突発企画「奴らが戦国にやって来た」
 
第十八話:アブナイ幼なじみのキケンな恩返し
 
 
 
 
 
「なんかさ〜」
「うん」
「しゃくだよねえ」
「うん」
「なーんか、どさどさ捕まえてるし、あたし達には絶対出来ないし」
「うん」
 会話進めんかい、と突っ込みたくなるような会話は、寝っ転がっているアスカと真名のものだ。
 既に近江の浅井家が山城に攻め込んだのは聞いている。後は碇家がどうするかなのだが、二人にとっては目下もっと別のことが重要であった。
 真宮寺さくら。
 結局晋二と同室とか言った割にはいつも部屋の外で、その代わりさくらが来てから捕まった間者の数は二桁にのぼる。
 殆ど気配も感じさせないが、晋二と一緒の部屋ではない。部屋の外ですやすや膝を立てて眠っているが、いつも刀は身体から離さない。見た目は普通の可愛い娘だが、こんなのが晋二の身辺を完全に護衛しているのだから他家はたまったものではない。
 いつの間にか、摂津河内の城下町からは間者がほぼ全滅してしまっていたのだ。
 それに何よりも。
「殿の寝室に何かご用ですか?」
 赤城の山も今宵限り、さあ今日こそ夜這いだと晋二の部屋にかさかさ這っていくと、運良くさくらの姿が見えない。そこでそうっと扉を開けようとすると、必ず天井か背後から静かな声が聞こえてくるのである。
 二人が窶れるのも、ある意味仕方ないかも知れない。
 確かに晋二の寝室に入ってはいないが、ここまで計画の妨げになるとは思わなかったのだ。毒を以て毒を制そうにもそれ以上の毒はなく、晋二にとっては頼りになるボディガードだけに文句も言えない。
 はーあ、と二人して溜息をついた時、扉がすっと開いた。
「誰っ…なんだヒカリか、びっくりするじゃないの」
「忍びだからドカドカ開けるわけにはいかないのよ」
 狐火のヒカリ。
 アスカと真名の幼なじみだが、姿が見えなくなったと思ったら女忍者になっていた。
 しかもさくらに一撃で捕らえられ、麗がいなかったら斬り捨てられていた所だ。二人の看護の甲斐あってようやく傷も癒えてきたが、まだ完治には至っていないらしい。
「ヒカリ、もう傷はいいの?」
「ええ、もう殆ど大丈夫。アスカ、一緒に寝ていい?」
「え?うんいいよ、ほらここ」
 とアスカと真名の間にすっとヒカリが滑り込み、三人で川の字になったところで、
「なんかさ、昔を思い出すよね」
 真名が言い出した。
「そう言えば、昔もよくこうやって寝てたわよね…何よ」
「寝てたわよね。で、それだけ?」
「それだけって…あんたあたしに夜這いでも仕掛け…いったーい」
 スパン!
「誰がそんな事をするかー!あんたがあたしをひん剥いたんでしょっ!」
「何言ってるのよ、あたしはレズじゃないわよっ」
 そこへにゅうと手が伸び、
「昔のことで喧嘩するものじゃないわ。そうでしょう?」
「『は、はいっ』」
 妙な迫力に喧噪は一瞬で止んだ。
「前はね、よくアスカが布団を持って行っちゃったのよ。だから一人で布団にくるまって真名がくしゃみしてたわ。アスカから取り返してかけ直したのは私だったのよ」
「『そ、そうだったの』」
 何となく納得してしまったが、それからは昔の事をあーだこーだと思い出話に花が咲き、気付いたら半刻近くも経っていた。
「明日軍議って言ってたから、もう寝ないと起きられないよ」
