突発企画「奴らが戦国にやって来た」
第二十五話:湯煙に揺れるあぶない肢体
近江の急を聞いて、晋二達は勢いで播磨は落としたが、そのまま引き返してきた。
国人衆に邪魔されはしたものの、熊野水軍は既にこの海域へ進出しており、寺社衆の鉄砲と鉄甲船の水軍であっさり勝負は着いた。
「殿、このまま西へ進まれますか?」
国人衆を蹴散らして戻ってきた浅井長政に、
「いや、ここは一旦戻ろう。さっさと帰ってこーい」
「は?」
「って、卯璃屋さんから手紙が来てた。摩耶の事も気になるんだ」
「分かりました。ではすぐに準備を」
「うん」
発掘した浪人赤井直正と波多野宗高、そして降ったばかりの姫武将波多野雪に播磨を任せて、晋二達はすぐに戻ったのだ。
波多野雪は、波多野稙道の娘で、一色家が丹波丹後を統一した時に破れ、浪人していたのをこの国で拾われたのだが、
「あの、女の子殺したくないから降ってくれませんか?」
と言う、気弱とも物騒とも取れる晋二の言葉に、
「ああ…晋二殿の目を見ていたら、素直にはいと言う言葉が…私はどうしてしまったのかしら」
と、アスカ達に聞かれたら呪詛されそうな台詞と共に降伏したのだ。
なお、摩耶には及ばないがなかなか能力は高く、特に統率は90台を誇っている−そして胸囲の方も。
はー、とさくらがため息をついてるのはそのせいだが、どうかしたのとさっぱり分からずに訊くのは晋二だし、分かっていながら、
「彼女が羨ましいのかい?」
とさらっと針を出すのは馨だが、こっちはこっちで、摩耶の事で頭が一杯の晋二をどう落とそうかと苦心中であり、長政と義輝に於いてはそんな事に興味など毛頭無い。
諸将には、近隣へのばらまきを命じておいて、翌日にはもう観音寺城で晋二は摩耶と対面していた。
「摩耶、よく頑張ったね」
出迎えた時はプログラムを仕組まれた人形のように、きちんと挨拶した摩耶だったが、二人きりになって頭をよしよしと撫でられると、娘らしく顔を赤くして笑った。この辺りはごく普通の娘のそれであり、名将二人を討ち取ったとは到底思えない。
「ヒゲが…ヒゲ面が怖かったのです」
年相応に眉を寄せる摩耶を、晋二はひょいと膝の上に乗せた。晋二も決して大柄ではないし、細身なのだが12歳の娘を乗せる位は可能になっている。
晋二にきゅっと身を寄せながら、
「ところで父上」
呼んだ声はもう天才の物に戻っている。
「何?」
「一気に美濃飛騨を落としちゃいましょ」
「美濃飛騨へ侵攻を?」
「はいっ」
摩耶は頷いて、
「関東の武士は板東武者と称してヒゲ面が多いと聞きます。この世からヒゲを殲滅するためにも是非!」
「え、えーと…」
天下は取る−取らなきゃ駄目だと周囲がせっつくから、取らないといけないみたいなのだが、ヒゲ面を撲滅と言われてもすぐには即答できず、その視線はウロウロと宙をさまよった。
「もしかして…ヒゲお好きなんですか?ヒゲ面の小姓が好きとか」
「ち、違うよ違うってっ!で、でもなんでそんな事を?」
「卯璃屋得留之助殿が言われたのです」
「な、なんて?」
「ヒゲ面には悪人しかいないって」
「そ、そんな…」
何でそんな事を吹き込んだのかと、半ば唖然としている晋二に、
「なんでも、ヒゲ面にはとんでもないのがいるそうです−奥さんがいるのに浮気して、挙げ句の果てには子供を両方の家庭で作って出奔したりとか−」
(!?)
一瞬晋二の表情が激しく動いた。
得留之助が誰の事を言ってるのか、すぐに察したからだ。
「そ、それ誰の事とか言ってたっ?」
「いいえ?」
晋二の勢いに、訝しげな表情になった摩耶だが、それ以上訊かずに首を振った。
「そ、そう…」
(もしかして卯璃屋さん、父さんのことを…!?)
