溶け合う心
 
 
 
 
 
 月明かりの下、若い娘が早足で急いでいた。
 わき目もふらぬそれは、どこか暗闇を恐れるようにも見えるが、幾分赤いように見える頬が、それを否定する。
 せいらだ。
 人魚が人界に馴染み得た、おそらくは初めての例。
 歌姫としての職を得て、現在は自給自足が可能となっている。
 今日も仕事は終わり、帰途につく所…ではない。
 第一、彼女の家は反対方向だ。
 今、彼女が足早に急ぐ先には、一軒の家がある。
 そう、不死人の家が。
「急に行ったら、驚かれるかしら」
 頬に手を当てて、ふふと笑った姿は、紛れもなく乙女のそれである。
 この娘が、夜の一族の当主を相手にして、互角以上に張り合っているなどと、誰が信じるだろうか。
 と、その足が止まった。
「あれは…」
 その視線が、一転して険しくなる。
 視界に何かを見つけたらしい。
 女だ。
 通りの向こうから歩いてくるのは、つい先だってせいらと死闘を演じた、夜の一族の当主綾波レイであり、その目的もどうやら同じらしい。
 ちょうど、二人の中間地点くらいにある曲がり角。そこを曲がれば、碇シンジの家までは直線なのだ。
 どうやら、向こうもこっちに気が付いたらしい。
 お互いに夜目の視界は十分すぎる程に優れている。
 少なくとも、恋敵を瞬時に認識出来る程には。
 立ち止まったまま、彼我の距離は数十メートル。
 静かな闇に火花が散ったが、急に二人とも、まるで申し合わせたように歩き出した。
 街灯の下で、二人の全身がはっきりと映し出されたが、両方とも歩くのを止めない。
 角を曲がる時、二人の腕がぶつかった。
 初めて気づいたように、
「こんばんは、どこへ行くの」
 先に口を開いたのはレイだが、その声には皮肉と牽制がたっぷり詰まっている。
「こんばんは」
 とせいらが、歩みを止めずに返す。
「私の思い人の所へ。あなたはおうちへ帰るのでしょう」
「偶然ね、私も恋人の所へ行くの。あなたこそ、家へ帰るなら部下に送らせるわ」
「結構よ、いきなり墓場に連れ込まれて、血を吸い取られてはたまらないもの」
 殆ど、肩と肩をぶつけ合うようにして歩く二人の間では、目に見える程の火花が散っている。
「ふふ、ふふふふ」
「ほほほほほ」
 棘でも生えていそうな声で、お互いに笑い合っているが、目は笑っていない。
 二人の思考はただ一つ、“この女は邪魔”と言うことであり、
「碇君はあなたに用は無いわ。さっさと帰ったらどう」
「シンジ様は付きまとわれるのが嫌い、そんな事も分からないの」
「何ですって」
「そっちこそ」
 シンジの家の手前百メートル地点で、また乱闘でも起きるのかと思われたその時。
「そこのお二人さん」
 二人の視線が、キッとそっちを向く。
 そこには、占いと書かれた看板を出した老婆が、机の上に手を置いてこちらを見ていた。
「問題は恋のこと。それならば、この婆が占って進ぜよう」
 いらない、そう言い掛けて二人の脳裏にある事が閃いた。
「『相性は分かるの』」
 声が重なった事に気づき、お互いの思考を知った。
「ああ、勿論だとも。誰が彼にふさわしいのかも、ちゃあんと分かるのさ」
「いい所で会ったわね」
「そうね」
 二人の視線が空中で切り結んだ。
「どっちが碇君にふさわしいか、これで決着を付けましょう」
「望む所よ」
 だが、どちらかが勝者となれば、片方は敗者となる。
 占い程度でシンジを諦められるのか、甚だ疑問ではあるが、とまれ二人の意志は合致した。
「『お願いします』」
 揃ってやって来た二人に、老婆はニタリと笑った。
「分かったよ。それじゃそっちの蒼い髪のお嬢さん、あんたから手をお出し」
「はい…」
 
 
 
 
 
