突発企画「奴らが戦国にやって来た」
 
第十一話:死闘の決着
 
 
 
 
 
 普段怒らない人が怒ると怖い。
 これは合ってる。
 そしてもう一つ…怒りそうにない者がキレると手が付けられなくなるのだ。
 攻城の特技も持っていないのに、みるみる城の耐久度が落ちていく。
 陣頭に立って指揮を執っている晋二を見ながら、これが隠された爪なのか一時的な物なのか、池田長正は首を捻っていた。
 港でぼんやりと船を眺め、時々嬉しそうにうふっと笑う晋二の姿は、武士からすればかなり奇妙なものであった。
 それがいい、と言う娘達も多かったのだが、国人衆の彼らにしてみれば、これでいいのかと思ったのは当然である。
 三好政勝も、その辺は見越して味方したらしかったが、母が撃たれたとは言えこんなに豹変するとは思わなかったのだ。
 まして開戦の少し前までは、つんと無視していた事を長正は知っている。
 やはり親子なのかと妙な感心をしたその時、
「よし、終了」
 晋二の声が聞こえ我に返った長正の前で、
「よし城は落ちた、勝ち鬨を上げよ」
「…え?」
「落ちたぞ、長正。後は石山だ」
 長正がぼんやりしている間に何と、晋二隊だけで飯盛山城を攻め落としてしまったのだ。
 騎馬隊なのに一体どうやって、と唖然としている所に、一隊がやって来た。
「あれは…足利家の?」
 足利家から、一隊だけが援軍に来たのは知っている。
 だがその顔は、長正も知らない者であった。
 先頭の大将が騎馬を降りて晋二に歩み寄る。
 その顔は兜に隠れて見えない。
(南蛮人か!?)
 水色の髪に気が付いた時、
「久しぶりだね、馨君」
 馬上からの晋二の言葉に、その顔がゆっくりと上がる。
「お、憶えていて…くれたの?」
「その髪と目、忘れるわけはないよ」
 にっこり笑った晋二に、長正は二人が知己だと知った。
「搦め手から攻めてくれたのは馨君だったんだね、ありがとう」
(なるほど道理で…)
 晋二の騎馬隊だけなら妙だが、この青年の隊も加わったとあれば話は分かる。
「本当は、もう憶えていないかと思ったんだ。だから、卯璃屋さんに頼んで足利家に行かせてもらったのさ。でも、役に立てて良かった」
「馨君がいなかったら、城は落ちなかったかも知れない。本当に感謝しているよ」
「晋二君…」
(ん?)
 その時長正はふと、馨の晋二を見る視線が妙に熱いのに気が付いた。
「まさか…な」
 小さく呟いた途端、
「ずっと会いたかったが、もう離さないからね」
 ぎゅっと馨に抱き付かれ、
「ちょ、ちょっとそれは止めてって前から言って…あー!」
 回りの兵まで唖然として見ており、長正はやれやれと溜息をついた。
 なおこの時代男色、要するにホモとかやおいなどという、変態チックな趣味は至極一般的であった…。
 
 
 
 
 
「うーん、さすが国人衆代表だけあって頑張るわねえ」
「そうねえ」
 ひたすら撃ちまくっている二人の先には、顕如相手に苦戦しながらも、なんとか優勢に立とうとしている政勝隊がいた。
 生臭坊主とは言え鉄砲、それも三段を持っている顕如と歩兵隊では勝負にならないのだが、やはり爆発モードだった晋二が、二部隊を壊滅させたのが大きかった。
 攻城戦に於いては大将の殲滅が絶対条件になるのだが、と言うのは大将が残ってると城の耐久度が戻ってしまうからだ。
 二人が撃つと一発で十下がるが、その側から戻っていくからイライラする事この上ない。
 それでも何とか我慢して砲撃を続ける二人。
 と、アスカが後ろを振り返った。
「どうしたの?」
「麗さん…何処行ったのかしら?」
「そう言えば…坊主は全滅してるから大丈夫だと思うけど…」
 辺りを見回すが、麗奈を追っていった麗の姿が何処にも見えない。
 人数は押していた筈だが、まだ麗は戦慣れしていない。
 二人の表情に刹那、不安げな物が過ぎった。
 
