シンジと愉快な仲間達−ゴーストバスターズ
 
 
 
 
 
封魔カルテ2−B
 
 
 
 
 
 カメラマンに加えて、一応と言う感じでシンジとミサトも事情聴取は受けた。
 ただし完全に、二人とすれ違った後であり、
「いきなり体が跳ねて、川の中に飛び込んだんです」
 と言う、顔を青ざめての証言に、二人ともあっさり釈放された。
 なお、ミサトを担当した婦人警官が、シンジの電話番号を是非と迫り、撃退される一幕もあった。
 物憂げな美貌は、警官達をもまた魅了していたのである。別に気怠かった訳でも、憂いに満ちていた訳でもない。
 単に、食後に嫌な物見たなと、ただそれだけである。
 背中に視線を浴びながら、二人は警察署から出てきた。
「カツ丼は出なかったね」
 うーん、とシンジが伸びをしながら言うと、
「お茶だけでした?」
「ううん」
 とシンジは首を振り、
「紅茶とケーキのセット」
 それを聞いた途端、ミサトがうぷ、と口元を押さえたのは、さっきの光景を思い出したようだ。
「で、君の方は?」
「わ、私は…あ」
 何を考えたのか、シンジの腕をつねったミサトに、
「弛んでるかな?」
「そうじゃなくて!婦警にシンジ君の携帯番号訊かれたわ。さっき入るとき、ウインクしたでしょ」
「ああ、あれ?署内の光がどぎつかったから、目をパチパチしてたんだけど、まずかったかなあ。蛍光灯くらい、ちゃんといい物使ってくれればいいのに」
「……」
 本気で言ってるらしい従弟に、ミサトは追求の手を諦めた。
 目を瞬かせているだけで人を魅入る、しかも自覚がないと来た日には、する方が悪いのか、それともされる方が悪いのか。
「それより葛城、僕の番号教えたの?」
「まさか、そんな事する筈ないじゃないですか」
「いたずらされると嫌だからね」
 あくまでマイペースなシンジに、ミサトはぶるぶると首を振った。
 巻き込まれたら終わりである。
「あ、あの社長…」
「何?」
「さっきの死体の件ですが、原因は何だと思われます?」
「死んだのはどうでもいい人間だとしても、死因は少し興味あるね。解剖結果を訊いてみようか」
「え、誰にです?」
「ナオコさん」
 ああ、とミサトは思い出したように頷いた。
 たしかにナオコなら、解剖結果はもちろんのこと、死人の脳の中まで教えてくれるかも知れない。
「傷口を少し見ましたが、刺し傷には見えませんでしたね」
「ダムダム弾、体内で炸裂するあの弾が命中した感じに近かった。銃声はしなかったけどね」
「綺麗に弾けていましたからね」
 ケーキの単語には反応しても、弾けた死体にはまったく表情を変えていない。
 もっとも、こうでなければシンジの秘書など務まりはしないのだが。
「ところで、解剖結果ってあれはいつ頃分かる?」
「どう見たって自殺には見えないし、今なら遺族許可無しに可能な筈です。明日の午後には分かるんじゃないかしら」
 解剖、というのは文字通り体の分解だから、普通は遺族の了解を取る。
 ただし、明らかな事件のそれであれば、特例として勝手にばらす事もあるのだ。
 特に、今回のような場合には。
 シンジは炸裂弾頭かと言ったが、実際にはそうでないと分かっていた。
 体内で炸裂すると言っても、破片がまったく消える訳ではない。
 傷口を見たシンジは、破片をまったく見つけていなかったのだ。
 ミクロン単位ならともかく、ミリ単位ならシンジの視線からは逃れられない。
 それがまったくなかった事も、二人があっさり釈放される原因になっていた。
 つまり、常人の手に因る死因ではないと、警察も判断していたのだ。
 あえて言うなら、手榴弾か何かを嚥下し、胃の辺りで一気に破裂でもさせたような、そんな死に方であった。
 無論、秒と経たぬ内に、破片をすべて跡形もなく除去する作業が伴う。
 シンジの知る限り、そんな作業をできる人物はいない。
 と言うよりも、常識の範疇ならば不可能だろう。
「橋から落ちたとき、まだ傷はありませんでした」
 カメラマンは、そう証言したのだ。
 前を歩いていた女だから、当然彼にはその背中が見えている。
 それが突如向き直り、変な格好で足が地を蹴ったと言うのだ。
 橋から水面(みなも)を眺めていて、何かが下に落ちた。
 そこで思わず身を乗り出して落ちたのなら、分からない事もない。
 だが、女は脇目も振らずに、すたすたと歩いていたのだ。そこには振り向く理由もなければ、下に落ちる理由もない。
 しかもそれは、どう見ても引っ張られたようだったと言う。
 カメラマン氏の言葉をそのまま絵にするなら、傲慢な女リポーターにお天道様がお怒りになり、天から手を伸ばして災難を下し給うた、と言う事になる。
 無論シンジもミサトも、そんな事があるとは思っていない。
 人間への天罰など、有っても面倒なだけなのだ。
「ナオコさんの所、君も来るか?」
「社長が行かれるならどこへでも」
 そう言って、ミサトはシンジにきゅっと腕を絡めていった。
 
