突発企画「奴らが戦国にやって来た」
 
第十七話:アスカが納得したので一件落着
 
 
 
 
 
「なにか問題でも?」
 涼しい顔でさくらは、殺気立っている娘達を見返した。
 別にアスカ達に恨みは無いが、完敗しても気だけは強いのを見て、妙にいじめてみたくなったのだ。これで表情を凍らせていれば、冗談ですよ、で済ましたに違いないのだが。
「な、何ってあんた…そ、添い寝ってどういう事よっ」
「寝室をご一緒、と申し上げただけです。誰も添い寝などと、一言半句も口にしてはいませんが」
「お、おんなじ事じゃないのよっ」
「でしたら、もう一度決め直しますか?」
「くっ」
 さすがのアスカも、自分達が本気なのに対してさくらがちっとも実力を出していないのは分かっていた。
 そして、その差があまりに大きいこともまた。
「異存がなければ、今日から私が殿と寝室をご一緒と言うことでよろしいですね」
「『くっ…ばかーっ、出てってやるー!!』」
「ちょ、ちょっと二人ともっ」
 アスカと真名が走り出し、晋二の手が宙を泳いだそこへ、
「晋二のばか。もう知らない」
 麗までも走り出て行ってしまい、
「裾が乱れているのになんてはしたない」
 麗奈の冷静なツッコミだけが残った。
「さ、さくら殿いくら何でもあんまりじゃ…」
 晋二が抗議したものの、
「晋二殿、約定を守ることは教えてこなかったのですか。その程度も出来ないなら、最初から側に置いてはなりませぬ」
 冷静な正論に、麗奈の方を恨めしげに見た。
「大体、元はと言えばあの娘達が真宮寺殿に喧嘩を売ったりするのが悪いのです。愛人志願ならまだしも、剣豪としてわざわざ当家に来てくれた方に、あまりに失礼ではありませんか?」
 要するに、主君が悪いと言ってるのだ。
 晋二だってそれ位は分かる、
「でも…やらせようって言ったのは…」
「僕だよ、晋二君」
 飄々とした足取りで馨は入ってくると、
「でも、見えていたとは言え結果を守るのは当然のこと、そうは思わないかい?約束を守らなければならないのは、一国一城の主だけではないよ」
「で、でもっ、三人とも出て行っちゃったし、どうすればいいのさ」
「放っておく」
「…え?」
「その間に僕が晋二君と、すなわち運命の人と結ばれ…ごふっ」
「峰打ちです、安心しなさい」
 チン、とさくらが刀を鞘に収め、
「殿、私がちょっと行ってきます。私の責任ですから」
 さくらが出て行った後真顔で、
「晋二殿」
 麗奈が呼んだ。
「はい?」
「晋二殿もいずれは嫁を迎えられる時が来ます。それも、勢力が大きくなればなるほど小大名は姫を差し出して来ることもあるのです」
「ど、どう言うことですか」
「人質の役割ですが、だからと言って遊郭で働かせるわけにも行きませんから、やはり側室と言う事になります。子孫繁栄を考えても、正室は無論一人でも側室は五、六人位いた方が良いのです。その時、幼なじみの娘が反対するからと、他家との関係を悪化させるおつもりですか?」
「そ、それは…」
「晋二殿の性格ならあの子達を優先したいかもしれませんが、一族郎党数名ならともかく、今のあなたは摂津河内一国の大名なのです。国が大きくなるにつれて、私情を挟める余地は少なくなってくるのですよ」
 嫌味な言い方であれば晋二も逆ギレしたかもしれないが、麗奈の言い方は丁寧で、まるで母唯に言われているような気さえした晋二であり、これを無下に退ける事は出来なかった。
「もっとも、あの子達を出て行かせる原因を作ったのは真宮寺殿です。これからの事を考えれば、ここでひとつ収拾してもらわなくてはなりません。多分真宮寺殿なら大丈夫、晋二殿ここであの子達の帰りを待つとしましょう」
「は、はい…」
「あ、それから」
「はい?」
「そこに倒れてる男色侍、先ほど真宮寺殿の一撃がまともに入りました。起こして手当てした方が良いでしょう」
「え…あ、馨君っ!!」
 さくらの腕なら、文字通りの峰打ちで簡単な筈だが馨はぴくりとも動かない。
 慌てて晋二が駆け寄った瞬間、にゅうと腕が伸びて晋二の首に巻き付いた。
「晋二君、さあ今日こそ僕と熱い夜を過ごそうじゃないか」
「ふふ、熱いのね」
 こんな時、晋二に興味がない麗奈は単なる傍観者或いは路傍の石と化して、まったく口を出そうとはしない。アスカや真名も少し行き過ぎだが、これはこれで困る晋二でありその前に押しつけられてくる身体の方がもっと問題なわけで、
「馨君硬くなってるっ、へ、変な物押しつけないでよっー!!」
 殿のこんな声を聞けば、家臣が即座に押っ取り刀で駆けつけてくる訳だが、アスカと真名と麗、それに馨に関しては放っとこうと暗黙の了解があり、誰一人駆けつけてこない。
 男の餌食になりかけた晋二が助け出されたのは、胸元まで大きくはだけ出されてからであった。
 さすがに主君が押し倒されてはいかんと、麗奈が手刀の一撃で馨を片づけたのだ。
「誰かある」
 手を鳴らした家臣にご主君は、ほうっと安堵の息をついた。
 
