吸血鬼恋歌:食人画(前)
 
 
 
 
 
 珍しい事だが、凍夜町に雪が降った。
 雪の降る夜は楽しいペチカ――乃至は奇跡が起こると相場が決まっている。もっと珍しい事に、せいらの職場をレイが訪れた。それも戦闘態勢ではなく、だ。
「もめ事起こしに来たならピクルスにするわよ。今日は満員なんだから」
 そう言ったのは雇い主のミサトだが、こちらは普通の人間である。この台詞の根拠が分からない。
「いえ、今日は違います」
「今日は?」
「い、いいえあの、一緒に出かけようと思って」
「ふーん」
 夜の一族の総帥を上から下まで眺めてから、
「ま、いいわ。それなら会わせてあげる。でも、仕事が終わってからよ」
「それは…」
「何?」
「少しでも早いほうが良いような気が…」
「つまり、私のお金儲けの邪魔をしたいわけね」
「そう言う意味では…」
 刹那、ミサトの目に危険な光が宿ったが、一瞬の事ですぐに消えた。
「普段なら逆さにして人工太陽の下に吊すところだけど、今日だけは大目に見てあげるわ。ちょっと待ってなさい」
 踵を返したミサトの後ろ姿に、レイはひっそりと頭を下げた。
 ミサトにしては珍しく殊勝な計らいだが、無論理由はある。例え天地が裂けたとしても、レイがせいらに助力を仰ぐ事はない。それを選ぶなら、真昼の陽光の下で灰になる事を選ぶだろう。
 となると――答えは一つしかない。二人の共通の想い人だ。
 不死人の少年に何の用があるのかは知らないが、少なくとも危険が迫ったのではあるまい。
 確定ではないが、
「さっさと来させてくれば良かったのに」
 と、冷ややかな一瞥と共に言われるのではないかという思いが、ミサトの中でより重かったのだ。
 数分後、満員の観衆から拍手を浴びたせいらが戻ってきた。
「レイが私に?分かりました」
 話を聞いてすぐに頷いた。いくら何でも、ミサトの本拠地へ自分に喧嘩を売りには来るまいと踏んだのだ。
「珍しいわね、レイの方から来るなんて」
「そうね…。評判いいみたいね」
「評判?ああ、私の歌ね。最初はどうかと思ったけど、人間には合うみたいだから。私の評判を見に?」
「いえ、違うわ。凍夜町の伝説を知っているかと思って」
「伝説?」
「四季のないこの街では、雪など降らない――凍夜町に雪の降る夜は奇跡が起きる。奇跡、と言う単語はあまり好きじゃないけれど…こんな晩だけはいいかもしれない」
「……」
 今も未だ、想い人が共通という事もあって、二人の間には微妙な空気があるのだが、以前はそれどころではなく、文字通りの仇敵であった。死闘の挙げ句互いの身体に牙を突き立て合った二人である。
 結果、冥府へ仲良くご出航になる所を、シンジに救われた。不死人の血を輸血されたのだ。図らずも、文字通りの血を分けた姉妹もどきになってしまったが、まだ思いは繋がっていない。
「こんな夜なら…もしかしたら碇君もどこかに連れて行ってくれるかもしれない」
 ここまで言われて気が付いた。
「レイ…でもどうして私を?」
 せいらの言う事も尤もだ。ハーレムを形成している訳ではなく、お互いが恋敵である状況に変化はないのだ。
「せっかくの夜だし…」
 何となく歯切れが悪い。第一、雪と自分も誘った事には関係あるまい。
「夜だし?」
「ちゃ、茶筅の続きもと思ったの。でも忙しいみたいだからいい。私一人で行くわ」
 話が全然通じなかった事で、少し機嫌の針が揺れたらしい。
 くるりと背を向けたレイの肩が軽くおさえられた。
「…何」
 すう、と息を吐き出し、
「レイ、ありがとう」
 せいらは一言だけ告げた。
 それは承諾の証であった。
 
