突発企画「奴らが戦国にやって来た」
 
第七話:奴らの初体験
 
 
 
 
 
「ほう、碇家が本願寺に牙を向いたか」
「はっ。殿、如何なされますか」
「決まっておる。我らは碇家にお味方するのじゃ。本願寺の坊主共を、この摂津河内の国から一掃してくれる。長逸、政康に出陣を命じよ。そして、細川の御大もすぐに打って出るようにとな。能力は三流でも、いないよりはましであろう」
「はっ、仰せの通りに」
 戦前の読み通り、外交は無くとも三好家は晋二達の側に付いた。
 三好政康、同じく三好長逸、そして管領の家系絡みの管領細川氏綱ら、鉄砲隊はいないが、三好の二人は騎馬隊だし、三好長慶も弓の、それも連射を持っている。
 元より、阿波・讃岐・大和、そしてこの摂津河内と四カ国に及ぶ勢力を持っており、その力は侮れない。
 しかも、政康、長逸の両名は知行を五百持っており、兵も最大数の一千を率いているのだ。
 大名は当然千だから、三人で既に碇家の全兵力を凌駕している。
 曇天の中、飯盛山城を出発した軍勢は、まさしく威風堂々と表現するに相応しく、堅城石山御坊を目指して、ひたひたと進んでいった。
 
 
 
 
 
「じゃあ、三好家はこっちに味方してくれるんだね」
「はっ、間違いなく。既に、三好長慶を大将に全軍を挙げて石山御坊へと進軍を開始しております」
 国人衆は既に味方と分かっており、戦前の予想通りとなった。
 だが、三好家の動向が分かるまで、一抹の不安があったのは事実であり、三好家が味方に付いた事を知って、兵達がどっと湧いた。
「晋二、これを逃す手は無いわ、すぐに進軍の許可を」
 アスカの言葉に、真名も大きく頷いた。
「そうだね」
 珍しい晋二の即反応は、勿論兵士達の様子を見ての事もあったのだが、慎重な晋二にしては平凡なミスを犯したと言える。
 すなわち。
 国人衆の砦からは、飯盛山城も石山御坊も遠いが、願泉寺からこの高屋城は文字通り目と鼻の先なのだ。
 つまり、坊主達を敵に回した場合、もっとも注意すべきは願泉寺の動向と言うことになる。
 そして…今回の戦に於いてこの連中は、はっきりと敵であった。
「出陣よ、後れを取るな!」
 アスカの声に、一斉に兵士達が動き、ガラガラと大砲を引き出していく。
 続いて真名の部隊が続き、麗隊はその後の筈であった。
 だが…。
 城を出た時点では、周囲に薄い霧が立ちこめており、視界は良好とは言えなかった。
 無論、雨撃を持っている彼らだし、濃霧でも射撃には関係ない。
 しかし、最初に蹄の音を聞きつけたのは真名であった。
「軍馬の音…何故?」
 既に商人の情報網で、三好家の味方は石山の奪取にあると知っている真名であり、この碇家を助けた訳ではない。
 従って、ここへ援軍に来るわけは無く、
(おかしい…)
 内心で首を捻ったまさにそこへ、一斉に銃撃の音が響きわたり、その美貌からみるみる血の気が引いていった。
「しまった罠っ!」
 おそらく、足の遅い大砲隊が先に来ると踏んで、自分達が出てくるのを待っていたのだろう。
 ワァーッと、鬨の声を上げて突っ込んでくる僧兵達がぼんやりと見えた瞬間、真名の脳裏を敗戦の弐文字が過ぎった。
 ぶるぶると首を振ると、
「アスカにすぐ場内へ戻るように伝えなさいっ!」
「ははっ!」
 大声で命じられた伝令が、アスカの元へとすっ飛んでいく。
 統率、すなわち兵を率いる能力は真名の方が上だが、後のことを考えればアスカの方が一線で活躍できる。
 走っていく伝令を見ながら、真名は自分が殿を務める覚悟を決めていた。
 
 
 
 
 
「なんと!坊主共に大砲隊が襲われたと申すかっ」
「はっ。先に出たアスカ殿、真名殿、いずれも格好の餌食となっております」
 後詰めはどうした、と言わないのは、政勝も歴戦の猛者だからだ。
 刹那宙を見上げたが、すぐに決断を下した。
「よし、我らは石山へ向かう予定であったが、こうなった以上先に碇家を救わねばならぬ。者共、これより高屋城へ向かう。碇家の危機じゃ、全軍全速力で急行せい!」
 川を渡った所で、飯盛山城の方へ向きを変え、迂回して高屋城へ向かった国人衆の軍勢だったが、これが結果的には吉と出ることになった。
 
