突発企画「奴らが戦国にやって来た」
 
第二十六話:脅迫されたと粋がるモノ達
 
 
 
 
 
「落ちた?」
「はっ、落ちました」
「そっか、落ちたんだ」
 それだけである。
 よく分からない、と言うより首を傾げたくなるような会話だが、土佐の陥落についてであり、国人衆と仲の悪い長宗我部家は、中村御所を碇家に落とされた上に、岡豊城と安芸城を国人衆に落とされるという、惨憺たる敗北によって滅亡した。
 その結果、実に半年も経たずして、本願寺麗奈率いる第二軍団は、四国全域を制圧してしまったのである。
 さて、ここでもう一度碇家の全容を整理しておこう。
 大名は無論碇晋二であり、実母の唯、実姉の麗に義姉の麗奈、更には幼なじみのアスカや真名を始め、有能だが晋二を違う意味で虎視眈々と狙う渚馨達が固めている。
 知行が最高の五百に達しているのには、アスカ達を始め十数名おり、最初に碇家に仕官した国人衆三好政勝もその一人である。
 血縁で固めた第二軍団と、速攻を重視した第一軍団の遠征部隊には加わらず、その代わり摂津河内にあって播磨へ睨みを利かせている。晋二達主力部隊が近畿不在にもかかわらず、播磨から攻め込んでこられなかったのは政勝の存在が大きいからだ。
 政勝に荒木村重を加えた国人衆部隊が強力でなかったら、摂津河内は戦場と化していたに違いない。なお、現在は既に晋二達が制圧済みである。
 領土だが、1559年現在で、摂津河内・紀伊・大和・山城・伊賀・近江・伊勢志摩・丹波丹後・播磨・越前若狭・讃岐・阿波・伊予・土佐と数は十四にして石高も数万、名声も既に三百を超えている。
 おまけに摂津河内に近江、それに伊勢志摩や越前若狭は豊穣の国であり、摂津河内は山城と並んで大商業地域でもある。これに加えて堺・京都の商人とは親密で伊賀と近江の両忍者まで手懐けていると来た日には、実質死角が見あたらない。
 一大名で大砲を二十も持っているなんて、日本中を探しても碇家だけである。
 しかし、アスカや麗、それに真名や麗奈や馨は、碇家へと言うよりは晋二に仕えているわけで、これを殺(や)っちゃったらどうなるか。
 たちまち軍団は瓦解するに違いない。
 がしかし。
 晋二の側は剣豪真宮寺さくらが一分の隙もなく固め、城下は元剣豪将軍の足利義輝が警護している。これでは、どうしようもない。
 事実、この二人が片づけた間者の数は数十名に上るのだ。
 この碇家でも、時々局地的に苦戦したりするのだが…ひとえに、
「碇君に天下取る気がないから」
 と言う事で家臣の意見は一致している。
 だが、お人好しと言える位に人を信じるし、決して家臣を使い捨てにはしない。そんな性格が名将や猛将を集め、今に至っているのかもしれない。
 そう、とりあえずここまでは。
 碇源道が甲斐にいる、しかも重用されている事を知ったさくら達だが、晋二自身には知らされなかった。
 とりあえずここは、南征に眼を向けさせようとさくら達が話し合ったのだ。