思考のループにはまりかけた晋二を、妙なものが引き戻した。
「ねえ、お父様〜」
摩耶が甘い声で、身を寄せてきたのだ。
「な、何?」
「湯浴み…ご一緒してよろしいですか?」
「湯浴み…湯阿弥…湯浴みー!?」
「だって私初陣で頑張ったんだから…ねえ、いいでしょお父様?」
「う、うん…」
これが単なる娘の我が儘なら、晋二も許さなかっただろうが、何せ初陣で近江を守りきり、あまつさえ斉藤家の名将を二人も討ち取っているのだ。
ぽこっと加増できるわけじゃないし、と十秒ほど考えてから晋二は頷いた。
「あれ、ここは…」
ひんやりした感触に、晋二の目がゆっくりと開いた。
「ああ、やっと起きましたよ」
聞き慣れた声にがばと跳ね起き、
「う、卯璃屋さんっ?どうしてここにっ」
「何でってあんたがのぼせたから」
「あんたがのぼせた…あっ」
オウム返しに呟いてから、首筋まで真っ赤になった。
「私の布団の中で赤くならないで下さいよ、気味悪いな。それで、どうしてのぼせたんですか?」
「そ、それはその…えーと」
「まさかとは思いますが、娘の揺れる胸に鼻血出して倒れてわけじゃないでしょうな」
「あ、あう…」
裸ではなかったが、無論水気など切らぬまま、父上が倒れたと駆け込んできたのは摩耶であり、知っていながら得留之助も意地が悪い。
しかし、その事にはそれ以上触れず、
「ところで、四国には早馬を出しておきました。晋二殿が湯船で倒れたと伝えてありますので、すぐに吹っ飛んでくるはずです」
「嘘っ!!」
「嘘ですよ。で、本当に娘の裸で?」
「だ、だって柔らかかったんですよっ!あの年ですごく胸大きくて柔らかいし、しかもそれを押しつけられたんですよっ」
(あ、逆ギレ)
「はいはい、分かりました分かりました。まあ、ヒトとしては駄目なラインですが、飢えた男としてはぎりぎりセーフとしましょう」
「う、飢えた男って僕は別にっ…」
「別に?」
「い、いえ…」
実の娘の裸でのぼせていれば、説得力も何もあったもんじゃない。
「それより晋二殿、このまま美濃へ向かわれるおつもりですか」
「え?」
「確かに、今なら国人衆も寺社衆もこちらに付きます。何よりも、斉藤道三の兵は激減してますから、落とすなら今がお買い得です」
「ですが?」
「?」
「だってそう言う言い方する時って、いつもその後に何か来るでしょう」
「…」
少しパターン化していたかな、と内心で呟いてから、
「南信濃と境を接する事になるんですよ。ついでに尾張や三河とも」
「そ、それは分かってます。それに、三河からはもう今川家が攻めてきてるじゃないですか」
何でそんな事を、と言う顔をした晋二に、
「そんな単純な問題じゃないんですが−」
ふと表に視線を向け、
「この話はもう少し後にしましょう。ああ、それから布団にしわが入ったり染みがついたりしたら、ドライクリーニングして返してもらえば結構ですから」
不意に話を打ち切った得留之助に、ポーズかなと一瞬思ったシンジだが、それは次の瞬間根底から覆される事になった。
「卯璃屋さんっ、晋二君が倒れたって本当なのっ」
血相を変えて渚馨が飛び込んできたのだ。
「ええ、本当ですよ」
重々しく頷いてから、
「ほら、ここで寝間着に可愛らしくくるまってます」
悪魔の誘いに晋二は、得留之助の本性を知った−そして、染みだのしわだのと何故か急に言い出したそのわけも。
「ちょ、ちょっと馨君止めてよっ」
一瞬馨の勢いが弱まり−
「だめ」
次の瞬間、寝具の上からがばっと襲い掛かってきた。
「悪いわね、二人とも。大丈夫?」
「え、ええ大丈夫です」
「この位なら何ともないわ。まだまだ大丈夫よ」
武将小隊、つまり他に小隊がない場合、全滅しなければ大砲も無くならないし、二百人までは回復する。
ところが、それ以外の場合は一人減っても、なぜか二百人減ってしまうのだ。
麗奈はここに目を付け−ある意味逆手に取ったとも言えるのだが、アスカと真名を全面に押し出したのである。
つまり、大砲を撃ちまくる二人は、いやでも敵の格好の的となり集中攻撃を受ける。しかしこの辺りの地域には、剣豪も軍神使いもおらず、あっさりと全滅する事はない。そこへ麗奈と唯が勝家と合流し、一気に襲い掛かるのだ。
