突発企画「奴らが戦国にやって来た」
 
第三十話:嫁いだ初夜に乙女が三人
 
            
 
 
 
「殿、申し訳ござらぬ」
「申し訳…なんかあったっけ?」
「先ほどの事でござる。知らなかった事とは言え、殿の心中を考えもせず…」
「知ってたの?」
「と、とんでもない。知っていたら決して申しませぬ」
「じゃ、いいじゃない。知らなかったならしようがないでしょ」
「…は?ははっ」
 さては密かに逆鱗に触れてしまったかと、直家は背筋が寒くなったのだが、出生が出生だけに度胸は据わっている。
 この年三十一才になるが、裸一貫から成り上がってきた半生は、祖父と父を次々に喪った波乱たっぷりのものであった。
「殿、一つお伺いしたき儀がございます」
「何?」
「父上を−碇源道殿をどうなされるおつもりですか。無論、殿の実の父ですが、それと同時に武田家の重臣と言ってもようござる。一武将ならともかく、既に最大知行を与えられており、兵も自由に動かせます。碇家が南信濃侵攻の折は、間違いなく妨げとなりましょうぞ」
「うん、それは分かってる」
「して…」
「直家」
「はっ?」
「お前は確か、祖父を不意打ちされ、流浪の中幼少で父を喪ったんだよね」
「はい」
「だから今まで、その仇討ちに走り回ってきた。直家ならどうする?」
 どうする、とは源道の事を指しているとすぐに気づいた。確かに晋二の言うとおり、自分は権謀術数を駆使して来たが、元は祖父と父の仇討ちであり、晋二とは明らかに立場が違う。
「よく分かりませぬ」
 直家は首を振ってから、
「なれど、これだけは申し上げられます。もしも碇源道を討つなら、殿は拙者と同じ立場になられる故−少しは殿のお気持ちも察する事が出来るかと」
「…あんまり嬉しくないんだけど」
「恐れ入ります−戯れは別として殿、もしも密かに手を打たれるなら」
 すう、と直家の双眸に光が宿る。権謀術数に長け、松永久秀や斉藤道三にも並ぶと言われた乱世の梟雄の目であった。
「殿がそれを嫌われるのは承知しております。そして、家中にもその雰囲気がある事も。とは言え今は乱世、決断は必ず参ります。何よりも、殿が戦場で実父の首を見るよりは、遙かによろしいでしょう」
「……ん」
 とんでもない事を言い出した直家にも、晋二は怒った表情を見せなかった。と言うよりも、内心では少し感謝していたのだ。
 源道の事は薄々感じてはいたものの、やはり直接聞かされたのはショックであった。これで直家が、政勝のように生真面目一本だったら、ショックは五倍くらいに増加していたかもしれない。
「殿、決断は殿が為される事です。それがいかなる事であっても、我らはお供する所存です。ただ、殿に何かあれば碇家は崩壊し、それはそのまま乱世へ逆戻りする事だけは、覚えておいて下され。既に日本の半分をおさえた碇家は、乱世を望まぬ民百姓にとっては希望の光なのです」
 直家が退出した少し後、得留之助がふらりと入ってきた。幾分上気した顔なのは、風呂上がりのせいらしい。
「こんな時は温泉に入るのが一番です。猿がうぞうぞ入ってきたのには、少しびっくりしましたが」
「いいなあ…僕も温泉に逃げたい」
「逃げるぅ?この世の娘とあの世の娘に迫られ、天下の半分を手にしてるのに、何か不満でもあるんですか?」
「う、卯璃屋さんそんな言い方って、ひどいじゃないですか」
「普通に見れば、そう見えますよ」
「う〜」
 無論得留之助は商人であって、武将同士の関係ではないし上下でもない。
 それだけに、晋二の事は一番近くから眺める事ができたし、晋二の心中など手に取るように分かっている。もっとも、分かっていなくてはならないのだが。
「何を悩んでるんですか?」
