突発企画「奴らが戦国にやって来た」
 
第三十六話:今生と前世と前々世―但し電波系には非ず
 
            
 
 
 
 磐城を葛西家の残党、岩代を芦名家の残党が、そして北越後を南部家の残党が占領してから数ヶ月が過ぎた。
 その上にいる武田家は碇家をギャフンと言わせるべく――それは無理だとかギャフンとか言う者はいないというのは置いといて――必死になって軍備の拡張中である。
 御旗盾無の名に於いて、常に常勝の道を歩んできた武田軍団にとって、イカ晋二如きに完敗するなど、ご先祖の新羅三郎義光に合わせる顔がない。
 無論その気になればこの三国を手に入れるのは容易いが、幸い帯状で碇家とのワンクッションになっており、何よりも現在の軍事力ではこの六カ国がやっとの状態で、これだって後方は手薄にしてあるのだから。
 深く考えていたわけでもないのだが、使えるところは配下にし、そうでないのは斬り捨てると言うのがはっきりしていたため、この奥羽地方に使える人材が流れてこないのだ。
 武田二十四将と言われた程だし、それなりの人材はあるのだが、やはり二十四将は甲陽軍鑑内のお話である。
 そんな中、ニヤリと笑うのが欠点ながら知謀に長けた源道の存在は、群を抜いていた。
 武力は高くないが、検地と混乱を持っており、戦場に出れば敵を攪乱し、特にこの奥羽地方の戦いでは、国人衆が敵に回る事も多かった為、随分と重宝したのだ。
 おまけに国人衆から検地で土地を削り、手っ取り早く石高を増やしてくれた。
 とは言え敵は息子だし、その辺はいいのかと疑う家臣もいたが、信玄は分かっていた。
 そう――自分が君主の間は、決して寝返らない事を。
 その後は?それは知らない。
 義信や勝頼が後を継いだ時にどうなるかなど、自分が考える事ではない。取りあえず今はこの男を使いこなし、碇家の小僧共を撃破する事だ。
 
 
 さてその頃碇家の小僧共はというと、体位が変わっていた。
 もとい…関東方面に停滞中。
 体位が変わったというのは別に嘘ではない。
 騎乗位が多くなった…と言うより騎乗位中心に近い。無論閨の話だが、晋二にどうもやる気がなくなってきたのだ。
 嫁は皆孕んだし、妊婦は気持ち悪いから嫌なのねと泣きついてみても、別にそんな感じはない。
 三人(プラス1)を相手にしてイロイロと注文されていれば、指捌きや舌使いだっていやでも上達してくるわけで、あまり感じすぎるとキケンな筈の妊婦達が揃ってあられもなく喘いでいる閨房内だ。
 がしかし。
 どうもだれてる。
 ピンクに近い色でも、アヌスまで見られるのは恥ずかしいが、快楽追求の方が先に立って後背位だって口内射精だって平気になってきたというのに、肝心の晋二が不完全燃焼なのだ。
 ただ、浮気でもないし自分達に飽きたのでもないしと、仕方ないから自分達が上になって腰を振ってるところだ。
 こっちは自分で快感を制御出来るし、空いてる手で乳を揉んだりクリトリスを弄ったり出来るからこれはこれで悪くない。
 後は晋二が燃えてくれれば言う事は無いのだが。
「卯璃屋さんが原因でしょ」
「どうして私をご指名なんですか。私はそんなに暇じゃありません…って真宮寺殿、少し腕が太くなりました?」
 言い終わらない内に刀が一閃し、得留之助は上体をそらして器用に避けた。
 無論研ぎ澄まされた愛刀である。
「半分帰農して鍬ばっかり振ってるからこうなるんですっ!全部卯璃屋さんのせ…」
 言いかけた言葉は途中で止まった。
 得留之助がこっちを見ていたのだ。
「私が晋二殿に何かしたわけではありません、おかしな言いがかりは困ります。ただ、本人が僅かに思い出しかけただけです」
「お、思い出したって何をですか」
「内緒です」
「……」
「真宮寺殿は知らない事ですし、何よりも関係者の記憶がまだ戻っていません。私も少し時間が掛かりましたし。様子がおかしいのは、本能が抑えようとしているからです。どうしても支障があったら私から戻します。私はこれから直江津に行かなきゃなりません。ではこれで」
 天下が統一されれば、武士階級に用はない。帰農するのも当然だし、またそうでないと困る。
 琉球や高麗への出兵は予定外なのだ。
 キッと得留之助の後ろ姿を睨んでいたさくらに、
「多分、あの人は関係ないでしょう」
 声を掛けたのは波多野雪であった。能力にはだいぶ差があるが、ここのところ同行する事も多く、結構仲はいい。
「どうしてそんな事が分かるの」
「多少悪戯する事はあるけれど、殿を嫌いな人ではないでしょう。多分何かあるのよ」
「何かって?」
「私達の知らない何か。それもきっと…あまり知りたくない何かね。そんな事より、畑のネギにお水あげないと枯れちゃうわよ」
「…分かってるわ」
 自分と同じ事をしているくせに、何故かこの娘の腕は細いままだ。このままでは農家の主婦になってしまうと、さくらはため息をついてその場を後にした。
 