 
 それから十分後、夜の道を早足で歩く二人の姿があった。
 がしかし。
 空気がさっきより悪くなっているように見えるのは、気のせいだろうか。
「やっぱりせいらなんて誘わなければ良かったわ」
 気のせいではなかったようだ。
 頬を拭ってポケットにしまい込んだハンカチには、実は墨がついていた。無論、この寒空の中突如羽子板を始めて、相手の顔に墨を書いたのではない。
「もう上がりたい、と?」
「『は、はい…』」
 とある金髪の有能刑事とは違い、この雇用主はシンジに興味を持っていない。だからその意味では敵に回る事はないのだが、経営に関しては熱心であり、今からシンジの元へ行くのは、それを妨げることになる。
 この寒い中、なんとか勇気に給油して点火し、二人でミサトの所へ行ったのだが、危険な一瞥を向けられた。
 即座に却下されるかと思ったが、十秒後、
「いいわよ」
 許可は出た。
 ただし、雪の晩に歌姫が抜ける事は稼ぎにぽっかりと穴が開く事を意味している。
 結果、二人の頬にはそれぞれ墨で落書きされたのだ。収入分を返せ、とは言われなかった。
「私はあくまで好意だったのに、あなたと一緒に落書きされるなんて。どうして白い雪が降る晩に、顔に墨なんか落書きされなくてはいけないの」
 黙って聞いていたせいらだが、あまりにぼやくレイに、どこかが点火したらしい。或いは何やらの尾が切れかけたものか。
「確かにその通りだと思うわ――レイの言うとおりならね」
 せいらの言葉にレイの足が止まった。
「どういう意味」
「考えたんだけど、どう考えてもレイが単なる好意で私を誘うと思えないの。一緒に、と言うよりは予備でしょう。或いは風よけか」
「意味が分からないわ」
 ぷいっとそっぽを向いたレイだが、ほんの少し語尾が乱れたのに気付かないほど、せいらとレイの付き合いは色々な意味で浅くない。つまり――良くも悪くも、だ。
「シンジ様と一夜を共に、と言うのは悪くないと思う。でも、シンジ様は私の物でもあなたの物でもない。裸になって迫った場合、簀巻きにされた上放り出す方が、可能性としては高いお方。ましてやこの間の続き、などとあっては。だから私を誘ったのでしょう。二人で同時に行った方が、簀巻きにされる可能性はぐっと減るから」
「気のせいよ」
「そう。それじゃ、私はシンジ様のお家の前で待ってるから、レイは一人で行けばいいわ。二人の甘い時間を邪魔する気はないもの」
 そう言った途端、レイはあからさまに狼狽えた。普段は感情を殆ど見せない分、こう言う時は隠すのが下手なのだ。
「そ、そんな事はないわ。せいらとは色々あったけど、い、今は敵だとは思っていないし、そんな…遠慮する事はないわ」
「行かない、と私は言ったのよ。本当に私が風よけで無いのなら、レイが一人で行ってごらんなさい。そうすれば信じるわ」
「……」
「……」
 雪の積もった夜道で、二人の美姫の視線が絡み合った。火花が散ってはいないが、探るようにお互いを見ている。
 結局レイが折れた。
「た、確かにせいらの言う事も…間違ってはいなかった。そう言う考えも少しはあったわ」
 このまま家まで行った場合、計画が根本から頓挫するから、認めざるを得なかったのだ。
「ごめんなさい」
 謝ったレイに、
「ほらやっぱり」
 ほらね、と嗤うような事はしなかったが、
「それで、少し以外の事は何を企んでいたの」
「企んでなんていないわ。ただ…私は碇君に抱かれた事がないから…分からなくて」
「なにを?」
 せいらが聞き返すと、レイの顔がうっすらと赤くなる。
 何を妄想したかと内心で首を傾げたせいらだが、次の瞬間、揃って顔を赤らめる事になった。
「わ、私一人じゃその…激しすぎるかも知れないから…」
 二人が揃ってかーっと赤くなっている光景は、いずれも美少女なだけに妙に妖しく見える。
「………」
「………」
 さっきより長い沈黙の後、今度はせいらが先に口を開いた。
「そ、それなら…納得したわ。い、一緒に行きましょう」
 差し出された手をレイが握り返す。
「ええ」
 同じ目的の元心に一点の曇りもない二人が固い結束――と言えば聞こえはいいが、実際は妖しい妄想に心が浮き浮きしていると言った方がいい。
 とまれ、手に手を取って夜道を急ぐ二人。
 やっぱり妖しい。
 
