突発企画「奴らが戦国にやって来た」
 
第十九話:キレた剣豪の威力
 
 
 
 
 
「何を出鱈目な事を。このお二人がお前ごときに何を望まれると言うのだ」
 問答無用とばかりに、一刀両断に切り捨てようとしたさくらだったが、その手は直前で止まった。
「あー、止めた方がいいですよ」
 この場には似合わない間の抜けた声がして、さくらは声の方を振り返った。
「卯璃屋殿、なぜここに」
「私?勿論真宮寺殿を酔わせて押し倒しに」
 ヒカリ諸共叩っ斬ってやろうかと思ったが、この商人を殺すと後が面倒なのでなんとか抑え、
「ご、ご冗談を」
「冗談です」
 奇妙な商人はあっさりと頷き、
「赤葡萄酒を持ってきたんですが、晋二殿が酔いつぶれてしまいましてな。きゅう〜とか言って、ついさっき意識が戻ったところですよ」
「と、殿がっ!?」
 商人も忍びも忘れ、駆け出そうとしたさくらに、
「口開けて寝てますから、他の方には見られたくないと思いますよ」
「くっ」
 そう言われては、無視して走っていく事も出来ず、じりじりしつつも足は止まった。
「卯璃屋さん、先ほど言われた事ですが、止めた方がいいとはなぜです?」
「その貧相な身体のくのいちが言った事は本当だからですよ。アスカ殿と真名殿が、晋二殿の部屋に夜ばいしてから後、どうするべきかその娘に教わったのです」
 貧相な身体、と言われてヒカリの歯が一瞬かりっと鳴ったような気もしたが、気のせいかもしれない。
「どういう事です」
「男の忍びなら、生娘を気持ちよく女にしてやる事で、味方にする術を持っています。そして、女の忍びはその逆と言う事です。多分お二人共、もう分かっておられるのですよ」
「な、なにを?」
「無論、正妻にはなれないと言う事です。ここが農民、あるいは町民の家ならともかく、碇家である以上、正妻はどっかの有力大名になってしまいますから」
「しかし、それとこの淫乱な小娘とどう関係が?」
「あまり、そのような事を口にされるものではありませんよ、真宮寺殿。彼女達とて一生懸命なのですから。閉じこめられた姫達が、町に出て男漁りをする訳ではないのです」
「で、でも、お、女同士なんて不潔ですっ」
「じゃ、あなたが教えますか?」
「…え?」
「ご存じとは思いますが、普通の大名家なら初夜の事は乳母とかその辺が教え、ついで初合体もじーっと見られてます」
「う、嘘っ」
「本当です。ご存じなかったのですか」
 ぷるぷると首を振ったさくらに、
「とまあ、普通はそうなのですが、このお二人には教える者がいません。真宮寺殿は剣を教えられてもそっちの事は教えられないし、他の男に教わるなら自害するお二人ですよ。それに、忍びなら長けてますから、けがするような事もないはずです」
「だ、だけど…」
 純粋な剣豪としてそっちには興味がないのか、さくらは納得いかない表情をしている。
「納得されてないようですな。じゃ、碇殿に訊いてご覧なさい」
「分かりました。碇さんに−じゃなくて碇殿に訊いてきますっ」
 後にはぐったりしている二人と、ヒカリが残され、
「あ、あの…」
「何ですか?」
「ど、どうして私を…私を助けたんですか」
「貴女を助けたのではなく、碇家の為ですよ」
「い、碇家の?」
「今貴女が斬られると、真宮寺殿とアスカ殿達との間が気まずくなる。更に、当家には鉄砲隊と大砲隊が他にはいないから、戦場での効果ががくっと落ちます。万が一当家が滅びたりすると、肩入れしてるウチが困るでしょう」
「そ、それで私を?」
「勿論です」
 得留之助は、むしろ冷たく頷いた。
「義理や人情、そんな物は商人には要りません。要るのはただ、商いの損得だけなのですよ」
 その言葉にヒカリは、この商人がここまで大きくなった理由が見えたような気がした。
 
 
 
 
 