 
「で、何考えてるのよ」
「何の事です?」
 アスカが姫を出産し、真名と綾が同時に臨月を迎えた水無月、得留之助は美里の船の上に居た。
 隠岐沖で敗れた美里だが、また再度の海戦で勝利を収めた為、戦勝祝いにと酒を持ってやって来たのだ。
 中出しだったり生だったりが一番多かったくせに、何故か美里だけは妊娠していない。
 ただそれが、美里の身体に無い事は得留之助がよく知っている。妊娠出来ない身体と言う事ではないのだ。
「晋ちゃんの事よ。何隠してるの…あら、これ美味しいじゃない」
「“銀河鉄道”です。冷凍酒なんですけど、結構美味しいんですよ」
「イイモン知ってるじゃない。で?」
 得留之助は、すぐには答えず穏やかな海を見ていた。
「子供の頃の景色って、全部憶えてます?」
「憶えてないわよ。脳ってそんなに容量ないでしょ」
「それは人次第ですが。そうそう、たまに前世の記憶を持って生まれる人もいますから」
「それって、アスカが自分は前世から晋ちゃんと結婚する運命だったとか、言ってるアレの事?」
「それは妄想」
「アスカに訊かれたら吊られるわよ。あんたも飲んだら」
「頂きましょう」
 杯ごと一気に開けてから、
「一応本人の前で言っときました」
「よく斬られなかったわね」
「ちょっと怒ってましたが、前世の記憶で縛られても困るでしょう。そう…困るんです」
「あんたにも前世ってあるの」
「ありますよ」
 得留之助は短く頷き、
「そして貴女にもあるんですよ――美里さん」
 不意に得留之助の手が伸びた。
 美里の顔を両手で挟み、その顔をじっと見る。
 見てはならない――本能がそう囁いたにもかかわらず、視線は得留之助の顔に吸い寄せられた。
 そしてその数秒後、美里の口から漏れたのは、絹のような悲鳴であった。
 
