突発企画「奴らが戦国にやって来た」
 
第三十二話:父無し子が家無き子でずっとお側に留まる事
 
            
 
 
 
 風呂から戻ってきた晋二達は、もう完全に武将の姿になっていた。
 がしかし。
「晋二様、行ってらっしゃいませ」
 アスカが三つ指突いて送ったのに度肝を抜かれたのに続き、
「お帰りをお待ちしております」
 真名まで倣ったものだから、もう魂が半分位抜けてしまった。
 ただし晋二は当然と言わんばかりに、
「行って来る」
 偉そうに頷いた。
 調教は順調に進んでいると見える。
「それで卯璃屋さん、武田家が南越に侵攻したとか」
「ええ。長尾家からの要請は美濃に兵を入れて武田家を牽制する事です。繋がってませんから、実際に援軍を送る事は出来ませんから」
「じゃ、すぐに兵を?」
「結構ですが、その前に一つ」
「え?」
「武田軍は、越中と加賀能登には侵攻しませんよ。分かってますな」
 晋二は頷いた。
「分かってます。南越と北越が落ちれば、残るのは弱体した長尾家が領する加賀能登と越中――でしょう」
「そう言う事です。ま、それはそれとして美濃へ出陣を?」
「します。ついでに第二軍団を伊勢志摩へ配置して、尾張まで落としちゃいましょ」
「ちょっと待った」
「何ですか?」
「尾張を落とすと、三河から海続きで攻め込んで来ますよ」
「ええ。尾張を落としたら、第二軍団は尾張専門にして、また伊勢志摩は固めますから」
「それなら大丈夫でしょう。それで、美濃へは誰を?」
「さくらさんと摩耶、それに義輝と長政を行かせます。それと波多野雪を追加、これでいいですか?」
「構いませんが…晋二殿は?」
 別に大した戦ではないが、晋二が残るような後方の憂いは無いはずだ。
 だが、訊いた途端に晋二の顔が音を立てて真っ赤になり、
「ぼ、僕はその…ちょ、ちょっとやる事があって…」
 言わずとも、この表情を見れば明らかに見え見えであり、その場にいた姫武将達が赤くなり、麗がぷうっと口を尖らせた。
「ったくこれだから新婚はヨォ!」
 とは無論言わず、
「分かりました。じゃ、すぐに鉄砲の方を手配しておきましょう」
「お願いします」
 こうして、後方で幼妻と一緒になって性教育に励む殿様は置いといて、渚馨率いる第二軍団が伊勢志摩に移動し、翌月には尾張に雪崩れ込んだ。
 無論、美濃の斉藤家には援軍を出す余裕などあるはずはなく、正徳寺の鉄砲僧兵達に織田信長を任せ、本隊は混乱用に大砲を撃ち込んでくる佐々成政を引っ捕らえた。
 信長に向かわなかったのは、大将が鉄砲隊でおまけに快晴だったからだ。いくら渚馨といえども、鉄砲隊に集中攻撃を受けては敵わない。
 大砲隊を始末すれば、後はもう蜘蛛の子を散らすようなものであり、佐々成政以下羽柴秀吉、前田利家等は次々と戦場に屍を晒していき、加賀百万石どころか尾張に千石も持てないままに終わってしまった。
「さてと、お坊さん達はどうなってるかな?」
 キラッと白い歯を見せて馨が振り向いた。
 能力は高いし結構いい男だしと、街を歩けば若い娘が熱い視線を向けてくるのだが、
「晋二君命!」
 が左右の銘となっており、他の娘達には一顧だにくれようとはしない。
 でもって、今着けている鎧と兜は晋二が持っていた物であり、正式に貰ってはいない。
 ただし、馨が本人や手下を使って頂戴して来たのではなく、
「いやだ、僕は行きたくない。晋二君と離れるなんてご免だね」
 第二軍団長への就任を得留之助が伝えに言った時、馨は完全否定した。
「ま、お気持ちは分かりますが、ここは行きなさい」
「卯璃屋さん、僕に命令するの」
「そーゆー事です。それとも嫌だと?」
「……」
