突発企画「奴らが戦国にやって来た」
 
第十四話:剣豪娘
 
 
 
 
 
「晋二君、さあ僕と一緒に…」
「くっつくなー!」
「さっさと離れなさい、この変態男」
 上から順に、馨・アスカ・真名となっている。
 紀伊と摂津を手中に収め、一躍大名の仲間入りをした碇家だが、その当主の運勢はあまり変わっていない。
 男同士の同性愛、と言う変態的な趣味がこの時代は当然であり、寵童とか小姓とかはほとんどの大名が持っていた。
 無論この晋二は持っていなかったが、そこを十二分に補っていたのが渚馨である。
 先の戦の後、足利家を出奔して碇家にやって来た馨は、二百石の知行をもらって家臣となった。
 あれから半年間、晋二達は兵を動かす事無くひたすら開墾と商業の活性化に励み、その国力は侮れない物となっていた。
 紀伊はともかく、摂津河内は畿内有数の豊穣な土台を持っており、最高石高も七千を超えている上に堺まで持っている。
 おまけに「奉仕」の特技を持っている晋二だから、作業をしているといつも国人衆が力を貸してくれるから、開発も極めて順調である。
 紀伊はまだだが、摂津河内は三城とも開発地の限界まで達し、国人衆も荒木村重・池田長正・池田知正が加わり、家臣も充実の一途を辿っていた。
 馨が晋二に迫り、それをアスカと真名が引き剥がすという構図にも関わらず、開発が進んだのは家臣団のおかげと言っても過言では無かったろう。
 そして、麗と麗奈の力も大きかった。
 得留之助の意見で、唯は麗奈と離してある。
 麗とは気が合うようで、小娘プラス男に迫られている弟に代わり、開発の陣頭指揮を二人で執った。
 本当は麗も迫りたいのだが、
「麗にはする事があるでしょう。あなたまであんな中に入っている暇はないのよ」
 と言うもっともな言葉に、取りあえずは諦めたのだ。
 そう、それは周囲情勢の変化である。
 紀伊を平定した直後、大和にいた三好家が兵を起こし、摂津河内に攻め込んできた。
 一向勢に賄賂を送ったのが効いて味方になったが、そうでなかったらどうなったか分からない。
 この戦いで、麗奈と麗の鉄砲コンビが爆発し、松永久秀を始め三好家の家臣が五人ほど斬首され、「九十九髪茄子」・「平蜘蛛釜」と言う一等級の家宝を手に入れた。
 それも大きかったが、更に大きかったのは十河一存を討ち取った事であったろう。
 三好家でもトップクラスの勇将を失った事で、結局三好家は筒井家に信貴山城を奪われ、大和の勢力を失った。
 そしてそれはそのまま、畿内からの追放を意味していたのだ。
 一方すぐ上の丹波丹後では、一色家が波多野家を倒して国内を統一し、北陸に逃れた本願寺家は畠山家に出撃するもこれに敗れていた。
 また、北信濃では睨み合っていた武田家と長尾家が激突し、北信濃は長尾景虎の物となっていた。
 所々で国内が平定されていく中、明国へ貿易に行っていた美里が帰ってきたのは冬のことであった。
 
 
 
 
 
「まったくもう、アスカ達も馨君も加減て物を知らないんだから…」
 得留之助に訊いても、
「甲斐の武田晴信も、讃岐の三好長慶も安芸の毛利元就もみんなホモの相手は持ってます。持ってないのは晋二殿と越後の長尾景虎殿ぐらいのモンですよ」
 と、思い切り不安になりそうな事を言う。
 自分がおかしいのかと思ったが、
「いやいや、これは馨君が変なのとアスカ達が色ボケしてるんだ」
 と聞かれたら天守閣から吊されそうな事を呟いた途端、何かにどんっとぶつかった。
 妙に柔らかい感触だったが、他の大名とは違って下女にぶつかっても謝る晋二なわけで、
「ご、ごめんねっ、だいじょう…ぶ…」
 言いかけた時、晋二は自分の失態を知った。
 そして次の瞬間。
「あ〜ん、晋ちゃんたら大胆なんだからあ〜」
 ハートマークと共に、晋二の顔は乳房に挟み込まれていた。
 アスカと真名がこれを見て猛烈に怒るのは、真似できないからと言う意見があるが、おそらくは事実だろう。
 成熟した色香の漂う胸が、すっぽりと晋二を包み込む。
 が、その一方でどこか、母のそれに近いものも含んでおり、晋二が即座に撃退できない理由もそこにある。
「ちょ、ちょっと美里さんっ」
 ぶるぶると離れたが、ふっと真顔になった。
「あの…」
「なに?」
「母上の事…ありがとうございました」
 半乳が見えてる水軍の頭領に家臣が気付いたら、大騒ぎになることは間違いないが、
「いいのよ、分かってる」
 美里はうすく笑った。
「晋ちゃんには、片方は姉で片方は母上だもんね。この水域は私がいるから、心配しなくても大丈夫よ」
「ありがとう…」
 麗奈を受け入れる事は、晋二の心理としては出来ない事ではなかった。
 それに、麗と組ませれば最強の鉄砲隊コンビが完成し、その影響は計り知れないものがある。
 だがその一方で、愛人の子と同居する母唯の事を考えると、やはり晋二の心は重くなるのだ。
 だから得留之助が紀伊に出陣させたことも、そして美里が味方してくれた事はとても嬉しかったのだ。
 実のところは、どうしようかと内心では悩んでいたのである。
「あ、そだ」
 美里がぽんと手を打って、
「明国行ってきたんだけどさ、結構儲かったのよ。お金持ってきたか…ん?どしたの?」
「む、胸…し、仕舞ってください…」
 赤い顔をして頼む晋二を見て美里は、そのまま床のある別室に連れ込みたくなる凄まじい欲求に駆られた。
 ギリギリで理性が勝ったのは、実に数十秒後の事であった。
 
