突発企画「奴らが戦国にやって来た」
 
第十二話:産駒話
 
 
 
 
 
「な、何か照れるね…」
「そ、そうね…」
 ご褒美、という訳で晋二に着替えさせて貰った二人だが、別段それ以上の事をした訳ではない。
 が、晋二の横に寄り添って出てきた二人は真っ赤になっている。
 結構長い付き合いだが、やっぱりこういうのはちょっと照れちゃうらしい。
 一方、それと対照的なのが晋二であった。
 どう見ても浮かない顔なのだ。
 そのせいで晋二が襦袢をずり下ろしてしまい、アスカが全裸に剥かれた時も、すぐには焦点が合わなかった。
 二人が気づかなかったのは幸いだったろう。
 たとえ姉とは言え、裸見られた前でほかの女の事を考えていると知ったら嫌になるに違いない。
 ただ、
「ちょ、ちょっと真名、帯がずれてるわよっ」
「アスカだって、じゅ、襦袢見えてるっ」
 と、きゃーきゃー騒いでいたが、晋二の思考はそこには無かった。
 二人に挟まれるような格好で晋二が出てきた後、城をあげての祝勝会となり、深夜まで騒ぎは続いた。
 家臣達が揃って泥酔し、アスカも真名も太股まで見せて寝込んでいる中、晋二はすっと廊下に出た。
 ぽっかり浮かんだ月を見ながら、その顔はあまりにも大勝とはほど遠い。
「姉上…」
 ふっと呟いた時、
「気になりますか、晋二殿」
「政勝か」
「手の者を放ちましたが、一向に連絡はありません。しかし、それにしても安心しましたぞ」
「何が」
「ほかの者から見れば、晋二殿は武将失格です」
 手討ちも当然みたいな事をいきなり言いだしたが、別段晋二は怒った顔も見せなかった。
「ですが、私が晋二殿に肩入れする気になったのはその部分なのです。唯殿が銃弾に倒れた時の鬼神のような表情には、さすがに私も肝を冷やしましたが、こうしてまた麗殿の事を気にしている−やはり、晋二殿はそれでいいのですよ」
「何が言いたいの?」
 さすがの晋二も、全く場違いな事を言い出す政勝に幾分表情を強ばらせたが、次の瞬間その表情が固まった。
「何これ?」
 政勝が差し出したのは、大きな包みであった。
「ご覧あれ」
 言われるまま紐解くと、中には壺みたいな物が入っていた。
「骨壺?」
「晋二殿、ご冗談を」
 幾分苦笑気味に、
「松島、と申す。我が家に伝わる家宝でござるよ」
「はあ」
「これを晋二殿に献上致す故、受け取っては下さらぬか?」
 大した物ではない、と言った口調だがこれは二等級で、かなりの代物である。
 真名達が見たら顔色を変えるに違いない。
「どうして僕に?」
「私も見たくなり申した−晋二殿が天下を取られるお姿を」
「……」
 暫く沈黙があってから、
「…え?」
 間抜けな反応が返ってきた。
「晋二殿なら天下を取れる、いや必ず取らせて見せまする。農民の豊作祭に赴き一緒に手伝う武将、そんな方なら万民も幸せでござろう。どうか私を、家臣の一団に加えては下さらぬか」
 少し考えてから、
「いいよ、こちらこそよろしく」
 晋二は頷いたが、
「でもこれは返しておく。こんな高そうなの受け取れないもの」
「いけません、晋二ど…いえ殿。等級の高い家宝とは、すなわち大名の位置づけを表します。まして次は山城です、公家共に侮られぬ為にも是非、お受け取り下され」
 真摯な顔つきの政勝に押され、
「分かった、有り難く貰っておくね」
 ははっと頷いたが、
「殿、今後は他人の前ではそのような話し方はなりません。それがしはあくまで家来なのですから、そのようになさらないとなりませんぞ」
「う、うん…」
 やっぱりどこか頼りない。
 だがこの殿を補佐し、何よりも天下を取らせるのだと、政勝はある種の感慨で昂揚していたのだが、そんな事はこの若殿は知る由もなかった。
 
