突発企画「奴らが戦国にやって来た」
 
第二十一話:七面から聞こえる楚の歌
 
 
 
 
 
「どうしたの?」
 妙に上機嫌で現れたアスカに晋二が訊くと、
「お土産持ってきたのよ。ほら、さっさと入りなさいよ」
 アスカ達が連れてきたのは、元伊勢志摩の武将具教であった。
 大名北畠晴具の息子でさくら同様剣豪の特技を持っている。城下町をうろうろしていたのをゲットしてきたのよ、とアスカと真名は誇らしげに笑った。
「どうか、拙者を使って下され」
 頭を下げた具教に、晋二は軽く頷いた。
 既に日本最大級の大名家となった碇家だが、実際の所は目下人手不足に悩んでおり、仕方がないからせっせと国人衆を引き抜いているのだが、やはり質はあまり良くない。越前の佐々木光林坊を現在引き抜いている最中だが、どうしてじーさんが多い。
 がしかし、何故その次が揃って元服したての若者になるのかは、よく分からない。
 そう、理由は不明だがじいさんの次は全部若者になってしまうのだ。
 年齢はともかく、やはり国人から引き抜くとどうしてもレベルは高くない。だから具教みたいなのが来ると助かるわけで、
「じゃ、加賀能登は任せるから。降った遊佐続光と一緒に守っておいて」
 晋二はあっさりと一国を任せたのである。
 
 
「ところでアスカ」
「なあに?」
「くり…なんだっけ?」
「くりすますよ、くりすます」
「そうそう、そのくりすますなんだけど、それ何なの?」
「あのね、南蛮の者から聞いたんだけど向こうの祭りなんだって」
 横から口を挟んだのは真名である。側にはさくらが控えているが、これは太刀を身から離さず艶にはほど遠く、色っぽく正装しているのはアスカと真名だけだから、実質的に三人だけと言っても良かろう。
 したがって、当然ながらアスカ一人に晋二を独占させるわけには行かないのだ。
「南蛮の者が信じるなんとかって人の、何とか言う記念の日なんですって」
(何とかって言う人の何とか?随分曖昧な)
 とは思ったが無論口にはせず、
「アスカは知ってるの?」
「だから真名が言ってるじゃない、なんとかって人の何とか言う記念日なんだって」
「…つまり二人ともよく知らないんだ−あうっ」
 言い終わらぬ内に、晋二は二人の手で押し倒されていた。
 既に身辺の警護はさくら一人に任せており、晋二は太刀を身辺から離している。それだけにさくらがもしその気になれば、晋二の首など簡単に宙を舞っているのだが、奇妙な大名を気に入ったさくらは、晋二に取って最強の護衛であった。
「碇君のくせに」「生意気なんだから」
「ちょ、ちょっと二人ともっ?」
 じたばたもがいた殿様だが、二人とも何を着込んでいるのかぴくりとも動けない。
 それどころか、揃って赤い舌をちろちろと出しながら、
「ちょっと考えたんだけどね」「ここって寒いじゃない」
「う、うん」
「交代で添い寝してもいいんだけど、晋二ってばもてるから」
「も、もてるー!?」
 何を言い出すのかと、怪訝な表情になった晋二に、
「放っておくと縁談の話が来て、そのたびにアスカだけいい思いするんだもん」
 一回しかなかったのに、まるで晋二が女たらしみたいな事を真名が言う。
「だから今日は三人でゴロゴロするの。ね、さくらいいでしょ?」
「私は別に構いませんが−」
「ちょっと何よその股間に物が挟まったみたいな言い方は」
「『え?』」
「あ、いやその奥歯だったわ奥歯。何が言いたいのよ」
「奥歯で良かったわねえ」
 次の瞬間冷たい声がして、アスカと真名がぎくっとして振り向くと、視線の先には外の冬夜よりも冷たい気温を漂わせた麗が立っていた。
 しかも、
「晋二、こんな淫乱な娘達といる事はないわ。さ、私と一緒に行きましょう」
 腕を引っ張ったのはいいが、この真冬に薄着であり、しかも胸元はアスカ達とは比較にならないほど開かれているではないか。
 むっか〜。
 カチン、と来たアスカと真名がすぐに起きあがり、
「いーえ、今夜はあたし達と一緒に寝るんです。貞淑な麗さんは一人寂しく寝ていてくださいっ」
 反対からアスカが晋二を引っ張り、
「そうですよ。そんな薄着で寒かったら、麗奈さんと姉妹仲良く添い寝してればいいじゃないですかっ」
 と真名も譲らない。
「お、お願い離して」
 左右から引っ張られる晋二は、顔を赤くしたり青くしたりして抵抗しようとするが、力が弱すぎて、と言うより左右で散る火花の前に、抵抗勢力になる事すら出来ない。
 ふう、と息を一つ吐きだしてさくらが立ち上がろうとした時、小さく襖が開いた。
「何」
「卯璃屋得留之助殿がお待ちです」
 ちらり、と晋二を奪い合う娘達に視線を向けてから、
「すぐに行きます」
 すっと立ち上がった。
 晋二を挟んだこの三人の奇妙なライバル関係は、すでに知らされているさくらであり、放っておいても血を見る事がないのは分かっている。
 と言うより、痴話喧嘩などあまり見たいものではないし、まして仲裁などしようものなら、
「さくら殿はどっちの味方なの!」
 と、斬り捨てたくなるような事を双方から言われるのは確実であり、得留之助が待っていると知らされ、内心では喜々として部屋を後にした。
 
