SUMMER WALTZ 

7th story The second part: A Heart Work_B

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ステージの中央で披露されるのはブレイクダンスを織り交ぜたリフティングのパフォーマンス。

 『Under_Age』の客達は225BPMのビートと鈴原トウジの身のこなしに酔いしれていた。

 

 どこか手造りの臭いがするメキシコあたりの安い酒。

 真っ当なファンは眉をしかめる偏った音楽。

 澱んだ空気に煙草とアドレナリンとアルコール、それにヴァニラ系の香が少し。

 

 それらが生み出すテンションは、決して一体感を持たないまま、同一のベクトルを向く。

 宗教や思想からは生まれない、安っぽく、まったりとした気だるい狂気。

 だが、それぞれの色を深めていくオーディエンスを余所に、その中心に居るトウジは何処か冷めている。

 独特の空気を身にまとうこともなく、自分の思うままにパフォーマンスを続ける。

 そのギャップが観客の意識のベクトルを、よりフロアの一点に収束させる。

 

 トウジの動きが何の前触れもなく止まりDJに目で合図を送った。

 曲が変わる。

 それまでのビートのみを強調した曲調とは異なる、一転してメロディアスな音楽。

 それはいつかレイとセッションしたあの曲だった。

 

 カウンターの奥からそれを眺めていたヒカリがポツリと呟いた。

 

「あの時の曲・・・」

 

 自分で言っておきながら、バカみたい、と思った。

 口から出ていった言葉は誰にも届かず、壁に当たって床に転がるのは届かなかった想いの死骸。

 冷めていた体温を自らの記憶で暖めようとする彼の想いも、誰かさんには届かない。

 

 『バカみたい』

 

 それがヒカリの心を締め付ける。

 

 あの熱はいつも誰かのためにある。

 ユニフォームを着ているときは時はチームメイトとサポーターのため。

 ユニフォームを脱いだ時は友人や家族や―――自惚れかも知れないが自分のため。

 

 今はどうなんだろう。

 

 わからない、と思う。

 わかりたくない、と逃げている。

 トウジは自分でわかっているのだろうか?

 それはとても怖い問いだった。

 

「ハ・・・ァ」

 

 ため息というには重過ぎる吐息が漏れる。

 

 ボーっとして店内を眺めるだけの自分。

 はしゃいでいるように見えるトウジ。

 時間を潰しにきただけのお客さん。

 

 それぞれがそれぞれの心を揺らしながら、夜は更けていく。

 たぶん夜は揺らぐためにある。

 また明日から流れる時間に揺られるための予行練習。

 

 うん。

 みんなちゃんと準備してるんだ。

 なら、私もね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黄金色の空を雲が流れる。

 高台の公園のベンチで、レイはぼんやりとそれを見上げていた。

 以前もよくこうしていた。

 空を見上げて、ゆっくりとした雲の流れを目で追う。

 

 たぶん、自分は夕焼けを待っていた。

 

 世界が嫌悪すべき紅に染まる瞬間を待っていた。

 その時だけは自分の瞳を通して見えるべき色に世界が染まる。

 以前の自分にとっての空はその僅かな時間しか意味を持たなかった。

 だが、今は違う。

 澄み切った青空も、このせつない黄金色の空も、見上げる自分の中の何かを思い起こさせる。

 あの頃には持っていなかった、気が付けなかった何かを―――

 

 缶ジュースを2本を手にして走ってきたシンジは、その姿に思わず立ち止まった。

 レイの心ここにあらずといった表情がわかってしまい、思わず唇を噛む。

 挫けそうになる気持ちを必死に堪え、隣に座ると思い切って聞いた。

 

「どうしたの?」

 

 レイはいかにも意外なことを言われたような顔をする。

 

「・・・どうしたのって・・・何が?」

 

「なんだか、ひとりでいるみたいだよ。

ふたりでいるのに」

 

 缶ジュースを渡しながら、声だけは平坦にシンジが言った。

 

「今日、ずーっとそんな感じだった」

 

 せっかくのデートなのに、楽しそうじゃない。

 

「碇君って時々、詩人だと思う」

 

 レイは何気なく言うと、立ち上がった。

 

「・・・そうかな」

 

「・・・・・・・・・。

言葉がたくさんある人ってうらやましい。

自分の心の中がちゃんとわかってる感じがする」

 

「・・・・・・」

 

「わからなくなったりしないのね」

 

「・・・・・・」

 

 シンジはレイ自身のことと比べているのか思っていた。

 だが、レイの視線はどこか遠くを見ている。

 

「言葉が粗野で、いつも調子のいいことばかり言って、全然人から理解されなくて。

そんな人のために、言葉以外の表現があるのかもしれない」

 

「・・・・・・」

 

 シンジは俯いたまま、レイの言葉を聞いている。

 

「音や・・・リズムは正直だから。

その人の本当を表すような気がする」

 

 刺さった。

 

 「・・・誰のこと・・・言ってるの」

 

 例えばそれは優しいけれどどこか遠いピアノの旋律。

 例えばそれは洗練されてはないが心に響くダンスの律動。

 

「え・・・」

 

 問い詰めるような口調。

 どんどん切なさが増すことにしかならなくとも、彼は詰問せずにはいられない。

 

「誰のこと、言ってるの?」

 

「・・・・・・・」

 

 何も答えられずに困っているレイの傍に立つと、シンジは、彼女の手から缶ジュースをそっと取った。

 無自覚に彼を傷つける少女を見つめる。

 それでもたまらなく愛しいと思う自分を確認して、ありったけの勇気を振り絞って言った。

 

「キス、しようか?」

 

「・・・・・・?」

 

「しようよ」

 

 シンジはゆっくり、顔を近づけていく。

 レイは微動だにしない。

 

 また、近づく。 

 まだ、動かない。

 

 もっと、近づく。

 唇が触れる寸前で、レイが目を伏せた。

 

 その変化に気が付いたシンジはすっと顔をずらしてしまう。

 いつまでもやってこない感触にレイが目を開けた時、顔を逸らしたシンジが目に写った。

 

「・・・・・・・・・いくじなし」

 

 そう言うと、レイは踵を返して走っていってしまった。

 

 両手に缶ジュースを持ったまま、シンジはしばらくそこに佇んでいた。

 

 悲しいのか。

 後悔しているのか。

 それとも、ほっとしているのか。

 

 彼の顔に浮かんでいるのは、誰が見ても判断できないくらい薄い。

 それはさながら物思いに耽る詩人のようでもある。

 きっと、詩人な彼は自分の心の中がわかっているのだろう。

 

 そうでなければもちろんただのいくじなし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま〜♪いやぁまいった、今日また面接だったんだけどさ面接の人がどうでもよさそうに『じゃあ、何か特技とかあります?』とか聞くわけよ?

『じゃあ』ってナニよって感じじゃない?流石のアタシも頭来てさ、『蹴りを少々』とか言っちゃったのよ。

そしたら『へぇ、すごいですねぇ』だって。もうホントに頭来てさ、『じゃあお見せしますわ』って机思いっきり蹴りあげてやったのよ!

いやぁ、飛んだね、机!そんで驚いたことに天井に刺さってんの!

アタシの生涯で会心の蹴り!もう、時田以来ってゆーかあんなとこで披露するのが残念なくらい・・・」

 

 帰るやいなや、べらべら喋りながらリビングに顔を出したアスカは、シンジの目がすわっているのに気づいて顔をひきつらせた。

 

「・・・・・・おーい?」

 

「おかえりなさいましぇ」

 

 ろれつが回っていない。

 シンジはもうベロベロに酔っ払っている。

 ピンときた。

 『また』何かあったのだ。

 しかも、この男がこんなに酔いつぶれるくらいのことが。

 

「・・・どしたの?」

 

「ワイン、もらった」

 

 シンジは例の引出物のワインを飲んでいる。

 

「それは、いいけど。

アンタ、もしかして、これ・・・」

 

 もう、3本ものワインが空になっている。

 

「次、行こう、次」

 

 立ち上がってどこかに行こうとするシンジを、アスカは引き止めた。

 

「ここ、家ん中よ。2軒目はないの」

 

「あぁ、そっか」

 

 シンジは頷いた。

 そこから這うように出窓までたどり着くと、窓から差し込む夜風にあたる。

 

「はい」

 

 アスカがミネラルウォーターを持ってきてくれた。

 

「ぁりがとぅ」

 

 深すぎる礼をしながら受け取り、一気に飲んで少し落ち着く。

 

「少しは酔いさめた?」

 

 アスカが声をかける。

 

「惣流先生」

 

「・・・もう先生じゃないけどなんでしょう」

 

「人生の先生じゃないですかぁ」

 

「ハイハイ、わかったわよ。で、ナニ?」

 

「僕は、本当に意気地なしなんだろうか。

だけど、綾波がとても僕とキスをしたがっているようには見えなかったんだ」

 

「意気地なしってさ・・・本気で言ったんじゃないんじゃない?

