突発企画「奴らが戦国にやって来た」
 
第三十七話:その修羅場極上の蜜につき
 
            
 
 
 
「てっつがくう、とか言わないの」
「言わないわよそんな事。なんで言わなきゃならないのよ」
「アスカうるさい」
「あう…」
「それにレイも」
「ごめんなさい」
 西暦2014年、真っ暗闇の中から出撃し、使徒を撃退した少年少女達は、灯りの消えた都市を眼下に星空を見上げていた。
 その時の配置と変化はない。
 ただ、真ん中の少年が情けないほど主体性がなく、無論年代は遙か前にさかのぼっている事は無論別である。
 シンジを挟むように寝ている娘達は、いずれも裸である。記憶を取り戻したレイが、ただでさえブラコンだったのにプラトニックで我慢出来る筈もなく、逃げ出したシンジを捕獲して襲いかかった。
 そこにアスカが駆けつけて取っ組み合いになり、結果このポジションで収まったのだ。
 とは言え、シンジの方は裸も遠慮したいところだが、レイにしてみればこれがギリギリの譲歩ラインである。本当はがばっと脚を開いて、思い切り奥までシンジと一つになりたいのだが、アスカと争っていたレイを止めたシンジに恩を売る時だと、裸の添い寝で手を打ったのだ。
 で、冒頭に戻る。
 確かに、手を出しても構わない事は構わないのだが、やはり今生で姉弟だったのが大きい。記憶は戻っているが、だからと言って今回の十数年をあっさりと捨てるのは無理だ。
 一方、レイの方にタブーは無い。
 この時代近親相姦とまでは行かなくとも、近親同士の結婚なんかどこにだってあるのだし、何よりも自分はシンジの事を愛しているのだ。何の問題も無いではないか。
 そう――春先になるとおかしな者が出るというのは、近親相姦に端を発しているという事は別にして。
 ただ、シンジがここまで嫌がる以上、仕方ないと断念したのだ。嫌われているならまだしも、嫌いじゃないと言ってくれたしレイのプライドもそんなに傷付かない。
 セカンドが子供を生んだ事は、この際気にしない事にする。
「ねえシンジ」
「何?」
「シンジはもう満足した?」
「満足?」
「天下取るのってさ、思ったより簡単じゃない」
 他家の大名が聞いたら、間違いなく刺客の軍団を送り込みそうな台詞だが、晋二の場合周囲がよく補佐してきた為、独力ですべてを為した感はない。その意味では、確かに各人の負担が普通より軽いのは事実だ。真宮寺さくらを始めとする剣豪軍団の侵攻部隊、松平元康を頭にした開発部隊、更に渚馨達の外交要員と、これだけ役目がはっきりしているのは他家では見られない。
 裏を返せば、それだけ各々が自分の役割に集中出来ると言う事だからだ。
「よく考えたら、天下取るのって自分が強くなるのとはあんまり関係な…あんっ」
 そう、別に天下を取ったからと言って、自分が強くなるわけではない。
 救えなかった、とは言わない。
 だが同じ屋根の下に暮らしながら、結局は分かり合う事の出来なかったアスカ。本人は言わなかったが、クローンの水槽を見てしまったシンジがあからさまに避けた事は、人としての心を知ったレイにとっては、決して小さくない出来事だったろう。
 自分がもっとしっかりしていれば、二人とも自分に固執する事無く、自分を巡って争う事もなかっただろうと思う。要するに自堕落なシンジの中に同類項を見いだし、傷の舐め合いで終わってしまったのだ。
 がしかし。
 天下を取れば、それこそ万単位で人の命を左右する事は出来る訳だが、個人的な精神の資質にはあまり関係ないような気がする。
 むしろ、得留之助に嬲られて来た事の方が、よほど精神鍛錬には役立っていると言えるだろう。招かれては強い洋酒で酔わされ、腹違いの姉がいると言っては拉致され。
 これで強くならない方がおかしい。
 今後はもう、他家の刺客が来ようが槍が降ろうが、決して動じない自信がついてしまったシンジだ。
 あっさり指摘されたシンジが、最近一層丸みを帯びてきた尻をきゅっとつねったのである。
「だから何」
「あたしとレイは、一応願い叶ったのよね」
「私は叶ってないわ」
 シンジと一緒にいられる人生、そう言ったくせに処女をあげられないのが気にくわないらしい。
「膣で合体するのは来世まで待ってなさい。とにかく、あたし達は叶ったんだけど、シンジの方はどうなの?天下取っても、そんなに強くなった気がしないんじゃないの?」
「うーん…どうだろう」
「あんたがそんなんだとさ、あたし達もう一回ここに転生しそうなんだけど。次行きたいとか思わないの?」
「次?」
「あたしは魂の消滅でもいいんだけど、車の免許みたいに不合格だから再試験なんて嫌じゃない」
「私はいいわ。碇君と一緒なら」
「アンタは黙ってなさいての。っていうかアンタバカ?」
「なんですって」
「バカだからバカって言ってるのよ。今回だって、記憶を戻されなければ分からなかったし、下手したら天下人の秘かな妾一号と二号で終わってるのよ。アンタそれでもいいの」
「…それは嫌」
「だったら黙ってなさいよ。シンジ、あんたがしっかりしないとあたし達全員が引っ張られるんだからね」
「う、うん…」
「でも」
「え?」
「あたしはずっと…シンジに付いていくからねっ。もう、子供だって出来ちゃったし」
「ず、ずるいわ私だって絶対離れないからね」
 
