突発企画「奴らが戦国にやって来た」
第十五話:剣豪娘と内緒話
「真宮寺殿、すごいです」
「あ、いえそんな私はそれほどでも…」
ぷう。
言わなくても分かりすぎる気はするが、一応補足しておくと晋二とさくらの会話プラス麗の表情である。
もう嫉妬率400%なのだが、これはある意味晋二としても仕方がない。
鉄砲隊を率いる麗と麗奈、大砲隊を率いるアスカに真名と、他家から見れば垂涎物の人材が揃ってはいるが肝心な所−剣豪は一人もいないのだから。
配下の武将を眺めればそれなりに強いのはいるが、やはり剣技の突出で剣豪に敵う者はいない。
おまけに、目の前で華麗な技を見せられたものだから、すっかり感心してしまったらしい。
異性としてどうこうより、単に剣豪の技に魅入られた感の強い晋二だが、麗にしてみればどっちだって同じである。
傍目には若い娘に見とれてる若殿にしか見えないのだから。
(もうっ)
ぷうっとふくれたまま、麗がぎううっと晋二のお尻をつねる。
「ひうっ!?」
慌てて左右を見回し、般若みたいな姉の顔に気が付いた。
「あ、姉上これはそのっ…」
「知らないっ」
すたすたと歩き出した麗を見て、
「姉上様を放っておいてはいけません。さ、碇殿」
情けないがさくらに促されて、慌てて晋二が麗の後を追う。
釈明しているらしい晋二と、ふんだとそっぽを向いている麗。
どうみてもチジョウノモツレにしか見えないが、ふっとさくらの表情が緩んだ。
「あれが…姉弟ですか」
…違うぞ。
とまれ、結局麗がもう一回晋二をつねった後、ひったくるように腕を取って歩き出した。その後ろ姿を見送ったさくらの表情に、ほんの少し羨望の色が浮かんだのは姉弟を持たぬさくら故であったろう。
だがそれも一瞬のことで、すぐに表情を引き締めて二人の後を追った。
「殿、若造が調子に乗らない内にやっちまいましょうぜ」
物騒な事を持ちかけているのは、丹波丹後を統一した一色家の家臣稲富祐秀だ。鉄砲撃ち方の元祖となっただけあって、鉄砲書の一級家宝まで持っている。丹波丹後はつい先だって統一したばかりだが、摂津河内を物にしたとは言え、碇家は三好家と本願寺家を完全に敵に回しており、碇家が勢力を拡大しないうちに叩く事を進言したのだ。
確かに言ってることは間違ってないが、既に晋二は摂津河内と紀伊は固めてある。
一向宗の寺社を完全な味方には出来ないが、それでも外敵襲来に際して、本願寺以外なら確実に味方になってくれる。
本願寺麗奈を得た事は、そのまますなわち優秀なブレーン兼便利な外交官を手に入れた事にもなるのだ。
つまり、一向宗と交渉する時は同じ宗派の者が行った方が効率はいいのである。それくらいは分かっているから、当主の一色義幸もそう簡単にゴーサインは出せない。
「摂津河内への侵攻は難しい。今我らが侵攻すれば、地元の連中は皆向こうに付くからのう」
「では山城になさりませ」
「何!?」
「今なら将軍家は弱体化しています。それに、先だって近江の六角義賢・浅井久政に攻められて朽木谷館を失った事で、一層権威は失墜しています。碇晋二が、次に山城を目指すのは火を見るより明らか−この機を逃してはなりませんぞ」
「だがのう、それがそうも行かぬのじゃ」
「何故でござりまする」
「碇家には卯璃屋得留之助が付いた。それは即ち堺の商人衆が味方になった事を示しておる」
「それがなんと?」
「おそらく卯璃屋得留之助の手回しであろうが、碇家から将軍家に使者が立った。一つは将軍家との友好を高めるため、そしてもう一つは比叡山延暦寺への使いであろう」
「では、予め坊主共を味方にするとお考えですか」
「それもある。だがそれに加えて、各地に散らばる旧仏教一味との連携もあろう。先の戦に於いても、碇家はあえて飯盛山城を一向勢に落とさせてから、それを再度手に入れておりなかなかの策士ぶりじゃ。おそらくは誰ぞ知恵者が付いたに相違ない」
「ではこのまま放っておかれるのですか」
「今は待て、と申しておる。我らとて、足元を固めぬ内に打って出ては虻蜂取らずになってしまうかも知れぬのじゃ」
「…分かりました」
