惣流家の朝は普通より早く始まる。
両親が共働きの上に勤務先まで2時間はかかるとあって、朝の6時には二人とも出かけてしまう。
ただし、若干一名安眠を貪る者が…
「はい、アスカ口を開けて」
唐揚げが箸で運ばれて、アスカの口元で停止した。
「い、いいよぉ、一人で食べられるってば」
そう言いながらも、口は僅かに開けられている。
でも唐揚げが納まるには、搬入スペースが足りない。
「ほら、もっと開けないと入らないよ、アスカ」
「で、でもぉ…」
なかなか開けようとしないアスカに業を煮やしたか、箸を持っていない方の手が口元に伸びた。
人差し指と親指で、口の横を挟むと僅かに力を入れた。
本来なら縦にしか開かないはずだが、ぽっかり開いた所を見ると最初からこれを待っていたらしい。
「あーん」
余人には耳を塞ぎたくなるほどの甘い声だが、本人は精一杯の甘えのつもりらしい。
丁寧に口に入った唐揚げを、ゆっくりと味わっていく。
「おいしい?」
「うん、おいしい。いつも、その…あ、有り難うね、シンジ」
ゆっくりと首が振られて、優しげな微笑が向けられた。
「そんな事無いよ、アスカの為だからね。あ、ちょっと」
え?と言った時にはもう、顔が近づいていた。
ちゅ、と小さな音と共に唇が触れたの知った瞬間、顔は一気に紅潮した。
「や、やだっ、な、なによ?」
「唐揚げがくっついていたからね。指で取って、もしアスカの顔に爪で傷でも付いたら大変だから」
「も、もうっ」
照れ隠しからか、つい突き飛ばした次の瞬間。
「ゆ、揺れてる?嘘っ、地震!?」
アスカは地震が二番目に嫌いである。思わずシンジにしがみつくと、
「シンジ!助けてっ」
がばと起きた瞬間、顔面に痛烈な衝撃を受けて瞬時に覚醒した。
しかし相手もかなりのダメージがあったようで、顔を押さえて呻いている。
「…シンジ?あんた何してんのよ、こんなところで」
声は低く、そして目は完全に据わっている。
惣流・アスカ・ラングレーの、もっとも危険とされる兆候である。
「な、何って…アスカがうなされてたから…」
それを聞いた途端、夢の内容が鮮明に脳裏に浮かんできた。
(あ、あたしまさか…)
「ねえ、シンジ」
がらりと一変して、猫なで声で幼なじみを呼んだ。
「な、なに?」
可哀想にすっかり怯えきっているのは、普段の二人の関係を良く表している。
「あたし、その…何か言ってた?」
「何か僕の名前を呼んで…後は…」
シンジが言い終わらぬ内にアスカの右手が閃いて、その日最初の紅葉がシンジの頬に刻まれた。
「き、気のせいよっ、あんたなんか呼ぶ訳無いでしょっ」
そのわりには元から血色のいい顔が、どうやら紅潮しているように見えるのだが。
一方こちらは突如の平手打ちもヒステリーも、悲しいことに耐性が付いてはいるのだが、うなされているのを起こしてやったのに、いきなり平手とあってはさすがに腹も立つ。
「な、何だよせっかく起こしたのに…」
ぶつぶつと呟いてはみたが、
「なにか言った?」
じろりと睨まれて、反旗の芽はあっさりと雲散霧消の憂き目に遭った。
「あ、あのさ…」
「何よ」
「そ、そろそろ着替えないと学校…遅れるんじゃ、ないかなって」
理由は不明だが、とにかく怒らせたのは判った。取りあえず矛先を逸らすべく試みたのだが、
「あーっ!何でもっと早く言わないのよ。このバカシンジ!」
却って逆効果となり、這々の体で部屋から追い出される羽目になった。
「もう何なんだよ一体…」
ぼやいても、実はアスカの見た夢が原因だとは知る由もない。
それに生来のお人好しが災いして完全にアスカの尻に敷かれている今、怒るという文字はシンジには浮かんでこないのである。
「前はあんなんじゃなかったのにな」
ぽつりと呟くと、着替え終わるのを待つべく壁に寄りかかった。
一方シンジを追い出したアスカは、