 
 
 
 
 シンジがミサトと腕を組んで帰宅途中。
 少し離れた場所では、到底似つかぬ雰囲気が展開していた。
 カーテンが引かれ、完全に外界からシャットアウトされた室内は、禍々しい程の香の匂いが立ちこめている。
 何種類もの匂いが混ざり、警察犬でも個々を判別するのは難しそうだ。
 香だけなら、そんなに珍しい代物ではないが、室内の床には異様な物があった。
 そこには、大きな結界が描かれていたのである。
 それも、描いた材料は朱色であり、それは明らかに鮮血であった。
 結界の中心には、全身を白で覆った人物が座っており、その前には鶏の死骸が転がっている。
 首を落とされ、胴体だけとなったその死骸が。
 悪魔召喚か、あるいは霊界通信でもしていそうだが、ある物がそれを否定していた。
 すなわち、そこら中に転がった、ナイフで裂かれた写真の山が。
 その中の一枚は、ご丁寧に太い釘が打ち込まれていた。
 たぎる憎悪をそのままぶつけたかのように。
 写っている女は、シンジ達の目前で奇怪な死を遂げた、あの女リポーターであった。
 
 
 
 
 
「う、苦い」
 二日後、ナオコの家を訪れたシンジとミサトは、応接室に通された。
 家主が自ら点てた抹茶とようかん、これはいつものメニューだ。
 そして、ミサトがいつまで経ってもそれに慣れないのも。
 行儀悪く音を立てて何とか飲み干し、ようかんにすっと手を伸ばした。
「いい加減に慣れてみたら?」
 シンジの方は、これも型どおりの手つきではないが、静かに飲み干して器を置いた。
 そしてようかんに手を伸ばそうとして、
「ん?」
 あるべき物が、そこに無い。
 ゆっくりとシンジの首が動く。
「食べちゃいまし…ひたたた!?」
「今すぐ返せ」
 既に頬を膨らませて咀嚼中だが、その頬を両側に引っ張ったのだ。
「ひょ、ひょっひょ、ひゃひょうあいを…」
 何言ってるのか、さっぱり分からない。
「僕のおやつを返してもらおう」
 結構真面目に引っ張っているらしく、このままでは不気味な代物が取り返されるのかと思われた時、
「その辺で許しておやりよ」
 ドアが開いて、ナオコが入ってきた。
 手には、ようかんを搭載した皿を持っている。
「一つ頼んでいいかい」
「なんだい?」
「行儀、それと食い意地、この二点を矯正してもらいたい」
「ふむ、いいかもしれないねえ」
 ナオコがにっと笑った時、ミサトの顔から血の気が引いた。どんな事でもこの二人の口から出ると、冗談が冗談にならなくなるのだ。
 もごっと呑み込んだばかりの口で、
「しゃ、社長そんなこと言わないで…」
 必死の面持ちで頼み込んだが、本人はもう忘れたかのように、
「で、分かったの?」
 ナオコの手にある皿から、勝手に取って訊ねた。
「一応はね」
 二人の反対側にあるソファに腰を下ろしながら、
「女の名前は京野はづき、年は二十六歳。独身なのは当然さね」
「あのう」
 ミサトが手を挙げ、
「確か、テレビに出ていた時は京野みちるって。それに、本名はワイドショーでもまったく…」
「完璧にごまかしていたのさ。きっと、ひらがなの名前が嫌だったのさ」
「キャスターでも、変名を使うのはよくある事だよ。それで?」
 促したシンジに頷き、
「凶器は断定できなかったよ。死因自体は失血死だけどね。胸の肉を大量に、それも瞬時に抉られていたよ」
「あなたが見ても?」
 シンジが奇妙な事を口にした。
 一瞬室内に沈黙が漂ったが、
「あたしは見てないよ」
 ナオコは静かに告げた。
「あんな物、見る前から分かり切ってるよ。人間の手による武器なら、あの傷口は絶対に作り出せない。可能だとしても、痕跡は絶対に残る物だよ」
「人間の手に…」
 噛みしめるように、ミサトはナオコの言葉を舌に乗せた。
「少し違うんじゃない」
 反対に、異論を唱えたのはシンジである。
 ナオコはすぐに頷いて、
「そうだね、因る物だ」
「え?」
