突発企画「奴らが戦国にやって来た」
 
第十六話:女の戦い
 
 
 
 
 
 真宮寺さくら。
 剣豪としては凄腕であり、結構可愛い。だから美形の女剣士に萌えるタイプなら、たまらないかも知れない。
 ただし、男にも仕官にも野望は薄く、言わずと知れた剣豪上泉信綱に免許皆伝の許可を受けた後、取りあえず山城の足利義輝に仕えていたのだ。これも晋二に言った通り、義輝に本当にその気があれば、彼女を駒にして国の二つか三つは取れていたであろう。剣豪というのは、戦場に於いても無類の強さを発揮するタイプなのだ。
 しかし義輝にその気はなかった。
 いや、あったとしてももう、さくらには汲々として過ごしているようにしか見えず、女剣士ながら野望薄いさくらが、これまたちんちくりんな大名碇晋二に会ったのは、ちょうどその時だったのだ。
 類は友を呼ぶ、麗やアスカや真名は、はっきり言って晋二とはタイプが違う。だがさくらの場合は彼女達と違い、晋二に惹かれたのは自分に似た何かを直感で感じたからであり、その惹かれたにしても女としてのそれではなく君主としての晋二だ。
 山城に晋二達が来た時、妙に麗がべたべたしてたのは知ってるが、まさか姉としてのやや濃い愛情くらいだろうと思っており、別に自分が仕官しても問題ないと思っていたのだ。
 ところが。
「何よ晋二この女は!」
「碇君の嘘つき」
「私は晋二をそんな風に育てた記憶はないわ」
 たちまち晋二が取り囲まれたが、さくらではなく晋二な所が、この国の内情を表していると言えるかも知れない。
「止めなさい、客人の前よ」
 麗によく似た娘が止めなかったら、そのまま身ぐるみを剥がされていたかもしれないような騒ぎであった。
「あ、あの〜…」
 さすがに呆然としているさくらに気付き、
「失礼を致しました、私は碇晋二の姉麗奈と申します。左からくっついているのが同じく姉の麗、後は順に霧島真名と惣流・アスカです。関係は取りあえず…ご覧の通りですが」
 あはは、と取りあえずさくらは笑った。いや、笑う以外に反応が思いつかなかったのだが、
「ちょっとあんた、何笑ってるのよ」
 アスカが気付いた。
 ただでさえ、ライバルが増えて戦線の建て直しを余儀なくされている所へ、どう見ても容姿が自分達と十分張り合える娘がやって来た。しかも、麗からは晋二がでれでれしてたと、やや嫉妬混じりに聞かされているから索敵のアンテナがピンと立ってしまったのだ。
「いえ別にこれは…」
「どうせあんたも晋二が目当てで来たんだろうけど、そうはいかないんだからねっ」
「…は?」
 何を言い出すかとアスカを見たが、
「晋二の側にはあたしがいるんだから、さっさと京に尻尾巻いて帰りなさいよっ」
「アスカそれはしつ…」
 晋二も見かねて口を挟んだのだが、
「アスカじゃなくて私がいるの。アスカなんかいらないのよ」
「要らないのはあなたも同じ。晋二は私が守るもの」
 たちまち喧噪にかき消された。
 が、相手が悪かった。ここにいるのはその辺の町娘ではなく、剣豪真宮寺さくらなのだ。それも晋二の護衛に、いわば腕を売り込んできたようなものである。
「失礼ですが、あなた達三人が束になってかかっても、碇殿の寝所へはしたなく忍んでいくのは不可能です」
「『…何ですって』」
 見事なほど速攻の休戦条約を結ぶと、ギヌロと新入りを睨む。
 だが剣豪娘は臆することもなく、
「不可能だ、と言ったのです。軍を率いると言っても、所詮は大砲や鉄砲の南蛮かぶれの方々−そんなので、私の防壁を破れるとでも?」
 元々口火を切ったのはアスカだが、顔色を変えぬまま完全に三人を挑発しているさくら。大砲云々とは、勿論彼らの兵科を指しているのは間違いない。
 ついでではあるが、自動的に麗奈も含まれる訳で、一瞬表情が動いたが、さすがに最高精神年齢だけあってすぐに抑えた。
 僅かに息を吐き出して、
「真宮寺殿、それに三人も殿の御前で何をしているの」
「姉さんは黙ってて」
 麗が麗奈を制して、
「あなた、晋二の護衛に来たんですってね」
「それが何か」
「あなたの言うとおり、ここにいる二人もそして私も、隙あれば晋二の寝室は陥落させるつもりよ。あなたが本当に護衛を口にするだけの腕前があるか、私が試してあげるわ−私と勝負しなさい」
「鉄砲でですか?」
「夜の寝室に火縄銃を持ち込める訳がないでしょう。あなたが大好きな剣よ」
 こっ恥ずかしい事を平然と口にし、あまつさえさくらに剣で勝負を挑んだ麗。誰が見ても、と言うよりお釈迦様が見たって間違いなく無謀である。
「ちょ、ちょっと姉上そんなの無茶ですよっ」
「れ、麗さんそれはいくら何でも…」
 晋二も真名も止めたのだが、
「分かりました、お受けしましょう。何なら、お三方がまとめてでも構いませんが」
 さくらの挑発は止まらない。
「どのみち結果が同じなら、一対一の体裁を取っておいた方が、言い訳はできますものね」
 
