SUMMER WALTZ 

7th story The first part: A Heart Work_A

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒカリを部屋に上げて詳しく話を聞いたあと、シンジは死んだようにぐったりしてしまった。

 ヒカリも思い詰めて、目を泣きはらしている。

 二人に挟まれたアスカは、耐え切れなくなってふたりに話しかけた。

 

「あの・・・さぁ」

 

「えっ?!」

 

 ヒカリが敏感に反応して、アスカの方をパッと見た。

 

「あ、いや、大丈夫よ、大丈夫。

だってジャージよ?

あんなお嬢さんを、あったその日にどうこうなんて、ねぇ?」

 

 話をシンジに振ったが、それは酷というものです。

 案の定、彼はお通夜のような表情をしながら呟いた。

 

「・・・どうかな・・・手、早いって・・・言ってたし・・・」

 

「・・・・・・そーんな話を信用したのぅ?

アイツは頑固一徹、プラトニックラバーメン!

ねぇ!ヒカリィ?」

 

 アスカはヒカリを見た。

 彼女は彼女で葬式のような表情でノーリアクションのままだ。

 バカな幼なじみと大バカな自分のせいで、針のむしろに座ることになったアスカは自業自得を反省した。

 黙祷。

 が、二秒後いたたまれなくなって再起動。

 

「だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

絶対大丈夫だって!なにもない!

アタシが保証する!!」

 

 そんな保証に安心する人は古今東西どこにもいません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同刻。

 トウジはレイの部屋に居た。

 殺風景なレイのマンションは必要最低限な家具もなく、中央に置かれピアノと床に散らばった楽譜が空き部屋でないことを証明していた。

 色の褪せたソファーに体を固くして座っているレイにトウジが訊いた。

 

「ホンマにええんか?」

 

 いつになく真剣な表情をしている。

 

「・・・・・・」

 

 レイは黙って微動だにしない。

 それをどう受け取ったのかトウジの顔がゆっくりとレイに近づいていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たとえ人生に何が起こっても明けない夜はない。

 誰も待ってやしないのに必ずやってくる脳天気な朝日。

 その元気溌剌ぶりが時にはとってもいい迷惑なのを太陽はわかっているんだろうか。

 いつか問い詰めてやりたいと思う。

 

「どうしたの?その格好」

 

 朝のコーヒーを飲みながら、シンジは紺のスーツを着込んだアスカを見た。

 

「面接、いくつか会ってくれるとこあったから。

アタシもそろそろ職つかないと」

 

 家賃もいれられなくなっちゃう、とアスカは笑った。

 

「なるほど」

 

「眠れなかったんでしょ?」

 

 シンジははれぼったい目をしていた。

 

「・・・そうやって、人見透かしたようなこと言わないでよ」

 

「悪かったわね」

 

「しかし、どうしてこの人は、こんなところで寝てるんだろう」

 

 タオルケットにくるまったヒカリが、グランドピアノの下で寝息をたてている。

 結局彼女は、このマンションに泊まったのだ。

 アスカが言った。

 

「狭いとこが落ち着くっていうからさ」

 

「・・・・・・」

 

「ジャージに迎えにこさせよう」

 

 電話をかけようとするアスカをシンジが止めた。

 

「寝させといてあげたら?」

 

「えっ?」

 

「明け方になって、やっと寝たみたいだから」

 

 やっぱりシンジは優しい。

 しみじみと泣くヒカリ、なだめるアスカ、少し離れて様子をみているシンジ。

 そんな状況が数時間続き、ヒカリの『すこしだけ一人にして』という言葉でアスカは自室に戻った。

 ヒカリの希望を叶えた形ではあったが、その場から逃げ出したかった気持ちは否定できない。

 でも、シンジは自分が去った後もヒカリをずっと見ていたのだろう。

 自分の方がよっぽど一人になりたいだろうに、泣いている女の子を一人にしてはおけなかったのだろう。

 その思いやりに、アスカはちょっとキュンときた。

 

「・・・さしいんだから」

 

「ん?なんか言った?」

 

「ううん、何にも。

・・・まぁ、来たの夜中の3時くらいだもんね」

 

「僕も眠いよ」

 

 そうやって疲れた顔で笑う。

 その表情に今度はグッと来た。

 ぐったりソファーに寝そべったシンジに、アスカは思い切って話しかけた。

 

「ねえ」

 

「ん・・・?」

 

「あの、ホントに鈴原と綾波さん、何もないと思うよ」

 

「・・・いいよ」

 

「・・・・・・・」

 

「面接、遅れるよ」

 

「・・・いってきます」

 

 シンジに促されて仕方なくアスカは家を出た。

 

 

 

パタン・・・

 

 

 

 

 いつもと違い、静かに閉まるドア。

 

「いってらっしゃい・・・」

 

 聞こえないように呟く。

 そして聞こえないようにもう一言。

 

「・・・ありがとう」

 

 昨日ヒカリの傍にずっと居たのは優しさからなんかじゃない。

 泣いている女の子をじっと見ているなんてどう考えても趣味が悪い。

 ひとりで泣かせてあげるのがマナーってもんだろう。

 それじゃ何故そこに居たのかと言えば ――― 逃げたくなかっただけだ。

 逃げなかった、でもだから何だというんだろう?

 

 『逃げちゃダメだ』

 

 そう一人で呟いていた少年時代を引きずっているだけだ。 

 

「バカだな・・・いつまでこだわってるんだ」

 

 でも、アスカを見ていると逃げなくて良かったと思うことができる。

 今朝なんて自分と話すのも気まずいだろうに、アスカは話を誤魔化したりしなかった。

 反省はしているが、後悔はしていないのだろう。

 そんな男前なアスカを見ていると、自分も許せる気がした。

 

「有り難う」

 

 頭の中で言葉を漢字に変換しながらもう一度呟く。

 アスカのように有ることは難しい。

 アスカを見ていると本当にそう思う。

 

『アスカにはありがとうだよ』

 

 気持ちを言葉にして後悔することが多い自分にしては、めずらしく言って良かったと思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 面接を終えたあと、アスカは水族館に居た。

 家に帰り辛いということもあるが、何故に水族館かと言えば普段来ないようなところに来たいような心境だったからだ。

 しかも、ショーもやっていないイルカショーの観客席。

 面接の結果はつまりそういうことだ。

 

「アスカ」

 

 振り返ると、リツコが居た。

 

「リツコ・・・」

 

「どうしたの?こんなところでそんな格好」

 

「あぁ・・・面接してきたの、でも、だめだわ、また。

出てくるのは結局パパの話、『ところで、お父様の・・・』

な〜にが『ところで』よ!

最初っからそれが聞きたかったクセに下手に気ぃ使ってくれちゃって、気分悪いったら!

・・・ってアンタこそなんでここに居んのよ?」

 

「たまたまよ」

 

「ウソつけ」

 

「あら、よくわかったわね」

 

「わかんない方がどうかしてるっつーの」

 

「確率、統計、行動分析的にその見解は正しいわね」

 

「・・・アンタ、暇なワケじゃないんでしょ。

こんなとこで油売ってていいワケ?」

 

「確かに暇ではないわね。

けど油を売ってるわけでもないわ。

ここに来たのは用事があったから、これは本当に偶然。

見かけたアナタに声をかけたのは私の選択ね」

 

「へ〜探知機でも仕掛けられてんのかと思った」

 

「・・・・・・」

 

「そこで何で黙るのよ!否定しなさいよ!」

 

「・・・ソンナワケナイジャナイ」

 

「・・・なんで棒読みなのよ」

 

「あら、信用ないわね。

大丈夫よ、アナタには仕掛けてないわ」

 

「『アナタに』って・・・まさか、アンタ」

 

「・・・・・・・」

 

「・・・友人として忠告しておくわ、『他人にバレてまずいことはアタシにも言わないで』。

友人を警察に突き出すような真似は流石に心が痛むから」

 

「大意は『関り合いになりたくない』そういうことね?」

 

「わかってくれてすっっっごく嬉しい。

で、なに用事って?

猫のエサでも探しに来たワケ?」

 

「猫が魚が好き、というのは偏見ね。

猫の狩猟能力で魚を食物にすることはとても困難なことなのよ?