 分かっていないミサトに、
「自然現象で無ければ、どんな物でも人の手に因るのさ」
「あ…」
 なるほど、と納得しているミサトは置いといて、
「ただ、式神の区別は付かないかも知れないな。あれなら、呪符を張り付けてでも出来る代物だからな」
 ん、とナオコの表情が動いた。
「興味、あるのかい?」
 訊ねた口調と、そして表情にはあきらかな驚きがあった。
 つられて、ミサトもシンジの顔を見る。
「遺体には傷口がある。だが、そこに何を見た?」
 不意に、シンジが静かな声で言った。
「『!?』」
 空気が急速に冷えていく中で、シンジの美貌だけは変わらない。
「あれは呪詛、それも文字通り人生を賭ける位の物だ。だとしたら、誰がそれを向けた?他人事をかき回す、それを糧として出世を続けて来た女、誰が一番なのか興味があるな」
 シンジの言葉で、室内には静寂が訪れ、その空気が動くには数十秒を要した。
 僅かに身動ぎしたナオコが、
「心当たりがありすぎてね、随分と一杯になってしまったよ」
 そう言うと、分厚い書類をシンジに差し出した。
「あの女が取材を担当した件、全部のリストだよ。この五年間で百五十件近くに達するから、捜すのも一興かも知れないね」
 だが、シンジはそれをすぐに受け取ろうとはしなかった。
 ナオコの手を空中に残したまま、深く座り直したのだ。
「人の家庭に土足で踏み込む、それに憤りを感じるのはあるとしても、逆恨みも多いはずだな」
 シンジの台詞に、ミサトが奇妙な目を向けた。
「あの、それってどういう事です?」
「無論、文字通り心に土足で入った事もあるだろう。だが同時に、される側がそれを売名に使うケースもある」
 確かにシンジの言うとおり、新人のタレントやアイドルが、わざと有名人とのスキャンダルを起こして、一気に名を上げようとするのは珍しくない。
 そんな彼らに取って取材は、それもしつこい取材になればなるほどいいのだ。
 そうなれば、その分だけワイドショーでも取り上げられるし、自分の名が広まる機会となるからだ。
 例え、相手がそれで大迷惑したとしても。
「ただし」
 とシンジは続けた。
「取材が細かすぎて、余計なぼろが出る事もある。そうなればやぶ蛇で、芸能界をあっさりと追放にもなりかねない」
 その言葉を聞いてミサトは、あるアイドルもどきの事を思い出した。
 巨乳を売り物にデビューしたのはいいが、単に乳が大きいだけなどさして珍しくもなく、半年で早くも人気は下火。
 と言うより、消える前の最後の瞬きになってしまった。
 焦った彼女は、芸能人を巻き込んでのスキャンダルを選んだ。
 女好きで、節操と誠意の単語が無縁の俳優に、色仕掛けで迫ったのだ。
 女なら、いやと言うほど相手にしてきたその男だが、なぜかあっさりと落ちた。
 ホテルの前で激写、週刊誌に掲載、ワイドショーのネタに登場。
 そこまでは良かった。
 そのまま行けば、一応知名度は上がったかも知れない。
 だが、そのワイドショーが悪かった。
 垣本と言う視界は、しつこいのと妙に情報網が広いのとで有名だったのだ。
 どうしてこんな簡単に女慣れした男が落ちたのか、と中年の女タレントが、さも不思議そうに言い出したのへ、
「実はね、私も調べて見たんですよ」
 と、水商売の過去を公の場で暴露したのだ。
 しかも、ソープランドでのナンバー3の過去を。
 清純アイドル、と言う一昔前のブランドが求められる中で、それは致命的な物であった。男と女の情交、ならまだ話は良かったかも知れない。
 しかし風俗の、それもソープランドの売れっ子とあっては、もはや彼女の道は断たれたも同然であった。
 俗に言うさげまん、これに関しては成功したと言える。
 何故なら、相手の男もまた、
「風俗嬢との濃い一夜」
「店時代からの知り合いか?」
 などと書かれ、これも芸能生活は終わりを告げたからだ。
 スキャンダルと言うのは、文字通り諸刃の剣であり、いや自分に返ってくる事の方が多いが、そう簡単に操れる物ではない。