ついそんな風に言っちゃっただけだと思うけど」

 

「『意気地なし』たった5文字がマシンガンのようにこの胸を打ち抜いたんだ」

 

「『たんだ』って言われてもねぇ・・・」

 

「先生、僕の話聞いてますか?」

 

 シンジがからんでくる。

 

「聞いてる、聞いてる。

でもさ、そんなこと言ってると人生マシンガンだらけよ?

マシンガンで打たれまくって、地雷ふまれまくって・・・それでも、みんなどうにか生きてくのよ。

少なくとも、アタシはそう」

 

「さすが、結婚式にお婿さんに逃げられた人の言うことは説得力ありま・・・ごめん」

 

 酔ってはいても、流石に口が滑ったと思ったのか、シンジは口を噤んだ。

 

「ううん。目指すは心のロッキーよ。

心を鍛えるの。めげない、あきらめない、負けない」

 

 言われたアスカは特に気にしてない。

 もう過ぎたことと割り切れている。

 いつまでも気にし続けるシンジを難儀な性格だなぁ、と同情するくらいの余裕もある。

 また一方で『コイツはアタシなんかよりもよっぽど地雷が多いんだろうなぁ』と感心もした。

 

 そして、つい最近まで地雷があったとしても気がつきもせず、そこをズカズカと突き進んでいた自分を思う。

 シンジはその地雷を避けたり踏んだりしてきたのだと思うと頭が下がる。

 

「僕は心のパンチドランカーだ」

 

 まぁ、鬱陶しいのは否めないが。

 

「でもさ、綾波さん、アンタにキスして欲しかったんじゃないかな」

 

「まさか」

 

「いや、だから思わず意気地なし、なんて言っちゃったんじゃないの?」

 

「・・・そんな」

 

 とか言いつつ、シンジはちょっと嬉しそうだ。

 

「あんなアニマルトウジのことは早く忘れたかったのよ・・・わかんないけど」

 

「わかんないなら言わないでください。

これ以上、綾波の気持ちを読み間違えると、アウトなんですから。

僕、がけっぷちを歩いてるんですから」

 

 せっかくのフォローも泣き言と愚痴で返すシンジ。

 情けない。

 意気地なしかどうかはわからないが、カイショなしであることは間違いない。

 

 だが、こんなに情けないクセに、その時コイツが気遣ったのは相手の地雷なのだ。

 真剣に考えて、そのせいで行動に移せなかったことくらい容易に想像がついてしまう。

 相手に伝わることのないまま、消えていく想い。

 それは、まるで意味のないもの。

 けれど、シンジは真剣に、本当に真剣にその時悩んだのだ、とアスカにはわかる。

 そして、今はもうそのことは忘れて自分を意気地なしだと後悔している。

 なんてバカなんだろう、と思った。

 

「・・・突き落としていい?」

 

「えっ?」

 

「アタシ、がけっぷちの人って突き落としたくなんのよね」

 

 両手をワキワキさせながらアスカがにじりよってくる。

 

「・・・オニ」

 

 シンジがアスカの想いがわかってるのかどうかは定かではない。

 本気で涙目になっているいるから、たぶんわかっていないのだろう。

 でも、こんなにあけすけに他人に愚痴をこぼしたりするのは彼にとって初めてのこと。

 

 今のアスカの想いはわかっていないとしても、その存在は彼の中で確かに特別だった。

 最近では、特に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相変わらず就職活動中のアスカは、今日も今日とて面接である。

 これだけ面接ばっかりしていると、今自分がどこの会社を受けに来ているのかわからなくなったりすることもある。

 だが、今日だけはそんな不安とは全くの無縁。

 その道では知らぬ者のない、その道ではないアスカでも知っている超有名な研究組織だった。

 『ZEELE』

 その所長室に彼女は居た。

 

「掛けたまえ」

 

 目をすっぽりと覆う奇妙なサンバイザーをかけた老人が厳かな声をかける。

 

「失礼します」

 

 アスカも相応のかしこまった声で返し、一見して高価なものとわかる椅子に座る。

 

「論文を拝見した」

 

「ありがとうございます」

 

 履歴書と一緒に提出した論文のことを言っているのだろう。

 世間話もなく、単刀直入に本題に入る素っ気なさはアスカには好ましい。

 

「感想を聴きたいかね?」

 

「是非」

 

「幼稚だ。底も浅い。

論拠となるデータもコンピューター上のシュミレーションでは何の実証にもならない。

生物とはそんな簡単な相手ではない。

それとも、私の知らない間にバタフライ効果を正確に予測できるコンピューターが開発されたのかね?」

 

「お恥ずかしい限りです」

 

 アスカは皮肉でも社交辞令でもなく、心から謝罪した。

 何しろ彼女の前に居るのは生物学の権威であるキール・ロレンツ博士。

 一時期にはノーベル賞候補にも上がったほどの人物である。

 同じ博士と言えど格が違いすぎた。

 しかも、今日論戦すべきテーマは、アスカは全くの門外漢である『生物学』である。

 

 先日のリツコと加持の会話に興味を持ち、ダメ元で書類を申し込んだ『高等生物研究所ZEELE研究員募集』。 

 書類選考を通っただけでも奇跡だろう。

 ただ、通ったからには彼女は真剣だった。

 3日で120Pの論文を書き上げ、二次審査に望むほどに。

 

「だが、夢がある」

 

「夢・・・ですか?」

 

「そうだ、研究者にもっとも必要と言われているものだ。

今更、生物相互の協調性をあんなに熱く語られるとは思わなかった」

 

「・・・誉められてると受け取ってよろしいのでしょうか?」

 

「そう思うかね?」

 

 キールの頬が歪んだように見えた。

 実際には歪んでもいないし、声も平坦で、それらからは何も読み取れはしない。

 しかし、研究者として末席に連なったことのあるアスカにはわかってしまう。

 

「・・・いいえ」

 

「良い判断だ。

私は研究者に最も必要ないものが『夢』とか『理想』と考えるクチだ。

『社会に貢献』や『人類の利益』など、吐き気がする。

研究者とは研究すること自体を目的とすべき、それが私の持論だ。

『人類の未来に多大なる貢献を果たすMAGIシステムの開発者』であったキミとは対極にいる」

 

「・・・なるほど」

 

 ここまで否定されても、アスカは席を立つ気にはならなかった。

 もう面接と言う雰囲気ではなく、教師と生徒ほどの立場の違いが確立してしまっていても、それが心地よい。

 キールはアスカの生い立ちや性別、ましてや容姿などではなく、能力を査定している。

 そうではない面接を数多く経験したアスカには、今この状況が極めてフェアであることを知っていた。

 

「では、聞こうか」

 

「・・・何を、ですか?」

 

「キミの思想を、だ。

確か論文の要旨は『ヒヨコの成長とそれを育てる子供の心理面での変化との相関関係』だったかな?

大変くだらない、しかし、くだらなさすぎて逆に興味深い」

 

「・・・はい、心理的に未発達である幼児と生物として成熟の過程にあるヒヨコという保護対象が・・・」

 

「そうではない、そうではないのだよ、惣流・アスカ・ラングレー。

こんなくだらない論文について私が語り合いたいとでも思ったのかね?

