シンジと愉快な仲間達−ゴーストバスターズ
 
 
 
 
 
封魔カルテ2−A
 
 
 
 
 
 二つの熟れた女体が、上下になって激しく絡み合っている。
 互いに押しつけ合った秘所からは、止まらぬ淫液がしとどにあふれ出し、辺りをはばからぬ嬌声は、まるで競い合っているようにも聞こえる。
 下から、大きく腰を使っていた女の方が、
「ああっ、あんっ、ああっああーっ!」
 乳房をぶるっと揺らせてまたいった。
 これで四度目である。
 そして数秒後、その乳房をぎゅっと掴みながら、上の女も追うように達した。
  
   
 
 
 
 ふむ、とそれを見ていた男が頷いた。
 その情景をどう見たのか、その声には欲情の片鱗もない。
 むしろ、動物たちの交合でも見ているような節すらある。
「やっぱり、松葉崩しがメインか」
 ティーカップを傾けて、小さく洩らしたのはシンジである。
 なお、今シンジが見ているのは中継ではない。
 先だって、シンジが欲情させ、レズプレイに持っていったマユミと巴姫の映像だ。
 だとすると、シンジは室内にカメラでも仕掛けていたのだろうか。
 いや、あの時シンジは、そんな物は何一つ持っていなかった筈だが。
 カップを空にしたシンジは、
「ねえ、も一回しよ」
「ん…」
 達したばかりのマユミが求め、巴姫がそれに気怠く応じるのを眺めた。
 今度はお互いの乳房を手に取り、まるで揉み潰すかのように、荒々しく揉み出した。
 見ていても痛そうな気がするが、本人達は既に感覚の神経が麻痺しているのか、相手の指が乳房に食い込むたび、切なそうに喘いでいる。
「女組長と女子大生の絡み…裏で高値が付くだろうなあ」
 ろくでもない事を呟いたが、ふとリモコンに手を伸ばした。
 現在巴姫は、まだ若頭の筈だが、組長と何故かシンジは呟いた。
「だが…どうして出てこなかった」
 わずかに首を傾げたのは、無論マユミの別人格の事であったろう。
 興味が消えたのか、テレビ番組に切り替える。
 いくつかチャンネルを変えた時、ふとニュース画面でリモコンを止めた。
 多額の恐喝と暴行を受けた少年が自殺、その加害者達と少年の遺族との間で和解が成立した、と言うニュースをキャスターが早口で告げていた。
 反省心の欠片もない加害者に、被害者の両親も最早諦めたようだ、としたり顔で講釈するのを見て、わずかにシンジの眉が寄る。
 シンジはいつも思う。
 どうして、被害者の気持ちをそんなにわかるのだろう、と。
 そう、体験した者しか分からぬ筈のそれを。
 力弱い者からの搾取に憤る、それは義憤にも似ているだろうが、彼等の場合はそんな物とはかなり離れた位置にある。
 さもご愁傷様、と言った風情を全面に出し、悲嘆の最中にある家族の家に上がって取材を試みる。
 無論その際、相手はとんでもない連中だ、と同調してみせるのは忘れない。
 その一方では、被害者の生活ぶりを徹底して暴き出し、同じ学年の、或いは同じ学校と言うだけの関わりしかない者へも、彼等の都合など知らぬとばかりに取材のマイクを向ける。
 そして、実は被害者にもこんな一面が、と面白おかしく報道してのけるのだ。
 実際の所、三文週刊誌のネタになっている、として思えないそれだが、自分が体験してもいないそれを、さも成りきったかのようにあれこれと批評するのは、未だに解析不能である。
 いや、芸能人の恋愛をしつこく追い回すのも、自殺した者の家族に執拗な取材の手を向けるのも、連中に取っては同じなのだろう。
 要は、視聴率が上がればいいのだ。
 
