突発企画「奴らが戦国にやって来た」
 
第二十話:やっぱりおとこのこ
 
 
 
 
 
「晋二を殺してあたしも死ぬー!!」
 人は見かけに寄らない、と言う。
 胸元にまな板でも差し込んでいそうな娘が、帯くるくる〜で脱がしてみたら、掴んでも余る大きさの巨乳を持っていたり、牛蒡に手足の生えたような青年が、閨で身体を合わせてみたら、とんでもない逸物の持ち主だったり。
 無論、身体のパーツだけに留まらず、それは力量にも現れてくる。
 例えばそう−大砲隊を率いる娘が、肉弾戦でとんでもない力を発揮してみたりとか。
 
 
「とりあえず眠りました。これで二日くらいは起きないでしょ」
 よいしょっと風呂敷を手に出てきた卯璃屋得留之助に、晋二以下家臣達がずらりと並んで頭を下げた。
 信秀の娘、お市との縁談話にキレたアスカが、使者を叩っ斬ろうとしたのは何とか止めたが、もう恋人を奪われた巨大なゴリラ状態になってしまい、さくらに麗奈、それに麗や真名も本気で掛かったのだが、全てが一撃の下に跳ね飛ばされた。
 勿論晋二とて例外ではなく、揃ってあちこちに傷があるのはそのせいだ。医者を呼んで鎮静剤をと思ったが、こんな時は医者より危険な商人の方がいいと、得留之助を呼んだ。
「暇じゃないんだけどな〜高くつきますよ〜」
 やな台詞を口にしたものの、女四人がかりで何とか押さえ込んでいるアスカを見ると、
「あ、キレてますな」
 冷静に分析し、懐から短筒のような物を取り出し、何かを込めたかと思うと止める間もなくアスカに向けて引き金を引いた。
 びくんっとアスカの身体が一瞬激しく揺れ、皆の顔から血の気が退いたが、数秒後にはもう高鼾を立てていたからほっとした。
「ところで晋二殿、どうされるおつもりですか?」
「ど、どうって?」
「普通の大名家なら、手討ちか切腹が妥当です。まして、このまま放置しておけば、織田家との関係は無論、全国に悪名が広がります。それでもよろしいのですか?」
「そ、それは…」
「晋二殿、どう処置されようと、私が口を出す気はありません。しかし今の碇家は、その辺の中小大名ではなく、摂津河内・山城・紀伊・近江・伊賀、と手に入れており、事実上日本中のでもっとも大きな大名であり、天下の耳目も集まります。そのことだけはお忘れにならないで下さい。じゃっ」
 そう、この変わった商人が言うとおり、既に碇家の力は日本一と言っても過言ではないのだ。これに丹波丹後、それに伊勢志摩を加えた日には、中部から近畿をそっくり制圧してしまうのである。
 無論、それに伴って天下の耳目も集まってこようし、縁談の使者を切り捨てようとしたなどとあっては、それこそ力を背後に好き放題と言われよう。
 このまま天下を統一しても、ろくな事にならないのは目に見えている。
 第一、これでは晋二がいつまで経っても結婚出来ないではないか。
「殿…」
 唇を噛んで立ちつくす晋二を、さくら以下が不安そうに見やったが、
「うん…僕は大丈夫だから」
 程なくしてその顔が上がり、
「僕はアスカの側についているから、君らは奥に下がって傷の手当てをしてきて。迷惑を掛けたね」
「『い、いえそんな事はっ』」
 一斉に首を振ったが、暴れるアスカの取り押さえであちこち手傷を負っており、さくさくとさがっていった。
 彼女たちを見送ってから、シンジはすっとアスカの枕元に腰を降ろした。
 よほど強烈な物を撃ち込まれたと見えて、さっきまでの子を奪われた鬼子母神みたいな表情はすっかり影を潜め、すやすやと寝息を立てている。
「まったくもう、呑気なんだから」
 ぶつぶつ言ったが、すぐに真顔になった。
 閉じているアスカの双眸から、涙が一筋流れ落ちたのである。
「…やだ…晋二やだ…」
「……」
 黙ってその顔を見つめていた晋二だが、すっと指を伸ばすと涙を拭ってやった。
「やっぱり…」
 呟いた顔には苦渋の色がある。
 それもその筈で、ここで織田家と親戚筋になっておけば、斉藤道三もガシガシ攻めて来る事はなくなり、その間に伊勢志摩・近江・越前若狭のラインを固めておける。しかも、下からは無理にしても、越前若狭から加賀能登・越中ラインへと勢力拡大も出来るのだ。
 しかしここで断ればどうなるか。
 織田家が別に恨みを持たなかったとしても、美濃飛騨の斉藤道三はガンガン攻めてくるだろうし、畿内はともかく、近江や伊賀はまだ安定していないから、晋二としてもそれは避けたいのだ。
「でもアスカ泣いてるし…」
 こんな呟きが通るのは、一町人か農民ぐらいなのだが、大大名になっても晋二に取っては変わらないらしい。
 しばらくアスカの顔を見つめていた晋二だが、やがて何を思ったか、ゆっくりとその顔をアスカの唇へ近づけていった。
 