 何世も一緒というのもどうかと思うが。
 
 とはいえここまで思われた場合、鬱陶しいと思うか嬉しいと思うか大抵は二つであり、そしてシンジは後者であった。
「二人とも…ありがとう」
 少し目を潤ませて礼を言ったシンジの姿に、どこかのスイッチが入ってしまったものか左右からぎゅっと抱きついた。
 
 
 その二日後、ミサトは得留之助に呼び出されていた。
 正確には、ミサトの中に入ったユイである。
「あなたの身体が出来た」
「身体?」
「子供の将来に禍根しか残さぬ女には分不相応だが、取りあえず作っておいた。さっさと乗り移るがいい」
(前はこんなに冷たくなかったのに…)
 別に優しくしてほしくはないが、自分がエヴァの中に残った事で、正しいと言ってる人には一度も会った事がなく、ここでもそうかと内心でため息をついたユイに、
「そうそう、あなたにプレゼントがあります」
「プレゼント?」
「先日蝦夷へ飛んで、碇源道氏に会って来ました」
「あの人に会ったの?どうして?」
「今側にいる女性がお律と言いまして、なかなか優秀な女性なんです」
 ピクッ。
 ユイの眉が上がったが得留之助は気にせず、
「記憶を戻してきました。やはり、二人とも碇ゲンドウ氏と赤木リツコ博士に間違いないようです」
「どっ、どうしてそんなことを」
「源道氏を捕まえた時、あなただけ記憶があってご亭主に記憶が無かったら困るでしょ。別人だったらどうするんですか」
「だ、だけど…」
「それに、はっきりしておいた方がいいでしょう。それと、赤木博士から伝言です。あの人は絶対渡さない、だそうです」
 それを聞いたユイの顔から表情が消えた。
 正確にはミサトなのだが、能面みたいな表情になると、
「受けて立つわ。ありがとう」
 ありがとう、とは無論身体を用意した事であり、
「こうなったら蝦夷へ乗り込んで一対一で決着をつけてやるわ。悪いけど、霊体の移植を手伝って」
「分かっています」
 得留之助はひんやりと頷いた。
 翌日から、シンジの閨には一人増えた。
 レイだ。
 人の不幸は蜜の味ではないが、人の修羅場は極上の蜜である得留之助が、霧島真名の記憶を起こさないわけがなく、ゲンドウとリツコに続き、マナまでも呼び起こしたのだ。
 自分がシンジの右に相応しいと睨み合うアスカとマナに加え、勿論レイも黙っておらず三竦みで睨み合いになったところを、
「安眠の邪魔です」
 さくらの一撃にあっさりと撃退され、強制和平と相成った。
 しかしシンジの左右は当然二人なわけで、そこを誰が占めるかとか左右はどっちだとかあったのだが、マナが思いついたのは真ん中の足ならぬ真ん中の枕であり、腹部枕を選んだ。そうなると当然股間が身体に接触するわけで、他の二人が納得する訳はない。
 結局再度さくらの手が一閃し、得留之助は巨大なずた袋を用意する羽目になった。事は簡単で、四人を袋に放り込み、そのまま吐き出すのだ。しかる後に出てきた体勢でおさえつけるのである。
 アスカとレイがシックスナインの体勢になっていようが、マナの股間をシンジの手が掴んでいようが知った事ではない。
 とにかく、そのままの体勢で無理矢理寝かしつけるのだ。
 こんな“子守”はごめんだとさくらが取った強硬手段だが、これは一度だけでは終わらず、激しく後悔するのは数日後の事である。
 とまれ、波乱はやや含んだもの、ある程度分かり切った結果に収まり、アスカとマナは育児があるから、右の乳房は子供に吸わせ、左の乳はシンジに甘噛みさせるというわけにもいかない。
 その点では、当然ではあるが独身だったレイに軍配が上がったと言えるかも知れない。
 授乳にかり出される二人を尻目に、大好きなシンジの胸に顔を埋めて眠れるのだから。
 