何を悠長な、と内心では舌打ちした祐秀だったが、表情に出す事は無論無く、そのまますっと下がっていった。
祐秀が下がり、完全にその気配が消えた所で、
「殿、よろしいのでござりますか?」
囁くような女の声がした。
「碇家の地盤固めを防ぐため、既に山城へのご出兵は決まっておりましょう。あまり内密にされる事もございますまい」
「茜か。この事はあえて伏せてある、余計な口出しは無用…っ!?」
余計な事をと言ったつもりだったが、言い終わらぬ内に首筋へ熱い吐息を感じた。
「かような憎らしいことを申される口は塞いでしまわなくてはなりませぬ。さて、どうしてくれましょうか」
柔らかい腕が首に巻き付き、そのまますっと引き倒されると女の顔が笑っている。
先だって伊賀衆から借りてきたくのいち−女忍者の茜はそのまま器用に服を剥がしていった。
「遠路遙々ご苦労であったな。これはありがたく受け取っておくぞ」
「あ、はい」
将軍足利義輝に面会した晋二は、貢ぎ物としては破格の金一千をそのまま渡した。晋二にしてみれば、もう商業も固まっているし美里の貿易も順調だから、数百を惜しむ事は考えなかったのだ。
(やっぱり強そうだなあ)
晋二が義輝を見て受けたのは、そんな第一印象であった。
さくらと同じ剣豪だが、一等級の刀まで持っているせいか精悍な印象を受ける。
一等級の絵も持ってるし、どう考えても猫に小判だ。
どちらかと言えば文官タイプの晋二とは正反対だが、晋二の方があっさりと勢力を拡大したのは性質の違いであろう。
将軍家を辞した後、麗をそのまま比叡山延暦寺への使いに出し、晋二は京の街を歩いていた。
と、
「碇殿、碇晋二殿」
「え?ああ、真宮寺殿でしたか。どうかしましたか?」
「あの、ちょっとお話が。よろしいでしょうか?」
頷いた晋二が通されたのは、えらく豪勢な宿であった。摂津河内の国も随分繁栄してはいるが、こんなに豪華な建物は殆どない。
「この国は、将軍家と商人がはっきり分かれています。仲はよいのですが、商人のそれは豪奢を極め、その一方で将軍家は殆ど地に墜ちた威厳のままです。先ほどの御所もご覧になったでしょう?」
「え、ええ」
確かに将軍家の建物にしては粗末すぎる。応仁の乱以降、急速に力を失ったとは言え晋二の居城と比べてもお粗末過ぎた。
もっとも、既に石山本願寺を徹底改築して、ほぼ難攻不落にしあげたそれと平城のここでは比べようがないのだが。
「それで真宮寺殿、お話とは」
結構なお手前でした、とさくらの立てた茶を飲み干してから晋二が訊いた。
「率直にお訊ねします。今大和は筒井家が所有しており、この山城は足利家が、そして丹波丹後は一色家が所有しています。紀伊を平定された後、碇殿はどこへ目を向けておられますか?」
「…え?」
思わず晋二が目を見張ったのは、さくらが真剣だったからだ。
「碇殿もご存じのように、将軍家は先だって近江の城を失いました。そしてこの山城においても、既に国人衆との間に工作が入っています。将軍の義輝様は優秀ですが、弟の義秋殿がそれを補佐するだけの物がありません」
「な、何を言われたいのですか」
「このままでは将軍家は駄目になります、いえもう駄目になってます。碇殿、失礼ですがあなたの事は既に調べさせて頂きました。戦国大名には相応しくない野望の低さとか、それでいて優秀な家臣が勝手に集まってくる魅力とか。家臣に離反されながらも摂津河内、そして紀伊までも手中にされたのはお見事の一言に尽きます。ですが」
「ですが?」
「碇殿の配下に足りない物がある。剣豪を持った者はまだ一人もおりますまい?」
「し、真宮寺殿それって…」
「士は己を知る者の為に死すと言います。将軍家が何としても昔日の栄光を取り戻そうとするなら、私も不肖ながら尽力は惜しみません。しかし、もう既に諦めたのかその覇気さえも感じられないのです。碇殿が本当に天下に平穏をもたらす事を視野に入れておられるのなら−」
「いれてません」
「えっ?」
「僕は元々、摂津の港とか行って船を見るのが好きだったんです。今だって本当は、戦するより雑草と戦争する方が好きなんです」
「ざ、雑草と戦争?」
「畑作りですよ。荒れ地を開墾する時って雑草との戦争でしょう」
