突発企画「奴らが戦国にやって来た」
 
第二十四話:乙女の前にヒゲ面出すべからず
 
 
 
 
 
 大砲隊の使い方というのは、基本的に決まっている。
 騎馬隊をくっつけるのだ。
 つまり合流させておけば、目を付けられても逃走できるし、城の裏手へかさかさと陣取って、大砲を撃ちまくる事も出来る。
 阿波へ上陸した麗奈達の取った方法は、まさしくその効率的な物であった。美里率いる熊野水軍に運んでもらったから、とうぜん水軍は鉄甲船を率いて構えているわけで、国人衆は味方にはならず中立だったが、勝家の騎馬隊とアスカ・マナの大砲隊を合流させ、麗奈と唯は鉄甲船内に残してウロウロさせた。
 三好長慶以下精鋭が襲って来るも、長慶の弓隊より勝家の騎馬隊の方が早く、鉄甲船に近づくと大砲の弾が降ってくる。ついでに麗奈と唯がさっさと出てきて、鉄砲と弓矢を浴びせるからたまったものではない。
 たちまち士気が低下して潰走を始め、無人となった二城をアスカと真名の大砲が好きなように撃ちまくり、文字通り損害ゼロで阿波を攻略してしまったのだ。
 
 
「麗奈殿」
「は、はい」
「私もね、少し大人げなかったかなと思っているの。も、勿論変な商人に言われたからではないわ。ただ…あの人が出ていった事を、もう少し冷静に見るべきだったと考えられるようになってきたのよ」
「……」
「色々考えたんだけど、やはりあなたに罪はないわ。生まれてきた子に、親の事は関係ないんですもの。だから、これからは仲良くしましょうね」
「ゆ、唯様…」
「ああ、それから」
「はい?」
「私は殿様の母親だけど、別に偉いわけじゃないからその呼び方はしなくていいわ」
「あの…ではなんと?」
「それはね−」
 唯は麗奈の耳元に口を寄せてなにやら囁いた。
「…」
 一瞬驚いたように麗奈の顔が上がり、ゆっくりと俯いていったのは間もなくのことであった。
 
 
「ふむ、大したものだ」
 陥落した白地城を見上げる勝家の口調は、掛け値なしのものであり、功労者のアスカや真名にとっても悪い気はしない。
「ま、まあね、あたし達が来てるんだから当然じゃない」
「でも、柴田殿が引き回してくれたおかげです。私達だけなら、既に長慶の餌食になっていましたから」
 発言者名など振らずとも分かる台詞は、二人らしいと言えるが、ややもすると毒舌に聞こえるアスカのそれを、真名が融和しているのだ。
 勝家は別に気にした様子もなく、
「騎馬隊は確かに強いが、それだけでは攻城には向かぬ。大砲隊は攻城には向くが、近接戦には絶対に向かない。足すくらいでちょうど良いのじゃ」
 誰にともなく言うと、
「だが、次の讃岐はこう簡単には行かぬ。それは覚えて置かれよ」
「『え?』」
「讃岐の普通寺は、我らの交渉が行っておらず、国人衆共々三好家と手を結んでおる。何よりも、三好家の滅亡は碇家による四国の統一となり、次は自分達の番だと備前備中の浦上が援軍を送ってくるのは間違いないのじゃ」
「じゃ、じゃあそれって、国人衆に坊主を足してついでに浦上まで相手にしなきゃならないって事?」
「うむ」
 あっさりと勝家は頷き、
「とはいえ、無論行きたくなければ構わぬ。伊勢志摩の麗殿と替われば済むだけじゃ。麗奈殿に言って交替されるか?」
「しっ、しないわよっ。麗さんと交替なんかしてたまるもんですかっ、この手で四国落として晋二に褒めてもらうんだからねっ」
「その意気だ。何、いざとなればお二人は船の中におられるがいい。接近戦なら、わしの隊に唯殿と麗奈殿を加えた方が有利、落城は大砲隊でよろしかろう」
「ま、まあ、あんたがそう言うならそれでいいけどさ」
 引き揚げるわよ、とアスカが撤兵の支度を始めるのを見て、
「あの、柴田殿」
 真名が勝家を呼んだ。
「何か?」
「アスカは口は悪いけど、内心では決して柴田殿を嫌っているわけではないんです」
「分かっておる。娘御の台詞にその都度腹を立ててもおれまい。とは言え、真名殿も身体には十分気を付けられよ」
「わ、私ですか?」
「そうじゃ。そなたに何かあれば、あの娘の毒気を薄める者がいなくなる。この先、他家から降ったり、出奔してきて加わった者の中には、女如きに侮られてと激昂する者もおるやもしれぬからの」
「は、はい…ありがとうございます」
 聞き及んでいた所では、武人一辺倒のようであったが、自分に何かあればアスカの性格は目立ちすぎると指摘してのけたのは、決して単なる猪武者ではない証拠であった。
 
