突発企画「奴らが戦国にやって来た」
 
第二十八話:それはいろいろまずいでしょ
 
 
 
 
 
「旦那様」
「あ?」
 得留之助は不機嫌そうに振り返った。
 唯と麗奈、それに勝家が討ち死にし、おまけに伊予を失ってから一週間が経った。
 依然として、晋二は目覚める気配がない。
 
 
「脱いで」
 蒼白になっているアスカと真名に、得留之助は冷ややかな声で告げた。
「ぬ、脱げっ?」
「そ、そんな…」
 人の騒動を眺めるのが趣味みたいな商人が、ついに正体を出したかと二人とも一層蒼白になったのだが、
「貧弱な身体には興味ありませんよ。とっとと裸になって下さい。でもって晋二殿の横に身体を入れて」
「『あ…』」
 一瞬眉がぴきっと上がったが、それでも得留之助の意図が分かったらしく、二人がもそもそと帯を解き出すのを見ると、得留之助はさっさと部屋を出た。
 元より二人の裸体になど興味はない。
 と言うよりも、ぶっ倒れたままこっちの世界に帰ってこない晋二であり、放っておけば精神だけあの世に旅立つ可能性がある。
 無論、それに伴うのは肉体の死である。
 だからストッパーとしてアスカと真名を、無理矢理に添い寝させたのだ。おそらく二人は全裸の筈だが、寝ている晋二も下着は身につけていない。
 食事は枕元に運ばせ、排泄と風呂は交替で行かせるようにして、常にどちらかが晋二の側にいるようにと告げてある。
 
 
「晋二殿ですが…まだ目を覚ます様子はありませぬ」
「分かったもういい」
 普段は決してしない物言いで、得留之助はそのまま間者を下がらせた。
 初めての口調に、間者達も一瞬顔を見合わせたのだが、もちろん何も言わずに下がっていった。
「ったく、この肝心な時に小娘と同衾してるとは〜」
 させたのは自分のくせに。
 とはいえ、晋二が全然起きないのは事実であり、堺と京都の商人が暗躍しているから、周囲の国も迂闊に動かないだけであって、美濃辺りはもう今川家が斉藤家を滅ぼそうと動き出しているのだ。
 斉藤家が滅ぶ、と言う事は今川家が美濃を占領する事になる。
 別に誰がどこを取ってもいいのだが、問題は石高である。
 今川家は、駿遠・三の二つを領していたが、駿遠はともかく三河は石高が低い。
 それが美濃を取ると、一気に台所が豊かになるのだ。
 もっとも、
「ま、武田家に取られるよりはましですが」
 得留之助が呟いた通り、石高に悩む武田家がここを手に入れた日には、武蔵と合わせてえらい事になる。
 しかも−文字通り源道とすぐ横に接する事になるのだが。
 がしかし。
 得留之助はこの時点でまだ、晋二がその可能性に気付いた事は知らなかった。
 何よりも…父無しよりも母無しになった事の方が、目下はるかに大きくなっている事もまた。
 
