突発企画「奴らが戦国にやって来た」
 
第三十四話:美里の逆襲と修羅場る者達
 
            
 
 
 
 妊婦は妊婦だが、どうも様子がおかしい。
 いくらアスカが脳天気とは言え、腹に子を抱えて戦場に出るほど逝かれてはいないだろう。
(……)
 得留之助の目が一瞬細くなってから、
「分かりました。じゃ、用意しますからちょっと待って下さい」
 席を立ち上がり、ちらっとさくらを見た。
(呼ばれてる?)
 電波を受信したような気がしたが、と言うことはつまりそう言う体質になってしまったわけで、
(そ、そんなはずないわっ)
 内心でぶるぶると首を振ったが、これもすっと立ち上がった。
 果たして得留之助は次の部屋で待っており、
「あの…やっぱり呼んだんですか?」
「電波を送ってみました」
「いやーっ!も、もうあたしは普通なんですからっ」
「言葉に出して伝わらないようじゃボンクラですよ?」
「……」
「あなたのアンテナはおいといて、アスカ殿に聞いてみて下さい」
「何かあったんですか?」
「目立つほどじゃありませんが、妊娠は自分で分かってるでしょう」
「そうだと思いますけど」
「その体で来るほどアスカ殿も馬鹿じゃありませんよ。晋二殿の子供なんですから」
「卯璃屋さん、それってまさか晋二殿以外の子供!?」
 鉄線入りのハリセンを取り出そうとかと思ったがなんとか抑え、
「…そう言う単純に間抜けな発想じゃなくて。何かあったんじゃないかと思ったんです。店に電話すれば調べられますが、電話代高いから勿体ないし。真宮寺殿相手なら彼女も話しやすいでしょう。さりげなく聞いてみて下さい」
 よく分からないが、この商人なりに何か感じているのかもしれないと、
「分かりました」
 さくらは軽く頷いた。
 が、戻った途端さくらはぎょっとして立ち止まった。
「雪ー!」
 アスカが雪に泣きついていたのだ。
 しかもよしよしと雪がその頭を撫でている。
 何かあった――それもおそらくは家出だろう――事をさくらは知った。
 
 
「考えられる原因としては…アスカ殿だけが妊娠したから晋二殿がしてくれなくなったとか。或いは…公平にしてくれなくなったか。はて」
 得留之助がろくでもない事を口にした時、ビーッと音が鳴った。
 懐から携帯を取り出して耳に当てる。
「私だ」
「ボス、一大事です」
「株価が暴落したか?それとも店が全焼したか?いや、店が全焼しても保険は高めに入っているからむしろ燃えてくれた方が」
「そんな事言ってる場合じゃありません!」
「どうしたの」
「暫く前に、長尾家から嫁いできた娘がいたでしょう」
「綾殿だな」
「ええ。その娘と霧島屋の娘が二人してうちに来たんです」
「!」
 買い物や見物に来たなら、店の者が連絡などして来るまい。
「家出だな」
「ええ。着の身着のままで、それぞれ三十両ずつ持ってました」
「それで」
「もう帰りたくないから置いてくれって言ってますが」
「原因は?」
「亭主の浮気だそうです」
「……」
 やっぱりなと、内心でため息をついてから、
「すぐ戻る。堺までの直行便に乗ってくから」
「ひ、飛行機?」
「一ヶ月で蝦夷から薩摩まで行かれるというのは、飛行機があったとしか考えられん。そんな事よりすぐ戻る」
「分かりました」
 晋二が側室を持ったとしても、アスカ達が家出する大義名分にはならない。
 それに、正式な側室ならアスカ達が目くじらを立てもするまい。
 アスカ達が家出するほどの相手――得留之助の知る限り、それは一人しかいない。
「乳コンプレックスかな」
 得留之助は小さく呟いた。
 