「そうね、遅刻したらまた真宮寺さくらに嫌味言われるかも知れないし」
 アスカと真名がどう見ても夜這いに来たと知れても、べつにさくらは怒ったりはしない。
 ただ、
「見回りご苦労様。でもここは私が見張っていますから大丈夫です」
 やんわりと追い返して翌朝、
「昨日はご苦労様でした。でもあまり夜更かしするとお肌が荒れちゃいますよ」
 と、何時寝てるのかも不明なくせに艶々した顔で言うものだから、こっちは益々肌が荒れてくるような気がする。
「でも何とかして真宮寺さくらを出し抜かないとね…」
 恋敵ではないが、ある意味それ以上に手強い。
 がしかし、
「殿、少し肌が荒れてるように見受けられますが、おかしな薬品でも付けておられるのですか?」
「うーんそうじゃないけどただ…」
「ただ?」
「うちは刺客とかは来ないんだけど、天井裏や床下でギシって音がすると決まってアスカか真名が潜んでるんだ。だから最近寝不足で…」
「私が番をしていましょうか」
「いいの?」
「はい。別にあのお二人は力ずくで追い返したりはしませんから。あの世へ追い返すのは間者共だけです」
「じゃあ、お願いしようかな」
 と言う会話があった事を、無論二人とも知らない。
「ブルータス、お前もか」
 状態なのを二人が知らないのは幸いだったろう。
「嫌味以上に手強いわよまったく」
「でも別に碇君独り占めしてないから文句も言えないし…」
 二人が揃って溜息をついたところへ、
「ところで溜息の最中に悪いんだけど」
「え?」
「夜這いしてどうするの」
「『えっ?』」
「あのね一緒に寝てもいい?って一緒に寝るだけなの」
「そ、そんな事は…」
「そ、それはあたしだって…」
 指先をくねくねさせてごにょごにょ言ってるが、
「言っておくけど、マグロじゃ飽きられるわよ、分かってる?」
「マ、マグロ?」
「堺の港に陸揚げされたマグロの事よ。ぼてーっとして、まったく反応も何もしないのよ。そんな娘に殿方が食指を動かすと思う?」
「そ、そんな事言ったってあたし知らないわよっ」
「わ、私だってそんな事は…」
「じゃあ気持ちいいことは出来ないけどそれでいい?」
「『そ、そんな…』」
 これが大名家の娘なら、乳母とかその一味が夜の事もあれこれ教えるが、彼らの場合はそんなモンがいないせいで教えるヒトがいないのだ。
 特に二人とも、実家が潰れてるだけに尚更である。
 悩んでる乙女二人に、
「教えてあげようか?」
 悪魔が囁いた。
「『えっ?』」
「私が教えてあげようか、って言ったのよ。私は忍びなんだし、その程度なら簡単な事よ」
「お、教えるってどうやって?」
「決まってるでしょう、こうするのよ」
 言うなりヒカリはアスカの胸元から手を差し入れた。
「ちょ、ちょっとヒカ−はあっ」
「この分だと殆ど開発されてないみたいね。まだ幼いままじゃないの」
「そ、そんなことな…んうっ」
 そう言いながらも忽ちアスカの吐息は荒くなって来る。
 それを見た真名が慌てて、
「ちょ、ちょっといくら何でもそれは…あっ」
「何言ってるのあなたもするのよ」
 言うが早いかヒカリの空いてる手は真名の裾を割った。
「あなたにはこっちからね。忍びの技、イロイロと教えてあげるわ」
 閨房も訓練の中に入っているヒカリの前に、二人はもう抵抗する事も出来ず、ただ身体を微妙に震わせて喘ぐだけであった。
 
