突発企画「奴らが戦国にやって来た」
 
第三十五話:涎と汗と愛液―及び旦那のレンタル
 
            
 
 
 
 本願寺麗奈と碇唯。
 名字は完全に別人だが、一応義理の母娘の関係である。
 正確に言えば、今は武田家に仕えている唯の夫源道が他の女に産ませた、要は愛人の娘なのだ。
 どうみても水と油の間柄であり、最初は対立していたのだが、とある事を機にうち解けた。で、仲良くなったのはいいが、毛利元就の謀略に踊った島津家の大群が伊予に攻め込み、唯が麗奈を逃がそうとするもこれを拒み、二人仲良く討ち死にと相成った。
 いや、相成ったまではいいが、その後も未成仏霊となってイロイロと暗躍中である。
 そう、今回の一件も企んだのはこの二人であった。
 唯の実娘である碇麗の元に現れた時、麗は魂が抜けるほど驚いたが、霊の分際で麗を一喝し、美里を唆させたのだ。
 理由は簡単で、このままでは晋二が大成しない、と言う事にある。
 確かに大大名に成長し、天下統一も間もなく成し遂げよう。今は滅んだが、かつては最強の一角であった長尾家からも嫁をもらい、アスカにも子は出来た。
 ただ、晋二はあまり変わっていないのだ。
 それは、二人に死の間際まで、そして“死んでからも”気にしていた事であり、このまま天下が統一された時、晋二は小大名の性格のまま天下人になってしまう。
 男を変えるのは女であり、男と女を迷わせるのはセックスだと昔から相場が決まっている。春になると妙なのが大抵数名、そう言われるのはこの時代に近親相姦が多かったせいだ。
 つまり、他の村まで中出ししたりされに行くのを我慢出来なかった者達が、手っ取り早い異性(あいて)で済ませたと言う事であり、やりたい欲求と言うのはそこまで強いと言う事である。
 がしかし。
 晋二は晋二な訳で、ミミズ千匹だろうが数の子天井だろうが、お水の女を相手にする事は絶対にない。
 アスカ達に気を遣い過ぎて疲れても、風俗では性欲にしかならないからだ。
 そこで唯達が目を付けたのが美里であった。折しも美里の水軍は順調に勢力を拡大している最中であり、また最初の躓きが訪れる頃でもある。
 そこを麗に突かせたのだ。
 無論、霊魂の特技の一つ催眠術で、晋二と結ばれる事は諦めさせてある。
 何処の世界にも近親相姦志願の娘はいるし、魔物が徘徊し若い娘達がそれを撃退する世界に於いてもその傾向はあるようだが、とまれ唯が本音を吐かせたところ、やはり最初の相手は実弟の晋二と決意していたのだ。
 未成仏霊憑きの麗が美里を唆した。
 晋二なら優しく慰めてくれるわよ、と。普段の美里なら間違いなく疑ったろう。
 だが海戦で敗れた事に加え、相手が取り憑かれた麗だった事もあって、ヒッカカったのである。
 結果、美里と晋二がヒッキー状態でひたすら愛欲を貪る猿軍団状態になったのだ。
 で、とうとう本妻達が乗り込んできたのだが、既に美里は読んでいた。
 元々海軍の頭領だから、武力は半端ではない。
 不意を突かれたとは言え、アスカ達三人をあっという間に後手高手に縛り上げてしまった。
「ちょ、ちょっとみさ…あうっ」
 まさか縛られるとは思わなかったアスカだが、抜く手も見せずに刀を引き抜いた美里の手が一閃し、アスカ達の衣装は縦に裂かれていた。
 はらりと衣が落ち、三人仲良く全裸になると、ほんの少しだけアスカの腹がふくらんでいる。
「ふーん、妊娠してるってのは本当だったんだ」
 ちらりと一瞥してから、
「で、真名。それだけ?」
「…え?」
「何で武器持ってないのよ。どっかに置いてきたの」
「い、いえ最初から武器は…」
「持ってなかったの?ってことは、素手であたしを伸せると思ってたわけ。随分と舐められたものよねえ」
 美里の表情が険しくなった。
 忍び込んだならまだしも素手で勝てると思われていたなど、結構なクツジョクである。
「と言う事は、あたしがアンタ達をどっかに売り飛ばしてもいいわけね。卯璃屋に頼んでもいいし、なんならイスパニアにでも売ったげようか」
「ち、違うんです…」
「何が違うってのよ」
 綾は、いわば新参者である。その新参者が加わっており、綾への視線は他の二人へのそれよりきつい。
「か、葛城殿を倒そうと思ったわけではなくて…」
「あっそ。じゃ、何しに忍び込んだのよ。それにアンタ達、あたしに勝てると思ったから素手で来たんでしょうが」
「ち、違うのよ美里。別に美里を叩きのめすとかで来たわけじゃないわよ。た、ただその…よ、欲求不満だからだと思って…」
「はあ?」
 一瞬妙な表情を見せたが、すぐにピンと来たらしく前髪が数本立った。
「ははーん、つまりアタシがおっぱいとおまんこ疼かせて晋ちゃんを誑かした、とそう思ったわけね。だから三人がかりでアタシを責めて性奴か何かにしてやろうと」
「せ、性奴とまでは…」
「黙らっしゃい」
「あうっ」
 乳首の先を剣先で突かれ、綾が小さく喘いだ。
「ま、いいわ。ともかく、アタシに良からぬ事を企んでやって来た以上、それなりのお返しはさせてもらうわよ〜」
「『!?』」
 初めて美里の表情に妖しい色が浮かび、対照的に三人は全裸のまま素肌を硬直させた。
 