 
 
 
 
「いかがでしたか、山城の国は?」
「前に一度、行った事があるのよ」
 出されたお茶を一口飲んでから麗奈が言った。
 ここは得留之助の屋敷であり、麗と麗奈が招待されている。
「と言われると、買い物ですか?」
「いえ、延暦寺の様子見よ」
 比叡山延暦寺、山城にある旧仏教の砦だが、一向宗とは真っ向から対立しており、本願寺としても頭の痛いところである。
「武装内容は一向宗の方が上、でも畿内以外は旧仏教が強いところも多いの…麗聞いてる?」
「え?あ、き、聞いてるわ」
 慌ててカステラを口に放り込み、リスみたいな顔になった妹を眺めてから、
「卯璃屋さん、将軍家は現在弱体化しています。ここは、あえて機嫌を取らなくてもいいのでは?」
「いけません」
 得留之助は即座に否定した。
「あの足利兄弟ですが、弟はボンクラです。しかし、兄の義輝は結構優秀で、自分も剣豪です。おまけに国人衆と親密ですから、国人衆は間違いなく敵に回ります。戦場は狭いですから、国人衆があっという間に襲ってくるんですよ」
「どう関係があるんですか?」
「紀伊です」
「紀伊?」
「紀伊がまだ、完全に平定されていません。それと、畿内の一向勢が本願寺との親密が消えてます。この際、本願寺との友好を深めることが大事なんです。もしそうなった時、播磨辺りで戦争があればどさくさで援軍を送って城を取ることも出来ます。そうなると摂津河内は手薄になりますし、そこを攻められると厄介なんです」
「事前の一手、と言う訳ね」
 やっとカステラから顔が上がったが、まだリス状態は変わっていない。
 その麗に頷いて、
「ところで、次は麗殿ですよ」
「ふえ?」
「山城行きです」
「私が?」
「そう、あなたが。なお、一緒に行くのは晋二殿です」
 ぽかん。
 麗の口が一瞬開いた。
 咄嗟に事態を把握出来なかったらしい。
 すぐに緩んだ。
「晋二と私が…そう、一緒に旅行…ふふ、ふふふふふ…」
 でろーん、と緩んだ表情を見て、得留之助が麗奈に視線を向けた。
(本当に、いいんですな?)
(問題ないわ…多分)
 
 
 
 
 