「渚殿位しか、任せられるのは居ないんだから、素直に行っておきなさい。それと、これは私からの餞別です」
「餞別?」
 小判にしてはあまりに大きく、怪訝な顔で包みを解いた馨の前に現れたのは具足一式であった。
「これ?」
 首を捻った直後、
「こ、これは晋二君のっ!?」
「そ。晋二殿が使ってたヤツです。側に居るより、こっちの方がイイでしょ。で、軍団長の件ですが」
「やるよ。立派に果たして見せるからと、晋二君に伝えて下さい」
「分かりました」
 こんな経緯があったが、無論勝手に失敬したのは得留之助である。
 鎧をすりすりと触りながら馨が見ると、ちょうど信長の本隊が壊滅した所であった。僧兵達も結構数をすり減らしてはいるが、馨達はほぼ無傷のままだ。城攻めは大将を始末してからと言うのはセオリーであり、信長もわざわざ出てきてくれた。
 那古屋、清洲、犬山、そのどれもが簡単に落ちてしまい、戦場から織田家の旗印が消滅するまでに、実に十日も掛からなかったのである。
 おまけにほとんど無傷とあって、報償には晋二の肉体でも要求しようかと企んでいたのだが、そこへ飛び込んできたのは晋二の元へ長尾綾が嫁入りしたという情報であった。
 その情報を聞いたのは本陣であり、ちょうど捕虜が引き立てられたばかり――そう、晋二結婚の知らせが来なければ、捕虜全員斬首の結果にはならなかったのだ。
 間髪を入れず、真宮寺さくらを筆頭とする碇家が誇る最強軍団が、美濃飛騨へと雪崩れ込んだ。こっちもまた楽すぎる勝ち方で斉藤勢を撃破し、美濃飛騨を配下に置いた。
 これを聞いて、すわとばかりに今川勢が伊勢志摩へ攻め込んできたのだが、吉川元春以下の猛将がずらりと待ちかまえており、国人衆と寺社衆も敵に回り、手痛い敗北を食らって退却した。
 第一軍団と第二軍団が支配地を取り替えた事には気づいても、大した相手ではないと舐めてかかったのが大失敗であった。
 がしかし。
 無論碇家の勝利であり、天下統一へまた一歩進んだように見えたのだが、実際には武田家の思い通りであった。
 座して死を待つより出でて活路を見いだす――信玄が源道とイロイロ悪巧みを働かせた結果、長尾家を潰して東北方面に逃げるべしと意見が一致した。
 長尾家を潰す、と言う条項が追加されるのは、得留之助がさくらに話した通り、東北の地で最大のライバルになるからだ。
 勿論苦戦はするだろう。しかし景虎さえ討ち取ってしまえば、後はもう恐れるに足りない普通の軍隊である。
 しかも、
「源道よ、お前の息子は随分と義理を気にするようじゃの」
「間抜けですからな。弱体化した長尾家が残っても、嫁の乳と尻に溺れたら攻める事は出来ますまい」
「その通りだ」
 二人して、がっはっはと笑いあった結果なのだ。
 その月の評定の最中に、南越後が武田家の手に落ち、長尾景虎が討ち死にしたとの情報が飛び込んできた。
 その情報に、家臣達の見せた表情は様々であった。
 長尾が落ちれば武田であり、実質前進と言う表情の者もいれば、無論嫁いだばかりの綾がどうなるのかと複雑な表情の者もいる。
「逃げてくれれば何とかなったんだけどね…」
 晋二の表情は変わらなかったが、実のところ景虎の戦死は想定範囲外であった。南越から北越へと抜けて行くであろう武田家が、加賀能登と越中を残す事は分かり切っていたのだ。
 勿論、言うまでもなく碇家との緩衝剤であり、更に言えば晋二が攻めまいと読んだ上での事だ。
「それで殿、如何なされるおつもりですか?」
「直家」
「はっ」
「日本語ってのは主語と述語があるでしょ。何をどうするのさ」
