突発企画「奴らが戦国にやって来た」
 
第二話:葛城美里−水軍の頭領也 
 
 
 
 
 
「お、お姉様っ」
 殿を挟んだ幼なじみの娘が二人、ドラマみたいな三角関係を作りかけていたが、入ってきた女を見て慌てて離れる。
 甲冑に身を包み、奇妙な火縄銃みたいなのを持っているのは、他でもない晋二の姉麗である。
 天は二物を与えず、の言葉に真っ向から異論を唱え、才・色両方とも持っている。
 ただ、唯一持っていないのは健康なのだが、この時代にあってはちょっと困る。
 頭や顔はともかく、とにもかくにも健康が一番なのだから。
 とは言え、その美貌と能力は家中でも評判が高く、近隣からも見合いの話ざっくざくと−来ない。
 奇妙な話だが、無論理由はある。
 そう、これだ。
「晋二が嫌がっているわ、離れなさい」
 静かな、だが凍てついた夜のような口調で命じると、ガシャガシャと音を立てながら入ってきた。
 別に危険人物では無いはずだが、アスカと真名を見る目にはどこか敵対心にも似た物が含まれている。
 姉なのに?
 そう、姉なのに。
 この分かり易い反応、すなわちブラコンこそが、彼女を縁遠くしていた唯一の理由なのだ。
 十代の前半、それも十歳に毛が生えた位で結婚しているこの時代、既に十九の麗は年増の領域に入っている。
 三十過ぎて結婚などと、子供の父兄参観に中年が揃いそうな事が、堂々と罷り通る時代ではないのだ。
 とは言え、それと対抗出来る事とは別問題であり、無論アスカ達も例外ではなく、ささっと離れた。
 ふと、晋二が何かに気付いたように顔を上げた。
 ガシャガシャと言う音に気が付いたらしい。
 そして、
「あ、姉上っ!?」
 見たことも無い姉の格好に、その目が大きく見開かれる。
「そ、その格好はどうしたんですっ?」
 弟のそんな反応に、麗はにっこりと笑ったが、すぐに表情を引き締めて、
「黒漆塗五枚胴。と、こっちは米沢筒。南蛮渡来の代物よ」
「は?」
 前者は無論甲冑であり、後者は南蛮渡来の火縄筒だ。
 だがどうして麗がそんな物を?
 表情でそう訊いている晋二に、
「はい?」
「貴方を助けるために決まっているではありませんか。時は戦国、碇家がその名を天下にとどろかせる時が来たのです」
「と、轟かせるってそんな…」
 殿様になる事さえ、ようやく仕方ないかと観念した所である。
 脅迫ではなく禅譲、それでも散々迷った晋二なのに、天下と言われて、晋二行きまーす、などと言える訳がない。
「そ、そんなあ…」
 何か言いかけたそこへ、
「麗の言うとおりですよ」
 すうっと、これは音もなく入ってきたのは二人の母唯であった。
 彼らの父、碇源道が逐電後、イロイロあった噂を卯璃屋得留之助の助力で−強引に協力させた−封印し、自らも二児の教育に全力を尽くした。
 その甲斐あって、息子の晋二は重臣になり、娘は才色兼備に取りあえずはなった。
 孟母も顔負けだが、子供達は一度もその怒鳴り声を聞いた例がない。
 と言うよりも、怒っているのさえどうだったかよく分からない。
 そう言う女性なのだ。
「海を見るのが好き、晋二はそう言いましたね?」
「は、はい…」
「それも良いでしょう。でも、海は木津川河口のここだけではありません。瀬戸の内海もあれば、日本海の荒波もあります。そして九州の向こうには、明国と接した海もあるのですよ。あなたも、そっちに目を向けて良い頃です」
「母上…」
「幸いこの摂津河内の国も、現在は混沌としており、束ねるのは容易いでしょう。ひとまずこの国を足がかりにし、山城の国を抑えるのです。天下を望まなくても、人々に平和をもたらすのは今に生まれた武将の定めなのですよ」
「そ、そうなんですか?」
「そうなんですよ」
 深々と頷き、
「既に軍資金も揃っています。後は晋二、あなたの決断次第なのですよ」
「僕の…心…」
「そう。いいですね?」
「う、うん…」
 やや強引だった感もあるが、晋二が頷いたのを知り、その横にすっと何かが立った。
 アスカと真名だ。
「あたし達が、どこまでも付いていってあげるから」
「ずっと碇君の…いえ殿のお力になりますわ」
 きゅっと腕を絡めた二人に、何故か麗の口許が奇妙に歪む。
 いつもと異なる反応に、内心で首を捻った二人だったが、その訳を知るのはもう少し後の事であった。
 
 
 
 
 