「碇さんっ!あー、じゃなくて碇殿っ!!」
「な、なに?」
 得留之助が数刻前にやってきて、
「と言うかはいこれ」
「これは?」
「赤葡萄酒。葡萄酒の最高作です。晋二殿に持ってきました、はいどうぞ」
 なぜか銚子に注いで出されたそれを、
「あ、あの僕は別にその…」
 断ろうとしたら、
「ふーん。つまりウチのモンなんか飲めないって言うのですな?つまり、ウチのには毒薬とか精力増強剤が入っていそうで飲めない、と」
 商人の分際で脅迫してきたが、それ以前に断ったら槍が降ってきそうな気がして、
「い、いやそんな事はないですっ」
 首を振って慌てて飲んだ。
 と、これが結構美味で、ついつい杯を重ねていたら目の前が朦朧としてきた。大杯ではなく、小さな杯だったのも影響していたかもしれない。
 目が覚めたら得留之助の姿はなく、
「これ飲めば治ります。じゃ」
 と書かれた紙と袱紗に入った粉薬があり、こうなれば毒でも何でも一緒だと飲むと、急激に眠くなったが、目が覚めたら気分はすっきりしていた。
 さてはまた、あの商人のいたずらに引っかかったのかと、起きあがって着替えようとしたところへさくらが入ってきたのだ。
 晋二が慌てて前をおさえて、
「ど、どうしたの?」
 と訊くと、
「碇殿。城内に女同士の痴情を許すおつもりですか」
「ほえっ?」
 怪訝な表情になった晋二だが、さくらの話を聞き終えると真顔になった。
「卯璃屋さんがそう言ったの?」
「ええ。大体あの人、自分の趣味を混ぜたに決まってます。女同士なんて、いやらしいいやらしい」
 ぶつぶつ言ってるそこへ、
「まだあなたも若いのよ」
「れ、麗奈殿、どういう事ですか」
「男と女は、きれい事だけではうまくいかない、晋二殿、そうでしょう?」
「え?あ、は、はいっ」
 頷いたが、無論実体験からくる言葉ではない。麗奈だってそんな事は分かり切っているから、
「確かに真宮寺殿が言われることは分かります。それに例え教えているとは言え、女同士の関係を認めたくない事もまた。でも、あの娘達はそれなりに必死なのです。何も知らぬ者からすれば、精神修養の為とは言え滝に打たれることも、自虐の歓びに見えるかもしれません」
「そっ、そんなことはありませんっ、あれはちゃんと修養で意味があるんですっ」
「それは、事情が分かっていればでしょう?」
「そんなこ−」
 言いかけて唇を噛んださくらを、
「真宮寺殿」
 晋二が静かな声で呼んだ。
「は、はい」
「本当は、僕も分かってるんです。アスカも真名も、僕と結婚することは出来ないんだって。僕がこの家に生まれた以上、結婚だって望む相手と出来る訳じゃない。僕は…あの二人を騙してるんだって分かってるんです。だから…だからあの二人の事は…責めないでください」
「……」
 家来に頭を下げる君主など、他の家出は探しても見あたるまいが、この中ではもっとも精神年齢の高い麗奈は、晋二の苦悩は既に分かっていた。
 無論、アスカと真名がそれを承知の上であることも。二人だって、今が戦国だというのに、晋二の本妻になれると本気で思ってるわけではない。
 だからこそ危うく、そして強固な絆なのだ。
「申しわけありませんでした…」
 少し経って、深々と頭を下げたのはさくらであった。
「やっぱり、勘違いしてました。いえ、甘かったのかもしれません。今は戦国だし、人を好きになる事だって自由には行かないんですよね…」
 失礼しますっ、と早足でさくらが去った後、
「あの、麗奈さん」
「何?」
「僕は本当に、これで良かったんでしょうか。アスカも真名も都合のいいように使ってるくせに、本当に力があるのかなんて分からない。こんなんじゃあの二人に−」
 晋二の唇に、麗奈はそっと指を当てて首を振った。
「晋二殿は、それでいいのですよ。たくさん悩んでその分だけ大きくなって…でもね、女は違うのです」
「ち、違う?」
「女は、単純な殿方とは違って、もうとっくに成長しているのです。あの二人だって愚かではないから、現実は分かっています。それでも、晋二殿を呪ったり、離れていこうとはしないでしょう?」
「はい…だから余計に…僕は…」
 俯いてぎゅっと唇を噛んだ晋二を、麗奈は胸の中に抱き寄せた。
「晋二殿は優しすぎる−この戦国には向かないほどに。でも、それがあるからこそ、ここまで碇家も大きくなってきたのです。ただ泣きたい時は、泣いてもいいのです。武士らしくない武士、それがあなたなのですから」
「姉上…」
 晋二がごしごしと目をこすっていたのを、麗奈は見逃さなかったらしい。
 ただし。
「さ−」
 麗奈が晋二を抱き寄せようとした途端、
「…何やってるんですか」
「晋二何してるのよっ!」
 殺気すら帯びた声が聞こえ、慌てて離れた二人が振り返ると、
「得留之助に起こされたから来てみれば…晋二っ」
「は、はいっ」
「あんたねー、勝手に一人で悩まないでよっ。あたしたちだってそんな事…そんな事くらいちゃんと分かってるんだから…」
「アスカ…」
「大体、碇君ていっつも一人で悩むんだから」
「−真名」
 三人の表情をちらりと見た麗奈は、
「私が出る幕でもなさそうね。後は、三人で話すといいわ」
 すっと後ろ手に扉を閉めると外に出た。
 麗奈の気配が消えると間もなく、室内の声が高くなり、慌ててうち消すように低くなった。
 そんな状態がしばらく続いただろうか、やがて静まりかえった室内に、麗奈がそうっと覗きを開始すると、晋二を真ん中に挟み、アスカと真名がその手をきゅっと握って寝息を立てていた。
「……」
 麗奈の顔にわずかな笑みが浮かんだ瞬間、
「さすが私のクスリ、良く効きます」
 物騒な台詞に麗奈は振り返った。
「あれは卯璃屋殿の?」
「勿論です」
 得留之助はえっへんと偉そうに頷き、
「子供など、寝かせておくのが一番です。あれは以前、三人がよく過ごしていた昼寝の格好です。夢の中ではきっと、三人で遊んでいる事でしょう。少し眠って起きれば、三人ともまた元に戻っていますよ」
「三人の過ごしていた頃−知っているのですか?」
「それくらいは。ま、商人の初歩っつーんですか」
「初歩…」
 オウム返しに呟いた時、何故か麗奈はこの奇妙な商人に対して、妬心のような物がわき上がってくるのを感じた。
 なぜだかは自分でも分からない。
 