 
 話は一ヶ月ほど前に遡る。
 晋二の援助もあって勢力を拡大した美里の水軍だが、海域には制限があって最高で十までしか支配出来ない。
 しかも八以上取ると大抵数度は敗戦する。
 そしてそれは美里も例外ではなかった。
 隠岐沖での海戦に敗れてしまったのである。もっとも、本人はそのとき堺に来ていたから負傷はまったく無かったのだが、それにしたってショックである。
 いつもは強気に無敵の美里が全身からしっとりと憂いを帯びてやってくる。
 一方こちらは三人を調教…というか逆調教されているような所もあり、罰当たりな話だが早くも倦怠ムードの晋二。
 こんな二人が会ってしまった日には、結末など火を見るよりも明らかである。
 アスカ達も確かに魅力的ではあるが、また青い部分は残っている。だから、どうしても晋二をリードして好きなだけいかせると言うのは難しい。
 そんな晋二が、美里のたっぷり熟れた肢体で愛撫され、胸に挟んでしごかれ胸だけで三度、おまけに素股で三度も放ってしまったのだ。
 ここで今度は僕がと燃えるタイプと、ゴロニャンと甘えるタイプがあり、晋二は後者であった。
 結果、堺の港に泊まっている船から晋二は一向に帰らず、業を煮やして乗り込んだ三人が見たのは、むせかえるような匂いの中、美里を後ろから貫いている晋二の姿であった。
 更にその手は美里の乳房を荒々しく揉みしだいており、乳の大きさだけでも自分たちより大きいのに、責めている晋二の姿は、普段の自分たちには決して見せないものだったのだ。無論晋二とて最初から荒かったのではなく、美里がどんな格好やプレイでも受け入れてくれたからこうなったのだが、とまれ三人の怒りは頂点に達した。
 といっても掴みかかるのも芸がないと、美里に勝負を挑んだのだ。
 三人のうち一人でも、美里より先に晋二をいかせる事が出来たら、二度と晋二を誑かさないでと挑んだまでは良かったが…完敗。
 三人の後で悠々と晋二の上に跨った美里が上下に腰を振ると、晋二はあっさりと放ってしまった。
 しかも、それが美里を優先して自分たちの時は堪えたのならまだしも、晋二の表情は完全に放出後の余韻に浸っており、ここに至って三人娘のプライドは木っ端微塵に打ち砕かれた。
 その結果、妻妾が揃って家出してしまうと言う前代未聞の状況になったのだ。
 なお、店に戻った得留之助を待っていたのは、晋二が鉄甲船に入り浸りという事であった。要するに、美里の所に入り浸りという事である。
「と言うことは、碇家は現在殿様不在って事?」
「そうなります。ボス、いかがなさいます」
「イカも如何も、私がどうこう出来る事じゃない。これは碇家の問題だ。綾殿達は?」
「最初やさぐれてましたが、今はもう落ち着いておられます」
「ならいい。しかし殿様とその妻妾が揃って不在の城なんぞ、生まれてこの方聞いた事がないぞ」
「私だってありませんよ。ところでボス」
「ん?」
「最初に城を見たのって何時頃ですか」
「河内の国に楠木正成が籠もった城だ。あれは随分と堅城だった」
「!?」
 思わず声を上げかけて、手代は何とか踏みとどまった。
 河内の国の楠木正成と言えば元弘元年、つまり1331年に現在の赤坂村に築かれたものであり、どう聞いても城跡への感慨ではない。
 アンタ一体何歳ですかと言いかけたが、それを抑えたのは本能であった。
「そ、それで…こ、このままで良いのですか。放っておけば色々と面倒な事が」
「面倒?家中は別に分裂しないし、側室が一人増えても文句を言う家臣は誰もいない。ただ、ここまで北条を追いつめながら止まってしまうと言うのが少し困る。あのお二人が妙な事を考えないよう、堺の港には行かせぬように。町中と京方面へご案内して」
「かしこまりました」
 得留之助の言うとおり、もう北条の息の根は止まり掛かっている。水軍さえ味方にしてしまえば、後は一気に攻め滅ぼせよう。
 だがこんな浮気などと言う事で攻めの手が止まっては、まだ相模は難攻不落の国と化すかもしれないのだ。
「でもま、それもまた面白いじゃありませんか」
 澄み切った空を見上げながら、得留之助は少し楽しそうに笑った。
 