 
 
 
 
「さてあの二人はどこに…いた」
 麗が首を回し、視界の先に出て行った二人を見つけた。二人に続いて出てきた麗だったが、実はさくらの事はそんなに気にしてない。麗奈より精神年齢は熟れてないが、さくらが晋二に自分のような興味を持ってないことは知ってるし、アスカ達が突っかかったせいだと、これも読んでいたのだ。
 その麗が出てきたのは、むしろ二人の護衛に近い。刀、或いは槍を取っては素人並の二人であり、大砲や鉄砲を指揮させれば上手いが、素浪人に囲まれでもしたら苦戦は目に見えている。
 とりあえず見つけて安堵した麗が歩き出そうとしたそこへ、
「あっ」
 アスカが浪人風の男とぶつかるのが見え、どう見てもアスカの余所見が原因に見えるが、
「どこに目ぇ付けて歩いてるのよっ。硝子玉でも目に埋め込んでるのっ!」
「…なんだと」
「はん、どーせ人数集めなきゃ何にも出来ない夜鷹の類でしょうが。そんなのが街ん中歩いてるんじゃないわよっ、真名行こっ」
 ここまで言われて、
「そうか、それは済まなかったの」
 そんな事を言って通すのは、印籠を出す前の越後の縮緬問屋か、或いは腰の物が竹光に変わっちゃってる貧乏浪人と見て間違いない。そして、この浪人達はそのいずれでもなかった。
「待ちな、そこの小娘」
「なに…くふっ」
 早い!
 振り向いた途端、アスカの脇腹に拳が吸い込まれ、あっという間にアスカは崩れ落ちた。
「あ、あなたた…あう」
 刀に手を掛けた真名へは首筋の一撃で、小娘二人が畳まれるのに数秒と掛かっていない。しかも、自分からぶつかったようなアスカが見えたものだから、通行人もやむを得ないと知らん顔だ。
「礼儀を知らねえお嬢ちゃん達には、少し遊郭で学んでもらわないとならんようだな」
 現代用語で言うと、『ソープに沈めちまいな』となるのだが、麗が駆けつけたのは二人が担ぎ上げられた刹那であり、
「無礼者っ」
 抜きざまに斬りつけたのは、確かになかなか早い一撃ではあった。
 しかし、
「おっと、そうは行かんな」
 引き抜かれた鞘で防がれ、
「こっちを見てたのは知ってるんだ。さ、あんたも一緒にお勉強してくるんだな−それっ」
 五人がすうと前後を取り囲み、絶体絶命になった麗がぎゅっと唇を噛んだ時、
「だから走り出すのは危ないんですよ、麗さん」
 澄み渡った空に、ぽっかり浮かんだ雲みたいな声がして、浪人達がぎょっとして振り向くと、刀に手も掛けずにさくらが立っていた。
「勝手にぶつかっておめくような娘さんは、町娘なら遊郭でも仕方ありませんが、肩の娘さん達には私の用があります。さ、返してくださいな」
「姉ちゃん、あんた見た所剣道を囓るようだが、礼儀って物も知ってるだろう。俺達は普通に道を歩いていただけだ、あんたも知ってるな」
「知っています」
 さくらは頷いて、
「ですが、年頃の娘などえてしてそう言うものですから、脇腹への一撃で許してあげてくれませんか?」
「何だと」「頭、やっちまいましょうぜ」
 子分達が色めき立ったが、
「くっくっく、なかなか面白い姉ちゃんだぜ」
 頭と呼ばれた男は低く笑って、
「いいだろう、返してやるよ。ほれ、持って行きな」