 
 
 
 
 一方アスカの方も、真名からわずかに遅れて軍馬のそれを耳にしていた。
 ただし、こっちは銃声までこれが敵と気付かず、気が付いた時にはもう、坊主頭達がすぐそこまで迫っていた。
「ちっ、待ち伏せしていたわねっ」
 舌打ちした所へ、伝令が駆け込んできて、
「真名殿より、自分が殿になる故大至急退かれるようにとの事です。お急ぎ下さいませっ」
 だがそう言われて退けるアスカではなく、
「何言ってるのっ、真名だけに任せられないでしょうがっ」
 怒鳴り返した所へ僧兵が突っ込んできて、アスカが太刀を引き抜き様斬り捨てた。
 だが、僧兵達は既に辺りを覆っており、このままでは揃って全滅するのが明らかである。
 それを見た伝令が、
「アスカ殿…ここはお退き下さい。真名殿の犠牲、無駄にしてはなりませぬっ」
 一瞬アスカの目が大きく見開かれ−その唇からつうと、鮮血が一筋流れ落ちた。
「…分かった、退くわ」
 押し殺したような声で言うと、
「全員退却!あたら命を捨てるなっ!」
 大音声に、わらわらと部隊が退却の準備を始める。
 しかし再度城門を開け、辛うじて中に逃げ込んだとき、既に部隊はその半数を喪っていたのである。
 アスカは無傷であったが、真名はまだ外にいる。
 戻ってきたアスカに晋二の血相が変わった。
「真名は?アスカ、真名はっ?」
「そ、それが…自分が殿を務めると…」
「なっ!?」
 晋二が愕然となった所へ、
「殿っ、殿っ!!」
 騎馬が駆け込んできた。
「どうした?」
「それが…城門が、城門が閉じられてございまするっ」
「な…何っ!?」
 城門が閉じる、これは当然のことだがここでの意味合いは違う。
 味方の城に限って、門に施錠する事が出来るのだ。
 おそらく、いや間違いなく閉じたのは真名であろう。
 そうする事で、一切の出入りを禁ずるのだが、それは同時に諸刃の剣でもある。
 敵を中に入れず、門外で殲滅できる場合はいい。
 だが真名の部隊は、白兵戦はあまりにも弱い大砲隊なのだ。
 晋二の顔に絶望の色が浮かび、
「全軍上げて出撃!」
 叫びかけたところへ、すっと手が伸びた。
「え…母上?」
 甲冑に身を包んだ唯の姿に、晋二が奇妙な表情を見せたが、
「出てはなりません、晋二」
 その言葉に、憤怒にも近い色が浮かんだ。
「ど、どういうお考えですかっ!」
「あの子は、自分を犠牲にして引きつけの策を取ったのです。今ならまだ、壊滅はしていないでしょう。壊滅する前に、麗とアスカで一斉に射撃の手を加えるのです」
「…っ!?」
 晋二には、唯の言う事はすぐに分かった。
 つまり、真名が敵を引きつけている間に、アスカの大砲と麗の鉄砲で、真名ごと攻撃しろと言うのだ。
 大砲隊のそれは、壊滅する事は間違いない。
 同じ壊滅なら、それを敵の殲滅に使えと母は言う。
 だが…だがそんな事が、どうしてこの晋二に出来よう。
「で…出来ません…僕には…僕にはそんなこ…!」
 言い終わらぬ内に、その頬が甲高い音を立てた。
「愚か者っ!!」
 初めて見せる唯の形相に、周囲が一瞬にして静まり返る。
「あの子は、あの子はアスカを逃がす為にだけ、残ったのではありませんっ!あの子の意志、そなたには伝わらないのですかっ!!」
「ぼ、僕には…僕にはそんな…」
 戦国では、時として優しさは裏目に出る。
 唯の策は、他の武将なら即座に採っていただろう。
 だが、晋二にはそれを採る事はどうしても出来ない。
 唇を噛んで俯いた姿は、戦国武将のそれとしては唾棄すべきものだが、兵士の母が病気になっただけで、すぐ金を持たせて家に帰すような性格を知るだけに、誰の顔にも侮蔑の色はない。
 重い、あまりにも重すぎる空気の中で、
「晋二…あたしが行くわ」
「ア、アスカ?」
「おばさまの言われるとおり、このままでは真名は犬死によ。真名の部隊が壊滅したら、次は城攻めに掛かってくるわ…それは分かるでしょう」
「で、でも…!?」
 言いかけた言葉が途中で止まる。
 晋二は見たのだ−アスカの手から、すっと滴っている鮮血を。
 そしてそれが受けた傷ではなく、何かを強く握りしめて出来た物だということも。
 その時になってようやく、晋二はアスカの双眸が真っ赤になっているのに気付いた。 ぎりり、と晋二の歯が鳴る。
「分かった…その策、受け入れよう」
 死人のような声で言うと、
「麗、アスカ、両隊は門外の敵に砲撃を加えよ。唯隊は敵が混乱次第、出撃して追い打ちを掛ける。私の隊は、一気に石山御坊まで駆けて、城の攻略に移る。よいな!」
「ははっ」
 誰も口を利く者もない。
 誰もが、双璧の一角が崩れると知っており、初戦の授業料としてはあまりにも高いものであった。
 
