首を傾けた佑亜にシンジは頷いた。
 一人くらいまあいいやと思ったのだが、結果九十人中、その中で収まるのは三人しかいないと言う事態になってしまい、ひどいのは三千五百なんて言うのもいる。
「四百五十号、マニキュアはしているか?」
「お休みの時だけです。普段の職務には、魔封じの呪文を塗り込めた物を使う者もおりますが、私にとっては邪魔なだけですから」
「それは良かった、好都合。他も似たようなもんだな」
 勝手に、それもかなり勝手に決めつけると、
「じゃ、これより全員建造作業にかかって」
 一言告げたが、異論を唱える者も表情を変える者も、誰一人としていない。
「はっ」
 直立不動で敬礼し、シンジの次の言葉を待っている隊員達に、
「ウチにあったエヴァだが、もう帝劇に持って行ってある。今、娘が一人でトンカンやってるから、全員手伝うように。現在新造のやつは大事な従妹のだから、間違っても組み立てをミスるんじゃないよ。以上」
「『了解!』」
 びしっと全員が敬礼したが、これは黒木が叩き込んだものである。
 別にいいよとシンジは言ったのだが、
「いけません」
 一言で却下されてしまった。
 設計と点検は藤宮紅葉がする。しかし、建造にはやはり力もいるし人手もいる。紅葉に全部任せると言ったシンジが、彼女のためにと用意した作業員達である。
 なお、普通の依頼なら、シンジにはだいぶ及ばぬまでも、そこらの企業の社長より高い報酬を取る彼らだが、
「五時までの時給は七百円。その後は一時間ごとに五十円増しね」
 労働基準法に違反しそうな給与体系を、シンジから事も無げに告げられている。
 
 
 
 
 
 ある意味それは、シンジにとっては屈辱であった。
 記憶のある部分を空白に変えるつもりが、余分な物と入れ替わってしまい、しかも戻そうとした余計なものまで、と言うより完全に戻ってしまったのだ。
 つまり二回ミスをした事になる。
 黒いネグリジェに身を包んだ娘を前にして、シンジはすぐには動かなかった。
 その視線は宙に向いている。
 五秒、十秒と経ち、さらに三十秒が経った。
 別に寒いわけではないが、
「あ、あの碇−」
 すみれが言いかけた時シンジは、はーあと下を向いて溜息をもらした。
「べ、別に一度くらいそう言うことがあっても…あの、よろしいじゃありませんの」
 何で自分がこんな事をと思いながら、シンジの姿が蜜を塗っておきながら、寝坊してカブトムシを捕まえ損ねた子供に見えてしまい、ついすみれはくすっと笑った。
 無論それは、シンジにも伝わったに違いないのだが、シンジはそれには反応しなかった。
 下を向いたまま、
「俺は二度、ミスったのかな」
 どことなく他人事のような声で呟いた。
 その声にはすみれが気づかず、
「ええ、そうなりますわね。でも、おかげでわたくしも全部思いだして、その…それであの、碇さん…」
 返事はない。
 突如として、すみれの身体が硬直した。
 意識的にではない、本能が危険を察知したのだ。四肢に力が流れ込み、ぎゅっと硬直した身体が身構えようとして−動かない。
「今までに一度もなかった−とは言え、完全を自負するのまでは自惚れだ」
 シンジの顔は徐々に上がりつつあり、だがそれを先導するかのように凄まじい気がすみれを押し潰そうとして寄せてくる。
(か、身体が動かない!?)
 いつもと変わらぬ声でシンジが言った。
「ドクトルシビウ−悪魔と契約し、神を宿した右手を持つ女にそれを習いながら、俺は何をしていた?指使いさえも忘れて、すみれの身体を夢中になってまさぐっていただけだ」
 上がったシンジの顔は、紛れもなく邪悪な色を帯びていた。
「これを知ればシビウは、床の中で俺に囁くだろう−役立たず、と。でも、そんな事は困ってしまう」
 まるで接着剤で固められたみたいな手を必死に動かし、すみれが手を翳して何かから身を守ろうとした次の瞬間、小さな音と共に、すみれのネグリジェはブラごと裂けた。
 腰の辺りまでそれが裂け、まっしろな乳房が露わになっても、すみれは声一つ出す事が出来ず、無論床の中でとシンジが言った言葉も残ってはいない。
 シンジが何かしたのではなく、寄せてくる気に下着が保たなかったのだ。
「だが」
 とシンジは言った。
「それを知っているのは二人だけ…そう、二人だけだ」
 シンジの指が一本上がり、
「一人は無論施術者とそしてもう一人は」
 もう一本指が上がり、
「君だけだ。あってはならぬ事が起きた時、それを史書から抹殺するのは時の支配者達の常だった。俺の連続ミスなどと言うものが残らぬようにすみれ−この部屋から出すわけには行かないよ」
 不意にすみれの身体から力が抜けた。ボクシングで言うところの、ノーガード戦法にでも切り替わった訳ではない。
 身体が知ってしまったのだ−もはや、いかなる手段を使っても、防ぐことも抗する事も出来ないことを。
 一滴、すみれの目から涙が落ち、それが最後の抵抗だった。
 だらりと垂れた両手、焦点の定まらぬ瞳、そしてだらしなく開いた口許のどれを見ても、プライドが高くここ帝劇で不動の人気を誇る女優の姿は微塵も見られない。
 さくらが、レニが、そしてアイリスも−レニは以前からの付き合いがあるとしても、シンジに対しこの短期間で、絶対に近い信頼を寄せるようになっている。
 しかし今、シンジの表情は夜に女性が決して一人では遭遇したくない物であり、もしかしたら、さくら達はとんでもない間違いを犯しているのかも知れない。
 口許に乱杭歯はなく、その目も赤くはないものの、寝起きで飢えた吸血鬼が街へ出た途端若い乙女を発見した時のような表情で、シンジはゆっくりとすみれに歩み寄った。
 影だけ見れば、そこに邪悪な羽根があるのに気付いたかも知れず、そして次の瞬間鈍い音がした。
 
