突発企画「奴らが戦国にやって来た」
第一話:美少女収集−まず二人
時は戦国、ちょうど鉄砲がやって来た少し後。
無論、ここまでの歴史に変化はないから、ちゃんと尾張の風雲児も兄弟喧嘩に悩まされているし、その少し上の方では背後を固めた甲斐の虎が、後顧の憂いなしと越後の龍と対決の真っ最中である。
これより数十年後の関ヶ原、ある軍人だかなにかが布陣図を見て、どうして西軍が負けたのか不思議がったと言う。
と言っても、負けた物は負けたんだし仕方ない。
が、もし…もしもが許されるなら。
そう、優柔不断な金吾が迷ったりしなかったら。
或いは、秀吉子飼いの武将達の仲がもっと良かったら。
いいや、正妻と側室−女の戦いがあそこまで陰湿でなかったら…そう、幕府を開いた狸は、相応に狸汁になっていたかもしれない。
これはそんな戦国の…どこかが違う感覚をした男女(ヒト)達の話である。
さてここは摂津河内、高屋城主畠山一族の居城。
畠山と云えば河内守護で聞こえはいいが、先代は兄弟でイロイロと揉めたりして、今ではすっかり勢力ダウン。
無論それは、当代になっても変わるわけはなく、
「いやんなっちゃうよう」
とぐれた当代は何を思ったか、家臣の碇晋二に後を譲って諸国放浪の旅に出た。
能力値不明。
特徴…お人好し。
これが身上の碇晋二が、こんな話を受ける訳はない。
何せ他の能力は、もしかしたらとても高いかもしれないが、野望だけはほぼゼロに近そうなのがこの晋二なのだ。
「晋二よ、儂はもう疲れた。後はお前に任せ…」
言い終わらない内に、
「絶対に遠慮させて頂きます」
家臣の分際で、それも家督を譲ると言ったのにあっさりと断られた。
うぬぬ…と言ってもそれ自体が無茶だから、即怒りも出来ない。
そう、ちゃんと弟と言うものはいるのだ。
畠山昭高と言う、能力はかなり凡庸だが実弟である。
それが何故晋二になったのか、いやそれ以前にどうして家臣に家督なのか。
理由は簡単、佞臣だ。
遊佐信教・安見直政、一応二匹飼ってるがろくなものじゃない。
それどころか、隙あらば主君を追い落とそうと、虎視眈々と狙っている。
寝首をかかれるよりは、と思ったが、あっさり渡すのはちっちゃなプライドが許さない。
だがどうして晋二なのか。
お人好し同士、人の不幸は蜜の味、と思ったわけではない。
これはちゃんと、高政なりに考えているのだ。
晋二の持つ左右の花、もとい二人の少女の事を。
その一人を惣流・アスカと言う。
紀伊の港に異国の船が漂着した時、唯一の生き残りだったこの娘、さっそく遊郭へ回される所を、
「父上、わたくしの遊び相手に下さい」
と譲り受けたのが霧島真名。
おかげでアスカは肉奴隷の運命を免れ、堺衆と云う日本でもっとも裕福な所で育つ事と相成った。
もう一人は、その霧島真名である。
姉妹同然に育った二人だが、そんな事は関係ない。
そう、堺衆と言うそこに目を付けたのだ。
自分達で防備さえしている堺衆は、大名など何とも思っていない所があり、実際高政も何度か援助を断られている。
だがそれが結局されるのは、ひとえに晋二のおかげなのだ。
正確には、晋二の恋人を自負する二人の娘の、なのだけれど。
堺衆をバックに付けられれば、こんな心強いものはない。
家臣は間違えたけれど、その辺の読みは、やはり良血馬の証と言えるかもしれない。
残る問題は…碇晋二をどうやって説得するかであった。
「晋二…どうしても受けてはくれぬか?」
「絶対にご遠慮させていただきます」
柔らかいが、断固とした拒否が返ってきた。
見た目はへにゃっとしているくせに、こう言うところは頑固である。
しかも、開墾でも商業でも、やらせれば隙なく綺麗に仕上げてみせる。
能力が高いのか、あるいは性格的にまめなのか。
そんな事より、この首を縦に振らせなければどうしようもない。
(やむを得ぬ、これは使いたくなかったが…)
意を決して、最終手段の起動を決意した。
