SUMMER WALTZ 

 2nd story  : The Lodger

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 碇シンジは困惑していた。

 何の前触れもなく、二度に渡って突然押しかけて来た、惣流・アスカ・ラングレーという名前の女性。

 一度目もわけがわからなかったが、今回は更にわけがわからない。

 

 どうして、彼女がまたしてもここに来たのか?

 

 どうして、彼女はここに住むなんて言い出しのか?

 

 どうして、彼女を家の中に入れてしまったのか?

 

 全くわけがわからなかった。

 

「どうして?」

 

 泣きそうになるのを必死で堪え、シンジは聞いた。

 それもまた裏目だった。

 

「どうして?今どうしてって聞いたわね?ってことはどうしてか、事情を聞く気があるってことよね。 

だめだ、じゃなくってどうしてって聞いたんだから」

 

「何言ってるんだよ…」

 

「お願い!碇シンジさん。事情だけでも…」

 

プップー 

 

 外からクラクションの音がする。

 

「あっアタシだ」

 

「えっ?」

 

「荷物」

 

「荷物?」

 

 窓から首を出して覗いてみると、下には運送会社のトラック。

 冗談にしては、念が入りすぎている。

 仕方なく、シンジはアスカの言い分を聞くことにした。

 

「それで?」

 

「それで、アタシは自分のマンションを引き払って、貯金は全部結婚式及び、結婚後の新生活にって、カオルの口座に

移しちゃったワケ」

 

「それで」

 

「それ持って、アイツどっか逃げちゃったでしょ?早い話が、アタシ、一文なしなの」

 

「…それで」

 

「無理言って、マンション引っ越すの待ってもらってたんだけど、新しく借りる人が来るからって、大家に追い出されたのよ」

 

「……それで」

 

「それで…いや、アタシ、元々ドイツで生まれてつい数年前に仕事でこっちに来たから、あんまり、知り合い居ないし…。

数少ない友達はワンルームだったり、結婚してたりで」

 

プップー!プップー!

 

 先程より強めのクラクションの音。

 

「はーい!」

 

 大きな引き上げ式の窓を開け、アスカは身を乗り出して応対する。

 

「どうすんの?この荷物」

 

 引越し業者のドライバーが、トラックの横に立って怒鳴る。

 

「今、決着つきますからー!」

 

 自信満々で答えるアスカに、シンジは絶句する。

 

「それで、なす術もなく、トラックに荷物を載っけて、どこに行こう?と思っていたら!」

 

「お金を返しにここに来た、と」

 

「二人で住むように作ってあんでしょ、このマンション」

 

「……」

 

 確かに個室が二つと書斎、広いリビングがある。

 

「それに、ほら、彼女いないって言ってたし」

 

「大きなお世話です」

 

 シンジは大きくため息をつく。

 言ってることはわかる。

 でも、納得できるわけがない。

 

<大体、説得できるって本気で思ってるのかな?>

 

 思っているんだろう。

 なぜか自信満々な彼女を見ればわかる。

 

ハァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

「そんな…これみよがしにため息なんかつかなくても…。アタシ、あの結婚式以来、何人の人にため息をつかれたか。

ドイツのおじいちゃんでしょ、おばあちゃんでしょ。ママなんか泣き出しちゃうし、カオルの両親になんか土下座して謝られるし…」

 

「ねぇ、泣いてくれるようなお母さんが居るんだったら、なんでドイツに戻らないんだよ」

 

「っかぁ〜甘い!自分でいうのもなんだけど、アタシ結構良いとこのお嬢様なのよ。

ヨーロッパの上流階級の人間なんて、そりゃ閉鎖的で…。

結婚式に花婿に逃げられた娘なんて忌み嫌われて、石投げられて、火あぶりにされちゃうんだから」

 

「…魔女狩りみたいだね」

 

「お姉さん、長引きそうだから、その辺のファミレスでお茶でも飲んでくるわ。延長料金よろしく」

 

 引越し業者の野太い声にアスカが過敏に反応する。

 

「え、延長料金って…!」

 

「一時間、1500円だから」

 

 引越し業者の答にアスカは凍りつく。

 

「……延長料金払うお金もないの?」

 

 見かねてシンジが聞くと、アスカはばつが悪そうに答えた。

 

「さっきの二千円で精一杯…」

 

 シンジは折れた。

 超が三つほどつく、筋金入りのお人よし。

 アスカの自信の根拠は、彼のそれを見抜いてのものだったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、どうも!」

 