「あ、これは申し訳ござらぬ。綾姫と長尾家の同盟にござります。信玄坊主がわざわざ強敵の長尾潰しを選択したという事は、おそらく狙いは東北方面への逃走でしょう。南越以北にある長尾家の領地を踏みつぶしながら北上し、陸奥・蝦夷の二国辺りを最終目的とすれば、甲斐と南信濃で悩んでいた石高不足は一気に解消されまする。後はゆうゆうと力を蓄える気と見ました」
「ん。大体そんな感じだろうね。東北は伊達家の晴宗が居る位で、後はほとんど弱小ばかりだし。逆に言えば、武田と北条を潰せば、もう天下は決まったようなものだけどね」
「殿、殿」
「え?」
「もう、じゃなく既に決まってます。家臣達も皆そう思ってますから」
「そうなの?」
 少し驚いたように晋二が聞くと、家臣達は一斉に揃って頷いた。
「あ、そうなんだ。でも、九割を支配しても最後にどんでん返しはあるかも知れないんだし、全員気は引き締めといてよ」
「『ははーっ』」
 晋二にしてはいい事を言う。
 平伏した家臣達に、
「松平家康の第三軍団から、九州一円の開発はもうじき終わると連絡があった。九州が終われば四国に回すんだけど、九州は大きな生産国になる。もう兵糧の心配は無用になったし、そろそろ国を取りに行こうと思うんだ。美濃は斉藤家が弱り切っていたから、ほとんど戦争にならなかったし、疲労も少ないでしょ。どっか良い案ない?」
 少しの間ざわめいたが、口を開いたのは吉川元春であった。
「殿に申し上げます」
「ん」
「武田家は現在、甲斐を空にしているとの情報が入っております。おそらく南信濃も放置するでしょう。無論空にはなりますが、そのまま攻め込むと国人衆共との関係が悪化します故、先に第二軍団で三河を落とすべきかと存じまする」
 甲斐・信濃方面で碇家の名が知られていない以上、国人衆と一度敵対すると厄介な事になる。だから、その前に三河へ侵攻しろと言うのだ。
 ただ、誰かに先陣を切らせるというのは分かるが、目下攻め込めそうなのは今川家しかいない。
 もう一つ境を接している北信濃は、猛将上杉業正と剣豪上泉信綱を有する上杉家と横瀬家が一城ずつを有しており、実力に差はあるが、友好度が高い為戦争は起きていない。
 従って、南信濃に攻め込むとしたら、実質的に碇家しかいないのだ。今川が、わざわざ三河を放り出して南信濃を取る価値は無いからだ。
 武田家にして見れば、放棄を決めた以上どうなっても関係はないし、碇家でも今川でもいい。
 最善は、碇家と今川家が争奪を繰り広げる事だろうが、そうならぬ事も無論織り込み済みに違いない。
「このまま南信濃を取ると突出するし、第二軍団も暇になるって事?」
「御意」
「分かった。第一候補は三河にしよう。僕の方も、後一ヶ月くらいで終わるから」
「終わる?何かございましたか」
「ああ、三人の調教が…って直家ー!」
「ははっ」
「今度聞いたら磔にしてくすぐるぞ」
「もっ、申し訳ございませぬ」
「まあいい。それはそれとして直家、長尾家はどうすんのさ。景虎殿が討たれると、次の当主は晴景殿になる。そうなると、もう弱小軍団になるんだよ。同盟は継続するの?それともしないの?」
「そのままでよろしいかと」
 直家の答えは早かった。
 一瞬座がざわめいたが、直家は気にせず、
「今すぐ敵に回す必要はありませぬ故」
「ふーん」
 ただし、信義とかそんな事じゃないとその表情は言っており、満座の中では言いづらかろうと、晋二もそれ以上は訊かなかった。
「確かに当面の敵は今川になるし、敵を今すぐ増やす必要はない。じゃ、長尾家との同盟はそのまま継続、再来月には南信濃か三河へ侵攻するからそのつもりで」
「『ははっ』」
 その晩晋二は、直家と二人で向かい合っていた。
「で、何でお前は同盟を継続しろって言ったの?お前なら今すぐ破棄とか言うかと思ったのに」
「殿、私はそこまで単純ではありませんぞ」