そもそも人間に最も近い猛獣である猫は古代エジプトで・・・」

 

「ハイハイハイハイ!で、結局何しにきたのよ?」

 

「昔からの友人に会いに」

 

「へー魚貝類に知り合いが?」

 

「惜しいけど違うわね」

 

「じゃ、ペンギン?」

 

「似たようなものかもね」

 

「ふーん・・・」

 

 茶化すのをアスカは止めた。

 こんなリツコの表情をアスカは知らない。

 怜悧な教授でも、マッドな科学者でも、オモロイ友人でもない。

 憂いを含んだその表情は良い意味で年上の女性を感じさせる。

 自分の知らない彼女だけの大切な宝物をこっそり眺めているようなリツコが少しだけ羨ましい。

 自分はそういうものは持っていないから。

  

「彼よ」

 

 リツコが指差す先には老いで芸を出来なくなったイルカが静かにプールの中でまどろんでいた。

 

「年上?」

 

「同い年よ?」

 

「ふーん・・・じゃ、やっぱりおじいさんなんだ」

 

 イルカのことは良く知らないが、リツコと同じ歳のイルカはイルカ的には年寄りの部類に入るような気がした。

 風格たっぷりのこのイルカとマッドサイエンティストが友人というのはとても納得できることだ、とも。

 

「アナタね・・・」

 

「ね、紹介してよ」

 

 嫌味を言われたと思っていたリツコはアスカの特に含んだところも無い言い方に首を傾げた。

 

「?・・・まぁ、いいわ、加持君!」

 

 イルカがこちらを向いた。

 意思の篭ってると信じられる眼。

 何だかアスカはうれしくなった。

 

 なのに。

 

「やぁ、リッちゃん久しぶり」

 

 何故か返事をしたのは最前列でイルカを眺めていた自分と同じ暇そうな男だった。

 

「久しぶりね、加持君」

 

 <そうよね・・・いくらリツコでもイルカと知り合いなワケないじゃない>

 

 夢想、というか現実から離れたがっている自分の心に小さな自己嫌悪を感じる。

 でも、小さなファンタジーを壊されたアスカは特には落ち込まなかった。

 それは、紹介された男の笑顔に惹かれたからなのかも知れない。

 人懐こいようで、距離を感じさせる微笑みはどこか浮世離れしていて少しイルカに似ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 話し掛ける必然性も立ち去るタイミングも見失ったアスカはイルカを見ていた。 

 少し離れた席でリツコと加持の会話を聞いていた。

 

「・・・人格移植OSと言っても所詮は連綿と続いた人間の固定観念の延長線上にあるもの、従来のOSの発展型に過ぎないわ。

それを次世代のコンピューターと呼んで果たしていいのかしら?次の情報処理の形はもっと革新的であるべきだわ。

シナプスやニューロンといったものだけを参考にするのではなく、もっと未知、いえ、既知であっても未導入の神経回路や脳の構造を参考に・・・」

 

「イルカの頭の中に用があるってワケか」

 

「・・・ええ、そうよ。

ただ、イルカがいくら『高等生物』だからといって所詮は人間と同じ哺乳類、その脳構造に大差はないわ。

私が興味があるのは彼らの思考形態そのもの、つまり彼らの『価値観』や『発想』よ」

 

「大分ぶっとんだ意見だな。人類の未来をイルカに助言してもらうなんて」

 

「そうかしら?」

 

「りっちゃんらしいと言えばらしい・・・かな」

 

「ありがとう。

で、協力してくれるの?」

 

「いや、謹んで辞退させてもらうよ。

オレはこいつらに食わせて貰ってる身でね。

これ以上迷惑をかけるわけにはいかないのさ」

 

「変わらないのね、そういうところ」

 

「変わったさ。美人の頼みも断れるようになった」

 

「確かに変わったわね。そんな見え見えのお世辞を前は言わなかった」

 

「ま、色々あったからな」

 

「お互いにね?」

 

 大人の会話だな、とアスカは思った。

 自分にはまだ過去をこんな風に語ることはできない。

 プライベートな友人に仕事の助けを求めることにも違和感がある。

 懐古も嫌らしさも感じさせないちょうど良いリツコと加持の関係。

 割り切っているだけではない何かがアスカには羨ましかった。

 

 自然と視線はイルカから二人にうつる。

 リツコの白衣と加持のくたびれたつなぎに白いTシャツというラフ過ぎる格好が対照的だった。

 彼は『イルカのお兄さん』にしてはかなり渋めで格好良すぎた。

 

 少し注視し過ぎたのだろうか、アスカの視線に気がついた加持はなにげなく、ん?とアスカの方を見た。

 アスカは不覚にもニコッと笑い返してしまった。

 面接モードから抜けきれない条件反射の笑み。

 あるいは女の悲しいサガ。

 どっちにしても難儀な話だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美味しいですか・・・・・・・?」

 

 コーヒーを飲みながら、ヒカリは自分の作った目玉焼きを食べているシンジの顔を申し訳なさそうに見た。

 

「はい・・・美味しいです」

 

 シンジも思わず敬語で答える。

 

「そうですか。よかった・・・」

 

 ヒカリの様子は迷惑をかけたことを気に病みながら、どこか内側に篭っているようだった。

 

「私、目玉焼きって半生が好きなんです。

それに、ブチュッとお箸をさすと、にゅろぉって出て来る、あの時生きてて良かったなぁって思うんです」

 

 そう言うと不思議な笑顔を見せた。

 BGMは中島みゆきがよく似合う。

 恨みます。

 

「・・・・・・」

 

 どうしてだろう。

 シンジはなんだかとても怖くなってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、キミはどう思う?」

 

いきなり加持が聞いてきた。

 

「なにがですか?」

 

「俺達の都合であいつらに面倒をかけるってことを、さ」

 

 アスカをリツコの同伴者と見たのか揶揄するような質問だった。

 だが、腹は立たない。

 そういう質問に違和感を感じさせない男だった。

 他人を試すような裏に何かを含ませた質問がこの男にはよく似合う。

 

「迷惑かなんて、聞いてみなきゃわからないんじゃないですか?

厄介ごとに首を突っ込むのが好きなイルカとか、お節介好きなイルカとかいるかも知れないし」

 

 『はぁ?何言ってんの?』とでも言うようなアスカの表情。

 狙ったわけでもないアスカの感想に加持は感銘を受けたようだった。

 

「なるほど、迷惑だなんて決め付けることこそ人間の傲慢さか・・・すごいな、やっぱり」

 

「え?」

 

 自分を知っているかのような加持。

 どこかで会ったことがあっただろうか?

 記憶を探ろうとしたアスカの機先を加持が制した。

 

「じゃ、さっそく聞いてみるか・・・ペンペン!」

 

「クェ?」

 

 先程アスカがリツコの友人と勘違いした老いたイルカが気の無い返事で答えた。

 こちらを見もしないで仰向けで悠然と浮いている。

 俊敏で優雅に水の中を泳ぎ回るイルカのイメージと懸け離れたその格好。

 だが、なんだかとても気持ちがよさそうだ。

 

「おーい、ペンペーン?」

 

「アギャ」

 

 ペンペンと呼ばれたイルカはうるさい、とでも言うように身を翻し水の中に潜ってしまった。

 その時、彼の背中に何か妙なプレートがのせられていることに気がつく。

 

「・・・あれ、なんですか?」

 

「ああ、日課なんだよ。毎日このくらいの時間に日光浴するのがお気に入りでね」

 

 微妙に話をはぐらかされてしまった。

 

「いや、そうじゃなくて、あの背中の・・・」

 

「まったく・・・初対面の女性に失礼なヤツだな」

 

 また、はぐらかされてしまった。

 もしかして聞いてはいけないことだったのか、とリツコの方を見る。

 

「お楽しみのところを邪魔しちゃったみたいね。

出直すことにするわ」

 

「そう言ってくれると有り難いね。

今度来る時までにはアイツに美人へのマナーを教えておくよ。

そうだな、火の輪くぐりのひとつでもさせようか?」

 

 人を食ったような笑顔、だが嫌味は無い。

 

「できるの?あんなモノつけてるのに」

 

「赤城、惣流両氏のご要望とあらば。

それにアレは生命維持装置といっても補助的なモンさ。

外敵もいないここじゃ、ホントは必要ないアクセサリーみたいなもんだ。

アイツが妙に気に入ってるから付けてるだけ」

 

 軽い口調に含まれた重い理由。

 しまった、と言う顔をするアスカ。

 

「あの・・・アタシ・・・」

 

「練習しとくよ、火の輪潜り。

気が向いたら、また来てくれ。」

 

 加持は笑顔で会話を打ち切ってきた。

 それは『もう帰れ』という感じではなく、『今日の出し物はここまで』といった人をからかうような口調だった。

 

「そう?じゃ、また」

 

「え・・・」

 

 呆気なくリツコが踵を返せば、連れであるアスカもそれに倣うしかない。

 ちらり、と後ろを振り返ると加持は笑顔で手を振っていた。

 よくわからない人だ。

 はぐらかされてるのか、からかわれているのか、それとも試されていたのか。

 全然わからなかったが、嫌ではなかった。

 それにイイオトコだ。

 

 アスカの周りにはイイオトコは居なかった。

 カオルはカオルだったし、トウジはトウジ、シンジはどうやってもシンジだった。

 時田は・・・論外。

 誰をとっても男と意識する前に個人名が先に来る。

 加持は彼女にとっての久々の『男』を先に意識させる異性だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・あの、いいよ、そんな」

 

 食器を洗っているヒカリにシンジが声をかけた。

 

「気にしないで、せめてものお詫び」

 

 努めて明るくヒカリが言う。

 

「あの、帰ったほうがいいよ。きっと、鈴原君から連絡くると思うし」

 

 無神経かもしれないが口にだす。

 気休めにしか聞こえないこのセリフをシンジは自分にも向けていた。

 

「・・・・・・もう二度と会えない気がする、なんてね」

 

 自虐だけではない深い呟き。

 

「それって・・・どういうこと?

