突発企画「奴らが戦国にやって来た」
 
第五話:あっちもこっちも戦争開始
 
 
 
 
 
 晋二は、すぐには反応しなかった。
 元より、金だの出世だのには、毛ほどにも欲を見せぬタイプであり、いかなる理由があろうとも、援助と引き替えに二人を売り渡すなどとは許せなかったのだ。
 が、
「ね?たった一人のお姉さんなんだから」
 妙に優しいアスカの言葉に、
「……アスカがそう言うなら」
 軽く頷いた・。
 しかし、アスカのことは晋二以上に詳しい真名は無論信用などしていない。
 第一、アスカの口許には妙な笑みがあるではないか。
「晋二が行けば治るんでしょ?じゃ、行ってあげようよ」
 重ねたアスカの台詞に、三人が奥に向かう−ただ一人、アスカだけが妙に軽い足取りであったが。
 
 
 
 
 
「これはまた…規模増えたなあ」
 得留之助は、吸収した霧島屋の資産を見ながらふと呟いた。
 吸収したのはいいが、結構量があったもので規模も増えたのだ。
 規模が増えれば、その分広い範囲から使者が来るわけであり、ちょうど呟いた所へ、
「今川殿から使者が来られました」
「治部大輔殿から?ほう、それはそれは」
「それがあの…まだ少年のような武将と女駕籠が一つなのですが…」
 手代の言葉に、得留之助の表情が一瞬動いた。
 
 
 
 
 
「し、晋二…」
 入ってきた晋二の姿に、麗の顔がぱっと輝く。
 だがそれも一瞬のことで、続いて入ってきた二人にその眉が寄った。
「元気そうですね、姉上」
 先だっての一件以来すっかり敏感になっている晋二は、すぐに麗の表情を見抜くと、冷たい声で言った。
「これなら、別に来る必要もなかったようだし、私は帰ります」
「ちょ、ちょっと待ってっ」
 無論麗とて、アスカ達同様の症状になっていたから、元気なわけはない。
 か細く晋二を呼び止めたが、ふらふらと倒れかかる。
「れ、麗さんっ」
 と、これは真名がその身体を直前で支えると、
「碇君、そんな言い方しなくても…」
 真名のちらっと睨むような視線に、ふうと溜息をついて、
「姉上、その前にやる事があるのではありませんか」
「……」
 まだ冷たい声に麗が俯いたが、その顔がすっと上がり、
「二人とも…ごめんなさい。随分…つらい思いをさせてしまったわね」
 か細い声で謝った麗に、
「いいんですよ、麗さん」
 にっこり笑ってアスカが首を振った。
「晋二が店まで来てくれたんだから、私達もう気にしてませんし」
 店まで来てくれた、の部分を強調するのは忘れない。
 無論、晋二が自分達を優先したと言う意味が含まれている。
 麗の眉がぴくっと動いたが、
「ねえ、晋二」
「ん?」
「麗さんと話があるから、ちょっと出ていてくれない?女同士の内密の話だから」
「そう、分かった」
 着替えさせるとでも思ったのか、晋二はあっさりと出て行った。
 その気配が消えるのを待ってから、
「さて、麗さん」
 とアスカが言った。
 がらっと変わり、口調には邪悪な物が含まれている。
「…な、何よ」
「晋二が来てくれたのは、私達のお店です。それも麗さんには目もくれず」
「……」
 麗の表情が強ばり、何を言い出すかと真名もアスカを見ている。
「どっちが晋二の気持ちを射止めるか、真名とは競争するって決まってます。だからもう、麗さんの出番はありません」
「なっ!」
 ふらふらと起きあがり、アスカに掴みかかろうとするのをひょいとかわした。
「無駄ですよ、卯璃屋さんに貰った黒い薬で、体調は急激に戻ってるんですから」
 冷たく笑った−ように見えたがふと真顔になり、
「でも」
 と言った。
「晋二はああ言ったけど、私や真名は鉄砲は得意じゃありません。私達が使えるのは大砲だし、麗さんとは違う。やっぱり麗さんは、陣営にとっては必要です」
「……」
「だから−賭けませんか?」
「賭け?」
「そう、一人ぐらい増えても私が晋二の心を射止めるのは変わりません。もっとも、麗さんに自信がないなら別ですけど」
 挑発されている−それも晋二を賭けて。
 そう気付いた麗の表情が急に鉄仮面のものに戻り、
「それ、受けるわ。晋二はあなた達になんか渡さないんだから」
 冷徹に見える麗の表情だが、晋二がいたらこう言ったに違いない。
 すなわち、妙に燃えている時の顔だ、と。
 それを聞いたアスカがにやっと笑い、
「だってさ、真名。これでますます勝ち目は薄くなったわねえ」
「わっ、私だって負けないんだからっ。アスカの思うとおりにはさせな…?」
 すっと手が差し出された。
「卑怯な真似は無し。正々堂々と勝負しましょ、真名も麗さんも」
 一瞬の空白があったがそれも秒の間の事で、
「いいわ、望むところよ」
「私だって負けないわ」
 三人の手が重なった。
 