 確かに碇家は大きくなったが、晋二自体が大きくなったわけではない。晋二の性格からして、父が敵国で重臣になった事を聞いて平然と出来るわけはないのだ。
 そしてそれはそのまま、国の安定にも関わってくる。
 かつて、摂津河内で三好と本願寺に挟まれ、汲々としていたのがここまで大きくなったのは、ひとえに碇晋二ブランドであり、自動的になったのではない。
 従って、晋二にはもう少しの間しっかりしていてもらわないと困るのだ−そう、後は重臣達が勝手に大きくしてくれる位になるまでの間は。
 幸い、今川家も伊勢志摩に攻め込んだのが、数度撃退されてその度に武将を減らしたため、懲りて今ではもう来ないし、加賀能登は煽動された国人衆達を防ぐのに精一杯で、目下迫っている敵はない。
 後は晋二の目が東に向く前に、中国方面の征伐を申し出れば済む−筈だった。
 そう、筈だったのである。
「えーと、今日の議題なんだけど」
 晋二が切り出すと、すかさず摩耶がはいっと手を上げた。
「何かある?」
「はい。報告によれば、既に麗奈殿率いる第二軍団は四国を制圧されたとの事です。ですが、そのまま九州に接する事になりますから、気を抜くわけにはいかないでしょう」
「うん」
「ですから、お父様も向こうへ行かれて中国を制圧され、本州側から四国を援護するのが一番いいのですが、残念ながらそこまでの余裕はありません。そこで」
 摩耶が優秀なのは皆知っているが、国人衆でも掘り出せと言うのだろうと、皆が思っていた。
 思ってなかったのは、既に密談済みだった相手、すなわち晋二だけである。
「先の戦で力は激減しました。それに、放っておけば他の国に攻め取られます−殿、美濃攻めのご決断を」
「『!?』」
(なんですって!?)
 一瞬にして、さくら達の顔色が変わる。
 美濃など落としたら、南信濃と接するではないか。いや、それ以前に美濃攻めで信濃から援軍が来たらどうするのだ。
 これだから小娘は、とはさすがに言えず、揃って反対しようと思った次の瞬間、
「そうだね。因幡但馬は尼子家が最後の砦にして、必死に守ってるから面倒だし、美作と備前備中は商人を今口説いてる所だから、まだ国人衆が敵に回る。とりあえず中立になってからの方がいい。摩耶、その案採用」
「はっ」
(なっ!?)
 抵抗勢力になる、どころかての字すら出る前に、あっさりと晋二の採択が出てしまい、こうなってはもうどうしようもない。
 馨の方を見たさくらだが、その視線が険しくなった。
 ニマッと馨は笑っていたのである。
(あのホモ侍がー!)
 さくらには、馨の考えていることなど手に取るように分かる。美濃飛騨攻めで武田から援軍が−それも源道が来ればもっとも良し、来なければ来ないで武田家の情報を晋二に流す気に違いない。
 流してどうするか?
 無論…落ち込んだ晋二につけ込む気に違いない。
(不潔、変態、汚らわしい)
 とは言え、ホモの性癖さえ除けば馨はかなり優秀で、文句を付ける所はない。
 かくなる上は、ただ武田家から援軍が来ない事を祈るのみであった。
 