 
「ウチで飲んでるのは構いませんが、表で駕籠が待ってますよ。いくら円タクとは言ってもあまり厚意に付け込むのはまずいでしょう」
「いいんです。あれはちゃんと待機中で料金払ってますから」
「いくら?」
「十分で一両です」
 どこの駕籠組合だと思ったが、口にはしなかった。
 ふらりと店にやって来た晋二だが、目の光はまともだし、精液と愛液が混ざった噎せ返るような匂いを漂わせてもいない。
 思ったよりはかなりまともである。
「それはそうと、このまま天下統一は放棄する気ですか?」
「ううん、しないです。でもね、ちょっとお休み中です」
「ほう」
「いいじゃないですか。今までずっと天下だ戦争だってやって来たんですから。僕だって…たまには羽を外すんです」
 ぐいっと杯を傾けた晋二に、そりゃ羽じゃなくて羽目だっつーのと突っ込みたくなったが、突っ込んだら負けのような気がして止めた。
「それは別に構いませんが。で、表の駕籠はどうするんです?」
「美里がね、二刻経ったら帰ってきてって言ってましたから。僕…ここにいちゃお邪魔ですか」
「構わんよ」
 得留之助は軽く首を振った。
「三刻でも一日でも、好きなだけ居られるといい。ここは卯璃屋得留之助の店、何人たりとも干渉を許され…ん?」
 ふと見ると、もう寝息を立てている。
「まったく人が店自慢をしてる最中に…傍迷惑な」
 途中で消滅してしまい、得留之助はぶつぶつとぼやいた。
 