 
 縁側に立った晋二が身を屈め、そっと手を差し伸べると小鳥達が一斉に寄ってくる。
 無駄と言われながらも、毎朝米粒を手に載せている晋二に、屋敷内の小鳥たちはもうすっかりなついている。
 無論野生であり、近寄る人間は晋二以外に誰もいない。
 餌がないのを見て、
「裏切ったな、僕を裏切ったんだ」
 と思ったかどうかは不明だが、手に止まった雀たちが晋二の手をつつく。
「あ、怒ってる」
 くすっと笑い、
「明日はいつもの倍をあげるから。それでいいだろう?」
 穏やかな声が通じたわけでもあるまいが、つつくのを止めて一斉に晋二の肩先にと降り立った。
 刀を持つ武将には、到底似合わぬこの情景も、碇晋二では何故か納得させる物があるのは、本人の性格故であったろう。
 とはいえ、この青年が天下に乗り出そうとしているなどと、他家の者が聞いたら決して納得しないに違いない。
 一羽の身体をそっと撫でたところへ、
「晋二、もういいわよ」
 部屋の中から声がした。
「うん。じゃ、またね」
 晋二の声に、小鳥たちが一斉に飛び立っていく。
 室内に入った晋二は、さっきとは打って変わった雰囲気に気が付いた。
 何となく緊張感があるような気がするものの、ずっと友好的になっているようなその雰囲気に。
「晋二」
 麗がいつもの声で呼んだ。
「なんです?」
「あなたは私のもの、血縁の愛が何にも勝ることを教えてあげるわ」
「お生憎様、そんな不毛の愛は実りませんよーだ」
「その通りね。日本人は日本人同士、だから私が一番相応しいのよ」
「何ですってー!」
 騒ぎに一瞬付いていけなかった晋二だが、すぐに知った−これが、自分を巻き込んでのものなのだと。
「また…僕なの?」
 はーあ、と溜息を付いた晋二だが、目の前で繰り広げられているドタバタにも、何故かその表情は緩んで見えた。
 そう、自分が巻き込まれたのは分かっていたが、この三人が仲直りしたのは分かっていたから。
 冷戦を展開されるよりも、その方がずっといいのだから。
 
 
 
 
 