 子分の肩から、アスカと麗を軽々と取って放り投げた。思わず顔色を変えたのは麗だったが、さくらは慌てもせず器用に受け止める。これが刀を抜いていれば、到底無理な芸当であったろう。
「確かに返したぜ−あんた、名前は」
「真宮寺さくら、と申します」
「俺の名は遠藤直経、それとこの小娘が知り合いなら、力量もないのに刀なんか振り回さないよう、忠告しておくんだな−行くぞ」
 麗が悔しげに唇を噛んだが、その通りなので何も言えない。
「ど、どうしてここが分かったの」
「港や山の中へは、いくらなんでも行かれないでしょう。それと麗さん」
「何」
「さっきの武将も言っていましたが、むやみに刀は振り回さない方が無難です。まして、この二人を人質に取られたらどうするんですか」
「そ、それは…武将?」
「ええ、武将です」
 よいしょと、二人を肩から降ろし、軽く渇を入れると二人とも小さな呻き声を上げて目を開けた。
「あ、あれあたし…あっ」
 憎っくき恋敵を発見し、きっと睨んだが、
「二人とも真宮寺殿に助けられたのよ」
「え?」
「来てくれなかったら、私も一緒に遊郭で働かされる所だったわ」
「ふーん」
 納得行かないアスカはぷうっとふくれていたが、
「で、あんた何澄まして明後日の方向なんか見てるのよ」
 さくらはそれには答えず、
「麗さん」
「なに?」
「さっきのは浪人風ですが、あれは浅井家の猛将遠藤喜右衛門直経です。ご存じでしたか?」
「し、知らないわ」
「ちょ、ちょっとあんた何無視して…うっ」
 ちらり、とさくらがアスカを見たのだが、それだけでアスカを硬直させるには十分であった。
「碇殿の事、お好きなのですか?」
 まともに訊かれて一瞬ひるんだが、
「す、好きよ好き、悪かったわねっ」
「残念ですが私も好きです」
「『なっ!?』」
 アスカと真名も表情を変えたが、
「が、私のはあくまで主君として、であってあなた達のように愛人としてではありません」
「あ、愛人?」
「愛人です。戦国を考えれば、殿もじきに他国から正室を迎えられるでしょう。そうなればあなた達は愛人止まり、それでも良いのですか?」 
「そ、その前にあたし達が物にしてやるわよっ。し、晋二は誰にも渡さないんだからねっ」
「では頑張って下さい」
「…はあ?」
「私の邪魔さえ−警護の邪魔さえしなければ、私はあなた達の敵じゃありません。殿を誰が物にしようと私には関係ないことです、いいですね?」
「す、好きなんじゃないの?」
「あなた達とは性質が違います−これ以上はいいませんよ」
「ご…ごめん」
 遠藤直経があっさり引き下がったのは、無論小娘の意気に感じ入ったからではない。皆無、ではないにしてもさくらの腕を見抜いたからに他ならない。そのさくらの言葉は穏やかだったが、アスカにこれ以上冗長の論をさせぬ物は持っていた。
 母に叱られたお転婆みたいに俯いたアスカの頭をよしよしと撫でると、
「霧島真名、あなたも異存ありませんね」
「は、はい…」
 結構、と何故か冷ややかに頷くと、
「城で殿が心配しておられます、二人とも帰って謝ってきなさい」
「私は?」
「もう少し、私に付き合ってもらえませんか」
「別に構わないけれど…」
