突発企画「奴らが戦国にやって来た」
 
第九話:身代わり…
 
 
 
 
 
 主のいない飯盛山城に、三好家を撃退して気勢の上がっている本願寺家が、一斉に襲いかかった。
 しかも天候は晴れ上がっており、ここには騎馬隊がいない。
 接近戦には強い騎馬隊は、城攻めには一番向かないのだ。
 つまり、現在本願寺は乗りに乗っている状態と言える。
 これに真っ向からぶつかれば、いかにアスカ達の気炎が上がっていても苦戦は、いやそれどころか壊滅すら免れなかったかも知れない。
 その意味では、政勝の戦法はまさに的を得たものと言えただろう。
 美少女の大将に坊主共の鉄砲隊と、やや異種の組み合わせ軍隊が、奇声を上げて城の攻略を始めた。
 
 
 
 
 
「真名、大丈夫?」
「う、うんもう大丈夫…」
 その頬が赤く、従って面白くないのが何名かいる。
 無論矢傷の手当てだが、晋二に手ずからしてもらってすっかりご機嫌なのだ。
 それに伴って、士気も一気に上がっている。
 何しろ、アスカ隊と違って兵が少ないだけに、士気が低いのはそのまま致命傷に繋がってしまうのだから。
 そこへ出していた伝令が帰ってきた。
「申し上げます」
「どうした」
「本願寺隊は、現在飯盛山城の攻略中。既に半数は攻略されておりますっ」
「そうか」
 政勝が頷き、
「して、士気はどうなっておる」
「はい、順調に下がっておりまする」
 武者がにっと笑ったのに続き、政勝も口許を歪めた。
「晋二殿、もういい頃合いでしょう。落ちてしまえば、士気もまた戻ります。今ならば、下がりきった所に突入できましょうぞ」
「うん」
 頷いた晋二が、
「よし、全軍しゅつげ…キ?」
 首を捻った。
「アスカは何処行った?」
「そ、それが…」
「それが?」
「な、中でお茶を…」
「お、お茶!?」
「この忙しい時に〜!」
 さすがに眉が上がりかけたが、ここでもやっぱり怒らないのがこの晋二。
「僕が呼んでくるっ」
「あ、殿っ」
 部下達を置いて、城の中へと駆け込んでいく。
 
 で…数分後。
 
「なんだあれは?」
「荷物、らしいな…」
 晋二に担がれて出てくるアスカの姿があった。
 ただし、その顔は妙に緩んでおり、それを見た池田長正が、
「この危急の時に一体何を」
 歯を噛んだまま洩らしたのを聞いて、
「まあ、良いではないか」
「三好殿?」
「碇殿はあれで良いのじゃ。晋二殿が急に暴君にでもなって、あの娘の首を刎ねよと言われたら何とする?」
「……」
 確かに想像が付かない。
 長正自身、港で船を眺める晋二を見たことがあるだけに、そう言われると何となく納得してしまうのだ。
「我らが推す中には、あの性分も含まれておる。さ、我らも進軍の準備を」
 ふう、と溜息をついて、
「やむを得ませんな。確かに、珍しい物に惚れ込んだと思えば腹も立ちませぬな。者共、出陣じゃ!」
 担がれて機嫌が直ったアスカと、直の手当でこれもご機嫌な真名。
 麗はもう少しレベルが高く、鉄砲隊の手入れに余念がない。
「これより、我が軍は本願寺家の背後を突く。当家の興亡この一戦にあり、各員、一層奮闘努力せよ」
 おうっ、と兵達が一斉に拳を突き上げ、碇家が総力を挙げて出撃していく。
 城門が開いたとき、最後尾に居た唯が一瞬宙を見上げた。
「これは…崩れるわね」
 
 
 
 
 
「よしもう一息で落ちる、者共ひるむな!」
 麗奈の檄が飛ぶが、既に士気は限界近くまで下がっていた。
「お嬢様、他の部隊がこのままでは保ちませぬ。ひとまず石山御坊にて御休息を」
「むう…」
 辺りを見回すと、直接攻撃に携わっていた部隊は既に危険域に入っており、麗奈の檄にもあまり上がってくれない。
「仕方ないわね、ひとまず城に退きます。兄上とお父上にもご連絡を」
「はっ」
「…!?ちょっと待って」
「はっ?」
「何か…来る?」
 麗奈の聴覚が、遠方から迫る蹄の音を聞きつけた。
「願泉寺は既に全軍撤退…敵襲っ!?」
 これも勘は一級の物を持っており、
「すぐに迎撃の用意を!城攻めは後回しよ」
 直ぐさま伝令を飛ばし、兄の顕如を始め全軍に迎撃体勢を取らせた。
 だが士気の落ちは戻っておらず、
「先に高屋城だったわ…」
 麗奈に、きゅっと唇を噛ませる原因となった。
 
 
 
 
 
「敵部隊、迎撃体勢を取りました!」
 伝令の報告に、政勝と晋二は一瞬顔を見合わせたが、先に政勝がふっと笑った。
「体勢はどうあれ、士気は既に下がっております。この機を逃さず、一気に攻め込みましょうぞ」
「うん、分かってる」
 足を止める事無く、一気に背後から襲いかかった碇隊だったが、待っていたのは凄まじい銃撃であった。
 
 ダーン、ダダダーン!!
 