 
「出かける〜?この寒いのに?」
 沸騰したお湯で入れたインスタントのお茶を飲みながら、シンジは土星から落ちてきた宇宙人でも見るような視線を向けた。高級なお茶ほど低温で入れる物だが、インスタントだから別に問題ない。
「い、いえ今日ではなくて明日にでもと…」
「あっそ」
 リモコンを手にしたシンジがテレビに向ける。映っていたのは天気予報であり、明日の天気予報は雪で、おまけに大雪注意報まで出ている。
「『そ、そんな…』」
 やれやれと二人を眺めやり、
「せいらが綾波を、と言うより逆の方が可能性は高い。せいらを誘ったのは綾波だね」
 視線を向けられたレイが、はいと頷いた。
「凍夜町の白夜の夜には奇跡が起こる――何の奇跡を思ったの?」
「碇君があっさりOKしてくれること」
「そっちより、こっちの方が奇跡としては大型だったらしい。残念でした」
 テレビを切ってから、
「一つ訊きたい事がある」
「『はい?』」
「僕がお出かけを了承する可能性ってのは、奇跡みたいな可能性を引っ張り出さないとならないほど、君らにとっては低いのね?」
「べ、別に…」「そ、そんな事はありませんわ」
「じゃ、何でわざわざ雪の中を二人してやってきたの?」
 途端に二人の顔が赤くなり、下を向いてもにゃもにゃと、何やら呟いている。何を考えたのかは不明だが、どうせろくな事じゃあるまいと、放っておく事にして立ち上がった。
 カーテンを開けたシンジの眉が少し寄った。
「あーあ、また降ってきた」
 しようがないな、と炬燵にもう一度籠城してから、
「君らはそっちの部屋」
 妙な事を言い出した。
「『え?』」
「綾波はいざ知らず、海中に雪が降る事はない。と言う事はつまり、この雪の中を帰すとせいらが風邪を引いて、商売道具に傷が付いたと雇用主からクレームが来る可能性がある。でも綾波一人を帰すと僕の貞操が破られそうだから」
 一瞬、二人の口が小さく開いた。
 すぐには理解出来なかったのだ。
 三秒ほどで気付いた。
「い、碇君それって…」「あ、あのシンジ様泊まっていっても、よ、よろしいのですかっ?」
「だからそっちの部屋だってば。ここは僕の国だからさっさとたい――」
 僕は炬燵で寝るから自分達の布団を用意するように、と言いかけた途端、いきなり飛びつかれて気道が塞がれたシンジ。
 左右から頬にキスの雨が降ってきたが、唇には触れようとしない。やはりまだ、そこまでは出来ないのだ。
「さっさと離れてー!」
 