「え?だ、だからそれは父−」
「んな事は分かっています。でも、悩んでも晋二殿の場合は駄目なんですよ」
「駄目?」
「代わりに責任取れる人がいないんです。これが普通の百姓とか町民なら、いざとなったら逃げ出してもなんとかなっちゃうでしょう」
「逃げちゃ…駄目?」
「駄目です」
「でも…」
「何です?」
「僕は一体…どうしたらいいんだろう。一家臣のままだったら、多分天下どころか畿内すら統一できなかったような家だったと思うんだ」
「多分、じゃなくて絶対です」
「あっそ。そんな事は分かってますよ。とにかく、僕だって真剣に悩んでるんですから、少し位一緒に悩んでくれたっていいじゃないですか。他にはいないんだから」
「やですよ」
「なんで!」
「男ですし」
「…は?」
「こう言う時は、柔らかいのを左右にしてぼーっとするのが一番ですよ。さ、入って下さい」
「『はーい』」
(ん?)
 一瞬嫌な予感がした晋二だが、いつの間にかしっかりと抑え込まれており、その視界に入ってきたのはまるで遊郭の娘が着るような衣装に身を包んだアスカと真名であり、
「長尾綾って乳でかいんでしょ」
「は!?」
「碇君巨乳好きだし、どうせもう結婚するって決めてるんだろうけど、そうは行かないんだからねっ」
「ちょ、ちょっと二人とも止め…はうっ」
「『やだ』」
 身体のラインを特に強調するような服に身を包んだ二人は、父で頭がいっぱいの晋二にはお構いなくしなだれ掛かってきた。
 無論、
「晋二殿?ああ、花嫁の事で頭が一杯なんです」
「…なんですって」
「だって、顔は可愛いし胸は大きいし血統書付きだし。今頃は、初夜の体位でも考えてるんじゃないですか。思考がまとまる前に割り込まないと、手遅れになりますよ」
 と、唆した黒幕がいる事は言うまでもない。
 ぶるぶると手を震わせている二人に、
「割り込むなら今のうちです。遊郭から衣装を取り寄せておきましたけど、要ります?」
「『要るっ!』」
「結構です。じゃ、着替えたらさっさと捕まえに行きましょう」
 かくして、晋二が左右から迫られる事になったのだ。
 ごゆっくり、と得留之助が部屋を退出した後、何を思ったのか二人はすすっと離れた。
「アスカ?真名?」
「あのね、晋二」
「はい?」
「ああ言ったけど、別にあたし達晋二の結婚に口を出す気はないの。晋二の結婚だし、あたし達は初夜をひっそりと天井裏から見守ってるから」
「あ、あう…」
「冗談よ」
 くすっと笑ったがすぐ真顔になった。
「結婚のことはともかく晋二、悩んでるのは武田攻めの事でしょ?悩んで考えるのはあんただけど…もう少しあたし達にも寄りかかってよ」
「やだ」
「…なんですって」
「アスカも真名も母上憑きなんだもん」
「憑き?」
「母上と姉上の変な霊が憑いてるし、すぐ唆されるじゃないかっ。絶対にやだよっ」
「あっそう」
 それを聞いた二人の表情が変わった。
「晋二、私達をそう言う風に見ていたのね」「いいよって言ったのに私を裏切ったのね」
「あ、姉上に母上っ!?ど、どうしてっ」
「どうして?冷却しようと、少し距離を置いて見ていようと」「思っていたのよ」
 無論、動いているのはアスカと真名の口である。
 整った眉がピキッと吊り上がり、次の瞬間晋二は床に押し倒されていた。
「折角未成仏で見守ろうと思ったのに」「まるで悪霊みたいに言うなんて」
 声の発生源は別人の筈だが、何故か同一人物が話しているように聞こえる。
 要するに、声が一緒なのだ。
「『許せないわ』」
 ぴたりと声が重なった瞬間、晋二の衣服はあっという間にはぎ取られていた。
「や、止めてぇ…」
 弱々しい声が弱々しく吸い込まれていった。
 