「あー、危なかった」
と安堵の息をついたが、その顔はまだ幾分紅潮している。
シンジにこの顔を見られなかったのは幸いであったろう。もしもシンジに気づかれたら、風邪の症状に違いないと風邪薬と水を運んでくるのは目に見えている。
顔の火照りを冷ますかのように、両手で頬をぺちぺちと叩いた。
(でもなんであたしあんな…あんな夢なんか…)
夢の内容は鮮明に憶えている。
唐揚げの味まで口の中に残っているような気がしてきた。
暫く夢を思い出していたが、やがてふうとため息をついた。
「現実は…あれなのよね」
しかし碇シンジが『ダメダメダメ星人』という訳ではない。
母親の碇ユイの血を濃く引いた柔らかい印象の容姿と、時として優柔不断に出る事もあるが優しい性格とは、決して不人気の原因ではない。
いやむしろ下級生の中にはファンも多いし、上級生も目を付けているのが何人かいるほどなのだ。
なのにシンジに彼女が出来たりしないのは、ひとえにアスカのせいである。
他の女生徒が話しかけるのはおろか、近づくだけであからさまに敵意の視線を向けるし、シンジと一緒に帰らない日は一日もない。
自分が遅くなる日はシンジを待たせ、シンジが遅い日には必ず待っている。
がしかし、普段の接し方は想い人のそれとはほど遠い。
その事は下級生の中に、シンジのあだ名が『バカシンジ』だと思っていた者がいた事でも分かる。
さすがに人前で平手を飛ばす事はしないが、弁当は常にシンジが作るし、帰り道は何かと理由を付けては鞄を持たせるとあって、『碇シンジは惣流アスカの物』と言う認識が広く流布しているのである。
無論、周囲の全てがそれを良しとしている訳ではない。
アスカの数少ない友人の一人である洞木ヒカリはいつも、
「素直にならないと嫌われるわよ」
と忠告しているし、シンジの友人の鈴原トウジや相田ケンスケも、
「いっぺんガツンとかましたらんかい」
などと、策を授けた事もある。
だが、
「バカシンジを好きになる子なんていないわよ。いたら顔を見てみたいものね」
と強気一辺倒のアスカの科白に加え、
「僕は別に…慣れてるから」
いつもの穏やかな調子で帰ってくるため、それ以上の事態にはならない。
「シンジがもっとしっかりしてくれたなら…」
身勝手な事を呟いているアスカだが、実際の所シンジの方がアスカよりも頭は良い。
試験の度に、
「今度の範囲教えなさいよ」
と、到底教えてもらう側とは思えぬ言葉で勉強を見させており、アスカの学力は半分以上シンジに依存しているといっても過言ではないのだ。
それに、色香も何も無い関係かというとそうでもない。
誕生日やクリスマスともなれば、シンジからもらえないと一ヶ月近く機嫌が悪いし、バレンタインには一週間前から用意して作った代物を、
「義理だからね、勘違いするんじゃないわよ」
と常に余計な事を言ってからだが、手渡している。
傍目から見れば十分付き合っている関係に見えるのだが、その自覚が無いのは本人達だけである。
誰かがそう言うと、
「何であたしがこんなバカシンジなんかと!」
顔を真っ赤にして否定するし、シンジはシンジで、
「僕じゃアスカには釣り合わないから…」
と婉曲に否定する。
アスカのはどう見ても照れ隠しだが、シンジの方は本心からに見えるだけに始末に負えない。
事実シンジがそう言うたびに、アスカの表情が微妙に曇るのをヒカリだけは見抜いている。
「アスカがもう少し素直で優しくしていれば…」
ヒカリがいつも嘆息混じりに心配しているのを、無論アスカは知らない。
さてさっさと着替え終わったアスカ、机の上の腕時計を手に取った。
誰にも言ってはいないが、去年にクリスマスにシンジから貰った物である。
もっとも、二ヶ月も前からファッション雑誌を見せて、
「ね、これあたしに似合うと思わない?思うわよね」