 
「ちょっとこら」
「何です?」
「何です、じゃないわよ、私の息子に何をする気なのよ」
「教えません」
 ここのところ唯が取り憑いて来ようとする為、得留之助の下着には呪文が書いてある。
 “神刀滅却・光刀無形・霊剣荒鷹・神剣白羽鳥”と、丸文字で書いてあるだけだが、こんな物に阻まれて唯は取り憑けないでいる。
 取り憑けば一切合切白状させるのだが、取り憑けなければ不可能な話である。
 米神のマークを何とか抑えながら、
「…じゃ、教えなくてもいいから、さっさと侵攻させてちょうだい。もう一年近くになるじゃないの」
「別に問題はないでしょう。天下は統一しても、このままじゃ無冠です。馬揃えと蘭麝待の確保、それに幕府を開いたのはついこの間じゃないですか」
「それはそうだけど…」
「それに、天下が統一されたら結構忙しくなって、孫の顔なんか見られませんよ。孫は要らないんですか?」
「そんなわけないでしょう。嬉しいに決まってるじゃない。ただ、全員女の子だったのがちょっと残念だけど」
「一人か、あるいは二人が男の子を産んだら優劣の順位が付きますよ。何せ今は戦国なんですから。ま、次辺りは揃って男の子が生まれるでしょ――要らない子じゃない子供が」
「…え?」
「何でもありません。さ、私はもう寝ますから帰って下さい」
 呪文だらけのドアが閉まると、もう中には入れない。
「強行突破掛けますか?」
 これも同じく霊体になっている麗奈が訊いたが、唯は首を振った。
「一つの結界で安心する相手じゃないわ。ここは取りあえず退きましょう」
 くるりと身を翻してから、
「絶対にとっちめてやるんだから」
 その翌日、得留之助は五時前に起こされた。
「…安眠を妨害された私の代わりにあの世に逝って寝てくるか?」
「す、すみません旦那様。それが将軍家がお見えで…」
「晋二殿が?」
 幕府を開いたから、碇幕府。でもってその頂点は将軍なので碇晋二将軍。
 さすがに日本で一番偉い人の来訪とあっては、地雷覚悟で起こさざるを得なかったのだろう。
 が、
「す、すみませんこんな朝早くから起こしちゃって…」
 じゃ起こすなっつーの、とは言わなかったが、こんなに腰の低い将軍も史上初めてに違いない。
「別に構いませんよ。そう言えば晋二殿、幕府開設おめでとうございます。これで、後は奥羽を始末すれば名実共に天下人ですね」
「そ、そんな事無いです。それに、卯璃屋さんが朝廷のご機嫌取れって言ってくれなければ…」
「晋二殿は朝廷があまり好きじゃないですからな」
「ええ…武器は持ってないけど武家以上に暗躍するし、しょっちゅうたかりに来るし…」
「夜の布団へたかりに来る娘はいませんでしたか?」
「う、卯璃屋さんっ」
「黒い冗談です。で、晋二殿今日は何かありました?」
「…どうしても気になるんです。教えて下さい」
「何を?」
「前に卯璃屋さんが言ってた事です。僕の事を…僕をいつから知ってるんですか。僕が生まれる前からってどういう事なんですか」
「男が生まれたら晋二、女だったら律子と名付ける。そう聞いていただけですよ。男が生まれたから晋二になったのです」
「本当に…それだけなんですか?」
「ええ、そうですよ。それとも、他に何か」
「い、いえ別に…」
 無論晋二とて、暇つぶしにやってきたわけではない。
 得留之助が言った、自分の事を生まれる前から知っていると言う言葉、それを思い出すたびに頭痛に見舞われるのだ。
 まるで、自分の本能がそれを押さえつけているかのように。
 だからここへやって来たのだが、何も出てきそうにはない。
 仕方なしに腰を上げかけたそこへ、
「女だったら律子?違うでしょ、女だったレイと名付ける、よ」
「母上!?」
 入ってきた姿はさくら、だが声は紛れもなく母唯のものであった。
「は、母上それは一体…」
「やっと思い出したわ。もっとも、私は全部を知らないけれど」
 唯は静かな声で言った。
「赤い海の浜辺にシンジとレイ、それにアスカを送ったのは私よ――最後の力を振り絞ってね。幼い子達を戦わせて、自分は何も出来なかった私の唯一の罪滅ぼし――でもあなたは誰」
「貴女の言うとおりですよ。母親の役も果たせぬ女が機体に留まる事を選ばなければ、シンジ君もあそこまで苦労する事はなかったでしょう。なにより、サードインパクトも防げた筈だ。碇ゲンドウ氏が溶け込んだ亡霊にあそこまで固執したのは、言うまでもなく貴女が原因です」
「そ、それは…」
「あ、あの卯璃屋さん…」
 たまりかねて口を挟んだ晋二に得留之助は振り返った。
「本当はもう少し後の方がいいと思ったのですが、ユイさんに戻ってしまっては仕方がない。君にもお話ししておきましょう。ご苦労ですが、アスカ嬢とレイ嬢を呼んできて下さい。私は別室で待っています」
「は、はいっ」
 慌てて駆け戻った晋二がアスカと麗を連れ帰ると、得留之助は別室で茶を点てていた。