この方法ならば、アスカと真名の武将小隊は減っても、翌日にはもうダメージは回復しているから、兵数が減る事はない。
無論−二人のダメージは別として。
シツコイ坊主共と国人衆、おまけに浦上家の援軍にも邪魔されたが、生贄作戦もどきを採って何とか讃岐の攻略には成功した。
ちょうどそこへ、晋二達が播磨をあっさりと落としたと言う情報が入り、
「行くわ、もう一がんばりよ」
「私達も負けていられないから」
と、アスカと真名が伊予侵攻を主張し、そのまま雪崩れ込んだのである。
大津、湯築と順調に落とし、国人衆も退けてもはや勝利の方程式は確定されたかに見えた瞬間、
「申し上げますっ」
「何事」
「九州の大友家が援軍を出し、戸次鑑連・角隈石宗・一萬田鑑実の三将が進軍してくる模様っ」
「!」
角隈と一萬田は武闘派ではないが、戸次鑑連は九州でも筆頭の猛将であり、しかも島津家の名将とは違い鉄砲ではなく騎馬を率いて突撃してくるのだ。
こんなのに突っ込まれたら、いくらアスカや真名でもあっという間に討ち死にしてしまうだろう。まして、二人とも既に兵は減らしているのだ。
「城は残り一つ…お義母様、どうしたら…」
一瞬不安そうに唯を見た麗奈に、
「強行をかけるわよ」
唯は即断した。
「お義母さんって…ほ、本当に…?」
本妻の唯が、愛人の娘麗奈に告げた呼称は、なんと義母のそれであった。
「いいのよ。それに、今まで啀み合っていた分…仲良くしましょう」
あんたの方が大人なんだから、と言われて気が変わったのかは不明だが、唯の取った行動は以前と比べればはるかに大人イズムであり、優しく麗奈の手を取った唯の手に、熱い粒が落ちた。
本願寺麗奈が見せた最初の、そして最後の涙であった。
「大将が戸次鑑連だから、大将だけ倒せば撃退できるわ。向こうが強攻を掛けてくる前にこちらが掛けるの。柴田殿、頼んだわよ」
「御意」
柴田勝家も即座に同意し、衆議一決強攻で援軍を待ち受けることとなり、作戦は図に当たった。
確かに、戸次鑑連は猛将だが、他の二人が知将タイプであり、おまけに歩兵隊だったのが災いし改名イベント−立花道雪になる前に、こんな島で骸を晒す事になってしまった。
いや、正確には討ち取ったのではなく捕らえたのだが、こんな強すぎてアブナい武将は野に放てぬと、仕方なく斬首したのだ。
とは言え、これで九州勢で手強いのは島津だけになり、九州征伐の道は大きく開けたのである。
しかし、九州など今の彼らの眼中にはなく、さっさと四国を統一して晋二に褒めてもらうのだと、その事しか頭にはない。ただ、連戦でアスカと真名の疲労が増えているため、四国も残り一つになった所で一ヶ月休養する事にした。
「はあっ、はあっ、はあっ…」
悪代官に手込めにされかけて、どうにか逃げてきた娘みたいな表情で、晋二は大きく息を吐いた。いや、実際ほんの少し晋二が弱っていたら、違う処女を散らしていたかもしれない。
「きゅう〜、晋二君イイよ…」
思い切りかまされたにもかかわらず、布団を抱きしめて幸せそうな顔で伸びている馨は放っておいて、そんなものより晋二は得留之助の言った言葉が気になっていた。
「父さんが…生きてる?」
口にしてから首を振ろうとして、それが寸前で止まった。
あり得ない事ではないのだ。畿内の様子は殆どと言ってもいいほどに掴んでいるが、甲斐とか信濃とか向こうになると、さっぱり分からない。
侵攻する予定が無かったから、忍者を送っていないのだ。
ただ、大名家で他に碇はないから、大名の地位に収まっているという事は無いはずだ。
それにしたって、万が一どこかで武将になっていれば…。
「いれば?」
晋二は口に出して呟いた。
別にいたっていいじゃないか。
湧き上がってきた考えに、晋二は自分で驚いた。
確かに、一時期は源道を恨んだ事はある。
だが晋二は町人、或いは一武士の子では終われなかった。今の晋二は、日本中でもっとも大きな大名家のボスなのだ。
ここへ来るまでに、色々な事があった。
部下に出奔されたり母が重傷を負ったり、幼なじみが−ホモ好きの、と言うよりそのもののアブナい幼なじみだが−来てくれたり、何よりも異母姉に会ったり。