 
 
 
 
「ひどい目に遭ったものね、真宮寺殿大丈夫?」
「あ、はい私は大丈夫です。剣の稽古で怪我はしょっちゅうでしたし」
「それならいいけれど」
 と傷口に薬を塗った布を当てながら、麗奈が真名を見た。
「あなた達もあんな反応を?」
「わ、私はあそこまでは…そ、それは確かに悔しいですけれど…」
「麗は?」
「私?晋二の心はいつも私の物だもの、小娘一人が婚姻しようと無駄な事ね」
「い、碇君は実の姉とくっつくような人じゃありませんっ。碇君の心は私と一緒にあるんですっ」
「それはどうかしらね。一番近づけるのは姉なのよ」
「……」
 睨み合う二人を見て、
「真宮寺殿、刀」
「はいここに」
 チキ、と鯉口を切った麗奈に、慌てて二人が視線を外す。
「二人とも、誰かと強制的に結婚させた方がいいかもしれないわね」
「そ、そ、そんな事はないですっ」
「そ、そうよこんなに仲がいいのにっ」
 慌てて手を取り合った二人に、やれやれと苦笑したがそれも一瞬の事で、すぐに表情は引き締まった。
「殿がどうされるかは分からないけれど、殿の対応次第では近江は戦場になるわ。とは言え、私達はどんな指示が出ても従うのみ−あの子が決めた事だから。いいわね」
 こんな時、私情が入らない立場というのは強い。
 麗奈の言葉に、何故か三人とも恭しく頷いてしまった。
 
 
「あ、あれ晋二…ここどこ…?」
「ア、アスカ!?」
 二日は起きない、そう言われていた筈が数刻であっさりと目覚めたアスカに、うとうとしていた晋二も慌てて起きた。
「何であたしがここに…そっか、あたし暴れて…」
「だ、大丈夫…なの?」
「何が?」
「あ、あの二日は起きないって卯璃屋さんが言ってたから」
「二日ー!?一体あたしに何射ったのよっ」
 激昂しかけてから、ふうっとため息をついた。
「まあいいわ…暴れたのあたしだしね…晋二、怒ってる?」
 ふるふると晋二は首を振ったが、はたから見れば主人に無理矢理手込めにされた奥女中が、気にしていませんからと首を振ったように見える。
 母唯が銃弾の前に身を投げ出した時、刹那羅刹と化した晋二だが、やはりあれは本性ではなく火事場の何とかというものであり、こっちの方が晋二の本来であろう。
「いいよ…」
「え?」
 不意にアスカが晋二を見た。
「結婚しても…いいって言ってるの」
「……」
「そんな顔しないでよ。別に披露宴で当てつけに自殺したりはしないから」
 そんな事など思っていなかった晋二であり、その言葉にむしろ驚いたのだが、アスカは気付いた様子もなく、
「晋二がね…いてくれたんだって思ったら、もう良くなっちゃった」
「僕がいた?」
「あたしの側にいてくれたじゃない。これが他の国だったら、有無を言わさず首斬られてるわよね、あたし」
「そ、それは…」
 多分ではなく、間違いなく首が宙に舞っている。だいたい、殿の婚礼に反対して大騒ぎする小娘がどこの世界にいるというのか。
「晋二が決めた事なら間違いないもん。いきなり跡を継がされた時だって、最初はみんなが駄目だろうって思ってたのに、今ではもう日本中で一番大きな大大名になっちゃって。だから−」
 起きあがったアスカが不意に三つ指を突いた。
「もう…我が儘言わないから、ずっと…ずっとお側に…えぐっ…」
 アスカが泣いている、そう知った晋二はやや呆然としてアスカを眺めた。
 確かに、戦死したと思った真名が帰ってきた時泣いたのは知っているが、まさか自分の事などで泣くとは思わなかったのだ。
 少しの間動けなかった晋二だが、やがてきゅっと唇を噛むとその手を伸ばしていった。
 
 
 
 
 