 実際、それを武器にしようとして失敗したのは、今までに腐るくらいいる。
 そうなれば後はもう、せいぜいあの人はどうなったかと、面白半分に取り上げられるのが落ちである。
「そう言えばあの女、スキャンダルも得意だったわね…」
 ふと思い出したように呟いたミサトへ、
「有名になり損ねた女のヒス、そんなのは嫌だな」
「そうね、女のヒスなんて…え!?」
 シンジが女、と言い切った事を、ミサトはすぐには分からなかった。
「お、女って…今回の犯人が?」
 シンジは、さも当然というようにナオコを見た。
「あんたもまだまだ若いね」
 やれやれと、
「ミサトちゃん、あんたは自分の身体でどこが気に入ってる?」
 子供扱いされたミサトだが、自分の全身を眺めてから、
「や、やっぱり胸とか…」
「まあ、それだけの大きさがあれば、自慢にはなるさね」
 よく分からない口調で言ってから、
「胸と尻、大抵の女はここが自慢、逆に言えば大事にしてるんだよ」
 当たり前の事を言いだしたナオコに、
「あ、あの…それで?」
 ナオコは呆れた顔も見せず、
「あんたが、絶対に許せない女がいるとしたら、そしてそいつから何かを奪ってやるとしたら何を選ぶ?」
 物騒な事を言いだした。
「普通は恋人とか…」
 職とか地位とか言わないのは、やはり女としての表れかもしれない。
 ちょっと考えてから、
「あ!」
 気が付いたように大きな声を上げた。
「じゃ、じゃあ胸をやられたのは…」
「その通り」
 ナオコは頷いて、
「右のおっぱいが、きれいに吹き飛んでいたよ。もしかしたら、殺す気はなかったのかも知れないね」
「な、何ですっ…」
 何ですって、と言いかけて途中で止めた。
 生きたままの屈辱なら、それが効果的だと考えついたのだ。
 だが。
 どうしてシンジがそれを知っているのだ?
「あ、あの社長…」
「ニップレス」
「はあ?」
 ニップル、とは乳首の事だが、陥没した乳首を指している訳ではない。
 乳首を切断されてしまったあるタレントのおかげで、一躍有名になった単語だ。
「男の足下に、乳首が落ちていたのさ」
 とんでもないことを、平然とシンジは口にした。
「ほ、ほ、本当にっ?」
「僕が殺す気なら、頭部を吹っ飛ばしているよ。式神を使ってのそれは、じわじわと苦しみながら殺すのは難しい。呪詛のそれとは訳が違うからね。逆にもし、一生消えぬ傷跡を残すなら…やはり顔だね。顔に終生消えない傷を残すさ」
 分析するように言ったシンジを見て、何故かミサトの背に寒い物が走った。
「さすが、女性心理には長けているね」
 ふっふと笑ったナオコに、
「褒めても何も出ないよ」
 あまり嬉しくなさそうに言って、
「多分犯人(ホシ)は、かなりの高確率で女性だ。どうするかは、これからゆっくり考えるさ」
 立ち上がると、ナオコの手から書類を受け取った。
「僕は用事があるから、先に帰る。ナオコさん、悪いけど教育頼むよ」
 シンジの言葉に、ナオコはにっと笑った。
「ミサトちゃん、久しぶりに一対一で色々教えてあげるよ」
「シ、シンジ君そんなー!」
 一人にしないでと全身で懇願してみたが、シンジはあっさりと背を向けた。
「赤木流お茶の基礎教養コース、三時間もあれば一応習得できるはずだ。では、僕はこれで」
 あああ、と伸ばした手が、空中でがっくりと力を失う。
「さて、何から教えてあげようかね」
 何故か、ナオコは妖艶に笑いかけたが、じつはミサトは知らなかった。
 シンジは別に、お茶もようかんもどうでもいいのだ、と言うことを。
 そして、三時間と言ったのは、その間は外に出すなと言う意味を持っていたことを。
 そして無論、ナオコはその意味をちゃんと分かっていたこともまた。
 
 
 
 
 
(続)

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