私が聞きたいのは、キミの生物とその成長―――いや、より根源的に進化と呼ぼう―――それに対するアプローチの姿勢だよ。

私はキミの進化論が聞きたいのだ」

 

「・・・わかりました」

 

「では、聞こう」

 

 それまでアスカを斜めから見ていた視線が、正対する。

 圧倒的なプレッシャー。

 逃げも隠れもごまかしもできない。

 アスカは素直にしたこと、考えたことをただ吐露するしかなかった。

 

「本を読みました・・・たった数冊ですが・・・ダーウィン、ラブロック、ドーキンス・・・そしてキール教授あなたの本も」

 

「つまらない本ばかり読んだものだな。

不遜と倣岸、そして夢想の集大成だな。

行き着いたのは進化論とガイア理論の二項対立?・・・語り尽くされた話だ」

 

「・・・続けます。

ネオ・ダーウィニズムとガイア理論、利己的な遺伝子と生物相互の協調性の二項対立の図式のなかで議論は繰り返されていきます。

アタシはここに違和感を憶えました。

進化の根源となる力を考える時に、双方とも同じものを考えているのではないか、と」

 

「ふむ・・・同じ、と?」

 

「はい、根源となる背景にあるものがとても、よく。

簡単に言ってしまいます。

それは『意思』の力です。

個体あるいは遺伝子の生き延びようとする欲求や、地球という生命体が決定する運命とも呼ぶべきもの。

そして、それ以外の大いなる存在・・・神の―――キール教授は決してその名前を使おうとはしないでしょうが―――決定による選別」

 

「・・・・・・」

 

「『意思』・・・それが生きる、生き延びようとする生命体の根源だとみなさんが語っているように感じました。

そして、アタシもそう思います」

 

「・・・異論はあるが、話を進めよう。

私はラブロックの卑小な弟子といったところだ。

キミの言い方を借りると―――個体の意思よりも大きな『何か』の意思が進化を決定付けると考える。

キミはどんな意思が進化の方向性を決定付けると考える?」

 

「より弱く、より傷ついた個体の意思、です」

 

 アスカは決然と言い放った。

 頬が紅潮するのは、緊張と羞恥の現れだろう。

 この人を前にして、こんなことを言っていいのか、と。

 その感情の乱れはキールにも伝わった。

 

「馬鹿げているな・・・進化論を気取り、ガイア理論のロマンを継承したただのセンチメンタリズムか?

人と違うことを言えば特別な存在になれるとでも思っているのか?」

 

「そう思われるのも仕方がないかもしれません。

彼らは、進化論では淘汰の対象、ガイア理論では犠牲の供物です。

でも、弱い・・・そう、とても臆病で体力的にも劣っているイルカがいます。

彼は傷ついて、痛みを知り、考えます。

自分の弱さや、周囲が強さと呼んでいるもののことを。

そして、ある日、気がつきます」

 

「強くなる方法を、かね?

自らの弱さという定義を覆すような復讐のやり方をかね?」

 

「違います。

痛みを知る彼らは相手を傷つけることはできません・・・痛みを知りすぎているから。

気が付くのは、他者とは違う、自分の進む新しい方向性。

誰も進んだことの無い新しい道―――つまり、進化です」

 

「・・・呆れて、ものも言えん。

センチメンタルが過ぎる。

弱い生命体の飽くなき挑戦が進化を生むと?」

 

「ええ、進化するのはより大きな痛みを知っている方です」

 

 アスカは静かに強く断じた。

 それがキールの癇に障ったらしく、彼の声が少し上ずった。

 

「根拠は?」

 

「最近、そう信じさせてくれる人間を知りました」

 

「・・・わかった、もういい。

聞きたかったことは終わりだ。

帰りたまえ」

 

 呆れたような、あるいは心底疲れたようにキールはアスカに下を向きながらそう促した。

 落ちたな、そう思わないわけにはいかない。

 それでもアスカは満足だった。

 久しぶりに、戦えたような気がしたから。

 

「はい、ありがとうございました」

 

 完璧な礼をこなして席を立つアスカ。

 ドアノブに手をかけた瞬間、背後から声がかかる。

 

「最後にひとつだけいいかね?」

 

「ハイ?」

 

「進化における人間とは?」

 

「子供を産むのに一年の歳月をかけ、成長も年単位。

とても・・・とても弱い生物です。

そんな生物が生き残るために知恵という力を身に付けるしかなかったんだと思います」

 

「知恵や、理性や、自らを『霊長類』と呼ぶ傲慢さも進化と一端だと?」

 

「そうですね・・・悲しいですけど。

でも、それは遺伝子や環境の所為ではなくて、それを認識する個体の責任です」

 

 アスカの答えを反芻しながらキールがじっと何かを見つめる。

 そして、こう言った。

 

「ありがとう」

 

「?・・・いえ」

 

 軽い会釈をして、ドアを閉める。

 閉まったドアをいつまでも見つめるキール。

 サンバイザーの奥に見える光は、軽蔑の色ではない。

 青臭い話や、くだらない話への嫉妬。

 いつか、自分が置いてきたものへの羨望。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ〜!やっちゃった!」

 

 エレベーターに乗り込むと、アスカは一人で絶叫し、頭を掻き毟る。

 あんなことを言うつもりはなかったのだ。

 もっと理性的に当り障りのないことを言うはずだったのだ。

 それが、一度喋りだしてみれば、恥ずかしい語りの連続。

 

「な〜にが『進化するのは、より大きな痛みを知っている方です』よ!!

バっカじゃないの!!」

 

 それは心の中にあったものだったが、もっと漠然としているものだった。

 ただの理想論、自分の中でも笑い飛ばすに足るセンチメンタル。

 そのはずだった。 

 だが、喋っている内にひとつの像が浮かんでいた。

 あの男だ。

 この前、あんな泣き言を聞かされたせいで、『そうあって欲しい』との願望も含まれていたのかもしれない。

 

「どっちにしても、アイツのせいよね!!!・・・ぇ」

 

チーン

 

 絶叫したところでエレベーターのドアが開いた。

 その先には、エレベーターを待っていた男がひとり。

 アスカは瞬間、地蔵のように固まった。

 

「・・・すいません」

 

 きまりが悪くて、アスカがダッシュで駆け出そうとした。

 

ガシャン

 

 すれ違う瞬間、ふたりの肩が触れて、運悪く男の肩からカメラが滑り落ちた。

 

「失礼」

 

 男がカメラを拾い上げる。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 狼狽して見ると、そこにはあの『イルカのお兄さん』の加持が居た。

 

「あっ・・・」

 

「やぁ、アスカじゃないか」

 

 会って二回目での呼び捨てに非礼を感じさせない口調。

 それよりも、憶えていてくれたことが、かなり嬉しい。

 

「この間はどうも・・・って、すいません、カメラ、大丈夫ですか?」

 

「さて、どうかな」

 

 他人事のように感想を述べて、カメラを眺める。

 デジタル全盛のこの時代に、かなりアナログなカメラは逆に貴重さを感じさせる。

 弁償の見積もりを始めたアスカの計算機は悲鳴を上げた。

 

「でも、まぁ、気にしないで」

 

「そんなワケにいきません!