 
 さて、ここ林野城では、見事図に当たった計略に喜ぶ息子達と、あまり喜んでいない元就がいた。
「父上、浮かぬ顔をなされておられますが、どうかなさいましたか?」
 息子達には、その原因が分からない。
 隆景でさえ、もう少し喜んでもいいと思っているのである。
「作戦は失敗したのう」
「『え!?』」
 ぎょっとして父を見た息子達に、
「確かに、伊予は落ちて碇唯と本願寺麗奈、それに柴田勝家は討ち取った。だが、あの者達は元々大きな戦力ではなく、戦場で脅威となるほどの者ではない。碇晋二の娘摩耶や真宮寺さくら、それに元将軍家や浅井長政は健在なのじゃ」
「は、はあ」
「それに、堺の商人卯璃屋得留之助の制止を振り切って、碇晋二が復讐の軍をあげたとしよう。だが、それだけでは我らに得はないのじゃ。少なくとも、島津家が四国を全て攻め落とす位はしなければ、因幡但馬の兵は向こうに回らぬ。それに、もしそうなったとしても、島津家が喜ぶだけではないか」
「お、おっしゃる事は分かりますが…では、いかがなさるおつもりだったのですか」
「我らでは四国に攻め入る事は出来なかった」
「仰せの通りです」
「島津は出来た。だがそこまで−寺社衆を煽る事も商人を煽る事もしなかった。諸勢力を動員して碇家に敵対させ、一揆を連発させる程度の事は出来て−いや、して当然じゃ」
「『!?』」
 元就の言葉に、息子達の顔から一斉に血の気が退いた。
 謀将恐るべし−伊予を落としたのみならず、一斉に諸勢力を煽って一揆を起こさせよとは、隆元や元春では及びもつかず、隆景とて考えつかなかったのだ。
 凝固してしまった息子達に気付き、わずかに苦笑した元就だったが、ふと気付いたように、
「誰かある」
 手を鳴らし、入ってきた近習に矢を持ってくるように命じた。
 持ってきた矢を息子達に一本ずつ渡し、
「お前達、この矢を折ってみよ」
「『はっ』」
 言われるまま、息子達はあっさりと折った。
「次じゃ」
 もう一本増やした。
「…はっ」
 隆景と隆元は苦労したが、元春はさほど苦労せずに折ってのけた。
「では三本じゃ」
 隆景と隆元は折れない…が、元春は折ってしまった。
「元春は折れた。だが他の二人は折れなかったであろう。すなわち、力に関しては元春が秀でている証拠じゃ。なれど、知においては隆景には及ばず、和においては隆元じゃ。この矢はお前達を表しておる。一本や二本、いや三本でも折れる事はある。とはいえ、これが鏃の部分であれば、元春とて折れなかったであろう。よいか、お前達三人が力を合わせれば、必ずや毛利の家名を天下に轟かせる事が出来る。百万一心、それを忘れずに力を合わせていくのじゃ」
「『ははっー』」
 これがいわゆる、『三本の矢』の由来なのだが…が!
「つーかさ、結局元春兄貴が三本折っちゃったじゃん」
「だよなあ。多分きっと俺でも三本折れないと思ってたんだよ。でもって、三本なら折れないから力を合わせろとか言う気だったんだぜ。まったく、何のために矢を七本も無駄にしたんだか、小一時間問いつめたいところだぜ」
「資源は大切にすべきだな。それに、そんな事しなくたって、二世の重圧なんかウザイから、俺たちはちゃんと協力するというのに」
「そうそう。隆元兄貴は到底父上には及ばないもんな」
「お前もなー」
 息子達がわはははは、と笑い合っていた事など、無論元就は知らなかった。
 知っていれば、間違いなく隆元より先に憤死していたに違いない。
 
 
「あの、卯璃屋さん…」
「なんですか?」
 さくらが悄然とした顔で得留之助の元を訪れたのは、数日後の事であった。
「あのう、殿の事で…」
「半裸で寝てる事ですか?それとも娘二人が全裸で添い寝してる事?」
「ごっ、ご存じだったんですかっ?」
「晋二殿を脱がせ、二人を裸に剥いて添い寝させたのは私ですし」
「どっ、どうしてそんな事をっ!?」
 気色ばむよりも、呆気にとられた表情のさくらに、
「今、晋二殿を取り合いしてるんですよ」
「だ、誰が?」
「アスカ殿達と唯殿達が」
「……え?」
「つまりですな、三途の川の向こう岸から引っ張ってるのが唯殿達で、こっち側でひっぱってるのが真名殿たちです。晋二殿はマザコンですから、こっち側では裸になってやらないと、勝ち目はありません」
「は、はあ…」
 よく分からないまま頷いてから、ふとある事に気付いた。
「まっ、まさかっ…カ、カメラとか…す、すみません」
「記憶が混乱してるようですな。それで、裸の事だけですか?」
「は、裸っていうかその…あ、あのまま放っておくんですか」
「身体には異常ないんですよ。腕は確かな医者が言うんですから心配ありません。後は本人の精神(こころ)の問題なんです」
「こころ…」
 オウム返しに呟いたさくらに、
「もっか、諸勢力へのばらまきと、島津家が九州に気を取られているせいで、四国は伊予以外全部国人衆達は味方になります。攻め入る事を別にすれば大丈夫でしょう。ほうっておけば帰ってきますから、真宮寺殿は近江へ詰めていてください。今川家が美濃統一へ乗り出しそうですから」
「わ、分かりました…で、でも」
「はい?」
「す、少しでも早く目覚めさせてあげて下さい、お願いしますっ」
 さくらが立ち去った後、
「別に私が睡眠薬を連続投与してるわけじゃないんですが…」
 ぽりぽりと頭をかきながら、得留之助は呟いた。
 
