シンジと愉快な仲間達−ゴーストバスターズ
封魔カルテ1−G
室内は、なかなか豪勢な作りであった。
他は昼間から満室なのに、ここだけ空いていたのも頷けた。
そう、値段から推測して。
二流クラスなら、ホテルで仏蘭西のフルコースを頼んでもお釣りが来る金額である。 若い男女が、頻繁に使うにはやや高すぎる金額であり、かといって会社で情事に使うにはちと場所が悪い。
要するに、帯に短し襷に長しなのだ。
無論、現在チェックインしているのはシンジとナルであり、ナルはさっきシャワー室へ消えていった。
ただし。
今のシンジの行動は、はちきれんばかりに熟れた女体を待つ者とは、少しかけ離れているかも知れない。
現在、シンジが手にしているのは携帯端末であり、片方の手には携帯を持っている。
「囲まれている、か」
シンジはぽつりと呟いた−危機感のない声で。
そのすぐ後で、
「ちょっと遅かった」
と付け加えた。
ほんの少しだけ、自嘲気味に。
付けられているかな、と感じたのはタクシーに乗り込む寸前であった。
だが、元から付けるように依頼はしてあるし、権助は退治したとは言え、ついでで付いて来るかも知れないと、気にも留めていなかったのだ。
何よりも、シンジ自身付けられるのはあまり体験がない。
職業柄、と言うか他人を害するような依頼は殆ど受けないし、それに殆どはミサトが撃退していたからだ−シンジは知らないが。
だが今、ナオコに以前送られたそれは、ホテルの周りを囲んでいる怪しい者達をシンジに教えていた。
無論人間の存在を探知するわけではない。
今光っている光点は、いずれも金属を示しているのだ−そう、銃器を。
何を持っているかは不明だが、SMG−サブマシンガンか、あるいは拳銃で武装した者達に、シンジ達は囲まれている事になる。
「どうした物かな」
携帯で一旦はある所へのダイヤルを押したのだが、呼び出し音が鳴る寸前で止めた。
シンジ自身、狙われる覚えがない以上、狙いは明らかにマユミの筈だ。
いや、今はナルか。
だとしたら。
「僕の股間にかかわるしね」
単にボキャブラリーが貧困なのかと思われたが、そうでもないらしい。
その証拠に、
「場所に合ってる?」
一人でくすっと笑ったのだ。
笑った顔のまま、ごろりと仰向けで横になったシンジ。
ちょうどその時、バスルームからタオルを巻き付けたナルが出てきた。
少し、ほんの少しだけ俯き気味で。
「あ、見失っただ?」
「も、申し訳ありませんっ」
ちっぽけな携帯の前で、体格のいい男達が平身低頭している所であった。
もちろん相手は巳姫であり、体を二つに折らんばかりに頭を下げているのは、シンジに付いていった男達である。
「もういいよ」
冷たい声に、男達の顔から血の気が引いていく。
自分たちのボスが、電話の向こうでどんな表情になったのか想像が付いたのだ。
「お前ら全員、コンクリ詰めで北極海に沈めてやる。さっさと戻ってきな」
若頭の命は絶対だったが、男の一人が魂と引き替えのような声で異を唱えた。
「わ、若頭、あと少し、あと…十分だけご猶予下さい。その間に、その間に命と引き替えにしても探しだしますんで」
同じ末路にしても、見失ったままおめおめと死にたくはない。
そのプライドを賭けた子分の願いが、巳姫の耳にどう聞こえたのか。
数秒の沈黙の後−
「いいよもう」
「は?」
「お前らの三文の命なんか賭けても、碇さんは見つからないだろうが。そんな事よりも、私が直にお探しするから場所教えな」
御大の出陣を仰ぐなんてとんでもない、ここは自分達が絶対に、と言いかけたが止めた。
巳姫が、一度言い出したら聞かない性格の持ち主だと、知らない者は組員の中にはいないからだ。
それに何よりも。
「若頭の声…嬉しそうじゃなかったか?」
シンジ達を見失った、と聞いた時には羅刹も避けそうな声だったが、シンジを探しに行くと言い出した声は…確かにそんな感じの?