 
 
 
 
 眉を寄せた厳しい表情のまま、重樹は分厚い書類を机の上に放り出した。そこに記されているのは、あらん限りの方法で調べたシンジに関する資料である。もっとも、神崎重工が全力を挙げても、実際に調べ得たのは半分にも達してはいなかったが。
「分からん…」
 呟いてから、もう一度分からんと繰り返した。
 この資料を見る限り、いや見る前から分かっていたのだが、付け入る隙が全くない。
 碇財閥は、あれだけの規模にも関わらず外郭でしかなく、やはりその身を常に固めているのは白狼と美女の姿を交互に取るフェンリルだが、これが北欧神話に勇名を馳せたフェンリルそのものだとは、重樹はまだ気付いていない。
 とは言え、神の名を冠した者を従えるなど、普通の常識では考えもつくまい。
 だが、一つ言える事は、何をどう考えてもこれを敵に回そうとは思わぬ、と言うことであり、最悪の自殺方法を願うのでなければ、到底思考の中には浮かんで来ない筈だ。
 しかし忠義はその道を取った−降魔に操られる前の思考にもかかわらず。シンジの言をそのまま信じるならば、最期には何とか正気に戻ったと言うのだが。
「一体何を考えて…」
 ソファに腰を下ろし、重樹は書類を見つめたまま動かなかった。
 無論重樹はすみれの実父だが、すみれが敬遠している一因は忠義にある。
 最期は孫可愛さに平凡以下と堕ちた忠義だが、一代で神崎重工をこの界隈トップクラスに仕上げた立志伝中の人物には間違いなく、当然の結果として重樹は常に比較の対象となってきた。どうあがいても、自分がそこまで及ばぬ事を知っている重樹は、むしろそれを避けるために工場の監督に専念し、作業員に混じって作業に携わって来たのだ。
 もっとも、それはすみれには伝わらず、神崎家の一員たる自覚がないと批判の目を向ける原因になってきたのである。
 男と女の仲もそうだが、相手がなついた方が関係は上手く行く。そしてそれは親子関係でも同様であり、もちろん憎んではいないが、忠義ほどの溺愛も重樹はしていない。
 父の出した帰還命令を撤回したのも、実はその辺にも少しばかり関係していた。
 すみれに告げた通り、重樹はもうすみれを戻す気はないのだが、関係をどうしたものかと思案していたのだ。
 従業員数百名を路頭に迷わせぬ為にも、碇財閥とは間違っても事を構えるわけにはいかないが、それには関係修復に手を打たねばならない。
 だからと言っていい案がぽんと浮かぶ訳もなく、食事もとらずに考え込んでいるのであった。
「苦しいときの神頼み、か」
 ぽつりと呟いた声も、妙に空しく聞こえた。
 無論−悩んでいる相手が、そんな事は露ほども気に掛けていない事などは知らずに。
  