 
 
 
 
 兵士を中に入らせ、鍵を掛けたのはやはり真名であった。
 自分が崩れれば、そのままアスカを追って中に敵兵が侵入する、そう知った真名は自らの退路を塞いだのだ。
 撃退する術がない今、それはすなわち死を意味していた。
 自分は晋二の物、そう決意している真名にとっては、敵兵に捕らえられて辱めを受けるなど、死んでも出来ぬ相談であり、既に短刀の紐は解いていた。
 二百人からの部隊が、既に半数を割っており、真名の回りを必死で兵達が防いでいるところだ。
 真名ももう、二十人位は斬っており、刀も段々痛み始めているような気がする。
「これまで、か…」
 ぽつりと呟くと、ふと上を見上げた。
(碇君…あの世で見守ってるから…天下取ってね…でも…本当はずっと、ずっと一緒に居たかったよ…)
 すう、とその頬を涙が伝った時、もはや寡兵と侮ったか、坊主共が一斉に押し寄せてきた。
「でも!ただじゃ死なないんだから!」
 かつて源義経に従い、板東武者以上の働きを見せたと言われる静御前。
 それを彷彿とさせる裂帛の気合いが、真名の全身から吹き上げた。
 落ちよ、と言ったら兵は全員やだねと来た。
 主を主と思ってないが、誰一人落ちようとするものはおらず、全員が命運を共にする覚悟は出来ている。
「ごめんね、最後にもう一度力を貸して!」
 おう!と一斉に手が上がった所へ、わらわらと坊主共が押し寄せて来て、たちまち辺りは血の臭い漂う修羅場と化していった。
 
 
 
 
 
「なんだあれは!」
 一方、石山に押し寄せた三好の軍団も大苦戦を強いられていた。
 それも−大砲部隊に。
 名手、鈴木重泰率いる大砲隊は、門を壊す部隊に襲いかかり、次々と士気が激減していく。
 やっと門は壊したものの、今度は下間頼廉率いる鉄砲隊が、待ってましたとばかりに銃弾を浴びせてくる。
 天気は依然として降る様子がなく、鉄砲隊の独断場となっている。
「えーい、怯むな怯むなっ!」
 叱咤してみても、鉄砲隊の威力にはいかんともし難く、長慶がぐっと唇を噛んだところへ、おかしな物が目に映った。
「…女?」
 そこへ姿を見せたのは、第十世の宗主本願寺顕如であった。
「麗奈」
「はい、兄上」
「あれが敵の大将、三好長慶じゃ。ちょうど良い、お前の鉄砲の腕前、披露してもらおうか」
「はいっ」
 年の頃は、まだ二十歳にはなっているまい。
 幼さの残る顔つきの娘だったが、麗奈と呼ばれた彼女が軍配を振り下ろした途端、周囲に凄まじい轟音がなり響いた。
 味方と聞いた国人衆は、まだここへは姿を見せておらず、既に味方は退却を余儀なくされ出している。
「国人共め、一体何をしておるのじゃ」
 と言ってみても、三好家への味方ではないから始まらない。
 バタバタとなぎ倒されて行くのを見て、すぐに三好政康を呼び寄せた。
「あそこに顕如がおる。わしと一緒に突撃してくれ」
「はっ、承知いたしました」
 用兵の妙で、まだ健在な政康隊との合流を告げ、長慶は坊主の親分とその妹に向かって一斉に突っ込んでいった。
 
 
 
 
 
(続)

大手門

桜田門