突発企画「奴らが戦国にやって来た」
 
第十話:鉄砲と鉄砲−女同士
 
 
 
 
 
「だからそこ、動かすなと言っておろうがまったく」
 そいやそいや、と唯が運び込まれ、呼び出された赤庵が急遽手術に掛かった。
 貫通銃創だったのが幸いしたが、何せ慌てた息子がゆさゆさと揺さぶったおかげで、結構出血が多い。
 もしかしたら、どさくさに紛れて殺す気だったのではないかと、医者を手配した得留之助が疑った位である。
 そんな事はともかく、秘伝の万金丹を飲ませ、傷口には消毒を施して厚く布で覆う。
「卯璃屋さん、申し訳ないが外に出ていて下され」
「…あ、そうでした」
 遊郭も仕事場の範疇に入っている得留之助とは言え、唯の朱に染まった身体がてきぱきと脱がされていくのを眺めていたが、気付いた赤庵に室外追放を言い渡された。
 本人は景色と化していたらしいが、考えてみれば当然である。
 それにしても室内から、
「ああ…うン」
 とか、
「そ、そこ…ああっ」
 とか聞こえてくるもので、これが重傷を負ったと知らなければ、妄想することほぼ請け合いである。
 庭の一点を見つめていた得留之助だったが、
「取りあえずは大丈夫だな。さて、戦場の方の手を打たなければ」
 すっくと立ち上がって歩き出した。
 
 
 
 
 
「どけっ、雑魚共!」
 晋二のは一応銘刀ではあるが、だからと言って人をぽこぽこ斬れば刃こぼれもしてくる。
 戦場の度に、刀の手入れが欠かせないのはそのせいなのだ。
 しかも、雑兵とは言え皆甲冑に身を包んでちゃんと武装している。
 この時期は僧兵の方が、その辺の大名家よりはお金持ちなのである。
 にもかかわらず、円を描いた刃の先が唸りを上げて振り下ろされる度に、次々と兵士達の首やら手やらがぽーんと舞い上がり、後続の者達が避けるという奇妙な光景が展開していた。
 当たるべからざる勢いの晋二だが、越後の龍や甲斐の虎のような迫力とは違い、どこか悽愴な物が感じられる。
 無論それは、血祭りに上げられていく兵達の姿も加わっていたろう。
 むしろ、手負いの虎にも似たような晋二の姿は、鬼神よりも断末魔のそれに近い。
 普段の柔らかい印象が強いから、とんでもない力を発揮してもそう見えてしまう。
 だが戦況はと言うと、既に顕如の部隊はその小隊を二つ喪っていた。
 それも、すべて晋二の突撃によって喪ったものである。
 このままでは、大将の小隊も遠からずして壊滅するのが明らかであった。
「ちっ、若造のくせにやりおるわ」
 自分も、子供に毛が生えたようなくせして、顕如が忌々しげに吐き捨てた。
「兄上」
「何じゃ麗奈」
「かくなる上は、士気の低下を向こうにも強いるのです」
「士気の低下じゃと?今奴らは、我らに強行を駆けて士気も上がっておる。何よりも我が軍は、既に数を討ち減らしておるではないか」
「ささいな事でございます、兄上」
「なに!?」
 さすがに、一瞬顕如の眉がつり上がったが麗奈は気にもせず、
「頼廉隊を、裏から回されませ」
「挟み撃ちを、と申すのか?」
 いいえ、と麗奈は首を振った。
「そうではなく、飯盛山城を落とすのです。飯盛山は小城とは言え、そのへんの小隊のみで簡単に奪還は出来ませぬ。城が落ちればやつらの士気も下がりましょう。その間に、我らは城に戻って体勢を立て直すのです」
「むう」
 後方を睨んだ顕如だったが、既に晋二の旗印は迫っており、選択の余地は無かった。
「やむをえんな」
 即断すると、回りを固めていた下間頼廉、下間頼竜を呼び寄せた。
「その方達、城の裏手より迂回し、飯盛山城を攻め落とせ。落とした後は、士気を回復させて我らと合流せよ」
「『仰せの通りに』」
 彼らが城の後ろに回り込むのを見てから、
「麗奈、これで良いのじゃな?」
「はい、よろしゅうございます。さしあたって我らは、石山を攻めている愚か者を片づけましょうぞ」
「うむ、返す刀で碇晋二のそっ首も打ち落としてくれるわ」
 二人の視界には、既に大将隊が先行しすぎて後続がついて来ていない、晋二の部隊が映っていた。
 
 
 
 
 
「よろしいですかな、生憎野武士の援軍或いは敵対と言う事は出来ません。従って、馨殿は一旦足利家へ仕官なされよ」
「将軍家へ、ですか?」
「そうです」
 得留之助は頷いて、
「本願寺と碇家が争うとなれば、将軍家は援軍を寄越しましょう。その大将にあなたが名乗り出るのです。そして、石山御坊を攻め落とせれば−」
「あっ」
 渚馨が、何かに気が付いたかのようにぽんと膝を打った。
「では、では卯璃屋殿の秘策とは…」
「そう、それです。手ぶらで晋二殿に会いたくなければそれが一番です。将軍家には私から一筆認めておきましょう」
「し、将軍家にお知り合いが?」
「可愛いが、怖ろしく腕の立つ知り合いですよ」
「は、はあ」
 