 そこに、
「彼女も居た方がいいんでしょ」
 得留之助の眉が寄ったのは、入ってきたのが美里一人だったからであり――その口から出るのがユイの声色だったからだ。
「他の誰かを乗っ取るよりましでしょ。さ、事態を教えてもらえるかしら」
 得留之助はそれには直接答えず、
「今回の生で、お二人は弟の姉とその彼女という関係でした。多分、妙に思ったこともないのでしょう。麗殿、アスカ殿を見て前に会ったような気がした事はありませんか?」
「ないわ」
「アスカ殿は」
「無いわよ」
「そうでしたか。でもね、お二人はずっと以前からの知り合いなんです。正確に言うならば――前々世からの」
「『どういう事』」
「ファーストチルドレン綾波レイ・セカンドチルドレン惣流・アスカ・ラングレー、この名前に聞き覚えはありませんか」
 不意に苦痛の呻きが上がった。
 それも一つや二つではない。
 アスカと麗、それに晋二と美里までもが頭をおさえていたのだ。
 得留之助もそれ以上は言わずに、黙って見つめている。
 と、最初に顔を上げたのは美里であった。
「やっと思い出したわよ。仔細は知らないけど、碇司令を超えられなかったシンジ君。でもって、今回の大ボスがお父さんってわけね」
「まあ、そんなところです」
「み、美里さん?」
「美里じゃないわ…葛城ミサトよ。久しぶりねシンジ君」
「は、はあ…」
 しかし肝心の本人はまだ分かっていないようで、きょとんとした表情のままだが、それが赤くなったのは豊かな胸にきゅっと抱き締められた時であった。
「大人のキスの続きは沢山…それもすっごく濃いのをしちゃったわね」
「ちょっとミサト!あんたシンジに何やってるのよっ」
 ガタッと立ち上がったのはアスカであった。
 ビシッと指を指した姿に、
「アスカ嬢は思い出したか」
 得留之助が軽く頷くと、
「どうして…アスカが碇君の奥さんで私は姉になってるの」
 こちらは無機質な、だがどこか怒気を孕んだような声がした。
「レイ嬢も戻ったと見える。これで残るはあと一人だな」
 ごちたそこへ、
「な、ななっ、何やってるのよっ!」
 アスカの叫び声がして得留之助が見ると、ミサトがシンジに濃厚なキスをかましている最中で、これで怒りを帯びたレイが無言で引き離しているところであった。
「ぷあっ…も、もうミサトさん何するんで…ミ、ミサトさん…なの?」
「シンちゃんも思い出したのね」
「思い出したのね、じゃなーいわよう!何でキスなんかしてるのよっ」
「大人のキスよ。そうよね、シンジ君」
「は、はい…」
「なーにが大人のキスよ、こっちはアナルだって捧げたし子供だって出来…」
 しゅうしゅうとアスカの語尾が萎む。
 場に静寂が訪れてから、得留之助は口を開いた。
「さて、どうやら全員思い出したくれたようなので、話を整理しておきましょう。今は西暦1567年の文月、つまり7月です。これはいいですね」
 皆が揃って頷く。
「西暦2000年の9月にセカンドインパクトが起きて以下省略」
「しょ、省略〜?」
「この辺りは当事者だった皆さんがよく知っている筈ですから、これ以上はいいません。で、15年後第三新東京市に使徒がいらっしゃって、シンジ君を始め三人のチルドレンが迎撃した。が、結局溶け込んだ妻の亡霊から逃げられなかった碇ゲンドウは、サードインパクトを起こす事を良しとし、人類は滅びました。しかし、今はミサト嬢の中にいる碇ユイが最後の妄念で三人を元の姿に戻し、やがて人類は徐々に戻ってきた。そうだな?」
 今度は三人が頷いた。
「ただ、残念な事に傷を舐め合う関係だった君たち三人は、やがて破綻を迎えた。正確に言えば、女の自我が目覚めたのだ。三人が傷を舐め合うような関係から、自分一人が男を独占したいと女は思うようになった。無論、それは悪い事じゃない。私もそれを君たちの口から直に訊いている――当時白瓜堂を経営していた私が」
「じゃ、僕たちがこの時代に来たのって…」
「そう、君らのせいだ…三厘くらいは私にも問題があるが」
「さ、三厘だけ?」
「そう、三厘だ。話を戻しましょう。自分を挟んで争い合う二人だが、どちらかを選ぶ事はシンジ君には出来なかった。唾棄すべき優柔不断、普通ならこれで終わりですが、両方とも一緒に死線を超えてきた仲だし、どうしようもないランクまで落ち込んでいた自分を決して見捨てる事をしなかった二人を、天秤に掛ける事はシンジ君には出来なかった。まあ、正確に言えばその二人の方も自分に自信が無く、シンジ以外には居ないと思っていた部分も大きいのですが」
「う、うるさいわねもう…べっ、別にいいじゃないのよっ」
「そう、もう済んだ事ですから。ただ、元々優柔不断気味が妙に幸いして、愛撫も交互だったりして、完全な修羅場にはならずに済みました」
 だが、エヴァ等という代物に乗ったツケは大きかった。