 
 
 
 
「すると、丹波丹後の一色家は引っ込んだのですか」
 丹波丹後の一色家が、既に碇家に敵対宣言しているのは分かっている。しかし山城に攻め込んできたのは浅井一家だから、普通は引っ込むところだ。
 がしかし、
「一色義幸以下、稲富祐秀の鉄砲隊と共に山城に攻め込んできましたっ」
 浅井久政はボンクラだから、これは問題ない。しかし配下には京の町にいた遠藤直経以下海北綱親だの赤尾清綱だのに加えて磯野員昌まで、ずらり揃った悪党の顔が並んでいる。
 しかも忍者の仕業で、比叡山延暦寺が足利家の敵になってしまったのだ。
「と…言う事ですが殿、どうなされますか?」
「あのさ、放っておくとどうなるの」
「将軍家が滅びます。まずこれが一番大きいですが、次に浅井家の勢力が一気に伸びます。或いは丹波丹後を手に入れた一色家が、山城も手に入れて大きく勢力を伸ばすでしょう。問題はその後です」
「うちに来るのかなあ」
「ご名答」
 麗奈が頷き、
「いま我が家は摂津河内・大和・紀伊と手に入れました。後は伊勢志摩と山城を確保すれば、畿内を手にして大大名となり、まず敵うものはいなくなります。しかしここで山城を取られると、伊賀を確保して背後の安心が出来なくなります」
「それは困ったねえ」
「ええ困ります…って晋二殿、何か気がかりでもあるのですか?」
 どうも晋二の様子がおかしい。
 八回の裏、同点でノーアウト満塁な位にピンチなのに、何を言ってもぼうっとしているのだ。
「殿?」
 さくらが重ねて訊くと、ほらあれとある方向を指差した。
 そこにはアスカと真名がいた…何故か顔を赤くして、これもぽーっとしている二人が。
「変ですね」
「うん」
「心当たりは…って、その顔じゃなさそうですね。麗奈殿、何かご存じですか」
「不潔」
「え?」
「あれはどう見ても色ボケ、淫らなことを考えているに違いないわ」
「み、淫らってそんな…あの、アスカ」
「……」
 無視、と言うより視線が宙を泳いでいる感じに、
「アスカ?」
 つん、と引っ張った途端、
「はあふんっ」
 びくっと身体が揺れたのには、引っ張った方が驚いて尻餅をついてしまった。
「殿、夜のことは夜だけにしておいて下されよ」
 三好政勝にちらりと見られて、
「ぼ、僕は何にもしてないようっ」
 国力にして、全国でも三本指に入る大大名家のボスがこんなんだと知ったら、家臣団が優秀でも石高の少ない大名は激怒するに違いない。
「はいはい、分かりました。ではそう言うことにしておきましょう。真宮寺殿」
「あ、はい」
「相済まぬが、このままでは軍議になり申さぬ。霧島殿とアスカ殿を奥へ運んでくださらぬか」
「分かりました、連れて行きます」
 言うなりひょいと二人を担いだのには、居並ぶ家臣達も目を見張った。何せ刀より重い物は持てそうにない細腕が、十二単で無いとは言え娘二人を軽く担いでしまったのだから。
「殿、少し失礼致します」
「あ、うん」
 こちらはまだ、事態が飲み込めずにぼうっとしている若様。身に覚えが全くないだけに結構動揺している。
「さて殿、出撃の件ですが−殿!」
「あ、は、はいっ」
 こほん、と一つ咳払いして、
「山城からは援軍の要請が来ております。ついでに碇家の国力は臨戦状態です。いかがなさいますか?」
 他家で殿がこんな状態だったら、政権など一週間も保たずにクーデターが起きることは間違いないが、この国に限っては別格らしい。
 こんなモンだと誰もが分かっているのだ。そして、そのくせ結構頼りになる事も。
「出撃しよう」
 不意に晋二が真顔になった。
「大和と紀伊は手中にある。でもここで山城を抑えておかないと、京都の商人が敵に回る可能性がある。それに将軍を放ってもおけないよ」
「真宮寺殿がいるからですか?」
「うん。一応元の主筋だからね」
 あっさりと晋二は頷いた。
「分かりました。すぐ全軍に出陣のふれを出します。ところで殿」
「ん?」
「先程の二人、本当にお心当たりはないのですな?」
「ぶーっ」
 病はキーからと申します。従って戦の前には気を落ち着けるのが一番です。
 そう言って得留之助が持ってきたお茶もどきが、軍議とか会合の時にはいつも出される。どこから持ってきたのかは不明だが、味も悪くないし何となく落ち着くような来もする。
 当然この場にも出されており、出陣を決定した晋二が一口含んだ所で訊かれ、激しく吹き出した。
 その先にいたのは実姉だったのは幸運だったろう。
 赤い舌がゆっくりと顔についたそれを舐め取り、
「晋二の味がする」
 妖艶な声で囁いたのには、つい家臣団がそろって見とれた。
 そこへ、
「不潔」
 さっきと同じ声がした。
 