 
 
 
 
「卯璃屋殿、確かにお届け致しましたぞ」
「ええ、間違いなく。では、例の件は私から手を回して置きましょう」
「宜しく頼みます」
 そう言って、得留之助の元に届いたのは麗と麗奈であった。
 駕籠どころか、包装されて届いたそれに一瞥をくれると、
「怪我は?」
「斬り合った時に多少怪我をしていますが、それ以外に大した事はありません」
「では軽傷だな」
 頷いて、
「向こうの部屋に二人とも運んでいって寝かせて置くように」
「あの…」
「ん?」
「同じ部屋でよろしいのでしょうか…?」
「構わない。刀さえ側に置かなければ、起きた途端に取っ組み合いを始める事は無いはずだ。ただし、起きたらすぐ私に知らせてくれ」
「かしこまりました」
 手代が出て行くのを見ながら、
「重馬場は駄目、でもって長距離は駄目−」
 奇妙な事を呟くと、何故か得留之助は、にやあと笑った。
 そうはもう、とても嬉しそうに。
 
 
 
 
 
「ご気分はいかがですかな、唯殿」
 万金丹が効いたのか、唯は程なくして目を覚ました。
 一応付き添っていた赤庵が、気配を感じてちらりと見る。
「あの…ここは…?」
「銃弾四発で死なれては今までの仕返しが出来ない」
「…は?」
「と、卯璃屋殿が申されておりましたが、何か恨みでも買われましたか?」
「べ、別に私は何も…」
「そうですか。もっとも、あの方の薬のおかげで助かったようなものですが」
「薬?」
「南蛮渡来の万金丹とか言うそうです。それと、銃弾が体内に残っていなかったのも幸いしました」
「あ、ありがとうございます」
 さすがに武士の妻らしく、幾分苦しげであったがすっと身を起こして礼を言った。
「いえ、いいんですよ。医者としては当然の事です。さてと、私はこの辺で」
 赤庵が立ち上がったのへ慌てて、
「あ、あのっ、せ、戦況は?」
「え?ああ、それでしたら」
 医術道具の入った袋を持って振り返り、
「大勝利です。この畿内から本願寺の勢力を駆逐しただけではなく、この摂津河内はすべて碇家の物になりました」
「え…」
 一瞬事態の読めない顔になった唯に、
「国人衆の協力もありましたが、一度本願寺家に飯盛山城を落とさせてから碇家が攻め落とす−お見事な戦術でした」
 赤庵が出て行った後、
「そう、晋二が勝ったのね。そう…」
 これもうふふふと笑った唯だが、笑うと言うのは筋肉を使うわけであり。
「い、いたた…」
 銃創が疼いて、ぱたっと倒れ込んだ。
 
 
 
 
 