 終戦から三年後、つまり十七才の春に揃って発病したのだ。細胞が融け爛れ、組織が再生不可能になる奇病だが、治療法は見つからなかった。
 ただ、当時居た人類の仲で三人だけが罹病した事から、原因は一つと診断された。
 その当時、得留之助は白瓜堂という店を経営しており、ここでは非合法の精神安定剤を扱っており、表の顔である喫茶店の常連だった三人から話を聞き、秘かに譲渡していたのである。
 皮肉な事に、病気は娘達の対立を和らげた。
 死に至るまで半年と宣告された事で、もうこれ以上争っても無意味だと和解したのだ。
 がしかし。
「で、なんで私達がこの時代にいるのよ」
「私が機械を作っていたからな」
「『機械?』」
「人間の言葉には言霊があるなどと、余りにも愚かで嘆かわしい事を口にする者がいる。そんな物は存在しておらず、あるのは信じ込んだ者の妄想が生み出した産物に過ぎない。で、私がそれを証明する為に機械を作った。つまり、普通の人間が言っても実現できないことを、機械の霊力で増幅して実現しようというものだ。勿論、そんなに大きな事は出来ないが、多少の事なら出来る。両一日中に期限を設けてやれば、言霊などとあり得ぬ者を信じる愚鈍な者の目を覚ます事が出来るはずだ」
「そ、それが僕たちの…?」
「その通りです」
 得留之助は軽く頷いた。
「私とした事が、機械の電源を切るのを忘れていましてね」
 シンジ達が帰った後、震える声で店員に呼ばれた得留之助が見ると、そこにあったのは電源が入ったままになっている“非言霊一号”であった。
「もしも生まれ変われるなら何になりたいですか?私はそう訊いたのでしたね」
「僕は…」
 シンジが吸い込まれるように口を開いた。
「僕は…確か天下を取りたいって言ったんだ。あんなに命を賭けて戦ったアスカや綾波が―痛っ…アスカやレイが病気で死んでいくのを見るなんて僕が無力な証拠だから」
 静かに頷いたレイの手がシンジのお尻に伸びている。
 どうやら名前で呼んでとつねったらしい。
「あたしとレイは、シンジと小さい時から一緒にいられる人生がいいって言ったのよね。あの時はもう、レイと張り合う気も無かったし、共有でもいいかなって思っちゃったりしたから」
「でも今回は、共有にはならなかったでしょう?」
「今回?」
「ええ、今回。結局機械が発動し、しかも死に行く者達の強い思いだったから、関係ない人まで巻き込んだんです。ミサトさんが来たのはその影響ですよ。ただ、前回にはミサトさんはいなかったでしょ」
「どういう事?」
「楠木正成が摂津は河内の国に赤坂・千早城を築きました。その麓の村に生まれたのがあなた達三人です。で、私はその時も堺の商人でした。長兄がシンジ君、次がアスカさんで一番末っ子がレイさんでした。ただ、前回は私も思い出せなかったのです。ま、思い出してもあなた達で天下を取るのは逆立ちしても無理でしたが」
「ちょっと待って」
「何です?」
「じゃあさ、シンちゃんがこのまま天下統一するとして、その後はどうなるの」
「私の推測ですが、また2000年に生を受けるでしょう。ただし、記憶を持っているかは分かりません。でも―」
 得留之助は穏やかな視線を三人に向けた。
「もしも記憶を持って生まれたなら、もう哀しい事は繰り返さないでしょう?」
「そうね…あたしもちゃんと分かっていれば…あ、やっぱりダメ」
「ダメ?」
「エヴァに乗る事に固執しないで、軽々と乗りこなしていれば多分シンジとはくっつかないもん」
「それって、シンジ君に大した魅力がないってことですか?」
「いいわ。じゃあアスカは名声と富を手に入れて。私は碇君で我慢するから」
「我慢?シンジとはくっつかない?そうだよね…やっぱり…やっぱり僕は要らない子供なんだ」
 シンジが顔を覆って走り出し、
「ちょ、ちょっとシンジ待ってっ」
「碇君、そう言う意味じゃないの」
 アスカとレイが慌てて追いかけていく。
 どう見ても性別は反対だが、二人に悪気がないのは分かっていた。アスカは照れ隠しだし、レイの方はアスカへの牽制である。
 ただし、前世の記憶を取り戻したシンジには通用しなかったのだ。
「ねえ」
「何か?」
 ミサトに呼ばれて得留之助は振り返った。
「あたしが記憶持ってったら…今度はもう疑似家族もどきとか…失敗しないかなあ」
「大丈夫ですよ。それに、あなたは無知なりによくやってきました」
「そ、ありが…無知?それってドゥーいう意味よー!」
「そのまんまです。取りあえず、観察対象の観察日記を放り出さない繊細さ位は持ち合わせて下さい」
「あーもうムカツクー!!」
 ミサトが地団駄踏んだところへ、
「でもこうなると…本性で血は繋がっていないから抱き合っても大丈夫、レイがそう言ってシンジに処女捧げたりしないかしら」
「『え…』」
 身体はミサトの物で、精神の一部を少し借りただけらしい。
 ミサトと得留之助が揃って硬直した。
 
 
 
 
 
(続)

大手門

桜田門