ともあれ、ひとまずの危機は去ったようだと、男達は互いに安堵の息をついた。
その体から僅かに蒸気を立ち上らせながら、女体が楚々とシンジに近づいた。
一歩一歩、だがどことなくぎこちない仕草で。
シンジの前まで来た時、ようやくシンジはそっちに視線を向けた。
まるでそこにいる事を、いや連れと一緒に来た事を今思い出したかのように。
「あの…」
その肢体からバスタオルがはらりと落ちる。
だがシンジは反応しない。
肩がびくんと震え、
「だ、抱いてくれるんでしょう…」
「いいえ」
シンジはあっさりと首を振った。
「話し方に無理がありますよ、山岸さん」
うっすらと笑った瞬間、シンジの手がすっと伸びた。
「ああんっ」
一瞬マユミの背が伸びたのは、シンジの指がいきなり秘所へ伸びたからだ。
「あなたのこっちの髪は黒です」
シンジはまるで、分析するように言った。
「あっちの方は金髪でしたし、変装としては今ひとつですね」
ぽっ、とマユミの頬に紅が灯った。
「あの人の躯…ご存じなんですね」
その言葉に、かすかとは言え妬心があった事に、自分で気がついているかどうか。
シンジはそれには答えず、
「どうして戻ったんです?」
と訊いた。
細い指で淫毛を撫でられ、急に羞恥心が沸いたのかマユミは股間を両手で押さえた。
ただし、バスタオルを再度羽織るという選択肢は、思いつかなかったらしい。
「よく…分かりません」
マユミはふるふると首を振った。
「バスルームに入る寸前まで、さーて美男子の味をたっぷりと頂いて、って言っていたのが急に…」
とすると、二人の間で交渉があったりした訳ではないらしい。
「では偶然?」
こくんと頷いたマユミに、
「でもどうして来たんです?私は違うからって言っても良かったのに。無理に押し倒したりなんかしませんよ」
「…違うんです」
自分の中で、押し出す言葉にエンジンを載せているようにも見えた。
「わ、私そんなにいい子じゃありません。お、男の人は知りませんけど、じ…自慰だってそのっ」
薄暗い室内だったが、そこだけ温度が上がったように感じられたのは、マユミの頬が紅潮したせいだろう。
ただ、マユミをよく知る者がいたら、こう言ったに違いない。
すなわち、
「マユミのネタなんか、どうせ男同士の絡みよ」
と。
「オナニーはよくするんですか?」
身も蓋もない問いに、居場所を無くしたようになるか、と思いきや案外平然と、
「はい…よ、よくします」
「ご飯の度とか?」
「後はアルバイト先のトイレとか…お、お風呂でもその…」
ラブホテルで二人きり、しかも自分が全裸だという思いが、マユミから羞恥心を少しく削除したらしい。
「その時に想っているのは女?それとも男?」
先に女かと訊いたのは、女性優位の思想からではなかったようだ。
「も、勿論男の人ですっ、私、そんな趣味はありま…あっ」
違う意味で頬を紅潮させたまま、ぷりぷりしかけたマユミの手を、シンジがぐいと引いたのだ。
「どんな風にするのか、教えてもらえますか?」
熱いとはほど遠い、どこか氷にも似たような口調だったが、
「さ、最初はキスして…んんっ」
顔が引き寄せられるのと、唇が触れ合うのとがほぼ同時であった。
口腔内に侵攻して来た舌に、抗する事も絡めていく事も出来ず、マユミはなすがままになぶられていた。
舌の絡み合い、それだけなのにたっぷり淫靡な音をさせた後、すうっとシンジは唇を離した。
「最初はキス。それで次は?」
「お、おっぱいじゃなくていきなりあそこ…ひゃあんっ」
抱き寄せる姿勢から、いきなりうつぶせに押し倒すと、シンジは肛門の方から秘唇へと再度指を滑らせる。
「胸を揉むのでもなくて、乳首を責めてくれるのでもない」
変わらぬ口調のまま、