 
「君が僕に嘘を付いた」
 翌日、安っぽい恋愛ドラマみたいな台詞を、それもニュースの画面に向かって口にしているのは、勿論シンジだ。
 今日は雪、と昨日の予報は言っていた。
 しかし、カーテンを開けるまでもなく快晴で、既に太陽は雪解け作業に取りかかっている。
「予定がある訳じゃないから、別にいいけど」
 呟いてから後ろを見ると、既に二時間前から起きて待っていた二人が、膝に手を置いた姿勢でちょこんと待っている。目がキラキラしている事は、言うまでもあるまい。
「食事の用意は出来ております」「さっき材料を買いに行ったの。台所を借りたから」
「ああ、ありがと」
 朝はほとんど食べないんだ、と言う言葉は胸の奥にしまい込んだ。
 二人が張り切ってサンドイッチ一切れを作る事など、決してあり得ないのだから。
 二時間後、少々胸焼けを起こした不死人の少年は、それぞれ吸血鬼と人魚の美少女二人を左右にして、街を歩いていた。
 勿論、レイも色々行き先は考えていたのだけれど、昨夜の降雪であっさりとおじゃんになった。三軒が立て続けに断られたのである。
 どこもみな、雪の後始末で今日は営業しないというのだ。大量降雪が奇跡と言うくらいだから、仕方がないと諦めた。それに、シンジと腕を組んで歩いているだけで、十分だと分かったのだから。
 一応太陽光対策の薬は飲んでいるが、以前ほど刺激が無い事にレイは気付いていた。
 原因は分かっている。
(碇君の血をもらったから)
 胸にそっと手を当てたレイが、組んでいる腕にきゅっと力を入れた。
 ただ、プランがいきなり崩れた為、完全に愉しめないのは仕方がない事だが、それはシンジを挟んで反対側にいるせいらの存在ではない。
 忘れたのだ。
 昨夜の予定では、三人でデートのゴーサインを取り付けてから、この間の続きもとおねだりする筈だったが、意地悪な天気予報のせいで初っぱなから挫かれた。おまけにシンジが泊まっていいなどと言ったせいで、重要な部分を攻略出来なかったのだ。
 だからデートが終わるまでに、何とかしてシンジを口説く方法を考えなくてはならない。それはせいらも同じである。
(お尻、気持ちよかった…)
 完全に没頭はできないが、それを思い出すと身体の一部が妙に熱くなってくる気がする。それはせいらも同様で、二人がさっきから数回転んでいるのは、そのせいだ。
 転ぶのは雪になれていない為で、顔が赤いのは転んで恥ずかしいからだろうと、シンジが誤解してくれているのが幸いだが、そうでなければどう見ても怪しすぎる。
 と、ふとシンジの足が止まった。
 何の変哲もないアンティークショップである。看板には『黒らんぷ堂』と書かれている。
「……」
「碇君どうし…!?」
 二人の少女の顔が一瞬で引き締まった。
 血の匂いなどとは違い、一般人には感じ取れないものだが、ここにいる三人はいずれも尋常とは遠い位置にいる者達であった。
「微量だけど、妖気が漂っているわ。一応隠蔽工作はしたみたいだけど…碇君?」
「せいらも同意見かい?」
「はい。あの…シンジ様は違うお考えでしょうか」
「妖気は合ってる。でも、街中で妖気を見つけたから足を止めた訳じゃないよ」
「『え?』」
「ちょっと行ってくるから待ってて」
 柔らかく腕をほどいて歩き出そうとした途端、ぎゅっと捕まった。
「だから君らじゃ血の気が多すぎるから…その顔は何?」
「裏口から出て行って帰っちゃいそうだからだめ」
「……」
 何か言いかけたが、これは絶対に引き下がらないと諦めた。やれやれと肩をすくめ、二人を左右に店内へ入っていく。
「いらっしゃい」
 出迎えたのは初老の婦人であった。普通の人間で、妖気はまったく放っていない。
 となると、発生源は店内にある。
「従妹達にプレゼントする事になったの。店内を見せてもらっていい?」
(従妹って私達が?)
 どうして彼女ではないのかとちょっと不満だが、こういう場合単なる優柔不断に見られがちな訳で、その辺り男の矜持という物が分かっていない。
 が、
「いいとも。二人とも可愛い子じゃないか。うんと奮発しておあげ」
 老婆の言葉で、コロッと機嫌がなおった。一瞬だが、妖気の事すら忘れかけたのである。
「ってお婆さんが言ってるから、二人とも適当に選んでおいで」
「『はーい』」
 店内はそんなに狭くない。シンジの一言で、忽ち嬉々として店内に散っていった。
(駄目だこりゃ)
 老婆はにこにこして見ているが、せいらとレイはどう見てもこの店から漂っていた妖気の事など、綺麗さっぱり忘れている風情である。
(僕が探すしかないか)
 二人はいないものとして、こちらは違う目的で店内を物色し始めたシンジだが、二分と経たず目的の物は見つかった。
 それは、やや古い油絵であった。描かれているのは女性で、それもまだ若い。服装からすると、おそらく中世の騎士が活躍する頃の女性のようだが、そんなに低い身分ではないと思われる。少なくとも農民ではない。
 おそらく、と言うのは、あいにくシンジがその辺には詳しくないからだ。ただ東欧か西欧であって、アジアの文化圏でない事は間違いない。
(でもどうしてこの絵に…)
 描いた人間の怨念、とは違う。それならばシンジにはすぐ分かる。描いた人間が恨みなど負の感情を持っていた場合、それは文字通り絵の素材となって全体から伝わってくるからだ。
 描き手から伝わる物ではない、となると後は絵に何かが取り憑いた可能性があるが、手をかざしてみてもそんな気配はない。
(分からないけど、この絵に間違いはない。店全体からは伝わってこないから、この絵だけの物だ。とりあえず、少し調べてみるか)
 辺りを見ると、せいらとレイがそれはもう楽しそうにあちこちの商品を手に取っている。まるでバーゲンに放り込まれた主婦のように。
 そっちは放っておいて、シンジは老婆に話しかけた。
「あの古い絵は、前からここにおいてあるの?」
「いいや、数日前に嫁が持ってきたんだよ。良い腕だが無名だった画家が描いたものだから、見る人が見れば分かるだろうってね。わたしにはよく分からないけど、邪魔にはならないし、もしその通りならいつかは売れるだろうしね」
「でも、仕入れで費用がかかったんじゃないの?」
「いや、何でも人にもらったとか言っていたよ。ある会社に飾ってあったんだけど、その会社が倒産したみたいでね。ただでもらったと言ってたね。あの絵に興味があるのかい?」
「ああ、古いけど絵のモデルさんは綺麗な人だったんだろうなと思って」
 その途端、シンジの身体がピクッと反応した。
 二対の、少々攻撃的な物を含んだ視線が店内から飛んできたのだ。突き刺さる、と言うほどでは無かったが、ちゃんと意識はこっちを向いているらしい。
「買う物は決まった?」
「私はこれ」「私はこれにしました」
「ふんふん」
 二人が手にしているのは、オルゴールと置き時計であった。
 ご機嫌そうな二人を見て、老婆がシンジに囁いた。
「あの二人、あんたの従妹でも恋人でもないね」
 と。
 ふふ、と曖昧に笑ったシンジだが、何も言わなかった。
 こういうタイプは嫌いじゃない。
 ご機嫌な二人を左右にシンジが店を出て行く。
 だが、左右の二人は勿論の事、シンジも気付いていなかった。胸元の大きく開いたドレスを着た娘の口元から、一滴の鮮血が滴った事を。
 そしてその口には小さいが、れっきとした牙があった事を――シンジが見た時には、何の変哲もない普通の絵だったのだ。
 