「そうか、引き受けてくれるか!」
 ヒーホー、と叫びはしなかったが、それでも晋二の手をぎゅっと握り、嬉しさを隠そうともしない。
 そんなに政務がいやだったのか、或いはこれで厄払いできたと思っているのか、どちらにせよ戦国大名らしくないのは晋二といい勝負である。
「ではさっそく、家中の者どもを集めてわしの隠居を告げることにしよう。そうか、やってくれる気になったのだな…」
 大きく安堵の息をついた主君に、
「あ、あの…もし天下取れなくても…いいですかあ?」
 晋二が訊く。
 この二人を合わせて布で包み、全身を絞っても野望は一滴出るかどうか。
 父を追っ払って国をゲットした甲斐の武田晴信、あるいは大和で名物茶釜を持ち、淡々と天下を狙っている松永久秀。
 やや極端であるとは言え、同じ戦国武将でもこうまで差が出るのか。
 やる前から弱気の家臣に、
「構わぬ、もう後事は全てお前に任せたのだからな」
 と、これまたあっさりと頷いた。
 この二人が天下の政務を執っていれば、応仁の乱も起きなかったかも知れない−いや起きなかったに決まっている。
 かくして、平凡で野望を持たぬ大名から少し能力は上だが、やっぱり野望の少ない大名へと家督は委譲された。
「今日より家督を碇晋二に譲る。わしは…そうだな、全国周遊でもしてこようかな」
 言葉を句切りながら、だが嬉しさがあちこちに見え隠れする口調で家臣に告げる。
「あ、あのっ、不才ですけどがんばりますので…」
 頼りなさげに言った晋二の横は、無論アスカと真名が固めている。
 一方麗と唯はと言うと、居並ぶ家臣達に鋭い視線を向けていた。
「……」
 明らかに、どの顔も納得していない。
 君主交代はいいとして、成るなら自分がと思っているのだ。
 畠山昭高は、やってられないと表情に出しているし、遊佐信教はこんな若造に何が出来ると、侮った表情を隠しもしない。
(出奔、謀反…どっちかしらね)
(謀反の力はないわ。するとしたら出奔でしょう)
 母娘は、視線だけで頷き合った。
 