 
 晋二達が呑気な事をしている頃、碇源道は武田信玄に呼び出されていた。
 既に出家して法性院機山信玄になっているが、側室は大量に持っており、その間をほぼ毎晩行き来するという罰当たりな絶倫坊主である。
「御館様、お呼びで」
 うむ、と軽く頷いた信玄はじっと源道を見た。二十四将を配下にまとめ、甲斐信濃では泣く子も黙る名将の目が源道を捉える。
「摂津の小大名畠山高政が家督を譲ったそうな。もう数年前になる」
「はっ…」
「譲られたのは小僧であったが、堺の商人の娘二人を愛人にして力を付けていった。何時の間にやら近畿一円からこの濃尾方面まで勢力を伸ばしてきた。源道よ、当主の名は知っておるか」
 無論、知った上での問いであり、そんな事は両方とも分かり切っている。
「碇晋二にございます」
「お前の息子だそうな」
「御意」
「去るか?」
 武将内で、源道に対する叛意の噂は微塵もない。それだけに、意外と言えばこの上なく意外な言葉であり、
「なにゆえにござりまするか」
「お前に叛意がある、とは微塵も思うておらぬ。なれど、畠山高政がおまえに辛辣な仕打ちをした故、国を出たわけではあるまい。妻を捨て、この上息子まで捨てて良いのか?」
 信玄の言葉に、源道は自分のすべてを見透かされているのを知った。
「御館、一つお訊ねしてもよろしいか」
「構わぬ」
 信玄は内心で低く笑った。こんな口の利き方をする者など、家中の何処を探しても誰一人おらず、だから信玄は源道を呼ぶ時誰も近づけないのだ。
 小姓の口から、源道の言葉遣いが洩れでもしたら忽ち大騒ぎになる事は間違いないからだ。
「何故、今まで私に加増なされた?晋二が大名となって畿内を荒らしている事など、とっくにご存じの筈」
「知っておる。だがそれはそれじゃ」
 信玄はあっさりと言った。
「もしもお前がここで我が国を去ろうとも、今までの功績は消えぬであろうが。お前が有能である事に変わりはないからの」
「この国の内情をすべて知っている某でも?」
「そうじゃ。碇晋二には卯璃屋得留之助がついておる。商人がその気になれば、一国の内情など簡単に調べるからの。お前も知っている通り、わしは父上に随分と疎まれた。好き嫌いはどうしようもないが、それでも親子は共に戦うが道理じゃ」
「成程…」
 一瞬顔が俯き、すぐに上がった。
 くっくと笑った顔は源道が自信を持っている時の顔だ――これを嫌う者もいるが。
「確かに、晋二の許へ戻ってやるは親としての役目、兵数は無くとも、側にいれば晋二も心強いでしょう。なれど」
「なれど?」
「戦は公平でなければなりませぬ。私が晋二の許へ行けば、武田家は一度の戦で滅びまする。さすがの私もそれを見るのは忍びない故」
 はっはっはと笑った源道だが、信玄は側近を遠ざけて良かったと心から安堵していた。
「御館、よろしいですな?」
「で、あるか」
「はっ」
「良かろう。次の次の戦はお前に戦陣を任せる」
「次の次、でござるか?」
「次の戦で美濃は落ちる――碇家の手にな」
「何と言われる!?」
「無論、美濃を渡してはならぬのは分かり切っておる。だが、そうも行かぬのじゃ」
「何故でござる。美濃など私が三将を率いれば守りきって見せまするぞ」
「ならぬ」
 信玄は首を振った。
「長尾景虎が養女の綾を使っての、お前の息子に縁談を申し入れたのじゃ」
「何ですと?」
 さすがに源道の表情が変わった。
 長尾家は現在、碇家と接してはいない。まして当主は軍神と呼ばれた景虎であり、養女とは言え自分から嫁入りさせるなどとは考えられない。
 だがそれが事実であれば、武田家は文字通り挟撃される事になる。
「ぬう…」
 歯を噛み鳴らした源道に、
「我が家の重臣を美濃でまとめて喪うような事があれば、北条や今川もまた態度を変えるやも知れぬ。今は堪えるのじゃ。碇家は美濃を手に入れれば、長尾と結ぶなら尾張、結ばぬなら加賀能登へ侵攻しよう。可能性は前者が高いが、美濃からまっすぐ南信濃へ来るとは思えぬ。あやつらが侵攻してくるのを待ち、信濃の山中にその屍を晒してやるのじゃ」
「……」
 源道が何も言わなかったのは、それしかないと瞬時に判断したからだ。美濃から左に居る場合、信濃方面の国人衆へ手は伸びない。
 迎撃ならば国人衆の力を借りる事が出来るが、美濃へ出撃すれば一向宗を敵に回す事になり、大きく戦況は変わる。
 まして、人海戦術を取れる碇家なら、伊勢志摩に俸禄の高い武将をどさっと置いて、真宮寺さくら以下精鋭で乗り込んでくる事も可能なのだ。
「攻め込んできた以上戦は起きる。黙って放置は出来ぬからの。なれど、その次が勝負じゃ。碇家の者共がこの地へ攻め込んできた事を必ずや後悔させてみせようぞ」
「ははっ」
 宙を見据えたその表情は、既に甲斐の虎の物に戻っていた。
 