「マジですか?」
「マジです」
 得留之助は、奇妙な物体でも見るような視線を晋二に向けた。
 それもその筈、和平交渉含みでそれも先方から姫を差し出してきたと言うのに、それを断った挙げ句一気に越前若狭から加賀能登まで侵攻すると言い出したのだ。
 ただ、本人もさすがにアブナい事を口走っている認識はあるのか、家臣達に告げる前にここへやって来た。
「何を考えてるんです?」
「本願寺の殲滅および一向宗の懐柔です」
「戦力が足りませんよ」
 晋二が何を考えているのかは、得留之助にはすぐ分かった。
 加賀能登を落とす、と言う事はすなわち本願寺を滅ぼすと言う事であり、本願寺さえいなくなれば各地の一向宗と親密な関係を作る事は出来る。
 そしてそれは、美濃飛騨や尾張に取っては大きな脅威となるのだ。美濃飛騨にも尾張にも強力な一向宗の拠点があり、それが火を噴くとなれば碇家に侵攻どころではなくなってくるのである。
 と言う事は。
「戦力が足りないのは分かっています。でも−僕はアスカを見捨てることは出来ないんです。お願いします、力を貸してください」
 深々と頭を下げた晋二に、得留之助は内心でため息をついた。
 元より和平派とも言える晋二が、なぜこんな無謀な事を言いだしたのか位はすぐに分かる。アスカが絡んでいなければ−と言うよりも、縁談を断る決意をしたのに違いない。
 とは言え、それでお家が危機になれば、アスカへの非難が集中する事になる。だから晋二は、座して待つより出でて活路を見いだす事にしたのだ。
 ただ、これとて一つ間違えれば全滅の危機を孕んではいるのだが。
「あの娘がそんなに大事ですか?」
「ごめんなさい」
 晋二はもう一度頭を下げた。
「卯璃屋さんが言われる事は分かってます。僕だって、いずれは結婚しなくちゃならないって言う事も。でも今…あのアスカを捨てて結婚するなんて…僕には出来ない」
「まったく恋愛厨が」
「…なんか言いました?」
「いえなんでも。ま、仕方ありませんな。そこまで一蓮托生の覚悟が出来てれば、打つ手が無い事もありません」
「あ、あるんですかっ!?」
 勢い良く身を乗り出した晋二に、
「一応」
 あまり気乗りしない様子で頷くと、
「紀伊と伊賀を空っぽにします。足利ブラザーズの兄貴、剣豪を持った方と浅井の生き残りを呼び寄せてください。そのまま伊勢志摩になだれ込んで落とし、返す刀で越前若狭へ侵攻します。本願寺からは援軍も来ない筈なので−」
「楽勝ですかっ?」
「ブー。不正解」
「…え?」
「丹波丹後に、碇家に私怨持ってる大名がいます。あれが援軍出して来ます。なんせ一色家は急成長した碇家が気に入りません。こういう私怨ちゃんが一番困るんです」
「し、私怨ちゃん?じゃ、じゃあどうしたら」
「アスカ・真名・麗・麗奈、この四人の隊を置いていく事です」
「そ、そんな事をしたら戦力がっ」
「いなくても何とかなるでしょ。と言うよりそれが狙い−つまり、あそこの稲富祐秀は鉄砲を持ってますが、豪雨になれば使えません。それに本願寺の鉄砲も豪雨には無用の長物ですから、そこを狙うんです」
「は、はあ」
 得留之助の話に、あっそうかと思った晋二だが、何となく表情は浮かない。
 置いていく、そう言った時の娘達の顔が浮かんだのである。
「置いていくと後が怖い、そう思ってるでしょう?」
 びくっと身を強張らせた晋二に、
「今までは畿内ばかりの戦闘でしたが、今後は越中ラインから上、つまり北国が増えてきます。ちゃんといい子でお留守番していてもらう事も大事ですよ」
「は、はい…」
 首を傾げながら帰っていった晋二が、団子屋の軒先にあった椅子に足をぶつけたのを見て、
「あれはどうやって説得しようかと悩んでる顔ですな。ま、せいぜい苦労していらっしゃいな」
 得留之助はにやあと笑った。
 がしかし。
 