アタシがボンヤリしてたから・・・あの、弁償します」

 

「そう言われてもなぁ・・・修理出してみないとわからないし、いいさ」

 

「あ、じゃあ、電話」

 

 アスカはメモに電話番号を書く。

 

「・・・なんか、ナンパされてるみたいだな」

 

「へっ?」

 

 加持が楽しそうに笑うのを見て、アスカは呆気に取られた。

 腹が立ったが、どうも心の底からというわけにはいかない。

 人をはぐらかす妙な雰囲気を持っているのだ。

 

「それでもいいですけど、弁償はちゃんとさせてもらいます」

 

 少し怒った口調のアスカに加持はまた笑う。

 

「キミは全く面白いな」

 

「そうですか?」

 

 アスカはなんだか気恥ずかしくなって、書き終えたメモを加持に押し付けた。

 

「金額わかったら、連絡ください」

 

「わかったよ」

 

「ホントにすみませんでした」

 

 アスカはペコリと頭を下げて、走って去っていった。

 受け取ったメモをヒラヒラとはためかせ、加持はアスカの後姿を見送った。

 

「本当に、面白いな」

 

 そう呟いて受け取ったメモを大事そうに胸のポケットにしまいこむ。

 そして、壊れたかもしれないカメラを担ぎなおしてエレベーターに乗った。

 

 行き先は先ほどまでアスカが居た場所。

 運命というには随分安っぽい展開。

 それでもそれはある時はある。

 

 それも誰かの意思なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アスカの出て行ったドアでキールの視線は固定されていた。

 熱の篭った視線はどこか幼く、拗ねているようにも見える。

 手に入らない宝物のようなおもちゃを見せられた子供のよう。

 そのある種可愛げのある表情とは不釣合いの鋭い声が響く。 

 

「相変わらずノックのひとつもできないのか?」

 

 誰も居ないはずの部屋での怒声。

 あのキール教授がとうとう、と思われても仕方の無いシュチエーション。

 数少ない座席を奪い合う彼の下に居る魑魅魍魎が知れば、喝采を上げることだろう。

 だが、残念なことにそうはならなかった。

 

「育ちは知っての通りなんでね、申し訳ない」

 

 答えたのは加持リョウジ。

 唯一の入り口であるキールが見据えていた重厚な正面のドアは、アスカの出て行った後は1mmも動いてはいない。

 何処から入ったのか、などと聞くほどキールはこの男を知らないわけではない。

 そんなことを聞けば、奇術を披露するようなキザな口調でこの男を調子に乗るだけだから。

 

「オマエに期待するだけ無駄だな」

 

「期待には応えてるつもりですけどね?」

 

 調子に乗せなくても、芝居がかった動作とセリフ。

 黙殺しようとするキールに加持が黒い物体を投げた。

 年齢の割には俊敏な動作でそれを受け取る。

 手のひらに納まったのはデジタル全盛の今では滅多にお目にかからない代物、8mmテープだった。

 

 その全てにキールはリアクションを示さないまま、つまらなそうに呟いた。

 

「フン・・・首尾は?」

 

「まぁ、期待通りに」

 

「オマエはイルカの群れひとつのために国をひとつ潰しかねん・・・よくやる」

 

「どーも」

 

 テープに収められているのは事を成す為の素材なのか、事を為した記録なのかはわからない。

 どちらにせよ、既にその作業は二人の間では工程を終えたものだから、それ以上の指示も確認も必要なかった。

 数日遅れの新聞が、どこかの開発計画が頓挫を報じるのだろう。

 

 デスクの上の履歴書が目に入る。

 名前欄に『惣流・アスカ・ラングレー』の文字を見つけて加持は頬を緩めた。

 

「今日、来客が?」

 

「たまにはバカげたセンチメンタルを聞きたくなってな」

 

「予言、しましょうか?」

 

「止めろ、オマエのくだらん戯言は聞く気にもならん。

バカの話にはつい先ほどから食傷気味だ」

 

「あなたはきっと彼女を採用しますよ」

 

「ほう、何故だね?」

 

「あなたがバカが大好きだからですよ」

 

「フン・・・」

 

「例えば、油に塗れたイルカを莫大な費用をかけて救助したとします。

あなたは笑います。

『そんなことをしても地球の生態系は何もかわらんよ』と。

だが、あなたは喜ぶんですよ。

家に帰って祝杯のひとつでもあげるかもしれない。

何も変わらなくても、今起こっていることを放っておけないバカをアナタは手放しで賞賛します。

『その方が面白い』そんな理由で、小国の国家予算をどこの馬の骨ともわからない男にくれてやる。

結局、あなたもバカなんですよ」

 

「フン、くだらん」

 

「いや、バカだったと言うべきですかね?

今のアナタは裏でフィクサーを気取るくらいのことしかできない。

バカだった頃に、余りにも深く傷ついたから」

 

「何を言いたい?」

 

「いや・・・別にわかりきった未来です。

アナタは彼女を採用し、言葉では嘲笑しながら、目の奥では賞賛しながら日々を過ごす。

やがて、彼女はその厳しさと優しさにあなたに対する信頼すら生まれるでしょうね。

バカだった者がまたバカを生み出す。

いやいや、とても美しい師弟愛。

まぁ、最後は喧嘩別れですがね」

 

「らちもない・・・」

 

「心の底では共感しながら、何もしないアナタと袂を別つ彼女・・・確かにくだらなさすぎます」

 

 少し遠い目をしながら語ったそれはかつての加持の姿だったろうか。

 

「どちらにせよ、オマエには関係の無いことだ」

 

「そりゃまぁ、そうですけどね。

彼女くらいキレイな女性なら、もっと生産的な未来があってもいいんじゃないかと思いまして」

 

「老婆心、というわけか?」

 

「期待、ですよ。

ほら、よく言うじゃないですか・・・『男は破壊者、女は生産者』とか何とか。

彼女みたいな女性なら、俺とは違った方向性をみつけてくれるんじゃないかと思いましてね。

割り切るのではなくて」

 

「諦めるのでもなく・・・か」

 

「諦めるのでもなく、です」

 

 自戒か自嘲か、キールの呟きはとても深い。

 何もしないで評論家ぶるよりは、口を出さずに金だけ出す。

 そんな自分を納得しているはずだった。

 だが、結局は『マシ』なだけだ。

 もっと、迷って足掻くべきではないのか?

 そんな疑問は、老いてもまだ彼の中に燻っていた。

 

「・・・彼女は・・・いらんな」

 

「へぇ?」

 

「私に彼女は必要ない。

彼女にとっても、おそらく・・・だ。

不採用だな」

 

「残念ですね」

 

「あぁ、残念だ」

 

 こうして、彼女の就職は彼女の知らないところで理不尽に失敗に終わらされた。

 彼女の適正や能力、家柄や派閥などではなく、バカ者達の夢想の所為で。

 それを知ったら彼女は、嘆くだろうか?怒るだろうか?笑うだろうか?

 

「それじゃ、失礼します」

 

「・・・結局、オマエは何しに来たんだ?」

 

 唐突に立ち去ろうとする加持にキールは根本的な疑問を投げかける。

 そもそも、金だけ出して口は出さないキールとしては、彼に報告や成果物の提出を義務づけてなどいない。

 8mmテープなど持ってくる必要は加持にはないし、彼もそれほど暇ではない。

 ここに来る暇があったら、一日中イルカを眺めていることだろう。

 

「ただのニギヤカシですよ」

 

「・・・責任は取りたまえ」

 

「何の?」

 

「わかっているクセに聴くな。

どんな高尚な魂を持った人間でもパンが無くては生きていけない。」

 

「私も割り切って諦めた人間の一人ですよ」

 

「だが、まだ、足掻いている」

 

「・・・ただの嫌がらせですよ」

 

「しかし、そこには葛藤がある」

 

「・・・ありませんよ、所詮はピエロです。

ピエロに施しを受けるほど、彼女は弱くない。

それでは」

 

 バタン

 

 入った時とは違い、真っ当にドアから出て行く加持。

 それは、余裕の無さの現れだったのだろうか。

 

「君達がどう足掻こうとも道は決まっている・・・それは運命などではない。

お互いの真実の欲求が噛み合ってしまった場合、必然として惹きあうしかないのだよ。

・・・特にバカ者同士では、な」

 

 老人の予言は、ただの期待に過ぎない。

 ただ、期待がかけられた二人はそうなることを望んでいるのだから、実現すれば誰にとっても幸せなのだろう。

 今のところは、ではあるが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                       第7話:心のつくりしもの <後編>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 家に戻ったアスカにシンジがレイに電話をかけた話を嬉しそうにしてきた。

 

「へー、ここに来るんだ」

 

「うん」

 

 シンジはちょっと得意げだ。

 

「綾波さんが?あのレイちゃんが?かわいいかわいい、碇シンジ君の心の女神の綾波レイさんが?」

 

「・・・僕で遊んでない?」

 

「いやいや、まさか、そんな・・・ちょーっとだけ、ね」

 

 連敗記録がまた更新されたとあっては、シンジをからかってストレスの発散もしたくなるのだろう。

 しかし、そんなアスカをよそにシンジはご機嫌極まりない。

 

「でも、電話、かけてみるもんだね・・・」

 

 感無量、といった感じでひとりごちる。

 そんなシンジを前にしたら、アスカの鋭角的になった機嫌も削がれるというものだろう。

 

「そーよ、崖っぷちからダイビングしたと思ったら、生き残ったじゃん」

 

「うん、ホント、あのまま死んじゃうかと思った」

 

 言葉だけを聞くと大げさもいいところだが、シンジの表情を見るとまさに絶体絶命だったことがわかる。

 この男は他人の前では泣かない強さがあるが、人目のつかないところで涙で溺死しそうな弱さがあると思う。

 そんな危惧を振り払うかのように、殊更明るい口調でシンジを叱咤する。

 

「その弱気が今までの敗因なのよ!」

 

「・・・別に今までそんなに負けてないけど」

 

 ちょっと明る過ぎたようで、シンジはちょっとムッとした。

 アスカはシンジの言うことなど気にせずに、レクチャーを始めた。

 

「恋愛なんかタイミングなんだから。

タイミング・オンリーなの。

こお来た時に、グッと行く。

アドリブがきかないヤツは一生チャンスを逃し続けたりするんだから」

 

「・・・そうなんだ」

 

 シンジは訝しげにアスカを見る。

 

「あっ!男に逃げられたアタシの言うことなんかアテにならないと思ってんでしょ!?