異母とは言え姉で無かったら、降伏はしたかもしれないがそれだけの関係であり、それ以上には決してならなかったろう。
麗奈の当を得た助言で、或いはアスカ達からの防壁となってくれたおかげで、どれほど助かってきたかは分からない。
一番大きかったのは、自分達の前では優しい母だった唯が、源道に対してはやや違っていたのを知った事だ。
それを知らなかったら、単に身勝手な父と恨んだままだったかもしれない。と言うよりも、元々晋二が強制的に後を継がされる事になった切り札は、それにあったのだから。
「でも大名になった事を僕は後悔してい…ないかな?」
ぽつりと呟いた時、障子が開いて麗が入ってきた。
「あ、姉上どうしてここに」
「戦勝のお祝いに来ました。播磨と丹波丹後をもう攻め落としたそうですね。さすがは私の弟です−」
そこまで言うとがらりと口調を変えて、
「二ヶ月も会っていなくて、寂しいから会いに来たのに…私はもういらない姉さんなの?」
「い、いえそんな事はっ」
慌てて首を振ると、にこっと笑って、
「そう、良かった」
身体を寄せてきたが、その眉が寄った。
「くんくん…妙な匂いがするわ」
「え゛!?」
「男のこれは…あのホモ侍の物…でももう一つ、女の匂いもする」
「や、やだなあ、きき、気のせいですよ」
「いーえ、違うわ」
ずいっと顔を近づけ、
「浮気したでしょ」
「べ、別に誰も浮気なんか…ん?」
「何」
「よ、よく考えたら僕が誰の胸見てのぼせたりしたって、浮気にはならないじゃ−はっ」
「晋二〜」
麗の背後に青白い炎が立ち上った次の瞬間、
「やっぱり浮気したのねっ。口惜しいっ、どこの小娘の裸にのぼせたのっ」
まさか自分の娘にですとは言えず、それに馨と違って一発かます訳にはいかないから、どうやって逃げたものかと晋二の脳はフル回転を始めていた。
「い、今なんと言われたんですか」
「聞こえなかったんですか」
「い、いえそうじゃありませんけど…」
思わず身を乗り出したさくらに、得留之助は冷静に聞き返した。
義輝と長政は黙って聞いており、その表情に格段の物は見られない。
「晋二殿の父上−つまり碇源道氏は生きていると言ったんですよ」
「ど、どこでっ」
「甲斐−武田晴信の国です。ついでに知行は四百で兵も八百率いています。武蔵へ侵攻した時に戦功を立てたようですよ」
「そ、そんな…」
「……」
晋二の性格は、家臣達皆が知っている。
万が一父親が武田家にいる事を知ったら。
そしてもし…引き抜くとして、それがあっさりと失敗したら。
さくらの表情が激しく動き、義輝もまたすっと瞑目した。ただ、長政だけは宙の一点を見据えている。
「まあ、実質甲斐に侵攻するのはまだ先になりますし、そう深く考えなくても大丈夫でしょう」
「何でですか」
「はい?」
「南信濃への侵攻、あるいは三河への侵攻時に援軍を送ってくるかもしれないじゃないですかっ」
「……」
数秒沈黙があったが、
「あ、そうでした」
本当に忘れていたらしい。
それでも堺の商人かという視線を向けたさくらに、
「ま、まあまあこの映像でも」
「なんで…!?」
そこに映っていたのは麗に襲われ、じたばたと藻掻く晋二の姿であり、二人とも着物の前がはだけて結構キケンな格好になっている。
「こっ、これはっ」
「リアル中継です。麗殿が来られたので、きっとこうなるんじゃないかなと思って、カメラを設置しておきました」
「となると卯璃屋殿、これは本物の映像でござるか」
麗のはだけた胸元か晋二の白い足か−渚馨ではないから多分前者だろう−興味を引かれたように訊ねた長政に、
「もちろんリアルタイムです。襲われる殿様っていうのもなかなかいいものでしょう」
「い、いい、一体何を考えてるんですかっ!!」
長政と義輝まで、つい映像に目を奪われてしまい、さくらの大音声に慌てて居住まいを正した。
「えっちなのはいけないと思いますっ。斬!」
刀が一閃し、あっさりと映像は途切れたが、小さくため息が聞こえたような気がして、
「見たいのですかっ」
さくらにキッと睨まれ、二人は慌てて首を振った。