綾波と駆け落ちしちゃうってこと?」

 

「駆け落ち、好きなの。

鈴原って・・・」

 

 何かを思い出している遠い眼。

 そういえば最初の駆け落ちの同伴者は彼女だった。

 

 『ホント、バカなんだから』

 

 懐かしさ、悲しさ、寂しさ、そして愛しさ。

 色々なものを混じったそれはトウジとヒカリの間にしか持ち得ない何か。

 ヒカリは昔彼を『鈴原』と呼び、今では『トウジ』と呼ぶ。

 その時々で、鈴原トウジは彼女にとって『幼なじみ』であったり『男友達』であったり『恋人』であったりしたのだろう。

 自分とレイの間にはそれがない。

 綾波レイという人のことでわかったことはあるけれど、綾波レイという女性はまったく知らない。

 羨ましい、と思ったが流石に不謹慎なのでもうひとつの感想を心の底から吐き出す。

 

「怖いこと言わないでよ・・・」

 

「帰ります」

 

 食器を洗い終えたヒカリは玄関の方に向かった。

 

「あの・・・もし鈴原君から連絡あったら電話くれるかな。

僕もその・・・心配だし」

 

 ためらいながらもシンジが頼むと、ヒカリはシンジにはわからない種類の笑顔で呟いた。

 

「・・・・・・碇君、綾波さんが好きなのね」

 

「・・・・・・」

 

「私たち、似たものどうしね」

 

「・・・・・・かな」

 

 見も蓋も無く言われてしまったのでそう答えたけれど、違うのだ。

 ヒカリは傷ついてもいい。

 トウジはヒカリの気持ちを知っているのだろうから。

 だが、レイは自分の気持ちを知らない。

 これで被害者ぶってたらただのバカだ。

 

 傷つきたいと思った。

 傷つけたいとも思った。

 ここまで来てやっと。

 

「お互いつらいですね」

 

「・・・大丈夫だよ。僕は何もないと思う」

 

「私は甘いと思う」

 

「・・・言っちゃうんだ、それを」

 

「電話、しますね」

 

 そう約束してヒカリが帰っていった後、シンジは音楽教室に行く支度をした。

 しっかり留守番電話をセットしてから彼は家を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                       第7話:心のつくりしもの <前編>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水族館の後、アスカはリツコと一風に行った。

 親の仇かという勢いでラーメンを食べるアスカと、ドンブリに差した温度計をじっと睨むリツコ。

 アスカが女性としては新記録のタイムで完食して隣を向いても、まだリツコはそのままだった。

 猫舌なのだろう。

 

 店内から浮きまくってる自分達の容姿と行動をどちらも気にもしていない。

 アスカはどこかボーっとしていて、リツコは・・・まぁそもそも他人の目を気にしない人だった。

 

 やっと、適温になったのかリツコがようやく箸を割る。

 と、アンニュイなアスカが口を開いた。

 

「ねぇ・・・リツコ」

 

「なに?」

 

 大分冷めたラーメンをそれでも熱そうに食べながらリツコは聞き返した。

 

「あのイルカのお兄さんってさぁ」

 

「ブッ・・・イルカのお兄さんって加地君のこと?」

 

「そうだけど?」

 

「プッ・・・フフフ、イルカのお兄さん?加地君が?

フフフッ・・・ゴホッゴホッ」

 

 ツボにはまったのか咳き込むまで笑われた。

 

「なによぅ?」

 

 バカにされたようでむくれるアスカ。

 咳き込むのが終わった後、真顔でリツコはアスカに向き直る。

 

「ねぇ、アスカ、加地君って結構いい男でしょう?」

 

「なによ・・・いきなり。

でも、まぁ、かなりいい男の部類に入るわよね。

アンタの知り合いってのが信じられないくらい」

 

「調教されたい、とか思った?」

 

 

 

 ガシャーン

 

 

 

 最近ではすっかり常連になった美女二人に聞き耳を立てていた一風店長 吉田 タクロウ(ラーメン一筋34年)が落した中華鍋の音が、

 店内に鳴り響いた。

 

「・・・思わないわよ。

アンタね、頭ん中に発情期の猫でも飼ってるわけ?」

 

「冗談よ、冗談」

 

「・・・冗談ならもっとオブラートに包みまくっていいなさいよ!

せっかくアタシが『女』入った会話振ってるんだから、遠まわしにエスプリを効かせた小粋なジョークを返すくらいしなさいよ!

ほら、見なさい!店長なんか真っ赤になっちゃって引いてるじゃないの!

っていうか『何怒ってんの?いっつもこんな会話じゃない?』みたいなその真顔をやめろー!!」

 

「笑わせる人間が笑ってはいけない、ヒトシ・マツモトは偉大よね」

 

「・・・てんちょ、ビール」

 

 匙を投げる。

 どうやら今日のリツコは機嫌がいいらしい。

 こんな時はリツコのペースで話を進めるしかないのだ。

 

「狩人よ」

 

「ハァ?」

 

 8時ちょうどのあずさ二号?

 

「狩人、ハンター、それが加地君の仕事。

一年中海外を飛び回って希少な海洋生物を追いかけ、捕獲したのをああいう水族館に売ってるわ」

 

「それって・・・」

 

「違法じゃないわよ?

水族館とか動物園がある以上、そんな職業だって当然必要でしょう?

『自然界の生き物を身近に感じさせることで動物愛護の精神を育む』

そんな建前だって一応はあるんだから、学術活動の一環とさえ言えるわ。

現に加地君は生物学の博士号を持ってるし」

 

「・・・・・・・」

 

 でも、ひどく矛盾している気がする。

 加地がイルカを『獲物』として見ていたとはとても思えなかった。

 

「私達はとても幸運なのかもしれない。

興味があるもの、研究対象になんの同情や敬意や共感すらも感じなくて済むんだから。

もう少しAIが進化して、意思に近いものを持ち始めたらそうも言えなくなるかもしれないけど。

生きているものを相手にするってのは大変よね。

ただ調査や観察するだけでも、生態系は乱れそこは『自然』ではなくなってしまう。

知りたい、近づきたい、傲慢かもしれないけど守ってあげたい?

でも、知りたいと思えば思うほど、近づけば近づくほど相手は傷ついて、その本来の姿を変質させていく」

 

「・・・・・・・」

 

 アスカは黙って聴いていた。

 最近、似たようなことを言っていた誰かがいたことを思い出しながら。

 

「自然を大事に、なんて言ったってそれは結局人間に都合の良い自然。

ヤブ蚊だらけで獣くさい草むらに誰が好んで住むの?

研究はどうやって自然を人間の都合の良い環境に作り変えるかの下調べ、自然保護なんて言ったって結局は人間のエゴ。

全て人間の都合だそうよ。

加持君は言ったわ『だから俺は俺の都合でやることにするよ』って」

 

 そこから始まった加持の経歴は波乱に富んだものだった。

 最初に職に就いた、門外漢であるアスカでも知っている著名な海洋研究所を『見ているだけじゃつまらない』と辞めた。

 次に行ったのは、自然保護のためなら軍艦に体当たりも辞さない超過激自然保護団体『ブルーアース』。

 『人間同士の主張ばかりで当事者のいない欠席裁判』を見せられているうちに興味がなくなり、辞めた。

 フリーのカメラマンにもなったが、すぐに『断片を切り取るだけ』に飽き足らなくなった。

 そして、流れ流れてハンターに辿り着いた。

 彼が言うには『敵としてでも対等な場所に居られるのだから悪くない』のだそうだ。

 人間と動物にとってそういう関係が一番自然なのかもしれない。

 

 リツコの語る加持は飄々と自分の思うままに職業を変えていった。

 だが、アスカには加持のその奥に潜む彼の苦悩がわかるような気がした。

 矛盾する思いや葛藤、優先順位をつけ切り捨てていかなければいけない理想。 

 傲慢や身勝手さを知りながら自分の道を選び、矛盾や苦悩を内在させたまま進んでゆく。

 そこまで思いが及んだのは、今、身近にそういう悩みを持っている同居人がいるからかもしれない。

 彼もいつか加持のようになるのだろうか?

 とてもそうは思えなかった。

 アイツは何ていうか、弱いままで自分の道をおっかなびっくり歩いていくような気がする。

 悩むたびに立ち止まって、答えを探しに後ろへ戻っていくような滑稽な誠実さが似合うような感じ。

 ずいぶんとかっこ悪い言い草ではあるが。

 

 似ていて、重ねてしまうけれど加持とシンジは根本的に違う。

 感じかたは一緒でも、それをどう表現するかがこの二人を分けている。

 

 加持は強くて悲しいと思う。

 シンジは弱くて優しいと思う。

 

 どちらも好意的な評価であり、比べられるものでも比べていいものでもないと思う。

 でも、憧れるなら加持だ。

 決断して、行動して、失敗して、反省する生き方。

 自分と他人の矛盾と戦っている。

 アスカの理想に近い人間像がそこにあった。

 逆にシンジの『戦わない』生き方はアスカには理解できない。

 自分の見ている風景がシンジには違って見えているのではないか、と思うことさえある。

 それが、たまにとても悔しくもあったりもした。

 シンジなら加持をどんな人間だと判断するだろうか。

 

「わっけわかんない」

 

 そんなことを考えている自分を、アスカは自らの呟きで制した。

 比べていいものではない、と言いつつ比べている自分は何様なのか。

 たまたま偶然出会っただけの、友人でも恋人でもない男性達を偉そうに評価して、人生の指標にしてしまいそうな自分の思考が可笑しかった。

 まだ酔ってはいないはずから、今日の面接でかなりへこんでしまってそんなことを考えてしまっているのだろう。

 そう思うことにした。

 

「興味あるみたいね」

 

「ま、かっこいいとは思うわよ」

 

 素直な感想だった。

 今の段階でそれ以上言いようがない。

 次の段階があるとも思えないが。

 

「つまらないわね・・・もう少し若さのある反応してくれない?」

 

「顔を赤らめて、『イヤンイヤンリツコのバカン♪』とでも言えって?