そーじゃないのよ、逃げられてるからこそ、どん底を知ってるからこそ、アテになんのよ。

女王様の人生論より、メイドの人生論の方が説得力あるでしょ?」

 

「・・・なるほど」

 

 どう考えても、アスカは女王様で、メイドと言われてもちっともピンと来ない。

 けれど、シンジは納得した。

 恋愛で決定的な絶望を味わったことのないシンジにとって、アスカの言葉は充分な説得力を持っていた。

 

 黙っていても女性が勝手に寄って来ては去っていく男が、一人しか恋愛対象を持たず最終的にこっぴどくふられた女に説教される。

 彼の恋愛経験は数としては多いかもしれないし、彼女の過ごした時間は密度が濃いのかもしれない。

 が、どちらもあまりに特殊すぎて参考にならないと思う。

 そんな専門バカ達の会話はまだまだ続く。

 

「いーい?心を鬼にして言うけど、アンタは今、アニマルトウジに一馬身遅れてるわけ」

 

「・・・心を鬼にしてる割には軽く言うね」

 

「でも、だいじょぶ!二番手には二番手の口説き方ってもんがあんの!」

 

「なんか、ヤな話だなぁ・・・」

 

 二番手か、僕は。

 

「だーまって聞く!二番手ってのは結構、いい口説き文句があんのよ。

女心をグッとこさせる」

 

「・・・『僕じゃダメかな?』とか」

 

「よわっ!

そんなんじゃダメに決まってるでしょ!

いい?こう、引き寄せる」

 

 アスカは一人芝居を始めた。

 

「『ここにいろ。オレの傍にいろ。もう、どこにも行くな』」

 

 感情を込めまくって演技をしているアスカを見て、シンジは結構ジンときていた。

 

「・・・いいかもしれない」

 

「でしょ?」

 

 いや、引かれると思うが。

 

「そういうこと、あったの?」

 

「え?」

 

「いや、あんまり二番手に詳しいから、そういう風に言われたことがいっぱいあるのかな、と思って」

 

「え、あ、ま、まぁね!当然じゃない!

『カオルが居てもかまわない!』とか二番手希望がそりゃあもうわっさといたワよ?」

 

 嘘だ。

 誰もがカオルの完璧さとアスカの家柄に気圧されて、言い寄ってくる男など皆無に等しかった。

 その状況に不満などなかったが、思春期の頃に想像したことがある。

 『もし、こんな風に迫られたら』という、夢想。

 たとえ、現実にあったとしても確実に断っていただろうけれど、その想像は夢見る少女にとっては甘美な妄想だったりした。

 

「アスカ、キレイだもんね」

 

 その妄想から生まれたに過ぎないアドバイスを受けて、シンジはしれっと言った。

 こういうことが言ってもらうのも思春期の頃は夢見ていたものだったが、現実にされるとちょっとひく。

 そこで会話が止まってしまうのだ。

 タチの悪いことに本人は特別なことを言ったつもりもなくニコニコ笑っている。

 そういうトークは取っておきにしておくべきで、ダダ漏れにしておくと価値が薄れるし、こちらとしてはいくら嬉しくてもかわすしかないのだ。

 

「あったりまえじゃない」

 

 もったいない。

 そのアドバイスもしようかな、と思ってアスカは止めた。

 だって、嬉しいことには変わりないから。

 これで、言ってもらえなくのはもったいない。

 

「でも、僕、そんなキザなこと言えるかなぁ?」

 

 似合っているかはどうかは別にして、狙って言えないのは間違いない。

 

「そんなこと言ってるから、アニマルトウジに取られるのよ。

そだ!練習しよ!練習!」

 

「えっ?練習」

 

「明日来るんでしょ、綾波さん。

いきなり本番でアンタできんの?」

 

「・・・了解」

 

 ひとつ咳払いすると、シンジは練習を始めた。

 

「ここにいろ・・・オレの傍にいろ」

 

 そう言うとシンジは、突然アスカを胸に引き寄せて抱きしめた。

 

「もう、どこにも行くな」

 

 抱きしめられながら、アスカの胸はドクン!と高鳴った。

 実際に抱きしめられるとは思ってもいなかった。

 いつもならば、『いきなりナニすんのよ!』と思いっきり蹴り飛ばしてしまうはずなのに、体が動かない。

 思考も働かない。

 びっくりしすぎているのか、恥ずかしいのか、頭の中はパニックで『キャー!キャー!キャー!』と意味を成さない絶叫で埋め尽くされるだけ。

 そういえば、シンジとこんなに体を近づけたのは初めてかもしれない。

 それに、なんだか、男の匂いがする・・・。

 

 体中が心臓になってしまったかのようなまま抱きしめられていると、シンジはあっさりと体を離した。

 

「こんな感じかな?」

 

 すこし照れてはいるが、まるでくったくがない。

 その顔に、ワケのわからない罪悪感を感じる。

 アスカは必死になって、自分の心の中にその高鳴りを隠すと、お姉さんぶって言った。

 

「いいんじゃない?うん、まぁ、そんなとこでしょ」

 

「アスカの香り・・・」

 

「えっ・・・?」

 

 思わせぶりなシンジの言葉に、もう一度アスカの胸は高鳴る。

 

「アスカ、蚊取り線香の匂いがするね」

 

――――――

 

 バキッ!!!!!!

 

 それまで出る機会を逃しつづけていた、赤い閃光が輝きを放つ。

 シンジは思ったよりも3割はよく飛んでくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気持ちのいい初夏の青空が広がる。

 『Under_Age』のオープンテラスでアスカとリツコはチャイニーズのランチをしていた。

 アスカが求人情報誌をめくりながら夕べの顛末を話すと、リツコが思いっきり笑った。

 

「笑えるわね」

 

「笑えないわよ。

ったく、言うに事欠いて蚊取り線香よ?『田舎の死んだおばあちゃん思い出した』ってさ」

 

 その発言の後、もう一度赤い閃光が煌いたのは言うまでもない。

 

「フフフッ」

 

「リツコがイタリア行った時に買ってきたウッディ系の香水よ?」

 

「ああ、あれいいのに・・・」

 

 結構高かったやつだ。

 

「ま、そういう奴さ」

 

「アスカ、ホントは少し焦ったんじゃないの?