 愛想よく引越し業者が引き上げていくと、アスカは荷物の整理を始めた。

 ダンボールの中身は大量の洋服と靴箱、そしてそれを上回るくらいの書物の山。

 その荷物の多さに、シンジは一部屋と、玄関にある靴箱、彼の使っていた本棚をアスカに明け渡すことになった。

 

「いい?とりあえず、だからね、とりあえず」

 

「はーい」

 

「…ホントにわかってる?」

 

「はいはい、住む場所か、お金のあてが出来たらすぐにでも。

あと、安心して。アタシ、アンタみたいな頼りなさそうな男に1ミリも興味ないから」

 

「僕も、キミみたいな頼りがいがありすぎる女の人には、1ミクロンも興味ないです」

 

 流石に苛立っていたのか、言わなくてもいいことが口をついて出た。

 自分の言葉の刺に気付き、ハッとしてアスカを見ると、こめかみに血管を浮かせ、笑っていた。

 

「アスカ」

 

「へ?」

 

「キミ、じゃなくてアスカ。同い年だし、これから一緒に住むんだから、『キミ』なんて他人行儀な呼び方はナシ!」

 

「…はい、アスカさ――」

 

 睨まれたところを見ると『さん』付けもだめらしい。

 

「わかったよ、アスカ…」

 

 この瞬間、二人の力関係は決まった。

 しかし、一緒に住んで、しかも、名前を呼び捨てなんて絶対誤解を呼ぶと思うのだが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小春日和。

 本来は秋に使う言葉であるが、そんな表現がピッタリと来る、のんびりとした初夏の昼下がり。

 楽器店の奥のピアノ教室から、拙いピアノの音が聞こえてくる。

 弾いているのは、母親に言われてここに嫌々来ているのがまるわかりのやんちゃな6、7才くらいの男の子。

 先生であるシンジは、いつも通りやさしく、根気強いレッスンをしていた。

 

「だから、そこは、ファソラじゃなくて、ファソソラ、でしょ?」

 

「ファソラ!」

 

「じゃなくて、この印は…」

 

「お兄ちゃん、ぼく、ヤダ!」

 

「なんで、嫌なの?」

 

「ぼく、黒いとこ弾くのヤダ!白いとこばっかがいい」

 

 先生を『お兄ちゃん』呼ばわりし、わがままを言いまくる子供にもシンジは怒ることはない。

 目線を同じ高さになるよう腰を落とし、真っ直ぐ瞳を見ながら優しい口調で続ける。

 

「難しいから?」

 

「…うん」

 

「そう…。

でもね、多いように見えて、ピアノっていうのはこの鍵盤の数しか音を出せないんだよ。

ヒデトシ君の声の方がずっと多くの音が出せると思うんだ。

もしかしたら、この曲はヒデトシ君に歌ってもらった方がずっと素敵なのかもしれないね。

でも、僕らはピアノを弾く…」

 

「なんで?」

 

「…さぁ、なんでだろ?楽しいから、じゃダメかな?」

 

「楽しいから?」

 

「うん」

 

 わがままな生徒は少し考えた後、ピアノに向かい悪戦苦闘を始めた。

 それを後から見守るシンジ。

 

 複雑になりすぎた自分のピアノへの想い。

 その中のほんの一握り、しかし、音楽を愛する者に最も大切な部分をそっと差し出す。

 ここの先生方に『碇さんってホント先生向きね』と言われる由縁である。

 

 『ピアニスト』を目指しているはずの彼にとっては、あまり嬉しくない評価ではある。

 

 「碇さん、お客さんですけど」

 

 「えっ、もう次…」

 

 「いえ、生徒さんじゃなくて」

 

 言いかけた所に音大で同級だった彼の友人、相田ケンスケが顔を出す。

 

 「よっ!」

 

 「なんだ、ケンスケか。どうしたの?」

 

 「あぁ、ちょっと表にこれ」

 

 ケンスケが持っていたのはピアノピース。

 

 「ショパンの『別れの曲』。嫌いだって言ってなかったっけ?」

 

 「女口説こうと思ってさ」

 

 「…まだ使ってるんだ、その手」

 

 「けっこう、打率高いんだぜ?」

 

 得意そうに笑うケンスケに、シンジは呆れたような表情を見せる。

 でも、彼は知っている。

 友達思いの友人が、1ヶ月前からここで働き出した自分の様子を見に来てくれたことを。

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふぁ〜、やっと終わった」

 