アタシだって言ってみたいわよ。

その雰囲気をぶち壊したのはどこの誰だっつーの。

大体、アンタと付き合ってるアタシに若さを求めるのに無理があるの」

 

「鈴原君は中々の若さだったらしいわね」

 

「・・・なんで知ってんのよ」

 

「壁に耳有り、障子に目有り」

 

「・・・今度は盗聴器?」

 

「あら、よくわかったわね」

 

「嘘つけ。アンタがそんなことして喜ぶ人間ならわかりやすくて良かったんだけど」

 

 発信機はよくても盗聴器はリツコの美意識が許さないらしい。

 

「洞木さんから連絡があったわ。

愚痴も泣き言も言わないで、『鈴原そっち行ってますか?』それだけの電話。

誰かに話さずには居られなかったんでしょうね。

本当にあなた達って我慢するのが上手で、お姉さんがわりの私としては寂しい限りよ」

 

 お姉さんがわり?

 冗談じゃない。

 極稀にそんなこともあったかも知れないが、こっちは隠しギミック満載の暴れ馬に乗っているカウボーイの気分だわ。

 と言ってやりたいところを飲み込んだ。

 ヒカリをそんな風に追い詰めた責任の発端になったのは自分だ。

 そのフォローに回った形になったリツコへの謝意みたいなものがあったから飲み込んだ。 

 

「色々あるから」

 

 変わりに加持がリツコに向けて言った言葉を意識して呟いてみたが、うまくいかなかった。

 まだまだこういうセリフを吐くには未熟らしい。

 でも、本当に色々あるのだ。

 トウジもヒカリも、何故か親友のヒカリへよりも単なる同居人なだけのシンジへの罪悪感が上回ってしまう自分にしても。

 

「お互いにね?」

 

 未熟な気持ちと言葉にも、リツコは加持の時と同じ言葉を返してくれた。

 リツコが『お姉さん』に見えた。 

 暴れ馬なんて失礼な例えをしたことを心の中で謝罪する。

 

「そうよ、色々あったんだもん。

いくらジャージでも成長してるはずだし、心配するようなことは何もないわよね」

 

「でも、朝まで帰って来なかった・・・か」

 

「うん・・・」

 

「・・・やってるわね」

 

「は?」

 

 聞き捨てならな過ぎな言葉を『お姉さん』が呟いた気がした。

 

「だって、少なくとも夜中の3時までは鈴原君は帰って来なかったんでしょう?

してるに決まってるじゃない」

 

「ちょっと?」

 

 思ってはいても言ってはいけないことってあると思う。

 この女性はやっぱり暴れ馬だった。

 

「あら、アナタは何もないと思うの?本当に?」

 

 そう問われてしまえば、気休めは消え失せていくしかない。

 もたげて来るのは最悪のシナリオ。

 

「・・・やっぱり・・・そう思う?」

 

「確率、統計、行動分析学的にも証明できるわね」

 

「やっぱ、そうかな・・・」

 

「『機を見てせざるは雄無きなり』ね」

 

「いくらジャージつっても男だし・・・」

 

「野獣よね、直感で動くタイプ」

 

 サッカーグラウンドでの本能に任せた前に出るプレースタイルを思い起こせば、アニマルトウジは想像に難くない。

 想像したくない状況ランキング第7位「子供のころからの知り合いのそういう姿」がアスカの頭の中で展開され始める。

 

「うわ・・・」

 

 アスカが耐え切れず呟きを漏らす。

 

「うわ・・・」

 

 何故かリツコも同じようにうめいた。

 不思議に思って顔を上げると、予想以上に不思議な光景が飛び込んでくる。

 

 綾波レイが居る。 

 

 アスカは眼を剥いた。

 レイはこの店を知っている訳だし、晩御飯を食べに来てもおかしくはない。

 だが、脳が理解を拒んでしまっている。

 有り得なくはないけれど、何もこんな時にこんな偶然なんてなくていいのに。

 呆然としてリツコと顔を見合わせているアスカに向ってレイは挨拶をしてきた。

 

「やっぱり、ここだった。

マンション行ったらいなかったから」

 

「・・・・・・えと・・・アタシ?」

 

 アスカは目を丸くしたまま、自分を指差した。

 

「ええ」

 

「・・・・・・・?」

 

 自分に何の用事なのか?

 ちょっとヤな予感がする。

 

 挨拶をしただけで黙っているレイに、リツコは身を乗り出していきなり確信をついた。

 

「で、鈴原君とは・・・したの?」

 

 レイは、コクンと頷く。

 アスカは真っ青になった。

 

「私、変わった?」

 

 パッと見は相変わらずの無表情だったが、頬がうっすらと染まっている・・・気がする。

 

「・・・ああ、なんか女っぽく、ねぇ?」

 

 仕方なくアスカはリツコに同意を求めた。

 

「で、話を聞いてもらいたくてアスカに会いに来たの?」

 

 リツコが突っ込む。

 

「・・・・・・・」

 

「黙ってちゃわかんないわよ?

どんな風にしたの?何時?何処で?どういうシュチエーションで?」

 

 リツコは詳しい話を聞きたくてたまらないらしい。

 

「・・・・・・あなた誰」

 

 レイはリツコの勢いにたじろぎながらも、この見知らぬおばさんに言葉を返した。

 それでも、勢いの止まらないリツコをアスカが制する。

 

「リツコ、そんな訊き方じゃ話したくても話せないわよ」

 

「・・・そう?」

 

 リツコは不満そうな声を出す。

 

「私、どうしていいかわからなくて」

 

 レイの話は中々要領を得ない。

 

「あっ!!」

 

 アスカがいきなり大声を出す。

 

「何?アスカ」

 

 リツコが訝しげにアスカを見る。

 

「綾波さん、ウチ行ったのよね?ウチ!アタシんチ!」

 

「ええ。でも誰も居なかったから、ここだと思って」

 

「ああ・・・よかった。ヒカリと鉢合わせするとこだった」

 

 アスカは胸を撫で下ろしてひとりごちた。

 一向に話が進まないことにじれったくなったリツコは本題を切り出した。

 

「それで綾波さんはどうしたいの?アスカの幼なじみとちゃんとお付き合いしたいの?」

 

「ちょっと、そういう言い方、やめてくれない?まるでアイツの不始末はアタシの責任みたいじゃない!

別にアイツの親でも、姉でも、保護者でもないんだからね!

大体責任って言ったらリツコの方が・・・」

 

「不始末・・・そう・・・私、不始末なのね?」

 

 ボソッとレイが呟いた。

 

「えっ、あ、違う。まさか、そんな。そういう意味じゃなくて」

 

 あたふたと否定しながらも、アスカは動揺が隠せなかった。

 不始末。

 そう思う部分はどうしたってある。

 でも目の前のレイを見ていると、そんな感想が大変申し訳なくなってしまう。

 レイは悪くない。

 悪いのはジャージだ。

 

 死なす。

 

 でも死なしたところで事体は好転しないんだろう。

 どちらかといえば悪くなる気がする。

 つまりはアスカにできることは何もないんだろう。

 けど、相談されちゃって、頼られちゃって。

 超重い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特に実りのある会話もなくレイと別れた。

 あっちから何も言ってこないんだからそれも当然。

 恥ずかしくて相談できないんじゃなくて、どう相談していいのかわからないんだから押しても引いてもどうしようもない。

 レイは不安そうで、リツコは不満そうではあったが、お互いに整理してからもう一度ということでなんとか納得してもらった。

 してもらったはずだがレイと別れた後もあーだこーだとピンクな推論を並べ続けるリツコに念を押すことにした。

 念書くらい書いてもらった方がいいかもしれない。

 そう思ったアスカはシンジのマンションにリツコを引きずり、死ぬほどの念を押している。

 

「絶対、絶対、ぜっっっっったい、シンジに言っちゃダメよ!」

 

「言わないわよ」

 

「アンタ、地雷踏みまくるから」

 

「そんな人をゴジラみたいに。

でも避妊はしたのかしら?」

 

「何ィ!!?」

 

「避妊よ、避妊。ほら、鈴原君てそういうの気にしない感じしない?