 
 
 さて、その麗はと言うと高屋城を過ぎてなお、麗奈を追いかけていた。
 人数頼みの所もあるが、実際は二対一であり、部隊差は一つしかない。
 しかもその部隊も既に二割くらいしか残っていないのだ。
「くっ、ちょこまかと…っ」
 一気にとっ捕まえたい所だが、向こうは武将小隊だけなのに対し、こっちは鉄砲隊がいるから足が遅い。
 何よりも、麗は気付いていなかった。
 すなわち、こっちの方が遅いはずなのに向こうとの距離が縮まらず、そして開きもしないと言う事に。
 それが何を意味するかに気付いたのは、願泉寺に麗奈が逃げ込んだ直後であった。
「見失ったわね。どこに逃げ込ん…!」
 しまった、とやっと麗奈の狙いに気が付いた。
 味方は追いかけて疲れているが、そこに寺で回復した部隊に突っ込まれたら…
「一旦退きます、急いで!」
 声を張り上げるのと、ワーッと喊声が上がるのが同時であった。
 麗達がうろうろしている間に、寺で休んでいた麗奈が悠々と出てきたのだ。
 内心で舌打ちした所に、麗奈の武将小隊が一斉に襲いかかってきた。
 鉄砲が反撃する間もなく、あっという間に小隊が全滅してしまい、数の上では互角になった。
 しかも両方とも百人位ずつしかおらず、文字通り五分五分の条件になってしまった。
「まだ−終わっていないわ」
 自分に言い聞かせるように言うと、麗奈の小隊にまっしぐらに突っ込んでいく。
 すぐに麗奈も迎え撃ち、たちまち辺りは血煙のわき上がる激戦区と化した。
 
 
 
 
 
「離れて、離れて」
「もう…冷たいね」
 くっついてくる馨を引っ剥がし、晋二達は城で小休止しただけで、すぐさま石山に向かった。
 向かう途中の馬上で、ふと長正は気になっていた事を訊いた。
「あの、晋二殿」
「何?」
「飯盛山が一旦落ちるに任せたのは、戦略の上の事だったのでござるか?」
「どう言うこと?」
「落ちた城は、所有者に関わりなく再度落とした者の所有になり申す。晋二殿は摂津河内を一息に手中にされるためわざと…」
「そんなんじゃないよ」
 晋二は首を振った。
「ただ、三好家が壊滅すると必然的に本願寺の士気が上がる。そこへ突っ込んでいくとうちも壊滅して、ここは全部本願寺の物になる。大和、それに讃岐や阿波にも所領を持っている三好家とは違い、僕達に取って今回は命運が掛かっていたからね。結果的にそうなっただけさ」
「そうでござったか」
 長正は頷いた。
 晋二の言うことは正論だが、それが上手く行くとは限らない。
 結果として、既に飯盛山城を落としており、石山も時間の問題と言える。
 その意味では、運もまた晋二に味方したと言えるのだ。
 ふむ、と頷いた時伝令が駆け込んできた。
「申し上げますっ」
「どうしたの?」
「高屋城より出撃せし安見隊の合流により、たった今石山御坊が陥落致しました!」
「そうか」
 さすがに喜色を見せた晋二だがすぐ表情を引き締め、
「で、顕如は?」
「それがこれを…と」
「ん?」
 差し出されたのは茶碗であった。
「本願寺肩衝、顕如めの持っておりました家宝だそうでござります」
「そうか…」
 無論血など一滴も付いていないが、茶人を兼ねる武将が家宝を放り出して逃げることはあり得ない。
 五等級のそれを見た時、晋二は顕如の運命を知った。
「それで、アスカ達は?」
「はっ、アスカ様も真名様も城に入ってご休息を取っておられます」
「そうか、それは良か…何?姉上はどうしたの?」
「それが…」
 単身麗奈を追って行ったと訊いてその表情が一瞬変わる。
 が、すぐに首を傾げて、
「なんで?」
 と訊いた。
 晋二ならずとも訊きたくなるだろう。
 果たして、
「申し訳ありませぬ、私めには…」
「まあいいか」
 麗の方が兵は多いと聞いて、それなら大丈夫だろうと、
「全軍石山へ向かう。後は姉上が勝って戻ってくればうちの勝利だ」
 とその時、一瞬兵が静まりかえった。
 うちの勝利、その言葉にすぐには反応できなかったのだ。
 無論、大砲を二門フルに使えた事や雨も味方したこと、何よりも国人衆が味方に付いて政勝の知力があった事は大きかった。
 そしてそのすべてが組み合わさって初陣を勝利で、それも摂津河内という豊かな国を一手に収める大勝利を得ることが出来たのだ。
 妙に長く感じられたが、時間にしては数秒も経っていなかったろう。
 兵達の間から歓声がわきあがり、やがてそれが地鳴りのような鬨の声へと変わっていった。
 それを聞きながら、
(最初は家臣に侮られて、しかも出奔までされた。そのダメージも消えていない内に戦に臨み、苦戦したとは言え目的の石山に続いて飯盛山まで攻略するとは…やはり凡庸ではなかったな)
 与した者が非凡と言うことは、味方した側に取っても嫌な気分ではない。
 長正の口許が僅かに緩み、晋二達の隊はそのまま意気揚々と石山御坊へ凱旋していった。
 