「よし、いい出来だ」
 茶柱の立ったそれを見ながら、何やらご機嫌なのはシンジである。
 ちょうど食後の一服にと、自分でお茶をいれたところだ。
 恋人でもいれば、
「ね、お茶でも入れようか」
 となるのだが、今のシンジにそんなのはいない。
 いや、志願者の心当たりはあるのだが、とりあえず自分で入れた方が美味しい、と言う事実がある。
 一口飲んで、ふうと息を吐き出した所で、玄関のベルが鳴った。
「はい?」
「『今晩は』」
 ん、とシンジの眉が寄った。
 同時に来るなど、絶対にあり得ない二人の声がしたからだ。
 玄関先で、既に一戦交えて来た可能性もあると見たのだ。
 が。
「今晩は、碇君」
「シンジ様、ご機嫌いかがですか」
 そんな様子は微塵もなく、しかもシンジの返答も待たずに中に入ってきた。
(…はて?)
 一瞬シンジの目が鋭くなる。
 何か妙だと感じたのだ。
 だが、
「碇君、私も飲みたい」
「シンジ様、わたくしもよろしいでしょうか」
 ちょっと引っかかる所はあるが、仲が改善されたらしいと、深くは考えなかった。
「今いれるから、ちょっと待っていて」
 だがシンジは知らない。
 つい昨日まで、いや今朝方までは、シンジの家の前の通りに占い師などいなかったことを。
 そして、二人は占いで勝負を付ける筈だったことを。
 つまり、彼等が揃ってくることはあり得ないのだ。
 占い師はこう言ったのだ、
「誰が相応しいのか選んであげるよ」
 と。
 或いは、二人とも侍るとの結果でも出たのだろうか!?
 
 
 
 
 
「取り憑かれた男?これが?」
 リツコは、回ってきた書類を見ながら眉を寄せていた。
 しなやかな眉が寄ると、美人にはどんな表情でも似合うと実感させ、男はつい見とれていた。
 それを断ち切ったのは、
「それで?何をしたの」
 と言うリツコの冷ややかな声であった。
「は、はっ、それがあの幼女誘拐を」
「幼女誘拐?ただのロリコンじゃないの?」
「いえそれがこの男、発見された時には精気を集めて奉納するのだと、素手で子供の肉体(からだ)を引き裂こうとしている所でした」
「ふうん」
 どう見ても、力仕事や荒技が出来るタイプではない。
 鞄を持って、ひたすら得意先を回るのが向いているタイプだ。
「妙な力を与えられた、と言うことは考えられるわね。で、真犯人(ホンボシ)の検討は付いているの?」
「いえそれはまだです。ただ」
「ただ?」
「唯一妙な接点があったのは、おかしな占いの娘だそうです」
「街角の占い師なら、それこそ幾らでもいるわよ」
 見料は莫大だがそれだけで、被占者の人生を数時間ながら、変えてのける占い師もいるのだ。
「あんたは金運があるよ」
 そう言われただけで、何故か賭博には大勝したり、女運を予言された直後に、結婚が決まったりする事もある。
 もっとも、調子に乗って数日後にまた行くと、今度は完膚無きまでに負けると相場が決まっている。
 血相を変えて占い師を捜すと、もう何処にもいないのだ。
 ただし、実際にあれをしろこれをしろと指図するのは、法律で禁止されており、まして幼児を殺害してその体液を持ってこいなどとは論外である。
「調べた方がいいかしらね」
 ふと呟いたのは彼女の、赤木リツコの女としての勘であった。
 
 
 
 
 
「で、これは何の真似」
 既にシンジは床に押し倒され、上から二人の女が抑え込んでいる。
 無論、せいらとレイだ。
 おかしい、と見抜くべきだったが、さすがにこれは予想外だったのだ。
 湯飲みを運んできたらもう、ぴったりと横にくっついてきた。
 ただ、せいらは別としてレイは時々こんな風になるし、初めての事ではない。
 睨み合われるよりましかと思ったら、一口飲んで同時に置いた。
「美味しいですわ」
「でも、もっと美味しい物がありそうね」
 二人で頷き合うと同時にレイが左手を、せいらが右手をおさえてきたのだ。
 どう見ても、二人で取り合う風情には見えない。
 これはやばいと、逃げようとしたら、万力のような力でがっちりと抑え込まれた。
 それも、今までに経験した事の無いような力で。
 獲物を捕獲した蜘蛛よろしく、二人揃って舌なめずりすると、よりによってシンジの上で、赤い舌を絡み合わせた。
「んっ、ちゅ…はあっ」「あん…ん、んん」
 お互いの唾液に唇を濡らし、そのままシンジの顔の所に降りてくる。
 はふん、と吐息を吹きかけられて、シンジの身体がびくんと動いた。
「やっぱりここ、弱いのね」
「シンジ様、可愛いですわ」
 
