突発企画「奴らが戦国にやって来た」
 
第二十九話:
でも僕はもう一度会いたいと思った…その時の気持ちは本当だと思うから
 
 
 
 
 
「……」
「どうかしましたか?」
「いえ、なんでも」
 唯と麗奈を喪ってから、晋二は少し強くなった。
 というより、人間的に成長されたと三好政勝あたりは喜々として、得留之助の所に酒盛りにやって来るのだが、得留之助は事情を知っているだけに喜べない。
 晋二が成長したのでも何でもなく−いや少しは成長したのだが−アスカと真名に加えて姉の麗までもべたべたと侍らせているのは、あの世にイクことのできない母と義姉の仕業と分かり切っているからだ。
 しかも、巧妙なことに晋二に悟らせると暴走するのが分かっているから、徐々に意識内に植え付けてしまい、今ではすっかりプチハーレムが当然の状況になってしまっている。
 あんたは本来こっちでしょうが、と教えてやろうかと思ったのだが、
「そんな事したら」「分かってるわよね」
 何が怖いって、未成仏霊に脅迫されるより怖いものはなく、さすがの得留之助も諦めたのだ。
(ったくもう)
 内心だけで呟いてから、前後左右から艶めかしく腕を巻き付けられている晋二に向き直った。
 
 
 晋二が三人娘といちゃいちゃしてる間に、九州の情勢は変わった。
 無論島津家の衰退が原因なのだが、当主を始め主な戦力を伊予でことごとく失った島津家は、もはや三強と言える力はなく、三ヶ月にして歴史からその名を消した。
 しかし、力押しした龍造寺もそのツケが回ってきて、今では薩摩と日向の二国を領するのみとなっており、他はすべて大友一色に塗り潰されている。
 龍造寺も当主の隆信や鍋島直茂など勇将はいるものの、鬼道雪を始め麾下に勇将名将を抱える大友には及ばず、これまた後数ヶ月で大友に滅ぼされるのは目に見えている。
 もっとも、道雪は改名イベントを前にして、すでに碇家に討たれてしまっているのだが。
 とまれ、今日向に攻め込むと龍造寺を相手にする事となり、大友を助けてしまう結果となりかねない。
 だが晋二はとんでもない事を言った。
「豊後を攻めちゃいましょ」
「豊後って…小文吾のあれじゃなくて…」
「違います。子分のそれじゃありません」
「正気ですか。豊後は国人衆に加えて教会もあるんです。ロザリオ堂の鉄砲隊が銃口を揃えて待ちかまえてますよ」
「分かってます。だから再来月に行くんです」
「再来月と言うと、来年の一月ですな。なぜ?」
「冬の雨に期待してます。冬の雨か梅雨時の雨−でも梅雨まで待つと九州が大友勢の手に落ちちゃって、そうなると龍造寺の残党を吸収したりされちゃって、落とすのに犠牲が出ますから。もう、犠牲は出したくないんです」
 不意に晋二がにこりと笑った。
(ん?)
 得留之助の眉が動いた次の瞬間、
「この子たちに死なれたら、晋二に処女をあげる計画が潰れちゃうでしょ。せっかく前から後ろから晋二ので貫いてあげようと思ったのに」
「…また晋二殿を乗っ取ったんですか」
「乗っ取ったとは人聞きが悪いわねえ。我が子をちゃんと導いてあげてるんじゃない。ねえ麗奈?」
「え゛!?」
 まさかと思った途端、
「そうですよ卯璃屋殿。こんなにいい姉は他にいないでしょう?」
 アスカと真名、おまけに麗の手までが一斉に蠢き、晋二の体をまさぐるのを見て得留之助の口がぽかんと開いた。
「もー、信じらんない」
 憮然として呟いた得留之助に、二人は顔を見合わせてニマッと笑った。
 なお、現在二人の姿を視認できるのは得留之助以外にいない。
 