 
 
 
 
 本隊が戦勝ムードに入っている頃、麗と麗奈は凄絶な激闘を繰り広げていた。
 文字通り大将とそれに付き従う兵士達のみであり、お互いに小隊だけになっても一歩も退かない。
 戦況が聞こえてこないため、顕如が討ち取られた事も石山が落ちたことも、どちらもまだ知らない。
 自ら刀を取って雑兵と戦っている二人だが、いつしか数は一桁を数えるのみとなっていた。
 そして−
「二人きりになったみたいね」
「これで邪魔は入らないわ。決着を付けてあげる」
 既に二人とも、雑兵を斬った時の返り血や槍がかすった時の傷やらで、あちこちに血が付いている。
 それでも双眸からは闘志が消えぬまま、刀を引っ提げて二十メートルほどの距離で対峙した。
 ほとんど同時に鐙を蹴り、互いに向かって突進する。
 すれ違い様ぶつかり合った刀で、両方がよろめいた。
 すぐに体勢を立て直し、口を真横に結んだまま激しく切り結ぶ。
 十合、二十合と斬り合う内に段々刀も傷んでくるのだが、二人はある事に気付いていた。
 すなわち、
(この女、私と似てる…)
 であった。
 刀の使い方とか言う事ではなく、文字通り顔が似ているのだ。
 似通った部分を互いに認めながらも、何としても負けたくないと言う思いは一層強くなっていく。
 或いは、近親憎悪にも似た物を無意識に感じ取っていたのかも知れない。
 姫武将同士の対決はまだ決着は付いていなかったが、既に馬がバテかかっている。
 それに気付いた二人は、どちらからともなくすっと馬を離した。
 最初の位置近くまで馬を離し、それぞれが刀を右手に持ち替える。
 一気に片を付ける気だ。
「『いやああああっ!!』」
 気合いもろとも、よれ掛かった馬を最後の力で走らせる。
 身体ごとぶつけるようにして、相手の身体に渾身の力で刀を突きだした。
 キーン!と凄まじい音がして、それと同時に二人とも馬から弾き落とされ、空馬がそのまま走り出す。
「い、痛…」「つう…」
 二人とも腰に走る痛みですぐには動けない。
 十秒ほどは全く動けなかったが、最初に気付いたのは自分達の刀であった。
 すなわち、根元から完全に折れている刀に。
 一瞬二人の視線が合ったが、すぐに跳ね起きる。
 彼女達が同時に手にしたのは唯一残った武器−火縄銃であった。
 数メートル、絶対に外さない距離で銃口がぴたりと相手をポイントする。
 ただし、間違いなく相打ちになる距離だけに、二人とも鏡像のように全く動けない。
「う、撃ちなさいよ」
「あ、あなたこそ撃てばいいわ」
 お互いに向け合った銃口に外れがないと分かっている二人の頬を、つうと汗が滴り落ちる。
 永遠とも思える時間だったが、死闘の終焉は不意に訪れた。
「…私の負けね」
 お互いに三段の特技は持っているが、麗にあって麗奈には無い物があった。
 そう、すなわち雨撃。
 背中や頬に冷や汗の流れている二人が、上からの落下物を感知したのだ。
 雨が降ればもう麗奈の鉄砲は使えない。
 その前に麗を道連れに、と言うことは何故か麗奈の脳裏には浮かばなかった。
 す、と火縄銃を下に向けて、麗奈が目を閉じる。
「私の首、持って行って手柄にしなさい」
「……私もいずれ行くわ。冥土では、気が合いそうね」
 じり、と麗の指に力が入った。
(兄上、申し訳ありません…)
 その兄がもう逝っている事など麗奈はつゆ知らず、南無阿弥陀仏と一度だけ内心で唱えた。
 そして…轟音が鳴り響いた。
 