 
 以前、淫魔に取り憑かれた女がいた。
 夜な夜な淫夢を見るのだが、問題はそれを実行に移すことであった。
 夢の中で、彼女が逞しい男根に貫かれるとき、現実世界でもそうなっていたのだ。
 ただし、人の夫の物で。
 人の家に侵入し、そこの男を強制的に犯す。
 これも性的暴行の一種かも知れない。
 操られ、夜毎に男の精を搾り取る母親に、思い詰めた少女は死の刃を向けた。
 それを寸前で止めたのがミサトだったのだ。
 シンジに内緒で受けたミサトは、結界の中で封じるのに失敗した。
 しかも、凶暴化した女は結界を破ってミサトに襲いかかったのだ。
 凄まじい肉弾戦となり、ミサトは腕に大きな裂傷を負ったが、何とか女を押さえ込んだ。
 別にミサトが弱かったのではない。
 単に、取り憑かれた女を傷つけまいとしただけだ。
 どうにか女を縛り上げ、淫魔を取り除くのに成功したミサト。
 片腕を朱に染めたミサトに、少女はお礼ですと金を差し出した。
「もらっておくわ」
 そう言って微笑ったミサトは、そこから百円玉を一つだけ取った。
「高かったかしらね」
 腕を吊ったミサトに、
「半額でも良かったな」
 シンジはわずかに微笑した。
 が、事はそれで終わりではなかった。
 オカルト誌のライターが、ミサトを取材に来たのである。
 淫魔を祓った、それだけでも記事になるのに、その女記者はミサトが受け取った礼の事まで知っていた。
「その金額は少女への同情からですか」
 野卑な笑いを見せた女に、ミサトはにこりと笑った。
 ただそれだけである。
 その女が、拷問マニアの所へ売り飛ばされたと、シンジが聞いたのは数週間後の事であった。
「二週間も生きていたんですって、大した物よね」
 体中を少しずつちぎり取られながら、それでも女は生きていた。
 いや、死ねなかったのだとミサトは言った。
「それでね、シンジ君」
 新聞から顔を上げたシンジに、ミサトは札束を見せた。
「競馬の大穴?」
「ううん、実験体を提供したお礼よ。これで採算が合うでしょ?」
 ミサトはうふふと笑った。
 