 
 
 
 
「やっぱり、家宝をふんだくって置いたのは正解だったね、晋二君」
「そ、そうだね」
 喉を触ればゴロゴロ鳴っていそうな顔で、そっと腕を取ってくる馨から、どうやって逃げようかと晋二は苦心中であった。
 何せ、精鋭部隊の中にツッコミ役がいないせいで、馨の天下なのだ。
 こちらはアスカ達とは違い、全員が騎馬隊の突撃組であり、おまけに剣豪が二人もいるせいで白兵戦ではまったく敵を近づけないのだが、城を落とすには少々時間が掛かる。士気が下がりやすいから、休みながらの攻撃になるのだ。
 とは言え、既に稲富祐秀を喪っていた一色家は、碇家の敵ではなく、隠岐水軍の邪魔は入ったが二城とも落城させるのにさほど時間は要らなかった。
 敵の殲滅よりも、城の陥落に時間が掛かったのだが、それとて苦戦とするには無理があるほどのものであり、こっちも被害ゼロで片づいたことで早速馨が近寄ってきたのだ。
(あの…さくらさん)
 僕です晋二です助けて助けて、とテレパシーを送ってみたが、受信してくれた様子はない。或いは、電波など受信したくないとバリヤーを張っているのかも知れなかった。
 
 
「いいモンあげます」
「これは?」
 得留之助から渡されたのはごく普通の湿布薬だったが、
「ホモ撃退用湿布です」
「ホ、ホモ撃退用〜!?」
「まあ、正確に言えば同性愛者ですが、元は好色なおっさん大名に目を付けられて困る小姓用に開発したものです。何が傍迷惑ってホモ好きが一番迷惑です。ま、晋二殿が身を任せてもいいと思われるなら持って帰りますが」
「い、要りますっ!」
 ひったくるように取ったそれは、礼儀知らずと言うよりもどこか悲痛すら感じさせる物であり、
「…そんなにイヤなら首切ったらどうです」
「それはいや」
「何故」
「ずっと昔の事を覚えていて、わざわざ僕の所に戻ってきてくれたんです。それに…」
「それに?」
「馨君は一人だけど…アスカ達は三人もいますから」
「男一人と女三人で等価値−男と女は等価値じゃないって事ですな。それだけ慕われる晋二殿が羨ましいですよ。では、私はこれで」
 あまり本気では思って無さそうな口調に、
「もしかして…得留之助さん男から迫られたいのかなあ」
 呟いたのは天然だったが、訊かれたら間違いなく足袋にコブラを仕込まれた事は間違いない。
 