 
 
 
 
「何やってんスかまったくもう。あなたが側にいたら絶対に止めないと駄目でしょう。渚殿は落ち込んだ晋二殿の尻を狙って喜々としてるんですから」
「だ、だって私が何か言う前に殿がもう決めちゃったんですから…」
「あんたほんとに剣豪ですか」
「い、一応…」
「仕方ないですな。剣豪と内政はあまり関係ないですし。まあ、何とかなるでしょう」
「え?」
「確かに摩耶姫は美濃攻めを進言しました。どうしてですか」
「ど、どうしてって…」
 どうしてこんな事を聞くのかと妙な顔で、
「近江へ攻め込んだ時、手痛い敗北を喰らって力が激減したからでしょう?」
「その通りです」
 得留之助は頷き、
「しかしながら、です。と言う事は他家にもチャンスはあるという事です。つまり武田や今川や−そして織田にも」
「は、はあ」
「言い方を変えれば、ほんの少しの力で取れるのが美濃飛騨です。しかし、本当はあっちに眼を向けている暇はないんですよ」
「ど、どういう事ですか?」
「備前備中に火種があります」
「火種?」
「浦上家なんですが、美作を攻めた折に国を空っぽにしたせいで、山名祐豊が天神山城を乗っ取りました。で、翌月安芸備後から毛利家が攻め込んだんですが、山名のおっさんが毛利に味方したもので、備前備中が全部山名の物になりました。とはいえ、国人衆も寺社衆も納得するわけがなく、来月あたり一揆が起きそうです。起きれば無論−」
「どうなるんですか?」
「寺社衆が国をとるに決まってるでしょう」
「そうなんですか?」
「そうなんです」
 武人としてはAランクだが、謀略に関してはやや不足しているさくらに頷いてから、
「そうなれば、一気に備前備中を落とすチャンスです。ただし、真宮寺殿は誰か武将と一緒に近江にいて下さい」
「私が?」
「武田か今川が美濃飛騨に攻め込むと、間違いなく落ちます。でも落ちては困るんです。生かさぬように殺さぬように−際どいところで援軍を送るんです−何ですか?」
「商人って、残酷な人なんですねえ」
「……」
 外にUFOが飛んでるとか言って注意を逸らし、その間に茶碗へ毒を入れてやろうかと思った得留之助だが、寸前で何とか我慢した。
 その翌日、得留之助が告げたとおり備前備中で一揆が発生し、本蓮寺一味が大名となった。ただし、大名となった途端国人衆との関係が悪化するのはいつもの事で、国人衆と友好関係にある碇家が攻め込めば、間違いなく落ちる展開となった。
 何よりも、惰弱になった斉藤家よりも手応えはあるのだ。
 先に摩耶が近江を守りきった時、確かに武功は立てたが実質は大砲を撃ちまくっただけである。
 さくらはそこを突いた。
 このままでは、大砲による功しかありません。でもここで一軍を率いて暴れる事が出来れば、あなたの評価は一層上がります。
 そう言ってさくらに唆された摩耶が、晋二に方針転換させた事もあり、ついに備前備中を優先して落とす事となった。
「あの、卯璃屋さん」
「はい?」
「これで殿も落ち込まないで済みます、ありがとうございました」
 頭を下げたさくらに、
「いや、それはそれとして」
「何かあるんですか」
「今は美濃攻めをさせられない−どころか、近江にいてもらっても困るんですよ」
「え?」
「碇源道氏なんですが、武蔵へ北条家を援護に出向いた際にまた功を立てて、現在知行が五百に増えてるんです。でもって現在、南信濃に入ってるんです」
「!?」
 間者を送れば、その結果は必然的に晋二の耳へ入ってしまうから、武田家へ間者は送っていない。
 当然武田家の情報は目下入っておらず、それだけに源道が南信濃へ居るとの情報にさくらの顔色はさっと変わった。
「そ、それってまさか美濃にっ?」
「絶対とは言い切れません。長尾景虎がその気になったせいで、北信濃の海津城は落ちています。普通は他国を攻めるより自城の奪回が優先ですから」
「は、はあ」
「ま、私は商人ですから軍の事はよく分かりません。ですが、もしもを考えて、絶対に晋二殿を近江入りはさせないでください」
「卯璃屋さんて本当に殿の事を−」
 さくらが言いかけたら、
「何しろ晋二殿に何かあると碇家は崩壊しますし、そうなると肩入れした私の立場がありませんから。ところで、今何か言いましたか?」
「いーえ、何でもありません」
 言わなきゃ良かったと、さくらはふいっと首を振った。
 