 
 その頃晋二は。
「あれ、ここは…」
 気が付くと、裸のまま川の畔に立っていた。
「そっか、これ夢なんだ…でも、ちょ、ちょっと恥ずかしいな」
 もじもじと身体を隠す物を探して視線を彷徨わせたところへ、
「確かに現実ではないわ−でも、単なる夢でもないのよ」
 妙に艶っぽい声が後ろから聞こえてきた。
「え…は、母上っ!?それに姉上までっ」
 そこには壮絶な討ち死にを遂げた筈の母唯と麗奈がいた。
 それも、なぜか全裸である。
 無論、唯とは一緒に風呂へ入った事もあるから、裸を知らないわけではない。
 しかし、そんなのはごく幼少の頃であり、とても子供を二人も生んだとは思えぬ裸身にどぎまぎしてしまい、おまけにその横では麗奈の乳房が妖しく揺れている。
(お、大きくなっちゃ駄目だ大きくなっちゃ駄目だ…)
 内心で懸命に唱えたが、
「とっくに大きくなってるんだが何か?」
 肉親の−それも片方は実の母親である−裸体に起動してしまった自分の一部分が収まってくれず、
「ど、どうして二人ともここにっ?」
 上擦った声を悟られぬよう、そっと横を向いたが、無論二人からは一目瞭然である。
 だが幸い、
「三途の川は渡ったのだけど、棺に六文銭を入れなかったおかげで、服を取られてしまったの。だから、晋二が来てくれるのを待っていた所なのよ」
(三途の川を渡った?じゃあやっぱり…)
 晋二の呟きが読まれたらしく、
「そう、死んだのよ」
 あっさりした口調ではあったが、股間は急速に落ち着きを取り戻した。
「ごめんなさい…僕が、僕が未熟なせいで…」
「そんな事は別にいいのよ」
「え?」
「勝敗は時の運だし、晋二に代わりの武将を頼まなかった私達も悪いんだから。ただそれより…」
「そ、それより?」
「勝家をあたら死なせてしまったことは、悔やんでも悔やみきれないわ。讃岐か土佐へ退かせていれば、死なせずに済んだのよ…」
「……」
「でも母上、死んでしまったものは仕方ないでしょう」
「そう、麗奈の言うとおりなのよ晋二。折角晋二も来てくれたことだし、ひとつ私達と一緒になってみない?」
「一つになること…それは、とても気持ちのいいものなのよ」
「そう、とてもね。晋二のが中で暴れて、絡みつく襞ごと持って行かれそうな位にかき回されて…さあほら、晋二…」
 僕はそんなことしてないよ、そう言いかけた晋二の目が点になった。
 唯と麗奈が、秘所を覆っていた手をゆっくりとどけたのである。
 そこは髪と同じ色の恥毛で覆われており−晋二が見ても分かるほどにびっしょりと濡れて、恥丘に貼り付いていた。
「『さあ晋二、一つになりましょう』」
 ふらふらと晋二の足が前に出た。
 一歩、また一歩と進んでいき、ついに水まで数センチの距離へ近づき、そのままゆっくりと中へ−。
 この世からあの世まで、情欲に誘われるまま幽冥境を異にするかと思われた瞬間、
「晋二駄目よっ!」「碇君行っちゃ駄目ッ!」
 手にくにゅっと柔らかい感触が当たり、晋二の足は寸前で留まった。
 
 
「卯璃屋殿、殿がお目覚めになりましたぞっ!」
 駆け込んできた近侍に、得留之助は振り返った。
「分かってます。多分そろそろかと思ってました。ところで、伊予の方はどうなってますか?」
「大友家が日向に攻め込みましたが、寺社衆の反撃に遭って撤退した為、島津家の主力は伊予に揃っています。おそらくは四国の統一を狙っているのかと…」
「そうですか」
 頷いたが、内心では全然違う事を思っていた。
(四国には足がかりを作れればいい−狙いは四国じゃありませんよ)
 無論表情にはまったく出さず、
「今行きます。晋二殿達には服を着せておいて下さい」
「わ、分かりもうした」
 