 
 
 
 
「兄上、本当によろしいのですか。このままでは、碇家の勢力は畿内一帯からどんどん増えるばかりです」
 ここ、四国は阿波にある白地城では、畿内から駆逐されて勢力を失った三好長慶が悶々とした日々を送っていた。
 無論、原因は碇家である。
 最初は畿内の一大名のそのまた家臣に過ぎなかったのに、何時の間にやらとんでもない勢力を拡大し、今では実質日本一の大名へと成り上がっている。
 おまけに諸勢力を動員しようにも、京の朝廷・伊賀流や甲賀流にまで大量の資金をばらまいて味方につけており、隙すらない。
 しかも知謀では天下にも筆頭と言える松永久秀や、武勇ではその名を知られた十河一存まで討ち取られており、文字通り讃岐と阿波だけで悶々としている毎日なのだ。
「言われずとも分かっておる」
 かつて畿内の雄とまで言われた長慶も、すでにその面目はまったく見られなくなっていた。心労が、大きくその身体を蝕んでいたのである。
「今はまだ、じっと力を蓄える時じゃ。決して焦ってはならぬ」
 憔悴しきった兄の長慶にも、義賢は何も言わずに頭を下げた。
 だが、畿内の様相が一変する事になろうとは、この時の二人には思いも寄らなかったのである。
 
 
  
 
 
 
「こんな夜更けに何の用ですか?」
 一応警戒している口振りだが、この奇妙な商人が手など出してこないことは分かっている。その興味が他人を眺める事にあると、さくらは何となく気付いていたのだ。
「真宮寺殿、あまり満足そうな顔ではありませんな。どうかしましたか?」
「私、顔に出てますか?」
「頬に一分ほど出てます」
 ついさくらもくすっと笑ったが、すぐに顔を引き締めた。
「殿は少し、人を信用し過ぎます。降ったばかりの者をあんな前線に置かれるのはいくらなんでも…」
「危ないですな。ま、分かり切った事ではありますが」
「え?」
「畿内は戦場になりますよ」
「っ!?」
 思いも寄らぬ言葉に、さくらの表情が一瞬にして強張った。
 しかし、得留之助は気にした様子もなく、
「考えれば分かることですが、先般アスカ殿を優先にして織田家との縁組を断りました。なんとか加賀能登まで抑えましたから、既に美濃飛騨や越中の一向宗には手を伸ばしてあるので、斉藤家がガシガシ攻めてくる事はとりあえずないでしょう。ただし、外敵にはと言う条件が付きますが」
「あ、あのどういう事ですか?」
「確かに遊佐続光は降りましたが、無論忠誠心は低いです。ただし、国人衆から引き抜いた武将は知行が少ないので、大量の兵は持たせられません。そうなると、造反有理が 起こるという多少のリスクを覚悟しても前線に置かざるを得ないんです」
「そ、それでっ!?」
 身を乗り出したさくらに、
「内乱が起きます」
 得留之助はいともあっさりと告げた。
 
 
 得留之助の元を辞したさくらが戻ってくると、室内は静かになっていた。無論、血の雨が降った様子も見られない。
 中を見ると、三人娘が晋二といっしょ、と言う事で一応の決着を見たらしく、晋二を挟むようにして三人が眠っている。
 がしかし。
「う、うーん…暗いよ狭いよ怖いよ〜」
 と、何故か挟まれている晋二は魘されており、互いの身体に回された娘達の手は、よく見るとつねり合っている。
 一体何をしているのかと呆れたが、気配は完全に眠っている者のそれであり、夢の中で修羅場を演じているらしい。
「まったく悠長なことを」
 小さく洩らしたさくらだが、それ以上主家の痴話には立ち入ろうとせず、廊下で腰を落とすと刀を小脇に抱えた。
 