 一斉射撃が容赦なく襲い、みるみる味方が傷ついていく。
 しかも、鉄砲には士気を激減させる力もあり、士気もまた下がっていったのだ。
「くっ!」
 晋二が唇を噛んだ所へ、
「アスカ様、真名様より、大砲射撃を加えるゆえ、お下がりあれとの事ですっ」
 伝令が駆け込んできた。
 そう、大砲は敵・味方問わず士気にとんでもない被害を与えるから、絶対に射程内に居てはならないのだ。
 だが晋二は首を振った。
「我が隊はここに残る。誰かがいないと、大砲隊が襲われてしまうからね。二人には構わず撃つようにと伝えて」
「し、しかし…」
「いいから早くっ!!」
「は、ははっ」
 駆け戻っていく伝令を見ながら、
「大砲の餌食にならぬよう、よっく注意してよっ」
 晋二の下知に、兵達が一斉に散っていく。
 これなら、少なくとも大砲直撃は無いと思われた。
 事実、そこへ降り注いだ大砲の弾に、まず下間頼竜隊が壊滅し、続いて本願寺証恵隊が潰走した。
 だが…安心するのは、まだ早かったのだ。
「お前が碇晋二だな。御仏に刃向かう愚か者、この天罰を受けるがいい」
 妙にキンキンした声に晋二がそっちを向くと、大将旗が翻っていた。
「あ、あれは本願寺顕如…」
 寺社の焼き討ちでもないのに、僧兵が刀を持つのとどっちが罰当たりかは不明だが、しかもその横には妙齢の娘が従っている。
「碇晋二殿ね」
 娘は静かな声で言った。
「宗主が妹、本願寺麗奈。御仏に代わって御首、頂戴致します」
 晋二の顔色がさすがに変わったのは、その鉄砲隊の数もそうだったが、その持ち方にあった。
 すなわち−三列のそれは三段を意味している。
 要するに、次々に交替で間断なく撃てる事を意味している訳であり。
 この時、晋二の側には武将小隊の二百人しかおらず、それも最初の銃撃で結構減っている。
 サッ、と麗奈の手が上がった途端、一斉に銃口が晋二達目がけて火を噴いた。
 最初の射撃で半数近くが負傷、或いは死亡して地に倒れ、第二射で更に半数が倒れていく。
 三射目の時にはもう、晋二の側には数える程しか兵は残っていなかった。
 そして−
「これで最後だな、碇晋二よ」
 剣如がにっと笑い、麗奈の手がすっと上がった瞬間。
「晋二っ!」
 晋二の前に誰かが飛び込むのと、後方でワーッと吶喊の声が上がるのとが同時であった。
「母上っ!!」
 晋二の目の前で、悪夢のような光景が展開した。
 肩や腕に赤い花が咲き、唯の肢体が宙を舞う。
 唯が、まるでスローモーションのようにどっと崩れ落ちるのを、晋二は呆然と見ていた。
 とそこへ、
「御大将っ、御大将はどこにおられますっ!」
 僧衣みたいなのを纏った武者が駆け込んできた。
「何事じゃ、騒々しい!」
「はっ、それが石山御坊が新手の猛攻を受けてござりますっ」
「新手じゃと?」
「足利家の旗を掲げており、旗印には渚馨と書かれております。急ぎ、城へお引き返しをっ」
「むっ」
 ちょうどその時、倒れた唯に晋二が駆け寄る所であった。
 それを見て、
「あやつは討ち洩らしたが…まあよいわ。麗奈、石山御坊へ引き返すぞ」
「はいっ」
 晋二達など歯牙にも掛けず、顕如達は悠々と城へ引き返して行った。
 
 
 
 
「母上、母上っ!!」
 咲いた紅華は四カ所、既にその顔からは血の気が喪われて来ている。
「しっかり、しっかりして下さい母上っ」
 晋二ががくがくと揺する所へ、やっと政勝達が駆けつけて来たが、晋二の姿を見ると慌てて止めた。
「揺らしてはなりません、晋二殿っ」
 出血が多いのに、ゆさゆさ揺らしたら出血が増えて一大事になる。
 政勝は戦場の経験でそれを知っており、咄嗟に晋二を羽交い締めにして止めた。
 すぐに後悔した。
 次の瞬間に、政勝の巨体が吹っ飛ばされたのだ。
 晋二は決して鍛え上げた肉体ではなく、百戦錬磨の政勝から見れば、文字通り子供みたいな体躯と言える。
 それなのに、ほんの一振りで政勝が振り飛ばされたのだ。
 愕然とする政勝には目もくれず、
「母上、少しだけ…少しだけ待っていて下さい。破戒の腐れ坊主共、一人残らずあの世に送ってきます」
「わ、私はだい…丈夫だから…」
「ええ、分かってます」
 頷いた晋二を見て、政勝の背に寒い物が走り抜けたが、それが現実となったのは、晋二が振り向いた時であった。
「三好殿、もう少し付き合ってくれ」
 晋二はそう言ったのだ。
(まさか…まさか憶えていないのか!?)
 自分を振り飛ばした事など、その表情からはまったく伺えず、しかもとぼけているようにも見えない。
(だとしたらあれが…あれが晋二殿の本性…)
 浮かんだ考えを、頭を振って振り払った時、アスカ達と麗が追いついてきた。
 兵達に運ばれていく唯を見て、麗が駆け寄りかけたが、それを止めたのは晋二の表情であった。
 鬼気迫る弟の表情は、麗に取って初めてみる物であった。
「これより、全軍本願寺顕如の首を刎ねる。全員付いてこい」
 アスカや真名は無論、実姉の麗でさえ聞いた事の無いような声で言うと、馬にまたがって真っ先に駆け出した。
 一瞬唖然としていたが、
「御大将に後れを取るなっ」
「者共続けっ!」
 慌ててその後に続いた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
(続)

大手門

桜田門