「いきなり下を触られて、さて次は?」
「わ、私が四つん這いになってるんですう…そ、そしたらいきなり」
今度はシンジの手を借りず、と言うより待ちきれないような感じで、自ら高く尻をかかげて獣のような姿勢になると、
「あ、熱い舌が入ってきて…きゅはうんっ」
「駄目ですね」
何が駄目だと言うのか、シンジの指だけがマユミのそこへ侵入し、淫毛をかるく指に挟んだ。
「こんな風にされるのは?」
言うなり、指の間に挟んだ繊毛をきゅうっと引っ張る。
「やっ、いやっ…痛…」
「じゃ、止めます」
あっさりと手を離そうとした時、マユミの手が自分の股間に伸びた−シンジの手を止めに。
「あ、あそこが熱いんです…お、おねがい止めないで下さい…」
お願いと見上げる瞳には、明らかに清楚が淫乱に征服されたのが見て取れた。
「分かりました」
では、と頷いたシンジが、怪しく指を蠢かせ始めた瞬間、両隣の部屋まで聞こえそうな嬌声が、マユミの小さな唇を割って上がった。
「準備は出来ている」
黒ずくめの男が低い声で言った−幾分腹立たしげに。
「んな事はこっちだって分かっているさ」
返した声はこれも低く、同じような響きを伴っている。
真っ黒い、ぴたりとしたスーツに身を包んだ彼らは、いずれも手に手に火器を持っており、その撃鉄は既に起きている。
つまり、明らかに襲撃の体勢は出来ているのだ。
しかも、
「中じゃ随分とお楽しみだ。これならバックから突いている最中に出会いそうだぜ」
取り付けた盗聴器も、問題なく作動している。
中の様子に中毒られた、とも少し違うらしい。
では一体何が?
「どうなってるんだ、うちの大将はよ!」
ついに一人が、たまりかねたように吐き捨てた。
どうやら、親分が遅れているせいで襲撃の合図が出ないらしい。
しかも標的は室内でしっとりしている最中だ。彼らのいらいらの原因は、そこにあったらしい。
「あ、あの…」
これも黒ずくめ、だが下っ端らしい男がおずおずと声を掛けた。
「何だ!」
予想していたとは言え、まるで自分がミスでもしたかのようにびくりと、その肩が震えた。
とは言え、ここは連絡事項を伝えなくてはならない−何を言われようとも。
「室長からの伝言です。え、獲物を見つけたので少々遅くなると」
「獲物、とそう言ったのか?」
訪ねた声は、むしろ不気味な程に落ち着いていた。
「は、はい…」
次の瞬間、銃声が轟いた。
訊いた男が、いきなり引き金を引いたのだ。
「俺達には待機させて置いて、自分は小娘の穴を追っかけてるのか?ちっ」
全員がサイレンサーを装着し、その分を人数で補っている。
とは言え、銃声はそれなりの音であったし何よりも。
「おい、落ちたぞ」
当然と言うべきか、いきなりの銃声に驚いたメッセンジャーが。ホテルの屋根から一階に転落していったのだ。
三階だから約二十メートル、死にはしないだろうがとりあえず車椅子は確定だ。
「しょうがねえなまったく」
舌打ちして、救護班を呼び出すべく無線に手を伸ばす。
その一瞬だけ彼らは、確かにロリコン上司の事を頭から忘れていた。
「だ、だめえっ、おかしくなっちゃううっ」
処女とは思えぬ程の反応で、マユミが高く上げた尻からどっと崩れ落ちたのは、責めだしてからちょうど九分後の事であった。
殆ど朦朧としているマユミを見ながら、
「破るのは気乗りしないし」
抜き出した指は、マユミの液でびっしょりと濡れている。
見ただけで光っているそれを見ながら、
「指は挿れないで、軽く表面をつついただけ。でもよく保った方だ」
奇妙な賞賛をすると、シンジは洗面所へ向かった。
無論その感覚は、屋根の上の乱れを感じ取っていた。
肘までまくって、備え付けのボディソープで洗い始める。
手を拭った後、