 
 年の明けた二月の事、近江で麗奈と農作業に励んでいた晋二の元へ、早馬が飛び込んできた。
 加賀能登を任された遊佐続光が裏切ったと言うのである。しかも北畠具教も一緒になって寝返っており、これで越中方面からの北上は断たれてしまった。
「困ったね」
 晋二は鍬を振る手を止めたのみであったが、凶報はこれだけに留まらなかった。
 その翌月、今度は手傷を負った美里が運ばれてきたのである。
「美里さんっ!」
 血相を変えた晋二が走り寄ると、大丈夫よ、と美里は手を振った。
「不覚を取るなんて、あたしも年かしらね」
 ぶるぶると首を振った晋二は、そのまま紀伊に赴くと全力を挙げて水軍の援助を命じ、伊勢方面から出てきた志摩水軍に猛攻をかけて撃退させた。
「迷惑かけたわね…」
 傷を押し殺して気丈に笑ってみせる美里だが、傷は決して軽いものではなかった。
 得留之助でさえ、
「これ、ちょっとやばくない?」
「だよね〜」
 とろくでもない会話をしていたのだが、晋二が付きっきりだった甲斐あってか、なんとか持ち直した。
 しかし痕は完全には消えず、胸元から脇腹にかけて大きな傷が残ってしまった。
「これじゃあもう、晋二君の誘惑出来ないわね…」
 余人を近づけず、晋二がすべて身の回りの世話をしていたのだが、どうしても傷跡が消えないと知った時、二人は抱き合って泣いた。
 女とは言え、家臣の傷で涙を流す主君はそう多くない。
 アスカ達も最初はジェラシーの焔を燃やしていたが、美里の傷を知ると何も言わなくなった。
 同じ女として、身体に傷が残る事は重くのしかかっていたのかもしれない。
 だが、戦況はそんな感傷を許してはくれなかった。
 領域に入ってきた志摩水軍を撃退はしたが、こちらから攻め込んでいって壊滅させたわけではなく、それが裏目に出たのだ。
 織田家との縁談を断ったのはいいが、当然仲は疎遠になる。
 ただ、家臣が増えすぎて使い回しに困っていた織田家は、復讐の軍を起こす程の余力はなく、すぐには攻め込んでこなかった。
 その代わり−海を越えて今川家が攻め込んできたのである。
 知将酒井忠次以下、ずらりと武将を揃えて攻め込んできた今川家に、麗達を万一に備えて国境へ駐屯させておいたものの、突っ込んでくる騎馬隊の前に苦戦を強いられた。
 国人衆と一向宗が味方してくれなかったら、大河内城は落ちていた可能性が高い。
 晋二と馨が騎馬隊をひっさげて援軍に駆けつけ、大将朝比奈泰朝の背後から突撃をかけて総崩れにはさせたものの、武将は全員逃すわ騎馬隊の攻撃でアスカと真名は壊滅寸前まで追い込まれるわと、どうひいき目に見ても敗戦濃厚な戦となってしまった。
 美濃飛騨にいる斉藤道三は照蓮寺の不穏な動きに振り回され−無論馨が外交で手を回したのだ−本格的には攻め込んでこないものの、近江へ武将を送ってちょっかいを出してきたし、稲富祐秀を討ち取られた一色家も赫怒して越前若狭へ侵攻を開始し、おまけに赤松家まで摂津を窺い始めた。
 こうなると、俄然勢いを取り戻すのが三好家であり、赤松家と呼応して摂津河内・紀伊を虎視眈々と狙いだし、碇家の周囲は一気に火薬庫へ点火した感がある。
 もし織田家と婚姻関係を結んでいれば、美濃飛騨からはちょっかいは出してこないし、三河から今川家が攻め込んで来ても援軍を頼めたのだ。
 要するに、幼なじみを優先したばかりに、一気にピンチが拡大したのである。
 逆に、加賀能登は乗っ取られたが国力が貧しいから攻め込んで来ず、謀反された事が吉のような状況になっていた。
 播磨・讃岐・阿波・加賀能登・丹波丹後・尾張・三河・美濃飛騨、境を接するこれらの国が一斉に蜂起したようなものであり、それはまさしく碇家包囲網と言っても過言ではなかったろう。
 アスカや真名、それに麗達も奮戦したが、やはり武将小隊だけの大砲隊は重荷となってしまう。その一方で、必然的に三好政勝や馨、それにさくら辺りの白兵戦に強い武将が入り用となり、これに剣豪将軍足利義輝と浅井長政を加えた五大将軍は、いずれも最大級の知行を与えられ、防衛につとめる前線で暴れ回った。
 なにせ剣豪が二人もいる部隊だから、その強さからして半端ではない。敵が鉄砲隊でも五小隊全部が鉄砲というのはいないから、威力など全く無視して陣形を組み突撃をかけていく。これではいかな鉄砲隊でもたまったものではない。
 政勝が鉄砲を撃ちまくり、敵が混乱したところへ他の四人が突っ込んでいく。
 単純ではあったが、これが一番効果のある戦法であった。
 晋二はアスカと麗奈を側において、と言うより大砲で鉄砲隊で武装して伊勢志摩に詰めており、唯には真名と細川藤孝を付けて紀伊に配備した。
 麗奈と唯はまだ一緒に出来ない。
 と言うよりその関係が本妻と愛人の娘であり、正月に初めて顔を会わせた時、二人の女の間で火花が散っていた事に気付いたさくらと馨が、晋二に進言して離させたのだ。
 やはりまだ、お互いにその存在を認め合う事は難しいらしい。
 数ヶ月を防戦一方に追われた碇家だったが、幸いだったのは、越後の長尾景虎を始め甲斐の猛将武田晴信等、最強の敵と接していなかった事であったろう。
 確かに敵は多かったが、一つ一つを取ってみた時、碇家を凌駕するような相手はいなかったのである。
 ただ、領地の拡大と共に敵の数も増え、偶発的にそれが同時多発したに過ぎない。
 とは言え、アスカ達を優先した事で、ピンチが拡大したのはまぎれもない事実であり、それに伴って家中からの批判も出始めていた。
 さくら達が伊勢志摩にいた晋二の所へ戻ってきたのは、もう八月も半ばを過ぎた頃であったが、大河内城へ入ったさくらは、アスカ達の姿がないのに気が付いた。真名も紀伊から戻っている筈なのに、晋二の側には麗奈がひっそりと控えているのみである。
「あ、あのアスカさん達は?」
「…謹慎してるわ。真名と麗も一緒にね」
「き、謹慎!?」
 唖然とした表情になったさくらに、
「今回の危機は、晋二があの子達を優先した事もそうだけど、あの子達が連れてきた降将が寝返った事に因を発しているわ。寝返ったのは遊佐続光だけど、実際に唆したのは北畠具教だったのよ」
「……」
 何とも言えない表情のさくらだが、無論これには訳がある。
 