「では晋二よ、命だと言っても聞かぬであろうな。では…借りを返してもらうとしよう。それなら異存はあるまいな」
「借り?」
海を見ていた晋二の視線が、やっとこっちを向いた。
第一段階は成功だと、
「お前の父親の事だ」
高政の言葉に、はっきりと晋二の顔色が変わる。
それを見ながら、
「お前の父親は出奔した。原因は少なくとも、儂や家中にはなかったものじゃ。無論原因をどうこう言う訳ではない。だが、出奔は残されし者全てを磔と決まっておる。それは知っておるな?」
ここぞとドスを利かせると、
「は、はい…」
力弱く頷いた。
「私の唯は、私を必要としておらぬようじゃな。ならば去るのみ…」
どっちに原因があったのかは不明だが、この時代にしてはめずらしく、亭主が家出してしまった。
いや家出ならいいが、仕えている侍とあってはそうもいかない。
他国への内応とみなし、残った一族郎党皆殺しと決まっていたのだ。
会合衆の今井宗久や、卯璃屋得留之助がいなかったら、今頃はあの世行きになっていた筈だ。
「では晋二よ、せめて借りだけは返しておかぬか?」
「……」
ふっと変わった口調に、晋二は何も言えなかった。
晋二にも分かってはいたのだ。
そう、何故この主君がこうまでして自分を指名するのかは。
そしてこのままでは畠山家がもたぬ事も。
いやもたぬのはいいが、もし仕える主君が変わったら、今のように呑気には行かない事も。
「…分かりました…」
ついに変わった晋二の返答に、主君の顔に喜色が浮かぶ。
が、
「もう少し、もう少しだけ考えさせて下さい…」
今ひとつ煮え切らない返答だったがそれでも、
「そうか、では待っておるぞ晋二よ」
承諾と見て取ったのか、戻っていく足取りは明らかに軽かった。
「うーん…うーん…」
困ったと首を捻りながら、ふと晋二は左右を見たが、いつもそこにある感触は今日はない。
すなわち、霧島真名であり、惣流・アスカであった。
アスカと真名とは姉妹同然に育っており、極めて仲は良好。
趣味は、船を見に来る晋二にくっつく事であり、いつもその右にいる。
右、と云えば左であり。
「ちょっと真名、晋二にくっつかないでよっ」
「あんたこそ、碇君にべたべたして。さっさと離れたら」
左を取るのは真名、いつも仲がいい二人も、これだけは譲れないと、真っ向から張り合っている。
ちょうど、信濃を取り合う晴信と景虎みたいなものかもしれない。
「あ、あの〜、船見たいんだけど…」
「「ご、ごめんね〜」」
晋二の声にさっと離れてしなを作るが、視線はバチバチと火花を散らす。
「あ、あんまり喧嘩しないでね」
と晋二が言うといつも、
「『これは喧嘩じゃないわ、聖戦なの』」
どこで知った単語なのか、変わらぬ答えが返ってくる。
この時代の武将なら、
「たわけー!」
と一喝する所だが、はあ、と溜息をついて海に視線を向けるのが晋二である。
しかもその姿に、町の女達から熱い視線が向けられている事を、本人は知らない。
他と比べれば到底軟弱だが、そこがまた母性でもくすぐるのだろうか。
「相談、してみようかな…」
かもめを見ながらゆらりと立ち上がったのは、四半刻ほども経ってからであった。
「え?帰った?勝手に帰すんじゃないっ!」
自分が主君になる、これがほぼ確定と諦めた晋二は、堺の町にふらりと寄ったのだが知り合いが留守で、そのまま帰った。
だがそれを知った知り合いが、それを聞いて甲高い声で番頭を叱りとばしたのだ。
「で、ですがお嬢様…」
「何よっ、え?…えっ?」
取りあえず機嫌を宥めておこうと、耳打ちされた事項は予想外の効果をもたらしたらしく、
「それはいい事を聞いたわ、ありがとっ」
ころっと変わり、駆けていくその後ろ姿を、もう二十年来仕えてきた番頭は、いつもと変わらぬ表情で見送った。
港から帰ってきた晋二は、自室で天井を見上げて寝ころんでいた。
「は〜あ…何で僕が…」
男だったら天下の一つや二つ、この台詞は晋二にはまったく無縁らしい。
「うー、どうしよどうしよ」