 
「卯璃屋さん、もういいでしょう。天下の仕上げに行きます」
「もっとゆっくりしていかかればいいのに」
 得留之助の言葉に笑みがあるのは、無論彼氏と彼女の事情を知っているからだ。
「ひ、ひどいですよそうやっていっつも僕を困らせてっ。僕に恨みでもあるんですか」
「困るのは君の勝手だ。だいたい、今回が初めてならいざしらず、三度目の転生でもまったく成長せずに女ごときを御せないのはどこの誰?それとも私が彼女達に精力増強剤を大量投与して、君には鬱になる薬でも投与したとか?」
「べ、別にそんな事はないですけど…」
「ま、来世は頑張ればいいじゃないですか。もう成長したんでしょう?」
「あ、当たり前ですっ」
「結構です」
 得留之助は柔らかく笑って頷いた。
「男が男たり得るか、あるいは男の姿をした惰弱な生き物で終わるかはそこから始まります。さ、私に何か用があってきたのでしょう」
「用があって…そうそう、天下の仕上げです。今まで付き合ってくれた事だし、三好政勝を第四軍団の軍団長にして内政を任せて、馨君の第二軍団と松平元康の第三軍団で、一気に攻め込もうと思うんですけど」
「いいですよ。問題ありません」
「いいんですか?」
「ええ」
 得留之助の反応に、少し拍子抜けしたように頷き返した。三好政勝の抜擢は、反対されると思っていたらしい。
「旗揚げ当時からの功臣でしょう。それ位の抜擢はむしろ当然です。それよりも、むしろ侵攻軍団の方ですな。第一軍団の真宮寺殿を筆頭とする部隊は最強ですが、第三軍団には少し難があります。マヤ殿辺りは向こうに行かせた方が良いでしょう」
「あ、やっぱりそう思いますっ?」
 妙に意気込んで訊いたシンジに得留之助は頷いた。
 これは得留之助が触れずとも、何故か伊吹マヤの前世を思い出したのだが、潔癖症とレズの二重苦を持ち合わせており、リツコが敵側でおまけにゲンドウの愛人になっている事を知ると寝込んでしまい、ここの所出仕していないのだ。
 多分、自分の顔を見るのも苦痛なのだろうとシンジも思っていたから、得留之助の提案を渡りに船とばかりに受け入れたのである。
「あんたがしっかりしないからでしょ」
「は、はい」
「ともあれ、これで天下統一の準備は出来ました。能代水軍が青函連絡船の海域を手に入れましたから、蝦夷への侵攻も可能になってます。気分はどうですか?」
「それがあんまり…いたっ」
 スパン!
「もう一度訊きますがどうです?」
「だ、だからその僕の事じゃなくて…」
「じゃなくて?」
「リツコさんの事です」
「ほほう」
「できればその、母さんと仲直りし―」
「無駄ですよ。っていうか無理です」
 あっさりと得留之助は遮った。
「ど、どうしてですか。話し合えばきっと分かってくれる筈です」
 にゅう、と取り出したハリセンだが途中でおさえ、
「アスカ嬢とレイ嬢は猿ではないでしょう?」
「あ、当たり前じゃないですか」
「その通りです。ではどうして、あなた達三人が揃って罹病するまで、君の隣にいる娘が一人にならなかったのです?話し合いで、それも恋愛沙汰が簡単に片づけば苦労はしません。赤木博士に取って碇ユイは、自分から望んで中に残ったくせに、最後までゲンドウ氏の心を奪っていた憎い相手ですし、ユイさんにしても、今生にまで愛人の娘ですから。今まではまったく見知らぬ相手で、たまたま君を独占するのに邪魔で張り合った二人も、結局最後まで掛かったでしょう。余人が立ち入る事じゃありませんよ」
「分かりました…」
 少ししてから頷いたシンジだが、
「あの〜」
「何でしょう」
「楽しんでませんか?」
「楽しむ?何を?」
「僕たちの不幸を見物して楽しんでるように見えるんですけど」
「気のせいだな」
 得留之助は即座に否定した。
「君の不幸になど興味はない」
「す、すみません…」
「興味があるのは他人の修羅場のみ」
 ピキッ。
 今生は無理でも、来世は絶対いじめっ子といじめられっ子の立場に生まれ変わって、徹底的にいじめてやるとシンジは決意した。
 復讐には長い時間を掛けるタイプらしい。
「そんな事よりシンジ殿」
「…なんですか」
「天下取ったらどうする気ですか?結構暇でしょ」
「別に。子供作ってますから暇じゃないです。子供作るのだって大変なんです」
「姫達と上手くやるのが?毎晩腰が抜ける位相手にしなきゃならないから?」
「アスカ達が淫乱だって、卯璃屋さんには関係ないじゃないですか。相手するのは大変でも卯璃屋さんに虐められるよりましです」
 すっかりぐれてしまったシンジだが、
「これなんだか分かります?」
「ん…ん?」
 どこかで見たような物に首を傾げた。
「S?DAT。両面録音可能なやつです。君の愛用品だったでしょう」
「そういえば…それがどうか…!?」
 次の瞬間、シンジの目はかっと見開かれた。
 得留之助の指が指した先は録音ボタンであり、それはポチっと押されていたのだ。
「ろ、録音…?」
 おそるおそる訊いたシンジに、得留之助は静かに頷いた。
「夫の精力的な発言にはさぞ喜ぶ事でしょう。今からこれを持っていって―」
「まっ、まま、待って下さいっ!」
「私の事気に入らないんでしょ。触れると菌が移りますよ」
「そ、そんな事ないです大好きですっ。だ、だからそれだけは」
「男に好かれても嬉しくないんですが」
「だ、だからその、そ、そう言う意味じゃなくてその…」
 しどろもどろなシンジに、
「冗談ですよ。こんなモン渡したら、翌日には君が干涸らびてます。私も別にそんなのを見たくはないで…おや?」
「どうかしたんですか?」
「妙な音がすると思ったら…テープ入れるの忘れてました。問題なかったようです」
 三…二…一。
「うわああああっ!!!」
 
