SUMMER WALTZ 

 1st story  : Bride Attack

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピンポーン

 

ピンポーン

 

<…なんだよ、もぅ、うるさいなぁ>

 

 疎ましげに目覚まし時計を見ると、まだ午前9時。

 

<まだこんな時間じゃないか…。今日はバイトじゃ無いし、誰とも約束はしてないし、あれは午後からだし…>

 

 眠気の靄に包まれた頭の中で、起きなければならない理由を探してみたが思い当たる節はない。

 勧誘もしくは集金、そう結論付けて布団を頭からかぶり直す。

 

ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン

ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン

 

  しかし、チャイムの嵐は一向に収まる気配を見せない。

 連射するわけでもなく、一定の間隔で聞こえてくる音にはただならぬ執念を感じさせる。

 勧誘や集金の人間ならば、一流の粘り強さである。

 しかたなく心地よいベットの感触に別れを告げると、寝ぼけまなこのまま、彼は扉を開けた。

 

 そこには、ウェディングドレスを着た女性が肩を怒らせて立っている。

 思わずドアを閉めた彼に、またチャイムの音が降りそそぐ。

 おそるおそるドアを開けると、やっぱりウェディングドレスが立っていた。

 目の前の光景が把握しきれず、茫然としている彼にいきなり彼女が掴みかかってきた。

 

「おはようございます!」

 

「…おはようございます」

 

 胸座を掴まれたまま、律儀にも一応頭を下げる。

 

「カオルは!」

 

「…え」

 

「この部屋に住んでる渚カオル!」

 

「あの…失礼ですが…どちら様?」

 

 言い終わるのも待たずに、彼を押し退けて上がりこむと、寝室のドアをバタンと開けた。

 中には誰もいない。

 諦めることなく、すかさず家中を勝手に探し回る花嫁に、彼は申し訳なさそうに声をかけた。

 

「…カオル君だったら、荷物まとめて出て行きましたけど」

 

 その声に振り返ると、花嫁はまたしても彼の胸座を掴んだ。

 

「出てったてどこに!?今日アタシ、結婚式なのよ。10時からだから、8時に来るはずなのに、もう9時半だっていうのに、カオル

来なくて、このままじゃひとりで結婚式挙げんの?とか思って冗談じゃない、そうだ、アイツ朝弱いから…。子供のころからそうだ

ったし、まだ寝てるかも、寝てるかもって思って…」

 

 焦りと混乱を抑え自分に言い聞かせつつ、一気にまくし立てた。

 言い終わったと思ったら、突然後ろを振り返りベットの布団をめくったりする。

 

「いない…」

 

 彼は忙しない彼女を見ながら『カオル君結婚するなんて言ってたっけ?』と、どうにかして現状を把握しようと努めていた。

 

「もう親戚集まってるの。ドイツからパパとママも来てるし。10時からだから、あと…」

 

「あと、30分ですね」

 

 部屋の時計を見て、彼はさらりと言ってしまう。

 

「そんな他人事みたいに言わないでよ!」

 

「…すみません」

 

「それより、カオルはどこいったの!?」

 

「…さあ、お互いのことはあんまり詮索しないっていう、暗黙の了解みたいなものがありましたから」

 

「そんなぁ、困るわ!10時から式が始まんのよ?今9時半だからあと30分…」

 

「それ、さっき話しましたよね」

 

「そうよ、…ところで、あんた誰?」

 

「カオル君のルームメイト、碇シンジです。あ、カオル君出てったからもう、ルームメイトじゃないか」

 

 緊迫している雰囲気の中で、どこかずれた発言を繰り返す彼の頬に、食い入るような視線が突き刺さる。

 

「そんな、睨まれても…」

 

「だって、じゃあ、どうしたらいいのよ!」

 

 彼は生まれて初めて、幻の『地団駄』を見る幸運に恵まれた。

 だが、その幸運を知ることもなく、彼女が泣き出しそうな顔をしているのを見ると、周辺を探し始めた。

 

「何か、手掛かりあるかもしれないから…」

 

 思いつきの行動は、意外に早く報われた。

 傍の棚の上に、『アスカへ』と書かれた封筒が見つかる。

 ひたすら、うちひしがれている彼女の背中に、そっと声をかけた。

 

「アスカ、さん?」

 

「どうして、あたしの名前!?」

 

 驚いて振り返った彼女に、彼は手紙を差し出す。

 アスカはそれをひったくるように奪い、急いで封を破る。

 封筒の中から便箋をを抜き取ったものの、そのまま固まって動かない。

 