と事あるごとに言った結果だとすれば、やや邪悪かもしれないが。
それに誰にも言ってはいないが、ヒカリだけは知っている。
それというのも、初詣にこれ見よがしにしてきた挙げ句、間違いなく聞いて欲しいのだろうと、
「それ、碇君にもらったの?」
と聞くと、顔をふにゃりと溶かして嬉しそうに笑うのだから、これで分からない方がどうかしている。
いっそのこと、恋人宣言でもしてくれた方がからかう事も出来て面白いのだが、今の状態は蛇の生殺しに近い。
ただし、ヒカリにも利点はある。
『将来の予習になる』のだ。
クラスでは真面目一本の委員長のように思われているが、別に人形でも朴念仁でもない。普通の女の子のように感情もある−そう、恋心も。
彼女が想いを寄せる相手は鈴原トウジ。相田ケンスケ、碇シンジと共に『三馬鹿トリオ』の有り難くない名称を付けられている熱血漢である。
ジャージを制服代わりにしているせいでもあるまいが、勉強にはまったく興味を持ってない。かといって運動が大得意かと言うとそうでもないのだ。
だがそのおかげでいつも、
『一人でも赤点が出ると私が困る…あくまで委員長として!』
という、やや訳の分からない理屈を持ち出すヒカリに、試験前はいつも捕まって勉強させられている−無論二人きりで。
勉強の時は二人きりになっても平気だが、その他はからきし駄目。
告白はおろか、一緒に帰った事すらもない。
何度かそうなりかけた事はある。というのは強制補習で遅くなったためトウジが送っていくと言い出したのだ。
無論『女子を暗くなってから一人で帰せない』という、単純な正義感に基づくものであったがその度にヒカリは、
「わ、私はいいからっ」
と顔を真っ赤にして走り去っていた。そして幸い、今のところ事件は起きていない。
とは言え程度に差はあれ、素直に言えない辺りは親友だけあって似ているのかも知れない。
時計を腕にはめるとアスカは鞄を手にした。
だが直ぐには出ようとせずに、机の前で立ち止まった。
ポケットから家の鍵が付いたキーホルダーを取り出す。そしてその中の一つを鍵穴に差し込んだ。
がちゃり、と音がして一つ目が外れた。
そう、一つの引き出しには鍵穴が三つ付けられているのである。
別の鍵を取り出して二つ目、更に別の鍵で三つ目とやっと引き出しが開いた。
中からアスカが大事そうにとりだしたのは、ピンク色の洒落たフォトスタンドであった。
そこに写っているのはアスカとシンジ。昨年の誕生日の物だ。
ヒカリとの共同作戦が功を奏した結果、『アスカの頬に口づけしているシンジ』という光景が写っている。
しかし実際には作戦でも何でもない。シンジを無理に酔わせたのはアスカだし、ヒカリにシャッターを頼んで押そうとした瞬間に、シンジの唇を自分の頬にくっつけたのである。
しかもヒカリは「不潔よ!」と叫んで走り帰ってしまったし、アスカは直後に帰ってきた両親にこっぴどく叱られたのである。
だがアスカは知らない。
シンジは顔を紅くしていたが、実は少しも酔ってなどいなかったことを。
そしてヒカリが忘れていったカメラからフィルムを抜き出し、現像店に自分で持っていったことを。
なによりも、それを封筒にいれてアスカの机の中に入れて置いたことも。
いつも朝出る前には、この写真を眺めるのがアスカに日課になっている。
少しうっとりした目で写真を見つめるアスカ。
「行ってくるわね」
被写体の片割れは部屋の外にいるのだが、普段とは余りも違う声でアスカは語り掛けた。
さすがに口づけまではせずに、再度引き出しに戻した。無論厳重に鍵をかけるのは忘れない。
部屋の外に出るとシンジはいなかった。行き先は分かっているから気にもせずに下に降りた。
洗面所で洗顔やら何やらに、たっぷり三十分ほどかけてから台所へ行くと既に朝食は出来ていた。
サンドイッチにコーンスープ、それにノンオイルのドレッシングをかけたサラダはいずれもシンジが作った物だ。