 シンジ…現在思考中。
 
 服に手を掛けられながら、不死人の脳はフル回転を始めていた。
 恋敵同士の二人が、なんのきっかけからかレズの契約を結び、共通の思い人を分け合うことにした。
 客観的な状況判断は出来る。
 だが、だれがなんのために?
 何より、客観的状況と、それがあり得る事とは両立しない。
 少なくともこの二人に限っては。
 片や夜の一族の当主であり、かたや海底の女王の妹である。
 そう簡単に、誰かの罠にはまるような二人ではない。
 だとしたら利害の一致?
 あり得ない、と本能が否定したとき、二人の手がスラックスに侵入を図ってきた。
 現状対策が先、それに気が付いたシンジはすっと起きあがった。
 力では跳ね返せないから、腕の間を器用にすり抜けて。
「したければ相手してあげる」
 シンジは静かに言った。
 その目にも口調にも、欲情の色は微塵も感じられないのだが、もはやせいらもレイもそれに気付く余裕は無いらしい。
 欲情に彩られた眼差しで、揃って頷いた二人に、
「ただし、どちらか一人にして」
 シンジの言葉に、二人の表情が一瞬動く。
 これで揺れるなら、とシンジは踏んだのだが、
「あなたが先でいいわ」
 せいらがすっと身を引いたのを見て、シンジは深刻さを知った。
「これはまずいな」
「何がまずいの?」
 危険な視線でのぞき込んできたレイの顔を、ぐいと引き寄せた。
「何を…んっ」
 唇を合わせると、抗う暇を与えずに舌を差し入れた。
 舌を探り出し、搦めて強く吸った。
「んふっ、んん…」
 一瞬身体を硬直させたが、すぐに力は抜けて、柔らかな舌を絡み返して来た。
 熱さを感じた舌はすぐ解放し、今度は咥内をねぶりに掛かる。
「んっ、んっ、んふうっ」
 声にならぬ声を洩らし、足を摺り合わせているのは、下の方が疼いているせいか。
 唇を離し、耳朶に軽く息を吹きかけると、
「ふあああっ」
 それだけで、身体をぶるぶると震わせた。
 軽くイッたらしい。
 一方せいらはと見ると、レイの痴態を見ながらしきりに胸を揉みしだいているが、羨望の光は隠せない。
「せいら、そこに寝て」
 レイの横を指すと、素直に従った。
「脚開いて」
 言われるままに開くと、純白の下着はもうぐっしょりと濡れている。
 まるで、脱水していない物を穿いたようなそれを見て、
「こんなに濡らして。脱水忘れたかい?」
 意地の悪い台詞にも、
「だって、シンジ様を思ったらこんなに…ほら…あふーあっ」
 自分でくにゅっと押して甲高く喘いだ。
 人が見たら間違いなく、薬を使っての陵辱プレイに見えるだろう。
 陵辱ビデオの撮影と勘違いされるかも知れない。
 と、そこへレイが、
「あん、ずるうい…」
 舌足らずな声で、これも仰向けになって脚を開くと、
「ねえ、碇君…ちょうだい…」
 屋敷の者が聞いたら卒倒しそうな声でせがむ。
 既に透けて、肌にはりついている下着が二枚、シンジの前に広がっている。
 シンジは表情を変えぬまま、ゆっくりとそこに指を伸ばしていった。
 
 
 
 不死人が、美少女二人の股間に指を伸ばしている頃、件の占い師の所に若い女が訪れていた。
「持ってきたかい」
「はい…」
 どこか生気のない声で頷くと、懐から何やら取りだした。
 妙な封がしてある木箱を取りだして、老婆の前に置いた。
 と、次の瞬間奇妙な事が起きた。
 老婆が封のされたそれに手を触れると、手はその中にすっと溶け込んだのだ。
 まるで、手品のような現象だが、それだけには留まらなかった。
 抜き出された手は、その部分だけ時間が戻ったかのように…若返っていたのである。
 明らかにみずみずしさを取り戻した肌は、一体何を意味しているのか。
 艶々とした手を見ながら、
「なかなかの分だね。さ、お行き。次もこの分量を減らすんじゃないよ」
 渡された木箱を押し頂くと、女はまた闇の中へと消えていく。
 それが消えてしまえばもう、後はまた一占い師と化しており、不審な所は何ら見られない。
 しかも。
 再度手が現れた時、それはまた老婆の物へと戻っていたのだ。
 