「たぶん、それ、カオル君からの手紙だと思うけど」

 

「わかってるわよ!ちょっと黙ってて!」

 

 威勢よく返したものの、やっぱり動けない。

 アスカは、最早事態の推移を見守るしかできないシンジに、救いの手を求めた。

 

「ねぇ、ちょっと。…出だしだけ目通してくれる?」

 

「はぁ」

 

 だが、彼が手紙を受け取ろうとした途端、アスカはさっと手を引っ込めた。

 

「あっ、やっぱり自分で…、いや、やっぱり読んでみてくれる?視覚で見るとショック大きそうだから」

 

「あぁ、耳で聞けば空耳ってこともあるもんね」

 

 結局差し出された手紙を受け取りながら、彼はまたしても余計な一言を口に出した。

 しかし、彼女はそれを気にすることなく、気持ちを落ち着けるためか深呼吸を繰り返す。

 手紙を読もうとして、ふと、シンジは彼女の態度が非常に大きいことに気がついた。

 始まらない朗読にアスカが怪訝そうな顔を向ける。

 

「なに?」

 

「いや、別にいいです、大変な時なんだろうし…。始めます、『親愛なるアスカへ』」

 

 深呼吸をしながら次の言葉を待っているアスカをちらりと見た後、続けた。

 

「『すまないアスカ』」

 

「…いきなりすごいわね」

 

 たまらず振り返ったアスカに、言いにくそうにシンジが答える。

 

「この先もっとすごそうです。覚悟してください」

 

「……OK」

 

 仕方なく彼女が気合を入れなおす。

 

「『君との結婚はなかった事にして欲しい。

いきなりこんなことを言われて、たぶん君は怒っているんだろうね。許してくれ、とは言わないよ。

僕と君はずっと一緒に居た。親同士がそう決めたからね。

でも、きっと君も気付いてると思う。それを恋や愛とは呼ばないってことに。

僕は両親に無理を言って一人暮らしをした一年半で、それに気がつくことが出来た。ここで…」

 

 聞いている内にアスカの肩が震え出す。

 それが、怒りなのか悲しみなのかはわからなかった。

 しかし、途中で言葉を切ったシンジの顔が青ざめてるのは何故だろう?

 

「どうしたの?続けなさいよ」

 

「でも…」

 

「いいから!」

 

 顔色が目に見えて悪くなっていく彼は、ため息をつくと半ば自棄になって続けた。

 

「『ここでシンジ君に出会えたからね。僕は彼に恋に落ちた。一目惚れってやつだね。

男と女は僕にとって等価値らしい。つまりはゲイってことさ。

でも、シンジ君には好きな女の子が居るみたいだ。だから、君の前から消えるよ。さよなら、シンジ君』」

 

「もういいわ!」

 

「もう終わりです」

 

「もう終わりなの!?」

 

「これだけです」

 

 自分への謝罪の手紙のはずが、最後にはシンジへの別れの手紙になっている。

 しかも、その内容と来た日には…。

 ショックを受けない人間がいたらお目にかかりたい。

 現に目の前の女性はショックに打ちひしがれている。

 

「あの、僕なんていっていいのかわからないけど…。元気だしてください」

 

「・・えの・・か」

 

「え?」

 

「おまえのせいか〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」

 

 その後、彼女は20分ほど大暴れ。

 でも、彼は彼女のしたいようにさせた。

 とばっちりとは言え、彼女の不幸の原因が自分にあると思ったから。

 天国の母親に会えるほど首を締められるのだけは勘弁して欲しかったが…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                                           第1話 :  花嫁、襲来

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着きました?」

 

「ああ、アリガト」

 

 指し出せれたコーヒーに軽く礼をいう彼女。

 その外見からは、先程までの大暴れを想像することは難しい。

 はっきり言って、かなりキレイな部類に入る。

 彼の知っている女性(映像だけも含む)の中でもトップレベルに属する程。

 しかし、先程のことが夢でないことは部屋の惨状が証明してくれる。

 

「あの、僕、起きたばっかりで…歯、みがいていいかな」

 

「もちろん。あ、悪い。その前にもう一杯」

 

 空になったコーヒーカップを取りにきたシンジをまじまじと見て、アスカは八ッとした。

 自分のことに夢中で、ろくすっぽ彼の顔など見ていなかったが、自分と同じくらいの歳、おまけに顔立ちも整っている。

 

「アンタ、いくつ?」

 

「え?23ですけど」

 

 彼女と同い年だった。

 