 
 と、こんな下工作があり、おそるおそる山城を訪ねた馨。
 落ちたとは言え将軍家であり、門前払いかと思ったが、得留之助の書状を見せた途端応対が変わった。
 たちまち丁寧な客将扱いされ、たいしたものだと感心していたら、早くも開戦の知らせが届いた。
 時の将軍は、自らも剣豪と称するだけあって腕前はめっぽう立つ足利義輝。
 自ら援軍をと言い出したが、馨が止めた。
「お世話になっているお礼をさせて下さい」
 そう言うと、単身で援軍の将を買って出たのだ。
 馨が足利の旗を立て、援軍にやってきたのはそんな訳があったのだ。
 しかし、援軍とは言え一隊だけでは限界があり、既に士気はだいぶ下がっている。
 そこへ顕如達が下がってきたから、
「よしこれまで。一旦高屋城に下がるぞ」
 わらわらと晋二達の居城に下がっていった。
 で、
「御大将、後続がついてきていません、少しお待ち下さい」
 伝令に止められ、生首の群を作っていた晋二が見ると、自分の隊だけが突出してしまっている。
「少し待つか」
 ふっと息を吐き出した晋二は、アスカも真名もその姿が見えないのに気付いた。
 混戦に巻き込まれた、のではなく大砲隊は単に脚が遅いからなのだが、それにしても晋二自身はあちこちに返り血を浴びながら、自身は無傷に近い凄まじい姿である。
 が。
「少し、疲れたな」
 呟いた声は…何故かもういつもの物に戻っている。
 強行の効果が薄れたのかもしれない。
 おまけに、
「母上…無事だといいんだけど」
 などと口にしたのを長正あたりが知ったら、腰を抜かすかも知れない。
 ちょうどそこへ、政勝達が追いついて来た。
「晋二殿ご無事ですかっ」
「ああ、僕は大丈夫。顕如の首は刎ねそこねたけどね」
 戻ったような戻っていないような口調に、二人が顔を見合わせたその直後。
 後方で煙が上がり、大歓声が聞こえた。
「ん?」
「あれは…」
 政勝と晋二が二人して首を傾げた時、伝令が馬を飛ばしてやって来た。
「何事じゃ」
「も、申し上げますっ!い、飯盛山城、たった今下間頼廉、同じく頼竜隊の手によって陥落してございまするっ」
 さすがに兵達が色めき立ったが、
「問題ない」
 晋二が静かな声で言ったから、一斉に視線が集まった。
「晋二殿?」
「落ちたなら奪還すればよい。長正」
「はっ?」
「石山はアスカ達に任せる。政勝は二人を援護してやって。長正は、僕と一緒に飯盛山の攻略に向かってくれ」
「かしこまりました」
「それから、高屋城へ伝令をやって安見直正にも、飯盛山の攻略に参加するよう伝えてくれ」
「はっ」
 伝令が馬に鞭をくれて駆け出した所へ、
「も、もう晋二待ってよ〜」
「は、早過ぎるわ〜」
 やっとアスカ達が追いついてきた。
「お疲れ様」
 返り血だらけの晋二に、一瞬息を呑んだものの、
「それで、私達はどうするの」
 落ち着いた聞いた麗のおかげで我を取り戻したらしい。
「城攻めなら大砲隊に任せて置いて」「石山ぐらい、すぐに落としてみせるわ」
「頼もしいね」
 晋二は頷き、
「アスカと真名は石山の攻略にかかって」
「私は二人を守ればいいのね」
「いや、お二人は我が隊がお守りいたす故、安心して撃ちまくられよ」
「そう、それなら安心ね−ん?」
 その時、石山から兵が出てくるのが見えた。
「あれは−」
「あれは本願寺麗奈の鉄砲隊ですな。どうやら、顕如よりも先に士気が戻ったのでしょう」
 それを聞いた麗の眉がすっと上がった。
「晋二殿」
「何」
「あの女は私に任せて。鉄砲隊同士、私が決着を付けるわ」
 一瞬考え込んだ晋二だが、
「分かった、そっちは任せる。長正、行くよ」
「はっ」
 馬蹄が煙を上げて走り出す。
 その後ろ姿を見ながら、
「晋二のあんな姿初めて見た…でも、少し戻ってなかった?」
「うん、顔は怖かったけどね」
 アスカと真名がひそひそ囁き合う。
 その二人に、
「呑気な事を言っている暇はないわ。あの女は三段の持ち主よ、二人とも銃撃で壊滅しないよう注意しなさい」
「『は、はい』」
 見ると、今度は麗がとても怖い顔になっており、姉弟だから遺伝するのかと二人は顔を見合わせた。
  
 
 
 
 