甲斐の虎や越後の龍が見たら、
「なんと軟弱な…斬る!」
とか言い出しかねない。
「だって僕は向いてな…!?」
ぼやきかけた刹那、その感覚が誰かの侵入を察知した。
この時代忍びやら賊やらの侵入はめずらしくなく、咄嗟に刀を掴んで身を捻り…その口がぽかんと開いた。
そこには赤い髪をなびかせて、甲冑に身を包んだアスカが立っていたのだ。
赤い髪−ブルネットは天然だが、こんな甲冑姿など見た事がない。
しかもその辺の雑兵が使うような代物ではなく、そんな事よりもちゃんと着こなしているではないか。
「聞いたわよ、殿様になるの決定なんだってね。幼なじみのよしみで、あたしも付き合ってあげる。あたしに天下…プレゼントしてよ」
「ア、アスカその立派な刀は…?」
「ああこれ?」
アスカは腰をちらりと見ると、
「これはね妙法蓮華経って云うのよ。日蓮だか日教連だかの成人の日に、どこかの刀工が鍛えたんですって。ね、ね、強そうでしょ?」
ちょーん、と抜いた刀は、反りからして既に強そうだ。
日教連など、晋二は聞いた事がない。
「に、日教連は違うんじゃ…」
「細かい事は気にしない」
ちっちっ、と指を振ると、チンと音を立てて刀を鞘に収めするすると近寄ってきた。
その仕種に一瞬嫌な予感がした途端、
「あたしさ…晋二の家臣なんダヨ?主君と家臣、やっぱり深い付き合いって必要だと思わない?」
「ア、アスカ、ちょ、ちょっと何を…」
「前はお風呂も一緒に入ったのよねえ。さーて、おっきくなったかなあ」
器用な手つきで脱がそうとするアスカに、慌てて晋二が逃げる。
ガッシャガッシャと迫るそれは、鎧武者から逃げるヒロインのような感すらある。
ただし…性別は逆だが。
だがあっという間に追い込まれ、
「そ、それは何年も前の話で…ま、待ってよー!!」
「だーめ、大人しくあたしを物にしな…いったー!」
スパン!
「刀が無いって家人が騒ぐから、さてはと思ってきたら見たらやっぱり…」
「ま、真名どうしてここに…」
撒いたと思ったのにと、ちっと内心で舌打ちした時ふと気付いた。
「真名それ、確か今川治部大輔の宗三左文字じゃ…」
今川治部大輔とは、今川義元の事であり駿・遠・三の三ヶ国を領するどえらい大名である。
が、真名はさっきのアスカ同様気にした様子もなく、
「松平の残党を手懐けるのに、お金が要るってきたのよ。父上にその気が無かったから、これと引き替えに口添えしたの。手を握ってお礼言われちゃった。そんな事よりアスカ、あんたまた抜け駆けしたでしょ」
「なーんの事かなあ」
しらを切るアスカに、すっと真名が銘刀を抜く。
「刀が叫ぶ、血が叫ぶ。アスカを斬れと私を呼ぶー!」
「だ、誰も呼んでないようっ!」
晋二が叫ぶ暇もなく、
チキ、と刀を構えた真名に、アスカもすぐに刀を抜いて青眼に構えた。
「晋二の軍師は−いえ女は一人で十分よ」
「そうね…短い付き合いだったけど、楽しかったわ」
「私もよ」
刀を持っていると言う自覚がなく、普段の痴話喧嘩並の感覚の二人。
だが持っているのは真剣である。
こんなモンを細腕で振り回したら、何が起きるか分からない。
あわや、女同士の血闘が始まろうかという刹那、
「ま、ま、待ってよう、二人ともっ!」
晋二が両手を拡げて飛び込んだ。
到底、一国の主になろうとする人材には見えない。
「な、仲良くしてくれないなら、ふ…二人とも嫌いだよう…ぐすっ」
おまけに涙ぐんでる。
アスカも真名も、これにだけは絶対的に弱い。
刀を放り投げると、慌てて晋二に抱き付いた。
「ごめん、もう喧嘩しないから…」
「ごめんね、碇君…」
「…本当にしない?」
涙の一杯たまった双眸に、二人はぶんぶんと勢いよく首を縦に振った。
「仕方ないわね。真名、二人で晋二の軍師して行きましょ。でも晋二は渡さないからねっ」
「私だって、むざむざ渡す気なんかないんだから」
とそこへ、
「随分と…楽しそうな話をしているのね」
扉がすっと開いて、女が一人入ってきた。