「単純?」
「単純です。だいたい殿、長尾晴景がどうして景虎に家督を譲ったのかご存じでしょう」
「知ってるよ。病弱で人望の無い兄が毘沙門天の化身の弟に譲ったんだ」
「だいたいそんな感じです。それで、今回はその逆になるのです。頼りにならないから家督を譲った兄がもう一度継いで、家臣達が納得する訳がないでしょう」
 直家の双眸が光を帯びた。
 謀略家の表情になると、
「越中が、いや事によったら加賀能登でも反旗が上がります。殿、真に軍を進めるべきは南信濃でも三河でもなく越前若狭にござりまする。家臣に乗っ取られた国へ侵攻しても、大義に反する誹りは受けますまい」
「お前、そんな事考えてたの」
「はっ」
「よくそんな事考えつくよねえ」
 他の君主なら呆れている、との意味を含んでいるが、晋二の場合単純に感心しているのだと知っているから、
「恐れ入ります」
 もう一度深々と頭を下げてから、
「ささ殿、私の話は以上にござりまする。後は殿がお考え下さい。それより、もうおやすみになる時間でしょう」
「まだ寝ないよ」
「そう言う意味ではござらぬ。ただ、義父を亡くした奥方がお待ちでしょう。行っておあげなさいませ」
 帰る所を失った娘なのですと、家臣にしてはけしからん言い方だったが、直家自身も父と祖父を喪った身であり、その思いから出た言葉なのだと晋二は言われるままに立ち上がった。
 閨に入った晋二を待っていたのは、アスカと真名に抱き締められながら、真っ赤に目を腫らした綾であった。
 既に情報は入っていたらしい。
 泣きながら寝入ってしまった綾を晋二が腕の中に抱き、その左右に少し距離を置いてアスカと真名が身を横たえた。
 まあ、それはそれとして。
 綾が嫁いできた初日以降、性行為やそれに類する事が一切無かったのは、今日が初めてなのだ。
 ある意味、恐ろしいほどの精力である。
 その翌朝、
「晋二様…」
 綾は改まって手を突いた。
「どうしたの?」
「私はもう、行くところも帰る場所も失ってしまいました。私…ずっと晋二様のおそばに居てもよろしいでしょうか…」
 所在なさげに晋二を見る視線は、まるで捨てられた猫の視線そのものであり、思わず晋二は手を伸ばして抱き締めていた。
「こんな僕で良かったら…ずっと一緒に居て。ずっといつまでも…」
「晋二様…」
 晋二の肩に熱い物が染みる。
 綾が泣いているのだと気づいた時、なぜだか分からず晋二まで泣いていた。
「ああいう所があるから…好きになっちゃうのよね…」
「ちょっと妬けちゃうけどね…」
 気配で起きたアスカと真名だが、声は掛けなかった。ただ、やはり気になるのか二人の方をちらちらと見ている。
「今朝は独り占めさせてあげましょ」「そうね。でも今朝だけだからねっ」
 抱き合っている二人に背を向けると、ぎゅっと目を閉じた。
 その翌々月、綾達との濃厚すぎる時間を費やした晋二が、謀反もないしそろそろ三河へ出陣のふれを出そうとかと考えていたちょうどそこへ、伝令が飛び込んできた。
「殿に申し上げますっ」
「どうしたの」
「はっ、長尾家家臣直江景綱、七尾城にて反旗を翻し、加賀能登を乗っ取りましてございまするっ」
「じゃ、加賀能登は全部?」
「はっ」
「直江景綱がねえ…」
 晋二は宙を見上げて呟いた。景綱と言えば重臣の筆頭であり、景虎をよく補佐していたのだ。ただ、家督譲渡の中心人物だったとも聞いており、或いは主君が変わった事でその辺りに、自分の危機を感じ取ったのかも知れない。
 ともあれ、これで加賀能登を攻略出来ると腰を上げかけたところへ、
「殿っ!」
 息せき切って駆け込んできた伝令に、つるっと滑って尻餅をついた。
「と、殿申し訳ございませぬっ」