 
「今、何と言われたんですか?」
「北畠具教は寝返ります、そう言ったんです」
 音もなく湯飲みを空にしてから、得留之助は更に続けた。
「同じ降将でも、足利ブラザーズは元々三好家に押されていましたし、自分達の立場は分かっています。しかし北畠親子は違います。家系は伊勢志摩の国司ですし、碇家など成り上がり者程度にしか見ていません。何よりも、北畠晴具は戦で碇家にその首級を上げられていますから、恨みは相当に深いはずです」
「そっ、そのことを殿にはっ?」
「言ってません」
 簡単に首を振った得留之助に、
「どっ、どうして?」
「連れてきたのが私なら別ですが、アスカ殿に真名殿が連れてきて、麗殿も賛同しています。ここで私が反対意見など唱えれば、晋二殿と彼女たちとの間に不和が生じかねない。何よりも真宮寺殿、あなたに取ってはその方がいいでしょう」
「あ、あたしですか?」
 ぽかんと口を開けたさくらに、
「このままでは、あなたは痴話喧嘩の渦中に巻き込まれ、しかもそれをじーっと見ている事になります。そんな事より、最前線で剣を振るっていた方が面白いでしょう?」
「そっ、そんな事はっ」
 言いかけてから、何処かでそれを肯定している自分にさくらは気付いていたのだ。
 そう、個人的な恋愛感情を晋二に持っていないさくらに取って、忍び込んでくるのが敵ならまだしも、夜ばいをかけようとする娘達とあっては、どこか気が抜けてしまうのも確かであり、これならまだ敵の方が楽だったかも知れない。
 結局さくらは、降将達の件で晋二に何も言わなかった。
 別にさくらに責任はないが、何となく後ろめたい気持ちのまま、
「それであの、謹慎っていつまでなんですか?」
 もう終わるかしら、位に思っていたさくらだが、返ってきた答えは仰天するようなものであった。
「やはり女に大局は見られない−追放すべしと言う論も出ているのよ。さくら殿にはまだ言ってなかったけれど、実は三好家の猛攻を受けて、と言うより間隙を縫うようなそれで、紀伊が落ちてしまったのよ」
「な、何ですってっ!?」
 呆然とした表情で、さくらはその場に立ちすくんだ。
 
 
 
 
 
(続)

大手門

桜田門