 
「晋二殿、臨死体験はどうでした?」
「な、なんでそれを?」
「前にも一度、同じような症状を見た事があるんです。もっとも、その人は二度と目覚めませんでしたが。今回の原因は、母と義姉を一度に失った事にある−だから、向こう岸へ行く原因もその二人になると思って、お二人には布団に潜り込んでもらったのですよ。成功したみたいですな」
 晋二の左右に座し、しきりにもじもじと身をくねらせているアスカと真名を見ながら、得留之助が言った。
「あ、あのアスカと真名は僕のためにその…」
「いいんですよ、分かってます。ギリギリの所で引き留めるのはやはり幼なじみ−そして欲情ですから」
「『……』」
 揃って三人が顔を赤らめたのだが、一体どんな体験をしたものか、すっかり二人とも女の顔になっており、アスカに至っては勝ち気の影すら見られない。
 とはいえ、重臣二人を失った事を何時までも悲しんでいられては困るし、むしろこれぐらいの方がいい。
「それで晋二殿、この後はどうされます?」
「やっぱり分かったんです」
「何が?」
「僕には二人が…アスカと真名が必要なんだって。だから、二人まとめて愛人にする事にしました」
「そうですかそれは良かった…って、本気ですか?」
「本気です。二人が来てくれなかったら僕はあの時…」
 
 晋二の両手がむにゅっと掴んだのは、乳房ではなく恥毛の生えそろったアスカと真名の恥丘であった。
「あたしならいつでも晋二にあげるから…お願い、晋二帰ってきて」
「碇君、私もずっと側にいるから…あれは…あっちはもう碇君がいる世界じゃないの」
 股間に触られた感触など露ほども見せず、目に涙を一杯溜めて晋二にしがみついたアスカと真名がいなかったら、晋二はとっくにあっちの世界に逝っていた筈だ−まずは精神、次いで肉体が。
 
「気持ちは分かります。その為にお二人にはクスリを飲んでいただいたのですから。でも二人まとめて愛人って、それはちょっとアレじゃないですか?」
「何でですか?」
 真顔で聞き返した晋二に、少しやりすぎたかと思ったのだが、次の瞬間その目がかっと見開かれた。
「!?」
 初めて見る得留之助の表情に、一瞬晋二が驚いたように、
「ど、どうかしたんですかっ?」
「い、いえ別に…」
 得留之助は、自分の見たものが信じられず、ごしごしと目を擦ったが…やはり間違いなかった。
「あの、晋二殿」
「はい?」
「お、お二人を愛人でも構いませんし、私は口出ししません。島津とその一味の対策についてはまたお話ししましょう。じ、じゃ、私はこれでっ」
「は、はあ」
 呆気にとられた三人だったが、得留之助の姿が消えるとまたすぐに、二人がすりすりと身を寄せてきた。
 一方、やや引きつったような顔で廊下に出た得留之助だったが、
「一体全体何考えてるんですか!」
 くるりと振り返った先には、間違いなく唯と麗奈が…浮いていたのだ。
 無論、足はない。
「本当はね、あの世から見てようと思ったんだけど、なんか執念が強すぎるって追い返されちゃったのよ。しかも魂だけ」
「やはり、姉としては放っておくわけにはいかないでしょう」
「晋二殿達には見えてないですな」
「当然よ。家中でも見えてるのは卯璃屋殿だけよ。せっかくひっそりと取り憑こうと思っていたのに」
「……」
 数回深呼吸してから、
「で、アスカ殿と真名殿の変貌の原因は?」
「もちろん、わ・た・し」
 にやあ、と笑ってから一転して真顔になり、
「やっぱりね、私と麗奈が揃って討ち死にすると、晋二が暴走するでしょう。あの子の暴走は、その辺の町奴のそれとは違うのよ」
「……」
「だからね、あの二人が晋二に処女捧げるのを手伝ってからあの世に戻るわ。勿論、私と麗奈がそれぞれに乗り移って。ね、麗奈」
「ええ。どうせ、あの二人では穴を間違えたりしてスムーズに行かない筈ですから」
「そ、そ…それっていろいろまずいでしょー!!」
 叫んでから、得留之助は慌てて口をおさえた。
 
 
 かくして、晋二は、非常に穏やかな顔で四国の奪還を命じた。
 元より、我を失いさえしなければ、島津など敵ではなく、たちまち伊予を取り戻したのだ。
 ただ、にっこり笑ったまま、島津貴久以下全員の斬首を命じたのには、家臣達も度肝を抜かれたのだが、
「だってムカつくんだもん」
「そうよ。私達の首斬ったくせに」
「……」
 唯と麗奈が晋二に取り憑いて言わせたもので、おまけに本人はまったく気付いていないときた。
 おかげで、正気に戻った晋二が卒倒しかけたのだが、アスカと真名に加え、二人の豹変が無論面白くない麗も抱き付き、事なきを得た。
「卯璃屋さん、九州潰しに行きましょ」
 女体験はまだの筈だが、臨死体験で一皮むけてしまったのか、晋二が得留之助を呼び出して告げたのは、その年十一月のことであった。
 
 
 
 
 
(続)

大手門

桜田門