「あ、大丈夫。僕が勝手に転んだだけだから。前線で何かあったの?」
「はっ、越中魚津城にて、長尾家家臣大熊朝秀および北条高広が揃って反旗を翻し、越中が落ちましてござりまするっ」
「!?」
 それを聞いた途端、晋二の背に冷たい物が流れた。
 武田家が領土を捨てての北征に出る、それは得留之助も告げたし家臣も読んだ。侵攻先についても足下の確実さから南信濃よりも前に三河を進言した。
 だが長尾家家中での謀反を、それも能登方面での謀反を読んだのは、家中でも宇喜多直家ただ一人しかいなかったのだ。
(それも二国同時に…)
 とは言え、直家も謀反をと思ったのではなく、単に驚愕したのは晋二の晋二足る所以であり、だからこそ浅井長政や足利義輝のような武人から、宇喜多直家のような謀将までもが晋二に付いてきているのだ。
 ご苦労様と労ってから、
「直家の奴、大したもんだよねえ」
 呟いた途端、
「お褒めにあずかり光栄です」
「なっ、直家っ!?」
「お呼びでしたか」
「ううん、呼んでない呼んでない。でも直家、ここまで読んでたの」
「読んでました」
 直家はあっさりと頷いた。
「ただし、今回反旗を翻した者達がそのまま配置されている事が条件でした。それともう一つ、両方の国で謀反が起きる故、もし一つで発生した時点で出兵と言われれば、お止めするつもりでした」
「止める?なんで?」
「いわば、晴景の廃嫡を導いたような直江景綱と、謀反人の鏡みたいな大熊朝秀・北条高広の両人がそれぞれ国を任されていれば、自ずと結果は見えてきます」
「そんなモンか」
「そんなもんス。ささ、殿、これでもう障害はありませぬ。いざ、ご出陣を」
「出撃」
 晋二はゆっくりと力強く頷いた。
 謀反を起こした直江家と大熊家からは、それぞれ金一千を慌てて持ってきたが晋二はこれを拒否、自ら陣頭に立って加賀能登へ進軍した。
 敵は七尾城に集結しており、僧兵と国人衆が七尾城へ向かう間、晋二達はガシガシと雄山御坊・大聖寺城を落としていった。
 敵大将の始末さえ僧兵に任せてしまい、文字通り無傷で加賀能登を手に入れると、翌月にはもう越中へと侵攻した。
 謀反軍など、国を興した直後は普通より弱く、大熊朝秀等は只でさえ凡将なのに、輪を掛けてスケールが小さくなっている。
「よし、こっち終わり」
 正々堂々と、旧長尾家の領土を北陸に入手した晋二は、そのまま第二軍団を三河へ侵攻させた。
 晋二の貞操が女ごときに奪われたと、未だ腹の虫が治まらぬ馨が、阿修羅の如き奮迅を見せて今川軍を粉砕。
 こうして、越前若狭−近江−伊勢志摩のルートで築いていた防衛ラインは、越中−美濃飛騨−三河の変則的な半円に近いルートに変わり、新たに四カ国を追加した。
 武田家が東北へ侵攻を繰り返した結果、蝦夷と陸奥、更には陸前と陸中まで追加し、そこへもってきて、甲斐を守っていた碇源道が東北へ高飛びしたと、晋二の元へ早馬が飛んできたのは翌月の事であった。
「取りあえず戦わなくて済む、そう思ってほっとしてませんか?」
 ひょいと覗き込んできた得留之助から、慌てて視線を逸らしたがすぐに戻し、
「す、少し…やっぱり思ってます。僕はやっぱり…戦国大名としては失格ですよね」
「いいんですよ、それで」
「え?」
 得留之助はうっすらと笑って、
「一番らしくない戦国大名が一番強くなろうとしている。皆、あなたに付いてきたでしょう?晋二殿は素でいいのですよ。さ、お父上の死体を見ずに済んだ記念に」
 そう言うと葡萄酒を注いだグラスを差し出した。
 チン、と軽く触れ合わせてから、幾分微妙な表情のまま一気に飲み干した。
 時に、1563年1月の事であある。
 
 
 
 
 
(続)

大手門

桜田門