 
 一方こちらは北海道、つまり蝦夷にまで逃げてきた武田様ご一行である。
 蝦夷は石高が低い、それは最初から分かり切っているし、ここの国は最後の最後になる砦にする気だ。
 しかし陸奥を始め陸中・陸前など、東北の台所とも呼べる豊穣の地がこの辺りには多く存在しており、名将・勇将を抱えながら禄高不足に泣いていた武田家も、ここへ来て一気に悩みが解消し、瞬く間に強力な軍団を作り上げた。
 北信濃の国人衆だった真田幸隆や内藤昌豊、信虎の代から仕えている馬場信房など、最高禄高を与えれば良い働きをする者達は少なくない。
 碇家が誇る剣豪を揃えた軍団には及ばないが、ここに信玄が加わればほぼ互角である。
 碇家にはまだ、『影』の特技を持った者はいないのだ。
 ただし、碇家の圧倒的な物量には到底及ばないから、少しでも追いつくべく、目下必死に作業中だ。
 既に天下の大半は碇家の手中にあり、関東にあって北条家が最後の灯火、後はこの武田家しかいないのだから。
 ちょうどそんな所へ、百首水軍が浦賀水道を明け渡したという情報が飛び込んできた。
 無論晋二達がこの機を逃すはずはなく、一気に相模伊豆を攻め滅ぼすに違いないと、緊張が走ったのだが、追加された情報は碇家の足踏みであった。
「どういう事じゃ?」
 碇家が攻め倦ねていた事を知っているだけに、さすがの信玄も首を捻ったのだが、その原因がチジョウノモツレに有ることを知り唖然とした表情になった。
 数秒後、見る見るそれが憤怒の色に変わるのを見て、慌てて近習が押しとどめた。
 自分たちが必死に抵抗しているのを尻目に女との痴情に溺れているなど、許せないに違いない。
 晋二達にその気はなくとも、辺境の地で抵抗の道を探している者にとっては傲慢か自慢以外の何ものでもない。
 とは言え、現時点で碇家に攻め掛かればどうなるか、結果は見えている。
 武田家が放棄した国を、後を追うようにして取ってきた碇家は、既に武田家と国境を接している。
 しかし、前線には各国に一人くらいしか置いておらず、どうみても警備体勢は取っていない。
 そこへ攻め込めばどうなるか。
 勝てるだろう。それも実にあっさりと。
 そして兵站が伸びきったところで、碇家が三つの軍団を出してきて一気に攻め滅ぼされるのだ。
 碇家を相手にするには絶対に打って出てはならない。ギリギリまで誘い込み、そこで討ち取る以外に方法はないのだ。
 出撃だと叫びそうな主君の口を、家臣が寄って集ってなんとか抑え込んだ。
 武田家の場合、一度口にすればもう取り消すことは出来ない。だから、何としても口にさせてはならなかった。
 そう、現在は既に絶望的な状況になっているような気がしても、だ。
 