 そして予想通り、畠山昭高が出奔したのは、翌月の事であった。
 
「えー!?」
 それを聞いた晋二の第一声はそれであり、
「そ、そんなに僕が嫌いなんだ…僕はいらない子なん…」
「何を言われる!」
 入ってくるなり一喝したのは、堺衆の今井宗久であった。
「い、今井殿…」
「戦乱に巻き込まれ、塗炭の苦しみを味わう民を救う、それを決意して家督を譲られたのでしょう。無能な家臣の一人や二人、いなくてもどうと言う事はありません」
「ほ、本当に?」
「ええ、大丈夫です」
 大きく頷くと、
「今日は、客人をお連れ致しました。是非、晋二殿にお会いしたいと私の所に参られましてな」
「客人?」
「摂津河内の国人衆、三好政勝殿と熊野水軍を率いる葛城美里殿ですよ」
「美里さ…あっ」
「お久しぶりね晋二君…いえ晋二様」
 摂津から紀伊にかけて勢力を持つ熊野水軍。
 葛城美里はその頭領であった。
 先代の梶原時宗が海戦で受けた傷が元で無くなった後、一党の強い要請を受けてボスの座に就いた。
 気っ風のいい姉御肌であり、晋二やアスカともどもよく可愛がってもらったものだ。
 彼らが船に慣れているのは、ひとえに美里のおかげである。
 サラシに収まりきらぬ胸は、相変わらず健在のようだ。
 そこへ、
「お初にお目にかかる、今日は摂津河内の国人衆を代表して、ご挨拶に参りました」
 とこれは、眼光も炯々とした男がすっと一礼した。
「いや、前に見たことあるよ」
「ほう?」
 一瞬政勝の表情が動いたが、
「去年の豊作祭りの時、仕切っていたでしょう。あの時は、お百姓さんのお手伝いに行ったから」
「あの時、お侍が手伝ったと申しておりましたが、あれは晋二殿でしたか」
 ふっと緩んだ。
「して、何故百姓共の手伝いなどを?」
「そんな事を言うものではない」
「は?…ははっ」
 珍しく強い口調に、思わず政勝が気圧されると、
「民あっての我ら、いや民あってのこの国だよ。どんなに刀を振り回していたって、それだけじゃ国は成立しないんだ。それを豊作だから祭りをする、となれば手伝うのは当然でしょう」
 当然のように言いきった晋二に、
(大きくなっちゃって…立派になったのねえ)
 内心で微笑んでいたが、ふと横を見ると政勝は畳の一点を見つめたまま、身動ぎもしない。
(これは…危険かしらねえ)
 太刀は持っていないが、この分では国人衆を敵に回したかと思った時、その顔がふっと上がった。
「殿…よく申されました」
「え?」
「それだけ民を思われるお方だ、この国を治められれば民百姓も喜びましょう。よろしい、この摂津河内の国人衆は、晋二殿のお力になりますぞ」
「え?」
「戦の時はお味方致しまする。有事の際はいつでもお申し付け下され」
「は、はあ…」
 政勝が辞した後、室内に突如笑い声が響く。
 声の主は珍しく、今井宗久であった。
「ど、どうしたの?」
「あ、いやこれは失礼」
 笑いを抑えて咳払いすると、
「実は三好殿は、晋二殿の力量を見に来られたのです。その結果次第で、国人衆の態度を決めると申されましてな。それを、ああも簡単に味方に付けるとは、晋二殿も並のお方ではありませんな」
「僕はただ…民百姓はいつも大事にって思ってるから…」
「それでよろしいのですよ」
 急に真顔になると、
「民を救うため、そう晋二殿の母上も申されたでしょう。そのお気持ち、いつまでもお忘れなきよう」
「分かってるよ」
「では私はこれで」
「え?もういいの?」
「今日は、客人のご案内が目的でしたからな。では葛城殿、ごゆっくり」
 一礼して、すっと出て行った後ろ姿を見ながら、
「彼はね、堺の商人なのよ」
「それは知ってるよ」
「意味が違うわ。つまり、援助の対象になるかどうか、これも見に来たって訳。国人衆が敵に回れば、おそらく援助は打ち切った筈。やるじゃない、晋二君」
 言うなり、するすると漆工すると、
「私の胸で寝るのも久しぶりでしょう。さ、甘えていーのよ?」
 沖合まで行った時、船中泊まりでは美里の胸に抱かれて寝た事もあったが、今はもうそんな子供でもない。
「べっ、別にいいですよ、そんなのっ」
「いいからほら、遠慮しないの」
 サラシを開けると、小麦色に日焼けした乳房が顔を見せる。
「奥さん未だ、いないんでしょう?さ、ほら早くぅ」
 甘えと色香を足したような声と、全貌を見せた乳房が晋二を強烈に誘惑する。
「し、し、失礼しますっ」
 脱兎のごとく走りだした晋二。
 これでは、殿のいない間に夫人に誘惑され、逃げ出した小姓と変わらない。
「あーあ、逃げられちゃった」
 と溜息をつくと、
「ご無沙汰だったのに…」
 ちょん、と乳房をつついた時、
「何してるのよ〜」
 地獄の羅刹みたいな声がした。
「あ、あらアスカ久しぶり。それに真名も元気そうね」
「ええお久しぶりです…ってあんた今晋二を誘惑したでしょっ!真っ赤な顔して逃げてったわよ」
「さあ?知らないわよ〜」
「よ、よくも晋二を…」
 ぶるぶると拳を震わせているアスカに、
「ふーん、少しは強くなったみたいね−試してみる?」
「の、望むところよっ」
 刀を放り出すと、いきなり素手のまま飛びかかった。
 女二人、上下になってどたばたと取っ組みあうのを、真名は半ば呆然と見ていた。
 以前から、
「晋二を離してよっ」
「じゃ、実力でかかっていらっしゃい」
 と、いつも美里にやられていたアスカなのだ。
 そんな事は知らない真名が、慌てて家人を呼ぼうとした時、
「ま、こんなものね」
 あっさりと勝負はついていた。
「う、嘘…」
 武術も並の腕ではないアスカが、いとも簡単に組み伏せられている。
「そうね〜」
 綺麗に関節を極めながら、
「アスカ、まだ足りないわよ−腕力も、そしておっぱいも」
「口惜しいー!!」
 じたばたもがくアスカの甲高い声が部屋中に木霊した。
 
 
 
 
 
「それで唯殿、例の条件はよろしいですな」
 晋二の所を辞した宗久は、唯の所に来ていた。
「誰しも娘を戦火に…まして、戦争に送り出したくなどはないでしょう。わかりました、霧島殿にはそう伝えて下さい」
「承知しました、霧島殿もこれで安心でしょう。では、私はこれで失礼致します」
 立ち上がりかけて、
「そうそう、国人衆は晋二殿の味方と決定しました」
「え?三好殿が?」
 そう、ここの国人衆は、先代とは決して融和する事はなかったのだ。
「豊作祭りに、晋二殿がお手伝いに行かれたのが大きかったようです。世の中、何が幸いするか分かりませぬな」
「あの子は損得など考えずに行ったのですよ」
「分かっています。だからこそ、それを考える者がおそばにいなければならないのですよ−では」
 宗久と入れ違いになるように、麗が入ってきた。
「今井殿は何と?」
「三好−国人衆が味方になるそうです。あの子が去年行った豊作祭りで、何かがあったようね」
「やっぱり晋二ね、いい幸先だわ。これで私と二人して天下を取った時には…」
 きゅうっと、我が身を抱きしめた娘の思考が丸見えになり、唯の眉が僅かに寄った。
 
 
 
 
 
(続)

大手門

桜田門