 
(これ使おうかな…)
 馨を自分の組に配した瞬間−自分でもよく分からない勢いだったが−ずっと抱いていた不安が的中してしまい、懐中のそれをきゅっと握りしめた途端、
「へうっ!?」
 妙な声をあげて馨が前につんのめった。
「え?」
 見ると浅井長政が憮然とした顔で立っており、
「仕方がないから拙者がお助け申した。今度からは自分でお願い致す」
 さっさと歩いていってしまった。
(?)
 晋二が首を傾げたところへ、
「三人でね、誰が晋二殿を助けるかくじ引きしてたんです。でも助かったから良かったでしょう?」
 さくらがひょこっとやって来た。
「……」
 部下の選別を間違えたような気もするが、ホモの趣味を別にすれば、馨は至って有能である。摩耶ほどではないが、ほぼオールマイティにこなすし、外交だってしてのける。
 そして何よりも、接近戦で異様に強い剣豪の特技だが、これを二人も配下に持っているのは、日本中を探しても晋二だけであり、あまり我が儘を言っては罰が当たる。
 何より…この時代やおい=ホモという変態的な性癖は、至極一般的だったのだから。
 晋二がため息をついて馨を起こそうとした途端、ぱっとその目が開いた。
 一瞬ぎくっとなった晋二だが、
「晋二君、誰か来る」
「え?」
 晋二の感覚は何も捉えておらず怪訝な表情になったが、次の瞬間伝令が息を切らしてすっ飛んできた。
「何かあったの?」
 もしや四国平定に向けた部隊に何か、と思ったが伝令の言葉は意外な、そしてもっと悪いものであった。
「申し上げます。美濃の斉藤道三が留守を狙い、近江目指して攻め込んで参りましたっ」
「!」
 美濃が大人しくしてはいないと思ったが、こんなに早く動くとは思っていなかった。
 丹波丹後・播磨と平定してから、山城と摂津河内辺りの部隊を回そうと思っていたのである。
「大丈夫だよ、晋二君」
「か、馨君?」
「近江の国人衆と寺社衆は味方だ。それになにより−」
「な、何より?」
「碇摩耶、君の娘がいるじゃないか。向こうの事は彼女たちに任せておこうよ」
 ウインク一つ、笑って見せた馨になぜだかほっとして頷いた途端、
「それより僕達は僕達で−」
「ち、違うよっ、そう言う意味で言ったんじゃないよー!」
 慌てて馬首に鞭をくれて逃げ出した。
「照れはいい、行為に値するね。君もそうは思わないかい?」
 突っ込むべきなのか同意するべきなのか、人生最大の難問に直面し、使い番の男は為す術もなくその場に立ちつくした。
 