 
「お、お願いです葛城殿もう…」
「なーに言ってるのよ、乳首もこんなに硬くしてるくせに。ほら、こっちだってこんなに濡れてるじゃない」
 アスカに綾に真名、三人が平等に責められてから、もう一時間近くが経っている。
 女同士ならではの性感帯へのねっとりとした責めは、娘達――妊婦一名を含む――を極限まで高ぶらせ、美里の指についた愛液も、もう誰と誰の物が混ざったのかすら分からなくなっている。
 無論不本意ながらも、なんどいかされたかすら覚えておらず、もう抵抗する気力所か思考能力まで停滞しかかっている。
 と、やっと美里が手を止めた。
 飽きたわけでも疲れたわけでもないが、若干一名妊婦が混ざっているから、母胎への影響を考えたのだ。さすがの美里でも、アスカを流産させようなどとは思っていない。
 妊婦があまり感じすぎると、子宮への悪影響も発生するのである。
 パキッと指を鳴らすと、三人を拘束していた縄が外れ、揃って落ちてきた。ただし、舌には布団があるから汗と涎と愛液と涙でもうべちゃべちゃになっていた三人も、受け身が取れずとも怪我をする心配はない。
「さてと、まあこれ位でイイかな」
「『……』」
 快感に脳髄まで犯されている三人を見てにっと笑ってから、
「アスカ」
 手加減された分、一番ましなアスカを呼んだ。
「な、なによぅ…」
「晋ちゃん返してあげるわ」
「え…?」
「元々、あたしのモノにする気はなかったし、あんた達もたっぷり嬲ってアタシもすっきりしたし。ただね、卯璃屋に行ってる晋ちゃんなんだけど、アタシの手が動いてたら狼煙が上がってたのよ」
「どういう事よ…」
「あんた達が武器を持ってたらね、この船から狼煙が上がるのよ。で、点と線が繋がって卯璃屋の前で待ってる円タクに届くわけ。そうしたら、飲んでようがトイレに入ってようが構わず晋ちゃんを連れて帰ってくるの。戻ってきた晋ちゃんは、亭主を取られて愛人を殺しに来た無様な妻達の姿を見るってわけよ」
 美里がそう言った時、初めて三人の背にぞっとするような物が流れた。
 美里は既にそこまで読んでいたのだ。
 そんなところへ自分達が刃物を持って乗り込み、あまつさえその姿を晋二に見られたらどうなるか。考えただけでも背筋がシャーベット状まで凍ってくる。
「アンタも孕んでる事だし、これ以上イクとお腹の子に影響あるからね。もう許したげるわよ」
「美里…」
「ただし、ただとは行かないわ」
「『え?』」
「そうねえ…」
 ふうむと考え込んでから、
「週に一度の晋ちゃんレンタルで手を打ってあげるわ」
「そ、そんなっ」「晋二様は物じゃありませんっ」
「アスカだけ返して、アンタ達はあたしの指が無いとイケなくなる位にまで、たっぷり調教してあげてもいいんだけど」
 びくっ。
 今回、美里は手を縛っただけで道具はまったく使っていない。
 しかも舌すら使っていないのだ。
 言葉責めと精巧な指使い、これだけで三人はあわやと言うところまで追いつめられたのである。それも、どうやら手加減していたらしい。
 これで美里がその気になったら、本当に美里の愛撫無しにはいられない身体になってしまう。
「じゃ、晋ちゃんの週一度レンタルという事でファイナルアンサー?」
 三人が揃ってこくんと頷くと、
「オッケー。じゃ、商談成立ね」
 美里の手から何かが飛ぶと、シュルシュルと宙に上がったそれはポーンと弾けた。
 狼煙だと気づき、
「み、美里話が違うじゃないのっ」
「狼煙を上げない、とは言ってないわ。ただし、あれは城行きの方よ」
 いくら美里の責めが上手だからと言って、女同士でこんなに感じさせられた姿を晋二に見られたくはない。
 約束を破られたかと唇をきゅっと噛んだ三人に、
「黒が上がったら晋ちゃんはここへ直行。白が上がったら城へ送っていく事になってるのよ」
「そ、そうなの?」
「当然でしょう。もしかして、アタシが約束を破ったとか思ったワケぇ?」
 ぶるぶると、三人は慌てて首を振った。
 うっかり本当の事を漏らしたら、またまた美里の気が変わるかもしれない。
「ふーん。まあ、いいわ。それよりもさっさとお城に帰ってシャワー浴びないと、晋ちゃんに濃厚な匂いがするって気づかれるわよ」
 美里の言葉に、三人は慌てて立ち上がった。
 
 
「で、どうしたんです」
「どうも何も、あの三人アタシが嘘言ったって思ったに違いないのよ。だからね、帰る時それぞれにキスしてやったのよ。それも−」
 何か言いかけたのを遮り、
「舌入れたでしょ」
「まあねえ。一気に火が再燃しちゃって、三人とも腰砕けで帰っていったのよ。襦袢の下はもうぐちょぐちょだったわよねえ、きっと」
「やり過ぎて、晋二殿との間が上手く行かなくなる、と言う可能性は」
 一瞬だけ、剛胆な女海賊の背に針のような物が突き立った気がした。
 気のせいだろう。
「アタシがそんな事考えるなら、最初から狂わせてるわよ。その程度の事、出来ないアタシだと思ったの?」
「それなら結構です。晋二殿は、まだまだメンタル部分が弱い。万が一ここで挫折などするような事があっては困りますからねえ」
 得留之助がふわあと笑った時、美里は背中の妙な気配が消えたのを知った。
(命拾い、かしらね)
 美里の表情だけは変わらぬまま、
「でもアンタ男でしょ。晋ちゃんにあまり思い入れしてると、男色の噂が立つわよ」
「男同士の恋愛などと言うおぞましい趣味はありませんよ。ただ、碇家の天下統一が見たいだけです」
「ふうん」
 