 
「じゃ、摩耶」
「はい」
「今回の功績により四百石に加増します」
「はいっ」
 摩耶は喜々として辞令を受け取った。
 さくらに唆された摩耶は、案の定張り切って大暴れし、山名祐豊の軍を壊滅させたばかりか、天神山城と岡山城まで落としてしまった。
 古の巴御前も真っ青の活躍ぶりである。
 元々『回復』と『攻城』を持っている天才であり、そこへご褒美として『陰流之私』と言う書物をもらった。
 これは持つだけで剣豪に成れるという、三割ほど反則的な代物だが、ともかくこれで碇家には剣豪が三人になったのだ。
 坊主共を蹴散らし、半分どさくさだがとにかく備前備中は手に入れた。
 と、そこへ美濃飛騨から使者がやって来た。
「斉藤家から?まあいいや通して」
 息も絶え絶えに通された使者は、
「あ、主斉藤山城入道道三の言葉をお伝え致します。え、援軍など頼める義理でないのは承知でお願いいたす、援軍を送って下さらぬかとの事にございます…」
「ふーん」
 家臣達は色めき立ったが、晋二は別に動じもしない。
 三秒ほど考えてから、
「いいよ」
 あっさり頷いた。
「殿っ、何を考えておられるのですかっ。相手は斉藤道三で−」
 言いかけたのは旧六角家臣の進藤貞治だったが、言葉は途中で止まった。
 晋二の視線に会ったのである。
「僕は冷静だよ。それに狂ってもいない」
 晋二は普段と変わらぬ声で告げた。
「真宮寺さくらと村上義清親子を近江に置いてきてる。さくらさんが留守居を申し出たのは、多分今日の事を見越してだ」
 村上義清は北信濃の大名だったが、武田家に城を落とされて近江へ流れてきたのを、碇家に拾われたのだ。
 なお、娘の村上巴も一緒に発掘されており、これも剣豪こそ持たないものの、親子揃って突撃の技能を持つ武闘派である。
「さくらさんも多分、暴れたいんでしょ。近江からすぐ援軍に向かうよう伝えて」
「ははっ」
 さくらに聞かれたら石山本願寺の天守閣から吊されかねない台詞だったが、幸いチクる者もおらず、命を受けたさくら達はすぐ美濃飛騨へと向かった。
「卯璃屋さんっ」
 真宮寺さくらが血相を変えて、山城にいた得留之助の元へやって来たのは、翌月の事であった。
「どうかしました?」
「何を悠長な事を言ってるんですかっ、いたんですっ」
「誰が」
「碇源道がっ」
「それで?」
「え?」
「だから、居るって最初から言ったじゃないですか。何を今更」
「あ、ああそうでした−じゃなくて、美濃攻めの中に加わっていたんですっ」
「じゃ、晋二殿を離して置いて正解でした。それで、何を率いてました?」
「そ、それが荷駄隊を…」
「はあ」
 歯切れの悪いさくらの口調から得留之助は、さくらが一旦は追いつめた事を知った−そして、結局は逃がしてしまった事もまた。
「でも正解だったかもしれませんよ」
「ど、どういう事ですか」
「もし捕まえれば、晋二殿の耳に入りますよ。それでもしも、登用に応じなかったらどうするんですか?」
「そっ、それは−」
 考えていなかったらしい。
「とにかく、真宮寺殿は当分近江に居て下さい。家中の成り行きからして、中国方面に興味が向きそうですから」
「分かりました」
 と、密談はそれで終わったのだが、軍議の方は美作の話になっていた。
 勢いを駆って攻め落とす、と言う意見もあったのだが、
「降伏を勧めてはどうでしょう」
 穏便な意見を持ち出したのは、意外にも摩耶であった。
「降伏勧告って事?」
 そうですと頷き、
「確かに攻め落とすのは簡単ですが、兵の損失がまったくないとは言えません。第二軍団の姉上達は休息しておられますし、呼び戻すのは酷です。総合して考えれば、素直に降ってくるのが一番です」
 晋二は医書により、さくらは特技で回復が出来るから、翌月には兵が回復してくる。
 だが義輝や長政は医書も特技もないから、すぐには兵が回復しないのだ。それに、数人減っても二百人減る事を考えると、あまり兵は減らしたくないのだ。
「確かに摩耶様の言われるとおり、浦上家は弱っております。当家の威光を以てすれば、案外あっさりと降るかもしれませぬ」
 と、次々に同調する意見が出たため、翌月浦上家に使者を送る事となった。
 使者は元将軍家の弟である足利義秋がなったのだが…。
「勧告などと言って、実際には武力を背景にした脅迫でしかない。来るなら来い、完膚無きまでに叩きつぶしてやる」
 と言う、実にイキが良く頭のワルい返答が戻ってきた。
「現状も認識できないとは、救いようのないたわけ者ですな。殿、さっさと滅ぼしちまいましょう」
「自分は民を侵略から守る義務がある、などと公言するとは。己の愚かが招いた癖に、正義漢ぶる輩は時折いるものです。殿、ご決断を」
「んー、そうだねえ」
 晋二は忍びからの報告書を眺めていたが、その顔がすっと上がった。
「粋がって、それをどこまで通せるか見せて貰うとしよう。全軍、直ちに美作へ出陣の用意を」
「ははっ!」
 たちまち号令一下、美作侵攻軍が集結した。
 浦上ごときにと、今回は晋二達主力の出撃はなかったのだが、それでも三好政勝・荒木村重・鈴木重朝・籾井教業ら、小粒ながらも統率はそれなりに優れた者達に加え、播磨からは猛将波多野雪を呼び寄せて総大将とし、錚々たる軍容で美作に雪崩れ込んだ。
 既に国人衆は交渉によって中立を表明し、来るなら来いと粋がってみせた浦上家は鎧袖一触、たちまち蹴散らされて壊滅した。
 浦上宗景以下、家臣団はすべて戦場で討ち死にし、こうして一時は中国に一大勢力を築いた浦上家は、逆ギレして粋がった為にその名を歴史から消したのだ。
 時に8月、ちょうど夏の盛りとなっており、備前備中で医書を探していた晋二達にも、酷暑は漏れなく襲い掛かっていた。
「晋二久しぶり〜」
「遊びに来たの」
 疲れの取れたアスカと真名が、水着を持ってやって来たのはその月の事であった。
 
 
 
 
 
(続)

大手門

桜田門