<チャ〜ンス!!>

 

 シンジは背後でニヤリと笑う彼女には気がつかなかったが、背に走る悪寒はしっかりと感じていた。

 既に許容量を越えていた彼は、それを深く考えることなくバスルームに向った。

 

 

 

 

 

コンコン

 

 彼がバスルームで顔を洗っていると、ノックの音がした。

 

 「スミマセン。アスカですけど…」

 

 「アスカですけどって…他に誰がいるんだよ…」

 

 シンジは聞こえないように呟く。

 

 「あの…」

 

 「はい、トイレですか?今代わります」

 

 「いえ、そうじゃなくて…。アタシ、ちょっと思いついたんですけど」

 

 「はい、なんでしょう」

 

 今までにない猫撫で声に、とてつもなく嫌な予感はしたが、聞き返してしまった。

 

 「今、彼女います?」

 

 「…いませんけど」

 

 唐突で、失礼な、しかも意図の見えない質問に、律儀にも本当のことを言ってしまう。

 

 「よかった!アタシも23なんですけど、23って結婚適齢期まっさかり!ってカンジしません?」

 

 「…はぁ」

 

 嫌な予感はますます高まり、警告音が心の中で鳴り響く。

 直ぐに逃げださなければいけないと思っても、ここはバスルーム、逃げ場はない。

 

 「あと10分で結婚式始まっちゃうんですよ、アタシ」

 

 「……」

 

 「あと10分あったらあなたもシャワー浴びて、歯みがいてちゃんとした格好に着替えられると思うし、ここはひとつ」

 

 「ココハヒトツ…、何ですか?」

 

 警告音は『開けちゃだめだ!開けちゃだめだ!』と明確な意味をもって鳴り響いたが、我慢しきれず扉を開けてしまった。

 

 「アタシと結婚してください」

 

 シンジは無茶なことを真顔で言うアスカに固まる。

 

 「…冗談はやめてください。はっきり言って、あなたは今、パニックで取り乱してます。

 僕が花婿をやれるわけないです。見たことも聞いたこともないのに…。

 それに、カオル君関係の人だって来てるでしょ?」

 

 「…そうか、そうよね」

 

 あっさりと引き下がった彼女に内心拍子抜けしながらも、ホッとした。

 落ち込んで下を向く彼女の横顔を見て、少しだけ『惜しかったかな』と思わないでもない。

 

<なに考えてるんだ!僕には好きな人が…>

 

 不埒なことを考えてしまった自分を誤魔化すように、慌てて言葉を発する。

 

「ここはひとつ、式場に戻って、善後策を考えたほうがいいんじゃないかな?カオル君だって戻って来てるかもしれないし…。

ほら、カオル君ってそういうタチの悪い冗談好きな人だったから」 

 

「…そうね。うん、そうかも」

 

 しょんぼりとそう言った後、アスカは背中を丸めて玄関の方に歩き出した。

 その寂しそうな背中を見るとシンジの胸も痛んだけれど、彼にできることなどあるはずもない。

 

「あっ…」

 

「はい?」

 

 いきなり彼女が振り返る。

 まだ、何かあるのかとも思ったが、それよりも胸の痛みが勝っていた。

  

「寝てるとこ、悪かったわね」

 

「いえ、僕ももう起きなきゃいけなかったし」

 

「仕事?」

 

「いや、ピアノのコンクールです」

 

 言われてみれば、リビングルームには立派なグランドピアノが鎮座している。

 

「へぇ、ピアノ、弾くんだ」

 

「まぁ…」

 

「ピアノのコンクールか…。いろいろだね」

 

「えっ?」

 

「アタシにとっては、結婚式に花婿に逃げられた多分人生最悪の日…。

シンジにとってはピアノのコンクール…夢が開ける日」

 

 そうであればいい、と思うが『人生最悪の日』の本人を目の前にそう言うわけにもいかない。

 

「じゃあ」

 

「あ、ちょっと待って」

 

 寂しそうに笑って出て行こうとするアスカをシンジは呼び止めた。

 不思議そうな顔をする彼女に、彼は千円札を二枚差し出す。

 

「タクシー代」

 

「え…式場近いし、来る時も走って…」

 

「その格好じゃ人が見るから」

 

「…そうか、そうね。頭に血が昇って気がつかなかった。サンキュ!きっと返すから」

 

「いいよ」

 

「コンクール、がんばってね」

 

「…ありがとう」

 