「えー、どうしてよ?」
「麗さんだけずるいです」
「抜け駆けはいい、でも好意には値しないね」
 とそれぞれの反応の中、
「あなた達、摂津の開発さぼったでしょう。罰として大人しく留守番していなさい」
 年はそう変わらないが、風格は完全に娘達を圧倒している麗奈の一声で、あっさりと二人の山城行きは決まった。
 用件は、将軍家に拝謁してご機嫌を取ってくる事であり、美里が持ってきた資金を一部充当する事が決まっている。
 また貿易を依頼したのだが、大抵貿易には半年以上かかり、今回はかなり早かった。
 と言うことで出発する前の晩。
「今日は私と一緒に寝てもらうわよん」
 一方的に決めつけると、晋二の返事を聞く前に鉄甲船へと担いで持っていってしまった美里。
 ただし、表情の割には何もせず、晋二を胸に埋めて寝ただけであった。
 もっとも、晋二の方は柔らかいのと大きいのと、しかも甘い匂いまで加わって、一晩中悶々としていたのだがそれは内緒である。
「じゃ、行って来るわね」
 ちゅ、と晋二にキスすると、そのまま美里は堺の港から出港していった。
 それを見送った後、麗と合流したのだ。
「ねえ晋二」
「何です?」
「昨日、何処で誰と寝ていたの?」
 不意に麗が訊いた。
「え…」
「アスカ達は酔っぱらっていたから知らないけれど、私は素面だったわ。ふと外を見たら、女にさらわれていくあなたが見えたのよ」
(し、しまったー!)
「これを使うといいでしょう」
 そう言って得留之助が渡したのは、家宝の一つ麦酒であった。
 その名の通り酒であり、これを使って酔わせる作戦だったのだが、麗は飲まなかったらしい。
 別にやましくはないが、なんとなく視線を逸らした晋二に、
「晋二も男だから、やっぱり胸の大きい娘がいいのよね、きっとそうね」
「そ、そんな事はありませんよ姉上っ」
「うそ。どうせ晋二は小さな胸には興味なんかないんだわ」
 路上で泣き出す娘に、無論周囲は怪訝な視線を向ける。
 これには晋二が慌てて、
「そ、そんな事はありませんっ。わ、私は姉上が大好きですよっ」
 ぴたっと止んだ。
「本当に?」
「ええ、本当です」
「本当の本当?」
「本当の本当です」
「じゃあ証拠に−」
 何が証拠なのか、ん〜と麗が唇を突き出した途端、何かにぶつかった。
「なんだてめーはぁ?」
 柄の悪い声が先に向こうから上がった時、室町の町中に入った事を晋二は知った。
 こんな形で知りたくはなかったが、こんなところで揉める訳にはいかない。
「いや、これは失礼しました」
 下手に出たのだが、いい刀を差した侍の腰抜けとも思える態度に、浪人達がげらげらと笑う。
 基本的に、こんな笑い方をするのは馬鹿が多いのだが、ここでもそれは例外ではなかったらしい。
 ひとしきり笑った後、
「そうかい、謝るってか?だがなあ、俺達は二本差しがどーも信用できないんだ。謝るってんなら証拠を見せてもらおうかい」
「証拠を?」
「おうよ、その腰の刀こっちにもらおうか。したら許してやるぜ」
 何とも屈辱的な台詞に、すっと麗の眉が上がる。
「姉上いけません」
 晋二が制したのだがそれが悪かった。
「姉上?ってことはその姉ちゃん、あんたの姉様かい?」
 態度を変えた男につい、
「姉上に危害を加えないのな−」
 言いかけて男の表情に気付いた。
 すなわち、まんまとしてやったりの顔に。
「するとお前さん達は、実の姉弟で乳繰り合ってる仲って訳かい。ガキのケツにぶち込むのが好きな大名も多いが、近親ってのだけはどこも御法度だ。まさか、それを知らない訳じゃないよなあ?」
 墓穴を掘ったと知って晋二の顔が強ばる。
 こいつらは、今度は戦法を変えてきたのだ。
「いきなりぶつかるから筋を通させようと思ったが、姉弟で乳繰り合ってる変態なら別だ、とっとと殿様にご注進させてもらうぜ。大方どっかの大名家の使いだろうが、将軍様がそれを聞いて何と言われるか楽しみだぜ」
 褒美でも出るのか、鬼の首を取ったような言い方に麗の表情が危険な物に変わった。
「無礼者そこになお−」
 斬り捨ててくれると言おうとした時、
「やはり、そう簡単に食い詰め浪人は減りませんか」
 後ろから静かな声がした。
「なんだ〜?」
 じろりとそっちを見ると、年若い娘が立っていた。
 袴姿に長い黒髪を軽く結い、どこか得留之助にも似た格好である。
「将軍家のお膝元で脅しを働くとは、その罪万死に値します、ですが、刀を汚すのも気乗りがしません−さっさと立ち去りなさい」
 挑発というか何というか、あまりと言えばあまりな台詞に、浪人達が一斉に飛びかかっていく。
 勝負はあっさりと着いた。
 僅かに左足を引いた体勢から、文字通り目にも留まらぬ速さで引き抜かれた太刀は、簡単に男達を倒していたのだ。
「峰打ちです、安心しなさい」
 冷たく言ってのけたが、何をしたのか二人にも全く分からなかった。
「す、すごい…」
 チン、と刀を収めてから呆然としている晋二に、
「お怪我はありませんか?」
「あ、はい、大丈夫です」
 それは良かった、と頷いて、
「最近は、京の町にも不埒な輩が多くて上様もお悩みなのです」
「上様って?」
 訊いた麗に、
「将軍足利義輝様です。あ、申し遅れましたが私、真宮寺さくらと申します。失礼ですがお二人は?」
「あの、碇家の碇晋二と言います。義輝殿にお会いしたくて摂津から来たんです」
「姉の麗です」
「そうでしたか。それでしたら、私がご案内致します。また、おかしな者達に襲われても困りますからね」
「『よ、よろしくお願いします』」
 さすがの二人も、見たことのない剣技にすっかり度肝を抜かれてしまい、揃って頭を下げた。
 
 
 
 
 
(続)

大手門

桜田門