 
 
 
 
「そう言えば、二人とも処女だった」
 ぐったりしている二人の股間から、シンジは手首まで濡れきった手を取りだした。
 既に衣服の吹き飛んでいる二人だが、その姿を見たら仲間の者は仰天するかもしれない。
 そう、少なくとも夜の一族であれば。
 転がっているせいらとレイだが、その脚の間からはおかしな物が生えていた。
 茶筅だ。
 茶を点てるのに使うそれが、よりによってその肛門から生えていたのだ。
 揃って処女と知ったシンジが、膜の寸前でその指を止めて抜き差しを繰り返したのだが、締め付けを増やすためにアナルへ差し込んだと知ったら、二人はどんな顔をするだろうか。
 とまれ、赤く鬱血した秘所は、揃って微妙な収縮を繰り返し、肛門へ差し込まれた茶筅は、抜ける気配をまったく見せない。
 括約筋で、よほど強く締め付けられているのだろうか。
「あ…ああん…」「んふ…んん…」
 二人の口からわずかな喘ぎが漏れた時、肛門に侵入していたそれが、ひときわ強く締め付けられたと見えて、ぶるっと震えた。
「こっちでも良かったかな」
 と、シンジが見た先にはかりんとうがあった。
 どうやら、こっちを突っ込む予定もあったらしい。
 ぴくぴくと痙攣している女体を見ながら、シンジはすっと立ち上がった。
「ヘルスの料金として、服はもらっておく」
 愛液でたっぷりと濡れた手を見ながら、その表情に欲情はまったく感じられない。
 手を洗って戻ってきたシンジは、その言葉通りさっさと服を取ると出て行った。
 なお、出て行く直前に二人のアヌスから、異物は抜かれている。
 
 
 
 
 
「どういう事かしら」
「何が?」
「随分ともてるようね」
 顔は笑っているが、目はまったく笑っていない。
 それどころか、危険な色さえ見せてシンジを見据えているのは、赤木リツコその人である。
 操られた、とほぼ看破したシンジだが、誰にされたのか分からない。
 その辺に昇天している二人は置いといて、取りあえず服だけ持ってきたのは、鑑識に見せる為だ。
 が、相手を間違ったかとシンジは少しだけ後悔していた。
 話を途中まで聞いた時点で、リツコの双眸が危険な色を見せ始めたのだ。
 襲われた、とも押し倒された、とも言っていないのにだ。
 もっとも、服を一式持ってきたシンジを見て、そして色情狂と化した二人の事を聞けば想像は付く。
 少なくとも、彼女が女であれば。
「少し違う」
「何が違うの」
「もてる、じゃないもてさせられる、だ。強制は嫌いだよ」
 シンジの口調に何を感じたのか、
「今二人は、何をしてるの?」
「せいらが六回、綾波が八回」
 すう、とリツコの眉が吊り上がる。
「…それで?」
「大開脚のまま、熟睡中。あれだけいったら、当分は起きないはずだよ」
「それを、私の所に自慢しに来たのね」
「別に」
 シンジは軽く首を振って、
「二人ともまだ、処女のままだし。それより、人化した時には処女になるの…」
 言いかけて止めた。
 リツコの表情が、一瞬で変わったのだ。
「そう、二人ともまだ…なのね」
 にゃあ、と溶けたそれを見て、
「こら」
「…え?」
 返事するまでに五秒掛かった。
 シンジはやれやれと溜息を付いて、
「あの二人が、共同戦線を張るなんて考えづらい。さっさと黒幕を捜しておいて」
 持ってきた服を、テーブルの上にどさっと置いて立ち上がる。
「じゃ、後はよろしく」
 出て行きかけたシンジに慌てて、
「ちょ、ちょっとこの服はどうするつもり」
「どうするって、鑑識材料に」
「そうじゃなくて、あの二人はどうやって帰るの」
「僕の服を貸す。素肌にぶかぶかって、何かいい感じしない?」
「なっ!?」
 だがシンジは出て行ってしまい、
「私だって…触ってもらった事すらないのに…小娘の分際で…」
 せいらとレイの齢が、リツコに遠く及ばないのかは不明だが、静まりかえった室内に歯を噛んだ音がぎりりと鳴った。
 
 
 
 
 