「追われている、なんて話は聞かなかったけどなあ」
はてさて、と首を捻った後バスルームを出た。
豊かな胸を上下させ、荒い息をついているマユミに、
「起きられますか?」
訊いてみたが、
「ひどい人…」
返事はこれであった。
「どうしてです?」
他人事みたいに訊ねたシンジだが、
「いいって言ったのに、破って下さらなかったのね…それも指さえも挿れないで…」
破って欲しかったと、言う方もいうほうだ。
「後二分保ったら、と思ってましたが。何しろ感じやすくて」
「ひ、ひっどおい」
舌足らずな声で言うと、上目使いにシンジをちろりと睨んだ。
「わ、私そんな淫乱じゃな…」
「感じやすいと言っただけです。だれも淫乱でえっちで自分から見せた、なんて言ってません」
シンジの台詞に、さすがに羞恥心が目覚めたのか、無言のままマユミは顔を覆って俯いた。
だが、
「のんびりしている時間は終わりですね」
え?とマユミが顔を上げる。
シンジの声に、僅かながらの硬さを感じ取ったのだ。
「あ、あの碇さん?」
「十二対二か、少し分が悪いかもしれません」
シンジの言葉の意味が分からず、聞き返そうとした次の瞬間、一斉に屋根に穴が開いた。
「いやああああっ」
滑りこんで来た黒ずくめに、マユミがとっさにシンジの後ろに隠れる。
入ってきたのはいずれも黒服だったが、一人だけ違うのがいた。
紫のダブルに身を包んでおり、これがまた全然似合っていない。
服装が全く乱れていないシンジを見ながら、
「なるほど、指だけでこれだけいかせたのか。あれだけ声を出させられるとは、大した物ですな」
マユミの顔がかーっと赤くなり、
「あ、あなた達誰なんですかっ」
「内閣調査室所属、超常研究室会の者です」
まるで学生のオタクサークルみたいだと思いながら、
「彼女は個人名を訊いた筈ですが」
とシンジが言った。
「私ですか?よろしい、お教えしましょう」
やっぱりいいや、と訂正したくなったがもう遅い。
「私は室長の時田シロウ、と言います。せっかくだから、覚える機会を差し上げましょぅ。そうそう、趣味は幼女鑑賞です」
その言葉に、背後の者達がいやそうに頷いた。
どうやら、自分の恥部をばらす事に禁忌(タブー)はないらしい。
「で、そこのあなた。あなた何者なんです?」
今度はシンジを指して、偉そうに訊いた。
「僕はいか…」
ボッと音がして一人の男の頭が吹っ飛んだ。
だがそのおかげでシンジは烏賊、と名乗る羽目になった。
マユミがそれを見ないで済んだのは、銃口が見えた瞬間シンジがマユミを引き寄せていたからだ。
出なければ、脳漿の散乱する有様を、昼間っから目撃する事になっただろう。
違う意味の初体験が、きっとトラウマになったであろう事は、けっして想像に難くない。
「シンジさん、遅れました」
軍用拳銃を片手にして、これも屋根から降りてきたのは無論巳姫。
「お助けに、と思いましたが余計でしたか?」
ちらりとマユミに向けた視線には、明らかに棘がある。
女の声と知って、そしてそこに含まれた敵意を感じてマユミがひょいと顔を上げた。
注がれている視線を、臆する事もなく跳ね返す。
方やスーツ姿、方や全裸と対照的な格好だが、それでも視線だけは互角に火花を散らした。
瞬時に相手の躯を品定めし合い、
「ふん、乳がでかいだけの淫乱女」
巳姫が言えばマユミも負けじと、
「貧弱胸のずんどう女」
襲撃者などほっぽって、取っ組み合いでも始めかねないような殺気が立ち上る。
妙な三角関係だが、あいにくロリコンには分からない世界である。
時田の眉がぴくりと動いた瞬間、破れた屋根から何かが飛来した。
絶叫が三つ、一気に上がったのは次の瞬間である。
「遅かったな」
一瞬で血臭が満ちた部屋に、シンジののんびりした声が響いた。