抱きしめられて」

 

「むぅあさかぁ!ナニをおっしゃるウサギさんってなもんよ!」

 

「・・・変よ、アスカ」

 

「ぬぁにが!」

 

「男と女が一緒に暮らして何にもないなんて、変よ」

 

「・・・ねぇ、リツコ、アタシ達ってさ、もう立派な『鉄の女』とかなのかな」

 

「一緒にしないで」

 

「なんてゆーかさ、愛だの恋だの絶望しちゃって、仕事を選んだ強い女って感じなのかなぁ。

まぁ、無職のアタシが言うことじゃないかもだけどさ」

 

「聴いてないわね・・・まぁ、いいけど。

何が言いたいのよ?」

 

「もう、恋愛の現役は過ぎちゃったのかなぁ」

 

「・・・そういうこと」

 

「もう監督としてベンチからサインを送るような役回りになっちゃったのかなぁ」

 

 リツコは『監督になれるほど経験つんでないでしょ、アナタ』と突っ込もうとしたが、それをグッと堪えた。

 それより重要な疑問が湧いてきたから。

 

「アスカ、シンジ君が好きなの?」

 

「・・・なーに言ってんだか、そういう話してないでしょ」

 

 ムキになって否定してくると思っていたが、拍子抜けするほどの冷静な受け答え。

 リツコはひっかかるものを感じずにはいられなかった。

 が、珍しいことにそれ以上追求することはしなかった。

 あまりにも『らしくない』アスカの様子を見て、毒気を抜かれたというのも、もちろんある。

 が、それ以上にアスカの言い様の中に、何か犯しがたいものを感じてしまったのだ。

 これは、そっとしておくべきこと。

 直感がそう告げる。

 少なくとも、今はまだ。

 

「なんだ、つまらないわ」

 

「変なこと言わないでよ」

 

 アスカは春巻きにパクっとかぶりついた。

 リツコはそこにも何故かセンチメンタルを感じてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 センチメンタルは感じていても、我慢できることとできないことがあるらしい。

 リツコはシンジのマンションへの潜入を敢行していた。

 

「ちょっと、リツコ、まずいよ。まずいってば!」

 

「何が?」

 

「だって今日は綾波さん来るから、遅く帰るって言ってあるし・・・」

 

 リツコはつと立ち止まると、言った。

 

「とか言いながら、アスカ。

さっきから口だけよね、全然、止めてないわよ」

 

  マンションには、誰も居なかった。

 アスカは、部屋の中をグルッと見回してみた。

 

「・・・いないみたいね」 

 

 窓からは、鮮やかな夕焼けが見える。

 

「上、行くわよ」

 

 リツコが思いついて、マンションの屋上を指差した。

 ふたりはさっそく屋上に上がっていき、ドアの陰から外の様子を伺う。

 

「いるいる」

 

 リツコが言ったので、アスカもそっとふたりの様子をうかがった。

 屋上ではレイとシンジが並んでのんびりと夕焼けを眺めていた。

 

「綺麗」

 

「うん・・・」

 

 などと言いながら、シンジはさりげなく・・・もなくにじにじと彼女に近づいていく。

 

「碇君」

 

「ハイ!?」

 

 シンジは少しびびって動きを止めた。

 

「私、自分の気持ちがよくわからない」

 

「・・・・・・」

 

「でも、こういうことはきちんとしなくちゃいけないと思う」

 

「いいよ」

 

 思わずシンジはレイの言葉を遮っていた。

 

「えっ?」

 

「綾波の悩む顔、見たくないから。

僕に気を遣わなくて、いいよ」

 

「・・・・・・」

 

「もう、その話はやめよう。

喉かわいたね、ビールでも持ってくるよ」

 

「・・・でも」

 

「持ってくるよ」

 

 そう言うなり、シンジは階段に向って走った。

 アスカとリツコは戻りようも、隠れようもなくて、シンジと鉢合わせしてしまった。

 

「何やってるんですか・・・」

 

「そっちこそ、ナニやってんのよ!

『ここにいろ。オレの傍に居ろ。もうどこにも行くな』でしょ!」

 

「・・・何?そのクサい台詞」

 

「ナニィ?」

 

 アスカがリツコを睨んでいると、シンジが真剣に言った。

 

「話の流れ全然違うのに、いきなりそんなこと言えないよ」

 

「流れを作りなさいよ!流れを!」

 

 アスカがめちゃくちゃなことを言うと、リツコが遠い目をしながらため息をついた。

 

「人生・・・特に恋愛は流れなのよね。

要はアドリブ。作戦、予定なんかいくらあってもムダなだけよ」

 

「・・・僕、基本的に受けの人間なんですよ。

自分で雰囲気作るなんてできませんよ」

 

 リツコの指摘にもヘタレな返答しかできないシンジにアスカが遂にキレた。

 

「なんのために夕焼け出ててると思ってるのよ!」

 

「・・・アスカが出したわけじゃないだろ」

 

「ヘタレたこと言ってンじゃないわよ!!」

 

「はい、そこまで」

 

 シンジの適切な逆ギレに絶妙な仲介が入る。

 リツコが揉めている二人を制しヤレヤレ、といった感じで煙草に火を点け深く吸い込む。

 じっくりとその先端を見つめた後、おもむろにシンジの向こう側に切っ先を向けた。

 

 そこにはすぐそこでこちらを見ている綾波レイ。

 

「こんにちは」

 

 レイが普通に挨拶してきたので、アスカは立場がなくて少し困った。

 

「あ・・・グーテンターグ」

 

「私とアスカも夕焼けがあんまり綺麗だから、屋上に上がってみようかって」

 

 リツコがらしくないフォローをする。

 

「どうぞ。

碇君、私もう帰るわ」

 

 レイが言った。

 

「・・・そう」

 

「さよなら」

 

 笑顔で、とはいかないが、微笑みの微粒子を湛えた表情でレイは帰っていった。

 怒ってはいないのだろう。

 が、シンジには何故か不吉な感じを憶えてしまった。

 一瞬浮かんだ『今生の別れ』などという埒もない言葉を笑い飛ばせなかった。

 

「・・・さよなら」

 

 呟くだけで、シンジは彼女の背中を見送った。

 階段から響くレイの足音が、小さくなっていく。

 シンジには、これがラストチャンスに思えてしょうがない。

 

「ま、よかったじゃん。仲直りできたみたいだし?

このまま、徐々に仲良くなっていけば・・・」

 

 アスカが元気づけようとして声をかけた。

 その言葉が終わらないうちに、シンジはレイを追いかけて、いきなり駆け出していった。

 

「・・・・・・・」

 

 走り去っていくシンジの姿を目で追うアスカの胸に、一瞬、強烈に寂しい思いがよぎった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 シンジは、マンションを出たところで、なんとかレイに追いつくことができた。

 

「綾波!」

 

 驚いて振り向いた彼女に、シンジが叫んだ。

 

「・・・僕・・・あ、あやなみが・・・す、好きだ!」

 

「それは、この前聞いたわ」

 

 とりつくシマも無いレイ。

 二の句が告げられないシンジ。

 

 そんなふたりの様子をアスカとリツコが屋上から眺めていた。

 リツコは、必死に笑いを堪えていた。

 『ヒドイわね』とか言ってるリツコを足で小突きながら、アスカはマジメな表情を浮かべじっと成り行きを見守っている。

 

「そうだね・・・」

 

 レイに即座に切り返されてから、数分経ってもシンジにはうまい言葉が見つけられなかった。

 世界で一、ニを争うミジメな男になったシンジは、どうしようもなくなって、ついにあのセリフを口にした。

 

「ここにいろ」

 

―――

 

 レイは目を見開いた。

 それはもちろんアスカと練習した、あのセリフだった。

 

 ここではリツコはもちろん、流石にアスカでさえも声を殺して爆笑してしまった。

 

「オレの傍にいろ」

 

 シンジの棒読みのようなセリフは続く。

 

「・・・」

 

 そしてシンジは、いきなり何も言えないでいるレイの両腕を取った。

 

「もう、何処にも行くな」

 

 言いながら、胸に引き寄せた。

 

「・・・・・・」

 

 レイは、なすがままになっている。

 

 声を出すのを我慢していたリツコはここで、思わず吹き出した。

 ふと、アスカの方を見る。

 一緒に笑っていると思っていたアスカの笑い顔は、なぜかひきつりながら消えていく。

 『アスカ?』

 リツコは訝しげにアスカを見た。

 

 レイは、シンジの胸に抱きしめられながら、戸惑いを隠せないでいた。

 自分の居場所を与えてもらうのは二度目だった。

 そして、それは最初よりも暖かくて、息苦しい。

 変わらない絆ではない、常に変化と刺激に乱される脆い繋がり。

 それでもここは暖かい・・・だけでなく熱い。

 

 切ない瞳をしているレイを、シンジは必死で抱き留めている。

 