 
 
 
 
「あっつ」
 後頭部をおさえてゆっくりと振り向いたシンジの視界に、珍しい衣装に身を包んだフェンリルが映っていた。
「気が乱れてるから帰ってみれば。まったくマスター、何をしている」
「危機管理だ。機密保−あっつ〜」
「マスター、気の乱れているお前では無理だ。人間相手とは言え、今のマスターでは結果など目に見えている」
 だが、幾分鎮まったもののまだシンジの気は衰えず、無言で手がすっと上がったところへ、
「やめろっつーの」
 スパン!
 手だけ白狼の物へと戻したフェンリルの一撃が、大胆にシンジを襲った。
「この娘はあたしが最初の状態に戻しておく」
「最初、とは?」
「マスターに嬲られた記憶そのままだ。ホテルで乱れた記憶に、まったく手を付けていない状態にな」
 フェンリルの声が、幾分尖って聞こえたのはやむを得まい。
「今のマスターとは付き合う気になれん。少し頭を冷やせ」
 フェンリルの格好を見れば、識者は仰天するかも知れない。
 そのデザインと、何よりも人間が決して手に入れる事の出来ない素材に。
 フェンリルの指が軽くシンジの首筋に触れた刹那、シンジの身体はゆっくりと崩れ落ちた。
「まだ私を追い越すとまでは行かないようだな、人間よ」
 シンジに対してこの呼称は久しぶりだが、それでも頽れる寸前を受け止めた腕はひどく柔らかいものであり、本来ならば床に伸びた所を掴んで放り出すことなど、いとも簡単な事であったろう。
 シンジを横たえてから、フェンリルは立ったまま失神しているすみれに目を向けた。
「人間の記憶など、悠久の時の中ではほんの一瞬とも呼べぬ程度だ。その操りを誤るようでは、まだまだ神を超えた男にはなれぬな」
 無論、すみれではなく転がっているシンジへのものであろう。
 そのまますみれに近づくと、耳より少し上の部分に指を当て、右に二度回した。
 それだけである。
「思考操作などこれで十分だ」
 冷ややかな口調で呟くとそのまま、その身をシンジの中へと消した。未熟な主ではあっても、その地位から降格する気はないらしい。
 フェンリルが姿を消し、室内にはまた静寂が甦った。
 
 
 
 
 