「今川瀬名、と申します」
「松平元康にございます」
 揃って頭を下げた二人に、得留之助はある事を思い出した。
 治部大輔が、政略結婚でこの二人をくっつけようとしている事を。
 そして、関口親永の娘で義元の養女にされた彼女が、それを喜んでいない事も。
「遠路遙々お疲れさまでした。さ、まずはどうぞ」
 抹茶を勧めて労ったあと、
「して、なにゆえ瀬名殿まで?」
「あ、あのそれは…」
 言いよどんだ瀬名に代わり、
「得留之助がお持ちの銘菓があると聞き、主君義元が購ってくるようにと。瀬名殿は京の都をご覧になりたいと言われ、私と一緒に来られたのです」
(ははあ、菓子だな)
 もっとも珍重されるのは胡桃餅だが、それ以外にもビスケットやカステラがあり、おそらくはその事を誰かに聞いたのだろう。
「なるほど、そうでしたか。今はカステラがありますが、瀬名殿には興味のないものですな」
 わざと言ってみると、明らかに瀬名は狼狽えた。
 図星らしい。
 だが、わざわざ駿河から来るものでもあるまい。
 どうしてと内心で首を捻った時、ある噂が脳裏を過ぎった。
 蹴鞠男こと今川氏真が、元康にくれてやることもないと、瀬名に手を付けようとしている、と。
 家中の誰か、あるいは出入りの商人がそれを知り、二人をわざわざ行かせたのであろう。
 瀬名と元康の歳の差は八歳と聞いているが、瀬名が元康を引っ張っていくかどうか。
「わ、わたくしはその…」
「ご冗談ですよ、瀬名殿。折角見に来られたのだ、少し賞味して行かれるとよろしいでしょう」
「よ、よろしいのですかっ!?」
 つい膝を崩しかけ、慌てて戻した娘に得留之助は薄く笑った。
「これ、誰かある」
 手を叩き、番頭が顔を見せると、
「元康殿にはつまらぬもの故、船でも見せてさしあげるように。ちょうど、堺の港に南蛮船が来ていたであろう」
「はっ、かしこまりました」
 元康が出て行った後、
「さて、瀬名殿」
「何でしょう」
「今回の御結婚、ご不満ですかな?」
 いきなり訊いた。
「な、何のことでしょうわたくしには何も…」
「商人の情報網を甘く見ない事です。家中の方々は知らずとも、商人が知っている事は幾つもあります。ご安心なさい、ここは卯璃屋得留之助の屋敷、どんな些事も外部に漏れはしません。溜め込むのは良くありません、思いがあるならお話しになって行かれてはいかがですかな」
「……」
 最初はためらっていたが、悪の囁きに、瀬名の口が段々と言葉を紡ぎ出す。
 それはどれも得留之助が想像した通りのものであった。
 一通り聞き終えてから、
「成る程、確かに家無き子ではあります。ですが、逆に良い機会ではありませんか?」
「良い機会?」
「あの歳など、まだまだ幼児に毛が生えたようなもの、瀬名殿なら簡単に手玉に取れましょう。自分が嫁ぐ、と考えるから重いのです。逆に、自分が好きなように元康殿を調教すると思えば良いのですよ」
「調教…と」
 呟いた頬がうっすらと染まったのを見て、得留之助は彼女にそっちの造詣がある事を知った。
「少し甘えさせてやれば、簡単になついて来ます。後はもう、あなた様がお好きなように教育すればよろしいのですよ」
「別に私は…」
 横を向いた瀬名だったが、その顔が満更でもなかったのを、この商人はちゃんと見抜いていた。
「おいしい…」
 と初めて口にするカステラに見せた笑みは、まだ子供のそれに見えた。
 帰っていく二人を見送った後、
「仲良きことはうつくしきかな。夫婦(めおと)の道はその融和にこそ−お幸せに」
 呟いた得留之助だが、二人の姿に何かを見ていたのかも知れない。
 
  
 
 
 
「じゃあ晋二、いよいよやるの?」
「うん。先にお坊さん達退治になるから、ちょっと大変…いたたた」
「なーに言ってるのよ」
 ばん、とアスカが晋二の背を叩き、
「このアスカ様が付いてるんだから、安心しなさいって。大砲で、あっという間に城なんか潰してあげるわよ」
「私だって大砲使える事忘れないで」
「その前に敵を崩さなければ、二人とも無力なだけよ。晋二、道はこの私が開いてあげるわね」
「う、うん…」
 三人がしっとりと迫ったところへ、咳払いの音がした。
「お、お取り込み中に申し訳ないが、出陣の者達を…」
「三好殿、分かっていないわ」
「はっ?」
 唖然とした表情になった政勝に、
「鉄砲、それに大砲を持っているのは向こうも同じ。あたら数を出しても壊滅するだけよ。だから大砲を扱えるこの二人と、鉄砲隊を率いる私。後は殿が騎馬隊を率いて出陣されればいいわ」
「では、部隊数は四つで?」
「いいえ、五つよ。安見殿は歩兵隊で城の守備に当たって頂きます。三好家が、万が一敵に回った場合、最後の防衛線になるのですから」
(ほう…何!?)
 城の守備と聞いて呑気に構えていた安見直政だが、麗の言葉に表情が引き締まった。
「よろしいですね」
「…承知しました」
「陣立ての詳細に付いては、当日殿より通達があります。各自、万全の備えをして置いて下さい。軍議はこれで終わります。さあ晋二、私と最後の仕上げをしましょう」
 晋二の手を引いて出ようとするのを、
「あ、ずるーい。私も晋二とするぅ」
「私だってしたいのに」
 何をしたいのやら、目の前で拡げられる娘達の競艶に当てられたか、
「ごほん、ごほごほごほんっ!!」
 幾つもの咳払いの音がした。
 
 
 
 
 
(続)

大手門

桜田門