 見つめるリツコの前で、アスカの表情はどんどん心もとないものになっていく。

 あんなにシンジを励ましていたくせに、この寂しさはなんだろう。

 でも、もう、アスカには、どうすることもできなかった。

 

 シンジにきつく抱きしめれて、レイは息が止まりそうになった。

 

「・・・碇君・・・」

 

 かすれた声を聞いて、シンジはゆっくりと自分から体を離した。

 

「ごめん・・・」

 

「・・・え?」

 

「受け売り」

 

「ウケウリ・・・?」

 

 レイには何のことだかわからない。

 

「なんか・・・いつもはこんなんじゃないのに・・・パニクっちゃって・・・好きだから、かな」

 

 感情のままにレイを抱きしめてしまったシンジは自分の行動にとまどっていた。

 アスカに背中を押されてから、『いつか』と思っていた心に身を任せた行動は思っていた以上に違和感がある。

 それでも、やらなければいけないタイミングであった、と強く確信できる。

 

「・・・・・・」

 

 レイの顔をまともに見られないでいるシンジを見て、レイは言葉に詰まっていた。

 

「・・・あぁ、僕、また同じこと言ってるね」

 

「・・・・・・」

 

「ひどいね『好き』の大安売りだ。

何やってんだろ・・・・」

 

「・・・・・・」

 

「ごめん」

 

「・・・碇君、私・・・」

 

 何か言いかけたレイをシンジが遮った。

 

「もう、いいから、行って」

 

「・・・・・・・」

 

 レイには、シンジがなんだかか弱い子犬に思えてかわいそうになった。

 あまりに『カワイソウ』でそこを立ち去ることなど、とてもできない。

 

 こんな想いを胸に、ずっと私と一緒にいたんだろうか。

 こんな震える指で私にピアノを教えていただろうか。

 こんなに小さく見える人が、大切なものをくれていた。

 この人、知らない。

 私でこんなになる人なんて、知らない。

 

 一方、シンジは早くひとりにして欲しくて、少しおどけて言う。

 

「ハイ、後ろ向いて、3、2、1で歩き出す」

 

 しかし、レイはシンジの言葉には従わず、シンジに近づいてくる。

 その表情が悲しいのか怒っているのか、シンジにはよくわからなかった。

 

「・・・ここにいるわ」

 

「・・・えっ?」

 

「私、ここにいるわ」

 

 レイはシンジの手をそっと取った。

 意外すぎる展開に、シンジは驚きすぎてレイに手を握られたまま何もできない。

 手の甲から伝わるレイの体温を、感じるしかやれることはない。

 全てが、予測の外。

 アドリブに弱い男である。

 

 その様子をずっと見ていたアスカは、我慢できなくなって反対側に向って歩き出した。

 何を我慢できなくなったのかは問うても絶対に言わないだろうが、笑いを噛み殺していないことだけははっきりとわかる。

 それだけは、わかりすぎるほど。

 

 アスカは反対側の柵に到着すると欄干をがっしりと掴んだ。

 そして、空を見上げるとフッとため息をもらした。

 センチメンタルな呪いのような仕種。

 けれど、彼女がそれをすると、どうにも空に挑みかかっているように見えてしまう。

 絶対に勝てないとしても、あがらうのだろう。

 彼女は、いつも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さわやかな青空が広がった昼下がり。

 インディアン・サマー。

 それが秋を指す言葉でも、それを遣いたくなるような空。

 

 『一風』にアスカが入ってきた。

 ラーメン屋には似合わないビシッと決めたパンツスーツを着込んでいる。

 

 「いらっしゃい!」

 

 マスターは違和感を感じながらも、常連になりつつあるお客さんに景気よく挨拶をした。

 

「こんにちは〜」

 

 愛想よく笑いながら、店内を見回すと、奥のほうで目当ての人物がウォークマンを聞きながら手を上げた。

 

「なんやそのババクサイかっこ。見合いでもするんか?」

 

 目当ての人物、鈴原トウジが言った。

 

「面接よ、面接。

いい加減、職見つけないとね」

 

 などと話していると、マスターが注文を取りに来た。

 

「何にしましょう?」

 

「そうね・・・あ、アジフライ定食。

あのアジフライの間に梅肉の挟まってるヤツ」

 

「アジフライ梅入りいっちょう」

 

「それと納豆つけてね」

 

「あいよ」

 

「・・・食うなぁ」

 

 トウジは関西人らしく納豆を嫌悪しながら感心した。

 

「おいしいのよ、ここ」

 

「で、何や、こんなとこに呼び出して」

 

 アスカは何かの包みをテーブルの上にドンと置いた。

 

「ハルカちゃんから、手造りのソーセージ」

 

「マジか!」

 

 涎でも垂らしかねないトウジの緩みきった顔。

 本場ドイツの技と素材で作られたソーセージは彼の大好物だった。

 

「あんた、たまには電話しなさいよ。

ハルカちゃんに連絡とったら、日本に居ることすら知らないって言うじゃないの。

ただでさえ、5年も行方不明だったんだから」

 

「オマエからよろしく言っといてくれや」

 

「言ったけどさ。

ハルカちゃんの身にもなりなさいよね、遊びたい盛りの女の子が何が悲しくてダメ兄貴のためにソーセージ作んなきゃなんないんだか・・・。

って、食事中に音楽聴いてんじゃない!」

 

「イタッ!・・・アホ!このバンドは外せんのや!

オマエも知ってるやろ、『BECK』やぞ!」

 

「・・・あっきれた、アンタ、まだ聴いてんの?」

 

「新曲でたんや、『Baby Star』このサビの部分がなんとも・・・」

 

 と、トウジがアスカに聞かせようとイヤホンを外す。

 アスカが、いい、いらない、と手振りをすると、トウジは未練たっぷりにウォークマンを止めた。

 

「ねぇ、そんなことより、アンタ、ヒカリとうまく言ってんでしょうね」

 

「・・・余計なお世話や。

今までそういう話せんかったクセに、なんや今更?」

 

「『なんや今更?』じゃないわよ!

この間、アンタが、綾波さん家まで送ってったせいで、こっちは大騒ぎだったんだから」

 

「へぇ」

 

「・・・なんか、ムカツクほど平静ね。

ま、一件落着したけどね」

 

「一件落着?」

 

「シンジと綾波さん、うまく行きそうよ」

 

 さりげなく、アスカが言った。

 

「へぇ」

 

 トウジの顔が一瞬曇ったが、すぐになんでもないような表情に戻った。

 

「やるんやなぁ、センセも」

 

「だから?」

 

「『だから?』、なんやねん?」

 

「アンタ、もう余計なことすんじゃないわよ」

 

「余計なことってなんやねん」

 

「・・・キスしたくせに」

 

「ゲホッ・・・!!」

 

 アスカの言葉に、トウジがむせた。

 

「アンタも人選びなさいよね!

あんなジュンジョーそうなコにキスするなんて・・・」

 

「やめようや、幼なじみでそういう話。

昔っから知ってるヤツとそれ系のネタを話すのって、ごっつへこまんか?

ワシ、未だにオヤジとオフクロがそういうことしてきて生まれてきたとか思いたくないっちゅーか・・・」

 

「あぁ、もう!そういう話をここですんな!

前もリツコと・・・ってとにかく、今、釘さしてんだからね。

わかってる?」

 

「・・・ごっつ怖い」

 

 すごんでくるアスカに、トウジが怯えた。

 

「あぁン?」

 

「それじゃ、男、よりつかへんで」

 

「アンタに言われたくないの!」

 

 いやいや、言われる筋合いは充分にあると思われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近、夜が優しいと思う。

 ゆっくりと、包みこむようにやってくる闇が、『明日はどんな良い事があるだろう』とか夢想させてくれる。

 素晴らしき哉人生。

 つまり、碇シンジは現在かなりの浮かれポンチなのである。

 今も、電話でレイとデートの約束をしながら、本当に幸せそうだ。

 

「ホント?大丈夫?