 
「いいわよ。ちゃんといい子に留守番してるから」
「うに?」
「だからあ、ちゃんと待ってるって言ったのよ。別に連れてけーなんて暴れたりしないわよ。ねえ真名」
「そうよ。碇君の言う事に逆らうわけないじゃない」
「……」
 どうやって説得しようが道すがら真剣に悩み、団子屋の軒先で転ぶ事三回、遊女の群れに突っ込んで袋だたきの代わりに身体をまさぐられる事二回、さんざん苦労しながら帰ってきただけに、晋二はぽかんと口を開けて美少女達を眺めた。
 無論これには理由がある。
 アスカ達を一人にはしないから、そう言ってアスカをぎゅっと抱きしめたと聞かされて最初は少しジェラシーの炎を燃やした真名と麗だったが、ツッコミが入る寸前で本来の目的を思い出し、『アスカ達』と言った事で納得する事にした。
 色々考えても、結局名案は出なかった晋二だが、あっさり納得されてしまいちょっと面白くない。
 男なんて我が儘である。
 しかしその晩の事。
「うふふ〜、こんばんは」
 鉄砲と大砲を置いていく、それは今までなかった経験だけにどうやれば勝てるかと考え込んでいたから、盛り上がった布団には気付かなかった。
 横になって考えようと布団を上げた途端、
「ま、真名!?」
 そこにいたのは真っ白な襦袢一枚で横になっている真名であった。
 文字通り下着一枚だから、ほんのりと色づいた乳首までが透き通って見えている。
「ど、どうしてここにっ?」
「私と相談して決めたのよ」
 機械の音がして、晋二の首が後ろを振り向く。
「あ、姉上…」
 そこにいたのは、これも下着一枚の麗であり、何故か二人とも頬を染めている。
「実際はどうあれ、数刻の間アスカと寝室にいたのは事実でしょう。だから、今夜は私達が添い寝して貰う事に決めたの」
「き、決めたってそんな…」
「『駄目?』」
 何故か、同じ声でうるうると見上げてくる二人に、
「そ、そんな事はないけど」
「『良かったあ』」
 にっこり笑った顔を見合わせると、晋二の気が変わらない内にと、手際よく晋二を床に押し込み、二人が両側を固めるように滑り込んできた。
 
 
 乙女の吐息…×2。
 洗いたての髪の香…×2
 悪気がない−多分ないはずだ−のは分かっている。
 しかしさすがの晋二も、さっさと寝付いた二人が時折洩らす、と言うより吹きかけてくる吐息と肩で揺れる髪の香に作戦どころか寝付く事も出来ず、何故か必死に唇を噛みながらじっと天井を見上げていた。
 眠れない時には落ち武者の数を数えるに限る。以前得留之助からそう教えられた晋二は天井にその数を探した。
 そうすれば本能が恐怖心から睡眠に入ると言われたのだが…なぜか今日に限って浮かんでくる落ち武者はすべて下着一枚の女であった。
 ちらっと横を見ようものなら、はだけた下着から見える白い胸肉が恐ろしいほどの力で誘惑してくるし、身体へ固くおしつけた手を動かすなら、腰巻きのない下腹部へ即座に触れてしまうのだ。
(な、生殺しだよう)
 自分が男だ、と認識した初めての夜だったかも知れない。
 
 
 そして。
「全軍突撃ィ!」
 戦場に晋二の凄まじい大音声が響き渡る。
 足利義輝や渚馨ですら、晋二のどこにこんな声があったのかと思うほどであり、それは伊勢志摩を屠り返す刀で越前若狭を片づけるに及んでようやく止んだ。
 得留之助が言った通り降雨の時期を選んだことで、一色家から鉄砲を担いでやってきた稲富祐秀もあっさり捕縛、斬首されて一等級の家宝を献上する事となった。
「山城から撤退せず、お前の首を取っておくべきだった」
 縛された身で吐き捨てた祐秀に、馨がキレてしまったのだ。
「ちょ、ちょっと馨君いきなり斬らなくても…」
「はいこれ砲術書。一等級の家宝さ…って、晋二君?」
「え?」
「い、いや…」
(あのキレたような晋二君は一体…)
 これまた何も知らないさくらと顔を見合わせた馨だったが、
「少し刺激が強すぎたかしら」
「いいのよ、あれくらいで。でも私達には何にもしないで戦場で発散するなんて…」
「だから、殿は近親相姦には興味ありません。ノーマルなんです」
「なんですって」
「止めなさい二人とも」
 留守の城であれこれと妄想を膨らませ、顔を緩ませている娘達がいる事など、無論晋二は知らなかった。
 越前若狭を落とした碇家はもう止まらず、二ヶ月後には無傷の精兵を率いて本願寺になだれ込んだ。
 既に顕如が首を取られて代替わりしている本願寺家にかつての勢いはなく、ここに一向宗の総本山は滅びた。
「メリーくりすます」
「え?」
 晋二に取っては聞き慣れない挨拶で、アスカ達が越前若狭の一乗谷城へやってきたのはその年の冬の事であった。
 
 
 
 
 
(続)

大手門

桜田門