 
 
 
 
 晋二が服を脱がされ、アスカと真名が襦袢だけになった所で二人の意識が戻った。
「『いやあああっ!』」
 叫びたいのは晋二の方だったろうが、ともあれお節介でちょっと淫らな未成仏霊のおかげで仲直りは出来た。
 翌日得留之助の許を訪れた晋二は、二人を左右に従えており、
「仲直りしました?」
「ええ、一応お陰様で」
「それは何よりです。それで今日は?」
「あの、面倒なこと頼んで申し訳ないんですけど…」
「何でしょう?今から南越へ発つので用件はお早めに」
「え!?」
「どうかしました?」
「い、今あの南越って…」
「ええ、この書状を持っていくんです。これです」
 手渡された書状を紐解くと、
「あんたのとこの養女貰ってやるからさっさと寄こせ」
 と書いてある。
 晋二の顔からすうっと血の気が引いていき、
「こ、こ、これ何なんですかっ!?」
「何って見たままです。昨晩アスカ殿達と添い寝して、結婚してもいいよって言う話になったんでしょう」
「…何で知ってるんですか」
「それ位聞いたり見たりしなくても分かります。それに、それを言い出さなかったとすればお二人はボンクラってことです」
「は、はあ」
「それで晋二殿、もし書状を直すならお早めに頼みますよ。忙しいんですから」
「な、直しますよこんなのっ!こんなの送ったら戦争になっちゃいますよっ」
 ぷりぷりしながら、ひったくるように書状を取った。
 こうして1562年7月、長尾家の養女綾は碇家に嫁いできた。
 これで北陸の憂いは無くなり、美濃と尾張攻めに全力を注げると思ったのだ…が。
「晋二様、ふつつか者ですが、よろしくお願い致します」
「あ、僕の方こそまだ半人前だけどよろしくね」
「は、はい…!?」
 初夜の晩、長襦袢に身を包んだ綾は初体験にドキドキしていたのだが、晋二に挨拶した途端ぎょっと目を見張った。
 侍女も下がり、誰も居ないはずの部屋に二つの影がある。
 曲者!と咄嗟に叫びかけて、見覚えのある姿なのに気づいた。
(あ、あれはアスカ殿と真名殿…)
 それも、二人揃って指をくわえて見ているという、かなりキている姿だったが、それを見た綾は嫁ぐ前に聞いた話を思い出した。
 それは大砲の名手で晋二の幼なじみでもある姫武将二人が、晋二の事が大好きで、今回の縁談も涙をのんで見守ったという話であった。
 綾の口許に小さな笑みが浮かび、
「あの、晋二様」
「はい?」
「私も初めてでその、上手に出来るか不安があって…他の方に加わっていただいてはどうでしょうか」
「え!?」
「ほら、そこにお二人が待っておられますわ」
「ふ、二人って…アスカと真名?!そんな所で何してるの」
「多分お二人とも晋二様の事が心配だったのですわ。さ、お二人ともこちらに」
 手招いたが、無論これには訳がある。
 養女だが、大切に育てられすぎて男などほとんど知らないのだ。男の生理はおろか、同年代の少年と会話した事すらない。
 年増の侍女に身振り手振りを交えて説明されたが、やはり怖いものは怖い。そこにアスカと真名を見つけたもので、これ幸いと彼女達の性行為を見物しようと企んだのだ。
 がしかし。
 すすっと出ては来たものの、
「あたし達もね、まだ処女なのよ。それに、長尾家の姫様の前に晋二を頂いちゃ悪いからあんたを優先してあげるわ」
「え?ちょ、ちょっと私はその…」
「ほら、いいから脱いで脱いで」
「姫様、遠慮しないでいいからね」
 あっという間に綾を脱がすと自分達もがばっと脱ぎ捨て、いずれ劣らぬプロポーションの乙女達が三つの裸体を晋二の前にさらけ出した。
 
 
 
 
 
(続)

大手門

桜田門