後先考えないで感情優先なところあるじゃない」

 

 えぇ、思い当たる節が山のように。

 

「う・・・いや・・・ダイジョブ・・・そうよ!昔アイツ財布の中にコンドーム入れてたの見たことあるし!」

 

「必要の無い時は常備してるのに、ほんとに必要のある時にはどこにもないモノって結構あるわよね。

晴れた日の折りたたみの傘とか、中学時代のコンドームとか」

 

「うぅ・・・でも綾波さんが・・・」

 

「あら、あのお嬢さんがそんなこと言い出せるとでも?」

 

「・・・・・・」

 

 アスカは泣きそうになった。

 

「でも、綾波さん大丈夫かしら?ねぇ、そういえば洞木さんと鈴原君、今頃修羅場かしら?」

 

 リツコがまたエキサイトしだした。

 

「どーしてアンタはそういうことを嬉しそうに言うのよ!」

 

「あらやだ、ひどい言いがかり」

 

ガチャ

 

 いつもの険悪な雰囲気が立ち込めようとした時、玄関で鍵の開く音がする。

 アスカは緊張して身を強張らせた。

 

「あ、帰ってきたわね」

 

 リツコはごっつ嬉しそう。

 玩びがいのあるおもちゃが手に入った、そんな感じ。

 

「ハーイ!おっかえりぃシンジ!」

 

 アスカがわざとらしく微笑みかける。

 

「おかえりなさい」

 

 リツコが何か企んでそうにニヤリと笑う。

 

「?・・・何か楽しそうですね」

 

「あら、そう?」

 

 そう言われてもう一度見ると、微笑むリツコ、それをものすごい勢いで睨むアスカ。

 

「・・・違うみたいですね」

 

 いつもの愛想笑いにもまるで力が無い。

 

「なんか暗いわね・・・」

 

 いつもの三倍は暗いシンジを見て流石のリツコも鼻白んだ。

 

「ちょっと疲れてまして・・・」

 

 それ以上は何も言わず、自分の部屋に入っていくシンジ。

 気ぃ使いのシンジがお茶の一杯も出さずに部屋に入っていく異常事態。

 

「何かを感じ取るのかしら。虫の知らせ?」

 

「リツコ、アンタ帰りなさい」

 

「いやよ」

 

「絶対、口を滑らせる気でしょ!」

 

「その可能性は否定したくないわね」

 

 シンジの部屋の前で揉めていると、ドアが開いてシンジが出て来た。

 

「あの」

 

「・・・ナニ?」

 

 いきなり話し掛けられてアスカはビクッと反応する。

 

「そこ、どいて」

 

「え・・・?」

 

「電話」

 

「電話、するの!?」

 

「いや、留守電が入ってるはずだから」

 

「誰から!!?」

 

「洞木さんから」

 

――――――

 

「鈴原君が戻って来たら、電話するからって」

 

 そりゃヤバイ。

 

「あーあーあーあー、あの、留守電、入ってなかったわよ。

だから、気にしなくてヘーキ!」

 

 アスカはさりげなくシンジの前に立ち塞がって、リツコの同意を求めたが自分で勝手にいれたコーヒーを啜るだけで、てんで役に立たない。

 どく、どかない、で揉めている二人をよそに、リツコは音も無く電話に忍び寄り現状確認。

 

「赤い点滅が繰り返されているわね」

 

「入ってるじゃないか」

 

 電話のところにたどりつこうとするシンジ。

 

「ダメッ!」

 

 アスカは執拗なマークで行かせない。

 彼の腕と頭を強靭なフィジカルで押さえつけ意地でも放さない。

 

「あの」

 

 そんな二人の熱いバトルは何処吹く風、リツコが淡々と声をかける。

 アスカが声を振り絞って言った。

 

「リツコ、消去ボタン押して!消去ボタン!」

 

「え?」

 

 その瞬間、リツコの瞳がキラリと輝いた。

 悪戯心満載の輝く瞳、生える猫耳、震える尻尾。

 でも、それはアスカの背後にあって、彼女には見えない。

 

「リツコ、早く!」

 

「でも、私、真実は知っておいた方がいいと思うの」

 

「しんじつって?」

 

 シンジがピクッと体を強張らせる。

 

「アンタは〜!」

 

 アスカが怒声を飛ばす。

 その緊張感がますますリツコの尻尾を歓喜で打ち震わせるのだ。

 

「だって、アスカ、いつかはばれるのよ?」

 

「ああもう!それ以上喋るんなぁ!っていうか、帰れ!」

 

 絶叫は止まらない。

 アスカの気がリツコの方に向いて力が緩んだ瞬間、シンジはアスカの脇をすり抜けた。

 そのまま滑り込んで再生ボタンを押す。

 

キュルルルルルル・・・

 

 テープの戻る音だけが室内に響き、三人の間に流れるは凍るような沈黙。

 

用件を再生します。

ピーッ

『シンジ君、元気かね?冬月だが』 

 

 朗々たるロマンスグレーの声に三人は思わず脱力した。

 

「誰?」

 

 アスカがシンジに訊いた。

 

「大学の先生」

 

「 『たまには学校に顔を見せたまえ。それではまた』

ピーッ。

『洞木です』 

 

 今度こそ来た。

 ヒカリだ。

 また三人の間に緊張感が走る。

 アスカがテープを止めようとしたが、シンジがすかさず阻止する。

 その手をアスカは払いのけられなかった。

 思いがけないような強い力と真剣な表情にアスカの手は止められてしまった。

 

『鈴原、帰って来ました』

ピーッ・・・

 

 平坦なヒカリの声からは何のニュアンスも読み取れない。

 

「これで、終わり・・・?」

 

 アスカは呆気にとられた。

 これじゃ言葉以上のことは何もわからない。

 

「表情が無さ過ぎて、まるで読めないわね」

 

 リツコも拍子抜けしている。

 何もわからない3人はまた沈黙した。

 

 

「なぁんだ、帰ってきたんじゃない。よかったよかった」

 

 アスカが、空元気を出した。

 

「真実を知った方がいいって・・・?

いつかばれるって・・・?」

 

 シンジの矛先がいきなりリツコに向いた。

 リツコは待ってましたとばかりに、瞳を輝かせていたが、シンジの肩越しに見えるアスカの滅多に見ない表情を見てため息をついた。

 

「・・・自分で確かめなさい。その方がいいわ」

 

 あんだけ煽っておいてそれもないものだが、そこは年上の妙、シンジを引き下がらせるに充分だった。

 それを見て、アスカはホッとして大きくため息をつく。

 ふたりの様子から、シンジは事情をなんとなく悟ってしまった。

 超遅い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れ時になるとクラブ『Under_Age』は夜の開店準備を始める。

 グラスを拭いているトウジを、ヒカリは上目遣いにちらちらと見る。

 その視線にトウジが気がつく。

 

「お帰り」

 

 責める訳でもなく、ただ想いを込めてヒカリが言う。

 

「オマエなぁ・・・さっきから何回言うとんのや?お帰りって」

 

「何回でも言いたいもの、お帰り・・・」

 

「オマエこそ昨日どこに泊まったんや?」

 

「秘密のアッコちゃん」

 

「・・・・・・」

 

 あんまりなことを真顔で言うヒカリにトウジは大きくため息をついた。

 

「・・・だから言ってるやろ、何にもしてへんて」

 

「目、見て言って」

 

「・・・・・・」

 

「・・・・・・」

 

 トウジはヒカリの目を覗き込むと、繰り返した。

 

「何にもしてへん」

 

「うそつき」

 

 そう言うとヒカリはどこかに行ってしまった。

 トウジが何をする気もなくて、女の子を送って行ったり、朝帰りをしたりするような男じゃないことをヒカリは知っている。

 男女の何かがあった、と決めつけているわけじゃない。

 何処か浮世離れをしているレイに何かをしてあげたくて傍に居てあげたんだろう、ともまだ信じていた。

 相談や励ましの先にある何かを疑う気持ちももちろんあるが、言い訳すらもしてくれない。

 ウソもついて貰えない自分はそこまで信頼されているのか、どうでもいいのだろうか。

 そうなことを思ってしまう。

 

「・・・・・・女の勘か」

 

 トウジは絶句した。

 いや、誰でもわかる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 晩御飯も食べず、シンジは部屋でもの思いに耽っている・・・ように見えるが実際には何も考えてない。

 あまりの出来事に思考が停止してしまっていた。

 何の物音もしない部屋に聞き耳を立てていたアスカが、ついに焦れてドアの外から話し掛ける。

 

「おにぎり・・・食べようと思って作ったの。余ったからここ置いとくね」

 

 シンジから返事は無い。

 アスカは心配になって、もう一度声をかけた。

 

「・・・・・・生きてる?」

 

「わからない」

 

 声が聴けたことにホッとしたアスカは今日始めて自然に笑えた。

 

「少しでもいいから食べなさいよ」

 

 それだけ言うと不恰好なおにぎりを載せた皿を戸口に置いて部屋に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冬月教授が『あの』ラフマニノフのピアノ協奏曲第3番を難しい顔をして弾いている。

 演奏時にはいつも険しい表情になる冬月だが、この曲を弾く時は特に厳しい。

 曲が曲だけに当然なのかもしれないが、唯でさえ深い皺に更に極めつけの一彫りを加えているのはその難解さだけではない。

 彼はこの曲を軽々と、しかも笑顔で弾いたかつての教え子のことに想いを馳せる時だけ、この曲を弾く。

 もうこの世にはいない彼女のことを思い出す時だけ、まるで違う曲に聞こえるように。 

 もうここには居ないということを際立たせるために、弾く。

 

 優しい狡さ。

 奔放な慈愛。

 

 女性として、母親として、芸術家としての彼女を最近はよく考える。

 今、生きていたら彼女は何を弾くのだろうか。

 碇ゲンドウのために。

 碇シンジのために。

 そして、綾波レイのために。

 そんな埒もないことを最近は良く考えてしまう。

 歳をとり過ぎたのだと思う。

 

 コンコン

 

 誰かが研究所のドアをノックする。

 

「どうぞ」

 

 手を止める。

 もう演奏や思索に没頭することもできなくなった。

 何も生みだせはしないという諦めは老いと共にやっとやってきた安らかさ。

 老いるというのも悪くない。

 