 
 それから程なくして、波多野雪と真宮寺さくらが二人してやって来た。
「なーんかおかしいんですよねえ」
「何がですか?」
「それがその…殿が殿らしくないというか…」
「あれは元々殿様らしくないでしょ。お二人とも、それはご存じでしょう?」
「い、いえそれはもう分かってる…あ、いえそういう事じゃなくてその…」
 言いよどんだ雪の後を、
「なんかこう…女の子の扱いって言うか接し方が変わったって言うか…」
「例えば?」
「以前だったら、アスカさん達と麗さんが張り合ってたのに、この間お会いしたら三人がべたべた一緒にくっついて…前だったら絶対あり得なかったのに…」
「わ、私もこの間…」
「波多野殿にも何かしたんですか?」
「伊予陥落の事をお詫びに言ったらその…ほ、頬にちゅっと口づけをっ」
 早口で言ってからぼっと赤くなった雪を見て、
(まったくあの色情霊が…!?)
 内心で呟いた途端、背筋に冷たいものが走り、慌てて周囲を見回したが、二人の姿は見られない。
 おそらく、いや間違いなく唯が乗り移って操ったものだろうが、不甲斐ない息子に代わってハーレムでも代行作成する気なのかと、得留之助は背筋が少しばかり寒くなった。
 それにしても、えらい母親もいたものである。
 咳払いして、
「堺の遊郭を散策されて、少し晋二殿も進歩されたのでしょう。あまりお気になさらないことです」
「ほ、本当に」「大丈夫ですか?」
「本当に?」
「なんか別人みたいな気がするんですけど…」
「晴れ時々別人です」
「『は、はあ…』」
 よく分からなかったが、どうやら事情は知っていそうだし、かと言ってこれ以上聞き出せそうもなく二人は曖昧ながら頷いた。
 
 
 翌年の二月、碇家の軍勢は一斉に海を渡った。
 無論、豊後へなだれ込んだ碇家を国人衆に切支丹まで待ちかまえていたのだが。
 
 
「……」
「だ、だからそんなに怒らなくてもいいでしょう。あ、あなたの為を思ってやったんだから」
「怒ってません。呆れてるだけです」
「だ、だからこれはその…」
「姉上も同じです。黙ってて下さい」
「あう…」
 京と言えば公家共であり、実体もさしてないくせに暗躍したりするのだが、元の地盤が畿内にある碇家は早くから友好度が高かった。
 公家の一人に陰陽師の知り合いを持つ者がおり、どうも最近家来達の−特に姫武将達の自分を見る目がおかしいと気になった晋二が、そこへ頼み込んで見てもらったのだ。
 結果、夢の中ではあったがあっさりと唯と麗奈が引っ張り出され、二人して晋二の前に正座させられているのだ。
 さすがに、ここまで別人の晋二になると自分でも分かるらしい。
 問いつめるまでもなく、二人の仕業だと判明し、ぷりぷり怒ってる晋二の前に項垂れているのだが、ふと唯の顔が上がった。
 反抗の糸口を見いだしたようだ。
「確かに晋二の言うとおり、勝手に操ったのは謝るわ。でも本当に良かったの?」
「何がですか」
「私たちが何もしないであの世に逝っていたら、晋二はあの子達の間でうろうろするだけだったのよ。商家の跡継ぎならともかく、大大名がそれでいいと思ってるの」
「そ、それは…でも他の姫武将にまで手を出すのはやりすぎですっ」
「『は、はい…』」
「まったく卯璃屋さんも何も言ってくれないし…ん?」
「な、なに?」
「卯璃屋さんがどうして何も言わなかったのか、事情はご存じですか?」
「『し、しし、知らないわ何にもっ』」
「……ふーん」
 全部白状させられた二人を冷たく眺め、腕を組んだまま何も言わない晋二に、
「あ、あの…わ、私達はもう邪魔かしら…」
「……」
「…や、やっぱりそうよね、もう死んでいる身なのによけいな事をして…」
「別に…いいです」
「『え?』」
「確かに母上の言われるとおり、二人がそのままあの世に逝っていたら、僕はきっとアスカ達と姉さんとの間で困っていただけだと思う。それに…」
 晋二が穏やかな視線で二人を見つめ、
「でも僕はもう一度会いたいと思った…その時の気持ちは本当だと思うから」
「『し、晋二…』」
 みるみる内に二人の顔が崩れ、溢れる涙を拭おうともせず晋二に抱きついた。
 