 アスカは午前中の間ずっとにらめっこをしていたパソコンからやっと解放され、大きく伸びをする。

 やっと休める、と思ったのだが彼女の研究室の先輩はそんなに甘くなかった。

 

「終わったの?じゃあ、次コレね」

 

 間髪入れず、リツコが百科事典並の厚さの書類の束を机の上に置いた。

 また処理しなければならないデータ達を睨みつけるが、そんなことをした所で減るはずがない。

 

「また〜?」

 

「仕事をすることで、心の傷を忘れさせてあげようとしてるんだけど」

 

 言いにくいことをずけずけというリツコに、むきになってデータを片付けはじめたアスカはなるべく軽く聞こえるように言った。

 

「ご心配なく。結婚式に花婿に逃げられて見てよ、人間、大きくなるから。あ、リツコには無理か、相手がいないもんね」

 

 一瞬、こめかみに青筋が浮き出すが、29才の金髪の教授はそれをすぐに抑えこんだ。

 

「でも、カオル、なんで逃げたのかしら?」

 

「そのことだけは聞かないで、帰りたくなくなるから…」

 

 『男に振られたから』なんて、言えるはずがない。

 両親の古くからの知人でカオルとアスカのことをよく知っており、縁者の少ない日本での保護者でもある彼女にはなおさらだ。

 

「住む所決まったの。良かったじゃない、どこ?」

 

「…後で教える。アンタんとこが猫屋敷じゃなかったら、こんな苦労しなくてすんだのに」

 

 猫アレルギーのアスカには、数十匹の猫が出入りするリツコの家は論外だった。

 この教授が異常なまでの猫好きでなかったら、シンジも苦労しなくて済んだのだけれど…。

 

 これ以上、この話題を続けるのは精神の健康に良くない。

 アスカは話を変えた。

 

「ところで、最近アタシに回ってくる雑用多すぎない?」

 

「嫌がらせよ。犯人は時田助教授」

 

「アイツか…。相変わらず暗いわね」

 

 つい最近、講師になった中年男性の顔を思い出す。

 数年一緒に働いたが、良い印象は全くない。

 

「本来ならば、あなたがなってたはずなのに」

 

「だって理事会の連中、パパの援助を期待してるのがみえみえだったし…。

カオルと結婚して、ドイツに帰ってから一からやり直すつもりだったんだもん」

 

 助教授に推されたのは、自分の正当な評価ではなく、父親の財力を借りたもの。

 彼女の論文や発表はかなり高い評価を受けていたのだが、彼女はそう思い込んだ。

 時田のように実績はありながら、十何年も空きを待っていた講師にも悪いとも思った。

 

 目の前の膨大な書類を目の前にした今は、その判断を少しばかり後悔もしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                        第2話 :  知らない同居人

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピアノ教室からほど近い喫茶店で、シンジはアスカと住んでいることを話した。

 

「で、美人?その人」

 

「さぁ…」

 

「だったら、おいしいよな」

 

「タイプじゃないよ」

 

 本当は極上の美人なのだが、シンジはすっとぼけた。

 タイプでないのは本当だが。

 

「タイプねぇ…。だったらなんで?」

 

「え?」

 

「どうして、承諾した?そんな見ず知らずの女」

 

「ちょっと負い目があって…」

 

「負い目?」

 

「……」

 

 『花婿が自分に惚れてたから』なんて言える訳がない。

 黙りこむシンジに、救いの手が伸びた。

 次の生徒の到着を伝える受付の声。

 

「ごめん、時間だ」

 

「まぁ、お前も色々あるんだろうからな、聞かないでおくよ。

それと、たまには大学に弾きに来いよ。冬月先生も心配してる」

 

 大学院に行っているケンスケには、シンジがこの音楽教室と家の往復しかしていないのが歯痒かった。

 悔しいが自分よりも才能があるはずの彼が…。

 

「…卒業したんだ。大学院、落ちたんだ。

もう、あそこに僕の居ていい場所はないよ…」

 

 辛そうに目を伏せるシンジにケンスケは掛ける言葉が見つからない。

 

「……綾波も『碇君、元気かな』って言ってたぞ」

 

 『綾波』という単語にシンジの顔が途端に真剣になり、ケンスケの方を向く。

 次の瞬間、『彼女がそんなことを言うはずがない』という、落胆のため息を吐く。

 

「そんなに気になるなら、確かめに来いよ。じゃあな」

 

 シンジは帰っていくケンスケを見ながら、『もしかして、本当に?』という希望を抱いた。

 とりあえず、彼を元気付けるというケンスケの目的は一応達成されたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇ、割といい部屋ね」