「失礼します」

 

 シンジが入ってくる。

 彼こそが自分の老いの象徴なのかもしれない。

 

「いらっしゃい」

 

 教授はシンジに椅子を勧めた。

 

「『ヘルフゴット』ですか?」

 

 シンジが演奏者の名を言うと、冬月は頷いた。

 

「こうして弾いてみると、彼が何故こんなにもピアノを愛していながら、快楽の道具として無邪気に弾いてしまえるのか不思議に思えてくるよ。

幸せなことだ。

一度聞いて人の心をとらえる演奏と、何度も鑑賞に耐え得る演奏の違いも彼には関係無いのだろう」

 

「・・・はぁ」

 

「学生がみんなこんなにピアノにのめり込まれては困るな。

ピアノだって困るだろう・・・いや、すまんな」

 

「いえ・・・」

 

 シンジの様子がどことなく冴えない。

 

「顔色が悪いな」

 

「いえ・・・いつもこんなものですよ」

 

「夕食は食べたかね?」

 

「まだです。

今日はちょっと付き合って欲しくて来ました」

 

「・・・いいだろう。

何処か安くていい店はあるかね?」

 

「安くて・・・?」

 

 シンジは少し考えた。

 該当一件。

 安くていい店だが、思い出の良くない店がヒット。

 ゲンが悪いな、とは思わないでもなかったが、他に思い当たる節があるはずもなく、そこに決めるしかなかった。

 そんなことをウジウジと考えているシンジが気がつきもしなかった。

 冬月の目が少しだけ潤んでいる。

 

 子供と酒を酌み交わす。

 父親が待ちつづけるささやかな瞬間。

 妻に先立たれ、子も成せなかった冬月には望外の夢。

 

 不幸な自分が冬月に幸せを与えたことなど思いもしないのだろう。

 だが、もしそれを知ったら碇シンジは喜んだだろうか?

 喜んだだろう。

 彼はそういうバカだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レイは一人でため息をつきそうな表情で、ラーメン屋「一風」で、アスカの来るのを待っていた。

 まるで、というか少女漫画の主人公のせつない瞳。

 惜しむらくは全体の表情がかなり乏しいことだろうか。

 

 アスカは店に入る瞬間、それを目にして体を強張らせたが、居を決して口火を切った。

 

「ごめん!リツコも一緒に来ちゃったの」

 

 それは心から謝った方がいいと思われます。

 アスカは特に悪びれた風でもなくにっこり微笑んで、前の席に座った。

 あるいはそれが何かの作戦か保険なのか。

 奇襲とは敗北を恐れ、己を見失ったものが取る戦術だとか何とか聞いたことが。

 

 しかし、綾波レイは奇襲にもまるで動じなかった。

 

「いいえ、この人の意見も役に立つかもしれないし」

 

「この人・・・ね」

 

 その言われようにも頭に来たが、何よりおばあちゃんの知恵袋をはるかに凌ぐ『実戦』的な知識を持つ彼女には耐え難い侮辱だった。

 

「それに『年長者の意見は参考になる』と碇君が言っていたわ」

 

「年長者って、そんなに、違わないのよ、ねぇ?」

 

「そんな議論の余地もないことに同意を求めないでよ」

 

 ぶち切れ寸前のリツコだったが何とか押し止めたのは、アスカの挑発まがいの仲裁を受けたからではない。

 レイが本当に幼く見えてしまったから。

 何の含みもなく困って、迷って、縋ってきているのだ。

 確かに彼女から見たら誰でも経験豊富な人生の先輩になるのだろう。

 だから、静かにアスカの隣に腰掛けることができた。

 

『こんな面白そうなシュチエーションをぶち壊すにはまだ早い』

 

 自分の明晰な頭脳もこのように判断していることだし。

 

「で、相談って?」

 

「この間、家に帰ってよく考えてみた・・・やっぱり、私・・・あの人のことが忘れられない」

 

 重い。

 超重い。

 アスカは困って黙った。

 一方、リツコは興味津々、大フィーバー。

 

「あの人って、鈴原君?」

 

「・・・・・・・」

 

 ゆっくり時間をかけてレイが頷く。

 そして、炸裂。

 

「これが『好き』ということなの?」

 

 思い詰めた目でプレッシャーを掛けてくるレイに、『そんなことないわよ!』と力一杯否定しようとした途端、リツコがきっぱりとした口調で言った。

 

「間違い無く、そうね」

 

 アスカは思わずリツコを睨んだ。

 

<アンタはどうしてそういうことをっっっ!!>

 

 そう怒鳴りつけようとして、止めた。

 こういう展開になるのを予想して、更にリツコがこう出るのは予測済。

 それなのに何故連れてきたのか?

 こうするのが『シンジ的に』正しいと思ったから。

 複数の価値観を用意して相手に選ばせる手法をあのバカは何故か好む。

 自分だけならレイの言葉を、否定して、否定して、否定して・・・勢いに任せて説得してしまっただろうから。

 全く理解できないことだが、これがシンジの問題である以上、彼の流儀で通さなければアスカの気が済まなかった。

 

 舞台は整えた。

 これで心置きなく言いたい放題勢いに任せて説得してやろう。

 ・・・と思った矢先にレイが口を開いた。

 

「私・・・男の人と・・・」

 

 レイは少し言いよどんだ。

 それがまた、アスカに後から来る爆風の凄さを予感させる。

 

「ああいうことをしたのは初めてだったから」

 

 第二弾炸裂。

 

ガラガラガラ

 

 その言葉を待っていたかのようにドアが開いた。

 

「落ち着いたいい店だ。学生時代を思い出すよ」

 

「そうですか。よかった」

 

 入ってきたのはもちろんシンジと冬月の二人。

 アスカは凍りついた。

 よりにもよってこんな時に・・・。

 

「あ・・・」

 

 シンジが自分を通り越してレイを見つけ、呆然と立ちすくむ。

 アスカはリツコの懐にあるだろうスタングレネードを炸裂させたい気持ちでいっぱいになった。

 冬月はレイを見ると「やあ、綾波君」と言いながら近寄ってくる。

 

「冬月教授」

 

「君もこの店に良く来るのかね?」

 

「ええ、碇君に教えてもらって」

 

 冬月は何故か複雑な表情を浮かべた。

 それを誰にも気付かれずに消すと、温和な老紳士の声で会話を続ける。

 

「こちらは?」

 

「惣流アスカさんと・・・・・・」

 

「はじめまして、赤城リツコと申します」

 

 数回会ったはずなのに名前も覚えられていないことへの怒りなど臆面にも出さない『理知的な大人の女性』がそこに居た。

 

「赤城さん・・・ああ、『あの』赤城教授でしたか。

門外漢の私でもお名前だけは伺ったことがあります。

お会いできて光栄です」

 

「私こそ『あの』冬月教授にお会いできて嬉しい限りです」

 

 別々の分野ながら世界有数の専門家が何の因果か安くてうまいラーメン屋で出会う。

 見る人が見たら超アカデミックな空間。

 でも、今、そんな些事は何の関係も無い訳で。

 

「では、そちらも・・・」

 

「今、クビになってます♪」

 

 アスカは明るく言った。

 

「・・・それは何というか・・・」

 

「冬月先生、よろしかったらこちらにどうぞ」

 

 リツコが隣のテーブルを勧めるので、二人はそこに座る。

 ちょっと気まずくて、シンジはレイを気にしてチラリと見た。

 彼女は軽く会釈を返す。

 

 やっぱり、何もわかっていないのだ。

 

 それが嬉しくもあり、悲しくもあるシンジはひどく不器用な作り笑いをした。

 

「何にしましょう」

 

 少し九州なまりの残る口調でマスターが注文を取りに来る。

 

「ふむ・・・このニンニクが丸ごと一個入っていると言う餃子を二人前・・・」

 

 注文の同意を求めて冬月がシンジを見る。

 

「あ、え、はい・・・それととりあえずビールかな・・・」

 

 飲まずにはいられなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アスカはリツコの表情が変化したのを見逃さなかった。

 

「アンタ・・・目つきが」

 

「渋いわね・・・」

 

 リツコが冬月を見る目は『女』のそれだった。

 赤城リツコ、以外にもおじさま好きな女。

 学者風のおじさまはかなりリツコの好みに合致する。

 だが惜しいことに―――あるいは幸せなことに―――もう少し陰険そうで底意地が悪そうでむっつりスケベなほうがタイプだった。

 そんなリツコの熱視線にはまったく気がつかず、冬月はシンジに話しかけた。

 

「いや、急に呼び出したのは、少し聞いておきたいことがあってね。

酒が入って少しは気が楽になるといいが・・・その・・・ゲンドウからその後連絡はないのかね?」

 

「いえ、特には・・・」

 

「そろそろだな・・・」

 

「・・・そうでしたね」

 

 そういえば、そんなこともあった。

 最近色々なことあってすっかり忘れていた。

 それどころではない、と思っている自分にすこし驚くが、深くは考えられなかった。

 だって本当にそれどころではないのだ。

  

「気にならないのかね?」

 

  シンジがゲンドウの話題をだしても拒否反応を示さないことが冬月には意外だった。

 

「え、まぁ・・・それなりには」

 

「良い傾向だな」

 

「そう・・・ですか?」

 