 
「なるほど。で、もう余計な事には手出ししないと」
「ええ」
「晋二殿が豊後へ攻め込むと言った時、これまでの戦いを考えると気が触れたかと思いましたが」
 得留之助は晋二に盃を勧めてから、
「自分は長政殿と一緒に囮になって真っ直ぐ大友宗麟の部隊を粉砕し、その間に真宮寺殿や摩耶殿の部隊が城を落とす。お見事でした」
「いえあれは…」
 晋二は照れくさそうに笑って、
「母上がそう言ったんです。僕がもし二人の事に気づいてなければ、やっぱりこの戦法を取らせるつもりだったって。国人衆と寺社衆を敵に回して勝つには、この方法しかないと言われました」
「そうでしたか。で、お二人は?」
「そ、それが…」
「?」
 勢いづいた二人は、そのままアスカ達にカミングアウトしてしまい、卒倒寸前になった娘達に、そっと囁いたのだ。
 晋二と結ばれるなら最初から気持ちいい方がいいでしょう、と。
 晋二がどこかの大名の娘をもらう前に、一度くらいチャンスはあるはずだから、そのときはイロイロと教えてあげるから−そう囁かれたアスカと真名、そしてなぜか姉の筈の麗まで納得してしまい、今は彼女たちに怪しげな知識を教えているらしいと言う。
「…死んでても生きててもあまり変わらないですな」
「え、ええ…」
「それで、晋二殿は?」
「僕はいいんです。やっぱり、いなくなっちゃうと寂しいですから…本当はもう、討ち死にしている筈ですし…」
「晋二殿がそう言われるなら、それで宜しいでしょう。ところで、楔は打ち込みました。この後はどうされますか?」
 その問いを向けた途端、晋二の顔が大名の顔になり、
「先月大友家が日向を攻め落としました。これで龍造寺家は薩摩一国を残すのみです」
「ええ」
「碇家が薩摩と日向以外をすべて攻め落とし、大友と龍造寺に二国の間で争ってもらうつもりです。その為には勿論筑後から肥後まで全部落とさないとなりません」
「東は?」
「放っておきます。毛利はもう封じてありますし、近江には精鋭を配してあります。九州が片づくまで、斉藤家が滅びる事はないでしょう。後はゆっくりと始末しちゃえばいいんです」
 うっすらと笑った−ように見えた晋二を見た得留之助は、これが晋二一人の考えだと直感的に気づいた。
「晋二殿、随分と成長されましたな」
 感慨を込めて呟いた得留之助だったが、次の瞬間やや後悔した。
「あ、あの〜」
「え?」
「母上が取り憑いてないのに、アスカや姉上がここの所妙に迫ってくるんです。それでその…何か良い案ありません?」
「……」
 紛れもなく情けない顔で聞いてきた晋二に、得留之助は少しでも褒めたのは失敗だったと激しく後悔した。
 
 
 かくして1560年9月、碇家は九州を制圧した。
 少し話が違うのだが。
 国人衆発掘部隊から、次々と送られてくる国人衆上がりの武将を前線に配し、主戦力を以て晋二達は筑後から侵攻を開始した。
 既に宗麟は首を取られ、息子義統が後を継いだが、まだ年齢は二歳でありどうしようもない。
 兵を最大数まで持つ事も出来ぬまま、日向一国へとたちまち追い込まれてしまったのである。
 前線には碇家の精鋭が配されており、そっちへの反攻はままならず、そうなると必然的に力を蓄える為もう一方の敵に目を向ける事となる。
 大友と龍造寺が熾烈な戦いを繰り返した挙げ句、日向を空にして薩摩へ攻め込んだ大友家が出水城を手に入れたところで碇家が日向を落とし、さらに翌月大友家からの援軍要請に応じて薩摩に出兵、内城と高山城を手に入れた。
 こうして、呆気ないとも言える結果だが碇家は九州を落とした。
 やや不穏な動きを見せていた国人衆や寺社衆も、支配勢力が一つになったことで、ばらまきが一斉に行われ、次々と懐柔されていった。
 一ヶ月、ぼんやりとしていた晋二だが−実際には妖しく迫る姉達から逃げるので大変だったらしい−11月には美作へ侵攻した。
 無論毛利元就が待ちかまえていたのだが、林野城を落とすとあっさりと城内に籠もってしまった。
 暇な事をと笑った毛利方だったが、翌月にはその表情は変わっていた。
 大原則として、一国に二城がある場合、両方を制していないと他国へは侵攻できないのだ。例外として、三城ある場合には二城を有していれば侵攻は出来る。
 つまり、林野城を落とさない限り毛利家は他の碇領へはまったく侵攻出来ず、しかも美作は石高が低いと来ている。
 一種の兵糧攻めであり、その効果はたちまちにして表れた。
 そう、知行の減った武将達が続々と出奔して行ったのである。
 最初に知行の多い宿将達が出奔し、
「も、元春おまえもかっ!」
「つーかさ、ロクに知行も出さないくせに、実の息子を捕まえてクレクレ君扱いってどういう事よ。俺はあんたの道具じゃないぞ」
「ち、違う元春あれは決してそう言う意味じゃ…待ってくれー!」
 とうとう、吉川元春までが出奔してしまったのだ。
 しかも。
「吉川元春ってモンです。統率91、要りません?」
「要る。買った」
 碇家に転がり込んできた元春を、晋二はあっさりと採用した。
 こうして1561年2月、当主の元就と二人の息子、隆元と隆景だけになった毛利家に碇家の誇る精鋭が怒濤のごとく雪崩れ込んだ。
 一応力の回復した斉藤家は、放っておいてもすぐには滅ばないだろうと国人衆上がりの武将達を近江に配置し、真宮寺さくら以下碇摩耶・足利義輝、そして一年前に加わった元大和の国人衆柳生宗厳の剣豪カルテットを晋二が率い、三人とも縄目となって引き据えられた。
「島津家を唆した礼はする。三人とも首を刎ねよ」
 何の感慨も見せずに告げた晋二に元春は背筋が寒くなったが、
「裏切りさえしなければ咎めはしない。決して裏切らない事だ」
 晋二はそれだけ告げた。
 