 キーを叩いていた黒木の所へ、いつものように音をさせずに狭霧が歩み寄り、静かにカップを置いた。黒木も当然のようにそれを取り、淹れたての熱いコーヒーを一口飲んでから、
「ありがとう」
 と戻した。
 それ以上の会話はなく、狭霧は後ろのソファに座ると静かに想い人の背中を見つめている。
 黒木の身体が完全にきれいになった時は、無論嬉しくはあったが、どことなく複雑な気分に襲われた狭霧であり、それが絆を失うような気がしたせいだと気付いたのは、しばらく経ってからである。
 無論原因はシンジの、
「なんかその身体、凶悪犯罪者みたいだな。シビウ病院できれいにしてこい」
 と言う狭霧が聞いたら激昂しそうな台詞なのだが、黒木は狭霧にそんな事は一言も告げていない。
 ただ、シンジが好意で傷を完全に治す医者を手配してくれた、とそう言ったのみである。
 現代医学の粋を尽くし、なおかつ常人を遙かに超える黒木の回復力を持ってしても、その身体には幾多の傷痕が残った。黒木が任務に就いていた時は、それを見るたび哀しくなったりもしたのだが、任務を解かれてからは逆にそれが、自分との絆になっているような気がしたのだ。
(それにしても−)
 碇財閥の存在は無論知っており、文字通り世界中にネットワークを持つその規模も知っている。しかし、だからと言ってまさか倉脇総理に、黒木解任の断を下させる力があるとは思っていなかったのだ。
 法務大臣時代から、黒木こそはと目を付けてきた倉脇が、一体なぜそんな決定を下したのか、狭霧は未だに分かっていない。
 だがその一方で、以前よりは遙かに危険度は下がったこの職業に変わったことで、どこかほっとしている自分がいる事にもまた、彼女は気付いていた。
 妻として、女としての自分はやはり…黒木と常にいられる事を望んでいるのだ。
 そう、そして母になろうとしている自分もまた。
 狭霧が腹部へ手を当てた時、黒木がくるりと振り向いた。
「身体の調子はどうだ」
「ええ、大丈夫です」
「医者の不養生とも言う。業務からは手を引いて構わないから、今はお腹の子に専念しなさい」
「はい」
 頷いた狭霧の横へ、立ち上がった黒木が腰を下ろした。
 そのまま片手で狭霧を抱き寄せ、
「私が一線を退いた事、後悔しているか?」
 囁くように聞いた。
「私の…私の大部分はそれで安心しています、豹。それが…いいことではないと分かっていても」
「そうだな」
 黒木は一つ頷いて、
「倉脇総理自らが決められたことだが、それが大正解だったかは私にも分からない。だが一つ言えるのは、私に取っては銃も腕力も関係ない−そんな世界を知った事は大きな勉強になったと言う事だ。考えてみればどんな悪党連中も、霊を使った者はいなかったのだからな」
 その事についてシンジは、
「制御に失敗した場合、自分一人の死じゃ済まないから、よほど間抜けな連中でもないかぎり使わないのさ」
 一言で片づけたが、
「俺が世界征服を企んだら?五精総動員で、二ヶ月もあれば主要都市を炎上させて政府を足元にひれ伏させる」
 邪悪に笑った。
「ねえ、あなた」
「どうした?」
 あなたと言うそれは、妻から夫への呼称としてはごく当たり前だが、もっとも尊敬していたパートナーの黒木であり、当初は慣れるのにだいぶ時間がかかったものだ。
「私が妊娠していること…どうして一目で分かったのでしょう。まだほとんど分からない状態なのに」
「あの方の勘は並外れて優れたものだが、もしかしたらあまり関係ないかもしれない」
「と言われますと?」
「ドクトルシビウに、もしかしたら妊婦の見分け方でも習ったのかもしれない。母胎から出てくるそれが、必ずしも赤子とは限らないとしてな」
「まあ」
 ありそうなだけに、狭霧もくすっと笑いはしたが、まさかそれが事実だとは、さすがに二人とも想像だにしなかった。
「私のような者が子孫を残していいのは分からない。だが狭霧、君との子供ならば…私は見てみたいのだ」
「はい…」
 黒木の言葉に狭霧の頬が染まり、そのまま広い胸へと身をもたせかけた。
 
 
 
 
 
 最初に起きたのはシンジであった。
 先に失神したのはすみれだったが、やはりすみれが最初ではまずかろう。
「まったくもう」
 ぶつぶつ言いながら首筋に触れたが、痛みはまったく残っていない。
 と、まだ立ったまま失神しているすみれに気付いた。フェンリルは、こっちには立たされ坊主の道を選択したらしい。
「気絶しても立ってるって、奥州の弁慶みたいだな」
 無論、京の五条で会って以来常に従ってきた主を守るため、奥州は平泉、高館にて全身を針鼠と化して息絶えた武蔵坊弁慶のことであったろう。
 すみれの下着は裂けたままになっており、そこからはみ出した乳房がひっそりとたたずんでいる。
 どこか居心地の悪そうなそれをどう見たのか、シンジはすっと立ち上がった。そしてそのまますみれを抱き上げると、もう一度座って足の間に抱きかかえた。
 が、何を思ったのかこの男は、胸に手を伸ばしたのだ。もちろん、ホテルの時とは違いうっすらと色を帯びた乳首も普段のままだが、それを指でぷにっと押した。
 若さの溢れている乳房だから、押されたそれもすぐに戻ってくる。
 数回繰り返すと、今度は指の間に挟んだ。指の間に挟み、親指で器用にこね回していく。
 当然の生理反応として、乳首は段々と硬くなって大きくなってきた。
 それに伴ってすみれの呼吸にも変化が現れた。少しずつだが呼吸が荒くなり、頬にも朱がのぼってきたような気がする。
 ぴん、と乳首が尖りきったところで、はあとすみれが切なげな声を上げ、それと同時にぱちりと目が開いた。
「いっ、いやああああっ」
 自分の肢体を見たすみれの口から悲鳴があがり、
「完全防音にしといて大正解」
 シンジはにやあと笑った。
 すみれが見たそれは、床に横たわって胸を揉んでいる自分の姿だったのである。
 
 
 
 
 
(つづく)

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