惣流家の台所事情は家族のアスカよりも、シンジの方が詳しいと言うことは数人を除いて知らない。
シンジが起こすようになって以来アスカは寝坊気味になり、朝食も抜くようになったためアスカの母キョウコがシンジに頼んだのだ。
「シンジ君が作ってくれれば、あの子もきっと食べると思うの。ね、お願い」
いつものようにはい、と引き受けるだろうと、娘の性格を見抜いた上でのキョウコの策であった。そしてそれは見事に図に当たり、以後アスカは朝食を抜かなくなった。
学校に多々いる彼女のファンには、決して見せられない食べっぷりで食べ終えると、「ご馳走様!」と勢いよくスプーンを置いた。
無論シンジは自宅で朝食は済ませてあるから、アスカが食べるのをじっと見ている。
アスカは最初嫌がったが、
「自分の作った物を食べてる姿は嬉しいからね」
と言われてからは反対はしなくなった。
「さ、行くわよシンジ」
シンジは頷くと食器を流しに運んだ。別にアスカにさせようともせず、アスカも手伝おうとはしない。
どうみても、『姫と下僕の関係』と称した方が正解に見える。
手早く洗うと、これまた手早く拭いてしまい込んだ。
「シンジ!遅いわよ!!」
外から聞こえる声に僅かに苦笑すると、シンジも玄関へ向かった。
「今行くから」
声を掛けて靴紐に手を掛けたシンジの指が、一瞬止まった。
「ん?…」
一瞬あたりを見回したが、無論家の中には誰もいない。
外に出ると、
「もう、遅いじゃないの」
ぷりぷりした口調でアスカが言った。
実際にはさして怒っていないことを知っているシンジは、
「僕が鞄持とうか?」
と優しい口調で訊ねた。
いつもならここであったり前じゃない、とくるのだが今日は違った。
僅かに首を傾げてから、
「別にいいわ。それより急ぐわよ」
そう言うと先に歩き出したのである。
シンジは再度首を傾げたが、無論アスカの胸中までは判らない。
今日は一人分で済むと、直ぐにアスカに追いついた。
しばらく二人は無言で歩いていたが、ふとアスカが口を開いた。
「ねえシンジ」
「なに?」
「もうすぐ中間よね」
「ああ、そうだったね」
「いつもの頼むからね」
「え?」
思わずアスカの顔を見たシンジに、
「な、何よっ、あたしの頼みが聞けないって言うの?」
言ってからアスカも気が付いたらしい。
だがそこはアスカである、紅くなって顔を背ける代わりに…シンジの頬に紅葉が増えた。
「な、何怒ってるんだよアスカ」
「知らないわよっ」
ぷいっとアスカは走り出した。
「もう…アスカは朝から何を考えてるんだ、全く」
ぼやいたが、アスカが夢をまだ引きずっているなどとは知りようもない。
一方アスカの方は普段なら命令して、
「あたしの面倒ちゃんと見なさいよ」
で終わりなのに、事もあろうにお願いなどしたものだから完全に混乱していた。
(バカ!知らないっ)
だがしかし、今は登校時間帯である−それも幾分早めの。
当然他にも登校生徒はいるわけであり、アスカが道路を渡ろうとした瞬間、
「きゃっ!?」
「いったーい!」
何かに衝突したのは判った−多分相手が人間であろうことも。
だが衝撃が大きかったせいか、目の前がくらくらして一瞬状況が判断できなかった。
そして−
(あれ?あたし水玉なんか穿いてたかな?確か今日はチェックの…)
「あーっ!!」
アスカの叫び声が上がったのは、自分の状況に気が付いたせいである。
だがそれと同時に、
「あ、あんっ」
妖しげな声が−こちらはアスカ以外から上がった。どうやらアスカの鼻が何処かを刺激したらしい。
二人が飛び退いたのは、ほぼ同時であった。
やっと目が慣れてきたアスカの視界に、一人の少女が映った。
蒼い髪に紅い瞳、真っ白な肌の少女がスカートを抑えている。
「ちょっとアンタ!」「この変態っ!」