 
 
 
 
「あの、お話とは…」
 さくらに呼び出されたヒカリだが、やや身構え気味なのは無理もあるまい。さくらからは殺気が完全に消えたわけではなく、それくらい忍びのヒカリにとっては察するのに造作もなかったのだ。
「今回は…見逃してあげます」
 欄干から星空を見上げながらさくらは言った。
「は、はあ」
「でも、私はお前を認めたわけではありません。まして、女同士など不潔の極みです」
「別にそう言う痴情ではないのですが…」
「問答無用!女同士で身体をまさぐり合い、それの何処が不潔でないと言うのですっ」
「だって私は愛撫されてませんし」
 ぴくっとさくらの眉が上がった途端、ヒカリは後方に飛び退いていた。
「真宮寺殿、潔癖なのは結構ですが、生きていくのがつらいですよ。自分が汚れたと感じたら分かりますけど。それともう一つ…身体で感じ合うのってとても気持ちがいい事ですよ」
 言い終わらぬうちにさくらの手は必殺の一撃を後方へ送っていたが、ヒカリはそれをいともたやすくかわしていた。
 闇に生き、闇に死す−夜は常に、忍びの者達の時間なのだ。
「必ず叩っ斬ってくれる、待ってなさい」
「夜には何も出来ないくせに。私だってあなたなんか嫌いです。いずれ決着つけてやるんだから」
 気配がふっと消えた後、
「卯璃屋さんの言う事なんか聞かなきゃ良かった」
 ぷう、とさくらは口を尖らせて呟いた。
 
 
 
 
 
 で、数日後。
「殿、ちょっとよろしいですか」
「よろしくない」
「い、いやそんな事仰らないで」
「言いたい事は分かってる。僕だって困ってるんだ」
「お心当たりは?」
「ないよそんなの。だいたい、僕が怒らせるわけないじゃないか」
「そ、それもそうでございまするな。殿にそんな勇気などござらん」
「…なんか言った?」
「いやいやこちらの話でござる。しかし、殿に関係ないとなると一体何者が…」
 いつも軍議の時間は、じーっと両側から晋二に熱い視線を向けている娘が二人いる。
 が、今日はそれがない。
 アスカも真名も、手に膝を置いてお利口さんに座しているのだ。それだけでも十分奇妙なのだが、それより物騒なのがさくらであった。別に晋二を睨んでいたり、誰かにガン飛ばしてはいないが、全身から殺気が漂っているのである。
 しかもそれが、この場にいる誰かを対象にしてはいなさそうなだけに、なおさら不気味なのだ。
 と言っても、いつまでも原因推理などしていられないから、
「さて、これより当家は山城へ出陣する。部隊は僕とアスカ、真名とそれに真宮寺殿とする。真宮寺殿、いいですか?」
「無論です。敵兵など、一匹残らず叩き斬ってご覧にいれます故」
(こ、怖っ)
 晋二も一応戦争経験は積んできて、敵兵が来たくらいでは反応しなくなってきた。しかし、こんな状況にはまだ反応できず、これなら噂に聞く武田家の騎馬隊の方がましだとか思いながら、
「政勝、用意は出来ているな」
 逃げるように聞くと、
「は、すぐにでも出陣できる状況になっております」
「分かった」
 自分たちより、こんな小娘一人の方が恐怖されていると知ったら、現在甲斐と南信濃を手中にしている武田家が、全軍をあげて襲いかかってくるに違いない。
「殿、ではすぐにでも出陣しましょう。刀が、寂しくて騒いでおりますので」
「は、はいっ」
(ちょ、ちょっとさくらどうしちゃったのよ一体?)
(私に訊かれても…殿の警護クビになったのかしら?)
(でも昨夜はいたし、晋二がクビになんかするとは思えないわ)
(じゃあどうして…)
(そんなのあたしが聞きたいわよ)
 二人がぼそぼそ話し合ってるところへ、
「晋二殿、私も出ます」
「姉上が?」
「鉄砲隊はいた方がいいでしょう。至近距離には、鉄砲隊の方が効きます」
「分かりました。では、姉上も参戦してください」
 晋二は頷いた。
 