 
 その翌月、碇家は大侵攻を開始した。
 三つの軍団が一国へ同時に攻め込んだのである。おまけに先頭はシンジときた。
「全員斬り捨てよ!一兵たりとも絶対に逃がすなっ!」
 名刀『鬼切』を手に、文字通り阿修羅のような働きであり、言葉通り一兵も逃す事無く全員を切り捨て、二日で北越後を落としてしまった。
 それを聞いたアスカ達は、
「シンジも頼もしくなったわよねえ。やっぱり私の夫だわ」
「あなたは二号でしょ。シンジは禁断の愛を乗り越えて私と結ばれるのよ」
「姉のくせに何言ってるの。転生しても常に障害を越えて結ばれる運命は私に決まってるじゃない」
「あの、三人ともそんな事言ってる場合では…」
 と喧しかったが、無論獅子奮迅の原因は自分達になど全くない事は、露ほどにも知らない。
 一国を落としただけでは収まらず、磐城・岩代と家臣が止めるのもまったく眼中になく先頭に立ってシンジは攻め込んだ。
 元々圧倒的に兵力が違う上、武田家も援軍を出すような無謀はしない為、完全に虐殺モードとなっていた。
 三ヶ国で合計十九人を斬り捨て、やっとシンジは落ち着いた。
「まったく最近の若い子はすぐにキレるんだから」
「誰のせいだと思ってるんですかっ!」
 やっと収まったシンジが、帰ってきて早々に逆なでされたのは1567年11月の事である。
 なお、武田家は現在六カ国を有する結構な身分になっているが、それ以外はすべて碇家の旗印で塗り潰され、後はもうリツコVSユイの決着を残すのみとなっていた。
 世代を超えて、どころか年代を超えての本妻対愛人の戦いだが、小僧に天下を取らせぬ最後の抵抗が、まさかこんな事に主題が移っていようとは、さすがの信玄も夢にも思っていなかった。
 
 
 
 
 
(続)

大手門

桜田門