 
「それでシンジ様、いかがでした?」
「如何かって、君らは買い物してただけでしょ」
 言った途端、背後から艶めかしく腕が巻き付いた。
「もう、固い事言っちゃいや」
「綾波?」
 取り憑かれでもしたかと思ったが、赤い双眸はいつも通り危険な色である。今日は特別な日らしい。
「はいはい。それで?」
「うまく鳴らないの。直して」
 どれ、と見ると中が一カ所さび付いている。
「油差して錆を取れば直るよ。僕がやっておく」
「ありがとう。それで、何かあったの?」
「絵が一つあった。外で感じたのと一緒だからあれに間違いない」
「でも?」
「原因が分からない。描き手のそれじゃなかったし、何かが憑依している様子もなかった。それに、店とくっつている家の方にも妖気はなかったしね」
「じゃ、何かの拍子で妖気を発するようになった絵って言う事?」
「普通に考えれば。ただ…僕の勘が違うと言ってる。単なる偶然だけじゃないって。少し調べてみるよ」
「じゃ、私もご一緒に」
「いや、これ以上引っ張り回すと後が怖いから。それと陽光が怖い種族もお断り」
 じゃあ私が、とすっと身を乗り出してきたレイを制し、
「外れで済めば、それに超した事はないしね」
 あまりいい感じがしないんだ、とは言わなかった。危険とは違う何かだったし、それを言えば絶対に二人とも付いてくるからだ。
 と、その日はそれで終わった。
 二人とも買ってもらった物を手に、満足げに帰っていったし、雪も半分くらい解けてもう通行への支障はない。
 翌日、とりあえず図書館で文献でも漁ろうかと、お茶を飲みながら考えていたシンジが、ふとテレビのリモコンに手を伸ばした。
 まさか今日は降雪の予報などないだろうなと思ったのだが、画面が映った途端その手が止まる。
 ニュースが伝えていたのは、『黒らんぷ堂』全焼の速報であった。
 
 
 
 
 
(続)

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