 
 
 
 
 その戦果については、言うまでもあるまい。
 剣豪の特技を持つ真宮寺さくらが、自ら騎馬隊を率いて当たるべからざる勢いで突っ込んでいき、敵が混乱の渦に叩き込まれたところへ、アスカと真名の大砲隊が巨弾をぶち込んでいく。
 これでは、いかな精鋭とて敵うはずもない。
 しかも、小生意気な小娘から先に片づけようとしても、今度は碇晋二が邪魔をする。元々、室町御所の周りはそんなに広くない。
 四角形の城の周囲を追っかけっこするような形になるのだが、実に巧みに騎馬隊を操るさくらに翻弄され、浅井家の精鋭も誰一人としてその隊を捉える事が出来なかった。一周して晋二の隊が見えてくると、くるりと向きを変えて自陣に突っ込んでくる。止まりきれない部隊に一撃を加えると、また反対側に逃げていくのだ。
 おまけに足利の本隊は城にこもって銃撃を浴びせてくるし、国人衆は坊主達が倒してくれたが、延暦寺は鉄砲を持っておらず、アスカと真名の大砲隊に襲われて、あっさりと壊滅してしまった。
 だが、戦の半ばにして、何故か碇家の軍団は、国人衆の砦に逃げ込んだ。色を失ったのが将軍足利義輝以下、足利軍団である。このまま順調に行けば、間違いなく追い返せると思っていたのに、浅井家の連中が一転してこっちに向かってきたのだ。
 物見の知らせによれば、霧島真名隊が晋二の護衛むなしく壊滅しかけたとか聞いたが、そんな事を気にしている余裕はなく、すぐさま必死の防衛に追われる事になった。
 だが、小娘にやられて憤懣やるかたない浅井軍団と、一国の興亡が掛かっているとは言え、既に楽勝ムードになってしまった足利軍団では勝負にならず、遂に二条御所は陥落した。
 その余勢を駆って、将軍足利義輝をひっ捕らえようと兵士が殺到するも、これまた剣豪将軍なだけに、なかなか捕まえられず、戦場は国人衆の砦前へと移動してきていた。
 その時であった−後方から、ワーッと鬨の声が上がったのは。
 何事かと一瞬度肝を抜かれた浅井勢の前で黒煙が城から立ち上っていく。
 愕然とする彼らの前で、ゆっくりと旗が翻っていった−碇家の旗が。
 最初から国人衆の砦に入っていた麗奈が、頃合い良しと見るやそうっと抜け出し、アスカの大砲隊とさくら隊を加え、一気に城を攻め立てたのだ。
 しかも、この中でアスカの気合いは人一倍入っていた。
 何故かというと、
「碇君もっと強く巻いて…うんそこ、気持ちいい…あん」
「ちょ、ちょっと真名変な声出さないでよ」
「だ、だって気持ちいいんだもん」
 元々策として、アスカか真名のどっちかが押された振りをして、晋二と一緒に国人衆の砦へ逃げ込む。そして、その間に麗奈がさくら隊と二人のどちらかの大砲を加えて後方から城を落とす手はずだったのが、真名が本当に怪我してしまったのだ。
 といっても、流れ矢がちょっとかすめた程度だが、
「碇君ごめんなさい、駄目になっちゃった…」
 などと、うるうるした目で見上げたものだから、
「決まり。アスカ行って」
 と、晋二が有無を言わさず決めてしまったのだ。
「くっ、真名のやつ〜!」
 歯がみしても追いつかず、既にすっきりしたさくらと代わるように、危険な気を漂わせていたのである。
 かくして援軍の常套手段−城を落とさせてから、大将隊が壊滅する前に城を取り返すと言う策がまんまとあたり、山城は碇家の手に落ちた。
 この時代の戦争は、奇妙な事に大将が滅んだだけでも、城が落ちただけでも戦争は終わらず、その両方を兼ねていないとならないのだ。
 浅井家は、山城を得るどころか猛将達を殆ど失い、援軍を頼んだ将軍家は城が落ちてしまい滅亡、一番儲かったのは無論碇家であった。
 援軍が城を奪回した場合、お返しする事は出来ないのである。
 