 
 盗んだ蜜は甘いとか、他人の不幸は蜜の味という。
 いや後者はともかく、美里に取ってまさに前者がそれであった。勿論、晋二を奪ってやろうなどと考えてはおらず、まして晋二と結婚しようなどとは思っていない。
 ただ、当人達の都合が合いすぎたのだ。
 そして身体の相性も。
 落ち込んでいた美里と三人に迫られて少しばかり飽いていた晋二と。晋二の方は、飽きていたと言うよりは疲れていたと言った方が正解かも知れない。
 どんなに大大名になっても碇晋二は碇晋二であり、調教と言っても相手が処女だから、挿入した時に少しでも痛みを和らげるような拡張が主だったし、自分の気ままに責めたりした事はまずナイ。
 おまけに三人もいるから、同じように抱いていかないとやっぱりまずいよね、とか色々考えており、疲れるのも当たり前である。
 そんな時身体を重ねた美里は、それこそ晋二の好きなようにさせてくれた。
 巨乳の間に肉竿を挟んでしごかれ、思わず顔に出してしまった時だって、妖艶に笑って舐め取ってくれたし、後ろから腰を掴んで荒々しく突き入れた時も、自ら腰を振って奧まで受け入れてくれた。
 顔面射精が当然とかそう言うことではなく。
 ただ、晋二にとっては初めて自分の好きなように出来た相手であり、まして幼馴染みとくればのめり込むのもやむを得まい。
 とまれ、この巨大な船の中で二人が全裸のまま過ごして、一週間近くが経とうとしていた。食う・寝る・遊ぶ、文字通りこの三つだけで生活は占められており、視線が合えばどちらかともなく唇を重ね、そのまま身体をまさぐり合う。食事になればどっちかが口移しでそのまま…という呪殺に値するような日々の繰り返しであった。
 しかも飽きずに。
「ね、晋二君」
「え?」
「しよ。またしたくなっちゃったのよぅ」
 部下が聞いたら噴飯ものの甘い声で迫ると、晋二もこちら側に向きを変えて美里の首に手を伸ばす。
 すぐに室内を男と女の痴情が満たしていくのだが、外を見れば日はまだ高く、どう考えても普通にお仕事をしている時間である。
 二人の生活から服が消えて以降、ずっとこの調子なのだ。
 とは言え、戦況の方は攻撃が止まっているだけで、その他にはまったく支障がない。
 そう、晋二が離脱さえしなければ、碇家本体は安泰なのだ。前線がスカスカなのも計算の内だし、攻め込む機は逃したものの、周囲は完全に包囲してあるから氏康がどう頑張っても網を食い破るのは無理だ。
 何しろ、それぞれの国に兵士一千を率いる武将が五人以上、つまり五千人から待機しているのだ。
 こんなもの、撃ち破る前に自分が壊滅してしまう。
 ある意味確信犯だが、晋二の場合は単に考えてないだけだ。刹那では無いにせよ、そんな事まで考えて痴情に溺れては居ない。
 一方、得留之助はアスカの相手に追われていた。
 真名と綾が得留之助の店でアスカが甲斐へと進路が別れたのは、別に喧嘩したからではない。
 取りあえず、今すぐには取り返せない以上打つ手はない。
 しかしアスカは、それを黙って受け入れる性格ではなかったのだ。少なくとも、鬱憤は晴らさないと気が済まない。
 自分一人でも小田原に攻め込むと怪気炎を上げているのを、さくらや雪と一緒になって何とか宥めていたのだ。
 石高と付き合いから言ってもアスカは最古参の重臣の一人であり、そうそう意見出来る者もいない。ハリセンで寝かせておく手もあるが、アスカの気持ちも微妙に分かるとさくら達が言うから、強硬策は取っていない。
「卯璃屋さん」
「何です」
「やっぱりあの…殿のところに行ってもらえませんか」
「連れ戻しに?」
「ええ。このままじゃちょっと…」
「拉致してくるのは簡単ですが、心は拉致れませんよ。それでもいいんですか?」
「そ、それは…」
「それに、まあ何とかなるでしょう。こういう事は、余人が顔突っ込んでも仕方ないですから」
「はあ」
 確かにこの商人が何とかなると言ったらなってきた。
 仔細は分からないが、何か当てがあるのかも知れないと、さくらは軽く頷き、それ以上は言わなかったのだが…が。
「拉致ってこい」
「は!?」
「聞こえなかったか」
「い、いえ聞こえました。それで誰を?」
「碇晋二と葛城美里。ぐるぐるの包帯巻きにして持ってきて。二日以内だ」
「あ、あのボス」
「何か」
「噂では毎日四十八手に追加するプレイの研究中だとか」
「で?」
「と言う事はウチらが押し入った時に最中って事もありますから、それはさすがに…」
「この間イスパニアから取り寄せた催涙ガス使うか」
「それはまずいですよ。あんなのが市場に出たら一大事です」
「ぬう」
 物騒な店主をまっとうな店員が宥め、取りあえずその場は収まった。
 
 それから一週間後。
 晋二と美里が籠もっている船の甲板に、黒尽くめの影が三つ降り立った。
 予め情報は仕入れてあるから、旗艦を間違える事はない。頷き合い、音もなく船室の前に滑り込んだ。
 二人が左右に分かれ、真ん中の一人が扉に手を掛ける。
 扉は拍子抜けするほどあっさり開き、三つの黒尽くめがそのまま中に侵入した。
 もうここまで来れば遠慮は要らないと、覆面を取って蝋燭を取り出す。
 火を付けようとした途端、周囲の灯りが一斉に点いた。
「『!?』」
 娘達がぎょっと立ち竦んだそこへ、
「ん待っってたわよアンタ達。オシサシぶりねい!」
「み、美里どうして…」
「今日あたり来るんじゃないかと思ってたのよん。あたしの船へようこそ。無断侵入だけどねい」
 からからと笑った美里だが、船内に痴情の色はまったくなく、アスカ達は完敗した事を知った。
 
 
 
 
(続)

大手門

桜田門