 

 嫌がるアスカに、無理矢理ついてきたリツコは、興味深々でシンジのマンションを見て回る。

 カオルが住んでいたことは無論のこと言ってない。

 部屋の中は落ち着いた雰囲気で、家具も古ぼけてはいるがどこか品がある。

 

「ねぇ、マズイわよ。一応、居候の身なんだから」

 

「あなたの新しい恋人が帰ってきたら、すぐに帰るわよ」

 

「男と女が一緒に居たら、すぐ付き合ってるとか思うのはおばさんの証拠よ?」

 

 この二人の間にタブーの会話は存在しない。

 それだけ仲がいいのかも知れない。

 睨み合う二人はそのことをよくわかっていた。

 

ガチャ

 

 玄関でドアが開く音。

 愛すべき我が家の帰ってきたシンジが見たものは、引きつった笑顔を張り付けて見つめあう二人。

 

「…ただいま」

 

 当たり前だが、彼には状況が飲み込めない。

 

 「お帰りなさい」

 

 こちらも見ずに、返すアスカはまぁいい。

 しかし、こちらを観察するように見つめる金髪の女性は誰なのだろう?

 

<まさか、また同居人が増えるんじゃ…>

 

 こわい考えになってしまった。

 リツコがニコリと笑ってこちらを見つめる。

 

「はじめまして、アスカの同僚の赤城リツコです」

 

「…病院で働いてるんだ?」

 

「惜しいけど違うわね。でも、中々の洞察力だわ。何故そう思ったの?」

 

 黙ってリツコの着ている白衣を指差す。

 そんなものを着ている人間を他の何だと思えというのだろう。

 

「あぁ、なるほど」

 

 そう言われて、妙に納得して白衣を摘む。

 別段気にした様子もないリツコの姿が、妙にアスカの笑いのツボを刺激した。

 

「プッ、アッハハハハハハハハハハ!」

 

 けたたましく笑い出すアスカに、リツコは眉をしかめ、シンジは戸惑うしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アスカの部屋は、まだ高くダンボールが積んだままである。

 忙しく荷物を片付けるアスカを尻目に、リツコはシンジに入れてもらったコーヒーを片手に壁にもたれかかっている。

 

「かわいいわね、彼」

 

 窓の外に視線を移し、真顔でそんなことを言うリツコにアスカはまともに取り合わない。

 

「あぁ、いいんじゃない?彼女いないって言ってたし」

 

 適当に返して服をクローゼットにかけるアスカの動きは、次の言葉で固まった。

 

「実験、お好きかしら…」

 

「…頼むからやめて。アンタせっかく決まったアタシの新居を奪うつもり?」

 

「いい男を見たら、とりあえず実験したいって思わない?」

 

「アンタだけよ…、っていうか人の話を聞け!」

 

「フゥ」

 

 物憂げにため息を吐くリツコを見れば、恋する美女に見えるだろう。

 だが、アスカは知っている。

 研究対象も恋愛対象も一緒くたの、危険なマッドサイエンティストの本性を…。

 

<アンタの頭の中ってどうなってんのよ…>

 

 わけのわからない上司を持っていることを今更ながら痛感した。 

 これ以上、大家の不興を買うと、公園で寝泊りする羽目になりかねない。

 一刻も早く、この危険人物を部屋から追い出さなければならない。

 

「あ、アンタ時間いいの?今日、教授会議あるんでしょ」

 

「そうね、そろそろ行くわ。それじゃ」

 

 アスカの目論見は成功し、危険人物は部屋から出て行く。

 ホッとしただったが、コーヒーを入れ直しに来たシンジがリツコと玄関で鉢合わせる。

 

<やばっ!>

 

 余計なこと言われてはかなわない。

 慌てて何事か話し合う二人の所に走り出す。

 

トンッ

 

 肩が高く積み上げられられたダンボールにぶつかった、と気付いた時にはもう遅かった。

 

ドドドンンンンッ!!