 常にゲンドウを意識していたシンジがこだわらなくなった。

 それは彼が彼のピアノを見つける第一歩だと冬月はずっと思っていた。

 彼は歩き出した。

 大きな喜びと少しばかりの寂しさ。

 こんな酒がずっと飲みたかった。

 

 一方、隣のテーブル。

 レイはシンジの屈折に気づかないまま、アスカとリツコに相談を続けている。

 

「私、スキンシップに弱いと思う。触られたこと、無いから」

 

 シンジはドキッとした。

 冬月はそんな彼に気づかず言葉を続ける。

 

「創作者にとって他人のつくるものは刺激や意欲、あるいはインスピレーションになることもある。

だが、表現者にとっての他人の表現は創作者のそれのようにはならないと私は思う。

拘りや憧れや畏れは表現する枠を狭めてしまう・・・」

 

 アスカは傍に座っているシンジを気遣って言った。

 

「綾波さん・・・時と場所を選ぼうよ」

 

「・・・やっぱり、会ったその日にというのはよくないのね」

 

 会ったその日に、スキンシップ・・・・。

 レイの言葉がシンジの心に突き刺さった。

 

「じゃあなくて・・・」

 

 アスカはなんとももどかしげ。

 

「私は会ったその日にでも良いと思うわ。

セックスから始まる愛なんていくらでもあるもの」

 

 リツコがしゃしゃり出てきて何とも武闘派な意見を飛び出す。

 シンジの心はもう黒髭危機一髪状態。

 何時飛び出してもおかしくない。

 

「綾波君と赤城博士が・・・意外だな」

 

 流石に隣の会話の内容を聞きとがめた冬月が照れながら苦笑いを浮かべる。

 

「私、そんなことしてない」

 

 レイが強く否定したので、リツコはきょとんとしてしまった。

 

「だって、この間『した』って・・・」

 

「それは、キス」

 

 レイはきっぱりはっきり言った。

 

「・・・キス?」

 

 逆にリツコが照れてしまっている。

 

「だって初めての・・・って!」

 

 アスカが身を乗り出して訊いた。

 

「・・・だから、初めてのキス」

 

「キスだけ!?」

 

 アスカの迫力に、レイはたじろいだ。

 

「・・・ええ」

 

 肯定の返事にシンジも思わず立ち上がって呟く。

 

「キスだけ・・・?」

 

 冬月はひとり、訳がわからないでいる。

 

「・・・・・・ええ」

 

「何だ、何だ・・・何だ、そうか・・・僕はてっきり・・・」

 

 シンジは胸を撫で下ろすと、腰を抜かしたように椅子に腰を下ろす。

 

「なーんだ!そうだったんだ!」

 

 アスカもホッとした。

 

「責任をとって未婚の母は免れたみたいね」

 

「あ゛あ゛?」

 

「失礼、バツイチさん」

 

 アスカはテーブルの下でリツコの脛を軽く蹴った。

 

「・・・・・・でも、キスはしたのか・・・」

 

 呟いて改めて事実を確認してみると、またやるせない気持ちがシンジに押し寄せてくる。

 そこへ、アスカがシンジの肩をバシンと叩いてきた。

 

「シンジ、よかったわね!キスだけだって!キスだけ!!よかったじゃん!!」

 

「いや、まあ・・・よかったのかな・・・」

 

 リツコも何だか『まったくあなた達には負けたわ・・・』みたいな顔をしているし、事情を知らない冬月も巻き込まれて喜んでいる。

 なんだか乾杯でもしそうなムードができつつあったその時、レイが声をかけてきた。

 

「そう・・・そんなにキスって何でもないこと・・・軽いことなの」

 

 声が少し震えていた。

 真直ぐに全員に向けられる視線。

 

「いや・・・そういうわけじゃないんだけど、アタシ、てっきりもうその、アレかと思って。

シンジだって落ち込んじゃって、おにぎり、このっくらい、ねずみくらいしか食べられなかったのよ」

 

 言ってから、アスカは後悔した。

 だが、緊張と弛緩のジェットコースターだったここ数日は深刻なダメージとして、彼女をかなりテンパらせていた。

 

「あ、いや・・・ねずみっていうのはおおげさ・・・猫くらいは食べたと思うけど・・・」

 

 何のフォローにもならない言い訳をしているシンジもかなりテンパっている。

 そんなシンジにレイが近寄ってくる。

 

「碇君・・・」

 

「・・・はい?」

 

 レイの少し怒気を含んだ声にシンジが緊張する。

 

「間違ってたらごめんなさい」

 

「はい」

 

「もしかして、碇君、私のこと好きなの?」

 

「・・・・・・・好きだよ」

 

「それは女性としての好き?」

 

 シンジはレイが何故怒っているのかをわかっていた。

 『自分はこんなすごいことをした』そう思っていたのにみんなが『そんなこと』と笑った。

 それだけなのだ。

 実に子供らしい感情。

 トウジに恋心を抱いているのは確かだが、それはとても淡いもの。

 『初恋をしたくらいに』自分はそう思っていた。

 だがこれはそう呼ぶのも躊躇われる未発達な感情の発露。

 けれど、ここで嘘をつくのはあまりにレイに失礼な気がした。

 

 『答えていいのだろうか』

 『まだ早いんじゃないだろうか』

 『言ってしまったら、今までやってきたことが嘘になってしまうんじゃないだろうか』

 『レイは家族としての自分を失って不安に思うんじゃないだろうか』

 

 自分の決めたルール、レイへの愛情と同情、その他諸々がごちゃまぜになってシンジを襲う。

 やがて浮かんでくるずっと奥に押し込めていたある想い。

 

『それとも全ては下心の産物として自分を軽蔑するだろうか』

 

 逃げている、それが浮かんだ瞬間シンジは決断した。

 理性や感情でもない、ただのトラウマの脊髄反射。

 

 『逃げちゃダメだ』

 

「うん、ずっと前から好きだったよ」

 

 自分からは逃げなかった。

 だが、自分を写す鏡からは逃げ出したかった。

 それでも『逃げちゃダメだ』という想いに縛り付けられ、そのまま席に座った。

 

「そう・・・」

 

 レイは自分で訊いておいてびっくりしていた。

 だが、不安や不満はそこにはない。

 シンジの想いは本人の複雑な想いを余所に、好意として信じられる結果となった。

 幾ら色恋沙汰に疎いとはいえ、もっとうがった見方はいくらでもできるだろうに。

 優しいバカ共のドミノ倒し。

 誰か突っ込み役はいないのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アスカとレイは店の傍の公園に行くと、ベンチに座って話を続けた。

 

「惣流さんは知っていたの?碇君の気持ち」

 

 レイが訊く。

 

「あ〜まぁ・・・ね。

アンタ、ホントに気づかなかったの?」

 

 レイの幼さを思えば『無神経』と責める訳にもいかない。

 苛立ちは少しだけ言葉使いを横柄なものにしていたがそのくらいは許されるだろう。

 

「ちょっと・・・そうかなって思ったこともある」

 

「あるんじゃん」

 

「碇君は優しいから・・・とてもとても優しかったけれど、優しすぎてどこか遠い感じがしてた。

私には何でもくれる・・・でも私の差し出したものは受け取ってくれない」

 

「・・・壁、みたいなものがあった?」

 

「そう、壁。決して嫌なものではないけれど、私には向こう側を見せてはくれない。

冷たくはない、むしろ暖かいけれど、その温度は常に一定で私相手には揺るぎもしない。

だから、私のことを対等の相手・・・異性として見ているとは思わなかった」

 

 レイの言うことは当たっている。

 だが、それは『先生』になってレイとの距離が近くなってからのシンジだった。

 それもシンジには違いないが、間違った優しさや自分勝手なルールを身に纏う前のシンジもレイは知っているはずだ。

 そこにあった熱や揺らぎを気付かせなければ、思い出させなければいけないと思う。

 だからアスカはレイの言いたいことをわかってはいたが、あえて普段の何も考えていない時のシンジを軽く語ることにした。

 努めて軽く、そこに特別なものは含ませないように普通の一般論を。

 

「ああ・・・まぁ、シャイだし、カッコいいからね、アイツ」

 

「カッコいいと、そうなの?」

 

「うー、やっぱブ男の愛の告白の方がホントっぽいってのは、あるんじゃないの?」

 

「・・・勉強になるわ」

 

 必要以上に感心するレイを見てちょっとアスカは不安になる。

 自分もそう人生経験が豊富なわけじゃないのに。

 こんな時にあのムダに人生経験豊富なあの女は何処に行ったのか。

 不要な時にはいつもあるのに、必要なときになると何処を探してもないものがこんなところにも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マーフィーの法則の今更ながらの体現者、赤城リツコはまだカウンター席に居た。

 

「何処行ったんでしょうね、あのコ達」

 

 アスカにしてみれば『こんなおもしろそうなこと』にリツコがついて来ないはずがない、と思っていたのだが当てが外れてた。

 リツコにしてもこれを見逃すのは断腸の思いではあったが、彼女にはここに居なければいけない理由があった。

 

「取り込んだ話でもあるんでしょう」

 

 冬月が分別のあるところを見せる。

 

「・・・・・・」

 

 シンジは二人に挟まれて黙ったままだ。

 

「冬月教授、おひとつどうぞ」

 