「『こ、ここは…』」
 麗と麗奈が目を覚ましたのは、奇しくも全く同時刻であった。
 台詞まで同じ事を呟くと、
「『ん?』」
 気配を感じて同時に首を動かす。
 次の瞬間、視界の中にさっきまで死闘を演じていた相手を見つけ、瞬間的に表情が険しくなった。
 だが掴みかかろうとしなかったのは、さすがに二人とも猪武者ではないからだ。
 普通に考えて、おそらくは自分達が虜囚になったのだと気付いていたのだ。
 先に麗が口を開いた。
「心当たりはあるの?」
 本願寺勢なら麗奈と同室になどしないし、麗は磔にされているだろう。
 一方碇家なら…碇家なら?
 卯璃屋得留之助辺りが悪戯で、二人を同室にする可能性はある。
 かといって、家来を誰も付けないなどと言う事は無いだろう。
 しかしながら、そうなると一体誰が、と言う話になる。
 国人衆、と言うことはまず無いだろうし、山賊の類なら…想像したくはないが二人とも輪姦されている。
 いや、下手したら殺されてから犯されるという、更に猟奇的な手順を踏まれた可能性もあるのだ。
「ないわ、あなたと同じくね。どうやら…二人して捕まってしまったようね」
 敵同士に違いはないが、同じ境遇に落ちたという認識の為か、二人の表情に敵意や憎悪の色は薄い。
 とそこへ、
「別に、お二人を捕まえた訳ではありませんよ」
「『誰っ』」
「私です、わ・た・し」
 扉がすっと開いて得留之助が入ってきた。
「『卯璃屋さん?』」
 声がぴたりと重なり、
「卯璃屋さんを知っているの」
 麗が訊いたのに、
「商人ですからな。京でも堺でもどこでも参りますよ。ところでお二人とも、傷の具合はどうですか?」
「平気」
「大した事はないわ」
「それは良かった。やはり、重傷となると売る恩が減ってしまいますからな」
「『売る恩?』」
 何度目かの重なりに、二人が一瞬顔を見合わせてすぐに逸らした。
「碇麗」
 不意に得留之助が呼んだ。
「え?」
「碇麗。母は唯で母の父はヤマニンゼファー。だから長距離は向きませんな」
「は?」
 得留之助はそれには答えず、
「本願寺麗奈。母の父はサッカーボーイ。従って雨の重馬場は不得意で、あくまで良馬場専門です」
「『あ、あの何を…』」
 何で血統の話が出てくるのかと奇妙な顔になった二人に、
「ところで、二人にはある共通点があるのですよ」
「共通点?」
「そう、お二人とも碇源道産駒なんです」
 とんでもない事をさらっと、それこそ茶飲み話みたいにあっさりと告げた卯璃屋得留之助。
 二人の顔が、一瞬間抜けな物になったのも無理はなかったろう。
 実に数分の間、二人とも揃って硬直していたがやがて、
「そ、それって…」「わ、私達が姉妹だと…言う事ですか…?」
「その通りです。お二人とも父の父はサンデーサイレンス、優秀な血統書付きです」
 唖然としていた二人だが、徐々にその顔にある種の色が浮かんだ。
 すなわち、怒りのそれが。
「姉妹と知っていて、私達を殺し合わせたの…知っていて…」
 危険な気が二人から立ち昇り始めたが、得留之助は動じる様子もなく、
「それ以上の知力と時間はないのですよ、お二人には」
「え?」
「二人が戦場で相まみえる以上、どちらか一方に情報を漏らすわけには行きません。手加減すれば、それはそのまま死に繋がりますからな。かと言ってお二人にそれを話せば、麗奈殿を本願寺家から引き抜く算段をするでしょう。しかし、そんな時間もないしそんなに器用でもない。となると、どうしても一度戦うのは仕方なかったのですよ。もっとも、お二人が一対一で闘うと言うのは予想外でした。だから、国人衆の荒木殿の別働隊を貼り付けて置いたのです。放っておけば、麗奈殿は麗殿を殺していましたよ」
「そ、それは…」
 確かに、あの時矢が飛んでこなければ、自分は麗を討っていたのは間違いない。
 それに得留之助が言うとおり、本願寺家から脱走する手だてを考えられたか、と言うとそれも自信はないのだ。
「ところでお二人とも、お互いを前にして妙に敵愾心が湧きませんでしたかな?」
「そ、それは鉄砲隊同士だったから…」
「違います」
 得留之助はあっさり否定して、
「顔も似ていると気付いた筈です。姉妹と知らないことで、近親憎悪みたいな物が無意識に湧いたんですよ。愛情と憎悪は紙一重のいい証拠です」
「『私達が姉妹…』」
 顔を見合わせている二人に、
「母は違いますがちゃんとした姉妹です。ま、これを気に今後は仲良…ん?」
「今度は負けないもの」
「望む所よ、腕前の違いを徹底的に教えてあげるわ」
 ぎにゅー、と頬をつねり合っている二人に、
「こんなんで大丈夫かな?」
 む、と首を傾げて考え込んだ。
 