「は、はあ」
「だから真宮寺殿には悪いけど、僕よりもっと武将らしくて野望持った人を探してくだ…え?」
ぎゅっと手を握られた晋二が見ると、そこには目をうるうるさせてるさくらがいた。
「碇殿、合格です」
「は?」
「こんな戦国大名らしくない大名は初めて見ました。この真宮寺さくら、何としてもお側に仕えさせて頂きます。ええ、碇殿が嫌だと言っても駄目です」
「で、でもそれじゃ…」
「私では…お役に立てませんか?」
華麗な剣技とは裏腹に、柔らかい手できゅっと握られたまま、潤んだ瞳で見上げてくるさくら。
「じゃ、じゃあ…お、お願いします」
あーあ、これだから。
女が何人もいたって、やっぱりそれに慣れることは無い晋二であり、さくらの頼みにあっさりと陥落してしまった。
「ありがとうございます」
急に表情を戻し、楚々と一礼したさくらを見て、
(やっぱり女の人って怖いんだ)
などと思った晋二だったが、別段さくらはそれ以上迫るような事もなかった。
どうやら、単に晋二を主君として気に入っただけだったらしい。
その晩、久しぶりに晋二は麗と寝た。
いや、正確には一つの部屋に二つの布団だっただけなのだが、
「わざわざ布団を二つも出すことはないわ、無駄よ」
と真顔で言いきる姉を説得するのに結構苦労したのだ。
晋二にすれば、これだって結構恥ずかしいのである。
「それで延暦寺はどうでしたか?」
「論外ね」
麗が天上を見ながら冷たく言った。
「大体、坊主が刀を持つこと自体おかしいのに、あそこには女が沢山いたわ。しかも稚児の女版までいたのよ」
「何ですかそれ」
「稚児と言うのは男色用に買ってある子供のこと、あなたで言えば渚馨ね」
「…馨君はそんなんじゃありません」
「それの女版、つまり女が女を抱くように幼女を飼ってるのよ」
ちっとも話を聞いてない麗に、
「小さい女の子って身体が柔らかいで…痛っ」
わざと言ってみたら、言い終わらない内に肘が飛んできた。部分的には聞かれてるようだ。
「そんなに女がいいならお粗末だけど私が研究させてあげるわ」
どさくさに紛れて布団に入ってこようとするのを、
「あ、姉上止めてください…あっ」
どたばたしながら何とか止めたが、代償に晋二の首筋には紅が付いていた。
無論弾みの振りをして麗が付けた物である。
「いずれにしても、あそこは一度粛正しないとならない所ね」
そう言いながら、妙に麗の口調が弾んで聞こえる事にアスカ達がいれば気付いたに違いない。
「それで外交の方は?」
「それは大丈夫よ。金数百で一応の関係は築いたし、伊賀衆辺りからも既に工作が入っているようだから」
「姉上、ご苦労様でした」
「本当にそう思ってる?」
「も、勿論ですよ。口先だけな訳ないじゃないですか」
「じゃ、ご褒美」
「え゛!?」
「別に抱いてなどと言っていないわ、何を焦っているの」
「だ、だって姉上いつも…」
「私が何か」
「な、何でもないです…」
「そう。じゃあ口づけして」
「そ、そんな事言われても…」
「私は姉だから、ただそれだけの理由で口づけもしてくれないの?そう、そうなのね…どうせ私は晋二に取って便利な駒でしかないのね」
しくしく泣き出した麗に慌てて、
「わ、分かりました姉上っ、お願いですからこんな所で泣かないでくださいっ」
「じゃ、してくれる?」
「は、はい」
「うれしい」
ころっと表情を変えた麗に、晋二は内心ではーあと溜息をついた。
ちゅ、と音がしたのは結局頬だったがそれでも、
「あーん、晋二にしてもらっちゃったー!」
ごろごろと転がって、うるさい事この上なし。
ごろごろ騒音で、結局晋二が迫られなかったにもかかわらず、何とか寝付いたのは既に一番鶏の声を聞く頃であった。
翌日。
非常にご機嫌な麗と、目の下に隈が出来ている晋二をさくらが町外れまで見送った。
昨日のことはさくらも全く素振りには見せず、
「麗殿、晋二殿。また、どこかでお会いしましょう」
深々と一礼して見送ったさくらだが、翌月にはあっさりと出奔してきた。
当然の事ながらそれに伴い、
「どういう事よこれはー!!」
大騒ぎになったのもまた、その月のことである。