 
 ミサトが勝手に依頼を受ける事は少ないが、自ら赴くなどもっと少ない。
 その希少な例を、シンジは今も鮮明に覚えている。
 淫魔とは大変でしたねと、さも同情したように切り出した顔が、自殺した少年の遺族にマイクを向けた、そのリポーターの女と同じだとシンジは思いだした。
 軽く首を振ってチャンネルを変えた時、
「シンジ君いる?」
 ドアの向こうでミサトの声がした。
 平日で、それも日中なのに社長と呼ばないのは、大抵ろくな事がない。
「開いてるよ」
 さすがに勝手に開けはしないが、にゅうとミサトが顔を出した。
「どうしたの」
「あたしも一緒に見せて」
「は?」
 訊いた時にはもう、リモコンをビデオに切り替えて、再生ボタンを押していた。
 女同士の乳房が互いに押し合い、汗で塗れ光る画面が映し出される。
 乳首を擦れ合わせ、切なげに喘ぐ女達を見ながら、
「廊下まで声が聞こえていましたわ。でもレズの裏ビデオ、社長にそんな趣味があるとは知りませんでした」
 台詞よりもむしろ、その口調をシンジは分析していた。
 当然の事だが、画面の中で絡んでいるのは自分ではない。
 これを見て何を要求してくるか−。
「女の子同士っておもしろいからね」
 そう言った途端、ミサトの手が伸びてきて、シンジの首に巻き付いた。
「レズが見たいなら、あたしが生レズ演じてあげたのに」
 ふう、とシンジの耳に息を吹きかけ、
「この子、素人でしょう?ネコの素質ありそうじゃない」
 さっきから画面では、巴姫が攻め役に回り、マユミはそれを受ける方に徹している。
 自ずから、役割が決まったらしい。
「君がタチだとは知らなかったよ」
 ここで言うネコとは、四本脚でにゃあ、と鳴くあれの事ではない。
「相手の子、AV女優?」
 おかしな台詞だが、これには訳がある。
 その辺の裏ビデオも真っ青になりそうな映像だが、さっきから乳や尻だけがアップされており、二人の顔は見えていない。
 今も巴姫がマユミの股間に顔を埋めた所だが、マユミの反った背と巴姫の後頭部は映っていても、二人の顔は映っていないのだ。
「僕のコレクションの批評に来たのかい?」
 巴姫が舌を使い出し、ぴちゃぴちゃと音が上がった所で映像は停止した。
「仲間外れはいや」
「君を?」
「この間の件で、私の知らない所で話を進めたでしょ。だからお詫び」
「お詫び?」
「デートしましょ、シンジ君」
「デート」
 鸚鵡返しに呟いたシンジに、 
「駅前にね、ケーキの食べ放題の喫茶店ができたのよ」
「で」
「女性専用なんだけど、余計な一文が付くのよ」
「同伴喫茶?」
「ご名答。中では別行動でいいから、付き合ってくれません?」
「中では別かい?」
「嫉妬の炎に焼かれたくありませんから」
 ミサトは真顔で言ったが、冗談など欠片も入っていない。シンジと歩くことの危険性は、ミサト自身よく分かっているのだ。
 向けられる嫉妬のそれは、すべて連れの自分へと−
 綺麗すぎる自分の雇い主兼いとこだが、自分にこの何百分の一かでもいいから、美しさの片鱗があればと思うことがある。
 しかし、その度に無駄な願いだと諦めているのだ。
 その辺のモデル程度なら、却って自分の方が引き立つ自信はある。容姿もプロポーションも、決して自信のないミサトではないのだ。
 が、それもシンジと並ぶと全く話が別になる。
 自分など到底色あせてしまい、ただシンジの美貌だけが妖しく輝く事になる。
 美しさは罪、と言う言葉もあるが、シンジの場合は美しさがそのまま犯罪に繋がる。
 文字通り、シンジを見たカップルがその場で破綻してしまい、傷害沙汰にすらなったのを、ミサトは幾度も見てきた。
 魔物とすら言えるシンジの美貌の前に、男女の浅い愛はあっと言う前に消え失せ、後にはただ心変わりした女と、憎しみに取り憑かれた男だけが残る。
 ただ何故か、シンジにその矛先が向けられたのを、ミサトは一度も見た事がない。
 やはり、抗うだけ無意味だと、本能的に悟るのかも知れない。
 罵声が飛び交い、醜く争い合う男女(ふたり)の前で、玲瓏と美貌を輝かせているシンジには敵わないのだ、と。
「いいでしょう?」
 重ねて訊いたミサトに、シンジはビデオデッキを見た。
 後三十秒進むと、お互いの愛液を交換している、マユミと巴姫の顔が映し出される。
 別にそれはそれで構わないが、一応雇用主と秘書の間は円満な方がいい。
 それに、巴姫の事を探られでもすると、ちょっと面倒な気もする。
「いいよ」
 シンジは軽く頷いた。
「じゃ、今日はもうシャッター下ろしますね」
「そうだね」
 すんなり許可が出たことに、やや嬉々として出ていったミサトだが、ドアの前でふと振り返った。
「素人娘同士の絡みなんて、どこで手に入れたんですか?」
「企業秘密」
 す、とシンジは唇に手を当てると、巻き戻しボタンを押した。
  
 
  
 
 
 「若頭、どうかしちまったのか」
「この間から、ずっとあの調子だぜ」
 子分達が囁くのも無理はない。
 ぼんやりと宙を眺め、時折思い出したように、
「碇さん…」
 と呟く姿には、明らかに普段の切れ味は感じられない。
 碇さん、と言う単語からして、あの美貌の退魔師だろうと思うが、ただの恋煩いにも見えない。
 第一。
 あの碇シンジに、普通に想いを寄せられる女が存在するとは。
 子分達は、顔を見合わせて首を振った。
 それを想像するだけでも、彼等の背には寒い物が走るからだ。
 そんな部下達を余所に、ぼんやり宙を見ている巴姫の脳裏には、やっぱりマユミとの絡みが残っている。
 マユミは結局、最後まで薬の効果が切れる事はなかったが、巴姫は途中で切れた。
 つまり、シンジの前で取っ組み合いを演じた相手だと、認識していたのだ。
(らしくもなかったか−シンジさんの前で)
 我ながら、素人相手にしでかす醜態ではなかったと思う。
 自分が素人の小娘と、対等に取っ組み合ったなどと部下達が知ったら、懐にドスを呑んで走り出しかねない。
 その相手だと、意識では判別したのだが、もう躯が言うことを聞かなかったのだ。
 或いは、自分でも無意識の内に、マユミをシンジと重ねていたのかも知れない。
 レズの気など無いと、自分でも分かっている。
 それだけに、そうでも思わないと説明が付かないのだ。
 相手を知ってもなお、躯の炎は止まらなかった。
 だからマユミを責めた。
 華奢な脚を、折れそうな位逆さにひっくり返して蜜をすすり、たわわな胸をちぎれそうな位揺らしながら、背後から双頭のディルドーで激しく貫いた。
 最後に正常位で激しく突き合った時、マユミも巴姫も辺りを憚らぬ声で叫びながら達していた。
(それにしても、どうして碇さんはあんな薬を私に?)
 巴姫はふと内心で呟いたが、
(私にも、レズの素質があったか)
 少し首を傾げて笑った時、部下達がぎょっとしたようにこっちを見た。
 巴姫は、シンジがさっさと帰った事は覚えていたが、それが全部映像で残っていたとは知らない。
 まして、シンジはそれを最初から最後まで点検済みだ、などと言うことは。
 更にそれが、シンジ自身が録画したのではない、と言う事も。
 