ウン、じゃあ、3時半に。うん、じゃ、お休み」

 

 シンジは、レイが電話を切ったのを確かめてからそっと受話器を置いた。

 

 綾波を好きでよかった。

 きっと死ぬまで幸せだ、僕は。

 

 浮かれポンチは嬉しさを隠し切れずに、部屋の中でスキップを踏み出した。

 ひとしきりスキップを踏み終えたシンジは、視線を感じて振り向いた。

 

 振り向くとそこにはアスカが立っていた。

 力一杯浮かれていた自分を見られて少しバツが悪い。

 けど、まぁ、浮かれポンチには大したことではない。

 

「帰ってきたなら、帰ってきたって言ってよ」

 

「ちゃんと『ただいま』って言った」

 

「聞こえなかった」

 

「ゴキゲンね」

 

「・・・別に」

 

「踊ってたじゃん」

 

「わかってるよ。踊ってたの僕なんだから」

 

「デートの約束でもしたの?」

 

 アスカがばっさりと聞いた。

 

「なんでわかるの?」

 

「顔に書いてあるってこういうこと言うんだって顔してる」

 

「やめてよ、やだなぁもう」

 

「うん、やめる」

 

 アスカは意外にあっさり引き下がった。

 いつものように、言い返したり煽ったりしてこない。

 

「・・・なんか、元気ないね」

 

 なんだかつまらないな、と思ってシンジは声をかけた。

 

「なんか、素直よね」

 

「そう?」

 

「人が変わったみたい。

誰かを好きになって、その人が自分のこと好きだったりすると、そんな風に素直になれるんだね、たぶん」

 

「・・・どうして?」

 

「どうしてだろ。

ホッとするんじゃない?」

 

 例えば、足掻いたり、悩んだり、迷ったりする。

 誰にも、好きなひとにだって、伝わらないけど、意味だってない。

 けど、ムダじゃないって思えるようになるんだろう。

 それとも、そんなことなんて『どうでもいい』とか思うんだろうか・・・。

 

「・・・・・・。

ワイン、飲む?」

 

 いつもと感じが違うアスカにシンジは戸惑っていた。

 

「ん?今日はやめとく」

 

 上の空で返事をして自分の部屋に行きかけたアスカは振り向かないまま言った。

 

「あ、冷蔵庫の中にソーセージあるんだ。

田舎から送って来た本場モン。

よかったら食べてね」

 

 いつもの元気な声。

 回り込んで表情を確かめれば、きっとアスカらしい笑顔が浮かんでいるんだろう。

 

 たぶん、笑ってる。 

 シンジはアスカの表情を確かめなかった。

 

 きっと、笑えてる。 

 アスカも自分の表情を確かめなかった。

 

 

 

 

 

 

 自分の部屋に入り、バックをドサッと床に置くと、アスカはフッとため息をついた。

 なんでそんなことをしてしまうのか、よくわからない。

 あの時、いとおしそうにレイを抱きしめたシンジの姿を見て以来、どうしてもシンジと普通に話せない。

 アスカは自分で自分の揺れ動く気持ちをもてあましていた。

 

 アタシは、シンジのことが好きなんだろうか?

 口を開けば喧嘩ばっかりで、そのうえ、人のとっておきの香水を『線香くさい』なんて言うアイツを。

 そんなことあるだろうか?

 ・・・そんなことあるんだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ASUKA IS STRUCK!

 


 

after word

 

 記念とか記念じゃないとかそういうことは問題じゃないのだよ。

 愛だろ、愛。

 みなさんに謝れ。ごめんなさい。

 URIさんにお礼を言いなさい。ありがとうございます。

 基本的には土下座です。

 

 今回の反省点

 ●遅いとか遅くないとか言うなよ。

 ●あいも変わらず噛み砕けてない。

 ●特にキール教授とアスカさんの生物のくだりに疑問は残る。

 ●が、それは自分の中で折込済みなので大した問題でもない。セイ、『エコ気取りのバカ』。

 ●重要なところも押さえてないし、シンジ君が鬼のようにヘタレの気がする。

 ●綾波さんらしさってなんだろう。

 

 

 

次回は2004年(五輪モード)@お、少し早くなった

 


テリエさんに頂きましたよ。

キター!
いや、もとい。
前回、予告が2006年って言ってたから3年も早まったじゃナイ。
こういうのを、嬉しい誤算っていうのよねい。


呪いとか呪いとか呪いとか――のろいと読まないように。
その手なら分かったりするんだけど、音楽はちょっと守備範囲外。
と言うわけで、読んだ人は私の代わりにちゃんと感想送信汁!


某所の住人達+X

どこか手造りの臭いがするメキシコあたりの安い酒。

カ:「手作りって言ったらやっぱりどぶろくだろ。なあ、大将」
シ:「そう?」
カ:「決まってるだろ。そうだ、今度あたしと飲み比べしようぜ」
シ:「お前と?」
カ:「あたしとだよ。でよ、もしあたいが勝ったらその…ひとつ頼みがあるんだ」
シ:「ほう、じゃあ俺が勝ったら一日人体実験だな」
黒:「…いや、君らそれ違法」



口から出ていった言葉は誰にも届かず、壁に当たって床に転がるのは届かなかった想いの死骸。

さ:「あの、届いても届かない場合はどうすればいいんでしょう」
黒:「まあ、そら色々ありますけどね。でも、シンジ君が悩んだ挙げ句、どっちも選べないとか言ったらどうします」
さ:「つまり、最低の優柔不断ってことですか」
黒:「男の燃え滓みたいなもんです」
さ:「やっぱり斬っちゃうしかないですよねえ」


缶ジュースを渡しながら、声だけは平坦にシンジが言った。

シ:「アスカ愛してる、ずっと側にいて」
ア:「ちょいとシンジさん、声が裏返ってますけど」
シ:「あれ?平坦な声を練習してみようと…フギャ!」
ア:「一生伸びてろ!」


唇が触れる寸前で、レイが目を伏せた。

黒:「いやよいやよも以下略、とは遠い昔の話だ」
シ:「と言うと?」
黒:「夫婦間の間でもレイプは成立するし、ましてこの場合ならされたレイ嬢が、後から謝罪と賠償を求めかねない」
シ:「どっかのチョンじゃあるまいし、それはないと思う。じゃ、俺はこれで」
黒:「どこへ?」
シ:「キスしても何しても、絶対怒らない女医(ひと)のとこ行って抱かれてくるの」
黒:「…抱かれる?」


そしたら『へぇ、すごいですねぇ』だって。もうホントに頭来てさ、『じゃあお見せしますわ』って机思いっきり蹴りあげてやったのよ!

黒:「君が知ってるか知らないか知らないが、スーツの場合はガーターベルトにストッキングと決まっている」
シ:「そうなの?」
黒:「そう。ついでに、底が割れてるショーツが原則だ。トイレの時その方が楽だか…」
シ:「どしたの」
黒:「あそこで宙を見上げて頬を染めて何やら妄想してる娘がいるが」
シ:「いいのいいの、気にしないで(また恥をかかせおって)」


>「さすが、結婚式にお婿さんに逃げられた人の言うことは説得力ありま・・・ごめん」

シ:「せん、なのかなあ。それともす、なのかなあ」
ア:「どっちだって、結構失礼じゃない?」
シ:「そう?」
ア:「シンジはそう思わないの?」
シ:「所詮式場で逃げられる女なんて、一生面接会場で椅子蹴ってパンツ見せてるのがお似合…ふげ!」

>先日のリツコと加持の会話に興味を持ち、ダメ元で書類を申し込んだ『高等生物研究所ZEELE研究員募集』。

U:「粘着UZEEEE!」
ア:「あー、無視無視。ところでさ、どの辺から高等生物になるのかしらね」
さ:「それはやっぱり、可愛くて頭も良くて、剣技に長けた女の子でしょ」
ア:「あーら、そうかしら。あたしはやっぱりクォーターで賢くて、やたらと剣を振り回したりしない子だと思うけど」
フーッ!
シ:「あの、あそこで放置に耐えかねて首吊ってるんだけど…」


>体中が心臓になってしまったかのようなまま抱きしめられていると、シンジはあっさりと体を離した。

チクッ。
ア:「人の爪先を針でつついて何してんのよ」
シ:「あ、いや今ならさくっと逝くかなあ、って」
ア:「へーえ?」
シ:「だって全身心臓って言ってるから。ちょっと実験してみようかと…あ、あのアスカ?ちょっと待って話せば分か…ウギャー!」



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