 無理してるのが一目でわかる笑顔に、彼も笑顔で答えると、彼女はドアの外に姿を消した。

 ホッとしてシンジは大きなため息をついた。

 時計を見ると10時。

 

 「おかげで早起きできた」

 

 それなら一度弾いてから行こうとピアノの前に座って、手を上げた。

 迷惑だったけど、綺麗で元気のいい、とても不幸な花嫁を想いながら鍵盤を叩く。

 その優しいメロディーは、ちょうど外でタクシーを捕まえたアスカの耳にも届いていた。

 お嬢様の癖に滅多にクラシックなど聞かない彼女だったが、その音色は何だか心に染みた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 花嫁の襲撃もすっかり忘れた頃、スーパーの袋を下げてシンジが自分のマンションの前の道を歩っていると、マンションの隣の

 バスケットコートに、赤の長い髪の綺麗な女性の影があった。

 

「あ…」

 

「ヘロウ!シンジ」

 

「……」

 

 誰だか思い出せない。

 正確に言うと、思い出したくないのかもしれない。

 

「あ、わかんない?この間はどうも」

 

 サングラスを外した彼女の顔を見せられたら、思い出さないわけにはいかなかった。

 

「アスカ…」

 

「そう、惣流・アスカ・ラングレー。

あの後ねぇ、式場に戻ったら、やっぱりカオル来てた」

 

「やっぱり」

 

「戻ってよかった。アンタのいうとおり」

 

 それだったらあの騒ぎはなんだったのかとも普通なら思うかもしれないが、元来人の良いシンジは素直に喜んでいた。

 アスカも笑っている。

 笑顔の応酬がしばらく続いた。

 

「で、ここには?」

 

「あ、そうそう、お金。ほら、タクシー代」

 

「いいのに、わざわざ」

 

「でも、借りは借りだから」

 

「ありがとう、それじゃ」

 

 二千円を受け取り、軽い会釈をしてシンジはその場から去った。

 笑って手を振るアスカを見て、本当に良かったと思いながら。

 本当に人が良い。

 彼は、すぐにそのことを後悔することになるのだが。

 

 

 

 

 

 自分の部屋の前まで来て、階段の下に誰かがいることに気がつく。

 振り返るとそこにはアスカが居た。

 彼女は見つかったことに気がつき、慌てて手すりの陰に隠れたが、既に遅い。

 

「…あ、なにか忘れ物?」

 

 『そんなのあったかなぁ』と記憶を探るが、この前掃除した時にはなにもなかった。

 アスカも首を横に振って否定する。

 

「?…それじゃ」

 

 ドアノブに手を伸ばした瞬間、彼女は2段飛ばしで階段を駆け上がってくる。

 恐るべきスピードに、彼の防衛本能が扉を閉めようとしたが、アスカの足が滑り込む方が速かった。

 

「お願い!」

 

「何を!?」

 

 シンジは彼女の迫力に、ちょっと泣きそうだった。

 

「一生のお願い!」

 

「だから、何を!?」

 

「引っ越してきていい?」

 

「誰が?」

 

「アタシが」

 

「どこに?」

 

「ここに」

 

「なんでぇぇぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」

 

 叫びと一緒に、本当に涙が出てしまった。

 このマンションは防音だけはいいから、ちょっとくらい大声を出しても大丈夫。

 そんな、どうでもいい事を考えることで、現実から逃避してみた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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The Lodger

 


 

after word

 

テリエです。

オリジナリティが…です。

いちおう、ロンバケ。

いちおう、30000HIT記念。

こんなんでごめんなさい、Urielさん。

しかも、続いちゃうんです。

一話完結の短編が本当に苦手で…。

いや、長編も苦手ですけど…。

終わりの見えない話を二つ抱え、中途半端になりませんように祈りつつ…。

 

ごめんなさい。


Holy Beastで『Teen Age Wolves』を連載されているテリエさんから頂きました。

心より厚く御礼申し上げます


しかも参万だということで、記念に頂いてしまったのです。

嬉、の成分だけで体が構成されているような感じなのです。


土壇場で結婚相手の代役を決める娘と、不幸な娘に追い打ちの槍を刺す青年。

ジグソーパズルのように、はまった感じがいいではありませんか。

単なるお人好しの青年なら、小悪魔に魅入られただけの話です。

単に不幸なだけの娘なら、成れずのシンデレラストーリー。

でもどっちも違う。お人好しなだけでも、単に不幸に泣き崩れるだけでもない。

そんな二人だから…この先が楽しみなのです。

読まれたあなたのご感想、是非テリエさんにお送り下さい。


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