「酒は余り強くないんだがね・・・」

 

 苦笑いしながらコップを差し出す冬月に、ビールを注ぎながら真剣な表情で訊いた。

 

「ところで同窓会のご予定は?」

 

 冬月はあまり好みではない。

 しかし、その分野・周辺に可能性を感じたリツコは冬月との繋がりを確固たるものにすべきと判断してこの場に留まったのである。

 さすがは赤城リツコ、そつがない。

 けれど、そういう人ほどなぜか良い出会いに恵まれないのもまた世の常。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、こういうのはどう?」

 

 アスカが言った。

 

「なに?」

 

「シンジとつきあってみるの」

 

「・・・何故?」

 

 心底不思議そうな返答が泣けてくる。

 

「シンジはさ、ずっとアンタのこと見てたんだよ。

ちょっとひねくれてて、バカすぎるけど、根はいいやつだし」

 

「・・・鈴原君よりも?」

 

「一応、幼なじみだから、悪くは言いたくないけどね」

 

「私、どうすればいいの・・・わからない」

 

「・・・ねぇ、鈴原はね、別にアンタのこと好きじゃないと思う」

 

「・・・・・・・そう」

 

 表面上はわかりにくいがレイはショックを受けているのだろう。

 けれど、アスカはあえて言った。

 

「ゴメン。心を鬼にして言うけど、アイツ、単純だから見境ないの」

 

「・・・・・・・そうなの」

 

 レイの声が少し掠れる。

 

「単純だからさ、気になったらいっとけみたいなところ、ある。

同情とか愛情とか区別なしでひとまとめで好意って感じ。

たまたまアンタが女ってだけでキスまで・・・よくキスだけで済んだわね」

 

「よほどタイプじゃなかったのね・・・」

 

「いや・・・そうじゃなくて・・・そうだったのかな」

 

 アスカは首を捻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冬月とリツコは何だかすっかり意気投合して話が弾んでいる。

 何ノリだかはよくわからないが、少なくとも年齢や職業に相応しいノリではない。

 あえて言うなら合コンノリ。

 

「先生、僕、ちょっとすみません」

 

 二人の間から場違いな真剣な声を出して、シンジは立ち上がり店を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、その・・・アンタが鈴原のタイプかどうかってことじゃなくて、アイツは女子供は自分が守るって感じで勘違いを・・・。

ああっ!そんな縋るような目で見ないでよっ!抱きしめたくなるでしょ!」

 

 頼りない子犬のような目で自分を見上げているレイを前にして、アスカはどうしていいかわからず問題発言をかましてしまったりしていた。

 そこへシンジがやってくる。

 驚いた二人の会話が止まった。 

 

「ちょっと・・・」

 

「え?」

 

 シンジは固まっているレイの腕を取り、強引に連れて行った。

 何も言わず、少し離れたジャングルジムの下まで来るとやっと腕を離しレイに正対する。

 

「あの、僕・・・」

 

「・・・・・・?」

 

「・・・クソ」

 

 うまく言葉にならない。

 遠くから見ていたアスカも、シンジと同じくらいドキドキしていた。

 

「何?碇君」

 

「・・・・・・・日曜日、デートしよう。

これってデートなの?なデートじゃなくて、本当のデート。

正真正銘のデート、しよう」

 

――――――

 

 シンジが余りにも真剣なので、レイはすぐに返事ができなかった。

 誘った本人もして欲しくなかっただろう。

 どんな答えにせよ、それは準備ができるわけもない心臓には悪すぎるから。

 

 そして、関係のないはずの傍観者の胸はドキドキと高鳴り続けている。

 今まで味わったことのないその感情にアスカは名前をつけることができなかった。

 

 では、名前をつけてみよう。

 それは『羨望』、場合によっては『嫉妬』と呼ぶこともある。

 

 何を羨望している?

 何に嫉妬している?

 

 たぶん、レイを。

 たぶん、シンジに。

 たぶん、そこに揃っている全てのものへ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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A Heart Work_B

 


 

after word

 

 何記念でしょうか?

 みなさんに謝れ。 ごめんなさい。

 URIさんにお礼を言いなさい。 ありがとうございます。

 基本的には絆です。

 

 今回の反省点

 ●もう遅いとかいうレベルじゃない。

 ●噛み砕けてない。

 ●特に加持とリツコのあたりに疑問は残る。

 ●重要なところを押さえているつもりだが、それを皆様方がどう感じるのかはよくわからない。

 ●綾波さんらしさってなんだろう。

 

 

 

次回は2006年(W杯モード)@冗談になりませんね

 


テリエさんに頂きました。
お久しぶりぃ!
勿論嬉しいのだけど…次は2006年!?
ウチ…そこまで存続出来てるかしら!


某所の住人達+X

ヒカリを部屋に上げて詳しく話を聞いたあと、シンジは死んだようにぐったりしてしまった。

さ:「それって…何してたんですか」
シ:「何?どういう事」
さ:「お話聞くだけで、死んだようになるまで疲れるわけないじゃないですか。絶対怪しいです」
シ:「だよねえ。あ、それはほらあれだ、さくら耳貸して」
さ:「ええ…え!?慰めの言葉の代わりに自分の生命力を削って分けてたんですかっ?」
シ:「それしか考えられないし…」
地:「………」

アイツは頑固一徹、プラトニックラバーメン!

シ:「ラバーはゴムでプラトニックは清純。と言う事はつまり一途なゴム…いやん」
スパン!
シ:「アーウチ!」

それをどう受け取ったのかトウジの顔がゆっくりとレイに近づいていった。

シ:「こうやって熱を計るのあるだろ」
マ:「ええ」
シ:「あんなのは不衛生だしくっつけた方に熱があったら意味無い。だいたい、そんなので顔染めるなんて不気味なんだが」
マ:「そうなの?」
シ:「あったりまえだ。マリア、ウチの住人にそんなキモチワルイのはいないだろな」
びっくう!
マ:「大丈夫よ、きっと。きっと大丈夫(もう待ってたのね…)」
地:「いや、熱を計る話ではないと思うんだが…」

「狭いとこが落ち着くっていうからさ」

シ:「だよね」
さ:「え?」
シ:「隙間があってユルイより、身を入れたらぎゅっと来て締め付ける位の方がイイ。俺はそっちが好き」
さ:「な、なな、何の話ですかっ」
シ:「朝の通勤電車。ぎゅっとくっついてる方がイロイロと手も動かせて…はっ?」
さ:「……」
黒:「ボロボロの姿で来られても困るが、満員電車で何をする気だ」
シ:「ふ、踏んで謝らない女の髪をちょっと焦がしてみたりとか…はうっ」
黒:「……」

アスカは不覚にもニコッと笑い返してしまった。

ア:「あのさ、シンジ」
シ:「何?」
ア:「もしもよ、町中できれいな子があんたに笑いかけたらどうする?」
シ:「それって、俺を見て笑ったって事?」
ア:「(…間違ってはいないわよね)まあ、そんなとこね」
シ:「拉致。しかる後にシビウ病院の精神内科で強制検査だ」
ア:「は!?」
シ:「初めて見る相手に笑いかけるなんて、脳がテンパイしてる証拠だ。まして、笑い返すなんてかなりの重傷だよ」
ア:「そ、そう…」
シ:「もしかして、アスカもそう言うタイプのヒト?」
ぶるぶるぶるっ。

>「それに、ブチュッとお箸をさすと、にゅろぉって出て来る、あの時生きてて良かったなぁって思うんです」

シ:「あのさ、前から聞きたかったんだけど」
黒:「何か」
シ:「こういう事言う娘って、猟奇殺人の願望でもどっかに持ってるの?」
黒:「無い事はないが、むしろ破壊衝動だな」
シ:「破壊衝動?」
黒:「例えば、彼氏の浮気を知った時相手の女を責める代わりに、彼を拉致監禁するタイプだ」
シ:「そ、それで?」
黒:「無論、彼が屍になっても、延々と面倒を見続けるんだ。彼と共に居る為に分解する。その時の行動だろう。二流のホラー映画によくあるタイプだ」
シ:「あー、そっちの意味だったのね」
レ:「…あーじゃないっつーの」

親の仇かという勢いでラーメンを食べるアスカと、ドンブリに差した温度計をじっと睨むリツコ。

U:「いーじゃん、団扇くらい。温度計持ってく女よりましだよう…けっ!」
さ:「あの人どうかしたんですか?」
シ:「猫舌なんでラーメン屋に団扇持っていったら、妙な目で見られたらしい」
さ:「はあ」
シ:「確かに、あまり持っていく人はいないよね。でも温度計はもっと変。使い方間違ってる」
さ:「違うんですか?」
シ:「あれは本来お尻に刺して熱を計るんだ。計熱と同時にそう言う趣味の人には…さくら、よだれよだれ!」

でも私の差し出したものは受け取ってくれない

地:「なんで貰ってやらんのだ?」
シ:「だって…イーヒッヒッヒ、お礼にこの真っ黒いリンゴはいらんかねって。いつもどす黒いリンゴを…」
地:「それはそれは」
シ:「要らないって言うと、じゃあ全身に真っ黒い薬を塗った私をもらって頂戴なって」
地:「媚薬?精力増強剤?」
シ:「そう言うのって、触れた箇所が白い煙吹いて穴が開くんですか」
地:「……酸か?」
こくん。



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