二人の声が同時に上がった。
「だ、誰が変態なのよっ」
「あなたに決まっているじゃない。今あたしのパンツ突っついたでしょ。もしかしてそういう趣味でもあるの?」
アスカの肌は元々普通より血色がいいのだが、それが見る見る染まった。
「よ、よくも…よくもあたしをレズ呼ばわり…あれ?」
「え?…あ、あら?」
一瞬アスカの脳裏に何かがよぎった。
「蒼い髪に紅い瞳。それにその肌…」
相手も何か感じたらしい。
「紅い髪に蒼い瞳。それにその躯…」
そして二人の口から再度声が上がった。
「あーっ!レイちゃん!」「アスカちゃん!」
「あ、あんたレイなの?」
「そうよ、綾波レイよ。あなた惣流アスカちゃんでしょ?」
どこか険悪な雰囲気が、一気に和やかなムードに変わるまで数秒を要さなかった。
「久しぶりね、レイ。元気だった?」
「ええ、見ての通りよ。それにしても…」
「え?」
「あのアスカがレズに走るとはねえ」
大仰に嘆いてみせたレイに、
「ア、アンタねえ…なっ!?」
一瞬何が起きたのか、アスカには判らなかった。
一発かましてやろうとした次の瞬間、アスカの身体は後方に飛んでいたのだ。
自分が誰かに抱きかかえられており、そしてその相手が飛んだのだと知るには数秒を要した。
「え?え?…って、シ、シンジ!?」
だがアスカの言葉は続かなかった。
アスカはかくんと首を折ったのである。
「何をしに来た…メドゥーサ」
アスカがシンジの表情を見ることも、そして声を聞くこともなかったのは幸運であったろう。
そこにいたのは彼女の知るシンジではなかった。
普段は穏やか以外の文字が、浮かぶ事はないだろうとさえ思われるような瞳には、凄絶な光が満ちており−そこは赤光を帯びていた。
何よりも全身には凍て付くような気をまとい、近づく者を拒絶する雰囲気をはっきりと表している。
シンジが軽く手を振った瞬間、アスカの意識は飛んだ。
アスカを横たえると、ゆっくりとシンジは立ち上がった。
一方レイもまた−
メドゥーサの名が表す通りか髪は蛇のように絡み合い、目は邪悪とも言える光を放っている。
その口元は大きく裂けており、アスカが見たら失神しかねまい。
「何しに来たとはご挨拶ね、ラファエル」
そう言ってにっと笑った時、さらにその口元の笑みは拡がった。
「何の用だと聞いている」
再度シンジは繰り返した。
「さて」
レイは平然と受け流し、失神しているアスカに妖しい流し目を向けた。
「狙いはアスカか」
「おとぼけね、ラファエル」
レイは、小馬鹿にするような低い忍び笑いを洩らすと、
「それはあなたも同じでしょ、それとももう頂いちゃったかな?」
冷たい声で、言い終わらぬ内に後ろへ飛び退いていた。
シンジの手から跳んだ何かが、レイのいた場所を直撃したのである。
「お前にはアスカは渡さん」
シンジは低く宣言した。
「それとも、三年前のあれを再現してみるか?」
明らかに嘲笑を帯びた声に、レイの眉が吊り上がった。
だがかろうじて精神力で抑えると、
「いいのかしら?碇シンジ君?」
奇妙な声で訊ねた。
「何がだ」
「あなた、アスカに自分の力も本性も告げていないわね。アスカがそれを知ったらどうするかしらね?」
声には明らかに勝ち誇った色がある。
「アスカに嫌われても、アスカに怯えられても貴方にはどうでもいいこと」
レイは歌うように言った。
「でもそうなればアスカの側にはいられなくなる。どうやっても守るつもりかしら?ラファエル」
一瞬、シンジの顔が動揺したのをレイは見逃さなかった。
「僕に何をさせる気だ」
シンジの言葉に、レイはにんまりと笑った。
後書き
何か奇妙なLASみたいになってますが、一応完結するように考えてはあります。
題材は、アスキーから出ているとある作品からです。
あちこちいじって見たいので、この話はのんびりと書いていくつもりです。