 

 ダンボールの下敷きになったアスカを、コーヒーメーカーを片手に呆れたように見つめるシンジ。

 リツコは大人しく帰ったようだ。

 

「手伝おうか?」

 

「…お願いするわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、OK」

 

 シンジは、満足そうに頷く。

 元々部屋の掃除や整理が嫌いでは無い。

 女手一つでは動かせない、チェストやソファーもあったし、手伝うつもりでいたのだ。

 

「サンキュ、はい」

 

 アスカが冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、シンジに渡す。

 

「大学の先生なんだって?」

 

「えっ?」

 

「職業」

 

「あ、うん、まあね。一応、講師ってことになってるわ。

先生って言うと聞こえは良いけど、雑用ばっかり。秘書みたいなもんよ」

 

「それでもすごいよ」

 

 素直にシンジはそう思った。

 同じ『先生』と呼ばれる職業でも、自分とはかなり違う。

 

「アンタは?コンクールって言ってたけど、ピアニスト?」

 

 両手で持ったビール缶を見つめながら、首を左右に振る。

 

「良く言っても、ピアニストの卵、かな。

今はただのピアノ教室の先生。

大学院、落ちちゃって…、それでも諦められなくて」

 

 言ってるうちに落ち込んできたのか、シンジの空気が重くなる。

 

「ふーん、ピアニストになるのって大変なんだ。

でも、アタシ音楽の才能とかって全くないから、ピアノ弾けるってだけで尊敬するな。

子供のころ習ってたバイオリンも、3日ともたず辞めたし」

 

 缶をくわえながら、ことさら軽い口調で言うアスカ。

 彼女の方が辛いはずなのに、慰めてくれている。

 

「…ありがとう。

お腹へったろ?なんかつくるよ」

 

「ホント?サンキュー!

助かったわ。アタシ、料理もそんな得意じゃないのよ」

 

 ソファーで胡座をかいているアスカの笑顔を見ていると『この同居もそんなに悪いものじゃない』、そんな気にもなった。

 ノブに手をかけた時、棚の上に大きめのスーパーボールが置いてあるのが身に入り、手に取る。

 ゴムの中に銀色の星を散りばめた透明な緑色の球体。

 

「あっ…」

 

 アスカは思わずソファーから腰を浮かしかけ、座りなおす。

 

「懐かしいね、コレ」

 

 ボールを弾ませながら、シンジが言うと、アスカが照れと酔いで顔を赤くしながら、怒ったように返す。

 

「ガチャガチャって、あるでしょ?あの、100円入れるやつ。あれで出てきたの」

 

 シンジがボールを軽く投げると、アスカは片手で上手に受け取る。

 手の中のゴム製の宝石見つめながら、さりげなく言った。

 

「カオルってさ、子どもみたいなとこあるじゃない?変なモン好きだったのよね」

 

「……」

 

「デートの最中だってのに、街で見かけると必ずやるの。こんなモンばっかたまっちゃって」

 

 シンジは黙ってアスカの話を聞くことしかできなかった。

 

 わがままで、乱暴で、強気で…。

 今更ながら、それが強がりであることに気が付いた。

 そんな彼女に慰めてもらって、それを返してあげることもできない、自分の情けなさも――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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40000HIT、おめでとうございます!

またしてもテリエです。

また、こんなんです。

いいんでしょうか?

 

このお話はLASかLRSかLKS(嘘)か決まってません。

皆様のご希望を聞かせていただきたいです。

あと、今回の反省点として 

●アスカがミサトっぽい。

●短時間で書いたことが自分の中でいいわけになっている。

が挙げられます。

 

ごめんなさい


テリエさんから、第二話を戴いたのです。

次の一万いったら、とのお言葉でしたが、その通りに仕上げて頂いたのです。

ぴたりと仕上げられるのは、とてもとても羨ましい事なのです。


>そんな彼女に慰めてもらって、それを返してあげることもできない、自分の情けなさも――――。

母性本能をくすぐるタイプ、と言う表現がありますが、“慰め甲斐が無いタイプ”と言うのもあるのです。
例えばほら…余計なお世話だと突っかかってくるタイプとか。
少し妙な言い方ですが、『相手の好きなように慰めさせる』、と言うのも一つの才なのです…きっと。

>『綾波』という単語にシンジの顔が途端に真剣になり、ケンスケの方を向く。

ん?
花婿に逃げられた、と公言した娘にもさして顔色は変えなかったシンジ。
その表情を動かし得る単語−『綾波』

>次の瞬間、『彼女がそんなことを言うはずがない』という、落胆のため息を吐く。

シンジの心の中で、やや大きな比重に見える『綾波』。
ケンスケの誘いに乗り、シンジが確かめに行くのか、そしてそれが何を生み出すのか?
そして勿論…奇妙な同居人との関係もまた。

なお。
テリエさんが結末を考え中、との事です。
『あなたの読まれた終章』を是非、テリエさんにお送り下さい。


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