 二人を保護したのにこれ以上何の用が、と言うより二人だけで帰してはと思ったが、さくらがすっと手を上げるとわらわらと女駕籠が二つに、武士達が十数名現れた。
「アスカ殿と真名殿を駕籠にて城中まで。護衛も怠るな」
「ははっ」
 さくらの厳命に武士達が恭しく一礼して去っていく。
「さて麗さん」
 南町奉行みたいな口調に、思わず麗が身体を硬くした。自分だけ残して、別に誅する気ではないかと思ったのだ。
 が、さくらの言葉は妙な物であった。
「少し、歩きませんか」
「え?」
「あの二人も、城へ送っておけばまず晋二殿と和解するでしょう。と言うより、晋二殿が危険です」
「し、晋二が危険っ!?」
 危険な姉が身を乗り出したが、
「その危険ではなく、別の危険です。城に残っているのは男色侍こと渚馨殿、ある意味では敵より危険です」
「し、晋二っ」
 麗が血相変えて駆け出そうとするのを、
「待ちなさい」
「うぐーっ」
 さくらは襟を掴んで引き留めた。
「げ、げほげほ…な、なに…を?」
 自分を窒息させた張本人は、何故か自分の方を見ておらず、さっきと同様明後日の方向を向いていた。
「真宮寺殿、どうかしたの」
 ふ、とさくらが笑った。獲物を見つけた猟師のような表情であった。
「麗殿、他国から間者が入り込んでくるのは此処が認められた証、よく覚えておくのです」
「え?」
「私が山城にいた時、よく間者を片づけて剣の錆にしたものです−そこ!」
 唖然とする麗の前で、さくらの手から何かが木の上に飛び、音もなく黒い物体が地に降り立った。その正体に麗が気づく前に、
「この摂津河内へ忍び込むとは良い度胸です。私自ら刀の錆にしてあげます」
(あれは忍者…女?)
 よく見れば、確かに体つきも丸く、厳つい忍者のそれとはやや違うような気がする。
「麗さん、下がっていて下さい」
 さっきと同様、何の気負いもなくさくらは女忍者と対峙した。
「冥土の渡し札代わりに訊いておく、名前は」
「狐火のヒカリ」
 言うやいなや、懐から短刀を引き抜いて一気に地を蹴った。一方さくらはと言うと、軽く鯉口に触れただけで微動だにしない。
(狐火のヒカリ…ヒカリ!?)
 麗の脳裏である線が繋がったのは、ヒカリと名乗った忍者がさくらの眼前に迫った瞬間であり、
「さくら殿待ってっ」
 思わず叫んだが、さくらの手が一閃し、忍者の身体は吹っ飛んでいた。
「邪魔は困りますが」
 剣豪の視線に思わず俯き、
「ご、ごめんなさい、でも…」
「でも?」
「た、多分アスカの友達だと思ってその…」
「そうですか−じゃ、トドメを」
 ざくっと刺そうとするのを、
「ま、待って待って」
 慌てて腕にしがみついて止めた。
「冗談ですよ、奇妙な事を叫ぶから峰打ちにしておきました。ただし」
「え?」
「城へはあなたが運んでいって下さい。それと、アスカさんに心当たりがなかったら斬り捨てます、よろしいですね」
「え、ええ」
 頷いたもの、麗はヒカリと面識はない。まして、網タイツと拷問がよく似合う『くのいち』になってるとは、想像もしていなかったのだ。
 違ったらどうしよう、と言う前にもしも起きて襲ってきたらどうしようと、城へ帰るまでひやひやしっぱなしであった。
 