 ぴきっ。
 
 これには他の二人が完全にキレた。
「上等じゃない、三人で細切れにしてやるわよっ」
「泣いて京都へ逃げ帰る羽目になっても知らないから」
「ちょ、ちょっと…」
 予想外の、と言うより一番困った展開に、どうしようと晋二が馨を見たが、
「やらせた方がいいと思うよ」
「え?」
「このままだと、お互い遺恨が残りそうだし、一度本気で戦ってすっきりすればいいんじゃないかな」
「馨君そんな…」
「そこの男色侍の言う通りよ」
 
 男色侍?怒られ侍じゃあるまいし…。
 
「ア、アスカ?」
「こんな京かぶれの女なんか出番が無いって事を、身体で教えてあげるわ。それとあんた」
「僕かい?」
「あたし達が共倒れになって、その間に晋二を頂こうなんて考えてるんじゃないでしょうね」
「何を言うかと思えば。そんな訳がないだろう?」
「ふん、どーだか」
 どう見ても信用していないアスカだが、横を向いた馨が、ちっと舌を鳴らしたのを麗奈と晋二は聞き逃さなかった。
(か、馨君やっぱり…)
 やはり、寝室で時々天井裏から感じる粘着質の、それでいてアスカ達とは異質の視線の主はこの青年かと、さくらの雇用を改めて決意した。
 しかし、これでも全員女の子だし、顔に傷でも付いたらどうしようと、殿様失格並に頭をかきむしってる晋二を見て麗奈が、
「晋二殿、よろしいではありませんか。私も渚殿に賛成です。それも、晋二殿があの娘を護衛として側に置かれるおつもりなら尚更です。もっとも、その気が無ければ無意味ですが−どうなのです?」
「ぼ、僕は腕も立つしその…き、きれいな人だからいいなって」
 
 だから、煉獄の劫火にガソリン注ぐなってば。
 
 案の定、四人の表情がそれぞれ分かれ、三人は角を、そして一人は勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
「晋二殿…」
 悪気はないと分かってはいるが、天然も時には大罪だと麗奈は馨と顔を見合わせた。
「…分かりました。では、半刻後にここに着替えてもう一度来なさい。それと真宮寺殿」
「何でしょうか」
 ちょいちょいと手招きすると、
「あの者達はあんなことを言っていますが、三人を束にしても剣豪の相手ではありません。申し訳ありませんが、竹光にしておいてはもらえませぬか」
 麗奈は他の者とは違い、晋二への慕情や恋情でここにいる訳ではなく、その意味では一番冷静に状況が判断できる。その麗奈には、どう考えても三人がこの真宮寺さくらに撃ち込むことすら出来るとは思えなかったのだ。
 がしかし。
「お断りします」
「…え?」
「麗奈殿はご存じと思いますが、私がお仕えしたいと思ったのは晋二殿の性格であって、女として惹かれたのとはやや異なっております。それを勝手に敵視した上勝負を挑んできたのです、それなりの報いは受けてもらいます」
 この時代、農民や商人など当然のように斬り捨てられていた。もっとも、商人はだいぶ力を付けてきたから、農民ほどひどくはないが二本差しが威張っている時代に間違いはない。さくらが同じとは思わないが、このままでは結果が明白と麗奈は脳裏をフル回転させた。
 が、結局答えは出ず、ではこれでとさくらは歩き出して行ってしまった。
「馨殿、いかがすれば…」
「放って置くしかありますまい。鼠はどんな事があろうとも、獅子に喧嘩を売ってはならぬものです」
 とか何とか良いながら、麗奈には馨が漁夫の利を狙っているような気がしてならないのだった。
 
 
 で、半刻後。
 凛々しく襷掛けに着替えた三人と、晋二に淹れてもらったお茶だけ飲んで来たさくらと言う、かなり対称的な雰囲気の面々が集まった。
 三人が殺気立ってるのに対し、さくらの方は宙を飛ぶ虫を眺めている。
「ではこれより御前試合を行います。真宮寺さくらに対し、三名のいずれかが一本でも取れれば勝利とします。なお、真宮寺さくらが勝利した場合、殿の警護はすべて依頼するものとします。それでかま−」
 構いませんね、と言いかけたら、
「それじゃ足りない」
 晋二が遮った。
「晋二殿?」
「アスカも真名も姉上も、さくら殿に謝ってもらうよ。それと、当分僕の前に目通りは許さない」
「『なっ、なんでっ!?』」
「何で?他国から、わざわざ特技持った人が来てくれたのに、その人に喧嘩売っておいてどうしてだって?よくそんな事が言えるもんだよ」
(まずい…怒ってる…)
 何が導火線に火を着けたかは知らないが、珍しく晋二は怒ってるように見えた。しかもまずい事に、
(動揺してるわ…)
 晋二のそれを見たアスカと真名が、はっきりと動揺してしまってるのだ。これでは、最初から勝負にならない。
 しかし、
「晋二殿、構いません」
 危地を救ったのは意外にもさくらであった。
「私が警護するなら、私の腕前を見たいと思うのは当然ですし、晋二殿への忠義から出た事でしょうから気にしてはおりませぬ故」
「…いいの?」
「はい」
 軽く笑って頷いた姿は、どう見ても怪しい。たちまち二人が戦闘意欲に燃えた所で、
「そろそろ用意はいいかしら」
 と、これはもうだいぶ投げやりな口調で麗奈が声を掛けた。
 四人が一斉に頷くのを見て、
「では…始め!」
 麗奈の手がさっと上がり、三人がさくらを囲むようにさっと散った。
 さくらは微動だにしなかったが、余裕をかましているのではなく、その脳裏には晋二との会話が甦っていた。
 