 
 
 
 
「あ、あの、殿…」
「何、さくらさん?」
「こ、これで良かったのでしょうか…」
 さすがにさくらは少し気が咎めたらしいが、
「うちには馨君もいるし、さくらさんもいる。将軍家に再目通りは面倒でしょ」
「そ、それは…じゃ、じゃあ、もしかして私達の為に?」
「全然無いとは言わないけどね、でも実際問題として、将軍家を戦争で滅ぼす事はしたくないんだ。評判も下がっちゃうし。かといって、山城を得て元気になった浅井家を滅ぼすのも面倒だし」
 二条御所、つい先日まで足利義輝がいたこの居間で、祝勝会が行われていた。先の一件で少しリードした真名と、面白くないアスカが火花を散らしているが、若いっていいわねえ、という風にそれを見ていた麗奈が、
「ところで晋二殿。近江への侵攻は?」
「来月」
 晋二の反応は早かった。
「放っておけば、また浅井家は力を盛り返す。それに、今なら越前の朝倉家も援軍に来られないからね。さくらさん、またお願いしていい?」
「お任せ下さい」
 さくらは頷いて、
「私がここへ来たのは、殿のお顔をのんびり眺めるためではありませんから」
 かくして衆議一決、翌月にはもう晋二達は全軍を挙げて近江へと攻め込んでいった。
 既に一向宗は中立状態まで抑えこんであり、国人衆が敵に回ったが、これは最初から敵ではない。
 まず朽木谷館を落とし、そのまま南下して先日まで六角氏の物だった観音寺城を一蹴、返す刀で小谷城へ襲いかかった。
 さすがにここは良く守ったが、すでに勇将・猛将がことごとく山城の地に骸をさらしてしまっており、意気の上がりまくった碇家に敵うはずもなかったのだ。
「いいよ、どこでも落ちちゃって」
 引き出された浅井長政以下、全員をあっさりと晋二は解き放った。
 さすがにアスカ達も顔色を変えたが、
「放っておけばいいよ。大した事はないから」
 もう何処かの若旦那に戻った顔で晋二はあっさりと言った。
 そしてそれが間違ってなかった事は、それから三ヶ月の間に証明されたのである。
 元将軍の足利義輝を始め、弟の足利義昭、家臣だった細川藤孝に和田惟政、浅井長政までもがその配下に加わったのだ。
 いずれも浪人として来たのだが、晋二はすべてに一発採用を出し、足利ブラザーズは摂津河内に配し、浅井長政は街をうろうろしていた浪人鈴木重朝と一緒にして、紀伊へ送り込んだ。
 豊穣の国近江だから、またしてもせっせと開墾に励んでいた晋二達だったが、実はまだ敵は側に残っていた。
 丹波丹後の一色家である。
 攻め込んでみれば、山城からあっさりと撤退していたのだ。
 いればまとめて片づけるのにとアスカ達は悔しがったが、国境を接する美濃飛騨には斉藤道三がおり、その下を見れば織田信秀が頑張っている。
 美濃から尾張へは濃姫が嫁いでおり、斉藤家は下を気にしないで良くなった為、そう簡単に背後を見せるわけにもいかない。
 尾張の織田家から使者がやって来たのは、そんなある日の事であった。
 書類を広げたまま全身硬直している晋二に、
「殿、どうなされました?」
 訊ねたのはアスカである。
 最近になってやっと、人前で普通に殿と言えるようになって来たらしい。
「あそこの市姫を…お嫁さんにもらってくれって…」
「ぬあんですってええっ!!!」
 鬼でも射殺さんばかりの目つきで使者を睨み付けたから、慌てて真名と麗が羽交い締めにして抱き留めた。
 
 
 
 
 
(続)

大手門

桜田門