 
 
 
 
「で、姉上はなんでわざわざ追って行ったの?」
 帰ってくると、既に城は大勝にわき返っていた。
 だがやっぱり麗は戻っていない。
 さすがに不安げな顔になった晋二だが、
「顕如のガキは首斬ったし、追ってった女も小隊だけだから、麗さんなら大丈夫よ。それより晋二〜」
「え?」
「あたし達頑張ったんだよ〜?」
「碇君私も〜」
 甘い声でするすると迫ってくる二人。
「え?あ、ああそうだね」
 探しに行こうと思ったが、大砲隊二人が頑張ったのは事実だし、あまり無下にも出来ないと、
「で、どうする?」
「『姫様が着替えるから手伝って』」
「はいはい」
 ずるずると、奥へ二人を引きずっていった。
 
 
 
 
 
 三途の川の渡し守、彼に渡す六文銭を持っていなかったとぼんやり考えた麗奈。
 だがいつまで経っても意識は、はっきりしたままだ。
(?)
 おそるおそる目を開けると、そこには倒れている麗の姿があった。
「こ、これは…」
 外傷もなく、確かに銃を撃ったのは麗なのだ。
 だがどうして?さすがに麗奈も呆然と立ちつくしたが、すぐに我に返った。
「戦いは最後まで立っていた方の勝ちね…」
 腰に手をやったが既に太刀はない。
 無論、麗と斬り結んで折れてしまったのだ。
 やむなく小太刀を引き抜いたが、すぐに振り下ろそうとはしなかった。
「敵味方でなければ、貴女とは友人になれたかも知れないのにね」
 どこか哀しげに呟いた時、
「そう願いたいものだ」
 聞こえてきた声に愕然と振り返り−肩の激痛と共に意識は休息に遠のいていった。
 麗奈の肩に突き立ったのは三本の矢であり、それを射込んだ男はすぐに知れた。
 竹林の中から、武将が一人出てきたのだ。
 先に家来達が駆け寄り、二人の様子を調べる。
 頷いたのを見て、男はゆっくりと歩み寄ってきた。
「村重様、間違いなく二人とも気絶しております」
「そうか、では運んで行け。商品なんだから傷は付けるなよ」
「ははっ」
 たちまち二人が駕籠に運び込まれ、揃ってそいやそいやと運搬されていく。
 その日、麗の行方は結局城の晋二の元へ届くことは無かった…。
 
 
 
 
 
(続)

大手門

桜田門