 
 
 
 
「一体どうしたのです?」
 二人の帯を緩めて寝かせてからさくらが訊いた。
 別に二人が乱れようと、そしてその相手が晋二であっても差し支えはないが、それ以外の相手ではちと差し支える。
 ただ、この二人が晋二にぞっこんなだけに、他の相手が思いつかないのだ。街に出て男に襲われた訳ではなさそうだし、一体何がとさくらも首を捻っていたのだ。
 何しろ、鉄砲隊と大砲隊はこの二人と麗奈、それから麗しか率いていないのだ。
「結構…気持ちよかったよ」
「はあ!?」
「こうするといいってね、教えてもらったんだあ」
 そこに魅入られたような物を見つけ、さくらが愕然と飛び退こうとした途端、その両手は左右から掴まれていた。
 目元を染め、アブナイ表情になっている二人に。
「さくらにもおしえてあげるわね」
「とてもとても気持ちのいいことを」
「ちょ、ちょっと私はそんな事…いやあああっ」
 
 
 
 
 
「真名殿とアスカ殿が変?それは元々でしょう」
「いや得留之助殿、そんな事を言ってる場合ではござら…うぷ」
「赤葡萄酒、最高級ですがお気に召しませんでしたか?」
 赤い液体を飲み干した途端口許をおさえた猛将に、得留之助は素知らぬ顔で訊いた。無論、こんなのが日本人に即合わない事は承知の上である。
「い、いや…結構なお手前でござった」
 表情を必死に押し殺してことりと硝子の器を置く。武士とはそう言う物らしい。
 政勝の顔から赤い色が消えるのを待ってから、
「話は分かりましたが、別に結構なことではありませんか」
「結構と?」
「元々あの二人は、晋二殿にくっつきすぎるきらいがあった、そうでしょう」
「そ、それはそうでござるが…」
「ならば少し離れてちょうどいいではありませんか」
「し、しかしあれはどう見ても男に懸想している顔で…」
「男、とは限らないかも知れませんよ」
「何と言われた?」
「いえ、なんでもありません」
 得留之助は首を振り、
「そう言うことでしたら、私も少し調べて見ましょう。ところで三好殿、もう一献如何ですか?」
 え!?と政勝の表情が硬直し、
「も、申し訳ないが今日はこの後戦の準備が入っておりましてな。これにてごめん」
 しかし立ち上がって出て行く後ろ姿が、わずかによろめいているのを邪悪な商人は見逃して居なかった。
「弱いんですねえ、もう」
 ぶつぶつ言ってから、
「場内であの二人に手を出せる、しかも合法的にとなれば一人しかいないじゃありませんか。ま、気持ちいい事は良い事です」
 この男に取ってはそれが基準らしい。
 
 
 
 
 
「はあはあ…ひどい目に遭ったわ」
 何とか立ち上がったさくらの足元には、アスカと真名がぐったりと倒れている。無論達したのではなく、襲われてやむなくさくらが眠らせたのだ。
 しかしそれがどれほどの代償を必要としたかは、そのぼろぼろになった衣服が示している。
「しかしこれだけ魅入られるとは一体…?」
 僅かな気配にさくらの表情が動き、すっと刀に手を掛けた。
「たっ」
 細身が跳躍するのと、障子を一気に切り下げるのとが同時であった。
「きゃあっ」
 そのまま蹴破ると、そこにはヒカリが尻餅をついていた。
「お前が黒幕−やはりこの場で斬り捨ててくれる」
 免許皆伝の腕前−すうと上がった刀から、逃れられない事はヒカリがよく分かっている。
 だが、
「の、望んだのはあの二人なんだから、も、問題はないわ」
「何?」
 頭上で一瞬さくらの手が止まった。
 
 
 
 
 
(続)

大手門

桜田門