 
 
 
 
 「おいしい?」
「え、ええ…」
 頷いたミサトは、半ば唖然として美貌の雇用主を眺めた。
 付き合ってくれたのはいいが、さっきから店中の視線を独り占めしてる従弟を。
 それも、違う意味で視線を集めているシンジを。
「これもおいしいね」
 と、特大のマロンを割って口に入れた美貌の青年は、既に四十六個目を平らげ済みだったのだ。
 なお、ここのケーキはプチサイズではない。
 いずれもレギュラーサイズ、いやそれ以上の大きさだったのだ。
 淡々としたペースに、既に何人かの女性達が口を押さえて席を立っている。
 甘い物は入る所が別、とはよく女性が言ったものだが、その株を奪うような食べっぷりに、胸焼けを起こしたらしい。
 一方、ミサトの方は七つ目である。
 レアチーズケーキをすくったスプーンを持ったまま、
「シ、シンジ君…それどこに入ってるの?」
 異形の者と会話するような声で訊ねた。
「ここだよ」
 すっと自分の胃の辺りを指差したが、その動きのなんと美しいことか。
 絵に描いたようなそれに、見ていた者達が、熱い吐息をもらす。
 シンジは大食漢ではないが、それ以上にケーキをこれだけ吸収してのけるとは、さすがのミサトもまったく想像していなかった。
 それも、ケーキが自分からシンジの口へ入っていくようにさえ見える。
 
 ああそうなんだ。
 
 やっとミサトは分かった。
 そう、シンジがケーキを食べているのではなく、ケーキの方がシンジに食べてもらいたがっているのだ、と。
 カロリーをしきりと計算している女より、美貌の主の方が、ケーキ達だっていいにきまっている。
 胃が膨らんだ様子を全然見せないシンジの訳が、ミサトには読めたような気がした。
 つまり、自分は到底真似できないのだと言うことを。
 ミサトが達観したちょうどその時、シンジは四十七個目に手を伸ばした所であった。
 フルーツがたっぷり鏤めてあるそのケーキは、わずかにブランデーの匂いがした。
 
 
 
 
 