「何、飯盛山城攻略に出陣?飯盛山が落ちたのか?」
「はい、碇家の手勢で奪還する故、安見様も合流されるようにとのお言葉です」
「分かったと伝えよ。我が隊もすぐに出る」
「はっ」
 伝令が飛んでいった後、飯盛山城の方角を見ながら、
「飯盛山城をわざと落とさせたのだとしたら…大したものだが」
 一瞬首を傾げたがすぐに、
「我が隊も出る。者共、出陣の準備を急げ!」
 大声を張り上げた。
 馨の部隊が下がって来たのは、安見隊が出た直後であった。
 
 
 
 
 
「もやが出てきたな。これでは前が見えぬではないか」
「構わぬさ。どうせ碇の軍勢など石山で足止めだ。我らは最短距離を突っ切ろうぞ」
「それもそうだのう」
 所詮碇、とまだ侮っている頼廉・頼竜の両部隊は街道の真ん中を進んでいた。
「む?」
「何処の隊だまったく」
 得体の知れない部隊に出くわしたのは、まもなくである。
「何処の隊だ、名を名乗れ!」
 偉そうに怒鳴ると、すぐに返答はあった。
「碇家−碇晋二だ」
「な、何っ!?」
 愕然とした次の瞬間に、頼竜の首は宙に舞っていた。
「ら、頼竜っ!」
「僧兵の分際で刀を取り、あまつさえ母上をあの世に送るとは、お前ら全員皆殺しにしてくれる」
 いや…まだ死んでないのだが。
 何よりも、南蛮渡来の怪しい薬を持っている得留之助が、患者にそう簡単に死なれてはプライドにかかわるのだ。
 晋二はそんな事は知らず、ただ瀕死に近い唯が運ばれていった事しか知らない。
 だもので、既に雰囲気が危険な−と言うより物騒な物に変わっており、
「御仏の名を語る不届きな奴ら−直ちにひっ捕らえよ!」
 わーっと、たちまち晋二隊や長正隊が突っ込んできて、たちまち頼廉隊は蹴散らされた。
 しかも、あっという間にぐるぐると縛り上げられてしまったのだ。
 捕まえた頼廉を見て、
「よし、後で一夜干しにしてやるから、高屋城へ放り込んでおけ」
 兵の一人に命じると、
「飯盛山城は既に無人−このまま一気に攻め落とすぞ」
 下間頼廉と言えば、名だたる武将であり、それを捕らえたとあって一気に士気は上がった。
 その勢いで、わき目もふらずに晋二達は飯盛山城へと攻め掛かっていった。
 
 
 
 
 
 一方麗達はと言うと、そう簡単には行かなかった。
「あれは−碇家の碇麗」
「本願寺麗奈、覚悟!」
 鉄砲隊同士が、真っ向からぶつかり合ったのだ。
 しかも、陣頭に立つのはいずれも美貌の少女であり、一歩も引かずに撃ち合ったものだから、見る見るうちに双方とも数を減らしていく。
 女の意地がぶつかり合うような光景に、政勝は無論アスカ達も唖然としていたが、先に政勝が我に返った。
「さ、お二人ともこの機を逃さず石山に攻撃を開始するのです」
「え、ええ」「分かったわ」
「む、あれは顕如隊、出てきおったか」
 妹の援護にと、顕如の部隊が繰り出してくる。
 それを見た政勝が、
「顕如隊は我が隊が引き受けます。今の内に砲撃を」
 とは言え、鉄砲隊に挑むのはいかにも分が悪い。
「あ、あのっ」
 振り返るとアスカが少し俯き気味に、
「さ、さっきは悪かったわ…し、死なないでよっ」
 暴言を吐いたのを、少しは反省しているらしい。
 一瞬驚いたような顔を見せたが、
「大丈夫、すぐに蹴散らしてくれます」
 にやっと、男臭い笑顔を見せた。
 そのまま一気に駆け込んでいくのを見て、
「て、鉄砲相手に大丈夫かなあ」
「心配しても仕方ないわ。私達は城攻めに集中しましょう」
「そうね。でも…何で麗さんあんなムキになってるのかしら」
「本願寺麗奈って、美少女だって聞いたことがあるのよ。同じ鉄砲隊だし、意地を張り合ってるんじゃない」
 しかし槍隊どうしならともかく、鉄砲同士で意地を張り合ってどうする。
 数も浪費するだけに、アスカは強くそう思ったが無論口にはしない。
 ちょうどその時、
「あっ」
 真名が声を上げたのは、女同士の意地の張り合いが麗に軍配が上がったからだ。
 武将小隊だけとなり、落ちていく麗奈を見て、
「麗さん勝った…わ?」
「麗さん駄目っ!」
 深追いしていく麗の姿に、思わず真名が叫ぶ。
 だが呼んでも聞こえないし、第一今は石山が優先だ。
 顕如相手に、やはり苦戦している政勝を見て二人は顔を見合わせ、
「全軍、全力で城を落とすわよ」
 檄を飛ばすと、一斉に城への砲撃を開始した。
 
 
 
 
 
(続)

大手門

桜田門