 さてシンジが去ってからしばらく後。
 本来の家主のいない家で、二人の少女はほぼ同時に目覚めた。
「ん…」「ここは…」
 ゆっくりと顔を動かして、視界の中にお互いを認めた。
 そしてその全裸の肢体もまた。
 ばっと起きあがり、前を押さえて後ろを向く。
 背中合わせになった二人だが、病室でのような殺気はそこにはない。
 そんな事よりも、 
(ど、どうして私がこんな格好をっ!?)
(い、碇君私の服はどこに…)
 が、数秒経ったとき、一気に記憶が戻ってきたらしい。
 同時にかーっと赤くなったまま、ちらちらと後ろをうかがう。
 と、お互いの視線が会って慌てて視線を逸らしたが、先に口を開いたのはせいらであった。
「お、思い出したの…?」
「え、ええ…」
 向き直った二人は、少し俯き気味ながらも、相手の肢体に視線を走らせている。
 やはり、相手の身体が気になるらしい。
「は、恥ずかしいわね…」
「そ、そうね…」
 とは言え、既に服が無いことには気付いている。
 そしてそれが、洗濯されたのではないであろうこともまた。
 だとすれば答えは一つ、自分達の共通の思い人がどこかに持ち去ったのだ。
 正座した状態で、胸を隠すように腕を交差させ、手のひらで秘所を覆うように脚の間に差し込んでいる二人。
 シンジに散々なぶられた事で、奇妙な連帯感でも生まれたかと思われたが、
「胸は私の方が大きいわ」
 せいらが言えば、
「でも、腰は私の方がきゅっと引き締まっているわ」
 レイが言い返す。
 やっぱり、ライバル意識は消えそうにないらしい。
「腰が細いのは、抱かれる時には関係ないわ。それに、そんなに違う訳でもないし」
「胸が大きいのは、すぐに垂れてくるのよ。古来から、そう決まっているわ」
「負け惜しみね」
 せいらが腕をどけ、見せつけるように胸をさらけ出した。
「くっ」
 一瞬唇を噛んだが、
「腰はバランス。私の方が均整は取れているわ」
 局部勝負は不利と見たか、すっくと立ち上がる。
 ちょうど差し込んだ月光が、その全身を白く照らし出した。
 一方せいらは、これも挑まれて下がる性格ではない。
 まして、絶対に負けられない相手となれば。
 すぐに立ち上がり、こっちはやや胸を強調するように立つ。
 二人の視線が、お互いを値踏みするように全身を眺め、ほぼ同時に一歩進んだ。
 そして更に一歩。
 せいらの漆黒と。
 レイのプラチナブルーと。
 二人とも淫毛は濃く、下腹部を深く覆っている。
 茂みのそれが、ほとんどぶつかり合うような距離まで近づくと、真っ向から睨み合った。
 自分の方が上だと、互いに主張して一歩も譲らない視線は、二人の淫靡な姿を忘れさせるほど強烈な物であった。
「あなたには負けないわ」
「それは私も同じよ」
 ぎりぎりと斬り結んでいるような視線だったが、不意にそれがふっと緩んだ。
 どちらからともなく、口元に笑みにも似た物が浮かび、
「こ、こんな格好で睨み合うのもおかしな物ね」
「そうね…まだ少し…お、お尻がおかしな感じで…」
 その言葉でされた事を思い出したのか、双方とも首筋まで真っ赤に染めた。
「『あ、あのっ』」
 同時に言葉を発して、口ごもる。
「あなたから…」
「あ、あなたからでいいわ」
 譲り合っているそこへ、
「馬鹿には見えない服−ファッションショーなら僕も入れてくれなくちゃ」
 おっとりした声に、きゃっと同時に悲鳴を上げてしゃがみ込んだ。
 屋敷の者が聞いたら、間違いなく卒倒するに違いない。
 
 
 