 
「あの、真宮寺殿ごめんなさい」
 自ら点てた茶を勧めながら、晋二は深々と頭を下げた。
「一国の主がそう簡単に謝るものではありません。それで、何を謝っておられるのですか?」
「だからその…あの三人が…」
「気になりますか?」
 さくらはわざと意地悪く訊いた。そう、自分になぎ倒される三人の姿が想像出来るかと言うような口調で。
 案の定、晋二は勢いよく首を縦に振り、
「そっ、それは三人とも僕に取っては大事だから…」
(やはり、思った通りのお方でした)
 元よりさくらにも、あの三人に怪我などさせる気はない。お仕置きに痛い目を見せてもいいが、大奥ではなく現場で戦力の者達に怪我をさせる訳には行かない。いかにさくらとて、雨撃や三段など持っていないのだから。
 こんな所で家臣に気を使ってる晋二を見て、さくらはすっかり気に入ったのだが、その口許に笑みが浮かんだ。
「殿がそう言われるなら、考えない事もありません」
「ほっ、本当にっ!?」
「ええ。ですが条件があります」
「じょ、条件?」
「一度でいいですから、さくらって呼んで下さい。さくらさんお願い、そう言ってくれたら手加減してあげます」
 そう言った時、さくらは既に晋二の反応を読んでいた。
 そして、予想通り晋二は首まで真っ赤にして、
「え、えーと…さ、さ、さく…さくさく…」
 と散々失敗を繰り返し、
「さ、さくらさんお願いしますっ」
 四十四回目のトライで言い切って顔を上げた時、
「あ、あれっ?」
 さくらの姿はもう、そこには無かった。
 当のさくらは庭先におり、軽く深呼吸してから、
「こんな大名もまだいるとは…私も、性に合った方にお仕えできそうです」
 小声で呟いていたのだ。
 
 
 勝負は簡単に着いていた。
 それも、この上ない位にあっさりと。
「いやあああっ」
 アスカが大上段から斬り込んでくるのを、軽く状態を捻ってかわし、直前まで動かなかったさくらに意表を突かれたアスカがよろめいた所へ軽く一撃。これでまず一人。
 間髪入れず突っ込んできた真名には、
「連結は良いことです」
 にこりともせずに言うと、文字通り雷光のような一撃が刀身の根元を襲い、真名の刀は根元からへし折れた。
 呆然とする真名に刀を突きつけ、
「さ、ここまでですね」
 へなへなと真名が崩れ落ち、これで二人目。
 麗とは何を思ったか数合打ち合ったが、
「京の町での事、お忘れですか?」
 にこりと笑って訊いたのは、無論浪人達に絡まれていた二人をさくらがあっさりと助け出した事である。
「わ、忘れたわそんな事っ」
 強がっても太刀筋は嘘をつけず、これも肩口への峰打ちで昏倒。これで三人目。
 アスカと麗はぶっ倒れてはいるが、出血はまったくなく、真名に至っては腰が抜けたように座り込んでいる。
 さくらを前にして、実力があまりに違うと悟ってしまったのである。
「お目汚しを致しました」
 チン、と刀を鞘に収めると、
「峰打ちで気を失っているだけです、起こしてあげて下さい」
 と麗奈に告げた。
 慌てて麗奈が揺すると、二人ともすぐに起きた。顔も上げられず、ぶるぶると拳を震わせている二人に、
「さてと、まだ何か異存がおありですか?」
 妙に優しい声で訊いた。
「わ、分かったわよっ、し、晋二の警護だけなら文句言わないわよっ」
 負けて尚強し、と言うより勝ち気だけは衰えないアスカに、
「さて、それはどうでしょうか」
「『…え?』」
「警備というのは、される側とする側の意志の疎通が大事になります。幸い、碇殿には決まったお相手もおられないようですし、当分は私が寝室をご一緒させて頂きます」
 
 三…二…一。
 
「『何ですってえっ!!!』」
 アスカの声に驚いたらしい鳥たちが、ばっさばっさと一斉に飛び立った。
 
 
 
 
 
(続)

大手門

桜田門