 
 
 
 
 三好政勝を家臣にした次の日、一気に大名の仲間入りをしたというのに、やはり晋二の表情は晴れない。
 つい先日まで、小国のそのまた端っこ辺りの地位だったのが、あっという間に摂津河内一国を手中に収め、紀伊侵攻の足がかりまでも持っている。
 堺のあること、そして豊穣な国土の事を考慮にいれれば、もう立派な大名と言っていいだろう。
 にも関わらず表情が今ひとつなのは、無論麗の事があるからだ。
 母唯は、もう峠は越したと聞いている。
 後は赤庵に任せておけば大丈夫だろう。
 だが姉は一体どこに…?
 実際、晋二はほとんど夜も寝ていないのだ。
 隈一つない目許を軽く拭った時、
「ご自由、頂戴致す」
「え?」
 奇妙な言葉と共に、黒い影が一斉に振ってきた。
 その数…およそ十。
 太刀に手を掛けた途端、
「遅いな、晋二殿」
 信じられないような敏捷な動きで、たちまち晋二は両腕を押さえられた。
「ではちょいと来てもらいましょうか」
 そいやそいやと、あっさり晋二が連行される。
 何となく異変に気付き、家臣達が駆けつけた時にはもう、そこは蛻の殻であった。
「どうしたっ?」
「と、殿が攫われましたっ」
「な、何だと…!?」
 たちまち家来達が蒼白になったが、最初に我を取り戻したのは政勝であった。
「すぐに辺りを捜索せよ。それと卯璃屋殿に連絡を入れるのじゃ、急げ!」
「ははっ」
 号令一下、直ちに家来がすっ飛んでいった。
 
 
 
 
 
「ここ…どこ?」
 ぽす、と晋二が放り出されたのは、屋敷の真ん中であった。
 無論、ここに来るまでは目隠しをされて来ている。
 何で自分が拉致られて、とちょっと頬を膨らませているが、これは他の戦国大名には決して見られない表情である。
 他の者なら、まず身構えることを優先するに違いない。
 そこへ扉が開いて、得留之助が姿を見せた。
「う、卯璃屋さん!?」
「攫った方が面白いので、ちょっと手荒にしてみました。お怪我はありませんか?」
「え、ええ、大丈夫ですけど…」
 まだ事態のさっぱり分かっていない晋二に、
「さて、麗殿の行方は分かりましたか?」
 訊ねると、
「い、いえそれが全然…」
 当然の答えが返ってきた。
 得留之助は沈み込んだ晋二を見て、
「それはいけませんね。ところで、人捜しに丁度いい人材がいるんですが、お会いになりますか?」
「人捜しって…姉上の行方分かるんですかっ?」
「多分」
 別に人捜しに使える、と言っただけで見付かるとは言ってない。
 晋二にしては随分と性急だが、これも姉を思うあまりだろうと得留之助は頷き、
「お二人ともお入り下さい」
 得留之助の言葉に扉が左右にすっと開かれた。
 そっちを見た晋二だが、そのまま一気に全身硬直。
「あ…あ?」
「紹介しましょう」
 並んでいる正装した美姫二人を指して、
「左側は麗殿、あなたの姉上二号です」
「に、二号?」
「右側は麗奈殿、あなたの姉上一号です」
「……」
 反応が消えた晋二に、
「し、晋二?」
 笑っていた麗も心配になって声を掛けたのだが、次の瞬間その身体がゆっくりと倒れ込んだ。
「姉さんが二人…そんな馬鹿なぁ…」
 床とキスする直前の台詞はそれであった。
「し、晋二っ」「た、大変っ」
 慌てて駆け寄る二人を見て、
「ショックが大きすぎましたねえ。でも、最高の反応でしたが」
 麗達には決して聞かせられない事を呟くと、またしてもにやあ、と笑った。
 手代が見たらまーたあっちの世界にイってしまったかと、慌てふためくに違いない。
 
 
 
 
 
(続)

大手門

桜田門