 そして五分後。
 シンジがリツコに言った通り、二人は素肌の上にシンジのシャツを羽織っていた。
「ご、ごめんなさい」「申し訳ありません」
 した事を鮮明に思い出したせいか、真っ赤になって平身低頭した二人に、
「別にいいよ」
 シンジは湯飲みを傾けながら言った。
「茶筅が二本駄目になったけど」
「『なっ!』」
 もじもじと、お尻の辺りを抑えた二人を見て、
「全部思い出したようだね。で、原因を話してもらおうか?」
「は、はい…」
 幾分朱を残したまま、せいらが話し出した所によると、確かにせいらが勝った筈だと言う。
 無論、老婆の占いの事である。
「私の方がシンジ様に相応しい、と言われました。それなのに」
 にもかかわらず、老婆のそこを離れた時には、二人でシンジに迫る事しか脳裏にはなくなっていたと言う。
「何か、渡されなかったかい」
 シンジの問いに、
「いいえ、何ももらっていないわ」
 レイが首を振った。
「じゃ、見てくるか」
 とはシンジは言わなかった。
 放っておいた方がいい、何故かそんな気がしたのである。
「まあいいさ、僕を殺そうとしたわけじゃないし。それと二人とも」
「『はい?』」
「君らの服は鑑識に行ってるから、多分今晩は帰ってこない。綾波は、アスカでも呼ぶか?」
「え?」
「服を持ってきてもらうんだよ」
「あ、あの…」
 せいらは、と目で訊いたレイに、
「午前中は仕事ないし、今日はここに泊まる?」
「『え!?』」
 声は重なったが、無論まったく異種の物であった。
「い、碇君っ」
「何?」
「わ、私も…と、泊まっていくわ」
「あっそう、いいよ」
 あっさりと、それはもう二人が拍子抜けするくらい、シンジはあっさりと肯定した。
「い、いいの?」
「泊めないとまた揉めそうだし。僕は向こうの部屋に寝るから、二人はここに寝るように。幸い布団は客用が二人分はあるから」
「『え…』」
 てっきりシンジと、屋根も部屋も一つだと思っていたらしい。
 シンジに見えぬよう、さっと視線を見交わすと、
「シンジ様、それは困りますわ」
「困る?」
「私は、綾波レイと喧嘩しない自信がありませんから」
 そこへレイが、
「私も、せいらと決闘始めない自信がないもの。だから、碇君が一緒にいて?」
「随分とわかりやすい」
 呟いたものの、やれやれと肩をすくめた。
 それは、承諾の証であった。
 
 
 そしてその晩、結局シンジを挟んで川の字になって三人は寝ることとなったが、何の夢を見ているのか、指一本触れていないにも関わらず、両側からは妙な声が聞こえてきて、シンジの寝顔は眉が寄ったままであった。
 結局せいらとレイが起きた時、既に十六時間が経っていた。
「よく寝たね、服はこれ」
 と書かれたメモと共に、洗濯された服が枕元にあったが、シンジはもういなかった。
 リツコに呼ばれていたのである。
 
 
「人を操って、精を集めさせていたのよ」
「あの老婆の占い師が?」
「ええ」
 とリツコは頷いて、
「ただし、本性は狐よ」
「狐?」
「そうよ。おそらくはもう数百年は生きている筈よ」
「始末は?」
「あなたの意見を聞いてからにしようと思ったのよ」
「殺す、まではしないでもいい」
「多分、そう言うと思ったわ」
 曖昧な微笑を見せ、
「あの二人が反対するかしら?」
 うん、と頷き、
「凍夜町からの永久追放、それでいい。この街でなければ、そうそう変化(へんげ)も出来ないだろうからね」
 それは駄目よ、と言うかと思ったが、
「いいわ、その方向で処置して置くから」
 あっさりと承知した。
「じゃ、よろしく」
 いつもの通りの言葉を口にして、立ち上がったシンジの背にリツコは声を掛けた。 「一つ、聞きたい事があるのよ」
「何?」
「あの二人、どうして抱かなかったの?」
 シンジの足は止まる事無く、
「処女を取りに行くのはいいけれど、無理矢理取らされるのは嫌だからね」
 シンジが出て行った扉を見ながら、
「つまり、シンジ君にその気になってもらえばいいのね。これは…早急に作戦立案が必要だわ」
 にっと笑った顔は、部下達が見たら間違いなく引いたに違いない。
 
 
 リツコが怪しく笑った更に数日後。
 
「ねえシンジ」
「何?」
「何時からあの二人、せいらとレイって呼び合うようになったの?」
 ある少女が、それは不思議そうな顔でシンジに訊ねた。
「名前で呼んでた?」
「うん、しかも喫茶店でコーヒー飲んでたわよ、信じらんない」
 それを聞いた不死人は、ほんのちょっと首を傾げてから、
「女同士も、やっぱり裸の付き合いは大事なんだな」
「は?」
「何でもない。それより僕もコーヒー飲みたくなった。一緒に行くか?」
「う、うんっ」
 一瞬驚いたようだが、すぐに嬉しそうな顔で頷き、その横に並ぶときゅっと腕を絡めていった。
 
 
 
 
 
(了)

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