 
 無論、近江の方にはとっくにその情報は入っている。
「お嬢様、斉藤道三が攻め込んで参りましたぞっ」
「ええ、分かっているわ。大丈夫、心配ないから」
 何か有効な策が、と摩耶を見た海北綱親に、
「出撃は禁じます」
「え!?」
「簡単なことよ」
 くすっと笑ってからすぐ真顔になった。
「私は大砲隊を率いて観音寺城にこもります。他の諸将は城内待機を命じます」
「し、しかしそれでは…」
 不安げな顔の綱親に、
「大丈夫よ。この碇摩耶が、近江の城は一城たりとも落とさせないわ−私の名に賭けて」
 随分自信ありげな台詞だが、
「近江は摩耶に任せたからね。後よろしく」
 と、妙にあっさりと任せた事を思い出し、綱親は一礼した。
 がしかし。
「ちっ、殺しても殺してもキリがないわ」
 斉藤道三は名将である。これは間違いがない。
 そしてその配下には、稲葉一鉄・氏家ト全・安藤守就を始め結構粒が揃っている。
 しかし近江に限らないが、坊主共は残らず鉄砲で重装備しており、さらには国人衆も碇家側についているときては、さすがに道三達も容易く城へ攻めかかる事は出来ず、謎多き武将明智光秀と荷駄隊を率いていた安藤守就に至っては、坊主共の鉄砲隊の前に壊滅して敗走してしまった。
 それでも何とかその攻撃をくぐり抜け、観音寺城へ攻め掛かったのだが、
「嫌ー!不潔ー!!」
 降ってきたのは美少女の叫び声であり、何事かと見ると、
「ヒゲ面よヒゲ面、不潔よっ!どうせノミとかシラミとか湧いてるに違いないわっ」
「おのれ小娘言わせておけば!」
 ヒゲ面で不潔と言われたのは斉藤義龍であり、激怒して城に襲いかかったが、
「嫌っ、来ないでー!」
 城内から降り注いだのは大砲の弾であった。
 中から閉めきられた門は絶対開かない代わりに、味方がウロウロしてもついうっかり開門してしまう事はない。
 天才少女のヒス、ある意味これほど恐ろしいものはなく、降り注ぐ砲弾の前に何と、間もなく合流した氏家ト全と斉藤義龍が、揃って討ち死にしてしまったのである。
「な、何ということを…」
 小娘と凡将のみなら何ほどの事やあらん、そう舐めきってかかっただけに、衝撃は大きかった。
 歯がみしたが、すでに荷駄隊もなく二将が討ち取られてしまったとあっては、潰走も時間の問題であった。
「やむを得ぬ、引き揚げるぞ!」
 引き際は見事であったが、二将を喪い、しかも城の一つも手に入れられなかった事は、単なる敗戦などという言葉で片づくものではなかった。
 坊主頭にチョビ髭という道三か、或いは光秀辺りが攻め込んでいれば、また事態は変わったかもしれない。
 だが、乙女の前にむさ苦しいヒゲ面を出したばかりに、どえらい代償を払う事になってしまったのだ。
 斉藤家が力を失う事は、そのまま周辺の動向にも影響を与える事になり、まず動き出したのは今川家であった。
 伊勢志摩では、麗が静かに鉄砲を磨いて待っており、これを落とすのは容易ではないと慎重な見方が大勢を占めていたのだが、そこへ降って湧いた斉藤家の失速に衆議一決美濃攻めと決まった。
 その結果、岩村城と桜洞城が陥落し、斉藤家の運命は風前の灯火となってしまったのだが、今度は尾張の織田家が動いた。
 娘を嫁にもらっていることもあり、三河へ大挙して攻め込んだのである。
 あっさりと三河は陥落し、今川家は三河を国ごと失って美濃に二城を得、織田家は三河を丸ごと手に入れた。
 もっとも大損したのは、無論斉藤家であり、得難い部下に加えて二城も失ってしまったのだ。
 伊勢志摩・近江・越前若狭のラインより右は、急速に騒がしくなってきた。
 
 
「さ、晋二殿が帰ってきたら褒めてくれますから、いい子にしてましょうね」
 こくんと頷いた摩耶に、得留之助はほっと安堵の息をついた。
「あんたが連れてきたんだから何とかしろ」
 と訳の分からない理由で呼び出されたのだが、最初は周囲の者も近づけない程だったらしい。
「ヒスなんて特技は無いはずだが…」
 と首を傾げてから、
「そうだ…ヒゲ面見たの初めてだったんだ」
 思い出したように口にしたが、
「あの人の居場所はもう分かってます。すると、あの人を見たらどんな反応するんでしょうねえ」
 何を企んだのか、にやっと笑って呟いた。
 この商人に取って、騒動は商いより面白いものらしかった。
 
 
 
 
 
(続)

冗談抜きで、閉めきった門内から大砲撃ちまくられると、部隊なんてあっという間に壊滅します。
しかも門の中だから、攻撃も何も出来ず、まず最初に大混乱を起こします。
然る後に…おもむろに壊滅します。無論、門が無いと意味がないので、朽木谷館だったらキケン
ですが、美濃飛騨から来る場合は小谷城か観音寺城になるので、大砲隊一人置いておけば、
国人衆か坊主衆が敵に回らない限り、落ちる事は絶対にあり得ないのです。


大手門

桜田門