 
 さて晋二はと言うと、とりあえず馨の魔手からは逃れたものの、出て行った三人からは連絡が無いし、さては怖いおじさんに捕まって遊郭でも売り飛ばされたかと、ろくでもないながら命中してる想像をして落ち着かない所へ、アスカと真名が駕籠で帰ってきた。しかも妙にしおらしく、
「あの…晋二ごめんね」「碇君、ごめんなさい」
 揃って頭を下げたものだから目を白黒させて、
「ど、ど、どうしたのっ!?」
「真宮寺さくらがね、晋二のこと好きじゃないんだって」
「え?僕のこと嫌い?じゃ、そのうち暗殺するの?」
 不安な顔の晋二に、
「そうじゃないんだってば。そう言う好きじゃなくてあたし達の敵にはならないんだって」
「はあ…って、ア、アスカっ」
「と言うことは敵が増えてないの。だから晋二ー!!」
 がばとアスカに抱き付かれた所へ、
「アスカずるい、私もする」
 真名も加わりまたも晋二は床に押し倒された。
「ちょ、ちょっと二人ともこんなとこ…え?」
 ごす、と何かが音を立てて飛来しアスカの頭部に命中、ばたっと落ちた。
「晋二殿、ただいま帰りました」
 この上なく冷ややかな声で言ったのは、無論麗である。
「い、いったーい…それ何?」
 肩に担いでいる物に気付いてアスカが訊くと、
「どっかの変な忍者よ」
 アスカの知り合いだからと、わざわざ持って帰ってくれば二人して晋二といちゃいちゃ−麗にはそう見えた−しており、機嫌悪くどさっと放り出した。
「真っ黒くろすけの…って、ヒカリー!!ヒカリ、しっかりしてヒカリっ!!」
「やはり知り合いでしたか。あ、あまり揺らさない方がいいですよ」
「これ…あんたがやったの」
「斬り捨てても良かったのですが、麗さんがいきなり叫ぶもので手元が狂ってしまいました」
「あ、あんたっ」
 眉をつり上げて立ち上がったアスカを、
「キーキー言ってないでさっさと運びなさい、邪魔よ」
「れ、麗さん?」
「その女はこの国に入り込んできた間者よ。本来ならどうなるか、あなたも知っているでしょう。止めてくれた真宮寺殿に感謝するのね」
「と…止めてくれたの?」
 起伏の激しいアスカに溜息をついたが、表情には出す事無く、
「麗さんが言わなかったら斬ってました。個人の集まりならともかく、ここでは法が最優先される事をお忘れなく。殿、どうなさいますか」
「え?」
「間者であれば、処断するのが本来です。それは、誰の知り合いであろうとも変わりません」
 アスカの友人だろうが何だろうが、法は厳守されるものとの考えを示したさくらだったが、
「寝返ってもらおうよ。間者でもアスカの友人なら何とかなるだろうし、どうしても無理なら卯璃屋さんに頼んで薬を作ってもらえばいいんだから」
「分かりました、殿の仰せの通りに」
 アスカに振り向き、
「殿がああ言っておられますので、ひとまず命は預けておきます。しかし間者である事に変わりはありません。アスカ殿、あなたが責任を持って見張っていなさい」
「あ、あたしが?」
「当たり前です。そして意識が戻る迄はアスカ殿が付いていて下さい、いいですね」
「あ、ありがとう…」
 真名に手伝ってもらい、ヒカリをよいしょと運び出していった後、
「国が大きくなる上で、いつまでも一家臣の我が儘は通りません。碇殿がもっとしっかり手綱を締めて下さい」
「だ、誰の?」
「アスカ殿と真名殿、ついで麗殿も少々」
「私も、なの?」
「さっきの男が言ったことをお忘れですか?」
「う…それは…」
「ご、ごめんなさいもう少ししっかりします」
「お願いします」
 これでは、どっちが主君か分からない。
「あ、それから出兵の準備をして下さい」
「え?」
「さっき城下に−」
 さくらが言いかけたところへ、
「晋二殿、間者から急使です。近江の浅井家が六角家との付き合いを断ち、観音寺城を攻め落とし、朽木谷館もついでに落とされたとの事です」
「浅井家が?それはまた急な−」
「急ではありません。実はさっき、城下町で浅井家の武将を見かけました」
「武将を?」 
「山城、次にこの摂津河内を狙うはずです。おそらくは下調べかと」
「あの…それでどうして出兵の準備を?」
「山城攻略です」
「山城攻略?」
「浅井家が山城に出陣した時、碇家も援軍として出るのです。そして、御所が落ちた所を我らが奪還するのです」
「そ、それって…」 
「そう、御当家が摂津河内を手に入れたのと同じ方法です。これなら義理も立つし悪い戦法じゃありません。何よりも、国人衆を敵にしなくて済みますから」
 にっこりと笑ったさくらに、晋二を始め麗奈も麗も呆気に取られていたが、浅井家が山城へ進撃したとの報が飛び込んできたのは、翌々月の事であった。
 
 
 
 
 
(続)

大手門

桜田門