 
 こうして、取りあえずは元の鞘に収まり、
「じゃ、相模伊豆潰しちゃって」
 ついに晋二が号令を出した。
「アンタはお留守番よ」
 と、一人着床したアスカは後方で地団駄――晋二自らが陣頭に立ったのだ。左右は麗と真名が固め――挟んでいると言う意見もあったが、雪辱に燃える馨が武蔵から、剣豪集団のさくら達が甲斐から攻め込み、実に十倍近い兵力で相模伊豆に雪崩れ込んだのだ。
 元将軍足利義輝から剣を習い、着実に強くなってきた碇摩耶やしばらく暴れていなかった憂さを晴らすように撃ちまくる真名、更には結局利用されただけじゃないのと、こっちは怒り心頭の麗が大暴れし、相模伊豆は半月で陥落した。
 それも、晋二達がチジョウノモツレでのんびりしている間に、最高まで防備を固められた堅城小田原城にもかかわらず、だ。
 で、気が付くと羽前・陸前・磐城が、小大名の残党が蜂起して占拠されている。無論、その先にいるのは武田家だ。
 従って生かしておいても危険なだけで価値はなく、最初から全員斬り飛ばすつもりだったのだが、終わってみれば二十数名いた武将達の中で、氏康の息子二人と姫武将が一人、後はすべて戦いで討ち取っていたのだ。
 何とも恐ろしい怨念である。
 見つけた姫武将は、佐竹葵と言って佐竹義篤の娘であった。
 何故か晋二がにっと笑って何か言いかけたところへ、不意にロケット花火が撃ち込まれた。
「何奴!」
 近習がざわめき立つのを抑えて、
「いいんだ。何でもない…ダメって事らしい」
 妙な事を呟き、
「釈放するから、何処へなりと行かれるがいい。でも、顔や身体に傷が付くと困るから、もう武家にはならないようにね」
「い、碇殿…」
 すっかり上手になっちゃった晋二に、葵は顔を赤くして幾度も振り返りながら去っていった。
 ロケット花火の発射源はともかく、その様子を見てジェラシーファイアを轟々と燃やしていた綾と真名が、その晩寸時たりとも解放してくれなかったのは言うまでもない。
 相模伊豆攻めは晋二が陣頭に立ったのだが、もう大名が出る必要はないと、家臣達に止められて晋二は京に戻った。
 綾と真名が妊娠したのは、それから二ヶ月後の事であった。
「晋二殿、おめでとうございます」
「……」
「どうかしましたか?」
「アスカが妊娠した時と綾達が妊娠した時」
「時?」
「まだ作らないでいいと思って、ちゃんとしてたんです。でも妊娠しました」
「精液の勢いが強かったのでしょう。時折ある事です」
 とんでもない事を言い出した得留之助に、
「卯璃屋さん!」
「はい?」
「あのコンドームに穴が開いてたんです!どういう事ですか」
「困りましたねえ」
「困った?」
「もう少し先にばれる筈だったんですが」
 ピキッと晋二の眉が上がったが、晋二一人しかいないのは、アスカ達の前でこんな事を言った日には、
「どうせあたし達に孕ませたくないのよね」
 と、三日三晩三人がかりで搾り取られかねず、さすがにそれは避けたいからだ。
「…それどういう意味ですか」
 さすがに険しい表情で訊いた晋二に得留之助は、
「私と最初に会ったのがいつか、覚えていますか」
 奇妙な事を聞き返した。
「卯璃屋さんと?最初に会ったのは確か母上に連れられて行った時だから…もう十年位前だと思うけど」
「晋二殿は随分と成長された。それで、私はその頃と変わりましたか」
「え!?」
 勿論、得留之助の言うとおり晋二は成長したし、アスカ達だってそうだ。精神面に加えて、肉体面はより成長している。
 だがこの男は。
 そう言えば、今まで気にした事が無かったが、初めて遭った時からまったく変わっていない事に気が付いた。
「ど、どうして…」
「君は知らないでしょう。でも、私は君の事を知っていました。そう、君が生まれてくるよりも前から。ただ、前から、と言う表現が正しいのかは分かりませんが」
 得留之助が言い終わる前に、不意に晋二を強烈な頭痛が襲った。
 体験した事もないような痛みが晋二を襲い、たまらず晋二はその場に倒れ込んだ。
 失神した晋二を軽々と抱え上げ、
「私の事は天下を統一したらお話しましょう。正確には――最後まで超えられなかったお父上を超えられた時に、ね」
 失神した人間は本来より重く感じる筈なのだが、得留之助は花束でも抱えているような足取りでそのままま歩き出した。
 
 
 
 
 
(続)

大手門

桜田門