 橋の上をカップルが歩いていた。
 腕こそ組んでいないが、寄り添うように歩いている姿は、二人の距離のなさを感じさせる。
 もっとも、女の方がくっついているようにも見えるが。
「よく食べたね」
 他人事みたいに言ったのは、無論シンジだ。
「…そうね」
 と、これはどこか死にそうな声にも聞こえるミサト。やっぱり、食べ過ぎた女とそれを眺める男の図に見える。
「シンジ君、いくつ食べたの?」
「五十四個」
 一個の五分の一、みたいな口調で答えたシンジは、まったく食べた後の感じがない。
 別にミサトは、聞きたくないことを再確認した訳ではなく、後半はダウンしていたのだ−店中の娘達と同様に。
 シンジの美貌に、いつものようにミサトへ嫉妬が向いたがそれもつかの間、まるで飛び込んでいくようなケーキの消費に、食欲の固まりみたいな女達も、いつしか呆然としてそれを眺め、三十を越えた時点でかなりの女性達が店を出た。
 人のを見て、胸焼けを起こしたのである。
 自分の体調を無視して、目の保養を優先した娘達が、次々と倒れ込んでいく。
 店員まで倒れてしまい、ミサトが助けを求められた時、店員は二人しか残っていなかった。
 彼等と、次々に娘達をソファに運んでから離れて行ったに違いない。
 その間も、入り乱れた甘ったるい匂いが店内に充満していく。
 とうとうミサトも、全員を運搬し終えた時点で、ソファに横になった。
 その時点で、ミサトが食べた数は十一個。
 依然、シンジのスピードは変わらない。
 気が付いたら、シンジに肩を借りて店の外に出ていたのだ。
 が、シンジの全身から、まったく甘い匂いがしないのにミサトは気が付いた。
 きっと、シンジの雰囲気を損なうと、向こうから離れて行ったのだろう。
 当分甘い物は入らないような気がした時、甲高い音を立てて車が走り去った。
 ん、とそっちを見たミサトに、
「知り合い?」
「たしか今の、タレントのTよ」
 その名前ならシンジも聞き覚えがあった。
 たしか、先日愛人の存在がばれて、しかも本宅に乗り込まれて修羅場になった男だ。
 朝の低俗なワイドショーで、一斉になぶり者にされていた筈だが、その急発進の理由を、シンジもミサトもすぐに知った。
「ちっ、逃がしたか」
 美しくもない顔をゆがめて、女が出てきたのである。
 マイクを担いだ男がその後に続く。
 どうやら、取材を試みて逃げられたらしい。
「あの女は確か…」
 シンジが呟いた時、
「例のいじめ自殺の件で、被害者の家まで押し掛けた女よ」
「押し掛けた?」
「両親と取材を断っていたんだけど、あの女の執念深さに母親の精神状態がおかしくなって、それでやむなく父親が受けたんですって。社長、ご存じありませんでした?」
「いや、全然」
 と首を振った時、
「どうします、諦めますか?」
 カメラを持った男が女に訊いた。
「馬鹿ね、何寝ぼけた事いってるのよ。絶対に捕まえて、徹底的に取材してやるんだから」
「他人の家の事なのに、よくそこまで熱心に」
 どこか冷ややかなシンジの口調に、
「妻が愛人の家に押し掛けて、修羅場になったってテレビで言ってたでしょう?」
「朝二分だけ見たが、君はどこで?」
「ナオコさんの家よ。あの人、こういうの結構好きだから」
 君もだな、と突っ込むのは止めて、
「それで?」
 訊ねたシンジに、
「いきなり口論になって、家の中で掴み合いの喧嘩になったのよ」
「誰が?」
「だから、奥さんと二号さんよ」
「ふうん」
「あんまり物音がすごいから、近所の人が警察に通報したの。警察が来た時には、二人ともあちこち傷だらけだったんですって」
「よくある痴情のもつれだな」
 あっさりと言ったシンジに、
「でもそれ、裏があるのよ」
「裏?」
「奥さんは最初、愛人なんて知らなかったし、旦那を信じていたの。でもそこへ二人の密会現場の写真を、愛人邸のアドレスと一緒に送りつけたのがいたのよ」
 その時、ようやくシンジの表情が動いた。
「それってもしかして」
「そう、あの女よ」
「何で分かる?」
 訊きながらシンジは、間違いないと分かっていた。
 案の定、
「ナオコさんの情報だもの」
 どうやらナオコの情報網は、他人のゴシップにも及んでいるらしい。
「職業熱心なんだな」
 あまり興味なさそうに言った時、女がこっちへ歩いてくる所であった。
 カメラマンを後に従えて来る姿は、とても普段テレビに映っているのと同一人物とは思えない。
 あくまでも真実の探求、それだけを求めているように普段は見える。
 もっとも、そこから漂う臭いは到底消せる物ではないが。
 従者を従える女王、のような雰囲気で歩いてきた女と、シンジの視線が合った。
 たちまちその顔が赤くなり、足が止まった。
 シンジとミサトは、無論立ち止まる事なく歩き続け、女とすれ違う。
 そして、カメラを持った男ともすれ違ったその瞬間。
「キャーッ!」
 悲鳴の二秒後に、派手な水音が上がった。
 初めて二人の足が止まり、
「『ん?』」
 その視界に映ったのは、腰を抜かしてがたがた震えている男であった。
「どこかのチームの優勝記念かな」
 のんびりとシンジが言うと、
「違うわよ、新種の痩身法よ」
 とミサトが返す。二人とも、まったく動じていない。
 二人して上から見下ろすと、そこにはやっぱり女が浮かんでいた。
 スーツの胸元を、綺麗な朱に染めたまま。
 裂傷なのは、一目瞭然であった。
 
 
 
 
 
(続)

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