 
「卯璃屋殿」
「何です?」
「殿は…大きくなられたのか?それとも…」
 三好政勝ら、首を傾げる宿将達に、
「情緒不安定なんですよ。今はイロイロと。本来なら、畠山家の一家臣としてのんびりと過ごしていられたのが家督を譲られて、天下取りに乗り出す事になりました。しかも腹違いとは言え姉と、そして実母を喪っているんです。強気な所と弱気なところが交互に出てもおかしくはありません」
 生き霊が悪さしてるけどね、とは無論言わない。
「そ、そのようなものでござるか…」
「元々、野心とかは無縁の少年だったんです。これが天下に乗り出すには周囲の力も結構必要です。特に旗揚げ以来ずっと付き合っている三好殿達が側にいてあげないと。私からも一つお願いします」
 得留之助のそれは、晋二に入れ込んだと言うより商人としてのそれだと分かってはいるが、堺の商人に頼まれて首を振れる武将はいない。
「それがしとて、決して嫌っている訳でも飽きたわけでもないのだ。ただ、ああも色々な顔を見せられるとついどれが本当なのか、分からなくなる時もあるのでござる」
「どれも本当ですよ」
 得留之助はあっさりと言った。
「女の子を殺したくないと姫武将を降伏させるのも晋二殿なら、母と義姉の礼だと大名を家族諸共斬り捨てるのも晋二殿です。その全部が集まって、碇晋二を形成しているのですから」
 
 
 こうして西方を完全に制圧した碇家は、目下越前若狭・近江・伊勢志摩の日本列島を横断するラインで防衛戦を築き、それより西側はすべて支配下に置いた。
 国の数は二十八、軍団数は三、武将に至っては六十人近くいる。
 第二軍団の軍団長はアブナいホモ侍こと渚馨が担当している。
 無論本人は、晋二の側を離れたくないとさんざん駄々を捏ねたのだが、得留之助が五分間ほどお話をした結果、あっさりと受け入れた。
 いったい何をしたのかと不思議がったが、自分の具足と草鞋、それに兜まで一式無くなっているのに晋二が気づいたのは、暫く経ってからだ。
 第三軍団は、奇妙な事に松平元康が務めている。
 かつて八歳年上の妻瀬名と一緒に買い物に来た事があり、その折に夫調教を勧めて以降夫婦仲は上手く行っていたらしい。
 だが家中と折り合わず元康が出奔した時、瀬名が頼るように言ったのがこの碇家であった。得留之助の事は覚えていたらしい。
 特技に『影』を持ち、内政をやらせればエキスパートとまでは行かないが、結構有能であり、九州一円の開発を任せたのだ。
 
 
 その年の5月、軍議の席は騒然となっていた。
 長尾家が越中ルートで侵攻を開始し、鎧袖一触加賀能登を攻略したのである。
 南下して越前へ侵攻するかと思われたが、何故か軍神長尾景虎はそこで軍を停止させ、近江にいた晋二の元へ書状を送ってきた。
 そこに書かれていたのは、
「長尾景虎の養女綾を晋二の妻として迎えてもらいたい」
 というものであり、要するに縁談話である。
 今度は織田家の時とは違って、奥羽にまで勢力を伸ばしている長尾家からの申し出であり、あっさりと断れるものではない。
 居並ぶ諸将を前に晋二が書状を眺めていたところへ、美濃飛騨に援軍として赴いていた宇喜多直家が戻ってきた。
「お帰り。ご苦労さま」
「はっ、ただいま戻りました。ところで殿」
「ん?」
「岩村城付近にて、侵攻してきた武田軍の中に妙な名前の武将を見つけましたが」
「妙な?」
 スリーサイズと全身の写真が付いた縁談書を見ていたもので、晋二は気づかなかった。
 ちゃんと聞いていれば、別室で聞くからと言ったであろう。
「碇源道と申す髭面の男でしてな。殿と同じ名字でしたが、似てもにつかぬ風貌故、まさか殿のお知り合いでもございますまい」
 わっはっはと笑いかけた瞬間、
「それ、僕の父上だ…」
「…え?」
 一瞬静まりかえった後、たちまち席上はざわめき始めた。
 
 
 
 
 
(続)

大手門

桜田門